2016年10月18日掲載。
ワンポイント:2015年、研究公正局がねつ造・改ざんで3年間の締め出し処分をした米国・メリーランド大学医科大学院のポスドク(オランダ出身)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
ーーーーーーー
●1.【概略】
マルティエ(マリア)・ゲラエツ(Maartje “Maria” C.P. Geraedts、写真出典)は、オランダで研究博士号(PhD)を取得し、米国・メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)・ポスドクになった。専門は味覚生理学である。医師ではない。
2015年11月16日(35歳?)、研究公正局がゲラエツのねつ造・改ざんを発表し、3年間の締め出し処分を科した。
ゲラエツは、研究を辞め、オランダに帰国し、科学ライタ―に転身した。
米国・メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:オランダ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:オランダのマーストリヒト大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2004年の修士号取得時を24歳と仮定した
- 分野:味覚生理学
- 最初の不正論文発表:2012年(32歳?)
- 発覚年:2014年2月(34歳?)
- 発覚時地位:メリーランド大学医科大学院・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者は研究室主宰者の教授で、メリーランド大学に公益通報した
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①メリーランド大学・調査委員会、②米国・研究公正局
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:パブメドの論文リストでは2報撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職。研究辞め、オランダに帰国し、科学ライタ―に転身
●2.【経歴と経過】
主な出典:Maartje Geraedts | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2004年の修士号取得時を24歳と仮定した
- 1998-2001年(18-21歳?):専門高校?(Gilde Opleidingen)で医学微生物学を習得
- 19xx年(xx歳):オランダのアルンヘム・ナイメーヘン高等職業教育機関(オランダ語でHogeschool van Arnhem en Nijmegen 、ナイメーヘン応用科学大学:英語でHAN University of Applied Sciences)を卒業。専攻:生化学
- 2004年(24歳?):アルンヘム・ナイメーヘン高等職業教育機関で修士号取得。分子生命科学
- 2006年2月 – 2010年4月(26-30歳?):オランダのマーストリヒト大学(University of Maastricht)で研究博士号(PhD)取得
- 2010年8月 – 2014年2月(30-34歳?):米国・メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)・ポスドク
- 2014年2月(34歳?):メリーランド大学医科大学院での研究ネカトが発覚し、解雇(?)
- 2014年2月 – 2014年8月(34-34歳?):米国・ペンシルバニア州ハーシー病院(Penn State Milton S. Hershey Medical Center)・ポスドク。
- 2014年8月(34歳?):オランダに帰国。科学ライタ―(フリーランス)。製薬企業・Kiadis Pharma社の科学ライタ―。その後、科学ライタ―会社・「Writing4Science」社の設立
- 2015年11月16日(35歳?)、米国・研究公正局がゲラエツの研究ネカトを発表した。
●4.【日本語の解説】
ゲラエツの事件の解説ではなく、ゲラエツの論文の日本語紹介があった。以下に引用する。
★2011年7月27日-8月10日:RSSL Food e-News「食べ続けられるものと、少量で満足してしまうもの」
出典 → 食べ続けられるものと、少量で満足してしまうもの | 松島の掲示板 | 1911、 (保存版)
研究者:Maartje C.P. Geraedts, Department of Human Biology, All Nutrition and Toxicology
Research Institute Maastricht (NUTRIM), Maastricht University Medical Centre+, 6200 MD
Maastricht, The Netherlands 他
出所:Food Chemistry, Volume 129, Issue 3, 1 December 2011, Pages 731-738
日本語の元サイト: RSSL Food e-News 2011年7月27日-8月10日
http://www.rssl.com/services/foodanalysis/FoodEnews/pages/Foode-newsedition.aspx?Category=Edition_520&a=1#950
味物質と甘味料が、満腹ホルモンの放出に関して、異なる影響を誘発することが明らかにされた(論文、試験管レベル(in vitro)の研究)/個別研究
(Tastants and sweeteners induce differential effects on the release of satiety hormones)
オランダ・マーストリヒト大学の研究者らは、生体外において、様々な味物質(苦味、甘味、うま み、酸味、塩気を表す)がすべて、胃腸細胞による満腹ホルモンの放出に影響をおよぼす可能性が示されたとする研究を発表した(Food Chemistry誌掲載)。
研究の結果、コレシストキニン(CCK)の放出に関して、酸味がもっとも大きな反応を誘発することがわかった。一方、特定の甘味料(特にスクラロース)は、CCKの放出に対し、等量のサッカロースよりも大きな影響を誘発することが明らかにされた。もう1つのホルモンであるGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)の放出も、ステビア、Tagatesse(スクラロース)、および、特にNatrena(アセスルファム・ケィ)の添加によって増加した。
特定の甘味料を使用して食品に甘味を付けることによって、食欲の調節に影響をおよぼせる可能性が示された。ただし、この影響を説明するメカニズムは未だ解明されていない。
比較的最近において、味覚受容体が舌の上に限らず、腸管にも存在することが発見された。このことは、甘味料によって示される、GLP-1の放出への異なった影響に関与している可能性がある。
研究者は、甘味料のケースでは、味がGLP-1の放出に影響をおよぼす一方、CCKの放出に関しては、カロリーの高い負荷がより重要であるとする考えを提唱している。たとえば、いくつかの甘味料には、腸の味覚受容体を誘発する可能性がある苦い後味がある。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2010年4月(30歳?)、オランダのマーストリヒト大学(University of Maastricht)で研究博士号(PhD)取得したゲラエツは、2010年8月(30歳?)、米国・メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)のスティーヴィン・マンガー(Steven D. Munger、写真出典)研究室のポスドクになった。
2014年2月(34歳?)、2012年と2013年にメリーランド大学医科大学院で発表した論文の研究ネカトが発覚し、解雇された(?)。
2015年11月16日(35歳?)、研究公正局は、ゲラエツの2出版論文(以下)にデータねつ造・改ざんがあったと発表した(【主要情報源】①)。2論文とも撤回された。
- Am J Physiol Endocrinol Metab 303:E464-E474, 2012 (ここでは「AJP 2012」と呼ぶ)
- Journal of Neuroscience 33(17):7559-7564, 2013 (ここでは「JN 2013」と呼ぶ)
研究公正局は以下の点を不正とした。
ーーーーーーー
「AJP 2012」では、以下の図でELISAの測定値を望ましい数値になるよう改ざんされた。
•Figure 2 for GLP-1 release from duodenum (2A & D), jejunum (2B & E), and ileum (2C & F).
•Figure 3 for GLP-1 release from colon (3A & C) and rectum (3D).
•Figure 4 for GLP-1 release from ileum (4A) and colon (4C) in the presence or absence of an ATP-sensitive K+ channel inhibitor.
ーーーーーーー
「JN 2013」では、図1が、ELISAの測定値を望ましい数値になるよう改ざんされた。
ーーーーーーー
★「AJP 2012」論文
研究ネカトと指摘された2出版論文のうちの1つ「AJP 2012」論文を閲覧してみよう。
- Transformation of postingestive glucose responses after deletion of sweet taste receptor subunits or gastric bypass surgery.
Geraedts MC, Takahashi T, Vigues S, Markwardt ML, Nkobena A, Cockerham RE, Hajnal A, Dotson CD, Rizzo MA, Munger SD.
Am J Physiol Endocrinol Metab. 2012 Aug 15;303(4):E464-74. doi: 10.1152/ajpendo.00163.2012. Epub 2012 Jun 5.
図2、3、4が改ざんとされた。
つまり、図2、3、4は全部棒グラフである。ELISAの測定値を望ましい数値にして棒グラフで示した不正だが、これは元データを参照しないと、不正は見抜けない。
●6.【論文数と撤回論文】
2016年10月17日現在、パブメド(PubMed)で、マルティエ(マリア)・ゲラエツ(Maartje “Maria” C.P. Geraedts)の論文を「Maartje C.P. Geraedts [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006~2013年の8年間の11論文がヒットした。
2016年10月17日現在、2報が撤回されている。本記事で問題にした「JN 2013」論文は2015年6月号で、「AJP 2012」論文は2015年9月号で撤回されている。
- Gustatory stimuli representing different perceptual qualities elicit distinct patterns of neuropeptide secretion from taste buds.
Geraedts MC, Munger SD.
J Neurosci. 2013 Apr 24;33(17):7559-64. doi: 10.1523/JNEUROSCI.0372-13.2013.
Retraction in: J Neurosci. 2015 Jun 17;35(24):9248. - Transformation of postingestive glucose responses after deletion of sweet taste receptor subunits or gastric bypass surgery.
Geraedts MC, Takahashi T, Vigues S, Markwardt ML, Nkobena A, Cockerham RE, Hajnal A, Dotson CD, Rizzo MA, Munger SD.
Am J Physiol Endocrinol Metab. 2012 Aug 15;303(4):E464-74. doi: 10.1152/ajpendo.00163.2012. Epub 2012 Jun 5.
Retraction in: Am J Physiol Endocrinol Metab. 2015 Sep 1;309(5):E500.
●7.【白楽の感想】
《1》全キャリアでの調査が必要
ゲラエツは、オランダのマーストリヒト大学で研究博士号(PhD)を取得し、米国・メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)・ポスドクになった。
オランダで研究博士号(PhD)を取得するまで8報の論文を発表している。内、6報は第一著者である。かなり優秀だったと思われる。
ところが、米国・メリーランド大学医科大学院・ポスドクの最初の論文(第一著者)でデータ改ざんをした。2つ目の第一著者論文でもデータ改ざんをした。この2つの論文は撤回されたが、マーストリヒト大学に在籍していたときの論文もデータ改ざんしていたに違いない。博士論文もネカトだろう。
しかし、マーストリヒト大学は調査する様子がない。マーストリヒト大学に調査を強要するシステムもない。
研究ネカトでクロの場合、研究者の全キャリアでの調査が必要である。
●8.【主要情報源】
① 2015年11月16日、研究公正局の報告:NOT-OD-16-020: Findings of Research Misconduct
② 2015年6月16日のロス・キース(Ross Keith)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“Data fabrication and manipulation have occurred”: Taste bud paper soured by fraud – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。