2022年4月12日掲載
ワンポイント:インド出身のウラルは、2016年(35歳?)、スイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)でポスドクをしていた時のボスであるソフィー・マーティン教授からデータが再現できないと言われ、ねつ造・改ざんを告白した。2論文撤回。インドに帰国していたが、勤務先企業から解雇された。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
プラナフ・ウラル(Pranav Ullal、ORCID iD:?、写真出典)は、インドの大学で学士号、英国で研究博士号(PhD)を取得し、スイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)・ポスドクになった。ネカトが発覚した時、インドに帰国し、カーマジーンズ社(Karmagenes)・副社長になる予定だった。専門は細胞生物学だった。
2016年12月(35歳?)、スイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)でポスドクをしていた時のボスであるソフィー・マーティン教授からデータが再現できないと相談を受け、「実はねつ造していました」と告白した。
「2015年11月のJ Cell Biol.」論文のデータもねつ造だったと告白したので、直ちにその論文は撤回された。
2017年1月、インドに帰国した。しかし、インドのカーマジーンズ社(Karmagenes)は、データねつ造を知り、ウラル副社長を直ぐに解雇した。
研究博士号(PhD)を取得した英国のロンドン医科学研究所(MRC London Institute of Medical Sciences)から出版した2報の論文の内、1報も撤回された。
但し、ローザンヌ大学もロンドン医科学研究所も機関としてはネカト調査をしていない。ロンドン医科学研究所は博士号を剥奪していない。
ローザンヌ大学(University of Lausanne)。写真Alain Herzogによる作品, パブリック・ドメイン, リンク
- 国:スイス
- 成長国:インド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:英国のロンドン医科学研究所
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1981年1月1日生まれとする。2005年に英国のロンドン医科学研究所・院生として入学した時を24歳とした
- 現在の年齢:43 歳?
- 分野:細胞生物学
- 不正論文発表:2011~2016年(30~35歳?)の5年間
- 発覚年:2016年(35歳?)
- 発覚時地位:インドのカーマジーンズ社(Karmagenes)・副社長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はボスだったスイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)のソフィー・マーティン教授(Sophie Martin)で学術誌に論文撤回を要請
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②ローザンヌ大学と英国のロンドン医科学研究所はネカト調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:2報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:カーマジーンズ社(Karmagenes)・研究員を解雇
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1981年1月1日生まれとする。2005年に英国のロンドン医科学研究所・院生として入学した時を24歳とした
- xxxx年(xx歳):インドのバンガロール大学(Bangalore University)で学士号取得
- 2004~2005年(23~24歳?):英国のグラスゴー大学(University of Glasgow)で修士号取得
- 2005~2010年(24~29歳?):英国のロンドン医科学研究所(MRC London Institute of Medical Sciences)で研究博士号(PhD)を取得:指導教授はLuis Aragón。過去のメンバーにリストされている
- 2011~2016年10月31日(30~35歳?):スイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)・ポスドク:指導教授はソフィー・マーティン教授(Sophie Martin)
- 2016年12月(35歳?):不正研究が発覚する
- 2017年1月(36歳?):インドに帰国し、インドのカーマジーンズ社(Karmagenes)・副社長 (2nd CSO: chief strategy officer)
- 2017年2月(36歳?):インドのカーマジーンズ社(Karmagenes)から解雇
- 2022年4月11日(41歳?)現在:?
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2017年1月?(36歳?)、スイスのローザンヌ大学(University of Lausanne)のソフィー・マーティン教授(Sophie Martin、写真出典)は投稿の準備していた論文のデータを再現できなくて困っていた。
それで、研究室を去ったが。まだ、スイスに滞在していた元・ポスドクのプラナフ・ウラル(Pranav Ullal)に問い合わせた。
すると、ウラルは投稿準備中の論文のデータだけでなく、「2015年11月のJ Cell Biol.」論文のデータもねつ造したと告白した。
- The DYRK-family kinase Pom1 phosphorylates the F-BAR protein Cdc15 to prevent division at cell poles.
Ullal P, McDonald NA, Chen JS, Lo Presti L, Roberts-Galbraith RH, Gould KL, Martin SG.
J Cell Biol. 2015 Nov 9;211(3):653-68. doi: 10.1083/jcb.201504073.
「2015年11月のJ Cell Biol.」論文は2017年3月6日に撤回された。 → 撤回公告
「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせにマーティン教授は次のように答えている。
私はデータねつ造に非常にショックを受け、苦しんでいます。JCBの論文は、他に数人の著者がいます。彼らのデータに疑わしい点はないのです。しかし、考えられる唯一の取るべき行動は論文を撤回することでした。
★その後
2017年2月、「撤回監視(Retraction Watch)」がウラルのネカト記事を掲載した。
そのことを知っインドのカーマジーンズ社(Karmagenes)のキリアコス・コッコリス社長(Kyriakos Kokkoris)は、副社長 (2nd CSO: chief strategy officer)のウラルを直ぐに解雇した。
実は、キリアコス・コッコリス社長はソフィー・マーティン教授(Sophie Martin)の研究室で2013年1月に研究博士号(PhD)を取得したマーティン教授の弟子だった。師弟の仁義ですね → Kyriakos Kokkoris defends PhD thesis – The Martin Lab
キリアコス・コッコリスは、スイスからインドに帰国し、カーマジーンズ社(Karmagenes)を起業していた。それで、後輩のウラルを副社長に迎えたのだ。
ウラルが院生だった英国のロンドン医科学研究所(MRC London Institute of Medical Sciences)での論文もデータねつ造だった。
2017年4月12日、ウラルが英国のロンドン医科学研究所(MRC London Institute of Medical Sciences)の院生だった時に出版した2報の論文の内、1報・「2011年5月のPLoS One」論文が撤回された。 → 撤回公告
★経時的リスト
ソフィー・マーティン教授(Sophie Martin)の行動の経時的リストがあるので、そのまま以下に示す。 → 2_Sicences_Ethics_2020_fraud_case_SMartin
- 2015年11月:Ullal et al、The Journal of CellBiology論文が掲載された
- 2016年10月31日:ポスドクのプラナフがラボから去ったが、スイスにいる。研究フォローアップは完了していない
- 2016年11月:プラナフの実験を繰り返したが、結果を再現できない。 プラナフと多くのメール交換し、実際に対面で会話した
- 2報目の論文作成=>プロジェクトはゴミ箱に捨てられた
- 2016年11月から12月:発表論文の結果を再現できない。一次データが欠落している
- 2016年12月14日:プラナフに会って質問。答えが不明確で、多くの質問が未回答のまま
- 2016年 12月19日:プラナフと再び対峙する=>出版された論文でのデータねつ造・改ざんを認めた
•共同作業者(米国)に電話
•すべての共著者に手紙を書く
•問題を明らかにするためにJCB編集者に手紙を書く=>論文撤回を要請する - 2016年12月22日:学部長と研究公正官に手紙を書く=> ローザンヌ大学のCommissiond’enquête
- 2017年1月10日:プラナフがスイスから離国
- 2017年 1月30日:ローザンヌ大学はプラナフのクロと評決(手紙)
- 2017年 2月2日:資金提供機関に手紙を書く(ERC + SNF)=> Commissiond’enquête SNF
- 2017年 2月13日:同僚(国内および海外)に手紙を書いて、今後の撤回について通知する
- 2017年 2月16日:論文撤回
- 2020年2月:撤回論文の生物学的問題を再分析した論文が学術誌「Molecular Biology」に受理された
●【ねつ造・改ざんの具体例】
★「2015年11月のJ Cell Biol.」論文
「2015年11月のJ Cell Biol.」論文の書誌情報を以下に示す。2017年3月6日、撤回された。
- The DYRK-family kinase Pom1 phosphorylates the F-BAR protein Cdc15 to prevent division at cell poles.
Ullal P, McDonald NA, Chen JS, Lo Presti L, Roberts-Galbraith RH, Gould KL, Martin SG.
J Cell Biol. 2015 Nov 9;211(3):653-68. doi: 10.1083/jcb.201504073.
撤回公告によると、図3C、図3D、図6E、図6Fがねつ造・改ざんだとある。 → Retraction: The DYRK-family kinase Pom1 phosphorylates the F-BAR Cdc15 to prevent division at cell poles | Journal of Cell Biology | Rockefeller University Press
――――図3C、図3Dを以下に示す(出典は原著論文)。
どこがどのようにねつ造したのかわからない。ただ、図3Dのグラフだと、数値のねつ造・改ざんである。これは関係者しかわからない。
――――図6E、図6Fを以下に示す(出典は原著論文)。
こちらも、どこがどのようにねつ造したのかわからない。ただ、両方ともグラフなので、数値のねつ造・改ざんである。これは関係者しかわからない。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2022年4月11日現在、パブメド(PubMed)で、プラナフ・ウラル(Pranav Ullal)の論文を「Pranav Ullal[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006~2012年の7年間の6論文がヒットした。
6報の内、2報は撤回公告なので、実質は4論文出版した。4論文の内、2論文が撤回である。
2022年4月11日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年4月11日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでプラナフ・ウラル(Pranav Ullal)を「Pranav Ullal」で検索すると、本記事で問題にした 2論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2022年4月11日現在、「パブピア(PubPeer)」では、プラナフ・ウラル(Pranav Ullal)の論文のコメントを「Pranav Ullal」で検索すると、4論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》博士号
プラナフ・ウラル(Pranav Ullal、写真出典)は、英国のロンドン医科学研究所(MRC London Institute of Medical Sciences)で研究博士号(PhD)を2010年に取得している(推定)。
ロンドン医科学研究所では2006年と2011年に各1論文を出版しただけである。2006年の論文では20人近い共著者の後半に並んでいるが、2011年の論文は第一著者である。
従って、2011年の論文が実質的な博士論文だと思われる。その「2011年5月のPLoS One」論文が撤回された。
だから、ロンドン医科学研究所は博士論文のネカト調査をして、ネカトなら、ウラルの取得した博士号を剥奪すべきである。
ところが、ロンドン医科学研究所はネカト調査をしていない。
《2》防ぐ方法
世界でインド、イラン、中国の在住及び出身の院生・ポスドク・研究者のネカトはとても多い。
防ぐ方法は「規則の周知」と「厳罰」が有効だと思うが、これらの国は、国としてネカトを防止する意欲が低い。今後もまだまだ要注意国なのだろう。
日本も研究公正最貧国であるが・・・。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2017年2月21日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Former postdoc admitted to fraud in cell bio paper, lead author says – Retraction Watch
② 2017年2月22日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Researcher loses biotech post after reportedly confessing to fraud – Retraction Watch
③ 2017年2月23日のベン・ハーグリーブス(Ben Hargreaves)記者の「Pharmafile」記事:CSO loses position at DNA sequencing company after admitting fraud | Pharmafile
④ 2_Sicences_Ethics_2020_fraud_case_SMartin
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