2022年6月30日掲載
ワンポイント:画期的な量子コンピュータ開発の基本となる「マヨラナ粒子」が存在するのかしないのか? 存在すると証明したハズの「2018年3月のNature」論文は、2021年3月8日に撤回された。関連する「2017年8月のNature」論文も2022年4月19日に撤回された。撤回理由は「データ改ざん」で、カウウェンホーフェン教授はポスドクだったハオ・ジャン(Hao Zhang)がネカト者だと指摘したが、公式な発表はまだない。そこで、研究を主導したデルフト工科大学(Delft University of Technology)のカウウェンホーフェン教授とバッカーズ教授を中心に状況をみていこう。国民の損害額(推定)は約6千億円(大雑把)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven、写真出典)はデルフト工科大学・カヴリ・ナノサイエンス研究所(Kavli Institute of NanoScience, Delft University of Technology)・教授でマイクロソフト社の研究員でもある。専門は物理学(量子コンピュータ)である。
エリック・バッカーズ(Erik Bakkers、Erik P A M Bakkers、ORCID iD:?、写真出典)は、オランダのアイントホーフェン工科大学(Eindhoven University of Technology)とデルフト工科大学・カヴリ・ナノサイエンス研究所(Kavli Institute of NanoScience, Delft University of Technology)の両方の教授で、専門は物理学(量子コンピュータ)である。
量子コンピュータは超巨大プロジェクトで、2016年に欧州委員会(European Commission)は10億ユーロ(約1200億円)の公的資金を投入すると発表した。
それから6年経過した2022年6月29日現在、今までに投入された資金額を白楽は調べていないが、約6千億円と推定した。
ところが、困ったことに、量子コンピュータ開発の基本となる「2018年3月のNature」論文が2021年3月8日に、関連する「2017年8月のNature」論文が2022年4月19日に、撤回された。2人はそれぞれ、この2撤回論文の最後著者である。
撤回理由は「一部のデータが不適切に削除されていた」、つまり、「データ改ざん」である。
マイクロソフト社はカウウェンホーフェンを解雇した。
2022年5月(?)、しかし、デルフト工科大学の科学公正委員会は(Commissie Wetenschappelijke Integriteit (CWI) )は調査の結果、研究不正はなかったと結論した。従って、処分者はでていない。 → 2022年6月10日記事:Delftse onderzoekers kwantumcomputers ‘verwijtbaar onzorgvuldig’ – AG Connect
しかし、研究不正がないなら、どうして、上記2報の「Nature」論文は撤回されたのか?
誰しもがそう思いますよね。
2022年5月12日、実は、カウウェンホーフェンは、当時、ポスドクだったハオ・ジャン(Hao Zhang、中国人)がデータを改ざんしたと述べた。とはいえ、これはネカト調査委員会の公式発表ではない。
なお、内部告発者は上記2報の「Nature」論文以外にも10報以上の論文に問題があると指摘している。
日本の京都大学が主導する研究チームは、「2018年7月のNature」論文で、「マヨラナ粒子が存在する決定的な証拠が得られた」と発表している。大丈夫なんだろうか?
デルフト工科大学・カヴリ・ナノサイエンス研究所(Kavli Institute of NanoScience, Delft University of Technology)。写真出典
- 国:オランダ
- 男女:男性
- 分野:物理学
- 不正論文発表:2017~2018年の2年間
- 発覚年:2020年
- 発覚時地位:デルフト工科大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者はかつての弟子で、ピッツバーグ大学のセルゲイ・フロロフ助教授(Sergey Frolov)とオーストラリアのニューサウスウェールズ大学のビンセント・モーリック(Vincent Mourik)
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「WIRED」、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②デルフト工科大学・科学公正委員会は(Commissie Wetenschappelijke Integriteit (CWI) )。③オランダ国家科学公正委員会(Landelijk Orgaan Wetenschappelijke Integriteit)
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学は実名を発表したが、調査報告書のウェブ公表なし(△)
- 不正:改ざん
- 不正論文数:2報撤回
- 時期:
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:不正者は表題の2人ではないので無処分。ポスドクのだったハオ・ジャン(Hao Zhang、中国人)がネカト者だが、中国・北京の清華大学(Tsinghua University)・物理学科の準教授に就任している。今のところ無処分。
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は約6千億円(大雑把)。公的助成金を約6千億円と予測した。
●2.【経歴と経過】
★レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)
主な出典:Leo Kouwenhoven – Wikipedia
- 1963年12月10日:オランダで生まれる
- 1992年(28歳):デルフト工科大学(Delft University of Technology)で学士号、その後、研究博士号(PhD)を取得:物理学
- 1999年(35歳):デルフト工科大学(Delft University of Technology)・教授
- 2000~2010年(27~37歳):フィリップス・リサーチ社(Philips Research)・研究員
- 2007年(43歳):スピノザ賞(Spinoza Prize)を受賞
- 2018年(54歳):「2018年3月のNature」論文を発表し「マヨラナ粒子」の存在を証明
- 2020年6月(56歳):データ改ざんと指摘された
- 2021年3月8日(57歳):「2018年3月のNature」論文を撤回
- 2022年4月19日(58歳):「2017年8月のNature」論文を撤回
★エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)
主な出典:(2) Erik Bakkers | LinkedIn
- 1972年12月18日:オランダで生まれる
- 1991~2000年(18~27歳):ユトレヒト大学(Utrecht University)で学士号と研究博士号(PhD)を取得:化学
- 2000~2010年(27~37歳):フィリップス・リサーチ社(Philips Research)・研究員
- 2010年1月(37歳):アイントホーフェン工科大学(Eindhoven University of Technology)・教授
- 2010年1月(37歳):デルフト工科大学(Delft University of Technology)・教授
- 2013年(40歳):アメリカ科学振興協会のニュークームクリーブランド賞(Science AAAS Newcomb Cleveland Prize)・受賞
- 2018年(45歳):「2018年3月のNature」論文を発表し「マヨラナ粒子」の存在を証明
- 2020年(47歳):オランダ王立芸術科学アカデミー(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences)・会員
- 2020年6月(47歳):データ改ざんと指摘された
- 2021年3月8日(48歳):「2018年3月のNature」論文を撤回
- 2022年4月19日(49歳):「2017年8月のNature」論文を撤回
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
講演動画:「Can we make quantum technology work? | Leo Kouwenhoven | TEDxAmsterdam – YouTube」(英語)18分19秒。
TEDx Talks(チャンネル登録者数 3510万人)が2015/11/30に公開
【動画2】
「エリック・バッカ―」と紹介。
研究紹介動画:「Optoelectronics: Breaking the Wall to Light-Emitting Silicon | Erik Bakkers & Elham Fadaly – YouTube」(英語)14分31秒。
Falling Walls Foundation(チャンネル登録者数 7020人)が2021/12/02に公開
●4.【日本語の解説】
★2020年5月14日:著者不記載(WIRED):誕生した「発光するシリコン」は、こうして半導体チップを“光の速さ”へと進化させる
シリコンを発光させて半導体チップに組み込む技術の開発に、オランダの研究チームがこのほど成功した。極小のシリコンレーザーからなる光子回路を半導体チップに組み込むことで、過熱させることなくデータの高速伝送と消費電力の低減が可能になるという。大規模な実装が可能になれば、光ベースコンピューティングの実用化に向けた大きな一歩になる可能性を秘めている。
――――中略
オランダのアイントホーフェン工科大学の物理学者エリック・バッカーズが率いる研究チームは、発光できるシリコン合金ナノワイヤーを成長させた詳細について記した論文を、4月に『Nature』に発表したのだ。
このテーマは物理学者たちが何十年もかけて取り組んできた課題である。バッカーズの研究室では、すでにこの技術を使って、半導体チップに組み込める極小のシリコンレーザーを開発した。従来の電子チップに光子回路を組み込むことで、半導体チップを過熱させることなく、データの高速伝送と消費電力の低減が可能になる。機械学習などのデータ集約型の用途に、とりわけ有用だと考えられるという。
続きは、原典をお読みください。
★◎2021年2月21日:著者不記載(WIRED、産経新聞):マイクロソフトの量子コンピューター計画が後退? 明らかになった「技術的なエラー」の深刻度(1/4ページ)
マイクロソフトによる量子コンピューターの研究開発において重要な意味をもっていた「マヨラナ粒子」と呼ばれる粒子について、その根拠となる論文が「テクニカルなエラー」を理由に撤回された。
――――中略
ピッツバーグ大学教授のセルゲイ・フロロフは言う。「彼らは論文の内容と直接的に矛盾する一部のデータを飛ばしているのです。
――――中略
デルフト工科大学の広報担当者によると、20年5月に始まった同大学の研究倫理委員会による調査が現在も進行中であるという。調査のプロセスに詳しい人物によると、レポートは「デルフトの研究者たちは間違いをしてしまったものの、それは意図的ではなかったと」結論づける可能性が高いという。
マヨラナ粒子(マヨラナりゅうし、英: Majorana particle)とは、粒子と反粒子が同一の中性フェルミ粒子の呼び名で、1937年にエットーレ・マヨラナが理論によって存在を予言した[1][2]。マヨラナフェルミオンともいう。フェルミオン素粒子のうちでニュートリノ以外はすべてディラック粒子と考えられているが、ニュートリノがディラックフェルミオン(英語版)なのかマヨラナフェルミオンなのかは決着していない。
――――中略
存在への疑問
マイクロソフトのカウウェンホーフェン(2012年のデルフト工科大学の論文の主要著者)らによるネイチャーの論文[41]は、2021年1月27日に本人により撤回された[42]。ピッツバーグ大学のフロロフはらは「自身の主張に対して不利に働く一部のデータを除外していたようだ。データを見れば粒子が存在しないことは明らかだ」という[43][44]。それによりマイクロソフトの量子コンピュータ計画は立ち後れることになった。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★莫大な研究費
10年前の2012年の記事で、オランダと欧州はデルフト工科大学の量子研究に1500万ユーロ(約18億円)という巨額な公的資金を投入した、とある。
→ 2012年12月17日記事:EU funds Delft quantum computer lab
それから4年後の2016年、欧州委員会(European Commission)は10億ユーロ(約1200億円)の公的資金を量子研究に投入すると発表した。ヒューマン・ブレイン・プロジェクト(Human Brain Project)並みのプロジェクトにしたいようだ。 → 2016年5月17日記事:European Commission will launch €1 billion quantum technologies flagship | Shaping Europe’s digital future
それからさらに6年後の2022年現在まで、巨額の研究開発費が投入されてきたと思う。でも、軽く調べた程度では、公的資金がいくら投入されたか、みつからなかった。
約1200億円の5倍として、約6千億円としておきましょう。
★オランダ国王と王妃
2019年2月21日、オランダ国王のウィレム=アレクサンダー(H.R.H. King Willem-Alexander)はオランダのデルフト工科大学にマイクロソフト社の量子研究所(Microsoft Quantum Lab Delft)を開設した。 → Microsoft’s new quantum computing lab in Delft opens its doors to a world of possibilities – Microsoft News Centre Europe
レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven、写真左端)の研究チームの女性がオランダ国王とマクシマ・ソレギエタ王妃に説明している(写真出典)。写真もたくさんある:Willem-Alexander QuantumLab – Google 検索、(保存版)
★マヨラナ粒子は存在するのか?
デルフト工科大学・教授のレオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven、写真出典)は「2018年3月のNature」論文で、「マヨラナ粒子」が存在すと発表した。なお、エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)はこの論文の共著者である。
- Quantized Majorana conductance.
Zhang H, Liu CX, Gazibegovic S, Xu D, Logan JA, Wang G, van Loo N, Bommer JDS, de Moor MWA, Car D, Op Het Veld RLM, van Veldhoven PJ, Koelling S, Verheijen MA, Pendharkar M, Pennachio DJ, Shojaei B, Lee JS, Palmstrøm CJ, Bakkers EPAM, Sarma SD, Kouwenhoven LP.
Nature. 2018 Apr 5;556(7699):74-79. doi: 10.1038/nature26142. Epub 2018 Mar 28.
2021年3月8日、ところが、上記論文は撤回された。
「2021年2月21日の記事(WIRED、産経新聞)」の説明が優れている(以下)。
オランダの物理学者でマイクロソフトに勤務するレオ・カウウェンホーフェンが、「マヨラナフェルミオン」と呼ばれる捉えどころのない粒子を観測したとする新たな証拠について論文を発表したのは、2018年3月のことだった。
それから3年が過ぎ、このときのマイクロソフトの物理学における盛り上がりは泡と消えてしまった。カウウェンホーフェンは21人の共著者と、実験から得られたより多くのデータを含む論文を1月末に新たに発表した。論文によると、彼らは重要なものとみなされていたマヨラナ粒子を発見することはできなかったというのだ。著者たちはこの論文の付記において、『Nature』に掲載された1本目の論文は、「テクニカルなエラー」を理由に撤回するとしている。(出典:マイクロソフトの量子コンピューター計画が後退? 明らかになった「技術的なエラー」の深刻度(1/4ページ) – 産経ニュース)
そして、2022年4月19日、関連する以下の「2017年8月のNature」論文も撤回された。エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)が最後著者で、レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)はこの論文の共著者である。
- Epitaxy of advanced nanowire quantum devices.
Gazibegovic S, Car D, Zhang H, Balk SC, Logan JA, de Moor MWA, Cassidy MC, Schmits R, Xu D, Wang G, Krogstrup P, Op Het Veld RLM, Zuo K, Vos Y, Shen J, Bouman D, Shojaei B, Pennachio D, Lee JS, van Veldhoven PJ, Koelling S, Verheijen MA, Kouwenhoven LP, Palmstrøm CJ, Bakkers EPAM.
Nature. 2017 Aug 23;548(7668):434-438. doi: 10.1038/nature23468.
撤回公告に以下の説明がある(要点のみ示した)。 → 2022年4月19日、撤回公告:Retraction Note | Nature
一部のデータが不適切に削除されていたことを、著者が見つけ、論文撤回を要望した。図4aとc、および拡張データ図7と8で、不適切なデータ削除が見つかった。この削除によって、理論曲線と実験データがより一致するようになった。不適切なデータ削除が見つかったので、論文を撤回する。但し、他のすべてのデータに不正はなかった。 すべての著者はこの撤回に同意した。
★発覚の経緯
マヨラナ粒子の論文不正を最初に見つけたのは、かつて、カウウェンホーフェン研究室で研究していたピッツバーグ大学のセルゲイ・フロロフ助教授(Sergey Frolov、写真左出典)とオーストラリアのニューサウスウェールズ大学のビンセント・モーリック(Vincent Mourik、写真右出典)である。
「Nature論文はほぼ完璧な結果だと主張しているが、実際は、完璧な結果とはほど遠い状況です。ただ、カウウェンホーフェン研究室のデータがすべて公開されているわけではありません」。フロロフは、論文を信用できないと指摘している。
2020年6月1日、ビンセント・モーリックは、デルフト工科大学の科学公正委員会に「2018年3月のNature」論文のネカト調査をするよう依頼した。
イェロン・ファン・デン・ホーヴェン委員長(Jeroen van den Hoven、写真出典)は、ネカト調査を拒否した。
ティム・ファン・デル・ハーゲン(Tim van der Hagenn)学長はこの拒否を支持した。
その後、論文内容に疑惑が指摘されたのにネカト調査をしないハーゲン学長は、「ことの重大性」がわかっていないと批判されている。
一方、「2021年2月21日の記事(WIRED、産経新聞)」の説明には次のようにある。
20年5月に始まった同大学の研究倫理委員会による調査が現在も進行中であるという。調査のプロセスに詳しい人物によると、レポートは「デルフトの研究者たちは間違いをしてしまったものの、それは意図的ではなかったと」結論づける可能性が高いという。
エ~と、ネカト調査をしたのか、しなかったのか、どっちなんでしょう?
―――――
2021年12月21日、ビンセント・モーリックはツイッターで問題点を次のように指摘した。
This 🧵is dedicated to Delft paper #4, which claims ‘ballistic superconductivity’. I share my plots from additional data that confirm non-representative selection and manipulation. I am a co-author of this paper, but I did not know about this.https://t.co/0I8hj4RXby
— Vincent Mourik (@VincentMourik) December 21, 2021
2022年3月14日、今度はセルゲイ・フロロフがツイッターで問題のある17論文のリストを公表した。
When you meet a colleague at #apsmarch, you discuss each other’s work, family and war in 🇺🇦.
Then you may say ‘oh, have you seen …’ I suggest the subject of that discussion my work with @vincentmourik on investigating unreliable research on the topic of Majorana.
A summary 🧵 pic.twitter.com/lzSEHWbGM8— Sergey Frolov🇺🇦 (@spinespresso) March 14, 2022
★研究不正はなかったと結論
実は、デルフト工科大学は2020年から2年間、ネカト調査をしていた。
デルフト工科大学の科学公正委員会(Commissie Wetenschappelijke Integriteit (CWI) )がネカト調査をしていた。その後、オランダ国家科学公正委員会(Landelijk Orgaan Wetenschappelijke Integriteit)も調査していた。
2022年5月12日(?)、デルフト工科大学の科学公正委員会は(Commissie Wetenschappelijke Integriteit (CWI) )は調査の結果、研究不正はなかったと結論した。 → 2022年6月10日記事:Delftse onderzoekers kwantumcomputers ‘verwijtbaar onzorgvuldig’ – AG Connect
従って、処分者はでていない。
なお、2022年6月29日現在、ネカト調査報告書は公開されていない。
調査期間の間、疑惑研究者はメディアとの接触が禁止されている。
2022年5月12日、解禁され、カウウェンホーフェンはラジオ局のインタビューを受けた。 → #7 – Majorana-mysterie: Leo Kouwenhoven zwijgt niet langer (S02)NTR | Atlas | NPO Radio 1
その中で、カウウェンホーフェンは、当時、ポスドクだったハオ・ジャン(Hao Zhang、写真出典)がデータを改ざんしたと述べた。 → 2022年5月12日記事:記事は閲覧有料(白楽は無料部分しか読んでいない):Hoe de kwantumdroom van Leo Kouwenhoven spaak liep op een integriteitskwestie
ハオ・ジャンは、最初に撤回された「2018年3月のNature」論文の第1著者であり、2回目に撤回された「2017年8月のNature」論文の第3著者だった。
カウウェンホーフェンは「マヨラナ粒子」の夢を追求していて、2021年に行なった研究は順調に進んでいる、と述べ。マヨラナ粒子を新たに測定したので、まもなく論文を発表すると、前向きである。
しかし、内部告発者は上記2報の「Nature」論文以外にも10報以上の論文に問題があると指摘している。
どうなるのでしょう?
★撤回不要説と「マヨラナ粒子 あります!」説
スイスのバーゼル大学(University of Basel)のクリスチャン・シェーネンベルガー教授(Christian Schönenberger)は、カウウェンホーフェンの共同研究者ではないが、同じ分野の研究者である。
シェーネンベルガー教授は、「Nature」論文の撤回は必要なかったし、撤回は間違っていたと、述べている。
「結果を良く見せるために、一部のデータを不適切に削除したのは容認できないけど、このデータ削除で論文の優れた結果は損なわれていない。「Nature」論文はカウウェンホーフェン研究チームの素晴らしい研究成果である」と擁護している。
「結果良ければすべてよし」理論を展開しているシェーネンベルガー教授の発言は、研究者の嘲笑の対象になっている。
白楽は、こんなオカシナな考えをする研究者がいまだにいると、呆れた。
「2021年2月21日の記事(WIRED、産経新聞)」に、サンカー・ダス・サルマ(Sankar Das Sarma – Wikipedia、写真出典)の意見が紹介されている。
メリーランド大学の理論物理学者で、マイクロソフトの研究者とも共同研究をしたサンカー・ダス・サルマの考えでは、この技術は最終的にはうまくいくだろうが、それはしばらく先のことだろうという。彼は問題になっている18年の論文と、今回の新しい論文の両方に共著者として名を連ねている。
マイクロソフトのキュービットの実現まで、どのくらいかかるのかは明らかではない。ダス・サルマは、マヨラナ粒子による量子コンピューティングは、「1926年のような段階」にあるのではないかと語る。
トランジスターの特許が初めてとられたのは1926年だが、実際に動作するトランジスターが研究者たちによってつくられたのは1947年になってからだった。そしてコンピューター産業の実現を可能にした小型化可能なシリコン製のトランジスターがつくられたのは、さらに1950年代後半になってからである。
「マヨラナフェルミオンが実在しえないとか、実在したとしてもコントロールできないと考える理由はどこにもないと思います」と、ダス・サルマは語る。「もっとも、実現するのは30年後の話かもしれませんね」
●【マーカス論文】
オランダのカウウェンホーフェン研究チームとは別の研究者の「マヨラナ粒子」論文も問題になっている。
デンマークのコペンハーゲン大学・ニールス・ボーア研究所(Niels Bohr Institute, University of Copenhagen)のチャールズ・マーカス(Charles M. Marcus、写真出典)研究チームの「マヨラナ粒子」論文も問題視されているのだ。
「2020年3月のScience」論文である。2021年7月29日に懸念表明された。
- Flux-induced topological superconductivity in full-shell nanowires.
Vaitiekėnas S, Winkler GW, van Heck B, Karzig T, Deng MT, Flensberg K, Glazman LI, Nayak C, Krogstrup P, Lutchyn RM, Marcus CM.
Science. 2020 Mar 27;367(6485):eaav3392. doi: 10.1126/science.aav3392.
オランダの「マヨラナ粒子」論文の著者と重複している研究者はいない。従って、この論文のネカト者はカウウェンホーフェン研究チームの人とは別人である。
セルゲイ・フロロフとビンセント・モーリックが問題点を指摘し「Science」に伝えた。
2022年6月29日現在、コペンハーゲン大学はネカトの調査中で結論を出していない。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
「2018年3月のNature」論文が2021年3月8日に、「2017年8月のNature」論文が2022年4月19日に、撤回された。
撤回公告に「一部のデータが不適切に削除されていた」とある。つまり、「改ざん」である。
ただ、論文閲覧が有料なので、どのデータのどの部分が「改ざん」されたのか、ここでは具体的に示せない。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
分野は物理学だが、生命科学系のパブメド(PubMed)で、検索した。
2022年6月29日現在、レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)の論文を「Leo Kouwenhoven[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2022年の21年間の68論文がヒットした。
68論文の内、37論文がエリック・バッカーズ(Erik Bakkers)と共著だった。
エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)の論文を「Erik Bakkers[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2022年の20年間の93論文がヒットした。
93論文の内、37論文がレオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)と共著である。
2022年6月29日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2人共同じ論文で、「2018年3月のNature」論文が2021年3月8日に、「2017年8月のNature」論文が2022年4月19日に、撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年6月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでレオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)を「Kouwenhoven, Leo P」で検索すると、2論文が撤回されていた。
エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)を「Bakkers, Erik P A M」で検索すると、2論文が撤回されていた。
撤回論文は、2人共同じ論文で、「2018年3月のNature」論文が2021年3月8日に、「2017年8月のNature」論文が2022年4月19日に、撤回された。
★パブピア(PubPeer)
2022年6月29日現在、「パブピア(PubPeer)」では、レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)の論文のコメントを「Leo Kouwenhoven」で検索すると、本記事で問題にした「Naure」の2論文にコメントがあった。
エリック・バッカーズ(Erik Bakkers)の論文のコメントを「Erik Bakkers」で検索すると、こちらも同じ本記事で問題にした「Naure」の2論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》真実は闇?
「一部のデータが不適切に削除されていた」。つまり、データ「改ざん」して、存在しない「マヨラナ粒子」が存在したとウソをついていた。
デルフト工科大学(Delft University of Technology)は、責任研究者のレオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven、写真右出典)、エリック・バッカーズ(Erik Bakkers、写真左出典)を、ネカトでクロとはしなかった。
公式の発表ではないが、2022年5月、カウウェンホーフェンはポスドクだったハオ・ジャン(Hao Zhang、写真右下出典)がデータ改ざん者だと述べた。
ハオ・ジャンは 2010年に北京大学の学部で物理学を学び、米国のデューク大学(Duke University)で2014年に研究博士号(PhD)を取得した秀才である。
2014年8月日~2018年7月31日の4年間、オランダのカウウェンホーフェン研究室でポスドクをしていた。その時、最初に撤回された「2018年3月のNature」論文の第1著者、2回目に撤回された「2017年8月のNature」論文の第3著者になった。
そして、2018年8月1日に帰国し、中国・北京の清華大学(Tsinghua University)・物理学科の準教授に就任している。素晴らしいエリート・コースの道を歩んできた。出典:Hao Zhang (0000-0003-1734-6051)
清華大学はネカト調査して、ハオ・ジャンを解雇するだろうか?
それとも、オランダは中国に帰国しているハオ・ジャンをスケープゴートにしたのだろうか?
莫大な研究費が絡むと、関係者の中には偉い人もいる。関係者の数も多い。それで、圧力と混乱を恐れて、ネカト調査の結果を「歪める(改ざん?)」場合も、一般的には、そこそこある。調査委員も普通の人間である。欲得があり、人生があり、しがらみがあり、繊細な感情を持っている。
《2》無駄な浪費?
2022年6月27日に記事・「7-107 巨額な研究ロス | 白楽の研究者倫理」を掲載した。
研究費の85%は「無駄に浪費」されている、という内容である。
そして、量子コンピュータは超巨大プロジェクトで、2016年に欧州委員会(European Commission)は10億ユーロ(約1200億円)の公的資金を投入した。それから6年経過した2022年6月29日現在、今までに投入された資金額を白楽は調べていないが、約6千億円と推定した。
もし、量子コンピュータの根幹部分でデータねつ造・改ざんがあれば、約6千億円という莫大な研究費がムダになる。
莫大な研究費が絡むと、関係者の中には偉い人もいるし、関係者の数も多い。
それで、国民をダマしてでも研究費を投入し続けさせている、ということはないんでしょうね。
日本の無駄の代表は戦艦大和だと言われているが、アベノマスクはどうなんでしょう。コロナ対策、温暖化防止、SDGs、ウクライナ支援など、欧米崇拝的な政策に、白楽はど~も胡散臭さを感じてしまう。これらは「無駄な浪費」の横綱(とか十両)ってことはないんでしょうね?
ここは胡散臭さを説明する場ではないが、コロナ対策に少し触れる。まず、ワクチンなど感染予防に胡散臭さを感じてしまう(例えば、日本はファイザー社にいくら払ったの? なんで国産ワクチン作れない(作らない)の? etc, etc)。コロナ給付金も胡散臭い。既に事件化しているが、簡単にもらえる仕組みを作った官僚側に大きな責任がある。ドサクサに紛れて、特定の人・組織に甘い汁を吸わせたなと、白楽は邪推しました。
また、河野太郎議員が指摘しているRETFは「無駄な浪費」の大関ですかね?
リサイクル機器試験施設(リサイクルききしけんしせつ)(英語名:Recycle Equipment Test Facility、略称:RETF)は、独立行政法人日本原子力研究開発機構が東海研究開発センター核燃料サイクル工学研究所に建設中の再処理研究施設である。(リサイクル機器試験施設 – Wikipedia)
文科省の原子力関連予算は、数百億円かけて建設され、何も使われず、今後も使われる予定もないRETFをはじめ、使うはずだといって作られたのに、現実には使われていないものがたくさんある。(出典:2015.09.19:使わない船に年間12億円 | 衆議院議員 河野太郎公式サイト)
《3》日本は大丈夫か?
「マヨラナ粒子」事件、これからどうなっていくのだろう?
レオ・カウウェンホーフェン(Leo Kouwenhoven)とエリック・バッカーズ(Erik Bakkers)は、「マヨラナ粒子」が存在すると証明したハズの「2018年3月のNature」論文を2021年3月8日に撤回した。関連する「2017年8月のNature」論文も2022年4月19日に撤回した。
「マヨラナ粒子」は本当に存在し、量子コンピュータは開発できるのでしょうか?
「2021年2月21日の記事(WIRED、産経新聞)」に[編註:マヨラナ粒子の存在については、京都大学と東京大学、東京工業大学の研究チームが2018年7月に発見を報告しているなど、存在を実証した研究がいくつか存在している]とある。
2018年07月12日、京都大学は、顔写真入りで(左から、笠原 准教授、松田 教授、那須 助教)、以下の研究成果を発表している。幻の粒子「マヨラナ粒子」の発見 -トポロジカル量子コンピューターの実現に期待- | 京都大学
笠原裕一 理学研究科准教授、松田祐司 同教授、大西隆史 同修士課程学生(現・富士通株式会社)、馬斯嘯 同修士課程学生、芝内孝禎 東京大学教授、水上雄太 同助教、求幸年 同教授、田中秀数 東京工業大学教授、那須譲治 同助教、栗田伸之 同助教、杉井かおり 東京大学研究員らの研究グループは、蜂の巣状の平面構造をもつ磁性絶縁体の塩化ルテニウム(α-RuCl3)において熱ホール効果が量子力学で規定される普遍的な値をとることを発見し、「マヨラナ粒子」を実証することに世界で初めて成功しました。
「「マヨラナ粒子」を実証することに世界で初めて成功しました」と公言しているが、この研究チーム、大丈夫なんでしょうか?
日本は研究輸入体質の研究国家なので、日本で最初といっても「本邦初演、世界で5~6番目」という研究成果が多い。
「世界で初めて成功した」と報じているが、京都大学はデルフト工科大学の研究を追従しただけということはないのでしょうか。
まさか、研究チームの誰かが「一部のデータを不適切に削除した」ために「「マヨラナ粒子」を実証することに世界で初めて成功した」ということはないのでしょうね。
ーーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Erik Bakkers – Wikipedia
② 2021年2月12日のトム・シモニート(Tom Simonite)記者の「WIRED」記事:Microsoft’s Big Win in Quantum Computing Was an ‘Error’ After All | WIRED
③ 2021年3月8日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Authors retract Nature Majorana paper, apologize for “insufficient scientific rigour” – Retraction Watch
④ 2021年7月29日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Science Majorana paper earns an expression of concern – Retraction Watch
⑤ 2021年12月16日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Another setback for ‘Majorana’ particle as Science paper earns an expression of concern – Retraction Watch
⑥ 2022年4月24日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Authors retract second Majorana paper from Nature – Retraction Watch
⑦ 2020年1月7日の何庆林と王康隆の記事:王康隆、何庆林:对“天使粒子”是否在固体中存在的回应 保存版https://archive.ph/wip/tD2PW
⑧ 2022年4月29日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 29.04.2022 – How to Find a Job – For Better Science
⑨ 2022年5月13日の著者名不記載の「Ruetir」記事: Majorana errors by Kouwenhoven were the result of ‘tunnel vision’ – Ruetir
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します