2019年12月8日掲載
ワンポイント:撤回論文ランキングで世界第20位(21番目)に登場したので記事にした。ナザリはイランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)で研究博士号(PhD)を取得し、2013年8月(30歳?)、オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクになった。オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)から2017-2019年の3年間で総額110万ドル(約1億1千万円)の助成金を獲得した。ところが、2019年初め(36歳?)、アルテミシア・ストリクタ(artemisia stricta、仮名)の内部告発でネカトが発覚した。ネカトは、結果の改ざん、盗用、重複出版、代筆などさまざまである。結局、2010-2012年の30論文が撤回された。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
【追記】
・2021年2月2日、撤回論文数が61報で、世界第5位:Researcher to overtake Diederik Stapel on the Retraction Watch Leaderboard, with 61 – Retraction Watch
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
アリ・ナザリ(Ali Nazari、ORCID iD:?、写真出典)は、イランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(イスラーム自由大学、Islamic Azad University Saveh Branch)で研究博士号(PhD)を取得し、2013年8月(30歳?)、オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクになった。専門は材料工学である。
2019年初め(36歳?)、ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタ(artemisia stricta、仮名)がナザリのネカトを学術誌に通報した。ネカトは、結果の改ざん、盗用、重複出版、代筆など色々なネカトを組み合わせたネカトのデパートだった。
2019年9月13日(36歳?)、出版社のセイジ・パブリケーションズ社(SAGE Publishing)は、ナザリの2011-2013年の22論文を一度に撤回した。
2019年10月(36歳?)、スウィンバーン工科大学はネカト調査を終了し、ナザリを解雇(辞職?)した。
なお、オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)はナザリに2017-2019年の3年間で総額110万ドル(約1億1千万円)の助成金を支給していた。
2019年12月7日現在、撤回論文ランキングでは撤回論文数が27報で、世界第20位(21番目)である。 → 2019年12月7日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 研究倫理(ネカト、研究規範) → 2019年12月5日保存: The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch
イスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)。写真出典
- 国:オーストラリア
- 成長国:イラン
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:イスラーム・アーザード大学サーヴェ校
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1983年1月1日生まれとする。2013年8月にスウィンバーン工科大学のポスドクに就任した時を30歳とした
- 現在の年齢:41 歳?
- 分野:材料工学
- 最初の不正論文発表:2010年(27歳?)
- 不正論文発表:2010-2012年(27-29歳?)の30論文
- 発覚年:2019年(36歳?)
- 発覚時地位:オーストラリアのスウィンバーン工科大学・ポスドク
- ステップ1(発覚):ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタ(artemisia stricta、仮名)で、ナザリのネカトを学術誌に通報した
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②スウィンバーン工科大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:ねつ造・改ざん・盗用
- 不正論文数:188報の論文(推定)。2010-2012年の30論文が撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:大学・ポスドクの解雇(辞職)
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1984年1月1日生まれとする。2013年8月にスウィンバーン工科大学のポスドクに就任した時を30歳とした
- xxxx年(xx歳):イランのxx大学で学士号取得
- xxxx年(xx歳):イランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)で研究博士号(PhD)を取得
- 2013年8月(30歳?):オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドク
- 2017年12月(34歳?):優秀研究スウィンバーン工科大学学長賞(Swinburne Vice Chancellor’s Research Excellence Award)を受賞
- 2019年はじめ(36歳?):ネカトが発覚
- 2019年8月(36歳?):スウィンバーン工科大学はネカト調査を開始
- 2019年10月(36歳?):ナザリはスウィンバーン工科大学を離職
- 2019年10月(36歳?):スウィンバーン工科大学は調査を終了
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★優秀なポスドク
ナザリは2019年に事件が発覚した時は36歳(?)のポスドクだったのに、既に、数百報という膨大な数の論文を出版していた。イランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)に在籍していた時の論文である。
2013年8月(30歳?)、オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクになった。
2017年12月(34歳?)、オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)から巨額の研究助成金を獲得し、スウィンバーン工科大学の優秀研究学長賞(Swinburne Vice Chancellor’s Research Excellence Award)を受賞した。
スウィンバーン工科大学・学長のリンダ・クリストジャンソン(Linda Kristjanson)(右)から2017年・優秀研究学長賞を受け取るアリ・ナザリ(Ali Nazari)(左)。写真出典: https://www.brisbanetimes.com.au/national/victoria/scientist-leaves-swinburne-after-journals-retract-30-studies-over-plagiarism-claims-20191023-p533c7.html
なお、オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)はナザリに2017-2019年の3年間で総額110万ドル(約1億1千万円)の助成金を支給していた。
後に撤回された論文が審査時点では、この研究費申請の採択根拠になっていたのかどうか、記者に質問されたが、オーストラリア研究評議会は答えなかった。[白楽:当然、採択根拠になっていたでしょう]。つまり、ネカトデータで申請した申請書に110万ドル(約1億1千万円)も支給してしまったのだ。
★発覚の経緯
2019年初め(36歳?)、ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタ(artemisia stricta、仮名)が内部告発者として、ナザリのネカトを学術誌に通報した。
「ナザリの188報の論文のほとんどは何らかの点でネカトを含んでいます。結果の改ざん、盗用、重複出版、代筆など色々なネカトを組み合わせたネカト・百貨店のようです。結果を改ざんした論文を少なくとも30論文、特定しました」とストリクタは述べている。
★多量の論文撤回
2019年9月13日(36歳?)、出版社のセイジ・パブリケーションズ社(SAGE Publishing)は、ナザリの2011-2013年の22論文(リストは以下のPDF)を一度に撤回した。
→ 2019年9月13日の撤回告知:Retraction notice,
1056789519875280
実は、撤回告知の1か月前の2019年8月、スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)は調査を開始していた。
2019年10月(36歳?)、スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)の研究倫理室はナザリのネカト調査を終了した。しかし、調査報告書を公表していない。記者の質問に、調査結果についてノーコメントである。ただ、ナザリはもはや雇用されていないと答えた。
スウィンバーン工科大学は、ナザリの撤回論文は、イランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校で研究していた時に発表した論文だと述べた。
しかし、ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタは、2019年1月に発表されたばかりの論文にもネカト問題が見つかったと述べている。その論文はスウィンバーン工科大学からの論文で、まだ撤回されていない。
アルテミシア・ストリクタは、外部調査すべきだと主張している。
★世界第20位
2019年12月7日現在、撤回論文ランキングでは撤回論文数が27報で、世界第20位(21番目)である。なお、撤回論文データベースのリストでは撤回論文数は27報より多い30報だった。 → 2019年12月7日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 研究倫理(ネカト、研究規範) → 2019年12月5日保存: The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch
●【ネカトの具体例】
2019年10月(36歳?)、スウィンバーン工科大学はナザリのネカト調査を終了した。しかし、調査報告書を公表していない。
つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
仕方がないので、パブピアで探った。
★「2011年のInternational Journal of Damage Mechanics」論文
「2011年のInternational Journal of Damage Mechanics」論文の書誌情報を以下に示す。 2019年9月13日、撤回された。
- The Effects of TiO2 Nanoparticles on Flexural Damage of Self-compacting Concrete
Nazari A, Riahi, S,
International Journal of Damage Mechanics 20(7): 1049–1072, (2011)
DOI: 10.1177/1056789510385262
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2019年9月27日、リゾパス・ホモタリカス(Rhizopus Homothallicus)は、同じ著者の他の論文の画像が再使用されていると指摘した「Rhizopus Homothallicus (commented September 27th, 2019 3:08 AM and accepted September 28th, 2019 3:49 AM)」。
一応以下に指摘データを示すが、白楽は思うに、同じデータを別の論文で使用することは必ずしもネカトに相当しない。その論文の新発見部分のデータではなく参照部分のデータなら問題はないと、白楽は思う。ただ、論文を読んでいないので、新発見部分のデータなのか、参照部分のデータなのか、白楽は判断できない。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/A6FCDC3FFE13DC2612C6011D5FDF93#1★「2011年のMaterials and Structures」論文
「2011年のMaterials and Structures」論文の書誌情報を以下に示す。 2019年12月7日現在、撤回されていない。
- The effects of curing medium on flexural strength and water permeability of concrete incorporating TiO2 nanoparticles
Ali Nazari
Materials and Structures (2011)
doi: 10.1617/s11527-010-9664-y issn: 1359-5997 issn: 1871-6873
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2019年8月11日、エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は、図が他の論文(10.1080 / 17458080.2011.586369、10.1016 / j.enbuild.2011.04.009、および10.1680 / macr.11.00005)でも使用されている。他の論文(doi:10.1016 / j.msea.2010.09.074およびdoi:10.1016 / j.enbuild.2010.12.025)でも使用されていると指摘した「Elisabeth M Bik (commented August 11th, 2019 8:11 AM and accepted August 11th, 2019 8:11 AM)」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/9AC372375FAC6E016FA054C5771883#1
2019年10月7日、アンドロレピス・スキネリ(Androlepis Skinneri)は、図7と表7のデータは別の論文の図と表の一部をそのまま使用していると指摘した「Androlepis Skinneri (commented October 7th, 2019 5:19 AM and accepted October 7th, 2019 5:53 AM)」。
一応以下に指摘データを示す。
繰り返すが、白楽は思うに、同じデータを別の論文で使用することは必ずしもネカトに相当しない。その論文の新発見部分のデータではなく参照部分のデータなら問題はないと、白楽は思う。ただ、論文を読んでいないので、新発見部分のデータなのか、参照部分のデータなのか、白楽は判断できない。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/9AC372375FAC6E016FA054C5771883#2
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/9AC372375FAC6E016FA054C5771883#3
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★論文総数
2019年12月7日現在、アリ・ナザリ(Ali Nazari)の論文総数をGoogle Scholar Citationsで検索すると、264報だった。
★撤回論文データベース
2019年12月7日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでアリ・ナザリ(Ali Nazari)を「Nazari, Ali」で検索すると、34論文がヒットし、31論文が撤回されていた。2016年の1論文は別人である。結局、2010-2012年の30論文が主に2019年に撤回された。
★パブピア(PubPeer)
2019年12月7日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アリ・ナザリ(Ali Nazari)の論文のコメントを「Ali Nazari」で検索すると40論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》防ぐ方法
アリ・ナザリ(Ali Nazari)は撤回論文数が30報もあり、ネカト常習者である。発覚した時はオーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクだったが、問題の論文は主にイランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)の院生の時に出版していた。
院生で撤回論文数が30報!
誰かもっと早く止めるべきでしょう。
しかし、イランではネカトを防止できる状況ではなかった、・・・のかどうか、イランの研究室文化を白楽は理解できていない。
欧米の感覚だと、このような常習者は早く見つけて学術界から排除することが、「防ぐ方法」となる。
日本の感覚だと、どうするんでしょう? 「防ぐ方法」はさておき、日本にはこのようなネカト常習者がたくさんいたんですね。「いた」ならイイですが(イイわけない!)、現在も「いる」となると、深刻な問題が起こります。
《2》撤回論文オリンピックの金と銅
日本にはこのようなネカト常習者がたくさんいた(いる?)。
2019年12月7日現在、日本は来年のオリンピックで浮かれていますが。もし、撤回論文オリンピックをすれば、日本の金獲得は確実でしょう。
現在、日本は世界大会で金と銅を保持している。撤回論文ランキング第11位中に6人もいて、有力な選手層も厚い。下部の選手層も厚い(に違いない)。世界最強である。 → 2019年12月7日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 研究倫理(ネカト、研究規範) → 2019年12月5日保存: The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch
「日本はネカト天国」である。
それなのに、日本の政府と学術界はしっかり反省していない。抜本的な改革をしようとしない。「人の噂も七十五日」。
例えば、ネカト議論に熱心だった日本分子生物学会も、2019年1月の阿形清和・理事長の挨拶で、データねつ造問題は終ったと述べている(出典:第21期理事長挨拶 – 日本分子生物学会)。何か抜本的な改革をしたんでしょうかね?
そして、日本は日本人のネカト事件でも、日本人研究者がしっかり研究していない・できていない・させていない。外国人研究者が研究し発表している。 → 2018年8月17日の「Science」記事: ‘Researcher at the center of an epic fraud remains an enigma to those who exposed him | Science | AAAS
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●9.【主要情報源】
① アリ・ナザリ(Ali Nazari)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:Search Results for “ali nazari” – Retraction Watch
② 2019年10月26日のエリーゼ・ワーシントン(Elise Worthington)記者の「ABC News」記事:Swinburne University researcher has 30 papers retracted, loses job – ABC News (Australian Broadcasting Corporation)、(保存版)
③ 2019年10月26日のリアム・マニックス(Liam Mannix)記者の「Age」記事:Scientist leaves Swinburne after journals retract 30 studies over plagiarism claims
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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