7-154 論文売買に刑事罰:ペルー

2024年7月30日掲載

白楽の意図:ペルー政府が、論文を購入した研究者を処罰する法律を制定する状況を解説したマリア・デ・ロス・アンヘレス・オルフィラ(María de los Ángeles Orfila)の「2023年12月のScience」論文。半年後の2024年6月23日、法律を制定したと伝えた国立科学技術委員会の「2024年6月のプレスリリース」。両方を紹介しよう。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.予備解説
2.オルフィラの「2023年12月のScience」論文
3.国立科学技術委員会の「2024年6月のプレスリリース」
7.白楽の感想
8.主要情報源;
9.コメント
ーーーーーーー

【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【予備解説】

★2023年12月28日:榎木英介(科学・政策と社会ニュースクリップ):学術会議法人化、大学の生き残り

出典 → ココ、(保存版) 

白楽の一言:オルフィラ(Orfila)の「2023年12月のScience」論文を日本語で紹介している記事。

Peru moves to crack down on scientific fraudsters | Science | AAAS https://www.science.org/content/article/peru-moves-crack-down-scientific-fraudsters

ペルー。業績で報酬を出すようにしたら、研究不正多発という、まるで「社会実験」のようなことになり、対策を立てるようです。

★2024年4月15日: 7-144 タイ:論文代行・購入に刑事罰 | 白楽の研究者倫理
https://haklak.com/page_2023_bangkok_post.html

白楽の一言:タイでは、論文代行を依頼したり、論文を購入した研究者を処分しているという記事。

7-144 タイ:論文代行・購入に刑事罰

★2024年7月29日: ペルーの論文

2024年7月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベース(Retraction Watch Database)でペルーの論文を「Peru」で検索すると、2論文が訂正、1論文が懸念表明、36論文が撤回されていた。

撤回論文を1つ挙げると、2023年9月4日に撤回された「2022年9月のFront Psychiatry」論文がある。

著者は13人で、9番目のVirgilio E Failoc-Rojas氏の所属国はペルーで、その他12人は、アルゼンチン、中国、コロンビア、エクアドル、エジプト、インド、インドネシア、イラン、イラク、タイと10か国の分布している。怪しげな国ばかりである。

ペルーはこのような論文を問題視したのだと思う。

●2.【オルフィラの「2023年12月のScience」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Peru moves to crack down on scientific fraudsters
    日本語訳:ペルー、科学詐欺の取り締まりに着手
  • 著者:María de los Ángeles Orfila
  • 掲載誌・巻・ページ:Science , Vol 383, Issue 6678
  • 発行年月日:2023年12月21日
  • ウェブサイト:https://www.science.org/content/article/peru-moves-crack-down-scientific-fraudsters
  • 著者の紹介:マリア・デ・ロス・アンヘレス・オルフィラ(María de los Ángeles Orfila、写真出典と経歴出典)。
  • 学歴:2000年頃(?)にウルグアイの共和国大学(Universidad de la República)で学士号(文学)取得
  • 分野:科学ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:約20年の経験を持つフリーランス。2023年からは、主にサイエンス誌に寄稿。ウルグアイ在住

●【論文内容】

★確立した研究者の1%が出版詐欺者

2023年10月、ペルーのテレビ番組「プント・ファイナル(Punto Final)」(以下の動画)は、14の大学に勤務する72人を含め、出版詐欺に関与した180人を特定したと報道した。

ペルーの研究者がブローカーに最大500ドル(約5万円)を払って、研究も執筆もしていない論文に自分の名前を共著者にしていたのだ。

その報道を受けて、ペルー当局は、さらに多くの研究者が出版詐欺に関与しているのではないかと、調査している。

2017~2020年までペルーの国立科学技術委員会(Concytec:National Council of Science, Technology and Technological Innovation)・会長だったサンマルコス国立大学(National University of San Marcos)のジセラ・オルヘダ・フェルナンデス教授(Gisella Orjeda Fernandez、写真出典)は、ペルーの一部の大学は、論文を出版した研究者に2,500ドル(約25万円)の論文出版報奨金を支払っていて、論文購入を促進する悪い研究環境だと指摘した。

ペルーでは、政府の助成金、昇進、給与、ボーナスを受け取るのに必要な国家登録簿・「レナサイト(Renacyt)」がある。

プント・ファイナル(Punto Final)が出版詐欺に関与したとして挙げた72人の研究者は、ペルーの国家登録簿に登録されている全研究者の1%を占めていた。

国立科学技術委員会(Concytec)は、論文購入者と指摘された2人の研究者を、最近、「レナサイト(Renacyt)」から削除した。

うち1人は、スペイン人研究者の履歴書を流用し、その研究者の論文を自分の名前で再出版していた。

追放されたもう一人の研究者は、ベネズエラ在住というニセの身分をかたっていた。

国立科学技術委員会(Concytec)は、大学に対し、残り70人の登録研究者の出版詐欺の実態を明らかにするよう求めている。その多くは終身在職権のない講師や他国出身の元院生らしい。

国立科学技術委員会(Concytec)のマルティコレーナ・カスティージョ会長(Benjamín Marticorena Castillo、写真右出典保存版)は、出版詐欺は犯罪で、彼らは組織的・計画的に悪事をする集団だと述べている。

ペルーの非営利の市民組織で研究者の不正行為も調査している「ペルー科学者(Científicos.pe)」のナウエル・モンテブランコ会長(Nahuel Monteblanco、写真左出典)は、「警告は明白だ」と指摘した。

プント・ファイナル(Punto Final)が指摘した論文は、多くの国の多数の共著者からなる論文で、著者たちは、同じテーマに関する先行論文がほとんどない。つまり、その分野の研究を続けてきた研究者とは思えない。

「もしあなたの同僚が、ネパール、アフガニスタン、クウェート、インドネシアの共同研究者と年間20本の論文を一貫して発表しているとしたら、論文を購入している可能性はかなり高いです。多くのまともな研究者は、そんなにたくさんの論文を国際共同研究で発表できません」とモンテブランコは述べた。

しかし、現行法でも、国立科学技術委員会(Concytec)とペルーの大学に、研究上の不正行為を調査し、処罰する権限は与えられている。

ただし、権限は限定的だ。

★出版報奨金

どうして、ペルーで論文売買が多いのか?

論文を購入し自分の研究業績として研究業績を増やすと、研究者は政府・民間から研究費が得やすくなる。

これは、単なる研究倫理違反ではなく、立派な詐欺だと、神経生物学者から国会議員になったエドワード・マラガ・トリロ議員(Edward Málaga Trillo、写真出典)は指摘した。

そう、このトリロ議員がこの法律を制定した立て役者である。

実は、トリロ議員自身、大学の元同僚が仕掛けた出版詐欺の被害者だった。この同僚は正式な制裁を受けなかったが、結局、大学を辞めた。

他の多くの国と同様に、ペルーの学術界は、ニセ著者問題に苦しんでいる。

その原因の1つは、論文を出版した時、報奨金を与えることで学術研究の促進をはかることにした2014年の法律である。

例えば、大学は次のシステムを採用している。

大学教員はインパクトの高い学術誌に論文を発表すると5ポイント、インパクトの低い学術誌では2ポイント、を獲得できる。このポイントの多さで、ボーナスの額と昇進が決まる。

この法律が、研究者にゆがんだ動機をもたらした。

★論文出版詐欺の刑事罰化

ペルーの国会は、研究者が学術論文を購入し著者になる論文売買の調査と処罰に関する法案を承認する方向である。

この動きは、ペルー政府が著者枠の買収などの非倫理的な慣行を取り締まる一連の施策の1つである。

ペルーの新しい法律は、大学や政府機関に論文売買者を処罰する権限を与えるので、研究者の論文売買を抑止すると期待されている。この権限付与は、ラテンアメリカの国々で最も強力な出版詐欺に対する措置となる。

現在議会に提出されている2つの法案は、それを変えることを目的としている。1つは大学を対象とする部分の改正で、もう1つは国立科学技術委員会(Concytec)に新たな権限を与えるものだ。

新しい法律は、詐欺を「研究に関連する出版物、プロジェクト、レポート、その他の学術的な文書・発表における情報のねつ造、改ざん、盗用」と定義している。軽微な違反を犯した研究者は、2年から5年間の国家登録簿の登録停止、より重大な違反を犯した研究者は永久に登録を停止し、かつ刑務所刑を伴う刑事告発を受ける。

ペルー国立科学アカデミー(National Academy of Sciences of Peru)のアルベルト・ガゴ会長(Alberto Gago、写真出典)は、「この新しい法律が、詐欺研究者に社会的制裁を科し、研究規範に違反した同僚をもっと告発するようになるのを望みます。詐欺師を排除するには、より強い処罰が必要なのです」と述べた。

フェルナンデス教授(既出)も同意見で、「罪を犯した者を追放するのに躊躇すべきではない」と述べた。

●3.【国立科学技術委員会の「2024年6月のプレスリリース」】

★読んだ論文

●【論文内容】

★前章で紹介した法案成立

2024年6月23日、ペルー政府は、国の科学技術政策を改善し、統治機関としての国立科学技術委員会(Concytec) を強化することに加え、研究者、研究、技術、イノベーションに関連する新しい規制を定めた法律第31250号、国家科学技術イノベーション法(Ley del Sistema Nacional de Ciencia, Tecnología e Innovación)を承認した。

官報の最高政令第062-2024-PCM号として掲載した。

現在、論文著者の売買は、非常に重大な研究公正違反と見なされている。責任者は国家科学技術システム(SINACTI : Sistema Nacional de Ciencia, Tecnología e
Innovación) からの追放および/または最大320税単位(UIT)の罰金(約7万円)が科される。

また、研究助成金を規定以外の目的で使用するのも、厳しく罰せられ、責任者は国家科学技術システム(SINACTI )からの永久追放および/または最大320UITの罰金(約7万円)が科される。

また、新しい規則では、国立科学技術委員会(Concytec)が国家科学技術システム(SINACTI ) の統治機関で、制裁の実施と運用を規制する責任があると定められた。

以下の図は規制とガイドラインの冒頭部分、全文リンク(全文16ページ)は → https://epdoc2.elperuano.pe/EpPo/VistaNLSE.asp?Referencias=MjMwMDM1MS0xMjAyNDA2MjM=

ここまで書いて、情報を探していたら、ジェトロの2024 年 7 月 1 日発行「中南米知的財産ニュース(月報) Vol.3(2024 年 6 月) 」の8ページ目に、このプレスリリースが日本語で紹介されていた。最初からこれを引用すれば楽だったのに(で1句:白楽は 無駄が多し 夏の夕暮れ)。

●7.【白楽の感想】

《1》論文売買に刑事罰 

論文売買に刑事罰を科す国はどのくらいあるのだろうか?

少し前に、タイは論文代行・論文購入に刑事罰を科すという論文を紹介した。 → 7-144 タイ:論文代行・購入に刑事罰 | 白楽の研究者倫理

今回紹介した最初の論文は「2023年12月のScience」論文である。白楽は、続報で、論文売買に刑事罰を科す他の国の紹介記事があるかもしれないと期待した。

しかし、半年待っても、そういう続報記事はなかった。

[ただ、半年待ったかいがあって、2024年6月23日、ペルー政府が研究公正を強化する法律を制定したプレスリリースを見つけた]。

論文売買に刑事罰を科した方がよいと思える国が、中東、アジア、欧州にかなりあるし、論文売買は国を超えて行なわれるので、国際条約を締結し世界全体で取り締まった方がよいと思うが、そのような動きはない。

国内問題と考えても、その国の研究費が無駄に使われている。それに、ズルして昇進する研究者がはびこる。それなのに改革しないのは、研究界が無知なのか、政治家と悪徳業者が結託して改革がすすまないのか、単に無関心なのか、国によってさまざまだろう。

で、日本である。

日本人が論文売買にどれだけ関与しているのか不明だが、関与していると想定して調査や対処をするのがまともである。しかし、日本の研究者も学術界も政府も無関心で何もする気配がない。まさか、無知ではないだろうが、ある意味、タイやペルーにも後れを取ってしまった。

《2》全ネカト行為を犯罪とみなす? 

詳細に調べていないが、新しい法律は、論文購入だけを対象としていない。

論文購入を「ねつ造」の1つとし、論文購入だけでなく、「ねつ造、改ざん、盗用」で重大な違反を犯した研究者に刑事罰を与える、と読める。

もし、「重大なネカト行為全部を犯罪とみなす」なら、なかなか画期的である。

数年後どうなっているのか、様子を見たい。

《3》ペルーは健全 

今回紹介した論文を読むと、ペルーは、学術界のボス、国会議員、市民組織、どの人も研究上の不正行為に対して刑事罰を科すことに賛成している。賛成者だけにインタビューし、論文をまとめたとは思えない。

ペルーは世界の学術界で大きな力を持っていないが、しかし、ペルーは国内の研究者が論文売買に染まっている動きを感知し、自国の研究者に対して、研究規範を守らせる強い法律を制定した。

ペルーは健全だと思った。

ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
ーーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
0 コメント
Inline Feedbacks
View all comments