7-136 フロンティアーズ社は多数の売買論文を撤回

2023年12月23日掲載 

白楽の意図:論文売買の指摘を受け、フロンティアーズ社は、2023年9月4日、売買疑惑の濃い38論文を一挙に撤回した。この状況を解説したエリー・キンケイド(Ellie Kincaid)の「2023年9月のRetraction Watch」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.キンケイドの「2023年9月のRetraction Watch」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

本論文の最後の節は、「モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)(ドイツ)」の事件と重複している。

犯罪「論文売買」:モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)(ドイツ)

●2.【キンケイドの「2023年9月のRetraction Watch」論文】

★読んだ論文

●【論文内容】

★フロンティアーズ社の新規則

2023年9月4日、フロンティアーズ出版社は、「著者在順の売買という非倫理的な行為」に関連した約40本の論文を撤回したと発表した。 → Frontiers implements new policy to counter ‘Authorship-for-sale’ – Science & research news | Frontiers

フロンティアーズ社が発行する学術誌では、著者在順が売買された論文の掲載を防ぐ新しい規則を導入した、とも発表した。

従来の規則では、論文原稿を投稿後に著者リストを変更する場合、著者変更申請書を学術誌・編集部に提出だけだった。

今回の規則改訂で、フロンティアーズ社は、原稿採択後の著者変更を原則として認めないとした。

フロンティアーズ社の研究公正部門の綿密な審査を経た上で著者変更が許可されることもあるが、これは、例外的な措置だとした。

さらに、著者変更申請がされたら、申請の正当性を確認するために、追跡調査を行ない、著者名操作の可能性がある場合、著者の所属機関に問い合わせる。妥当な理由でなければ、要求された著者変更を拒否する、と公言した。

以下はフロンティアーズ社の新しい著者変更申請書の冒頭部分(出典:同)。全文(9ページ)は → Authorship_change_form_CRediT.pdf

★著者在順の論文を多数撤回

何年も前から、学術論文の著者在順を販売するという宣伝がウェブでされていた。

仲介業者はFacebook などの社交メディアでも宣伝していた。

フロンティアーズ社は、調査し、販売された著者在順の論文を多数撤回した。この撤回作業は2023年3月初旬に始めたが、2023年9月4日に38論文を一挙に撤回した(2023年12月21日現在、撤回論文数は288論文)。 → Retraction Watch Database

典型的な撤回公告の文章を以下に示す。

論文出版後、著者の論文への貢献に関する懸念が生じました。フロンティアーズ社の規則に従って調査した結果、重大な出版規範違反が確認されましたので、論文を撤回します。

フロンティアーズ社の広報担当者によると、ネカトハンターが、その撤回論文の著者在順を販売する広告をパブピア(PubPeer)で特定し、出版社に通報してくれたとのことだった。

★ニック・ワイズの貢献

2020年12月、ネカトハンターのニック・ワイズ(Nick Wise)は、 論文・「カフェ酸由来の新規Cu-MOFとその抗がん活性のグリーン合成のためのタグチ支援最適化手法と密度汎関数理論(Taguchi-assisted optimization technique and density functional theory for green synthesis of a novel Cu-MOF derived from caffeic acid and its anticancerious activities)」の著者在順を売る宣伝をFacebookで見つけた。

以下がその著者在順を売る2020年12月22日の宣伝である。出典はパブピア(PubPeer):https://pubpeer.com/publications/236DA1A1430E5657C9B78F7FE174AC#1

その後、そのタイトルと似た論文が「2021年11月のFrontiers in Chemistry」に掲載された。

連絡著者のガセム・サルガジ(Ghasem Sargazi、写真出典)はイランのバム医科大学(Bam University of Medical Sciences and Health Services)・助教授である。

しかし、サルガジ助教授は、ニック・ワイズに次のように答えている。

パブピア(PubPeer)に示された広告は偽物です。私たちの論文はエルゼビア社ではなくフロンティアーズ社の「Frontiers in Chemistry」に掲載しています。それに、論文の著者全員は初稿および改訂段階で積極的に研究論文に参加しました。

論文撤回された後、サルガジ助教授は「学術誌は何の証拠もなくこの論文を撤回した」とパブピア(PubPeer)で非難した。

サルガジ助教授は「撤回監視(Retraction Watch)」に次のように述べている。

私たちの論文は科学的な観点から見て最高レベルで、著者たちはそれぞれの役割に応じてこの研究に貢献しました。しかし、編集者は私たちに何の説明も求めずに論文を撤回しました。非常に残念です。

★アレクサンダー・マガジノフの貢献

2022年12月、別のネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov、写真出典)は、著者在順が売買された複数の論文の疑念をパブピア(PubPeer)に投稿した。

以下は、「モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)(ドイツ)」の事件と重複しているので、内容を大幅に流用した。

犯罪「論文売買」:モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)(ドイツ)

ーーー流用部分。ここから

以下の「2021年11月のFront Bioeng Biotechnol」論文は、2023年9月4日に撤回された。

この論文の著者在順がロシアの国際出版社で売られていた。著者在順の売り手はハラヒアンである。ロシアのネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)が2022年12月にパブピアで指摘した。 → https://pubpeer.com/publications/3E7C467522CEB092CBB5307B59E0DF?

以下の著者在順売買の図の出典: 2023年9月8日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 8.09.2023 – Hope to one billion individuals – For Better Science。元図はマガジノフ → Science Publisher Company

2番目の著者在順が1,150ドル(約11万5千円)で売られていた。

出版された論文の2番目の著者「Zhanna R Gardanova」が購入したと思われる。ザンナ・ガルダノバ(Zhanna Gardanova)はロシアのピラゴフ・ロシア国立医学研究大学(Pirogov Russian National Research Medical University)に所属している。

5番目の著者在順が850ドル(約8万5千円)で売られていた。出版された論文の5番目の著者「Navid Shomali 」が購入したと思われる。

ナヴィド・ショマリ(Navid Shomali、写真出典)はイランのタブリーズ医科学大学(Tabriz University of Medical Sciences)・所属の院生である。

ーーー流用部分。ここまで

本記事では、著者の1人のナヴィド・ショマリ(Navid Shomali)に焦点を当てている。

ナヴィド・ショマリはイランのタブリーズ医科学大学(Tabriz University of Medical Sciences)・所属の院生である。

上で引用したモスタファ・ハラヒアンの白楽記事では、ナヴィド・ショマリは著者在順を購入した人物だと述べた。

ところが、ナヴィド・ショマリは、マガジノフが示した広告のウェブサイトは「偽物」だと、次のように返信した。

個人的な利益を目的とした詐欺サイトや宣伝がたくさんあります。私たちは論文原稿を無料の盗用検出サイトに送信し、盗用をチェックしました。その時、原稿のタイトルと内容が、盗用検出サイトに結託した論文売買組織に流れ、サイバー詐欺者の宣伝に悪用されたものと思われます。

つまり、ナヴィド・ショマリは、自分は被害者だと主張している。

★「2022年3月のFront Immunol.」論文

「2022年3月のFront Immunol.」論文は、2023年9月4日に撤回された論文である。

ナヴィド・ショマリが第一著者で、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)が最後著者でかつ連絡著者である。第二最後著者の Siamak Sandoghchian Shotorbaniも連絡著者である。

ナヴィド・ショマリは、「Front Immunol.」誌に次のような異議申し立てをした。

第一著者である私は、著者を代表して、私たちの論文の各著者はそれ相当の研究貢献したことを宣言します。謎のウェブ サイトや パブピア(PubPeer) などにも著者在順売買の投稿をしていません。著者名と著者の順序は最初に論文を投稿した時と同じで、査読プロセス全体を通じて変更していません。そのことは、学術誌とのやり取りの記録で確認できます。

さらに、 論文掲載料 はドイツがん研究センター(DKFZ)ではなく、論文の謝辞欄で述べたように、マルワ・スリマン・マーシ博士(Marwah Suliman Maashi)が支払いました。

モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の所属が論文では旧所属を記載していたことを問題視されていますが、所属を「ドイツがん研究センター(DKFZ)・「元」従業員」に変更するという訂正で、疑念は解消されます。

ということで、論文を撤回する根拠が見当たりません。論文撤回の合理的な説明をしてください。

白楽が確認すると、「2022年3月のFront Immunol.」論文の謝辞にマルワ・スリマン・マーシ博士(Marwah Suliman Maashi)が論文掲載料を支払ったという記載はなかったが、別の論文にはあった。ナヴィド・ショマリは、混同したようだ。しかし、ナヴィド・ショマリは正しいかもしれない。

ナヴィド・ショマリは、「撤回監視(Retraction Watch)」にさらに次のように述べた。

実際、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian) は 2004 年から 2020 年半ばまでドイツがん研究センター(DKFZ) で研究しており、Nature などの権威ある学術誌に論文を発表しました。

彼は、ドイツがん研究センター(DKFZ)を辞めた後、出版した論文での所属をドイツがん研究センター(DKFZ)としたが、悪意はなかった。しかし、ドイツがん研究センター(DKFZ)は所属偽装だと学術誌に通告した。

上記の論文は私の博士論文の一部です。私が説明したように、査読プロセス全体で著者名を変更したことは一度もありませんし、論文掲載料 は ドイツがん研究センター(DKFZ) ではなく第二著者が支払っているので、この論文を撤回する根拠はありません。単に、所属の修正をすればよいだけです。

私たちはこの件についてDOAJ(Directory of Open Access Journals)、OASPA(Open Access Scholarly Publishers Association)、トムソン・ロイター社に苦情を申し立てており、彼らからの返答を待っているところです。

この論文は私の博士論文の一部であり、私の所属するタブリーズ医科学大学・当局は撤回監視データベースの記録に基づいて決定を行っています。上記の状況をご理解しただき、例外的な措置として私の論文をデータベースから除外していただきますよう心よりお願い申し上げます。

私の論文は、ドイツがん研究センター(DKFZ)に20年近く研究していた共著者の所属の誤記のために撤回されました。このような些細な誤りを理由に論文を撤回するのは完全にアンフェアです。

●7.【白楽の感想】

《1》問題点 

モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の所属偽装は、白楽も大きな問題だと思わない。

論文投稿時に所属機関がなかったので、それまで所属していたドイツがん研究センター(DKFZ)を使った。

確かに所属偽装ではあるけど、それだけなら所属の訂正をすれば済むレベルだ。

本当に問題なのは、著者在順売買の論文だから撤回したのだが、著者在順売買の論文だと証明するのは難しい。

フロンティアーズ社は疑惑段階で撤回したのだが、その理由を、証明が容易な所属偽装としたんのだ。それで、ナヴィド・ショマリは正攻法で攻めたということだ。

《2》強固に取り締る 

論文を売る人、買う人、両方とも、悪行を指摘されても、当然のことながら「ハイ、悪うございました」と単純に認めるとは思えない。

しかし、確かな証拠を押さえるのは難しい。

売る方はかなりの額のカネ儲けになるし、買う方はボーナス、昇進、昇給、栄誉というリッチな研究人生の源泉になる。両者とも、発覚すれば、大学・研究所から解雇される(だろう)。

学術誌側は、公正な論文だけを掲載したい。疑惑論文と指摘されても、調査機関でもないし、調査にヒト・ヒマ・カネをかけたくない・かける余裕はない。調査は不十分でも、論文掲載規則を盾に、疑惑論文を撤回してしまう。あるいは、撤回しないで疑惑論文を放置する。

ネカトハンターはボランティアで活動しているが、その指摘が、間違えることもある。

そして、特定の研究者をおとしめる意図で、論文売買のニセ宣伝をする人、論文売買宣伝のニセのスクリーンショットを作る人、もいるだろう。ネカトハンターはそれにダマされる。

なかなか、複雑な世界になってきた。

現状では、論文売買、その一部である著者在順売買の防止と摘発は、難しい。今後ますます巧妙になるだろう。

国際的な組織が本気で取り締まる規則を定め、公的な捜査機関が捜査しないと、シロクロつかないだろう。

この問題、日本の関心は薄いが、日本在住の人間は関与していない、という保証はない。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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