2018年4月4日掲載。
ワンポイント:ラーオは17歳で大学を卒業した天才的科学者で、首相の科学顧問を務め、インド理科大学院(Indian Institute of Science)・教授・学長を経て名誉教授になった。2012年(78歳)、「2011年のAdvanced Materials」論文に盗用が発覚した。実は、共著者である院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)が盗用した(26歳?)。2人とも処分されなかった。損害額の総額(推定)は10億円(当てずっぽう)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao、老爺心ですが、名前を大声で読むときは、日本では注意してください。写真出典)は、17歳でインドの大学を卒業し、24歳で米国のパデュー大学(Purdue University)で研究博士号(PhD)を取得した天才的科学者。インド理科大学院(Indian Institute of Science)・教授・学長を経て、名誉教授になった。専門は材料科学、固体化学である。インド首相の科学顧問も務めた。インドにおいて民間人への最高の栄典であるバーラト・ラトナ賞を受賞した。ところが、困ったことに、盗用と指摘された。
最初に種明かししてしまうと、共著者である院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)が盗用したのである。但し、ラーオが圧倒的に著名人なので、事件はラーオの盗用事件として扱われている。本記事では、ラーオを中心に扱ったが、バサント・チタラ(Basant Chitara)もタイトルに入れた
2012年(78歳)、「2011年のAdvanced Materials」論文に盗用が発覚した。
なお、インド理科大学院は、「4icu.org」の大学ランキング(信頼度は?)でインド第9位の大学である(Top Universities in India | 2017 Indian University Ranking(保存済))。
インド理科大学院(Indian Institute of Science)写真出典
★チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao)を中心に記述した。
- 国:インド
- 成長国:インド
- 研究博士号(PhD)取得:米国のパデュー大学
- 男女:男性
- 生年月日:1934年6月30日
- 現在の年齢:90 歳
- 分野:固体化学
- 最初の不正論文発表:2009年(75歳)
- 発覚年:2012年(78歳)
- 発覚時地位:インド理科大学院・名誉教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。「Hindu」新聞のプラサド(R. Prasad)記者(男性)?
- ステップ2(メディア): 「Hindu」新聞
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①インド理科大学院は調査しなかった
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:所属機関の事件への透明性。発表なし(✖)
- 不正:盗用
- 不正論文数:3報
- 盗用ページ率:多いのは序論の3分の1
- 盗用文字率:不明
- 時期:研究キャリアの後期
- 損害額:総額(推定)は10億円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。③院生の損害が1人1000万円だが、研究が中断した院生はいないので損害額はゼロ円。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円だが調査していないので損害額はゼロ円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円だが、撤回論文がないので損害額はゼロ円。⑧盗博は明白である。インドの超優秀大学の学長、首相の科学顧問を務めたインドの偉大な科学者なので、悪評による損害は10億円(当てずっぽう)
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
●2.【経歴と経過】
★チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao)を中心に記述した。
主な出典:http://www.jncasr.ac.in/cnrrao/profile.html
- 1934年6月30日:インドで生まれる
- 1951年(17歳):インドのマイソール大学(University of Mysore)で学士号取得:化学
- 1953年(19歳):インドのバナーラス・ヒンドゥー大学(Banaras Hindu University)で修士号取得:化学
- 1958年(24歳):米国のパデュー大学(Purdue University)で研究博士号(PhD)を取得
- 1963-76年(29-42歳):インド工科大学(Indian Institute of Technology)・教授
- 1977-84年(43-50歳):インド理科大学院(Indian Institute of Science)・教授
- 1982年(48歳):王立協会フェロー
- 1984-94年(50-60歳):インド理科大学院(Indian Institute of Science)・学長
- 1985-89年(51-55歳):インド首相の科学顧問
- 1994年-(60歳-):同・名誉教授
- 2005年-(71歳-):インド首相の科学顧問
- 2006 -2016年(72 -82歳):インド研究教授(National Research Professor)
- 2012年(78歳):「2011年のAdvanced Materials」論文に盗用が発覚した
★受賞・叙勲等
2000年:イギリス王立協会からヒューズ・メダル
2004年:インド科学賞(India Science Award)
2005年:ダン・デービッド財団からダン・デービッド賞
2005年:フランス政府から レジオンドヌール勲章(Chevalier de la Legion d’Honneur)
2009年:ロイヤル・メダル受賞
●5.【不正発覚の経緯と内容】
チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao)を中心に記述した。
★「2011年のAdvanced Materials」論文
2011年、77歳の時に出版した「2011年のAdvanced Materials」論文で、他の科学者の論文の文章を引用なしに使用した。
→ 2012 年2月21日記事:Plagiarism cloud over CNR Rao
- Infrared Photodetectors Based on Reduced Graphene Oxide and Graphene Nanoribbons
Advanced Materials, Volume 23, Issue 45, December 1, 2011, Pages 5419?5424
Basant Chitara, L. S.Panchakarla, S. B. Krupanidhi, C. N. R. Rao
First published: 22 July 2011Full publication history
DOI: 10.1002/adma.201101414 View/save citation
盗用は論文の「序論」部分の数行で、第一著者の院生・バサント・チタラ(Basant Chitara、写真出典)が行なった。チタラ院生は正式に謝罪した。
但し、ラーオは、問題が発生したとき、「盗用と指摘された論文の序論の文章は、院生が執筆したものです。ラーオは関与していません」と発表した。
この発表は、自分自身は盗用の責任がないとする態度と受け止められ、「盗用の責任を若い科学者に押し付けた」とインドの科学者たちに強く批判された。ラーオは、現代の研究倫理を理解していないし、実践できてもいないとも批判された。
ラーオは、論文撤回を申し出たが、学術誌「Advanced Materials」編集部は論文にオリジナルな技術的貢献があるので、論文撤回をしないとした。
インド理科大学院はチタラ院生を処分しなかった。
★「2011年のJournal of Luminescence」論文
上記の盗用が発覚したことで、「Hindu」新聞のプラサド(R. Prasad)記者がさらに盗用論文を調べたところ、別の2論文にも盗用が見つかった。
→ 2012年3月11日のプラサド(R. Prasad)記者の「Hindu」記事:More cases of plagiarism come to light – NEW DELHI – The Hindu、(保存版)
- Chitara, B., Lal, N., Krupanidhi, S.B. and Rao, C.N.R. Rao. Electroluminescence from GaN-Polymer Heterojunction, J. Luminescence 131, 2612 (2011).
盗用は論文の「序論」部分の3分の1もあった。他国の研究者が出版した「2009年のNanotechnology」論文と「2006年のAdvanced Materials」論文から約20行を逐語盗用したのである。第一著者の院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)が盗用した。
★「2009年のNanotechnology」論文
- Chitara, B., Jebakumar, D.S.I., Rao, C.N.R. & Krupanidhi, S.B. “Negative Differential Resistance in GaN Nanocrystals above Room Temperature“. Nanotechnology 20, 405025 (2009).
盗用は論文の「序論」部分で、他国の研究者が出版した「1995年のApplied Physics Letters」論文から約6行を逐語盗用した。他にも数行の盗用をした。第一著者の院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)が盗用した。
●6.【論文数と撤回論文】
チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao)本人のサイトに論文リストがある。ただ、「All」をクリックしていも1999年以前の論文が表示されない。
→ Rao C.N.R – Home
2018年4月3日(83歳)現在、1999-2016年の7年間に731報の論文がリストされている。3日に1報出版のスピードである。膨大な出版スピードと出版数である。
731報の中でチタラ院生との共著論文が11論文あり、すべて、チタラ院生が第一著者になっている。
2018年4月3日(83歳)現在、撤回論文はないと思われる(推定)。
●7.【白楽の感想】
《1》晩節を汚す
75歳以降に出版した論文で、共著者で弟子のチタラ院生が盗用をしたとはいえ不名誉なことである。インドの著名な科学者が、弟子の盗用で晩節を汚している。
チンターマニー・ラーオ(Chintamani N. R. Rao)は、何を望んで75歳以降にも論文を出版するのだろうか? 既に、富と名声は手に入れている。研究費も称賛も必要ないだろうに。「サソリとカエルの寓話」のように、論文出版するのがラーオの性(サガ)なのだろう。
→ サソリとカエルの寓話 – アニヲタWiki(仮) – アットウィキ
とはいえ、高齢なので、大発見どころか中発見もできない。著名な科学者だから、投稿すれば、論文は出版してくれる。だから、虎の威を借るキツネがたくさん寄ってくる。そして、それを管理できなかった。
《2》シロクロつけない?
新聞記事や英語版ウィキペディアの見出しは、「ラーオの盗用」とある。しかし、文章を読んでいくと、実際は第一著者の院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)が盗用した。
その事をインド理科大学院も新聞記者も知っているのに、どうして「ラーオの盗用」という扱いを続けるのだろうか?
1つ目。ラーオが著名な科学者だから見出しにインパクトがある。
2つ目。インド理科大学院が正式な調査委員会を設けなかったために、チタラ院生を正式にクロと判定しなかった。
そう、インドではネカト実行犯を特定しないことがソコソコある。
驚いたことに、院生・バサント・チタラ(Basant Chitara)はラーオ名誉教授の指導の下に2012年に研究博士号(PhD)を取得した。2012年に盗用が発覚したので、インド理科大学院はその前後に研究博士号(PhD)を授与したのである。つまり、インド理科大学院は盗用の告発を受けつつも、正式な調査をせず、チタラを処分しなかった。結局、盗用を許容した形になった。
→ Basant Chitara | LinkedIn(含・写真)
バサント・チタラは、研究博士号(PhD)を取得後、2013年に渡米し、米国のオハイオ州立大学でポスドクをし、数年後、インドに帰国した。
2018年4月3日現在、イスラエルのネゲヴ・ベン=グリオン大学(Ben Gurion University of the Negev)のポスドクである。
バサント・チタラは、盗用したのに学術界から排除されなかった。盗用癖とうまみを知り、今も盗用しているのでは無いだろうか?
(注:写真は本文とは関係ありません)。ニューデリーの町。2008年。白楽撮影。
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア:(1)英語版:C. N. R. Rao – Wikipedia、(2)日本語版:チンターマニー・ラーオ – Wikipedia。英語版に盗用が書いてあり、日本語版に書いてない。一般的に、ウィキペディア日本語版の記事にはネカト記述が少ない。書くと削除される?
② 2012年2月24日のジャヤラマン(K. S. Jayaraman)記者の「Nature」記事:Indian science adviser caught up in plagiarism row : Nature News & Comment、(保存版)
③ 2012年3月11日のプラサド(R. Prasad)記者の「Hindu」記事:More cases of plagiarism come to light – NEW DELHI – The Hindu、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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