2016年12月11日掲載。
ワンポイント:2012年にデータねつ造・改ざんが発覚し、警察が捜査、大学が調査しているが、5年10か月が経過しても警察は逮捕せず、大学は調査結果を発表しないまま、研究を続けている。フェデリコ2世・ナポリ大学・医学部・教授・医師(64歳男性)。
【追記】
・2017年5月2日記事あり:Researchers frustrated by Italian misconduct probe : Nature News & Comment
・2018年12月25日現在、「撤回論文数」世界ランキングの第29位である(The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch、(保存版))
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco、写真出典)は、イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学(Università “Federico II” di Napoli)・医学部・一般病理学・教授・医師で、専門はがん研究だった。
2012年(59歳)、生物医学文献サービス業のエンリコ・ブッチ(Enrico Bucci)が論文データのねつ造・改ざんを見つけ、公益通報した。ブッチはフスコ教授の弟子でも共同研究者でもない。
2016年12月10日現在(64歳)、論文不正が発覚し、大学が調査し、警察が捜査しているハズなのに、警察は逮捕せず、大学は調査結果を発表しないまま、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)は、精力的に論文を発表している。
上の写真は、フェデリコ2世・ナポリ大学(University of Naples Federico II)。出典:By Jeffmatt at English Wikipedia – Transferred from en.wikipedia to Commons., Public Domain。
- 国:イタリア
- 成長国:イタリア
- 医師免許(MD)取得:イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1952年11月26日
- 現在の年齢:71 歳
- 分野:がん学
- 最初の不正論文発表:2005年(52歳)。パブメドでの撤回論文の最古。実際はもっと古くから?
- 発覚年:2012年(59歳)
- 発覚時地位:フェデリコ2世・ナポリ大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者はエンリコ・ブッチ(Enrico Bucci)で、ミラノ警察に公益通報
- ステップ2(メディア):パブピア(PubPeer)
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ミラノ警察が捜査。②フェデリコ2世・ナポリ大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査終了していない
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:9報撤回。60数論文が不正と言われている
- 時期:研究キャリアの後期から?
- 研究費:総額は不明(数十億円?)
- 結末:辞職なし。逮捕なし。
●2.【経歴と経過】
主な出典: ALFREDO FUSCO – www.docenti.unina.it
- 1952年11月26日:イタリアのナポリで生まれる
- 1977年(24歳):イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学(Università “Federico II” di Napoli)を卒業。医師免許所得
- 1977-1980年(24-27歳):イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学でウイルス腫瘍科の研修医
- 1980-1981年(27-28歳):英国・グラスゴーのビートソンがん研究所(Beatson Institute for Cancer Research)の研究員(Assistant Researcher)
- 1982年1月1日-1986年12月31日(29-34歳):イタリアの国立研究所である実験内分泌・腫瘍研究所(Institute Experimental Endocrinology and Oncology)の研究員
- 1987-1994 年(34-41歳):イタリアのレッジョ・カラブリア大学(Università di Reggio Calabria)・医学部の准教授。癌ウイルス学
- 1994-2001 年(41-48歳):イタリアのカタンツァーロ大学(Università di Catanzaro)・医学部・一般病理学・教授
- 2001年(48歳):イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学・医学部・一般病理学・教授
- 2012年2月(59歳):データの画像操作が発覚
- 2016年12月現在(64歳):調査結果発表されず、逮捕されず、現職(イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学・教授)のまま
●3.【動画】
【動画1】
アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)が研究の話をしている(推定):「Alfredo Fusco – Istituto di Endocrinologia ed Oncologia Sperimentale (IEOS) – YouTube」(イタリア語)1分42秒。
Progetto Invecchiamento が2013/10/08 に公開
●4.【日本語の解説】
★2014年3月号:Nature ダイジェスト:「イタリア警察を動かしたゲル画像不正検出技術」
Vol. 11 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140309
原文:Alison Abbott Nature (2013-12-05) | doi: 10.1038/504018a | Image search triggers Italian police probe
出典(全文購読は有料) → イタリア警察を動かしたゲル画像不正検出技術 | Vol. 11 No. 3 | Nature ダイジェスト | Nature Research
世界中の科学文献の画像をチェックする新しい技術により、イタリアの著名ながん研究者の多数の論文に不正な画像操作の形跡が見つかった。この研究者は現在、警察の捜査を受けている。
2つの科学誌の編集長を務める細胞生物学者Gerry Melinoの元には、深刻さに差はあるものの、学術誌に掲載された論文データの正当性を疑う趣旨の電子メールが毎日大量に送られてくる。しかし、彼が担当する学術誌の1つであるCell Death and Differentiationに2006年に掲載されたある論文を批判する1通の電子メールは、並はずれたプロフェッショナリズムと正確さによって異彩を放っていた。彼は早速、問題の論文について独自調査を行った。そして2013年12月6日、同誌は、執筆者であるイタリアの著名ながん研究者Alfredo Fuscoらによりこの論文が撤回されたことを発表した。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★「4.【日本語の解説】」の補遺
ゲリー・メリノ(Gerry Melino、写真出典)は、英国・レスター大学・MRC毒物学ユニット(MRC Toxicology Unit at the University of Leicester, UK)・教授でローマ・トルヴェルガタ大学(University of Rome Tor Vergata)・教授である。メリノ教授は2つの学術誌の編集長でもある。担当している学術誌の1つは「Cell Death and Differentiation」だった。2つの学術誌の編集長を務めていると、出版した論文のデータがおかしいという通報電子メールをたくさん貰う。
2006年8月、エンリコ・ブッチ(Enrico Bucci、写真出典)は、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の論文を専門的かつ精緻に批判したメールをメリノ編集長に送付した。
ブッチは北イタリアで生物医学分野の文献サービスを提供する小さな企業を立ち上げたばかりで、彼のデータベースからいい加減な論文を除く作業をしていた。その過程で、アルフレド・フスコの不正論文を見つけた。その論文はブッチが最初に手掛けたネカト分析だった。なお、ブッチは、調べた論文の約25%に画像の不正操作を見つけている。
被告発されたアルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)(59歳)は、イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学・医学部・一般病理学・教授だった。
2012年2月当時(59歳)、イタリアには研究ネカト疑惑に対処する国家機関が確立していなかった。大学にも研究ネカト疑惑に対処する手順が確立していなかった。それで、ブッチはミラノ警察に通報した。
2012年10月(59歳)、警察の捜査は終わっていないが、捜査の一部が外部にリークされ、イタリアの新聞がアルフレド・フスコの不正論文を記事にした。
それで、フェデリコ2世・ナポリ大学・学長は、研究担当副学長のロベルト・ディ・ラウロ(Roberto Di Lauro、写真出典)を委員長とする内部調査委員会を立ち上げた。2012年末までに調査を終えることを期待した。
ところが、ロベルト・ディ・ラウロ(Roberto Di Lauro)は、アルフレド・フスコとの共著論文が9報もあった。ただ、この9報の論文の内の1報でも調査対象になれば委員長を辞任すると述べている。
イタリアの大学は研究ネカト疑惑に対処する手順を確立していなかった。委員会はその手順を考えながら対処することになった。「私達は、大学が研究ネカト疑惑をどう処理すべきかという報告書を学長にリポートをする機会を与えられた」と、ロベルト・ディ・ラウロは述べている。
オーストリア研究公正機関のニコール・フーガー(Nicole Föger)は欧州研究ネットワーク事務局長でもあるが、フーガーは「イタリアはヨーロッパ諸国の中でも研究倫理への対処がひどく遅れている。しかし、1つのネカト・スキャンダルで、迅速に追いつくことができるので、報告書のリポートは歓迎である」と述べている。
「Cell Death and Differentiation」誌編集長のメリノ教授は、「学術誌編集長は、学術誌が出版した論文に関して、たくさんの告発を受けるが、質の悪い告発には往生する。しかし、ブッチの告発は問題点を体系的に示していて、実際、非常に役に立った」と述べている。
2014年3月、公益通報から8年後、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の「2006年のCell Death Differ.」論文は撤回された。
- High Mobility Group A1 (HMGA1) proteins interact with p53 and inhibit its apoptotic activity.
Pierantoni GM, Rinaldo C, Esposito F, Mottolese M, Soddu S, Fusco A.
Cell Death Differ. 2006 Sep;13(9):1554-63.
Retraction in: Cell Death Differ. 2014 Mar;21(3):503.
PMID:16341121
2016年4月5日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事によれば、フスコの論文は9報撤回されている。
→ Cancer researcher earns 9th retraction, for image duplication – Retraction Watch at Retraction Watch
2016年12月10日現在(64歳)、警察はアルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の捜査の結果を発表していない。2012年2月に通報されたので、既に5年10か月が経過している。どうなっているのだろう?
フェデリコ2世・ナポリ大学も調査結果を発表していない。既に5年2か月が経過している。
論文不正が発覚し、大学が調査し、警察が捜査している間も、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)は、精力的に論文を発表してきた。
ただし、2016年2月の少し前、イタリア研究審議会(Consiglio Nazionale delle Ricerche)からの公的研究助成金を打ち切られた。
★「2005年のJ Clin Invest.」論文
「2005年のJ Clin Invest.」論文は、9報目の撤回論文で、2016年4月に撤回された。発表されてから11年も経過しているが、226回も引用され、かなり影響が大きい。
→ Cancer researcher earns 9th retraction, for image duplication – Retraction Watch at Retraction Watch
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2014年11月29日に、図2が以前の論文(Am J Pathol 165,511 (2004))の図を再使用していると指摘された「Peer 1: ( November 29th, 2014 5:52pm UTC )」。
画像を反転させて再使用していて、データねつ造は明白と思われる。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/7D60129C7D03FF65E67A44D2C9602D#fb17463
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2016年12月10日現在、パブメド(PubMed)で、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の論文を「Alfredo Fusco [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の231論文がヒットした。たくさんの論文を出版している。
2016年12月10日現在、パブメドの論文リストでは4論文が撤回されている。
- Expression of a truncated Hmga1b gene induces gigantism, lipomatosis and B-cell lymphomas in mice.
Fedele M, Visone R, De Martino I, Palmieri D, Valentino T, Esposito F, Klein-Szanto A, Arra C, Ciarmiello A, Croce CM, Fusco A.
Eur J Cancer. 2011 Feb;47(3):470-8. doi: 10.1016/j.ejca.2010.09.045. Retraction in: Eur J Cancer. 2015 Apr;51(6):789.
PMID:21044834 - Targeted disruption of the murine homeodomain-interacting protein kinase-2 causes growth deficiency in vivo and cell cycle arrest in vitro.
Trapasso F, Aqeilan RI, Iuliano R, Visone R, Gaudio E, Ciuffini L, Alder H, Paduano F, Pierantoni GM, Soddu S, Croce CM, Fusco A.
DNA Cell Biol. 2009 Apr;28(4):161-7. doi: 10.1089/dna.2008.0778.
Retraction in: DNA Cell Biol. 2014 Mar;33(3):189.
PMID:19364276 - High-mobility group A1 inhibits p53 by cytoplasmic relocalization of its proapoptotic activator HIPK2.
Pierantoni GM, Rinaldo C, Mottolese M, Di Benedetto A, Esposito F, Soddu S, Fusco A.
J Clin Invest. 2007 Mar;117(3):693-702.
Retraction in: J Clin Invest. 2013 Nov;123(11):4979.
PMID:17290307 - The RET/PTC-RAS-BRAF linear signaling cascade mediates the motile and mitogenic phenotype of thyroid cancer cells.
Melillo RM, Castellone MD, Guarino V, De Falco V, Cirafici AM, Salvatore G, Caiazzo F, Basolo F, Giannini R, Kruhoffer M, Orntoft T, Fusco A, Santoro M.
J Clin Invest. 2005 Apr;115(4):1068-81.
Retraction in: J Clin Invest. 2016 Apr 1;126(4):1603
PMID:15761501
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上記パブメドの論文リストにはないが、本記事で論文撤回したと書いた以下の論文も撤回されている。合計、5論文の撤回である。
- High Mobility Group A1 (HMGA1) proteins interact with p53 and inhibit its apoptotic activity.
Pierantoni GM, Rinaldo C, Esposito F, Mottolese M, Soddu S, Fusco A.
Cell Death Differ. 2006 Sep;13(9):1554-63.
Retraction in: Cell Death Differ. 2014 Mar;21(3):503.
PMID:16341121
2016年4月5日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事によれば、、全撤回論文数は5報ではなく、9報である。
→ Cancer researcher earns 9th retraction, for image duplication – Retraction Watch at Retraction Watch
★「パブピア(PubPeer)」
「パブピア(PubPeer)」ではアルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の65論文にコメントされている(2016年12月10日現在)。メチャクチャ多い:PubPeer – Results for Alfredo Fusco
●7.【白楽の感想】
《1》警察の捜査
一般的に、研究倫理学者や学術誌編集委員は、米国・研究公正局や大学・研究所の研究ネカトの調査に限界を感じている。
つまり、いくら活動しても研究ネカトは減少しない。
被害は数十億円の研究費の無駄、多数の死亡者に及ぶこともある。研究ネカトは詐欺犯罪や金融犯罪ともいえる。
その欠点を大きく改善するのは警察が捜査することだ。
2012年、フスコ事件は警察が捜査した。
そして、警察が捜査していることが伝わった2013年以降、研究ネカトに関心を持つ多くの学術誌編集者・識者は、「警察が研究ネカトの捜査をすればよい」と主張した。白楽は、それに賛同し、記事を書いた「1‐5‐5.研究ネカトは警察が捜査せよ!」。
警察が捜査し始めてから5年10か月が経過している。それなのに、アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)は逮捕されず、大学を辞職せず、研究を続け、論文を発表している。
警察は捜査の結果を発表していない。大学も調査結果を発表しない。反応は唯一、イタリア研究審議会(Consiglio Nazionale delle Ricerche)がフスコへの公的研究助成金を打ち切ったことだ。
警察の捜査が問題なのか、イタリアという国の国民性なのか、大学も調査結果を発表しない。処分もしない。
一方、パブメドではアルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の65論文にコメントがついている。65論文のネカト調査に多大の時間はかかるだろうが、それにしても捜査・調査が異常に遅い。警察も大学も早く処理すべきでしょう。
フスコの年齢を考え(2016年12月現在で64歳)、当初から、実質上、見逃すつもりだったのだろうか?
●8.【主要情報源】
① 2013年12月4日のアリソン・アボット(Alison Abbott)の「Nature」記事:Image search triggers Italian police probe : Nature News & Comment (保存版)
② 2013年10月18日以降のアルフレド・フスコに関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Alfredo Fusco – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 「パブピア(PubPeer)」のアルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)のコメント論文群:PubPeer – Results for Alfredo Fusco
④ 2013年12月4日: 「Nature」誌・編集委員の記事:「悪質な科学的不正行為には、法的な捜査・究明の手が伸びるのもやむを得ない(Nature日本語版)」:Call the cops : Nature News & Comment
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。