2024年8月15日掲載
ワンポイント:スパダベッキアはフランスの国立科学研究センター(CNRS)・部長でソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)・教授である。2021年2月(43歳?)、同僚であるラファエル・レヴィ教授(Raphael Levy)が、スパダベッキアの論文売買(推定)とデータねつ造・改ざんを告発した。国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ・パリ・ノール大学はネカトに関してはシロと結論し論文撤回ではなく訂正を求め、1か月の停職処分を科した。英国のドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)が公開書簡で国立科学研究センター(CNRS)の対処を批判したが、国立科学研究センター(CNRS)は異常なほど強硬な反論をした。また、ネカトハンターのチェシャー(Cheshire)がスパダベッキアのネカト疑惑を、論文を掲載したアメリカ化学会(ACS)の学術誌に通報したが、学術誌の対応は非常にお粗末だった。現在、36論文がパブピア(PubPeer)で疑念視され、3論文が撤回されている。スパダベッキアは従来職を維持している。研究所・大学の対処異常、学術誌対処貧困。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ヨランダ・スパダベッキア(ヨランダ・スパダヴェッキア、Jolanda Spadavecchia、ORCID iD:?、写真出典)は、フランスの国立科学研究センター(CNRS)・部長でソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)・教授である。医師免許は持っていない。専門は化学(ナノ粒子とバイオセンサー)である。
2021年2月(43歳?)、同僚であるソルボンヌ・パリ・ノール大学・物理学教授のラファエル・レヴィ(Raphael Levy、Raphaël Lévy)が、スパダベッキアのネカトをソルボンヌ・パリ・ノール大学と国立科学研究センターに告発した。
2024年8月14日(46歳?)現在、スパダベッキアの36論文がパブピア(PubPeer)で疑念視され、3論文が撤回されている。問題は図の重複使用(データねつ造・改ざん)と論文工場製の論文発表である。
フランスの国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)は1か月の停職処分に科したが、スパダベッキアは研究不正をしていないと、無罪にした。
スパダベッキア事件の特徴は、パブピア(PubPeer)で36論文が疑念視されているのに、
①所属する国立科学研究センター(CNRS)が強引にシロと結論した
②英国のドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)らネカト研究の専門家が公開書簡で国立科学研究センター(CNRS)の対処を問題視した
③その問題視に対し、国立科学研究センター(CNRS)が高圧的な態度をとった
④告発者のラファエル・レヴィ(Raphael Levy)を糾弾し裁判の被告にした
⑤論文を掲載したアメリカ化学会(ACS)の学術誌の対処もアキレるほど貧困だった
などである。
つまり、国立科学研究センター(CNRS)の対処が異常で、事件に否定的な態度を通し、告発者にひどい仕打ちをしたということだ。
なお、⑥スパダベッキア本人が表に出てこない点も、普通ではない。
ソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)。写真出典
- 国:フランス
- 成長国:イタリア
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:イタリアのバーリ大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日にイタリアで生まれたとする。2000年に学士号を取得した時を22歳とした
- 現在の年齢:46歳?
- 分野:化学(ナノ粒子とバイオセンサー)
- 不正論文発表:2011~2024年(33~46歳?)の14年間
- ネカト行為時の地位:フランスの国立科学研究センター(CNRS)・上級研究員、部長。ソルボンヌ・パリ・ノール大学・教授
- 発覚年:2021年(43歳?)
- 発覚時地位:フランスの国立科学研究センター(CNRS)・部長。ソルボンヌ・パリ・ノール大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者はフランスの国立科学研究センター(CNRS)・部長のラファエル・レヴィ(Raphael Levy、Raphaël Lévy)
- ステップ2(メディア):「ル・モンド」、「パブピア(PubPeer)」、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②国立科学研究センター(CNRS)・調査委員会
- 大学(研究所)・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学(研究所)の透明性:発表なし(✖)
- 不正:論文売買、データねつ造・改ざん
- 不正論文数:36論文がパブピア(PubPeer)で疑念視され、3論文が撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:1か月の停職処分
- 特徴:ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)の公開書簡。国立科学研究センター(CNRS)が告発者を報復。国立科学研究センター(CNRS)の傲慢な対応。アメリカ化学会(ACS)・学術誌の無知なネカト対応
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:①:Spadavecchia Jolanda | CSPBAT | Italy、②:巴黎第十三大学Jolanda Spadavecchia教授受聘为我院肝胆外科客座教授 医院动态 -深圳大学总医院
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日にイタリアで生まれたとする。2000年に学士号を取得した時を22歳とした
- 2000年(22歳?):イタリアのバーリ大学(Bari University)で学士号取得:化学
- 2004年(26歳?):同大学で研究博士号(PhD)を取得:化学
- 20xx年(xx歳):フランスのエコール・シュペリウール・ドプティック大学院(Institut d’optique)・ポスドク、3年間
- 2010年10月(32歳?):フランスの国立科学研究センター(CNRS)・上級研究員 (CR1)
- 2011~2024年(33~46歳?):この14年間の36報に不正疑惑
- 2017年9月(39歳?):同・部長。ソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)・CSPBAT研究所(Chimie, Structures et Propriétés de Biomatériaux et d’Agents Thérapeutiques)・教授
- 2021年2月(43歳?):不正研究が発覚
- 2021年11月(43歳?)?:国立科学研究センター(CNRS)はシロと結論
- 2022年8月2日(44歳?):論文が撤回された
- 2022年12月16日(44歳?):国立科学研究センター(CNRS)は1か月間の停職処分を科した
- 2023年3月30日(45歳?):英国のドロシー・ビショップ名誉教授(Dorothy Bishop)が公開書簡を公表
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia、写真出典)はイタリア人で、2000年(22歳?)、イタリアのバーリ大学(Bari University)で学士号(化学)を取得、2004年(26歳?)、同大学で研究博士号(PhD)を取得した。
その後、フランスで研究活動をし、2010年10月(32歳?)、フランスの国立科学研究センター(CNRS)・上級研究員になり、 2017年9月(39歳?)、同・部長になった。
ソルボンヌ・パリ・ノール大学(Université Sorbonne Paris Nord)・教授として、研究室はCSPBAT研究所(Chimie, Structures et Propriétés de Biomatériaux et d’Agents Thérapeutiques)で行なっていた。
2021年2月(43歳?)、同僚であるソルボンヌ・パリ・ノール大学・物理学教授のラファエル・レヴィ(Raphael Levy、Raphaël Lévy)が、スパダベッキアのネカトを大学と国立科学研究センターに告発した。
★獲得研究費
不明。
白楽はフランスの研究費受給状況を調べる方法を知らない。フランス国立研究機構(Agence Nationale de la Recherche)の「Au service de la science | ANR」だと思うが、調べ切れていない。
★発覚の経緯
2020年、テイラー&フランシス出版社(Taylor & Francis)のドーブ出版(Dove Press)の学術誌が中国の論文工場に汚染されていたことが発覚した。その学術誌の編集長が米国のネカト者・トーマス・ウェブスター(Thomas Webster)だった。 → 化学工学:トーマス・ウェブスター(Thomas Webster)(米)、ヤン・シェン(沈雁、Yan Shen)(中国) | 白楽の研究者倫理
テイラー&フランシス出版社(Taylor & Francis)は、論文工場の調査をし、論文を大量に撤回し、ウェブスターを解雇した。
ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)の不運は、この調査に彼女の論文が引っ掛かったことである。
2021年2月(43歳?)、匿名者がスパダベッキアのネカト疑惑をソルボンヌ・パリ・ノール大学と国立科学研究センター(CNRS)に通報した。
後に、この匿名者はラファエル・レヴィ(Raphael Levy、Raphaël Lévy、写真出典)だということが判明した。
レヴィはソルボンヌ・パリ・ノール大学の物理学の教授なので、スパダベッキアの同僚である。
2022年5月(44歳?)、通報から1年後、ソルボンヌ・パリ・ノール大学の学長はネカト調査の結果、研究公正上のいくつかの違反が観察されたと、スパダベッキアが所属するCSPBAT研究所のスタッフに伝えた。
調査報告書は、スパダベッキアの論文に多数の訂正が必要だとしたが、論文撤回を要求していなかった。
スパダベッキアのネカト容疑は晴れなかった。
また、研究室のポスドク・院生たちは、容疑の詳細については何も知らされないままだった。専門家が行なったネカト分析についても何も知らされなかった。
結局、約10論文が訂正された。
2022年8月2日(44歳?)、スパダベッキアはドーブ出版(Dove Press)の「2019年のInt J Nanomedicine」論文について、訂正で済ませたいという主張した。しかし、論文を掲載した学術誌は編集長の判断で学術誌「2019年のInt J Nanomedicine」論文を撤回した。 → 撤回公告
- Design and Synthesis of Gold-Gadolinium-Core-Shell Nanoparticles as Contrast Agent: a Smart Way to Future Nanomaterials for Nanomedicine Applications
Aouidat F, Boumati S, Khan M, Tielens F, Doan BT, Spadavecchia J.
Int J Nanomedicine. 2019;14:9309–9324.
2022年12月16日(44歳?)、国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ・パリ・ノール大学は、懲戒委員会の答申を受け、スパダベッキアに1か月間の停職処分を科した。
★国立科学研究センター(CNRS)
2021年11月(43歳?)、上記論文撤回の前、国立科学研究センター(CNRS)は、驚いたことに、スパダベッキアは研究不正をしておらず、完全にシロだと結論していた。
このあからさまな調査不正に対して、英国の著名な研究倫理学者・ドロシー・ビショップ名誉教授(Dorothy Bishop)が公開書簡で批判した。そのやり取りは次章で述べる。
端的に言えば、国立科学研究センター(CNRS)のアントワーヌ・プティ最高執行官(Antoine Petit、写真左出典)と国立科学研究センター・研究公正マネージャーのレミー・モッセリ(Rémy Mosseri、Remy Mosseri、写真右出典)は、ビショップの指摘をはねつけ、代わりに傲慢にもビショップをいじめ、公開書簡を撤回させようとした。
★告発者への嫌がらせ
国立科学研究センター(CNRS)は、内部告発者のラファエル・レヴィ(Raphael Levy)にも嫌がらせし、弾圧した。
レヴィの弟子の2つの修士論文に同じ曲線が使われていたので、盗用だと告発した。
2022年4月17日(44歳?)、大学は調査した結果、2人の院生は同じ研究グループに属し、同じ実験をしていたので、同じ曲線が使うのは盗用ではないと結論した。
レヴィは、また、アカハラ行為をしていたとうわさされた。
2022年12月(44歳?)、ル・モンド紙がレヴィのアカハラ行為を否定した。 → 2023年4月25日のル・モンド紙:Recherche : l’affaire d’inconduite scientifique de Sorbonne-Paris-Nord rebondit
白楽は、内容を把握できていないが、レヴィは裁判にもかけられた。
★アメリカ化学会(ACS)
アメリカ化学会(ACS)は非営利の学術団体だが、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は態度が強硬だと批判している。
2022年8月(44歳?)、ネカトハンターのチェシャー(Cheshire)がスパダベッキアの以下の論文のネカト疑惑を指摘した。アメリカ化学会(ACS)の学術誌「ACS Omega」に発表した2019年2月の論文である。
- Design and Synthesis of Hybrid PEGylated Metal Monopicolinate Cyclam Ligands for Biomedical Applications.
Aouidat F, Halime Z, Moretta R, Rea I, Filosa S, Donato S, Tatè R, de Stefano L, Tripier R, Spadavecchia J.
ACS Omega. 2019 Feb 1;4(2):2500-2509. doi: 10.1021/acsomega.8b03266. eCollection 2019 Feb 28.PMID: 31459488
チェシャーがアメリカ化学会(ACS)に通報したのは、その7か月前の2021年3月、「Actinopolyspora biskrensis」氏(チェシャーの別名)が、この論文の図4に重複画像があるとパブピアで指摘していたからである(以下の図。出典:https://pubpeer.com/publications/114C73102ACCFCA5B01991CB0A15D3)。
それで、ネカトハンターのチェシャーが対応するようにとアメリカ化学会(ACS)に通報したのだ。
1か月後の2022年9月、チェシャーは学術誌「ACS Omega」のアディティ・ジェイン(Aditi Jain、写真出典)から、調査するので、疑念点を電子メールで送信するよう依頼された。
疑念点がパブピアで指摘されている。それ以外の情報はないとチェシャーは伝えた。
2024年5月19日(46歳?)、2年が経過した。
その間、学術誌「ACS Omega」は何もしなかった。
スパダベッキアの36論文がパブピア(PubPeer)で疑念視されているし、論文撤回もある、とチェシャーはジェインに通知した。
学術誌「ACS Omega」チームはチェシャーに、署名なしのメールで、論文の著者が疑念視に対してパブピア(PubPeer)で回答したので良しとしたい。それでも、調査を求めるなら、疑念の詳細を著者と共有することに同意するようにと要求してきた。 → [白楽の感想:随分、高圧的である。掲載論文の問題点を指摘した人に対する態度とは思えない]。
確かに、著者の1人であるルカ・デ・ステファノ(Luca De Stefano写真出典)が、パブピア(PubPeer)で回答している。
しかし、この回答には問題があって、チェシャーとは別の人たちがデ・ステファノの主張を否定している。デ・ステファノも結局、問題点を認めた。
さらに、事実として、ルカ・デ・ステファノ(Luca De Stefano)は2023年3月30日に撤回されたスパダベッキアの2論文:「2016年3月のNanotechnology」論文と「2015年10月5日のNanotechnology」論文の共著者になっていた。
デ・ステファノがパブピア(PubPeer)で回答したので、撤回論文で不正をしたのはデ・ステファノなのかもしれない。
デ・ステファノの対応も問題だけど、アメリカ化学会(ACS)の対応はもっと問題である。
なんと、2024年5月22日、アメリカ化学会(ACS)はチェシャーの身元情報を要求してきた。ネカト調査を進めるには、身元情報の提供が必要だと通知してきたのだ。ネカト告発対処の常道を逸脱している。
チェシャーはACSに、研究規範委員会(COPE)ガイドラインには、そのようなとんでもない要求をする行為を正当化していない、とアメリカ化学会(ACS)に伝えた。
それで、アメリカ化学会(ACS)は「研究規範委員会(COPE)ガイドラインとアメリカ化学会の倫理ガイドラインに従って調査します」と態度を変えてきた。
[白楽の感想:アメリカ化学会(ACS)は約16万人の会員を抱える世界最大規模の学会である。その学会のネカト告発対処の貧困さにアキレました]。
●【ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)の公開書簡】
ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)事件は、ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop、写真出典)の公開書簡が独特の状況を示している。
ビショップは英国のオックスフォード大学・発達神経心理学の名誉教授で、研究公正に強い関心を持ち、発言している研究者倫理の賢人の1人である。 → 2023年6月12日のビショップ紹介記事:Retraction, She Wrote: Dorothy Bishop’s life after research | The Transmitter: Neuroscience News and Perspectives
2023年2月22日、スパダベッキア事件に関して、フランスの国立科学研究センター(CNRS)に公開書簡「研究不正が発見された場合の透明で確固たる対応の必要性」を送った。以下はそのサイトから抽出した。
→ 2023年3月30日のドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)名誉教授の「BishopBlog」記事:BishopBlog: Open letter to CNRS
★ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)の公開書簡
ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)名誉教授は、2022年12月5日のデイヴィッド・ラルースリー(David Larousserie)記者の「ル・モンド」記事を読んで、国立科学研究センター(CNRS)の対応に義憤を感じた。 → 2022年12月5日の「ル・モンド」記事:Une affaire d’inconduite scientifique agite un laboratoire de recherche en chimie
2023年2月22日、同志を募って、2か月半後、国立科学研究センター(CNRS)に善処を求める公開書簡を送った。
書簡には、有名なネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)、オーストラリアの研究倫理学者のデイヴィッド・ボー(David Vaux)などが署名している。
公開書簡の要点を以下に短く紹介する(つもりだったが、少し長くなってしまった)。白楽が思うに、内容はなかなか優れている。
――――公開書簡はここから
研究不正行為の調査では、大学・研究所、出版社、資金提供者の対処は、遅く、不透明、不十分である。ネカト疑惑者を有利に扱い、研究界全体への影響を無視し、内部告発者を迫害している。
今回の事件の事実は明らかで、ある主任研究者(スパダベッキア)の研究室からの20論文以上に、再利用したグラフや電子顕微鏡画像があった。つまり、異なる実験結果なのに、同じ図が使われ、過去の数値の上に別の数値を貼り付けていた。
問題の論文データは、パブピア(PubPeer)で明確に示されている(付録1のリンク)。
大量の図の操作と再利用が明らかなのに、国立科学研究センター(CNRS)は、意図的ではなかったとの著者の説明を受け入れ、不正ではなく、間違いとし、1か月の停職処分で済ませた。
迅速な調査を行ない、調査結果をすべて透明にすることを要望する。
科学的記録に重大な誤りがある場合、研究論文は直ちに撤回されるべきである。研究資金は資金提供者に返還され、ネカト者は研究室の運営と学生の教育を許可されるべきではない。そして、告発者は保護されるべきだ。
実際は、このようにならず、代わりに、大学・研究所、学術誌、資金提供者による長期で秘密のネカト調査になるのが一般的である。
なぜこうなるか?
第一に、関係者は皆、研究者が不誠実だったことを信じたがらず、不正との指摘を誇張だと思い込もうとしている。告発者は他人の成功に嫉妬した人とみなしている。
第二に、研究不正が公表された場合、大学・研究所への風評リスクを懸念している。
第三に、被告発者から訴訟を起こされるリスクがある。
それで、研究不正は軽視されがちだ。
しかし、ネカト告発への妥当な対処に失敗すると、以下の深刻な結果をもたらす。
- デタラメな結果に信憑性を与え科学の進歩を遅らせる。
- 研究成果が臨床的または商業的応用の可能性がある場合、患者や企業に直接的な損害を与える。
- 不正行為を厭わない者が、影響力のある地位を得る。その結果、さらなる不正行為を永続させ、誠実な科学者の研究結果を損なう。
- 主任研究者がネカト者の場合、特に深刻で、室員である院生・ポスドクが、
(1)誠実な人間なら、①順調に研究者になれたのに内部告発してキャリアを損なうか、②研究界を去るか、という厳しい選択になる。
(2)残りの人間は、誠実さの放棄と引き換えに研究キャリアの安定をとることになる。大学・研究所は研究倫理教育をするが、主任研究者がネカト者の研究室に配属された場合、院生・ポスドクは、学んだ研究倫理を実行するのはとても難しい。 - 研究助成金という公金を無駄にしている。
- 科学に対する国民の信頼と科学者間の信頼を損なう。
- 不正な論文に関連した大学・研究所、資金提供者、学術誌、出版社の評判を傷つける。
- 大学・研究所は正しいことをしたと内部告発者を賞賛すべきだが、実際は、真逆で内部告発者を失望させている。告発はキャリアの損傷やストレスのリスクが高く、大学・研究所による適切な保護がなければ、訴訟のリスクにさらされる可能性もある。
一部の機関には、研究不正疑惑を報告しないこと自体を不正行為と見なす行動規範がある。しかし、機関が不正行為の報告を隠蔽する場合、その規範を守る動機は低くなる。
この書簡の要点は、スパダベッキア事件の是非を再検討したり、関与した科学者に対するキャンペーンを推進したりすることではなく、この事件をきっかけに、大学・研究所などが研究不正への対処が停滞していることを例証することである。
私たちは、国立科学研究センター(CNRS)に手紙を送ることで、この事件に対する国立科学研究センター(CNRS)の対処が不十分であることを問題視していることを表明します。
そして、国立科学研究センター(CNRS)が、懲戒プロセスを見直し、データねつ造・改ざんを真剣に受け止め、研究界・学術界および研究資金を提供する国民のニーズにも応える、より堅牢で、時代に合った、透明性の高い、ネカト対処プロセスの採用を検討するよう要望します。
署名者
ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)
エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)
デイヴィッド・ボー(David Vaux)
他
――――公開書簡はここまで
【2023年2月28日、CNRSからの回答】
2023年2月28日、ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)が送付した公開書簡の6日後、国立科学研究センター(CNRS)のアントワーヌ・プティ最高執行官(Antoine Petit、既出)が回答してきた。
――――
親愛なる同僚の皆さん、2月22日のメール「研究不正が発見された場合の透明で確固たる対応の必要性」と題する書簡を読みました。
書簡を公開する前に、国立科学研究センター(CNRS)に連絡する必要がないと、あなたがお考えになったことに、私は非常に驚いています。あなたは明らかに、研究公正に関する国立科学研究センター(CNRS)の方針と手順に精通しておりません。
国立科学研究センター(CNRS)は、研究不正に対処しますが、フランスの公務員の規則を尊重しながら、不正行為の程度に応じて処罰しております。
あなたの書簡は、いわゆる研究機関のネカト対処に関する一般論と、おそらく国立科学研究センター(CNRS)が採用している規則を一緒に論じています。国立科学研究センター(CNRS)の研究不正行為の扱いについてお知りになりたい場合は、科学保全担当官のレミー・モッセリ(Rémy Mosseri)までご連絡ください。
アントワーヌ・プティ最高執行官(Antoine Petit)
――――
プティ最高執行官は公開書簡に対してまともな対応をしていない。人を馬鹿にした回答をしている。
ビショップと国立科学研究センター(CNRS)とのその後のやり取りは、白楽ブログでは省略する。
興味のある人は読んでみることをお勧めする。
ただ、フランスの国立科学研究センター(CNRS)のネカト対処に過度の期待をしない方がよいとだけ忠告しておく。
国立科学研究センター・研究公正マネージャーのレミー・モッセリ(Rémy Mosseri、Remy Mosseri)とのやり取りでは、モッセリの秘密主義が強く、とても透明性など期待できない回答をしている。しかも、国立科学研究センター(CNRS)がどのようにネカトに対処しているかも、まともには答えてくれていない。
アントワーヌ・プティ最高執行官よりもひどい対応である。類は友を呼ぶ。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
★「2019年のInt J Nanomedicine」論文
「2019年のInt J Nanomedicine」論文の書誌情報を以下に示す。2022年8月4日に撤回された。
- Design and Synthesis of Gold-Gadolinium-Core-Shell Nanoparticles as Contrast Agent: a Smart Way to Future Nanomaterials for Nanomedicine Applications
Aouidat F, Boumati S, Khan M, Tielens F, Doan BT, Spadavecchia J.
Int J Nanomedicine. 2019;14:9309–9324.
以下の図2 a1、a2、a3の棒グラフは、球状ナノ構造のサイズ分布を示した図である(出典:原著)。
しかし、3つともよく似ている。似ているというより、ほぼ同じ。
著者らは、ナノ構造のサイズの計算に間違いがあったので別の図と交換したい、と編集長に伝えてきた。
しかし、編集長は、この論文のこの図2 a1、a2、a3のデータは論文の主張に重要で、計算ミスで図を交換するというのは、データの信頼性が低いということだと、訂正を認めなかった。
編集長は論文の撤回を著者に伝えたが、著者は、この決定に同意しなかった。
なお、論文撤回の4か月後の2022年12月、ラファエル・レヴィ(Raphael Levy)がこの図2 a1、a2、a3の棒グラフは、2018~2021年の8報で15回、少し改変して使われていたと、パブピアで示した。
パブピアの以下の図の出典:https://pubpeer.com/publications/3917143E6C1744A7B13E076D020884
つまり、「2019年のInt J Nanomedicine」論文は共通した図の「ひな形」を8論文で使用していた。これは、論文工場で作られた論文だということだ。
★「2022年1月のNanotheranostics」論文
「2022年1月のNanotheranostics」論文の書誌情報を以下に示す。2024年8月14日現在、撤回されていない。
- Flavin Adenine Dinucleotide (FAD) Pegylated (PEG)-Complexes: Proof of Concept (PoC) of theranostic tool on a Murine Breast Cancer Model.
Arib C, Liu H, Liu Q, Cieutat AM, Paleni D, Li X, Spadavecchia J.
Nanotheranostics. 2022 Jan 1;6(2):175-183. doi: 10.7150/ntno.63496. eCollection 2022.
2023年1月xx日、エリザベス・ビック(Elisabeth M Bik)が、図S1は「腫瘍と脾臓の代表的な画像」とあるが、脾臓しか写っていない。腫瘍はどこ? と指摘した。
また、同じグループの別の論文(doi:10.7150/ntno.59290)と同じに、脾臓はコラージュ(部分を集めて脾臓の画像に組み合わせる)したと思われるとも、ビックは指摘した。
以下の図S1はパブピアの図。出典:https://pubpeer.com/publications/67AC8D60812782300BB58D6D32E67D#
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2024年8月14日現在、パブメド(PubMed)で、ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)の論文を「Jolanda Spadavecchia[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2024年の23年間の57論文がヒットした。
2024年8月14日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、3論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2024年8月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)を「Jolanda Spadavecchia」で検索すると、本記事で問題にした「2018年のSci Rep」論文・ 3論文が撤回されていた。
3論文の撤回は、「2019年11月のInt J Nanomedicine」論文が2022年8月4日に、「2016年3月のNanotechnology」論文が2023年3月30日に、「2015年10月5日のNanotechnology」論文が2023年3月30日に、撤回された。
★パブピア(PubPeer)
2024年8月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)の論文のコメントを「olanda Spadavecchia」で検索すると、36論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》メディアの追求
ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia、写真出典)事件は、フランスの新聞「ル・モンド」が熱心に追求し、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)もシッカリ追求した。
メディアのこのような追及を知ると、ネカトの解明にメディアが果たす役割はとても大きいと思う。
しかし、日本のメディアは大学が公表した内容を報道するだけで、ほとんどの記者は自力で調査も分析もしない。勿論、例外はいますが。
研究者・読者からのタレコミ情報をもとに記者が自力で取材し、内容を深め、ネカト報道することは滅多にない。勿論、例外はいますが。
日本のメディアは外国のメディアと比べると、まるで異質である。
ただ、日本のほとんどの研究者は外国のメディアがネカト事件をどう報道しているのか、知らない。それで、日本のメディア報道が正常だと思っているに違いない。
白楽も白楽ブログで日本の2つのネカト事件を記事にしたが、公表する前、日本の新聞社・週刊誌にも伝えた。
しかし、結局、どの新聞社・週刊誌も、取材を進め、記事に掲載することはなかった。
ネカト事件に関して、日本の新聞社・週刊誌の報道は外国のそれとは異質だと、理解してください。
《2》事件の特徴
スパダベッキア事件の特徴を本文から再掲すると以下のようだ。
スパダベッキア事件の特徴は、パブピア(PubPeer)で36論文が疑念視されているのに、
①所属する国立科学研究センター(CNRS)が強引にシロと結論した
②英国のドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)らネカト研究の専門家が公開書簡で国立科学研究センター(CNRS)の対処を問題視した
③その問題視に対し、国立科学研究センター(CNRS)が高圧的な態度をとった
④告発者のラファエル・レヴィ(Raphael Levy)を糾弾し裁判の被告にした
⑤論文を掲載したアメリカ化学会(ACS)の学術誌の対処もアキレるほど貧困だった
などである。
つまり、国立科学研究センター(CNRS)の対処が異常で、事件に否定的な態度を通し、告発者をいじめたということだ。
なお、⑥スパダベッキア本人がネカト事件で表に出てこない点も、普通ではない。
アメリカ化学会(ACS)は約16万人の会員を抱える世界最大規模の学会だが、上記の⑤に示したように、その学会の学術誌に掲載したスパダベッキアのネカト告発に対して、驚くほど貧困な対応だった。
学術誌の編集長(大学教員)も担当職員もネカトに精通していない。
それなのに、日本の多くの研究者は、外国の学術誌・編集部を完璧に信頼している。この状況も白楽は「へんだなあ~」と思っている。
ヨランダ・スパダベッキア(Jolanda Spadavecchia)。同一人物と思えないほど写真の印象が異なる:https://sugh.szu.edu.cn/Html/News/Articles/2030.html
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① 有料記事:2022年12月5日のデイヴィッド・ラルースリー(David Larousserie)記者の「ル・モンド」記事:Une affaire d’inconduite scientifique agite un laboratoire de recherche en chimie
② 2022年12月9日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 9.12.2022 – The original version of this article unfortunately contained a mistake – For Better Science
③ 2022年12月23日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 23.12.2022 – Merry Christmas! – For Better Science
④ 2023年2月24日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 24.02.2023 – Peer-reviewed Ruscism – For Better Science
⑤ 2023年4月28日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 28.04.2023 – Helping young and aspiring people – For Better Science
⑥ 2023年3月30日のドロシー・ビショップ名誉教授(Dorothy Bishop)の「BishopBlog」記事:BishopBlog: Open letter to CNRS
⑦ 2023年3月31日のレベッカ・ソーン(Rebecca Sohn)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Journal pulls papers by embattled scientist at national research center in France – Retraction Watch
⑧ 2023年3月7日の「C&EN」記事:French National Center for Scientific Research faulted over chemistry lab misconduct probe
⑨ 2024年5月31日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 31.05.2024 – Historic heavy rain and flooding – For Better Science
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