ジェフリ-・ボーラー(Jeffrey Borer)(米)

2016年6月25日形式修正

ワンポイント:約35年前のねつ造・改ざん事件で、大学もNIHも真剣に対処せず、公式には非ネカト(研究ネカトにあらず)。

●1.【概略】

Borerジェフリ-・ボーラー(Jeffrey S. Borer、写真出典)は、米国・コーネル大学医科大学院(Cornell Medical Center)・教授・医師で、専門は心臓病だった。画期的な血管心臓映画撮影法(cineangiography)を開発し、250報以上の学術論文を出版した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.研究内容の動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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1981年(39歳)、共同研究者のジェローム・ジェイコブスタイン(Jerome Jacobstein)の公益通報によりねつ造・改ざんが発覚した。しかし、コーネル大学は資料が提出されていたにも関わらず、杜撰な調査で、不正なしとした。

ジェイコブスタインは、弁護士を雇い、NIHに訴えた(当時、米国・研究公正局は発足していなかった)。

1987年3月(45歳)、NIHは杜撰な調査に5年以上もかけた。しかし、意図的な不正はないとし、非ネカトにした。

後年、コーネル大学とNIHのいい加減な対応が非難されている。

この事件の無料・日本語解説はウェブ上に見つからなかったが、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳)の著書『科学の罠』(工作舎、1990年)に記述されている。本文に引用した。

Cornell_med_02コーネル大学医科大学院(Cornell Medical Center)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1942年1月1日とする
  • 現在の年齢:82 歳?
  • 分野:心臓病
  • 最初の不正論文原稿:1981年(39歳)
  • 発覚年:1981年(39歳)
  • 発覚時地位:コーネル大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(共同研究者のジェローム・ジェイコブスタイン)の①大学への公益通報、②その後、弁護士を雇いNIHに公益通報、③議会での証言
  • ステップ2(メディア): 「NYTimes」、「The Scientist」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①コーネル大学・調査委員会。非ネカトとした。②NIH・調査委員会。非ネカトとした。③議会
  • 不正:ねつ造・改ざん。公式には非ネカト
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 結末:非ネカト。辞職なし

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1942年1月1日とする
  • 19xx年(xx歳):米国のハーバード大学(Harvard University)を卒業。学士号
  • 1969年(27歳):米国のコーネル大学ワイル医科大学院(Weill Cornell Medical College of Cornell University)を卒業。医師免許
  • 19xx年(xx歳):マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)で研修医
  • 19xx年(xx歳):コーネル大学ワイル医科大学院・教授
  • 1981年(39歳):研究不正疑惑が生じる。コーネル大学ワイル医科大学院・教授を辞職しない
  • 1983年(41歳):コーネル大学は、意図的な不正ではなく、非ネカトとした。
  • 1987年(45歳):NIHも、意図的な不正はなく、非ネカトとしimages6B750XSSた。
  • 20xx年(xx歳):米国のニューヨークのサニー・ダウンステート・メディカル・センター大学(SUNY Downstate Medical Center)・内科・心血管部長
  • 2016年3月27日現在(74歳):同・内科・心血管部長

●3.【研究内容の動画】

【動画1】
心臓研究の話:「International Academy of Cardiology: Jeffrey S. Borer, M.D.: AORTIC REGURGITATION: IMPACT OF PREOPE – YouTube」(英語)5分59秒。
Cardiology Onlineが2014/10/31 に公開

●4.【日本語の解説】

★アレクサンダー・コーン『科学の罠』

出典 →アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳)の著書『科学の罠』(工作舎、1990年)

アレクサンダー・コーン『科学の罠』(工作舎、1990年)にこの事件のことが記述されている。以下に引用する。
ボーラー3

●5.【不正発覚の経緯と内容】

前節で引用したアレクサンダー・コーン『科学の罠』に主要な点が記載されている。以下は補佐的記述である。

問題視された1983年の『アメリカ心臓病学ジャーナル』の書誌情報は以下である。1988年に訂正されている。

――――

large_news716355_641345Dr_Jerome_Jacobstein1980年頃、コーネル大学ウェイル医科大学院の核医学の専門医師・ジェローム・ジェイコブスタイン(Jerome Jacobstein、写真、若いとき出典、現在出典)は、以下に示すように、ボーラーと共同研究していた。共著論文は以下の「1981年のAm J Cardiol.」論文と「1980年のAm J Cardiol.」論文がある。

1981年、ジェイコブスタインは、ボーラー研究室の院生が書いた「心臓リズムの不規則性の論文」原稿をチェックしていた。すると、原稿に記載されている研究方法が実際に実施したのと異なっていることに気が付いた。院生に聞くと、その部分はボーラーが記述したとのことだった。

ジェイコブスタインは、ボーラーに問題点を指摘すると、ボーラーはジェイコブスタインの名前を著者から外し、「1983年のAm J Cardiol.」論文として、発表してしまった (51:1091-1097, 1983)。

1983年、怒ったジェイコブスタインは、ボーラーがねつ造・改ざんをしたと、証拠資料を添えてコーネル大学医科大学院に公益通報した。

実験では2人のオブザーバーがいたと論文に記載してあるが、実際は1人だった。試験対象者はランダムに選択したと論文に記載してあるが、実際はランダムではなかった。心臓の写真を撮るカメラの配置を虚偽に記載していた。

1320120コーネル大学医科大学院長のトーマス・ミクル(Thomas Meikle、写真の左(多分)。出典)がこの事件の担当責任者にだった。

驚いたことに、簡単な調査の後(つまり、ほとんど調査せずに)、ミクル院長はジェイコブスタインの申し立てを却下した。

ジェイコブスタインはコーネル大学を辞し、グラデュエイト病院(Graduate Hospital in Philadelphia)に移籍した。ボーラーの不正を継続的に追及するために、ワシントンの弁護士・ハロルド・グリーン(Harold Green)に調査を依頼した。グリーン弁護士の協力を得て、ジェイコブスタインは追及を進めた。

1983年(1984年?)、ジェイコブスタインは、今度は、ボーラーの不正を研究助成機関のNIHに訴えた(当時、米国・研究公正局は発足していなかった)。

1987年3月、NIHは、へまな調査に5年以上もかけたが、最終的に、ボーラーには意図的な不正はないとし、非ネカトにした。「ボーラーの研究は、研究に必要な一般的な注意が欠けていたし、標準的に行われている研究記録の管理に不備があった。しかし、意図的な研究ネカトの証拠はない」。

ジェイコブスタインは、次のように述べている。「ボーラーの不正に対するNIHの結論には、データの裏付けが不十分である。科学界は研究ネカトに対して、まじめに対処しようとしてない。コーネル大学医科大学院は所属教員の不正を調査する気がまるでなかったし、政府機関のNIHも同じで、研究助成している研究者の不正を調査する気がまるでなかった」。

ただ、NIHは、ジェイコブスタインの申し立ての正しい点も認めた。

1987年3月、前節で引用したように、NIHは、コーネル大学に対して、ボーラーの「懲戒手続き」をとるよう勧告したとアレクサンダー・コーン『科学の罠』に記述されている。

jeffrey-borer-roundedしかし、その後、ボーラーはコーネル大学医科大学院を解雇も辞職もしていない。その後、約30年間(推定)、コーネル大学・教授として居続け、心臓病学の研究を続けたと思われる。事実、以下の「2015年のAm J Med.」論文での所属もコーネル大学である。論文リストのデータ

★【マルチノの著書:1992年】
ジョセフ・マルチノ(Joseph P. Martino)の著書『Science Funding: Politics and Porkbarrel』(1992年、161頁)にボーラー事件が記載されている(以下の英文)。キャプチャ1

出典:Science Funding: Politics and Porkbarrel – Joseph Paul Martino – Google ブックス

★【動画2】
1988年4月11日の「議会の研究ネカト小委員会」のビデオが公開されている。(英語)1時間53分36秒。 Scientific Fraud Misconduct & Federal Response | Video | C-SPAN.org

●6.【論文数と撤回論文】

2016年3月27日現在、パブメド(PubMed)で、ジェフリ-・ボーラー(Jeffrey S. Borer)の論文を「Borer JS [Author]」で検索すると、1968 – 2016年の49年間の335論文がヒットした。

2016年3月27日現在、撤回論文はないが、訂正論文が4報あった。最初の「1983年のAm J Cardiol.」論文が本記事で問題視した論文である。

  1. Exercise versus cold temperature stimulation during radionuclide cineangiography: diagnostic accuracy in coronary artery disease.
    Jordan LJ, Borer JS, Zullo M, Hayes D, Kubo S, Moses JW, Carter J.
    Am J Cardiol. 1983 Apr;51(7):1091-7. No abstract available. Erratum in: Am J Cardiol 1988 Oct 1;62 (10 Pt 1):841.
  2. Drug insight: If inhibitors as specific heart-rate-reducing agents.
    Borer JS.
    Nat Clin Pract Cardiovasc Med. 2004 Dec;1(2):103-9. Review. Erratum in: Nat Clin Pract Cardiovasc Med. 2006 Apr;3(4):231.
  3. Ivabradine and outcomes in chronic heart failure (SHIFT): a randomised placebo-controlled study.
    Swedberg K, Komajda M, Böhm M, Borer JS, Ford I, Dubost-Brama A, Lerebours G, Tavazzi L; SHIFT Investigators.
    Lancet. 2010 Sep 11;376(9744):875-85. doi: 10.1016/S0140-6736(10)61198-1. Erratum in: Lancet. 2010 Dec 11;376(9757):1988. Lajnscak, M [corrected to Lainscak, M]; Rabanedo, I Roldan [corrected to Rabadán, I Roldan]; Leva, M [corrected to Ieva, M].
  4. Effect of aliskiren on postdischarge mortality and heart failure readmissions among patients hospitalized for heart failure: the ASTRONAUT randomized trial.
    Gheorghiade M, Böhm M, Greene SJ, Fonarow GC, Lewis EF, Zannad F, Solomon SD, Baschiera F, Botha J, Hua TA, Gimpelewicz CR, Jaumont X, Lesogor A, Maggioni AP; ASTRONAUT Investigators and Coordinators.
    JAMA. 2013 Mar 20;309(11):1125-35. doi: 10.1001/jama.2013.1954.
    Erratum in: JAMA. 2013 Apr 10;309(14):1461.

●7.【白楽の感想】

《1》透明性

1988年4月11日の議会の研究ネカト小委員会のビデオが公開されている。衝撃を受けた。2時間近いので一部しか見ていない、分析していない。(既に示した【動画2】:http://www.c-span.org/video/?2177-1/scientific-fraud-misconduct-federal-response)。2016年3月27日現在も無料で視聴できる。

ジェローム・ジェイコブスタインの声が聴ける。緊迫したやり取りを傍聴席で見聞きしているように感じた。スゴイ。米国の透明性はスゴイ。

今まで、研究ネカトに関する議会の様子は静止画(つまり写真)でしか見ていない。ビデオを見たことはなかった。今回初めて見つけたが、もっと、ネット上に公開されているのかもしれない。

なお、研究ネカト関連の裁判の動画は何度も見たが、米国の透明性はスゴイ。

日本も、透明性を高めるというなら、研究ネカト関連も含め、ほとんどの一般的な裁判をビデオ録画し、公開すべきでしょう。

そして、大学・研究機関の研究ネカト調査委員会もビデオ録画し、場合によると、公開すべきでしょう(要望がない?)。
キャプチャ2

《2》第一追及者

この事件も優れた第一追及者(ジェローム・ジェイコブスタイン)の功績が大きい。そして、本来その追及に感謝し徹底的に調査すべき大学当局(トーマス・ミクル医科大学院長)がアホだった。大学当局が研究ネカトの解決の邪魔をした。このオン・オフのパターンは研究ネカトでよくある1つの典型だ。

まず、追及者を顕彰するシステムを作るべきだ。そして、大学当局の担当者が秘匿するなら、担当者を処罰するシステムを作るべきだ。研究ネカト改善の重要なポイントだ。

日本は、この点、まるでわかっていない。逆行はしていないと思うが、改善ポイントだと思っていないようだ。

例えば、匿名で追及者として活発に活動している「世界変動展望」さんを支援したらどうだろう。

なお、ジェイコブスタインは収入の大半をボーラー事件への法的費用に使ってしまったそうだ。正しい人が報われない社会システムはおかしい。

《3》懲戒手続き

NIHは、コーネル大学に対して、ボーラーの「懲戒手続き」をとるよう勧告したとアレクサンダー・コーン『科学の罠』に記述されている。

しかし、NIHは、ボーラーに意図的な不正はないとし、非ネカトとした。何か矛盾している。

JeffreyBorerコーネル大学はどのような「懲戒手続き」をしたのか不明だが、実際には、ボーラーはコーネル大学医科大学院を解雇されも、辞職もしていない。NIHが勧告した「懲戒手続き」はいったい何だったのだろう?

●8.【主要情報源】

① 1987年9月29日のジーナ・コラータ(Gina Kolata)の「NYTimes」記事:After 7-Year Dispute, a Cardiologist Is Disciplined – NYTimes.com保存版
② 1987年10月5日のタビタ・パウレッジ(Tabitha Powledge)の「The Scientist」記事:Misconduct Plan Due? | The Scientist Magazine®保存版
③ 1988年12月12日の「The Scientist」記事:Science Isn’t Really Willing To Investigate Misconduct | The Scientist Magazine®保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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