2019年7月14日掲載
ワンポイント:フランス国立科学研究センター(CNRS)・生物科学研究所・所長(Director of the Institute of Biological Sciences (INSB))。2017年9月(59歳)、1998-2017年の20年間の11論文の21個の図にねつ造・改ざがあるとパブピアで指摘された。2018年2月21日(59歳)、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は調査の結果、ネカトはなかったと発表した。大勢のフランス人研究者が、「クロをシロ」にしたと調査を批判し、ネカトを隠蔽したと非難した。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
キャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus、ORCID iD:、写真出典)は、フランスのフランス国立科学研究センター(CNRS)・生物科学研究所・所長(Director of the Institute of Biological Sciences (INSB))で、医師ではない。専門は発生生物学(卵母細胞)だった。
2017年9月(59歳)、ドイツのネカト・ハンターであるレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が、ジェシュスの論文の図にねつ造・改ざがあるとパブピア及び自分のブログで指摘した。結局、1998-2017年の20年間の11論文の21個の図にねつ造・改ざがあると指摘された。
2017年9月(59歳)、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は調査を開始した。
2018年2月21日(59歳)、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は調査の結果、ネカトはなかったと発表した。
2018年4月18日(60歳)、しかし、フランスの503人の研究者は、その調査結果を疑問視し、「クロをシロ」と結論した調査は到底納得できるものではないと、研究公正を懸念した公開書簡を発表した。
フランス国立科学研究センター(CNRS)・生物科学研究所(Institute of Biological Sciences (INSB))。写真出典
- 国:フランス
- 成長国:フランス
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:パリ第6大学(ピエールエマリーキュリー大学)
- 男女:女性
- 生年月日:1958年3月5日
- 現在の年齢:66 歳
- 分野:発生生物学
- 最初の不正論文発表:1998年(40歳)
- 不正論文発表:1998-2017年(40-59歳)の20年間の11論文
- 発覚年:2017年(59歳)
- 発覚時地位:生物科学研究所・所長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はドイツのネカト・ハンターであるレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が、パブピア及び自分のブログで指摘
- ステップ2(メディア):レオニッド・シュナイダーのブログ、「パブピア(PubPeer)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。報告書(3頁):Rapport concernant les mises en cause, sur internet, de publications dont Mme Jessus est co-auteur
- 大学の透明性:実名発表しているが、調査報告書に調査委員名なし(〇)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:11論文が疑惑。2訂正論文。撤回論文なし
- 時期:研究キャリアの中期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた(Ⅹ)。発覚時59歳で、60歳で辞任した。定年退職かもしれない
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:IBPS | Annuaire | Catherine Jessus
- 1958年3月5日:フランスで生まれる
- 1978-1982年(20-24歳):高等師範学校ユルム(”Ecole Normale Supérieure” Ulm (Paris))
- 1980年(22歳):パリ第6大学(ピエールエマリーキュリー大学、Pierre and Marie Curie University:UPMC)で修士号取得:生理学
- 1983年(25歳):同・研究博士号(PhD)を取得:生理学。博士論文「Physiology of Reproduction」
- 1988年(30歳):ベルギーのルーベン・カトリック大学(Katholieke University of Leuwen)・ポスドク
- 1989-1992年(31-34歳):米国のコールド・スプリング・ハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)・ポスドク
- 1993年(35歳)- 2019年1月31日(60歳):フランスのフランス国立科学研究センター(CNRS-UPMC)・卵母細胞研究グループ(PI of the group “Biology of the Oocyte”)・研究主宰者
- 2004 – 2013年(46 – 55歳):フランスのフランス国立科学研究センター(CNRS-UPMC)・発生生物学・部長(Director of the Laboratory “Developmental Biology”)
- 2013年(55歳):フランスのフランス国立科学研究センター(CNRS-UPMC)・生物科学研究所・所長(Director of the Institute of Biological Sciences (INSB))
- 2017年9月(59歳):論文の図がネカトと指摘された
- 2017年9月(59歳):フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は調査を開始した
- 2018年1月(59歳):パリ第6大学(Pierre and Marie Curie University)がソルボンヌ大学になった
- 2018年2月21日(59歳):フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は調査の結果、ネカトはなかったと発表した
- 2019年1月31日(60歳):フランスのフランス国立科学研究センター(CNRS-UPMC)・生物科学研究所・所長(Director of the Institute of Biological Sciences (INSB))・辞任。2019年2月1日記事:André Le Bivic – New Director of the CNRS Institute of Biological Sciences | IBDM
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
CNRSの主任研究員・キャサリン・ジェシュスの重要な発見などの科学研究の話。対話動画:「[キャサリン・ジェシュス] – 驚くべき暮らし([Catherine Jessus] Étonnant vivant) – YouTube」(仏語)1時間49分44秒。
Espace des sciences が2017/11/15 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2013年(55歳)、キャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)はフランス国立科学研究センター(CNRS-UPMC)・生物科学研究所・所長(Director of the Institute of Biological Sciences (INSB))に就任した。生物科学研究所の組織図を以下に示す(出典)。トップにジェシュスの名前がある。
2017年9月(59歳)、ドイツのネカト・ハンターであるレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が、キャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)の論文の図にねつ造・改ざがあるとパブピア及び自分のブログで指摘した。これがネカト発覚の発端である。
例えば、2017年9月5日に、以下に示す「2004年のDevelopment」論文の図6の電気泳動バンドが重複使用されている、とパブピアで指摘した「Leonid Schneider: (commented September 5th, 2017 5:01 PM and accepted September 6th, 2017 1:11 AM)」。
- Polo-like kinase confers MPF autoamplification competence to growing Xenopus oocytes.
Karaiskou A, Leprêtre AC, Pahlavan G, Du Pasquier D, Ozon R, Jessus C.
Development. 2004 Apr;131(7):1543-52. Epub 2004 Feb 25.
Erratum in: Development. 2018 Jul 30;145(14):.
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/ADBF355D36B1330508799A817D54A8#1
フランス国立科学研究センター(CNRS)の生物科学研究所(INSB)の発生生物学研究所・チーム長であるキャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)は、1998-2017年の20年間の11論文の21個の図にねつ造・改ざがあるとパブピアで指摘された。
★調査
2017年9月(59歳)、フランス国立科学研究センター(CNRS)とジェシュス研究室が置かれているソルボンヌ大学(当時はパリ第6大学)は11論文のネカト調査を開始すると発表した。
2017年11月28日(59歳)、ソルボンヌ大学(当時はパリ第6大学)がジェシュスのネカト調査の結果、シロと判定した、とフランス国立科学研究センター(CNRS)のロンドン研究所のフィリップ・フォーゲル部長(Philippe Froguel)がツイートした。
Catherine Jessus explains to CNRS units directors that she has been cleared from misconduct by Paris 6 university pic.twitter.com/cxDb2kBIyE
— Philippe Froguel (@philippefroguel) 2017年11月28日
2018年1月18日(59歳)、ジェシュスと同じ時期に同じようなネカト行為を告発されたフランス国立科学研究センター(CNRS)・暫定総裁のアンヌ・ピーロシュ(Anne Peyroche)が暫定総裁を解雇された。
→ アンヌ・ピーロシュ(Anne Peyroche) | 研究倫理(ネカト、研究規範)
2018年2月21日、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は、論文画像にネカト操作はなかったと結論し、調査委員会を終結させると発表した。
→ 2018年2月21日の記事:La commission d’enquête Sorbonne Université – CNRS concernant la mise en cause de publications de Catherine Jessus conclut à l’absence de méconduite scientifique | CNRS
→ 報告書(3頁):Microsoft Word – Jessus-CNRS-SU pour com externe.docx
→ 結論(3頁):Microsoft Word – Jessus-CNRS-SU pour com externe.docx
→ 詳細な分析(14頁): → 調査論文リスト(2頁):Microsoft Word – Annexe 1.docx
なお、調査報告書には調査委員の名前が記載されていなかったが、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は報告書の執筆者をフランス国立科学研究センター(CNRS)のフランシス=アンドレ・ウォルマン(Francis-André Wollman、写真出典)と特定した。後に、「ル・モンド」新聞も、報告書の執筆者としてフランシス=アンドレ・ウォルマンの頭文字・「FAW」の署名がされていたと確認している。
★反動
2018年5月16日、フランスの10人の生物学者は、調査報告書の内容に反論する記事を匿名で発表した。
→ 2018年5月16日の「大学を救え!(Sauvons l’Université !)」記事:Promotion de l’intégrité scientifique au CNRS et à Sorbonne Université : (…) – Sauvons l’Université !
→ 2018年6月12日の英語版:RapportFraude-en.pdf – Google ドライブ
我々、遺伝学者、生化学者、細胞生物学者、分子生物学者は、この調査報告書を読み、それらを一点一点分析した結果、調査委員会は研究公正の基盤である科学研究結果の解釈に違反する解釈をしたと結論する。
フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学は、研究ネカトと闘うと標ぼうしているが、欺瞞的な調査報告書を発表し、ネカトを隠蔽することで問題を解決するという選択をしたと思われる。
無能な委員を任命し、効果的な手段を確保せず、研究公正を強調する機関は詐欺組織である。同僚のネカトに寛大であることを重要視する調査委員会は、委員名を公表しない。これも、詐欺行為の一環である。
この最後の点は、別のネカト事件と関係している。フランス国立科学研究センター(CNRS)・暫定総裁で同じ生物学者のアンヌ・ピーロシュ(Anne Peyroche)が、2017年12月、画像の改ざんがあるとパブピア(PubPeer)で指摘されたのである。
→ アンヌ・ピーロシュ(Anne Peyroche) | 研究倫理(ネカト、研究規範)
左から1人目がアンヌ・ピーロシュ(Anne Peyroche)、3人目がキャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)。写真出典。
ジェシュスと同じ時期に同じようなネカト行為を告発されたフランス国立科学研究センター(CNRS)・暫定総裁のネカト事件を、フランス国立科学研究センター(CNRS)としては最小限に抑えたい。その結果、ジェシュスのネカトを隠蔽するように動いたのだろう。
逆に言えば、偉い人が2人もネカトで告発されるほど、フランス国立科学研究センター(CNRS)にネカトが蔓延していたともいえる。
「ル・モンド」新聞は、「クロをシロと結論した」ことに危機感を感じた研究者と相談し、調査報告書を問題視する研究者の署名をウェブで呼びかけた。
2018年5月27日、「ル・モンド」新聞に呼応したフランスの503人の研究者は、調査委員会の調査方法は到底納得できるものではないと、研究公正を懸念した公開書簡「“Ethique Scientifique, Ethique Journalistique”」を発表し反発した。
→ 公開書簡、503人のリストあり:Ethique Scientifique, Ethique Journalistique
→ 2018年5月22日の「ル・モンド」記事:Intégrité scientifique à géométrie variable
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年7月13日現在、パブメド(PubMed)で、キャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)の論文を「Catherine Jessus [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の28論文がヒットした。
「Jessus C[Author]」で検索すると、1984~2018年の35年間の75論文がヒットした。
2019年7月13日現在、「Jessus C[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回論文データベース
2019年7月13日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでキャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)を検索すると、6論文がヒットし、0論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
★パブピア(PubPeer)
2019年7月13日現在、「パブピア(PubPeer)」はキャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)の10論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》判断が難しい
多くの記事は、キャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)が画像のねつ造・改ざんをしたと報道している。ところが、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学の調査委員会は、「クロをシロと結論した」と記載している。
電気泳動バンドが重複使用だと指摘されたパブピアの議論を、白楽なりに読んでみた。
すると、同じ条件なので同じ画像でも良い場合や、電気泳動バンドの切り貼りがOKだった昔の論文だったり、クロと断定するのが難しい画像もあると思った。
つまり、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学の調査結果は正しいかもしれないと思った。
《2》「クロをシロ」と結論した
10歩譲って、「クロをシロ」と結論した流れでジェシュス事件を見ると、フランス国立科学研究センター(CNRS)とソルボンヌ大学の対応は、お粗末すぎる。
ただ、その対応に、フランス国内の多勢の研究者が強く反発したのは救いである。
振り返って、日本では、東京大学・医学部教授たちのネカト調査は「クロをシロと塗り替えられた」印象だが、日本国内の主要な研究者が大きく反発したというニュースを聞かない。日本は死んでいる。
《3》フランス以外
ジェシュス事件は大きな事件だと思うが、フランス以外では報道されていない。日本のメディアはもちろん報道していないが、米国の著名なネカト・サイトの「撤回監視(Retraction Watch)」もまったく触れていない。
論文撤回はないが、「クロをシロと塗り替えた」印象があり、ネカト事件としてはイロイロ考えさせられる事件だと白楽は思うのだが。
ネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が攻撃的なのは確かだ。しかし、ジェシュスもそうだが、ネカト者は通常、強大な権力に守られている。「クロをシロと塗り替えてもらえる」ほど強大な権力に守られている。その権力の分厚い壁に風穴を開けて真実を引っ張り出すには、シュナイダーのような激しいネカトハンター活動は貴重だと思う。「ル・モンド」新聞も、偉い!
「撤回監視(Retraction Watch)」は事件を知ってるはずだが、競合していると思うのか、同業者であるシュナイダーを軽視している。シュナイダーは「撤回監視(Retraction Watch)」の記事を引用しているのに、なんかヘンだ。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア仏語版:Catherine Jessus — Wikipédia
② レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のキャサリン・ジェシュス(Catherine Jessus)に関するブログ記事:Search Results for “Catherine Jessus” – For Better Science
③ 2018年5月22日のデイヴィッド・ラロセリー(David Larousserie)記者の「ル・モンド」記事: Intégrité scientifique à géométrie variable、(保存版)
④ 2018年2月26日のエルヴェ・モラン(Hervé Morin)記者とデイヴィッド・ラロセリー(David Larousserie)記者の「ル・モンド」記事:L’honneur sauvegardé de la biologiste Catherine Jessus、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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