2019年4月30日掲載
ワンポイント:サマハ(女性)はエジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)・研究員で、アーメド(男性)はエジプト出身の米国のベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)・準教授。サマハを第一著者とする「2018年のNature」論文が出版6週間後に、パブピア(PubPeer)で、画像のねつ造・改ざんが指摘された。結局、2019年に論文は撤回された。小児がん病院57357もベイラー医科大学もネカト調査に入ったという情報はない。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
ヘバ・サマハ(Heba Samaha、写真左出典)は、エジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)・研究員で医師ではない。専門は細胞治療学である。
ナビル・アーメド(Nabil M Ahmed、写真右出典)は、エジプト出身の米国のベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)・準教授で医師である。専門は細胞治療学である。
2018年9月5日、ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)はヘバ・サマハ(Heba Samaha)を第一著者とする「2018年のNature」論文を出版した。
その6週間後、パブピア(PubPeer)が、画像のねつ造・改ざんを指摘した。結局、2019年2月20日、「2018年のNature」論文は撤回された。
2019年4月29日現在、エジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)もベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)もネカト調査に入ったという情報はない。従って、調査結果は公表されていない。処分もされていない。
エジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)。写真出典
ベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)。写真出典
- 国:エジプト(サマハ)、米国(アーメド)
- 成長国:エジプト
- 医師免許(MD)取得:なし(サマハ)、カイロ大学(アーメド)
- 修士号(PhD)取得:カイロのドイツ大学(サマハ)、なし(アーメド)
- 研究博士号(PhD)取得:なし(サマハ)、なし(アーメド)
- 男女:女性(サマハ)、男性(アーメド)
- 分野:細胞治療学
- 不正論文発表:2018年(30歳?)(サマハ)、(47歳?)(アーメド)
- 発覚年:2018年(30歳?)(サマハ)、(47歳?)(アーメド)
- 発覚時地位:エジプトの小児がん病院57357・研究員(サマハ)、ベイラー医科大学・準教授(アーメド)
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)がパブピア(PubPeer)で指摘
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:所属機関の事件への透明性:発表なし・隠蔽(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1報
- 時期:研究キャリアの初期(サマハ)、中期(アーメド)
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
★ヘバ・サマハ(Heba Samaha)
出典:Heba Samaha | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1988年1月1日生まれとする。2006年にカイロのドイツ大学に入学した時を18歳とした
- 2006年 – 2011年(18 – 23歳?):カイロのドイツ大学(German University in Cairo)で学士号取得:薬学・バイオテクノロジー
- 20xx年(xx歳):英国のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン (University College London)で修士号取得:遺伝子治療
- 2014年1月(26歳?):エジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)・研究員
- 2018年9月5日(30歳?):すぐに問題視された「2018年のNature」論文を出版
- 2019年2月20日(31歳?):「2018年のNature」論文が撤回
★ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)
出典:Nabil M. Ahmed, MD | Texas Children’s Hospital
- 生年月日:不明。仮に1984年1月1日生まれとする。1995年にカイロ大学で医師免許(MD)を取得した時を24歳とした
- 1995年(24歳?):エジプトのカイロ大学(Kanpur)で医師免許(MD)取得
- 2000年(29歳?):米国のNIH/NIAIDでポスドク:血液・腫瘍
- 2001年(30歳?):米国のコーネル大学医科大学院(Cornell University, Weill Medical College)で研修医:小児科
- 2002年(31歳?):米国のニュージャージー医科大学(New Jersey Medical School)で研修医:小児科
- 2006年8月(35歳?):ベイラー医科大学(University of Maryland)・準教授
- 2018年9月5日(47歳?):すぐに問題視された「2018年のNature」論文を出版
- 2019年2月20日(48歳?):「2018年のNature」論文が撤回
●4.【日本語の解説】
★2019年3月6日:小谷太郎(大学教員・サイエンスライター):JBpress(日本ビジネスプレス):捏造事件に騒然! ネイチャー論文に画像加工疑惑。捏造を指摘した研究者コミュニティと素通りさせた当事者の構造
先日2019年2月20日、科学誌『ネイチャー』が1篇の論文の撤回を発表しました。
2018年9月5日に発表されたこの論文は、脳腫瘍(しゅよう)の免疫療法を開発したと主張するもので、これが本当なら何万もの患者を救う朗報です。開発の主役は、「エジプト小児がん病院57357」のヘバ・サマハ氏という女性研究者です。
しかし発表から6週間後、この論文への疑惑があるサイトに投稿されました。画像がコピペと加工で作られているというのです。加工の指摘はあちこちから相次ぎ、論文の画像のほとんどがフォトショップを駆使した「労作」であることが明らかになってしまいました。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2018年9月5日、ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)はヘバ・サマハ(Heba Samaha)を第一著者とする「2018年のNature」論文を出版した。
- A homing system targets therapeutic T cells to brain cancer.
Samaha H, Pignata A, Fousek K, Ren J, Lam FW, Stossi F, Dubrulle J, Salsman VS, Krishnan S, Hong SH, Baker ML, Shree A, Gad AZ, Shum T, Fukumura D, Byrd TT, Mukherjee M, Marrelli SP, Orange JS, Joseph SK, Sorensen PH, Taylor MD, Hegde M, Mamonkin M, Jain RK, El-Naggar S, Ahmed N.
Nature. 2018 Sep;561(7723):331-337. doi: 10.1038/s41586-018-0499-y. Epub 2018 Sep 5. Retraction in: Nature. 2019 Mar;567(7746):132.
この論文はT-白血球が血液脳関門を迂回し、他の方法で治療できない脳腫瘍を攻撃する方法を発見したという論文だった。画期的な発見だったので、メディアに取り上げられた。
→ 2018年9月5日プレスリリース記事:A ‘homing system’ targets therapeutic T-cells to brain cancer | EurekAlert! Science News
→ 2018 年10月28日記事:Can immunotherapy tackle glioblastoma?
2018年10月16日、ところが、「2018年のNature」論文がオンラインで公開されてから6週間後、ギムノピルス・プルプレスクアムロス (Gymnopilus Purpureosquamulosus)がパブピア(PubPeer)で、画像が加工されていると指摘した。
2018年10月21日、また、オーストラリア・ナショナル大学の遺伝学者、ガエタン・ブルジョ(Gaetan Burgio)は、いくつもの画像が重複使用されているとツイッターで指摘した。
If this appears to be true, the extent of Figures duplication in this @nature paper is truly mind blowing -> see @PubPeer https://t.co/59GmMUBtJJ pic.twitter.com/X5sCYNPZB1
— Gaetan Burgio (@GaetanBurgio) 2018年10月21日
パブピア(PubPeer)にコメントが掲載されてから約1週間後、Natureは調査を開始し、「2018年のNature」論文の信ぴょう性に疑念が生じたと読者に警告した。
2019年2月20日、Natureは「2018年のNature」論文を撤回した。他の共著者は撤回に同意したが、第一著者のヘバ・サマハ(Heba Samaha)だけが撤回に同意しなかった。
2019年4月29日現在、エジプトの小児がん病院57357(Children’s Cancer Hospital Egypt 57357)もベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)もネカト調査に入ったという情報はない。従って、調査結果も公表されていない。
印象としては、第一著者のヘバ・サマハ(Heba Samaha)のネカト単独犯に思える。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
2019年4月29日現在、ネカト者の所属機関はネカト調査をしていない(可能性が高い)。当然、調査結果は発表されていない。
つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
仕方がないので、パブピアで探った。「2018年のNature」論文への指摘を以下に詳しく見よう。
★「2018年のNature」論文
「2018年のNature」論文の書誌情報を以下に示す。この論文は、2019年2月20日に撤回された。
- A homing system targets therapeutic T cells to brain cancer.
Samaha H, Pignata A, Fousek K, Ren J, Lam FW, Stossi F, Dubrulle J, Salsman VS, Krishnan S, Hong SH, Baker ML, Shree A, Gad AZ, Shum T, Fukumura D, Byrd TT, Mukherjee M, Marrelli SP, Orange JS, Joseph SK, Sorensen PH, Taylor MD, Hegde M, Mamonkin M, Jain RK, El-Naggar S, Ahmed N.
Nature. 2018 Sep;561(7723):331-337. doi: 10.1038/s41586-018-0499-y. Epub 2018 Sep 5. Retraction in: Nature. 2019 Mar;567(7746):132.
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2018年10月16日、多数の図が重複使用されていると指摘された「Gymnopilus Purpureosquamulosus: (commented October 16th, 2018 1:21 PM and accepted October 18th, 2018 11:52 PM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://blog.pubpeer.com/publications/D569C47E7BE09AD9D238BA526E06CA#1
その後、別の図にも同様な重複使用を指摘するコメントがあった(本記事では省略)。
つまり、指摘された重複画像の使用量を見ると、論文論旨に都合の良いようにデータを滅茶滅茶に(イヤイヤ、しっかりと)、ねつ造したと受け取れる。ストック画像を「チョット間違えて使用してしまった」というレベルとは程遠い。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年4月29日現在、パブメド(PubMed)で、ヘバ・サマハ(Heba Samaha)の論文を「Heba Samaha [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015~2019年の5年間の5論文がヒットした。全部、ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)が共著者になっている。内1論文は撤回告知である。
2019年4月29日現在、1論文が撤回されていた。本記事で問題視した「2018年のNature」論文の撤回である。
――――
2019年4月29日現在、パブメド(PubMed)で、ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)の論文を「Nabil Ahmed [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006~2019年の14年間の64論文がヒットした。
2019年4月29日現在、1論文が撤回されていた。本記事で問題視した「2018年のNature」論文の撤回である。
★撤回論文データベース
2019年4月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでヘバ・サマハ(Heba Samaha)を検索すると、2論文がヒットし、1論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
2019年4月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでナビル・アーメド(Nabil Ahmed)を検索すると、2論文がヒットし、1論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
★パブピア(PubPeer)
2019年4月29日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ヘバ・サマハ(Heba Samaha)の2論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
ナビル・アーメド(Nabil Ahmed)の11論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》お粗末
このサマハ/アーメド事件での画像の重複使用はかなりハッキリしているので、論文の査読者が気が付くべきだとか、「Nature」誌編集部のチェック体制がズサンすぎるなどと非難されている。
アーメド準教授を含め、たくさんいる共著者が気が付くべきだとも非難されている。
白楽もそう思う。
ただ、サマハがネカト者でアーメドはネカト被災者と言えるかどうか?
サマハが著者に入っていないアーメドの8論文に「パブピア(PubPeer)」がコメントしている。内2論文は訂正している。アーメドではなく共著者がミスしたのを訂正したのかもしれないが、なんかヘンである。
ベイラー医科大学と研究公正局が調査しないとハッキリしないが、アーメドへの疑惑は消えない。
《2》非を認めない
「2018年のNature」論文は撤回された。他の共著者は撤回に同意したが、第一著者のヘバ・サマハ(Heba Samaha、写真出典)だけが撤回に同意しなかった。
これだけ明白なネカトなのに、どうしてサマハは同意しなかったのだろう?
なお、同意してもしなくても、ネカト者の損害は変らないと思う。そうなら、なるべく非を認めない方が、得な気がする。
《3》大澤文夫先生
「2018年のNature」論文はヘバ・サマハの4報目の論文である。第一著者としては「2015年のImmunotherapy」論文の次の論文である。
第一著者のヘバ・サマハ(Heba Samaha)がネカト主犯と思われる。以下の文はそう仮定した場合である。
ネカトの動機は「ズルしてでも得したい」だろうが、発覚すると思わなかったのだろうか?
論文に発表するとき、データをねつ造・改ざんしてよいと理解していたのだろうか?
サマハは修士号は取得しているが、研究博士号(PhD)を取得していない。研究者としての教育が不十分だったのか?
2019年3月3日に96歳で亡くなった白楽の師・大澤文夫先生に、白楽は院生の時、いろいろ生意気な質問をした。
その1つ、「博士号の資格は何ですか?」と尋ねた。
大澤文夫先生は「研究とはこういうことかと悟ったら博士号だ」とおっしゃった。
「じゃ、ボクが悟ったと言えば博士号授与してくれるんですか?」と、当時修士2年生の白楽が、明らかに「悟って」いない愚問を発した。大澤文夫先生は笑っていた。こんな禅問答の答えを聞いても、白楽は、どういうレベルだと博士号なのか、当時、把握できなかった。
その後、自分が博士号を取得する頃、大澤文夫先生の「研究を悟る」という答えが腑に落ちた。日本の標準である「論文を1報出版したら博士号」という基準はわかりやすいが情けない。「研究を悟れば」、ネカトをしてはいけないことは当然に思える。サマハは「研究を悟っていない」ように思える。
ーーーーーー
日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●8.【主要情報源】
① 2019年1月14日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Texas Photoshop Massacre (in Nature) – For Better Science、(保存版)
② 2019年2月20日のダイアナ・クォン(Diana Kwon)記者の「Scientist」記事:Nature Retracts Paper on Delivery System for CAR T Immunotherapy | The Scientist Magazine®
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
注意:お名前は記載されたまま表示されます。