1‐4‐7.インドの研究ネカト問題

2018年7月12日掲載。

ワンポイント:【長文注意】。インドのネカトはきわめて深刻である。科学者養成・研究インフラ・科学予算のどれをとっても、とても貧困である。国の発展に医師養成や医療インフラも追い付いていない。医学部(医科大学)には虚偽と腐敗が蔓延している。国のネカト対策は、ネカト対処機関どころか、ネカト基準やネカト対処システムがない。2017年、インド医学評議会(Medical Council of India)は、準教授になるのに4論文、正教授になるのに8論文が必要と決めたが、論文数を基準にすると、医学部(医科大学)・教員は医療よりも研究に精力を注ぎ、医療がおろそかになるだけでなく、苦し紛れに論文を出版するのでネカトが増えると批判された。また、2018年、大学助成委員会(University Grants Commission)は10%以下の盗用を許容するというユニークな盗用ルールを制定した。ネカトが常態化していて、インドのネカトに対する考え方・現実は欧米とは大きく異なる。別の事実として、インドは世界最大の医師輸出国であり、現在、米国で約47,000人、英国で約25,000人のインド人医師が就労している。米国の生命科学系のネカト者を調べるとインド出身者が多く、米国のネカト問題は、インドのネカト問題でもある。インドはネカトの百貨店でカオスである。政府委員を務める学者や著名教授から名もなき院生まで、つまり、上から下まで、ネカトが蔓延している。他人のネカト行為に無関心な大学教員・学生がいる一方、激しく抗議する正義感の強い大学教員・学生も多い。

【追記】
・2020年4月23日記事:自己盗用は不可:Self- plagiarism will not be acceptable in any new research work: UGC – Education Today News
・2019年12月21日記事:院生への研究倫理教育を義務化:UGC makes it mandatory for PhD students to learn about research ethics, plagiarism

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.インド人の倫理観
3.政府、大学、メディアなどの取り組み
4.貧弱な科学と医学
5.盗用問題
6.ネカト以外の倫理的事件
7.白楽の感想
8.文献情報
9.コメント
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●1.【概略】

東部ビハール州の集団カンニング。室内の受験生に校舎の窓から答えを教える友人・家族。生徒計約600人が退学処分。2015年。http://www.abc.net.au/news/2015-03-22/hindistan-times.jpg/6338570

カンニング防止のため野原でパンツ1枚で受験させられる軍隊への入隊志願者。2016年。https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/india/12180174/Indian-army-tackles-cheating-by-making-1000-candidates-take-exam-in-underwear-in-field.html

インドは世界最大の医師輸出国であり、現在、インド出身の医師が米国で約47,000人、英国で約25,000人が就労している。

米国のネカト者の出身国別分布を公表すると人種差別で訴えられる(多分)。それで、米国はネカト者の出身国データを公表できないが、白楽は公表している。

米国の生命科学系のネカト者のかなりの割合(2-3割?)はインド出身者が起こしている。米国のネカト問題は、インドのネカトを知らないと対処できない。

なお、インドの統計値は、文献ごとに異なる数字が記載されていることが多い。本記事では統一せずにそのまま記載したので、一見、数値に整合性がないが、ご了承ください。

【インドという国の全体像】

★国のあらまし

【インドの研究倫理】

★研究ネカト対処機関の概要

  • 国:インド
  • 日本を標準として、研究倫理を比べると:①とても良い、②良い、③日本と同等、④悪い、⑤とても悪い
  • 研究ネカト数:毎年50人(当てずっぽう)
  • 国の対処機関:米国の研究公正局に相当する組織はない
  • 国の対処機関:2018年3月、高等教育を監督する大学助成委員会(UGC:University Grants Commission)が新しい盗用ルール「高等教育機関での盗用の防止と研究公正の推進:Promotion of Academic Integrity and Prevention of Plagiarism in Higher Education Institutions」を制定した。高等教育局(HEI:Higher Educational Institutions)の下に設けた盗用懲罰委員会(PDA:Plagiarism Disciplinary Authority)が、盗用の告発を受理し処分を決定する。
  • 研究ネカト対処の公的機関:各大学・研究所
  • 研究ネカト対処の私的機関:研究ネカトを監視する科学価値会(SSV, Society of Scientific Values)。1986年、インドの科学者が設立した。但し、現在、活動は低調である。

★インドの有名なネカト事件

★インドの研究ネカト問題の特徴

インドの研究ネカト問題の特徴は3点ある。

  1. 第一、いろいろなタイプのネカトがたくさん発生し、処分は甘く、ネカトへの対処も多様である。ネカトのカオス状態というかネカトの百貨店である。
  2. 第二、ネカト規範をようやく設け始めた。例えば、2018年、大学助成委員会(UGC)は10%以下の盗用を許容するというユニークな盗用ルールを制定した。
  3. 第三、インド出身者が米国(など海外)で研究者として働き、その地でネカトを犯す。つまり、米国のネカト問題の根源はインドにある。

●2.【インド人の倫理観】

一般的に、ネカト行為をする・しないはインド人の倫理観・規範に依存する。その倫理観・規範はインドの宗教(ヒンドゥー教)や文化風土から形成されると思うのだが、その宗教や文化風土が示す倫理観がわからない。

シヴァ神、首にコブラを巻く。y Deepak Gupta, CC 表示-継承 2.0, Link

★2003年10月12日:masashi tanaka:ヒンドゥー教

出典 → ココ

ヒンドゥー教に特定の教義はない。

しかし,すべてのヒンドゥー教徒にほぼ受容されている思想はある。「業」(ごう)と「輪廻」(りんね)もその一つで、この思想は、人々の倫理観の基盤をもなすものである。

善悪の「業」はしばしば,「功徳」(プニヤ)と「悪徳」(パーパ)という観念に置きかえられる。「功徳」を積みうる行為は「社会への布施や奉仕」そして「正しい生活」とくに「神への献身」などがあるが,善をなす理由は、死後に生天して安楽な生活を送るためにある。

「業」「輪廻」の観念は,高い教育を受けた人々のあいだでも当然のこととして受容され,ダルマ(具体的にはカーストのルール)の積極的実践を支えている。

【白楽の感想】

ヒンドゥー教がどういうものか理解しにくい。例えば、「盗み」「嘘」はいいのか、悪いのか?

★2014年8月23日:るいネット:ヒンドゥー教における人生の目的

出典 → ココ (保存版)

ヒンズー教の人生の目的と四住期

●人生の目的

ヒンドゥー教が教える人生には三つの目的があり、これらを「プルシャールタ(人生の目的)」と呼んでいる。それはカーマ、アルタ、ダルマである。

カーマは愛欲、性愛のことであり、これは獣のように欲情にまかせてただ愛欲を追求するのではなく、人間らしく性愛を享受する洗練された方法を身につけなさい、ということである。

アルタは実利と訳されている。目的を設定して、それを実現すためになされる営み総てををアルタという。具体的には、名誉欲、権勢欲、や金銭欲という現世的な欲望を実現するための方策がアルタである。

人生の目的の第三はダルマ、義務である。ヒンドゥー社会に生きる各個人に課せられた生き方の基準である。それは人間の理想的な一生の生き方は四つの段階(四住期)からなっていると教えている。

【白楽の感想】

ヒンドゥー教、理解しにくい。

★2011年9月:白楽ロックビル著:『科学研究者の事件と倫理』(講談社、2011年9月)

インド人の倫理観・規範がわからないが、対比するために、仏教とユダヤ教の倫理観・規範を示す(出典は上記の拙著)。

【仏教の五戒】
仏教には、比丘(男の僧侶)の250戒、比丘尼の350戒と沢山の決まりがあるが、それを縮めたもので全ての仏教者が守るべきものに、五戒がある。

  1. 不殺生(ふせっしょう 殺すな)
  2. 不偸盗(ふちゅうとう 盗むな)
  3. 不邪婬(ふじゃいん  不倫をするな)
  4. 不妄語(ふもうご   嘘をつくな)
  5. 不飲酒(ふいんしゅ  酒を飲むな)

【仏教の十善戒】

仏教では十善戒というのもよく見かける。

  1. 不殺生(殺さない)
  2. 不偸盗(盗まない)
  3. 不邪婬(姦淫しない)
  4. 不妄語(嘘を言わない)
  5. 不悪口(暴言を言わない)
  6. 不両舌(二枚舌を使わない)
  7. 不綺語(戯れ言をいわない)
  8. 無貪 (貪らない)
  9. 無瞋 (怒らない)
  10. 正見 (邪見にふけらない)

出典(一部改変):班目春樹『いろいろな戒律』http://www.nuclear.jp/~madarame/lec1/precept.html、2010年2月2日アクセス。

【ユダヤ教のモーセの十戒】
1. ヤハウェ以外の神々を信仰してはいけない
2. 偶像崇拝をしてはいけない
3. 神の名をみだりによんではいけない
4. 安息日をまもらなくてはいけない
5. 父と母をうやまえ
6. 殺してはならない
7. 姦淫(かんいん)してはならない
8. ぬすんではならない
9. 偽証してはならない
10. 隣人の財産や妻を欲してはならない
出典(一部改変):Microsoft(R) Encarta(R) 2009. (C) 1993-2008 Microsoft Corporation. All rights reserved 2009年。

【白楽の感想】

仏教もユダヤ教も戒律はよく似ている。ネカトに関連する行為では、両宗教とも「盗むな」「嘘をつくな」とネカト行為を禁ずる原則が示されている。

ところがヒンドゥー教には教義・戒律がなく、以下に見るように、インド人の倫理観・規範に「盗むな」「嘘をつくな」が原則になっていないようだ。

★2016年12月16日:M:インド人の倫理観を考える。彼らは神の前で子供みたいだったという印象

出典 → ココ

インドを旅すると小さな悪行をたくさん目にする。

それで、インド人のモラルはどういったものなのか考えてみることがあった。旅人がであうインド現地人たちの不道徳な行為はたとえば、

  • 行列があれば必ず割り込んでくる人がいる(たくさん)。
  • 釣り銭をごまかそうとする。
  • どんなゴミも平気で道端に投げ捨てる。
  • でたらめを言い、嘘をつき、詐欺を働く。
  • 人の話はきかず、自分のやりたいようにしかやらずそれで他人に迷惑をかけても気にしない。というか、気づかない。

ざっとあげただけでもこうなんで日本で暮らしていて身についた倫理観は通用しない。

ヒンドゥー教の教義がそうなのか? 「嘘をついたり、他人の迷惑を省みず、身勝手にふるまうべし」とか、そう教えているのだろか

以下略

【白楽の感想】

白楽もインドを旅した時、釣り銭のごまかし、平気で嘘をつく、などに遭遇した。ネカト事件でも、インド人のネカト行為者はなかなかネカトを認めない。

●3.【政府、大学、メディアなどの取り組み】

★政府の研究倫理確立の努力
★研究助成機関の研究倫理ガバナンス
★大学・研究機関の研究倫理ガバナンス(除・教育)
★大学・研究機関の研究倫理教育
★学術誌の研究倫理ガバナンス
★学会の研究倫理ガバナンス:重要な機能なし
★研究ネカトの研究者・専門家・ハンター・ブロガー;いない
★研究ネカトのニュース・メディア:ネカト報道は活発である。

以上、不明または省略

●4.【貧弱な科学と医学】

【インドの科学】

★インド科学界の貧しさ

→ 2015年5月13日の記事:What ails science in India? – The Hindu。写真出典も。

インド科学教育研究大学(IISER:Indian Institute of Science Education and Research)の実験室で実験する学生。2014年6月17日。Photo: S. Mahinsha

インドでは、ほとんどの大学では、科学研究用の実験室も教育実習室も質が低い。

2013年11月5日、インドは火星に向けてインド初の惑星探査機(マンガルヤーン:Mangalyaan)を打ち上げ、2014年9月24日、アジアで初めて火星に探査機を到達させた国となった。

しかし、インドは過去数十年間、画期的な研究成果を得ていないし、ノーベル賞受賞者も輩出していない。今後、劇的な変化がなければ、おそらく、インドは科学低迷国のままだろう。

さらに悪いことには、インド政府は、首相科学諮問評議会(scientific advisory council to the Prime Minister)を解散するという衝撃的な決断をした。また、もう1つ悪いことに、研究予算が低いままだ。研究予算は国内総生産(GDP)のわずか0.9%でこの数値は約10年間同じだ。中国と比較すると、中国の研究予算は、2000年に国内総生産(GDP)の約0.8%だったが、2015年では約2%と、2.5倍も増加した。

科学は国の成長の原動力である。経済を活性化するためには不可欠である。したがって、研究開発費をケチるインドは国の危機に直面するだろう。

2015年5月14日、「Nature」誌は特集号「インドの科学」を発行した(表紙出典、英語版目次、日本語紹介版)。

バンガロールのインド理科大学(IISc, Bengaluru)のラガヴェンドラ・ガダグカー生態学教授(Raghavendra Gadagkar)は、「インドの科学は政府の無関心によって今まで以上に苦しんでいる」と述べている。「Nature」特集号はインドの科学の状態を嘆かわしいと描いている。

以下はインド特集号の記事から拾った「嘆かわしい」実態である。

インドにはフルタイムの研究者が20万人しかいないが人口1万人当たりでは4人である。人口1万人当たりの研究者数で比べると、中国は18人、ブラジルは7人、ケニアは6人で、インドはケニアよりも低い。

研究論文数は、2000年以来ほぼ4倍になったが、中国と比較して低すぎる。具体的に示すと、インドの論文数は2000年に約25,000報だったが、2013年に約90,000報と4倍弱に増加した。大きく増加して良いでことではないかと思われるが、しかし、中国の場合、2000年に約5万報だったが、2013年には31万報と6倍強になったのである。同じような科学発展途上国なのに、中国に比べると大きく見劣りする。

インドには、科学工業研究評議会傘下の40国立研究所(CSIR laboratories)をはじめ、バンガロールのインド理科大学(IISc, Bengaluru)、ムンバイのタタ基礎研究所(TIFR, Mumbai)、16校のインド工科大学(16 IITs)、5校のインド科学教育研究大学(IISER:Indian Institute of Science Education and Research)など、インドで最高の大学・研究機関、そして、600以上の大学がある。しかし、これら大学・研究機関大学のどこをとっても、国際レベルの研究はほとんど行なわれていない。

ジャワハーラール・ネルー高等科学センター(Jawaharlal Nehru Centre for Advanced Scientific Research, Bengaluru)のヒリヤカナバール・イルア教授(Hiriyakkanavar Ila)は、「2,900万人以上の学生にサービスを提供しているインドの大学の施設と教育は驚くほど貧困です。教員の研究用実験室の質も低いが、学生の教育は質の低い「チョーク・アンド・トーク」講義と質の低い科学実習なのです」と嘆いている。

ボパールのインド科学教育研究大学(IISER:Indian Institute of Science Education and Research)のヴィノード・シン(Vinod Singh)教授は、「大学が優れた研究中心地になるには、すぐに取り組むべき重要な課題があります。必然的に取り組まなければならない第一の点は、大学助成委員会(UGC:University Grants Commission)の完全な「オーバーホール」です。大学助成委員会の古めかしい条例と規則は、学術の優秀性の精神を妨げ、機関の柔軟性を妨げている」と批判している。

インドでは科学技術分野で年間9,000人の博士号を輩出しているが、その博士号取得者数は人口を考えればとても少ない。米国はインドの人口の4分の1だが、博士号取得者数を4倍多く輩出している。

ただ、数字は指標の1つに過ぎない。「量より質の方が重要です。インドの博士課程および教員の質の改善が主要な関心事です。インドの博士号の国家による評価と認定、および研究と教育訓練の改善のために、品質管理の仕組みが確立されなければならない」とヴィノード・シン(Vinod Singh)教授は言う。

「私は、米国の若い科学者の姿勢がインドのそれと大きく異なることに気付きました。米国の若い科学者は大きな科学的問題の解決に貪欲です」とイリノイ州シカゴ大学の化学者・ヤムナ・クリシュナン教授(Yamuna Krishnan、写真出典)は指摘した。

「人生の非常に早い時期に自分の人生で偉大なこと遂行する意欲・姿勢を米国は育てます。研究の才能は院生の時に認められ、養成される。ところが、インドでは研究者になれるかどうかの判定は人生のもっと遅い時期になされます」。それで、クリシュナン教授は、バンガロールの国立生物科学センター(National Center for Biological Sciences)を辞めて、米国に移住したのである。

インド理科大学(IISc)・微生物・細胞生物学部門のウメシュ・ヴァシュニー教授(Umesh Varshney)の質問と答えは以下のようだ。

「インドに才能がある人材が不足していますか?  もちろん、そんなことはありません。革新的なことをする人がいませんか? はい、いません。 才能を輝かせるためには、科学者を誇りに思う文化や、優れた科学者を育成し、優れた科学を推進するための知的環境が必要です」。

【インドの医学部(医科大学)】

★インドの医学部(医科大学)の虚偽と腐敗

→ 2015年6月17日の「Reuters」記事:Special Report: Why India’s medical schools are plagued with fraud | Reuters

インドは世界最大の医師輸出国であり、現在、米国に約47,000人、英国に約2万5千人が就労している。

ところが、インドの医師養成システムは崩壊していて、虚偽がまかり通り、非専門家による医学教育が横行している。

インド政府の記録や裁判所の文書によると、インドの398校の大学医学部(医科大学)の6分の1以上のが不正行為で告発されていた。

政府の査察に合格するために、人材派遣会社が医学部(医科大学)に医師を一時的に派遣することが横行している。研修医の教育に十分な患者がいることを実証するために、大学は健康な人々を一時的に無料で入院させ、多数の患者がいることを偽装するという虚偽も横行している。

2010年以降、少なくとも69のインドの医学部(医科大学)と教育病院は、入学試験で賄賂を受け取って、起訴された。インドの医療省、医師、大学関係者によると、インドの医学部(医科大学)の入学許可を得るための賄賂は、しばしば「寄付」という言い方で行なわれている。

インド医師会(Indian Medical Association)によれば、インドで医療行為を行なっているインド人医師の約45%は正式な医学的訓練を受けていない。 つまり、70万人の無資格の医師が、大きな病院を含め、インドの病院で診察し処方薬を書き、さらには手術を行なっている。

デリーに住む90歳になるバルワンツ・ライ・アローラ(Balwant Rai Arora)は、2011年に警察に逮捕されたのだが、自宅で5万件以上の偽造した医師免許証を、1枚、100ドル(約1万円)で売っていた。アローラは有罪判決を受け投獄された。

「インドには医者が不足している。 私は医療経験を持つ人々を助けて医師の仕事につかせただけだ。私はインドのために行なった。間違ったことは何もしていない」とアローラは述べている。

現在、インドには約84万人の医師がいるが、人口1万人当たり7人の医師という割合になる。世界保健機関(WHO)によると、この値は、米国では約25人、ヨーロッパでは約32人である。インドでは医師が圧倒的に不足している。

それなのに、インドの一流大学医学部(医科大学)への入学許可は、宝くじ並みである。ニューデリーの全インド医科大学(All India Institute of Medical Sciences)は、インドで最高の医学部(医科大学)という評価を得ているが、1学年の学部生数は約72人である。ところが、毎年80,000〜90,000人が受験するので合格率は0.1%である。

インド南部のクリスチャン医科大学(Christian Medical College)でも合格率は0.25%である。

これとは対照的に、米国のハーバード大学医学部では、2014年の合格率は3.5%だった。

それでも実は、数十年前からインド政府は医学部(医科大学)を急増させる政策をとってきたのだ。

1980年に100校の国公立の医学部(医科大学)と11校の私立医学部(医科大学)だったが、35年後の2015年には、183校の国公立の医学部(医科大学)と215校の私立医学部(医科大学)にしたのである。つまり、この35年間で国公立の医学部(医科大学)の数は2倍になり、私立医学部(医科大学)の数は20倍になった。

1990年代初頭、政府は新しく医学部(医科大学)の開設を容易にするため、法律を変え、私立医学部(医科大学)の増設ブームを起こした。

ところが、悪いことに、私立医学部(医科大学)の多くは、医療機関や医学部(医科大学)の運営経験がない企業家や政治家が設立した。 それで、医学の教育・訓練が全くいい加減な医学部(医科大学)が林立し、医学部(医科大学)を卒業したとはいえ、偽医者より少しマシな程度の医師が街にあふれるようになったのである。

つまり、正式な医師免許証を持つ医師なのに、偽医師の医療技術と大差がない医師が多量に輩出されたのである。

2014年、インド西部のアンバジョーガイ(Ambajogai)のスワミ・ラマナント・ティース地方医科大学(Swami Ramanand Teerth Rural Medical College)の学生が、スワミ・ラマナント・ティース地方医科大学の異常をインターネットにアップした。

「私の大学には、書類上の教授はいるが、医学を教える講義と臨床実習がない。病院は不衛生で、豚とロバがキャンパスを歩き回っている。学生が試験に合格するために教授に賄賂を払わなければならない」とアップした。

「この医科大学には医学教育がない」と指摘した手紙を政府機関や保健当局に送ったと述べた。

インドの医学教育のレベルを保つ組織であるインド医学評議会(Medical Council of India)の記録によると、2015年1月に行なった医学部(医科大学)の査察で、大学教員、研修医、講義室が不足しているなど多くの欠陥が見つかっていた。

2011年から2013年の間に医科大学の学長を務めた経験があるナレシュクマル・ダニワラ博士(Nareshkumar S. Dhaniwala)は、「学生が指摘したスワミ・ラマナント・ティース地方医科大学の実態は事実だろう」と述べた。豚や牛などの動物がキャンパスを歩き回っている。大学教員は講義しない。学生は講義があっても受講しない。学生寮は水がでない。そして、最終試験を受ける前に、最終試験に合格するための金を学生が払わなければならない。

「学生は勉強に興味がなく、授業に来ず、臨床実習にも来ない。大学教員たちは以前と同じように教育に献身的ではなく、医学教育は全国的に下り坂である」とダニワラ博士は述べた。

逮捕されたケタン・デサイ(Ketan Desai)https://www.frontline.in/static/html/fl2913/stories/20120713291302900.htm Photo:S_Subramanium

1934年に政府によって設立され、医学教育を監督するインド医学評議会(Medical Council of India)は、それ自体も論争の渦中にあった。

インド医学評議会の元会長・ケタン・デサイ(Ketan Desai)は、私立医科大学の学生定員増の認可に絡む収賄で、2010年に逮捕され刑事訴追されたのだ。

政府の現在の規則では、私立医科大学は少なくとも20エーカーの土地がなければならない。インドの都市部の不動産は高価なので、私立医科大学は地方に設置される。しかし、地方は給与が安く生活条件が厳しいため、都会の医師は私立医科大学の教員になりたがらない。

それで、一部の私立医科大学は不正をする。政府の査察があるときだけ都会の医師を雇って、専任教員のように偽装する。 医師はわずか数日か数週間はそこで働いて、また都会に戻る。その医師の派遣をするインド企業があり、数百人が働いていると推定している。インド医学評議会(Medical Council of India)もそのからくりをつかんでいる。

例えば、2014年10月、ニューデリーに在住のある医師は、地元の企業・ハイインパクト・コンサルティング社(Hi Impact Consultants)から、「ガーズィアバッド(Ghaziabad)でのインド医学評議会の査察のため、医師の緊急募集」という電子メールを受け取った。

ハイインパクト・コンサルティング社にさらなる情報を求めると、同医師がニューデリー東部のハプル(Hapur)にあるサラスワティ医科大学(Saraswathi Institute of Medical Sciences)で一時的(査察の期間)に大学教員になってくれたら1日2万ルピー(約310ドル、約31,000円)を提供するとのことだった。

「興味があれば、できるだけ早くご返信ください」とEメールにあり、送信者は、医療エグゼクティブを調査している会社だと自らを説明したそうだ。

★インドの医師の質と量

→ 2016年7月19日の記事:WHO Report Questions Qualification Of Doctors In India。3枚の写真の出典も同じ。

インドの医療従事者に関する世界保健機関(WHO)の2016年の報告書(WHO | The health workforce in India)は、インドの医師は5人に1人しかまともな治療ができず、いんちき療法が広範囲にわたっていると指摘している。

2001年の国勢調査データに基づいて、2016年6月に発表された報告書だが、インドの医師の内、対症療法をする医師(allopathic doctors)の3分の1は高卒で大学を卒業していない。医師の57%は正式な医師免許を持っていない。

医師の認定は州の医学評議会に権限が与えられている。

インドでは訓練された医師・看護師が不足しているので、国民への医療提供能力は低い。報告書の作成時点で、70万人の医師が不足していたが、医学部(医科大学)は1年に3万人の医師しか養成できない。

この報告書はまた、歯科医の不足も深刻だと指摘している。全国で10万人当たり2.4人の歯科医がいるが、2001年の時点で、全国593地区のうち58地区には歯科医がいなかった。175地区には歯科医師資格を持つ歯科医はいなかった。

【インドの研究者の低い収入】

★インドの研究者の収入

→ 2014年7月18日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事に対するJames Gurung のコメント(2014年7月23日:Authors of three retracted PLOS ONE papers to retract four more, with one researcher resigning – Retraction Watch

インドの研究者は薄給である。ほとんどの場合、月給は1000ドル(約10万円)以下である。キャンパス内の教職員住宅とは別に、「外国人視察者」、「客員教授」などの住宅があるが、論文を出版すると利用できるので、論文を出版する必要がある。

それで、ネカト論文でも捕食出版社からの論文でも、とにかく論文を出版したい意欲が高くなる。

【昇進に必要な論文数】

★インドで準教授になるのに4論文、正教授になるのに8論文が必要

→ 2016年9月19日記事: Is it dangerous to set quotas for research output? – Retraction Watch
→ 2016年9月15日のルーシー・オーラフ(Roosy Aulakh)論文:Mandatory publication in India: setting quotas for research output could encourage scientific fraud
BMJ 2016; 354 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.i5002 (Published 15 September 2016)

2017年6月、インド医学評議会(Medical Council of India)は、インドの医学部(医科大学)で準教授になるのに4論文、正教授に8論文の出版が必要だと定めた。
→ https://www.mciindia.org/documents/rulesAndRegulations/Teachers-Eligibility-Qualifications-Rgulations-1998.pdf

インド医学評議会が新ルールを発表する1年前から検討が進められていた。チャンディガルのインド政府医科大学(Government Medical College and Hospital in Chandigarh)のルーシー・オーラフ(Roosy Aulakh、写真出典同上)は、次のように反応した。

このルールは、医療界全体に大きな懸念を引き起こします。

医学部(医科大学)での昇進に一定量の論文を発表しなければならないという前提条件は、盗用、データねつ造、インフォームドコンセントなしの臨床試験など、悪意のあるネカト行為をせざるを得ない研究環境を作り出す可能性があるのです。

【白楽の感想】

白楽が名古屋大学で研究博士号(PhD)を取得した時、査読付き論文が最低2報必要だった。その後、筑波大学、お茶の水女子大学の教員になったが、研究博士号(PhD)申請の基準は査読付き論文が最低1報だった。

お茶の水女子大学の正教授申請資格は査読付き論文が最低30報だった。

学位授与や昇進に一定量の論文数を設定するのは、日本の大学院では普通に行なわれていると思う。そのような基準設定がネカトを引き起こすとは日本では議論になったことはない。学位授与や昇進には、何らかの研究成果のレベルを証明する基準は必須であって、出版論文数はわかりやすい指標だと思う。

★反論:インドで準教授になるのに4論文、正教授になるのに8論文が必要

→ 2018年4月17日記事:Publish and perish? – The Hindu

2017年6月、インド医学評議会(Medical Council of India)は、インドの医学部(医科大学)で教員の採用と昇進に一定量の論文出版を前提条件にすると定めた。

先進国では、しばしば、大学教員の採用と昇進は研究論文にリンクしている。しかし、発展途上国のインドで同じ基準を設定するのは悪い考えである。

研究は科学的知識を向上させ、人々の命を救う。それはそれで尊い行為である。しかし、インドの学術機関に在職する医師に論文出版というプレッシャーを科すと、医療よりも研究を優先させることになる。研究論文の出版数が増えることで、科学者として認められ、威信が得られ、昇進する。論文数が増えることで、大学の研究評価は高くなる。同時に、大学教員に「論文発表しないなら去れ(publish or perish)」というプレッシャーを強める。

しかし、論文の量を重視する方針は結局、質の低い論文の洪水を招いているのだ。

「2009年のLancet」論文で、イアン・チャルマーズ(Iain Chalmers)とポール・グラスツィー(Paul Glasziou)は、「ほとんどの生物医学論文は科学的知識を広げも深めもしていないし、実用的な臨床への応用にも役だっていない。生物医学研究の全範囲にわたって研究資金の約85%は質の低い研究に浪費されている」と報告した。

医学部(医科大学)の教員が研究に時間を割くと、その分、患者の臨床ケア、学生・院生の指導と指導準備の時間が減る。患者や学生・院生が上級教員に接する時間が少なくなる。医学部(医科大学)の教員が学術界での成功を求めて論文出版に過度に傾注すると、医学教育がおろそかになり、医学生の質が低下し、インドの医療界の将来に悪影響を及ぼす。

インドの学術誌「Indian Journal of Medical Ethics」の最近の論説では、インドの医学部(医科大学)の教員は研究費、インフラストラクチャー、保護期間のどれも不足していると訴えている。

インド医学評議会(Medical Council of India)の論文出版基準を満たそうとすると、インドの医学界は、年に約15,000報の論文を増産することになる。となると、出版した論文に、ねつ造、改ざん、盗用、虚偽の表現が頻繁に起こる。お金をもらってガラクタ論文を出版する「捕食ジャーナル」の多くはインド国内で経営されている。インドの「捕食ジャーナル」が繁栄する一方、インドの医療と研究公正は損なわれるに違いない。

2017年の国家医療委員会法(National Medical Commission Bill, 2017:http://164.100.47.4/BillsTexts/LSBillTexts/Asintroduced/279_2017_Eng_LS.pdf、40ページ)は、「インドの使命は、適切かつ高品質の医療専門家の確保を保証する医療教育システムを提供することである。医療従事者が最新の医学研究を採用して研究に貢献することを奨励する」とある。欠落しているのは、インドの課題とニーズに照らした医学教育の目標と、研究の役割を明確にしたビジョンだ。

「2010年のAnnals of Internal Medicine」論文では、医学教育の基本目的を、国民の健康、主にプライマリケアと医療不足地域への医師の供給だとした。

ヨーロッパの多く国(特に英国)では、医師は、昇進のために研究成果を挙げる必要はない。研究論文を批判的に解釈する能力により、最良の医療行為とエビデンスに基づいた医療が促進されるとのことで、医師の研究論文を批判的に解釈する能力についてテストされるが、出版した研究論文数の多寡で昇進は左右されない。

国家医療委員会法(National Medical Commission Bill, 2017)は、医学部(医科大学)の教員を、臨床の専門家集団(カードレ)と研究の専門家集団(カードレ)の2つの方向に育成すべきである。

臨床の専門家集団(カードレ)は、臨床、教育、コミュニケーションのスキルを高める必要がある。研究の専門家集団(カードレ)は、研究の質、公正、科学的厳密性、研究のインパクト、臨床との協力、教育、研究グループの統括のスキルを高める必要がある。

【白楽の感想】

医学部(医科大学)の臨床医に研究論文数を求めるのは、確かに、医療をおかしくしているかもしれない。臨床の知識・思想・スキルの向上は必要だが、論文を出版するための研究に時間を割くことはおかしい気もする。もちろん、研究の専門家集団(カードレ)は、研究が中心業務なので、論文を出版するために研究に時間を割くのは当然だろう。

また、先進国の価値基準をインドのような発展途上国にそのまま適用するのはマズイことが分かった。国家予算を研究に回すよりも、インド全土で質の良い臨床医を多量に育成することに回すべきだろう。インド国民にとって医師の質と量を確保することが重要だろう。

●5.【盗用問題】

★インドで盗用が増加

→ 2009年10月18日記事:In India, plagiarism is on the rise | Public Radio International

ラグナス・マシェルカー(Raghunath Mashelkar)http://www.ril.com/OurCompany/Innovation.aspx

2007年、インドの著名な化科工学者で、インド国家の科学技術政策を担う・ラグナス・マシェルカー(Raghunath Mashelkar)は、マシェルカーが共著で2004年に出版した知的財産についての著書に盗用があったと認め、インドの学術界に衝撃を与えた。

「当時私は多忙で、研究者の助けを借りて知的財産についての著書を出版しました。ところが、協力してくれた研究者が他人の著作を逐語的に流用していたのです。もちろん、私は盗用が不正であることを知っていたが、時間がなくて注意が散漫になっていました」。

マシェルカーは後に、彼が書いた委員会報告書の一部にも盗用があったと非難され、インドの特許法に関する政府委員会の委員長を辞任した。

インドのトップ科学者の盗用は、インド研究界の複雑な問題を露呈している。

論文を出版せよというプレッシャーが高まる一方、ネカト監視の欠如、場合によるとネカト教育・訓練の欠如が、盗用や他の研究上の不正行為を増大させている。

インドが大学・大学院の規模を拡張し、国外の学者と共同研究することで研究能力を拡大しようとしている現在、ネカト問題は大きな問題となってくる。

論文を出版せよというプレッシャーがあるのに、インドは、盗用を含めたネカトに無関心だったし、現在も無関心である。結果として、過去8〜10年でネカト事件が急増した。

それなのに、ネカト行為を見つけ処罰する国の機関と国の制度の両方が欠けている。そのためにネカト問題はますます複雑になっている。

毎年、ネカト行為やネカト事件がどれくらい起こっているかという定量的な研究はない。しかし、ネカト研究の専門家はインドでネカトが急増していると確信している。

「論文数が研究者の採用や昇進の唯一の指標となっているため、論文出版の圧力が高まっている。だから盗用も多い」と科学価値会(SSV)のニュー・ラグラム(Nu Raghuram)は断定する。

科学価値会(SSV)が調査した36件の盗用や他の科学的不正行為のうちの7件は、学長など高等教育機関のトップだった。なお、科学価値会(SSV)は自主的参加で、科学価値会(SSV)がネカト行為者を処罰する権限はない。

インドの一流科学誌である「Current Science」編集長でインド理科大学(The Indian Institute of Science:IISc)・学長のパッドマナブハン・バララム(Padmanabhan Balaram)は2006年から2008年の2年間で、80件以上のネカトに遭遇した。

「多くの論文は、引用すべきか、しなくてよいのかを理解できていない著者の論文だった。また、引用符で囲まなかったり、文献を適切な場所に書いていなかったりした。著者の意図としては行動規範に違反していないと思えるケースも多かった。また、明確なネカト行為というより、グレイな行為と思えるケースもたくさんあった」と、バララムは述懐している。

インドでの研究のほとんどは、大学・大学院と公的研究機関で行なわれている。科学価値会(SSV)は、研究は公的機関で行なわれているので、本来、政府がネカト行為を監視しネカト・システムを改善すべきだと主張している。ところが、現実は、政府は研究者のネカト行為を無視している。

たとえば、政府から権威ある科学賞を受賞した国立細胞科学研究所の生化学者・ゴパル・クンドゥー(Gopal Kundu)の事件を考えてみよう。
→ ゴパル・クンドゥー(Gopal Kundu)(インド) | 研究倫理(ネカト)

匿名の通報が切っ掛けで、2006-2007年、ゴパル・クンドゥーの「2005年のJournal of Biological Chemistry」論文のデータねつ造が調査され、ネカトだったと結論された。2007年2月に論文は撤回された。調査の過程で、クンドゥーはネカト行為をしたと書面で告白した。しかし、後に彼はネカト行為を否定した。政府は独自の調査委員会を設置し、彼を批判した。

インドの多くの研究者は、政府が研究ネカトを調査し、クロなら処罰する独立機関の設置を望んでいる。というのは、ネカト行為の調査は容易ではなく、多くのスキルが必要だからでもある。研究界のリーダーやリーダーを目指す若手研究者がネカトを行なえば、インドという国を危険にさらすことになる。

★盗用禁止ルールに無知

→ 2015年11月2日記事:Plagiarism was “not an intentional act,” says first author of retracted TB paper – Retraction Watch

コルカタ医科大学の研修医であるサヤンタン・レイ(Sayantan Ray)は、2013年の総説で盗用をした。総説は後に撤回されたが、意図的な盗用ではないと主張した。どうやら、盗用禁止ルールについて何も知らなかったようだ。

【白楽の感想】

「盗用禁止ルールを知らなかった」は単なる弁解としか思えないが、インドではまともにネカト教育をしていないのも事実のようだ。

★医学教育研究大学院(PGIMER)の盗用ルール:連続した10単語の流用は盗用

→ 2017年3月22日記事:Chandigarh: PGI to frame policy to check plagiarism, research misconduct | punjab | chandigarh | Hindustan Times

チャンディガルにある医学教育研究大学院(PGIMER:Postgraduate Institute of Medical Education and Research)は、複数の教員が盗用事件を起こした。しかし、盗用と認定する規定も、盗用を懲罰する規定もなかった。

それで、2016年11月、医学教育研究大学院(PGIMER)の理事を務めていたサブハッシュ・ヴァルマ博士(Subhash Varma)は、研究行為を管理するガイドラインを作成する委員会を組織した。

たとえば、「連続した10単語を引用なく流用すると盗用とみなす」などとルールである。

★大学助成委員会(UGC)の新盗用ルール: 10%の盗用を許容

→ ①:2017年9月4日記事:Indore: New UGC rules for penalty on plagiarism | Free Press Journal、②:2017年9月7日記事:UGC’s new draft is keen on punishing plagiarists, but will it work in India? | Catch News、③:2018年5月30日記事:UGC Rules Regarding Plagiarism by Indian Academicians – iPleaders

2017年9月4日、大学助成委員会(UGC:University Grants Commission、写真出典は記事②)は、独創性を促進しネカトを罰する「規則2017(Regulations, 2017)」のUGC草案(高等教育機関での盗用の防止と研究公正の推進:Promotion of Academic Integrity and Prevention of Plagiarism in Higher Education Institutions)を発表した。

UGC草案のPDF:https://www.ugc.ac.in/pdfnews/8864815_UGC-Public-Notice-on-Draft-UGC-Regulations,-2017.pdf

草案では、ネカトをすると、最悪の場合、学生・院生は除籍処分になり、大学教員と研究者は定期昇給の停止および研究出版の禁止処分になる。その期間は最大3年間である。

この草案は、研究者の盗用を容赦なく厳しく罰するゼロ・トレランス方針である。論文のコア部分(要約、仮説、観察、結果、結論、勧告)での盗用はゼロ・トレランスである。ゼロ・トレランス方針はすべての学位に適用する。

論文では従来30%の盗用が許容されていたが、これを10%に下げ、論文のコア部分に適用することを提案している。盗用が10%を超えるとペナルティが科される。

この規制が導入されると、院生の盗用を規制するので、国内の高等教育機関の研究博士号(PhD)取得者数が大幅に減少すると予測される。また、研究論文の出版数も大幅に減少するだろう。

この草案は、教員、職員、研究者の出版物や申請書に盗用があった場合の対応も提案している。教員や研究者の場合、科されるペナルティは厳しくなる。

学術界は基本的にはこの草案を歓迎したが、許容盗用率を30%から10%に下げることと教員や研究者に対する過酷なペナルティは一部の人たちに非難されている。

デビ・アヒルヤ・ビッシュワビドゥヤラーヤ大学(Devi Ahilya Vishwavidyalaya)のガネシュ・カワディア大学院長(Ganesh Kawadia)は、「参考までに言うと、現在、博士院生は、他の著者の出版物から最大30%のコンテンツをコピーすることが許されている。その割合を10%に減らすと、多くの博士院生は、博士論文を完成できなくなる。私はこの10%を大学助成委員会(UGC)が再考するよう争っている」と述べた。

織物マーケット女子大学(Cloth Market Girls College)のマンガル・ミシュラ教授(Mangal Mishra)も同じ意見で、大学助成委員会(UGC)は教員や研究者の盗用に対する厳しい罰則を再考すべきだと付け加えた。

【大学助成委員会(UGC)の盗用ペナルティ】

以下に「規則2017(Regulations, 2017)」のペナルティをまとめる

【学生・院生に対するペナルティ】

10%以下の盗用:許容する。

10〜40%を超える盗用:このような学生・院生には、盗用したレポート・論文を採点せず、単位を与えてはならない。修正したレポート・論文を規定の期間内(6か月以内)に提出するよう求める。

40〜60%を超える盗用:このような学生・院生には、盗用したレポート・論文を採点せず、単位を与えてはならない。修正したレポート・論文を規定の期間内(1年-1年6か月以内)に提出するよう求める。

60%を超える盗用:このような学生・院生には、盗用したレポート・論文を採点せず、単位を与えてはならない。学生・院生を除籍処分にする。

【教員、職員、研究者に対するペナルティ】

10%以下の盗用:許容する。

10〜40%を超える盗用:出版のために投稿した原稿を撤回するよう学術誌に依頼する。最低1年間は論文や研究関連の出版物を公表できない。

40〜60%を超える盗用:出版のために投稿した原稿を撤回するよう学術誌に依頼する。最低2年間は論文や研究関連の出版物を公表できない。定期昇給は1年間停止される。すべての学生・院生(UG、PG、Master’s、MPhil、PhD)の指導教員に2年間なれない。

60%を超える盗用:出版のために投稿した原稿を撤回するよう学術誌に依頼する。最低3年間は論文や研究関連の出版物を公表できない。定期昇給は連続した2年間停止される。すべての学生・院生(UG、PG、Master’s、MPhil、PhD)の指導教員に3年間なれない。

【引用アドバイス】

コア部分の文章から連続した10単語を流用する場合、引用する。

40単語以上の文章を流用する場合、イタリックにし、引用符(“_”)で囲む。

【盗用懲罰委員会(PDA)】

高等教育局(HEI:Higher Educational Institutions)の下に設けた盗用懲罰委員会(PDA:Plagiarism Disciplinary Authority)が、盗用行為の告発を受理し処分を決定する。

盗用懲罰委員会(PDA)は、被告人に聴聞をした後、適切な決定を下す。委員は3人である。1人は、高等教育局(HEI)の局長。2人目は、大学・学部長または研究所長。3人目は、被告者と同じ研究領域の高等教育局以外の教授以上の地位の人物。

決定は最終的で拘束力がある。

【草案の承認】

2018年3月20日、大学助成委員会(UGC:University Grants Commission)は「規則2017(Regulations, 2017)」の草案を正式に承認した。人的資源開発省(MHRD:Ministry of Human Resource Development)の承認を待つだけになった。
→ 2018年5月30日記事:UGC Rules Regarding Plagiarism by Indian Academicians – iPleaders

【白楽の感想】

論文をコア部分と非コア部分に分けて盗用を定めるのは理にかなっている。

白楽の意見は少数意見だが、研究論文は文芸作品とは違うので、新しい重要な発見が記載されていれば、文章は流用でもいい、と思う。

コア部分の盗用を10%まで許容するのも理にかなっている。10%ではなく従来の30%の方がいいと思う。文章の盗用ウンヌンより、論文は新しい重要な発見がどれほど記載されているかである。

それでも、盗用を不正とするなら、盗用の程度に応じてペナルティの軽重を決めるのは理にかなっている。

付け加えると、盗用1回目か再犯かに応じてペナルティの軽重を決めるとよいと思う。初犯は軽くし再犯は重くする。

★大学助成委員会(UGC)の新盗用ルールに関する論評

→ ① 2018年4月9日の「Science」記事:
India creates unique tiered system to punish plagiarism | Science | AAAS

2018年3月、高等教育を監督する大学助成委員会(UGC)が新しい盗用ルール「高等教育機関での盗用の防止と研究公正の推進:Promotion of Academic Integrity and Prevention of Plagiarism in Higher Education Institutions」を制定し、すべての大学に順守を義務付けた。

大学助成委員会(UGC)が草案としていた盗用ルールをインド政府は採択した。この盗用ルールは、一部の研究者があまりにも寛容だと批判し、他の研究者はペナルティが厳しすぎて実施できないだろうと批判する。

一方、インド当局はこの盗用ルールはインドに普及していると述べている。

この盗用ルールは独特である。抄録、論文、本、研究論文、その他研究関連文書は引用なしで、他人の著作物から10%以内の流用は許容されるというものだ。10%以上の流用は、ペナルティが科され、盗用度合いが多いほどペナルティは厳しくなる。

新しいルールの内容は、前項に記述した。

大学助成委員会(UGC)の一部である国家評価・認定審議会(National Assessment and Accreditation Council)の執行責任者を務めたマラリア研究者のヴァーアンダー・シン・チャウハン(Virander Singh Chauhan)は、「新しい盗用ルールは、インドの学術界が正しい方向に進むのに必要なステップです」と評価している。

もう1人の高官であるたクール(P.K. Thakur)は、「盗用を検出するシステムを開発することで盗用を抑止し、公正な学術研究を促進することができる」と述べた。

しかし、一部の科学者は反対している。 「これは何かの冗談?」と、バンガロールの国立高等研究所(National Institute of Advanced Studies in Bengaluru)の元理事である原子力物理学者、バランギマン・サブマラニアン・ラマムールシー(Valangiman Subramanian Ramamurthy)は批判する。

ラマムールシーは、「引用なしの流用は盗用なので、ゼロか100である。盗用度合いに応じて許容やペナルティを科すスライディング方式は受け入れられない」と、大学助成委員会(UGC)に再考するよう呼びかけている。

他の研究者たちは、別の視点で新しい盗用ルールを批判している。例えば、インドラプラスタ大学(Indraprastha University)のナンドラ・ラグラム生物工学教授(Nandula Raghuram、写真出典)は、「創造性や新しい表現を必要としない部分(非コア部分)に大量の盗用が生じることを大学助成委員会(UGC)は認識していない」、と批判した。

ラグラム教授はまた、昨年秋に発表されたルール草案に、論文の材料と方法のセクションでは「類似性は90%の高さになる」とコメントしていた。 一方、コア部分(論文の要約、仮説、結果、結論、勧告)では文章の類似性を認めないと、論文は二層構造になり、危険であると指摘した。

また、大学は、盗用疑惑を調査するために、学部レベルで研究公正委員会を設け、審査し、処罰するという委員会の設置が求められている。ところが、インド政府には、科学上の不正行為の正式な定義と、その不正行為に対処するガイドライン(仕組み)が作られていない。

ラグラム教授は、「インドには、学術界における不正行為を定義し、違反者にペナルティを科す政府の規制が必要です」とインド政府のあるべき方向を指摘している。

★2018年4月17日の日本語記事:カレントアウェアネス・ポータル:インド大学助成委員会、剽窃に関し文章の類似度に応じた罰則規定を導入(記事紹介)インド大学助成委員会、剽窃に関し文章の類似度に応じた罰則規定を導入(記事紹介)

前項を書いてから日本語記事があることに気が付いた。内容が重複するが、日本語文章を尊重し、以下に引用する。

→ ココ

2018年4月9日付けのサイエンス誌オンライン版で、インドの大学助成委員会(UGC India)が新たに導入した、学術著者における剽窃の罰則規定と、研究者らの反応が紹介されています。

UGC Indiaは高等教育・すべての大学を監督する機関です。新たな罰則規定によれば、学生の学位論文や教員の論文について、他の論文等との類似度が10%以下の場合は、剽窃とはみなされず、なんらの処罰もありません。類似度が10~40%の場合は、当該著作は剽窃とみなされ、学位論文の場合は再提出が、教員の場合は剽窃論文の撤回が要求されます。類似度が40~60%の場合は上記に加え、学生であれば1年の追加での在籍が要求され、教員の場合は1年間昇給が停止され、2年間学生の指導が禁止されます。類似度が60%以上の場合は学生は学位プログラムから排除され、教員は2年間の昇給停止・3年間の学生指導禁止を要求される、とのことです。

Science誌のインドの研究者に対する取材によれば、この規定について、インドにおいて剽窃を防いでいくためのステップとして評価する研究者もいる一方、類似度の割合によらず剽窃は剽窃であり、類似の程度で罰則が変わるなどと冗談ではない、という意見もあります。逆に、一部の分野では定型的な文章表現が用いられており、今回の規定では多くの論文が処罰対象となってしまい、現実的ではない、とする意見も紹介されています。

★パンジャブ大学の盗用ルール:20%まで許容

→  2018年4月9日記事:PU: Plagiarism if thesis 20.5% similar: Panjab University panel | Chandigarh News – Times of India

パンジャブ大学(Panjab University)では、盗用検出ソフトのターンイットイン(Turnitin software)で調べた時、文章の類似性が20%以下なら、盗用としないと発表した。

●6.【ネカト以外の非人道的事件】

インドではネカト行為などは「軽い」倫理違反で、もっと深刻な倫理違反が頻繁に起こっている印象もある。

以下、ネカト以外の非人道的事件の一部を概観しておこう。

★人身売買

2016年06月20日:AFPBB News:病院から闇市場へ売られる新生児、インド中部

出典 → ココ

インド中部マディヤプラデシュ(Madhya Pradesh)州グワリオル(Gwalior)の政府が運営する病院の集中治療室(ICU)で、看護師が赤ん坊をあやしていた。道を挟んだ向かい側にある民間のパラシュ病院(Palash Hospital)が、新生児を闇市場に売っている疑いで警察の強制捜査を受けた際に救出された赤ん坊だ。

警察は、パラシュ病院のスタッフが赤ん坊を10万ルピー(約16万円)ほどで売っていたとみている。未婚で出産した母親に対し、仲介人が赤ん坊を放棄するよう説得しているという。

以下略

★臓器売買

2016年6月8日:AFPBB News:インド警察、臓器売買グループ「リーダー格」とドナーを逮捕

出典 → ココ

【6日8日 AFP】インドの警察当局は8日、同国の先進医療を提供する病院で活動していた、違法な臓器売買グループのリーダー格とみられる容疑者を逮捕したと発表した。

警察当局は東部コルカタ(Kolkata)で7日夜、貧しい人々に腎臓を売るよう巧妙に誘い込んでいた犯罪組織のリーダー格とされるT・ラジクマル・ラオ(T Rajkumar Rao)容疑者を逮捕した。

インドでは臓器売買は違法だが、この臓器売買グループはアポロ病院(Apollo Hospital)で、腎臓の摘出手術をするために、臓器提供者(ドナー)が臓器移植相手の親族であるかのように書類を偽造していた。

以下略

★レイプ事件

【動画】
「インド ジャイプールで20歳の日本人女性旅行者がレイプされた 20 year old Japanese woman tourist reped in Jaipur」
karina toyotaが2015/02/12 に公開

インドでレイプ事件は多数起こっている印象がある。

しかし、10万人当たりのレイプ事件数は、インドがダントツに高いというわけではない。フランス、米国、香港の方が高い。

By M Tracy Hunter [CC BY-SA 3.0], from Wikimedia Commons

「NationMaster」で統計値を探ると、インドのレイプ事件は世界第92位で10万人当たり18件だった(2010年)。ちなみに日本は世界第103位で10万人当たりのレイプ事件は10人だった(2010年)。All countries compared for Crime > Violent crime > Rapes per million people

インドでレイプ事件が多数起こっているというのは、印象であって、統計値は事実とは異なることを示している。

●7.【白楽の感想】

《1》衣食足りて礼節を知る

インドの研究ネカト問題を調べていると、インド人研究者に同情する。インドの研究環境は劣悪である。ネカトが横行しているが、劣悪な研究環境の中で、院生も研究者もキャリア形成に必死である。そして、国も学術界も高等教育機関もネカト対策まで手が回らない。「衣食足りて礼節を知る」。

20世紀が米国の時代なら、21世紀は中国の時代。そして、インドの時代は22世紀だろう。と思えるほど、長い目で見て改革していくことになるのだろう。

《2》白楽の経験:バングラデシュ留学生

米国のネカト事件の数割(?)はインド出身者が起こしている。インドの実情を知らないと、米国のネカト問題は解けない。

日本に来るインド人留学生に対しても、インドの実情を理解して、教育した方がよいでしょう。

インド人留学生ではないが、白楽は、2人のバングラデシュ留学生を引き受けたことがある。米国が白楽の研究留学を引き受けてくれた。その恩返しのつもりでバングラデシュからの留学生を引き受けた。

しかし、結果的には恩を仇で返された苦い経験になった。随分と援助したのに、不平・不満だらけの留学生だった。そして、毎日、大学の日本語教室で授業を受けていたハズなのに、日本に到着して半年経っても、自分の名前を日本語で書けなかった。その間、全く研究をしていない。滞在中、白楽の時間・エネルギー・親切・お金・メンツなどすべての面で大きな損害を受けた。

(写真は本文と関係ありません)。インドのデリー大学・動物学科キャンパスの入口。2008年。白楽撮影。

(写真は本文と関係ありません)。インドのデリー大学・生理学実習。2008年。白楽撮影。
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●8.【文献情報】

① ウィキペディア英語版:Scientific plagiarism in India – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Science and technology in India – WikipediaBiotechnology in India – Wikipedia
③ 2016年の論文(有料なので未読)。Patnaik, P.R. Sci Eng Ethics (2016) 22: 1245. https://doi.org/10.1007/s11948-015-9677-6:Scientific Misconduct in India: Causes and Perpetuation | SpringerLink
④ 2018年6月26日の「Deccan Chronicle」記事:Hyderabad: UGC to crack whip on plagiarism
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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