製薬企業:「代筆」:ホルモン補充療法(HRT)・プレンプロ(Prempro):ワイス社(Wyeth)(米国)

2017年2月23日掲載。

ワンポイント:【長文注意】。1998-2005年、更年期の症状緩和にホルモン補充剤の効果を過大評価し、リスクを過小評価する論文(総説、学会要旨、ポスター)の代筆(ゴーストライター)を数十報行なった米国の製薬企業。臨床試験の結果、リスクの過小評価が2002年に判明し、2006年以降、米国とカナダで14,000件以上の訴訟が発生した。少なくとも賠償金は3億3000万ドル(約330億円)にのぼった。2017年2月22日現在、ワイス社で代筆に関与した人、代筆論文著者の大学教授は1人も処分されていない。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.類似問題
5.白楽の感想
6.主要情報源
7.コメント
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●1.【概略】

米国の製薬企業・ワイス社(Wyeth、写真出典)の論文代筆(ゴーストライター)事件である。

問題の代筆は1998- 2005年に起こっていたが、「2009年のニュヨーク・タイムズ」記事(【主要情報源】②)とエイドリアン・フー=バーマン著(Adriane Fugh-Berman、ジョージタウン大学医科大学院・準教授、写真出典)の「2009年のPLoS Med」論文(【主要情報源】③)が事件を的確に伝えた。

Adriane Fugh-Berman

ワイス社(Wyeth)が金を出し、医学コミュニケーション会社の医学ライターに「閉経時のホルモン補充剤の利点を誇張し、リスクを低くした論文」を書かせ、有名教授の名前で、数十報の論文を発表させた、という事件である。

論文はオリジナルな研究論文ではなく、それらをまとめた総説(Review)である。

この代筆論文を読んだ臨床医がホルモン補充剤を処方することで、ワイス社(Wyeth)は、自社のホルモン剤製品であるプレマリン(成分はエストロゲン)とプレンプロ(成分はエストロゲン+合成プロゲスチン)を大幅に売り上げた。

ところが、プレマリンはOKだが、プレンプロ(成分はエストロゲン+合成プロゲスチン)は女性の乳癌を増加させるリスクがあった。このリスクを過小評価したことで、2006年以降、ワイス社に対し、14,000件以上の訴訟が起こされた。

ワイス社(Wyeth)は、2009年10月、ファイザー社に約680億ドルで買収され、2017年2月22日現在は存在していない。それで、2009年10月以降はファイザー社が被告になった。なお、ファイザー社は世界最大の医薬品企業である。

製薬企業が、代筆(ゴーストライター)を雇い、自社製品に関連した論文を発表することは、研究倫理違反である。しかし、データねつ造・改ざんではない。論文が盗まれてもいないので、従来の概念の盗用でもない。つまり、枠組みとしてはネカトではなく、クログレイである。

研究倫理学としてはそうだが、盗用だとみなす人もいる(例えば、NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins))。

白楽は、代筆(ゴーストライター)をネカト同等の悪質な行為だと考えている。

なお、ホルモン補充剤のプレマリンは、2017年2月22日現在、日本でも市販されている。
→ 結合型エストロゲン:プレマリン

写真出典

本ブログでは、代筆問題を、2016年10月6日の記事で取り上げた。→ 4‐3.著者在順(オーサーシップ、authorship)・代筆(ゴーストライター、ghost writing)・論文代行(contract cheating) | 研究倫理(ネカト)

  • 国:米国
  • 集団名:ワイス社
    かつて存在したアメリカ合衆国と日本の大手医薬品メーカー。
    2002年3月11日にアメリカン・ホーム・プロダクツ(American Home Products, AHP)から社名を変更したが、社名の由来は1860年にフィラデルフィアに薬局を開業した創業者のワイス兄弟(John and Frank Wyeth)からきていた。
    2009年1月、ファイザーがワイスを約680億ドルで買収することを発表、同年10月に買収手続きを完了したと発表した。
    日本法人は2010年6月1日に合併して現在の「ファイザー株式会社」となっている。(ワイス (企業) – Wikipedia
  • 集団名(英語):Wyeth
  • 事件人数:ワイス社の不正関与者数は不明
  • 分野:製薬
  • 不正開始年:1998年
  • 発覚年:2009年
  • ステップ1(発覚):①第一次追及者はジョージタウン大学医科大学院(Georgetown University Medical Center)のエイドリアン・フー=バーマン準教授(Adriane Fugh-Berman)。②「ニュヨーク・タイムズ」記者
  • ステップ2(メディア):①「2009年のPLoS Med」論文。②「2009年のニュヨーク・タイムズ」記事
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①米国の多数の裁判所。②米国・食品医薬品局。③米国上院財務委員会(United States Senate Committee on Finance)
  • 不正:代筆(ゴーストライター)
  • 不正論文数:数十報。撤回されていない
  • 被害(者):米国だけで600万人の女性
  • 結末:14,000件以上の訴訟。 2011年2月9日では賠償金が3億3000万ドル(約330億円)。ワイス社で代筆に関与した人、代筆論文著者の大学教授は1人も処分されていない。

●2.【日本語の解説】

日本語の解説は多数あり、それらを「修正」引用する。

★2009年9月30日:薬害オンブズパースン会議 Medwatcher Japan「ゴーストライターによる医学論文作成が裁判資料から明らかに」

出典 → ココ 保存済

2009年1月にファイザー株式会社に買収されたばかりのワイス株式会社(以下、ワイス社と略)がゴーストライターを雇い、自社製品(ホルモン補充療法剤)に関連した医学論文を作成していたというブルームバーグ(米国にある経済・金融情報の総合情報サービス会社)のニュース記事内容である。

 ・・・・・・・・・・・・・・・
ワイス社のホルモン補充療法剤であるPrempro(日本製品なし)とプレマリン(エストロゲン製剤)に対しては、服用により乳癌などを発症したとして米国では5,000件を超える訴訟が起されている。

ブルームバーグの記事では、これら訴訟に関連して裁判所に提出された文書から、少なくとも40報のホルモン補充療法に関する論文が、ワイス社に雇用されたゴーストライターにより書かれていたことが明らかになったとしている。

実際には、ワイス社の依頼によりDesignWrite社、PharmaWrite LLC社などの医学コミュニケーション会社のライターが論文を作成し、著者に名を連ねる医師のリクルートも行っていたというものである。ワイス社からDesignWrite社に対しては、1論文あたり25,000ドル(約230万円)が支払われたとされているが、著者に名を連ねた医師に対する報酬額は明らかになっていない。
・・・・・・・・・・・・・・・

更年期障害の症状改善のためのホルモン補充療法剤が女性の乳癌を増加させる一因となっていることについては、2002年には米国での研究結果が報告されている。またその後、疫学研究などの結果からも明らかとなり、今日では医学的コンセンサスとなっている。一方、ワイス社のホルモン補充療法剤は、2002年までで既に20億ドル(約1,860億円)の売り上げを達成していた。

そして、研究によりホルモン補充療法剤と乳癌との関連が指摘された2002年から1年以上経過した2003年においても、ワイス社の製品に好意的な、ホルモン補充療法剤の有効性と安全性を支持するレビュー論文が発表されているが、この論文もゴーストライターによるものとの指摘がなされている。

★2009年10月24日:keybotの週末京都「ゴーストライターに論文を書かせる」

出典 → ココ、(保存版

日経メディカルオンラインに気になるニュースがありました*1。

JAMAのジョセフ・ウィスラー氏のグループは,臨床医学領域でインパクトファクターの高いAIM,JAMA,Lancet,Nature Medicine,NEJM,PLoS Medicineの6誌について,2008年に発表された論文(原著論文,総説,エディトリアル)から無作為に抽出した900本の著者,896人に連絡を取り,一定の基準に沿って,ゴーストオーサーとオノラリーオーサーを同定した。その結果,ゴーストオーサーの割合は7.8%,オノラリーオーサーの割合は20.6%に上った。

日経の記事ではゴーストライターについてもNew York Times誌に8月に掲載された話*2を紹介しています。それによると,ホルモン剤が主力製品の製薬企業ワイス社(Wyeth社)が,8年間に渡って自社製品に有利な論文を専門の会社に書かせていたことがわかったそうです(原文ではこのような会社のことをmedical communications firm,medical writing firm,medical writing companyなどと書いています)。

その総数はなんと26報です。Wyeth社のホルモン剤はかなりの売り上げがあったようですが,その後の研究により,更年期の女性がホルモン剤による治療を受けると乳ガンや心臓発作のリスクを高めることがわかりました。

 *1:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t062/200910/512696.html
*2:http://www.nytimes.com/2009/08/05/health/research/05ghost.html?_r=1

★2010年10月12日:サイエンスライターの神無・久(かんな・きゅう)「学術論文に査読は必要か?」

出典 → ココ、(保存版

PLoS Medicineの9月号に掲載された論文(購 読無料)では、アメリカの製薬メーカーであるワイス社(現ファイザー社)の開発したホルモン剤プレンプロに関して、ワイス社がゴーストライターを雇って、 プレンプロの効能を過大に、副作用を過小に評価した論文を、1997年から2003年まで出版し続けたという事件を丁寧に検証しています。

ワイス社は、外 部の論文作成会社なるものを使って、アカデミックな研究者に巧みに接触します。その謳い文句は、「私があなたのポスドクになります」というものだったそう です。「X社の製品のレビューを論文にしていただきたいのですが、製品の提供から論文作成まですべてこちらで行い、先生には最終的なチェックだけご協力い ただければ・・・」てな感じでしょうか。ひとつでも多く論文数を稼ぎたい研究者にとっては、抗し難い魅力があったのでしょう。

ワイス社が行なったさらなる問題点は、単に製品をよく見せようとしたにとどまらず、認可されていない効能で、公には宣伝できない効能までを、アカデミックな論文を通して宣伝したことにあります。彼らの言い分はこうです。「ちゃんと査読を通った論文なんだから文句ないでしょう。」これによって誇大広告された効能 を信じ、乳がんや脳卒中などのハイリスクを背負わされた女性たちは、一体誰に文句を言えばいいのでしょうか?

もちろん一義的にはワイス社なのでしょうが、 権威あるあの雑誌に掲載されたのだから正しいに違いないと信じてしまう専門家や一般市民がいることも事実です。少なくとも、論文の実験データ自体の正しさ を問う術のない現行の査読システムでは、真っ赤なウソの論文が平気で出回るということも大いにありうるのです。

●3.【事件の経過と内容】

【ホルモン補充療法】

以下の主な情報源:Hormone Replacement Therapy | HRT Lawsuit

★ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy)

エストロゲン(estrogen)の1つエストラジオールの化学構造。出典

人間の身体は中年から老人に至る頃、男女ともに性ホルモンの分泌が低下する。女性ならエストロゲン(estrogen)、男性ならテストステロン(testosterone)などのステロイドホルモンである。

http://health.suntory.co.jp/professor/vol23/

更年期になると、性ホルモンの分泌が低下し、女性は、ほてり、発汗、気分のむらなどが起こりがちである。更年期に急激に減少した女性ホルモンを外部から補充し、これらの症状を軽減するのが、ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy、HRTまたはHT)である。摂取方法は、飲む内服薬・注射・貼り薬・塗り薬などがある。

図の出典:http://eonet.jp/health/doctor/column22_1.html

製薬企業は、ホルモン補充療法は、副作用なく心臓病などの改善にも効くと、数十年間も主張していた。しかし、これらはしっかりした臨床研究に基づいた主張ではなかった。

★ホルモン補充療法剤の歴史

ジエチルスチルベストロール(Diethylstilbestrol、図は化学構造)は、かつて流産防止剤などに用いられた合成女性ホルモン(合成エストロゲン)である。略してDESとも呼ばれる(ジエチルスチルベストロール – Wikipedia)。化学構造はエストロゲンとよく似ている。

1938年、ジエチルスチルベストロールを人工的に合成する方法が発明された。

1941年、米国・食品医薬品局(FDA)がジエチルスチルベストロールを更年期障害、膣炎、産後授乳抑制の治療薬として認可した。

1940年代、ジエチルスチルベストロールは流産予防薬としても普通に使用されていた。

1960年代、しかし、ジエチルスチルベストロールを摂取した母親から生まれた子供に、免疫障害、骨発育不全、異常性器などが多発した。男の子には精巣異常がみつかり、不妊症になった。

1971年、米国・食品医薬品局(FDA)は、ジエチルスチルベストロールを妊婦に処方することを禁じた。

★プレマリン(Premarin)

更年期の女性は、女性ホルモン・エストロゲン(estrogen)を作り分泌する量が落ちている。

1942年、米国・食品医薬品局(FDA)は、不足した量のエストロゲン(estrogen)を補充するホルモン補充療法剤として、ワイス社のプレマリン(Premarin)を、最初に認可した。ワイス社は、妊娠した雌馬の尿を集めて、精製し、プレマリンを製品化していた。
→ Premarin – Wikipedia

https://tuesdayshorse.wordpress.com/2012/03/01/why-we-must-end-the-use-of-pregnant-mares-urine-in-drugs/

ジエチルスチルベストロールは化学合成品だが、プレマリンは馬の体内で作られたホルモンである。安全性の高さは、ある意味、最初から保証されていた。

1960年代、プレマリンの売り上げは急騰した。

特に、1966年にロバート・ウィルソンの著書『永遠に女性らしく(Feminine Forever)』(邦訳なし。右の本の表紙は1968年版)が、「生きているすべての女性は、今日、女性らしさを永久に保つ選択肢がある」「更年期は病気で、プレマリンが治療薬となる」「女性ホルモンで若返る」、とプレマリンの効果を宣伝したのが、売り上げに大きく貢献した。

この時期の米国の閉経期の女性の50%がホルモン補充療法剤を摂取したと言われている。

著者のロバート・ウィルソンがワイス社からお金を貰っていたことは後年、発覚した。

しかし、著書『永遠に女性らしく(Feminine Forever)』が描く理想とは裏腹に、実際は、「永遠に女性らしく」を保持するのは困難であるばかりか、プレマリンを摂取した女性は、子宮癌を発症する割合が多かった。1950年代にこの傾向は始まっていた。

1975年、ホルモン補充療法剤に否定的な「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)」論文が出版された。

その論文は、ホルモン補充療法剤を摂取した閉経期の女性では、子宮内膜癌を4倍多く発症し、7年以上摂取した女性は、癌の発生率は通常人の14倍多かった、と報告したのだ。

このように、ホルモン補充療法剤に否定的な論文もいくつも出ていた。

★プレンプロ(Prempro)

ホルモン補充療法剤で子宮内膜癌の発症が増加する論文を受け、ホルモン補充療法剤の売り上げは大きく低下した。

製薬業界は、そこで、エストロゲンと合成プロゲスチン(プロゲスチンprogestin)を併用する併用療法を導入した。併用療法は子宮内膜癌の発症リスクを低減することが示されていた。

製薬業界は、この併用療法で再び活気づいた。ただ、併用療法は臨床試験がされていなかった。推測や雰囲気や風潮・流行に惑わされ、多くの女性が併用療法を受け入れたのである。

1995年、ワイス社は、エストロゲンと合成プロゲスチンの2成分を含む1つの薬剤・プレンプロ(Prempro、写真出典)の承認を米国・食品医薬品局(FDA)から得た。

プレンプロを、再び大規模に売り出した。と同時に、実は、多くの女性を危険にさらすことになったのである。

★ホルモン補充療法剤のバブル

多くの製薬会社は、プレンプロの好調な販売に続き、観察研究だけで、ホルモン補充療法剤は、しわ、うずき、痛み、アルツハイマー病、うつ病、心臓発作、骨不足など、もっと広範な症例に適用できると、販売キャンペーンを始めた。

【動画1】 
プレマリンのテレビでの宣伝:「This is why I love U.S TV: Premarin Commercial 」(英語)1分15秒。
David O’Neillが 2014/06/30 に公開

1986年、食品医薬品局は、心臓病の治療に有効とは述べなかったが、ホルモン補充療法は骨粗鬆症の治療にも効果的だとした。

多くの医師は、健康上いろいろ利点があるからと、ホルモン補充療法剤の承認適応症外使用(off-label uses)を多くの患者に勧めていたのである。

マサチューセッツ総合病院(Mass. General Hospital)のアイザック・シフ(Isaac Schiff)医師は、当時を振り返り、「10年前、エストロゲンを処方しないと、ヤブ医者だと思われた」と、2002年の「タイム」誌で述べている。

1990年、ホルモン補充療法剤のプレマリン(Premarin)は全米で最も処方される薬になった。

1997年、プレマリンはワイス社の販売高10億ドル(約1000億円)になった最初の医薬品になった。

2000年、この年だけで、ワイス社のプレマリンの処方箋が4,600万枚、プレンプロの処方箋が2,230万枚も発行された。

2001年、ワイス社のホルモン薬プレマリン(Premarin)とプレンプロ(Prempro)の売り上げは、約20億ドル(約2千億円)と急上昇していた。

ところが、栄華は長く続かなかった。

1998年、既に、HERS研究グループ(Heart and Estrogen/progestin Replacement Study:HERS)が、信頼度の高い臨床試験方法であるランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)で、ホルモン補充療法剤のプレンプロ(エストロゲン+合成プロゲスチン)は心臓病の予防に効果がないと報告していた。むしろ、心臓発作のリスクを増大させると報告したのだ。

ホルモン補充療法剤のプレンプロ(成分はエストロゲン+合成プロゲスチン)の効果に疑念がもたれたことで、プレンプロの大規模な売り上げは続かなかった。

かつて、ホルモン補充薬が心臓病を防止すると宣伝していたが、臨床試験の結果、逆に、心臓発作を起こすことがわかってきたのだ。

2002年、決定的な「2002年のJAMA」論文が発表された。

女性健康イニシアティヴ(Women’s Health Initiative (WHI))が、ホルモン補充療法剤のプレンプロ(成分はエストロゲン+合成プロゲスチン)の初めての長期で大規模な臨床試験を行ない、その結果を発表したのである。

「2002年のJAMA」論文の結論は、プレンプロは、乳がん(26%高い)、心臓病(29%高い)、静脈血栓(107%高い)、肺血栓(113%高い)、心臓発作(41%高い)のリスクを高める、と初めて証明したのである。

女性健康イニシアティヴの2002年の論文発表を受けて、ホルモン補充療法の処方箋数は急速に落ち込んだ。右のグラフは2002年からワイス社のホルモン補充薬の処方箋数である(【主要情報源】②)。

ワイス社への大規模な訴訟のステージに入った。

2006年、そして、裁判が始まった。

【動画】
プレンプロの危険性を伝える動画:「What are The dangers of Estrogen like Premarin Prempro – Video Dailymotion」(英語)4分37秒。
Estrogen Dangersが  01/18/2009 に公開

【動画】
プレマリンとProvera(プロゲスチン)を一緒に摂取すると乳がんになる。つまり、プレンプロは乳がんになる:
「What Are The Dangers Of Premarin And Provera? ](英語)1分33秒。
Anti-Aging Referralsが 2009/05/21 にアップロード

【代筆(ゴーストライター)】

ワイス社の代筆問題に焦点を合わせて、少し振り返った時点から、事態の進展を見ていこう。

ワイス社は、ホルモン補充薬が健康増進に有効だと、影響力のある医師、科学論文の出版、有名人による宣伝を行なっていた。その費用は数千万ドル(数十億円)に及んでいた。

2001年を頂点とするワイス社のホルモン補充薬の大売り上げには、当然ながら、「ホルモン補充療法をよし」とする学術論文が大きな貢献をしていた。

1998- 2005年、老化に伴う皮膚病、心臓病のような病気の改善にホルモン補充療法の効果を過大評価し、リスクを過小評価するという26報の論文が発表されている。これらの論文の多くはワイス社が雇った代筆業者が書いた論文だったのである。

以下の主な情報源:【主要情報源】②。

★デザイン・ライト社:バックマン教授の2005年論文

1997年、ニュージャージー州にある医学コミュニケーション会社のデザイン・ライト社(DesignWrite)は、閉経期にほてりや発汗を治療するホルモン補充薬の論文を、2年間で30論文を出版する企画をワイス社に持ち込んだ。

ワイス社はデザイン・ライト社の企画を採用した。以下は代筆論文作成の具体例である。

2003年7月、デザイン・ライト社の社員(医学ライター)が、著者欄を空白にした14頁の論文概要を書いて、ロバート・ウッド・ジョンソン医科大学(Robert Wood Johnson Medical School)・産婦人科のグロリア・バックマン・教授(Gloria Bachmann、写真同)に送った。

バックマン教授は、論文概要を読み、デザイン・ライト社に、「論文概要は優れている」と電子メールで返事した。

2003年9月、返事を受け取って2か月後、デザイン・ライト社はバックマン教授に論文本体の原稿をメールで送付した。彼女は、「優秀です。1か所だけ、赤で示した部分を訂正しました」と返事した。

2005年、バックマン教授が単著の「Journal of Reproductive Medicine」論文が掲載された。論文は、デザイン・ライト社が作った論文原稿をほとんど逐語的に複製した論文だった。論文の内容は、閉経期のほてりや発汗を治療するにはホルモン補充薬がとても有効であると述べていた。

論文の謝辞欄に、医学ライターが「編集上の手伝いをしてくれた」と述べているが、その医学ライターの所属には触れていない。

この論文1報で、デザイン・ライト社は、ワイス社に25,000ドル(約250万円)の請求書を送った。

バックマン教授は、閉経に関する臨床と研究で30年の経験がある。出版した論文は、自分の知識と経験を生かし、論文執筆に主要な貢献をしたと主張している。

「総説はニーズがあります。私は、『論文原稿を読んで、内容の正確さをチェックする』と返事をしました。「これは私の研究の一部で、論文原稿の内容は私の考えと同じでしたし、私の見方を反映したものでした」。

新聞記者の質問に対して、デザイン・ライト社のマイケル・プラット社長(Michael Platt)は、「デザイン・ライト社は、内容が科学的に妥当であると完全に信頼できるとき以外は、論文出版にいかなる関与もしていないし、これからもしません」と返事してきた。

で、バックマン教授は、これでいくらもらったのか?

新聞記事には記載がない。多分、ワイス社から数十万円ほど貰っただろう。あるいは、現金を貰う代りに、ワイス社から、数十万円~数千万円の研究費を、大学を通してもらったハズだ。

【裁判】

2001年に最高潮に達したホルモン補充療法剤の売り上げは、女性健康イニシアティヴ(Women’s Health Initiative (WHI))の「2002年のJAMA」論文で終わりを告げられた。

「2002年のJAMA」論文は、ホルモン補充療法の心臓病の防止を否定しただけでなく、逆に、ホルモン補充療法は、乳がんや卵巣がんの原因になり、心臓病のリスクを高めると報告した。

【動画】
プレマリンはOKだがプレンプロはダメ。ダイアナ・シュワルツベイン医師(Diana Schwarzbein)の講演:「Prempro vs Premarin Study – YouTube」(英語)2分12秒。
Menopause Power が 2013/05/30 に公開

それで、ホルモン補充療法剤であるプレンプロ(Prempro)を製造販売していたワイス社に数千件の訴訟が起こされた。

当時、600万人の米国女性がプレンプロを使用していた。

2006年、裁判が始まった。

なお、2009年10月、ファイザー社はワイス社(Wyeth)を約680億ドル(約6兆8千億円)で買収したので、年代によって、被告はワイス社からファイザー社になった。

【動画】
女性2人(リンダ・ナルズLinda Narzとシャロン・セルマンSharron Selman)がワイス社のホルモン薬・プレンプロ(Prempro)で、乳がんになったと、ワイス社を訴えると述べている。弁護士はマイケル・ウィリアム(Michael Williams)「Women Sue Doctors Over Prempro Hormone Therapy and Breast Cancer – YouTube」(英語)3分23秒。
wdolawが2010/03/11 にアップロード

【動画2】
2009年8月5日解説ビデオ:「ワイス社の論文代筆:プレマリン馬のビデオ(Wyeth Used Ghostwriters – Video of the Premarin Horses)」
記事の中の動画をクリックすると、15秒の宣伝ののち、7分56秒(英語)の動画がスタートする。
Wyeth Used Ghostwriters – Video of the Premarin Horses – Medical Quack

★プレンプロ乳がん訴訟

乳がんのリスクは、プレマリンがプロゲスチンと併用されると高まるので、乳がん訴訟はプレンプロが中心であるが、「プレマリン乳がん訴訟(Premarin breast cancer lawsuits)」と言われた。

米国(その後カナダ)の原告は、ワイス社、その親会社・ファイザーに対して「プレマリン乳がん訴訟(Premarin breast cancer lawsuits)」を起こした。

米国では10,000人の女性が原告になり、2011年5月、ファイザー社は、7億7200万ドル(約772億円)の示談金で和解した。

2011年8月5日、カナダでは、ブリティッシュ・コロンビア州の最高裁判所は集団代表訴訟(class action)を認めた。 → Prempro HRT Breast Cancer

2017年2月22日現在、ワイス社(ファイザー社)が支払った賠償金の総額を、白楽は把握していない。ただ、2011年2月9日の記事で、賠償金が3億3000万ドル(約330億円)に達したと報じられている。 → Pfizer Reported to Reach $330 Million Deal on Prempro Lawsuits

以下は各訴訟例である(全部の訴訟ではない)。

内容は、幾つかのサイトから集めたが、弁護士のサイトだと、高額の賠償金を得た勝訴例を記載し、「アナタもプレンプロ乳がん訴訟をおこしましょう。お手伝いします」風である。例えば、 → 2004年2月8日(2010年10月7日最終修正)記事:Prempro HRT Breast Cancer

2009年11月、フィラデルフィア州陪審は、ファイザー社に、イリノイ州の乳ガン生存者に補償として630万ドル(約6億3千万円)を支払うように命じた。

2009年10月、ペンシルバニア州法廷の陪審は、ワイス社に、375万ドル(約3億7千5百万円)の補償と懲罰的損害賠償金の7500万ドル(約75億円)を原告の女性に支払うように命じた。

2007年10月、ネバダ州陪審は、ワイス社に、1億3450万ドル(約134億5千万円)を3人の女性に支払うように命じた。4番目の女性は結審前に示談に応じたが、2007年4月に59歳で亡くなった。

2007年2月、フィラデルフィア州は、ジェニー・ネルソン(Jennie Nelson)の乳ガン発症に対し、ワイス社に、300万ドル(約3億円)を彼女および彼女の夫に支払うように命じた。この訴訟は2006年10月に150万ドルと評決されていたが、その評決は無効とされた。

2007年1月、フィラデルフィア州陪審は、メアリー・ダニエル(Mary Daniel)の乳ガンについて責任があるワイス社に、150万ドル(約1億5千万円)を支払うように命じた。フィラデルフィア州陪審は、ワイス社が、プレンプロ(Prempro)が乳ガンを発症するリスクについて適正な警告を提供していなかった、と判断したのである。

★シングルトン訴訟

プレンプロ乳がん訴訟の1つである。

→ ①Two Prempro Trials, Two Different Outcomes、②Pfizer Loses Prempro Ruling, Must Pay $10.4 Million (Drug Safety Developments)

オードリー・シングルトン(Audrey Singleton)は、3人の子供を持つ母親で、バス運転手をしていたが、退職した。1997年8月からプレンプロを摂取した。それまでの乳がん検診では正常という結果だったが、摂取7年後の2004年1月、乳がんと診断され、プレンプロの摂取をやめた。

プレンプロを摂取してから5年後の2002年に、シングルトンはプレンプロには乳がんのリスクがあることを知ったはずだと、ワイス社(ファイザー社)は主張した。しかし、その後も主治医はプレンプロを摂取するように指示していたと、シングルトンは主張した。

2010年2月22日、フィラデルフィア市陪審は、シングルトンに賠償金を支払うよう、ワイス社(ファイザー社)に命じた。

2012年7月、ペンシルバニア州上訴裁判所は賠償額を裁定した。原告のシングルトンへ、1,040万ドル(約10億4千万円)の賠償金を支払うようワイス社(ファイザー社)に命じた。内訳は、340万ドル(約3億4千万円)の補償金、600万ドル(約6億円)の懲罰的損害賠償金、第一審裁判所はさらに100万ドル(約1億円)を追加した。 → 資料(PDF)

【代筆の何がいけなかったか?】

★ワイス社のホルモン補充療法の事件と代筆(ゴーストライター)問題

ワイス社のホルモン補充療法の事件の本質は、臨床試験で効果・副作用を確認していないのに、医薬品の効能を過大に宣伝し、リスクを過小評価したことである。

結果として、多くの女性に乳がんや心臓病の健康被害を引き起こしてしまった。健康被害が大きかったことから、その裏に潜む代筆問題があぶりだされたのである。

では、医薬品の効能・副作用の記載問題と論文代筆問題は絡むのか、絡まないのか?

基本的には別問題である。

しかし、ワイス社のホルモン補充療法の事件を題材に、代筆を問題視する意見が多い。

つまり、ワイス社の事件は、一般的には、「医学論文の代筆」問題が大きく絡む事件と扱われている。

★上院議員・チャック・グラスリーワイス社の「医学論文の代筆」レポート:2010年6月24日

800px-Sen_Chuck_Grassley_official[1]2010年6月24日、ワイス社のホルモン補充療法の事件絡みで、アイオワ州選出の共和党の上院議員・チャック・グラスリー(Chuck Grassley、写真出典)が米国上院財務委員会の「医学論文の代筆(Ghostwriting in Medical Literature)」というレポートを発表した。

グラスリー上院議員は医療詐欺・研究不正の対処に熱心な議員である。

レポートは以下の5点を中心に調査・検討している。PDFを貼り付けるが、内容を解説すると、長くなるから、表題だけ示す。表題で、おおむね内容が推察できる。

  1. 謝辞の欄に医学ライタイーの「編集上の手伝い」を記述しているが、製薬会社の関与は秘匿あるいは非公開である
  2.  いくつかの大学医学部は、代筆を禁止している
  3. 代筆を見つけるには大学医学部に限界がある
  4. 学術誌が著者在順の規定を強化しても、代筆を抑制する効果は限定的で、製薬会社の関与を開示させる効果も限定的である
  5. NIHは、代筆に関与した製薬会社を開示させるかどうか、明確な方針を持っていない
Senator-Grassley-Report

 

★「Nature」記事:2010年9月7日

Adriane Fugh-Berman

2010年9月7日の「Nature」記事(【主要情報源】④)は、エイドリアン・フー=バーマン著(Adriane Fugh-Berman、写真出典)の「2009年のPLoS Med」論文(【主要情報源】③)を引き合いに、ワイス社の事件での「医学論文の代筆」問題を論じている。

1997-2003年、医学コミュニケーション会社のデザイン・ライト社(DesignWrite)は、ホルモン補充療法の論文、学会要旨、ポスターの代筆を数十件請け負った。代筆1件当たりの報酬は最高で25,000ドル(約250万円)だった。

代筆した医学ライターは、内容の執筆、編集に深く関与していて、最終的に論文の著者になった学者の関与は、しばしば、ほんの少しだった。

デザイン・ライト社が2001年に送付した電子メールには、「この方式の素晴らしい点は、私たちはあなたのポスドクになるということです。私たちが、論文の概要を作成し、お送りします。先生はその概要をチェックし、訂正箇所をお示しください。私たちは、そのご指示に従い、最終原稿を作り、お届けします。つまり、私たちが原稿のすべてを用意しますので、先生はチェックしてくださるだけです。そして、先生のご編集にすべて従います」とあった。

但し、代筆論文には内容的に以下の3つの問題があった。

1つ目は、ホルモン補充療法のリスクを過小評価している点だった。ホルモン補充療法が乳がんを促進するリスクについては疫学的な論争を示すだけだった。

2つ目は、充分検査されていない承認外使用(off-label uses)を勧めたことだ。皮膚の改善、アルツハイマー病、パーキンソン病の予防効果、より良い生活の質的改善が望めると記述した。このような承認外使用の宣伝は、製薬会社には禁止されている。それで、論文では「大学の医師たちの実感としての情報」とした。

3つ目は、別の治療法を疑問視し、ジェネリック製剤の効果も疑問視したことである。

ファイザー社のスポークスマンであるクリストファー・ロダー(Christopher Loder)は、「論文が出版されるには、外部の専門家による厳しい査読があることを無視しないでください」と反論している。

カリフォルニア州立大学のリーモン・マクヘンリー講師(Leemon McHenry、写真出典)は、他の医薬品の代筆論文を調査した医学倫理学者である。

代筆論文の問題の深さを次のように指摘している。

他の医薬品がどれだけ同じ代筆方式で販売促進されているのか、誰も知りません。というのは、誰も心臓発作の被害にあわないからです。誰れかが大きな健康被害を受け、訴訟を起こすまで、誰も、その医薬品の論文代筆を問題だと思わないでしょう」。

★ポゴ(POGO)の「Medical Ghostwriting」:2011年8月10日

ポゴ(POGO:Project On Government Oversight)は1981年米国に設立された米国政府組織を監視する民間の組織である。

ポゴ(POGO)の研究プロジェクトに「国民健康と科学(Public Health and Science)」があり、その1項目に「医学代筆(Medical Ghostwriting)」がある(Frequently Asked Questions about Medical Ghostwriting)。

医学代筆の問題点や現状を詳細に書いていて、全体の文章量が多い。主要な論点のいくつかを以下に紹介するが、専門家には原典を読むことをおススメする。

  • 代筆の何がいけない?
    製薬会社が論文代筆の代金を払う。お金をくれる製薬会社に有利になるように、医学ライターが原稿を書き、その分野の権威である医学者の名前で論文を発表する。つまり、代筆システムによって、医学論文の内容が製薬会社に有利になるようにゆがめられている。
    医師と消費者が、医薬品、機器、生物製剤について信じる医学論文をゆがめ、製薬会社がトクになるように記述している。高価で副作用がある自社の医薬品、機器、生物製剤の使用を医師や患者に納得させる。その手段として、代筆で内容が歪んだ論文、総説、コメントを医師や患者に示し、当該分野の権威者の意見として信じさせるのである。
    製薬会社の弁護士は、自社の医薬品、機器、生物製剤の有効性と安全性を疑う研究者や専門家を法廷で攻撃する「証拠」として、代筆させた論文、総説を振り回す。代筆させた論文、総説は、患者の健康に責任を負う医療倫理に背く行為である。また、根拠に基づく医療(evidence-based medicine)で構築する知的体系を破壊する行為である。
  • 代筆はどれほど行われているか?
    論文の3分の1、あるいは50%と報告している文章もあるが、以下は各学術誌の数値である。
    ・ New England Journal of Medicineで10.9%
     ・The Journal of the American Medical Association (JAMA) で7.9%
     ・The Lancetで7.6%
     ・PLoS Medicineで7.6%
     ・The Annals of Internal Medicineで4.9%
     ・Nature Medicineで2%
    → 2009年9月11日の「New York Times」記事:Ghostwriting Widespread in Medical Journals, Study Says – The New York Times
  • 代筆は違法か?
    NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins)は、盗用と見なされるのが適切である、と答えている。連邦規則第42条第50と第93章「42 C.F.R. Parts 50 and 93(Research Misconduct and the Final Rule.)」に違反するので、NIH研究費を受給した研究者が代筆論文を発表するのは、違法であるという見解である。
  • 代筆は盗用か?
    NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins)は、盗用と見なされるのが適切である、と答えている。
  • 大学・研究所は代筆者を処分するか?
    今まで、1人だけ、処分されたケースがある。
    白楽注:記事には1人だけと書いてあるが、具体例が示されていない。記事のリンク先は切れている。ウィキペディア英語版では、1人も処分されていないと書いてある。(Medical ghostwriter – Wikipedia
    ●カリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco)の教授が代筆論文を投稿したことがある。しかし、その論文が盗用論文だったことが判明し、教授は著者になるのを中止した。教授は盗用だったことを知らなかった。大学は、教授を処分していない。
    ●2005年、シアトルのワシントン大学医科大学院(University of Washington Medical School)の教授は、製薬会社が金を払った代筆論文を発表した。論文では、その事を秘匿していた。但し、当該教授は論文内容に重要な知的貢献をしているし、原稿の執筆とチェックもそれなりにしていたので、処分されなかった。なお、ワシントン大学医科大学院はこの事件を反省し、2007年8月1日、代筆論文規則「Ghost Authorship Policy」を制定した

●4.【類似問題】

★グラクソ・スミスクライン社の事件

グラクソ・スミスクライン社の研究329の「2001年のJAACAP」論文では、サリー・ラデン(Sally K. Laden)が17,250ドル(約172万円)で代筆し、米国・ブラウン大学(Brown University)・精神病学・教授のマーティン・ケラー(Martin Keller)を第一著者に他に21人の著者とした。
→ 企業:研究329(Study 329)、パクシル(Paxil)、グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)(英)

この事件でも、ケラー教授はおとがめなしである。おかしい。

●5.【白楽の感想】

《1》代筆(ゴーストライター)

ワイス社のホルモン補充療法の事件の本質は、臨床試験で効果・副作用を確認もしないのに、医薬品の効能を過大に記載し、リスクを記載しなかったことである。

論文代筆問題とは基本的には別問題である。

しかし、製薬会社がお金を出すのは、お金に見合うトクが得られるからである。トクなくしてお金を提供することはない。

だから、ワイス社はお金を出した代筆論文で、その分野の権威の教授の名前でホルモン補充療法の過大宣伝をしたのである。

NIH所長は、代筆は盗用だと明言している。米国では関与した教授を処分した大学はいまのところないが、再考すべきだろう。

一般的に、製薬会社からの研究助成は生命科学研究をゆがめている。米国では、金がらみの行為で、他にもいくつかの事件が発覚し、製薬会社が問題視され、製薬会社が処罰されてきた。

一方、日本は社会一般に医師崇拝の価値観があり、医学部教授に特権意識が強い。製薬企業と医学部教授の癒着は米国よりもヒドく、結局、ディオバン事件などが起こる。それでも、事件解明とシステム改善は不十分で、医学界・薬学界は揺るがない。

しかし、日本の医学界・薬学界は、自分の学問分野の健全な発展のためにも、問題を追及し浄化する努力をもっともっと強く推し進めるべきである。

実際は、自分たちでの修正は不可能なので、外部の人々に監査を受けるシステムを、積極的に導入した方がいい。

《2》代筆者を処分すべし

NIH所長は代筆を盗用だと明言している。読者を意図的にだましているので、白楽も、代筆はねつ造、あるいは、論文の盗用と同等レベルの不正だと思う。

刑事罰も検討すべきだ。

ワイス社のホルモン補充療法事件では、グロリア・バックマン教授は、いけないことと承知していて(多分)、トクだし、罰せられないからと代筆を受け入れている。

グロリア・バックマン教授は2017年2月22日現在、76報の論文を発表している。臨床医学教授としては、論文数が少ない。

驚いたことに、76報の内、23報が総説(Review)で、内15報が単著である。単著だと、論文執筆過程を秘匿しやすい。単著15報の多くは代筆論文だと想像してしまう。つまり、本記事で紹介した代筆行為は1報だけではなく、頻繁に行なっていたと推測される。

ワイス社は、自力で論文を書く能力が劣る臨床医学教授に目をつけて代筆を誘う戦略をとったのだろう。

ワイス社の事件では、論文内容に問題があり、乳がん発症で多数の裁判が発生した。

まず、代筆であろうがなかろうが、バックマン教授は自分が著者として発表した論文の内容に責任を持つべきだ。自分が著者である論文の内容に基づく治療で乳がんが発症したのだから、バックマン教授自身が被告としてい訴えられる可能性もあった。訴えられたら、バックマン教授は、なんて答えるのだろう? 「代筆論文なので、私は内容に責任を持てません」と答えるのだろうか?

代筆は倫理違反とされながら依然として禁止規則が不徹底で、処分された大学教授はおらず、現在の医学論文の1割程度は代筆と推定されている。

基本的に、健康被害の有無の如何を問わず、代筆行為を罰し、研究界から代筆を排除すべきである。ネカト同等の不正である。学術誌も大学も代筆を禁止する規則を作り明示すべきだ。代筆者を解雇すべきだ。

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●6.【主要情報源】

① ウィキペディア日本語版:ワイス (企業)
② 2009年8月4日のナターシャ・シンガー(Natasha Singer)記者の「NYTimes」記事:Ghostwriters Paid by Wyeth Aided Its Drugs – NYTimes.com保存版
③ 2010年9月7日のFugh-Berman AJの「PLoS Med」論文:The Haunting of Medical Journals: How Ghostwriting Sold “HRT”
④ 2010年9月7日のイーウェン・キャラウェイ(Ewen Callaway)記者の「Nature」記事:Questions over ghostwriting in drug industry保存版
⑤ 2009年8月5日のマーク・トドラック(Mark Todoruk)記者の「FirstWord Pharma」記事:Court documents reveal Wyeth’s role in ghostwritten journal articles about HRT – FirstWord Pharma 保存済
⑥ 2009年9月18日のキム・クラウズナー(Kim Klausner)の「Plos Blogs」記事:Wyeth Ghostwriting Documents Added to Drug Industry Document Archive | Speaking of Medicine保存版
⑦ 2016年5月25日の「WAKING SCIENCE」記事:Big Pharma’s medical research papers are total bunk… hundreds were fraudulently ghostwritten by a P.R. firm called ‘DesignWrite’ – WAKING SCIENCE保存版
⑧ ウィキペディア英語版:Medical ghostwriter – Wikipedia
⑨ 2010年6月24日のチャールズ・グラスリー(Grassley, Charles)編集「Ghostwriting in Medical Literature」  (PDF)、Minority Staff Report,111th Congress,United States Senate Committee on Finance. Washington, DC.
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上田悦子
上田悦子
2020年2月2日 3:29 AM

私は子宮全摘出で更年期になって、ホルモン補充をするようになり、たまたまこの業界の闇を、このブログのように警告してきた人々のことを知るようになりました。1998年のことでした。自分の健康のために独自にこの分野の研究を調べて、安全で有効なホルモン補充について自分なりの結論を出すための努力は「ホルモンの研究レビュー」(英語版はHormone Research Review)としてブログに書いてきましたが、製薬会社に対する訴訟のけりが付いていたことはこのブログで知りました。詳しい記事をありがとうございました。