2025年5月20日掲載
白楽の意図:英国の臨床薬理学の大御所のジェフリー・アロンソン(Jeffrey K Aronson)の学術規範に関する基本的は捉え方を解説した「2024年11月のBMJ」論文を読んだので、紹介しよう。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.アロンソンの「2024年11月のBMJ」論文
7.白楽の感想
ーーーーーーー
【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●2.【アロンソンの「2024年11月のBMJ」論文】
★読んだ論文
- 論文名:When I use a word . . . Academic integrity—felonies and misdemeanours
日本語訳:私が言葉を使うとき…学術公正—重罪と軽罪 - 著者:Jeffrey K Aronson
- 掲載誌・巻・ページ:BMJ 2024;387:q2473
- 発行年月日:2024年11月8日
- ウェブサイト:https://www.bmj.com/content/387/bmj.q2473
著者の紹介:ジェフリー・アロンソン(Jeffrey K Aronson、写真の出典)。
- 学歴など:1947年生まれ。1970年に米国のグラスゴー大学(University of Glasgow)で学士号(医学)、1977年に英国のオックスフォード大学(Oxford University)で研究博士号(PhD)取得(臨床薬理学):経歴の出典Jeffrey Aronson – Wikipedia
- 分野:臨床薬理学
- 論文出版時の所属・地位:オックスフォード大学・エビデンスに基づく医療センターの医師(Centre for Evidence Based Medicine, University of Oxford)
●【論文内容】
白楽注:この論文は哲学的で、用語の使用が厳格である。英語の概念と日本語の概念は微妙に異なるので、英単語を単純に日本語単語にすると、著者の主張が伝わらない(かもしれないと、白楽は思った)。白楽の日本語力では、適切に日本語訳できない(日本語の限界もある?)。それで、ところどころ、カッコに原著の英語を示した。
★学術規範(academic norms)
オックスフォード英語辞典( Oxford English Dictionary) によると、「規範(norm)」の定義は、「集団内で受け入れられる、または期待されるその集団内の社会的行動の基準またはパターン」である。
本論文で示す集団は、学問分野を問わず学者の集合体である。
学者(academic)の1つの定義は、「大学の教員・研究スタッフ」である。
大学以外の機関、たとえば企業の研究者などを学者(academic)に含める人がいる。本論文では、私も含めた。
さて、学術規範(academic norms)はどうあるべきかという問題を論じたい。
一部は社会学者ロバート・マートン(Robert K Merton、1910~2003)の分析に基づいているが、私の理解は次のようだ。
● 学問の自律性(academic autonomy)の維持・・・他からの矛盾または破壊的な影響を排除する。
● 公正(integrity)・・・ 研究結果を得る方法を完全に理解できなくても、研究結果が広く受け入れられるのを高める状況。
● 研究計画書の事前公開を含む仮説の先験的定式化、および論理的一貫性と経験的証拠の観点からの適切な評価。
● 証拠を入手するための適切な方法の使用。
● そのようにして得た知識を解釈するための適切な方法の使用。
● 意図的および意図的でない研究の起こり得る結果に注意を払う必要性。
● 結果とその解釈の説明に、わかりやすい言葉を使用する。
● 普遍主義(universalism)
● 共同体性(communality)
● 無私無欲(disinterestedness)
● 自分の学術的関心の範囲に限定した懐疑
● 適切な好奇心
● 不適切な熱狂を避ける。
● 違反がない限り、他人の研究を尊重する。
これらの規範は、定義にあるように、学者に受け入れられ、かつ、期待されるものだ。
これら全部が学術倫理(academic ethic)を構成し、学問の良心(academic conscience)になる。
学術規範(academic norms)の概念は進歩していて、上記のいくつかは最近導入された概念である。進歩している例を挙げると、学術倫理に研究でのAI使用に関する項目を追加することになるだろう。
★学術上の違反行為:重罪と軽罪
違反(violation)とは、規則(rule)や規制(regulation)、規約(code)や慣習(convention)、教義(tenet)や指針(principle)を侵害すること(infringement)、違反すること(breach)、または反抗すること(contravention)である。
これは、インド・ヨーロッパ語の言葉「WEIƏ」に由来する。
「WEIƏ」が、ラテン語の名詞であるvis(力)、動詞のviolare(力ずくで扱う)、violateus(激しい)になった。そこから、英語の vim(活力)、violate(違反する)、violent(暴力的な)、violation(違反)が生まれた。違反(violation)は力で侵害することだ(Violations infringe by force)。
学術違反(academic violations)は、学術上の規範(norms)が侵害されることだ。
学術違反が起こる原因はいろいろあるが、それらすべてを網羅する分類法はない。
原因による分類方法ではないが、分類方法の1つは、違反の重大さで分類する方法が、伝統的に採用されてきた。つまり、法律は犯罪を重罪(felony)と軽罪(misdemeanor)に2分類してきた。
この2分類は、重大さの結果としての刑罰とカップルになっている。
重罪と軽罪の分類は、英国では「1967年の刑法(Criminal Law Act 1967 – Wikipedia)」で廃止され、今や歴史的だが、米国では依然として有効である。
重罪は軽罪よりも重い犯罪で、刑罰として、通常、土地や財産の没収が含まれる。場合によっては、身分や肩書きに関連する権利の喪失、いわゆる血統汚損(corruption of blood、Corruption of Blood Act 1814 – Wikipedia)が伴った。
今日の学術界で言えば、博士号などの学位、教授職などの肩書きの剥奪、または職の解任という刑罰になる。
軽罪では、土地や財産の没収を伴わない罰則が科せられた。
今日の学術界で言えば、叱責など(reprimand:叱責、非難、けん責、戒告、懲戒)、論文出版拒否、論文撤回になる。
★重罪(felony)
重罪(felony)は学術研究の違反行為の中でも最も深刻で、一般的な用語は「研究不正(research misconduct)」である(白楽語では「ネカト」)。
この「研究不正(research misconduct)」という用語が初めて使用されたのは1980年代で、1985年の医療研究拡大法(Health Research Extension Act of 1985)に基づいて新設された米国の研究公正局(ORI: Office of Research Integrity)が使用した。
それ以前の用語は「欺瞞(deception)」で、心理学などの研究者が、研究調査の参加者に、研究の側面について知らせず、インフォームド・コンセントを得るのに必要な情報を与えなかった用語として使用されていた。
この用語「欺瞞(deception)」はその後、社会科学でのフィールド調査や実験室でのいろいろな操作・ごまかし(manipulations)に拡大された。
研究不正行為は、一般的に、研究公正局(ORI)の定義である「研究の提案、実施、検討、または研究結果の報告におけるねつ造、改ざん、盗用」の3つの主な研究重罪行為(research felony)とされている。
研究公正局(ORI)は、これら3つを個別に定義している。
これら3つはすべて、「重罪(felony)」に値する重大な犯罪(serious offences)である。
研究公正局(ORI)は、「研究不正行為には、誠実な誤りや意見の相違(honest error or differences of opinion.)は含まれません」と付け加え、重罪の線引きを明確にしている。
★軽罪(misdemeanor)
学術上の軽罪(misdemeanor)の一般的な用語は「疑わしい研究慣行(questionable research practices)」である(白楽語では「クログレイ」)。
私が見たこの用語の最も古い使用例は、米国マーケティング協会、市場調査評議会、米国世論調査協会が専門的慣行の基準について共同で発表した1948年の声明である。
それ以前にも、「学生の疑わしい研究作業(questionable research work of students)」や「疑わしい研究手段(questionable research instrument[s])」などと類似の使用例はあったし、その後の使用例も数多く見られた。
しかし、今日の文脈では、「2012年5月のPsychol Sci」論文の頃から「疑わしい研究慣行(questionable research practices)」が頻繁に使われ始めた。 → 2012年の論文:Measuring the prevalence of questionable research practices with incentives for truth telling – PubMed
私は、軽罪(misdemeanor)を「研究の設計、分析、報告に故意に影響を与える慣行で、主張や仮説を支持する偏った証拠を示す意図がある行為、あるいはその可能性がある行為」と定義している。
軽罪(misdemeanor)行為の種類はさまざまで、研究前にプロトコルを公開しない、研究結果の選択的な報告、選択的な分析、誤解を招くような解釈、公開された証拠の不適切な引用または引用の省略、P値の切り捨てを含む不適切な統計分析、などがある。 → Fifty years of research on questionable research practises in science: quantitative analysis of co-citation patterns – PMC
★どのくらい一般的か?
重罪(felony)に対する関心は1980年代に大きく高まった。
この高まりは、当時、重罪(felony)行為が頻繁に起こっていたこと、あるいは少なくとも重罪(felony)行為への認知度が高くなったことを示している。
私が PubMed で「研究(research)」という用語に「不正(misconduct)」または「欺瞞(deception)」のいずれかを加えて、論文タイトル検索をすると、800件以上がヒットした。
1973~1989年の間に25件がヒットした。25件のうち6件は1989年の論文で、その後、以下に示すように論文数は着実に増えた。
1990~4年: 36件
1995~9年: 55
2000~4年: 64
2004~9年: 101
2010~14年: 207
2015~19年: 202
2020-~24 年(推定): 194
このヒット数を見ると、2010年以降~現在、頭打ちになっているようだ。
PubMed でヒットした論文のうち、系統的レビューは2つだけだった。1つは重罪と軽罪の発生率に関する2021年の論文で、もう 1つは重罪と軽罪を防ぐための介入に関する2016年の論文だった。
後者の2016年の論文は、期待外れだった。
前者の2021年の論文は、興味深かったので、内容を以下に少し示そう。 → Prevalence of Research Misconduct and Questionable Research Practices: A Systematic Review and Meta-Analysis | Science and Engineering Ethics
1992年から2020年の間に発表された42報のデータのメタ分析で、18か国の23,228人の研究者と博士院生を対象に、重罪のねつ造、改ざん、盗用はそれぞれ 1.9% (95% CI 1.0–3.5%)、3.3% (95% CI 2.2–5.0%)、3.2% (95% CI 1.9–5.5%)起こった。軽罪は12.5% (95% CI 10.5–14.7%)起こった。
軽罪のリスクに影響を与えると思われる要因には、個人の契約の種類、キャリアの段階、学問分野、学術規範への献身の表明度、性別などがあり、女性は軽罪を犯したことを報告する可能性が低かった。
しかし、これらの研究は自己申告の行動に基づいており、さまざまな要因が影響し、数値を歪めている可能性がある。
重罪と軽罪の両方の発生率は、上記の数値より、おそらく、実際はもっと多いだろう。
学術上の重罪や軽罪の具体的な例は、より詳細な調査に値するので、今後のコラムで検討したい。
●7.【白楽の感想】
《1》普通の正統的な解説
英国の医学の大御所であるジェフリー・アロンソン(Jeffrey K Aronson)が書いた学術規範に関する基本的なあり方を解説した論文なので、読む前は、もっと深い内容を期待していた。
期待が大きかったので、読んだ後、少しガッカリしたが、まあ、普通の解説で、白楽が期待しすぎたということでした。
ジェフリー・アロンソン(Jeffrey K Aronson )。
https://blogs.bmj.com/bmj/2017/04/14/jeffrey-aronson-when-i-use-a-word-translational-research-a-new-operational-model/
《2》 刑罰
日本でも海外でもニュースを聞いていると、社会では悪意のある一般犯罪が多い。
政治犯への刑罰は別にしても、明らかに悪いと知っていて、元恋人を殺したり、悪質な詐欺を働く人がかなりいる。
白楽は犯罪学や刑法の専門家ではないが、刑罰が軽く、犯罪抑止力になっていない気がする。
本記事で、アロンソンは、重罪の刑罰は通常、土地や財産の没収が含まれる。場合によっては、身分や肩書きに関連する権利の喪失、いわゆる血統汚損(corruption of blood、Corruption of Blood Act 1814 – Wikipedia)が伴った、と説明している。
ネカトの処罰も、撤回論文数が1~2報で、博士号剥奪、国家資格(医師免許など)剥奪、免職、そして、撤回論文数が多い場合、学術界からの永久追放、被害が大きい場合は財産の没収などの刑罰を科したらどうか。
ベン・ランドー=テイラー(Ben Landau-Taylor)が言うように、公開処刑儀式も効果が高いと思う。
軍隊が将校の不正を公開で処罰する「キャシャ―リング(Cashiering – Wikipedia)」のように、大学管理者はネカト者に与えた学位記(博士号証書)を公開の場で引き裂き、学位を剥奪する儀式を導入したらどうだ。(7-170 学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行) | 白楽の研究者倫理)
ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
ーーーーーーー
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
ーーーーーーー