2024年11月20日掲載
白楽の意図:米国政府は研究公正局のネカト対処に関する2005年の規則を20年ぶりに改訂した最終規則(final rule)を2024年9月12日に発表した。改訂した主要な点とそれに対する評価を紹介しよう。論文は、プレスリリース企業の「2024年9月のEIN Presswire」論文、ジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis)の「2024年9月のScience」論文、クリント・エルメス(Clint Hermes)らの「2024年10月のBloomberg Law」論文。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.米国・研究公正局の最終規則
2.プレスリリース企業の「2024年9月のEIN Presswire」論文
3.マーヴィスの「2024年9月のScience」論文
4.エルメスらの「2024年10月のBloomberg Law」論文
5.他の論文:リストだけ、解説なし
7.白楽の感想
8.主要情報源
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
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白楽の注:研究公正局(ORI)が対象とする研究機関「大学・病院・研究機関など」を今回の白楽記事ではまとめて「大学」と記載する(ことが多い)。
●1.【米国・研究公正局の最終規則】
研究公正局(ORI)は、健康福祉省(Department of Health and Human Services(HHS))・公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の研究公正活動を監督および運営している。ただし、食品医薬品局 (FDA)は管轄外である。 → 1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理
研究公正局のネカト対処に関する現行の規則は2005年に制定された連邦規則(Code of Federal Regulations)・42巻93条(42 CFR part 93)である。
この連邦規則を20年ぶりに改訂した。
2024年9月9日、新しい規則(最終規則、final rule)にハビエル・ベセラ(Xavier Becerra)健康福祉省・大臣が署名し、2024年9月17日の連邦官報(Federal Register)に掲載した。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct
→ 2024年9月17日の連邦官報(Federal Register)のPDF版(30ページ):2024-20814.pdf
公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の研究助成金に申請、助成金を受け取る大学・病院・研究機関など(以下、大学と略記)は、2026年1月1日以降のネカト告発に対し、新しい規則(最終規則)で対処しなければならない。
また、大学は、各自の研究不正対処の方針と手順を新しい規則(最終規則)に準拠して改訂し、2026年4月30日までに研究公正局に提出する必要がある。
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規則改訂の時間経過は以下のようだった。
2022年8月29日、健康福祉省 (HHS)は、2005年の研究不正規則の改訂に動き出した。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理
1年2か月後の2023年10月5日、規則改訂の変更案を公表した。この案には、大学のネカト対処に大きな影響を与える変更も含まれていた。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct
→ 7-139 米国・研究公正局の規則改訂:その1 | 白楽の研究者倫理
この変更案に対して、健康福祉省は1年以上、国民からパブリックコメントを受け付けた。
★7-141 米国・研究公正局の規則改訂:その2、賛否両論 | 白楽の研究者倫理
★7-142 米国・研究公正局の規則改訂:その3、ボスの責任 | 白楽の研究者倫理
★7-143 米国・研究公正局の規則改訂:その4、情報開示 | 白楽の研究者倫理
★7-147 米国・研究公正局の規則改訂:その5、大学が反対 | 白楽の研究者倫理
★パブリックコメント全199件:Regulations.gov
2024年9月9日、パブリックコメントを取り入れ、米国連邦政府の研究公正局(Office of Research Integrity)が管轄する研究不正に関する規則を20年ぶりに改訂した。
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新しい規則(最終規則)の正式な日本語訳は日本の公的組織に(勝手に)お任せし、白楽ブログでは、次章以下、新しい規則(最終規則)の評価を記述しよう。
●2.【プレスリリース企業の「2024年9月のEIN Presswire」論文】
★読んだ論文
- 論文名:HHS Finalizes Rule on Research Misconduct to Foster Research Integrity
日本語訳:健康福祉省は、研究の公正性を促進するために研究不正行為に関する規則を最終決定した - 著者:著者名不記載
- 掲載誌・巻・ページ:EIN Presswire
- 発行年月日:2024年9月12日
- ウェブサイト:https://www.einnews.com/pr_news/742901826/hhs-finalizes-rule-on-research-misconduct-to-foster-research-integrity
- 著者の紹介:アイン・プレスワイヤー社( EIN Presswire – Everyone’s Internet News Presswire™)は北米向けのプレスリリース企業
●【論文内容】
★新ルールの制定
本日(2024年9月12日)、米国の健康福祉省(Department of Health and Human Services: HHS)は、研究公正局(ORI)を通じて、研究不正行為に関する2024年の公衆衛生庁(Public Health Service: PHS)の規則を最終決定した。
この規則(最終規則 Final Rule)は、2005年の規則を更新し、研究不正行為に対処するための要件を明確にしたものである。
ハビエル・ベセラ(Xavier Becerra)健康福祉省・大臣は、「この20年間で、新しい技術、科学の進歩、研究のグローバル化により、研究を取り巻く環境は大きく変化しました。私たちが資金を提供している研究での公正を維持するためには、その研究実施に関する規制を更新する必要がありました。そして、今日、それを私たちは行ないました」
「バイデン・ハリス政権は、がんを含むさまざまな病気の新たな治療法を発見し、気候変動の健康への影響に対処するために、最先端の研究を引き続き支援しています。この取り組みの成功は、世界中の数え切れないほどの命を救い、すべてのアメリカ人の健康と福祉を改善するのに役立ちます」、と述べた。
★変更点
2024年最終規則(2024 Final Rule)は、以下の点で、2005年規則を大きく更新した。
• 大学の不正行為処理を、以下の方法で効率化した。
- 大学の守秘義務を明確にし、研究不正行為の認定(finding)により学術誌に論文の修正・撤回を通知することを大学の裁量とすることを明確にした。
- 研究不正行為の本調査要件をより明確にした。証人面談の文書化(Interview transcripts)の要件を明確にした。複数の被告発者が関与するネカト疑惑に対処する方法を明確化した。
• 大学のネカト処理の現実的な作業と所要期間を次のように認識した。
- 大学に「誠実な誤り(honest error)」の判断を任せることを認めた。研究不正行為が発生した場合、「事後使用の例外(Subsequent use exception)」を適用することにした。
- 大学の「告発判断(assessment)」を、大学のネカト予備調査前の必要なフェーズとした。研究公正局に提出する大学のネカト調査文書の要件を明確にした。
- 大学による「予備調査(inquiries)」の終了期限を60日から90日に延長した。また、「告発判断(assessment)」と「予備調査(inquiries)」では、「証人面談の文書化(interview transcripts)」は必要ないことを明確にした。
- 大学の調査結果は研究公正局の調査結果とは別のものであることを強調し、大学の調査結果の公表は大学の裁量に任せることを明確にした。
• 被告発者(respondent)に明確な上訴プロセスと行政上の救済を提供する。
• 研究不正で使用される一般的な用語の定義を追加した。研究不正対処の査定をする際、研究公正局がこれらの概念をどのように適用するかを明確にした。
★シーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity)
米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity、写真出典)は次のように述べている。
「過去20年間で、新しいテクノロジー、科学の進歩、グローバリゼーションにより、研究環境は大きく変化しました。これにより、研究公正局は機敏で協力的であり続ける必要性が高まっています。
研究公正局は、研究コミュニティのニーズに遅れずについていくことを約束します。
最終規則は、現在の時代に適応し、研究コミュニティの同僚を支援し、研究公正を促進し、将来の世代のために、科学に対する国民の信頼を維持するという研究公正局の役割を強化することを目的としています」。
最終規則(Final Rule)は、2025年1月1日に発効し、2026年1月1日に適用される。
今後数か月以内に、研究公正局は、告発を受けた時、各大学が具体的にどのように対処すべきかの「規則と手順のサンプル(sample policies and guidance)」をウェブに掲載する予定である。 → なお、従来の「規則と手順のサンプル(sample policies and guidance)はココ
最終規則(Final Rule)は、ココで閲覧できる。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct
●3.【マーヴィスの「2024年9月のScience」論文】
★読んだ論文
- 論文名:Final U.S. misconduct rule drops controversial changes
日本語訳:米国の不正行為に関する最終規則は物議を醸す変更を削除 - 著者:Jeffrey Mervis
- 掲載誌・巻・ページ:Science
- 発行年月日:2024年9月13日
- ウェブサイト:https://www.science.org/content/article/final-u-s-misconduct-rule-drops-controversial-changes
- 著者の紹介:ジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis、写真出典:本論文)。1993年、Science誌に入社したベテラン記者。学歴は不明。
●【論文内容】
★新ルールの概要
2024年9月9日、研究不正行為に関する最終規則(Final Rule)にハビエル・ベセラ(Xavier Becerra)健康福祉省・大臣が署名し、2024年9月17日の連邦官報(Federal Register)に掲載した。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct
研究公正局(ORI)は、20年ぶりに研究不正行為に関する規則を改訂したと発表した際、原案に対する多くの批判を受け、最終規則(Final Rule)では、原案で示していた「過剰な規制」や「守秘義務違反の可能性」と指摘された条項を削除した。
また、最終規則(Final Rule)は原案で示した以下の点を変更した。
- 大学がネカト告発を受けたら、30日以内に予備調査(inquiry)を開始する、という期限を削除した。
- ネカト疑惑は「誠実な誤り(honest error)」だと大学が判断した場合、本調査(full investigation)をしなくてよいとした。
- ネカト処理で得たすべての大学の記録を研究公正局に提出する件を撤回した。
この変更は、昨年(2023年)秋の草案に対する170件以上のコメントに対応した結果である。
この規則は、研究公正局の親機関である健康福祉省(Department of Health and Human Services(HHS))から資金提供を受けているすべての大学・病院・研究機関に適用される。同時に、米国最大の生物医学研究に資金を提供している国立生命科学研究機構(NIH)にも適用される。
★賛否両論
大学のネカト調査の顧問をしているロープス・アンド・グレイ法律事務所(Ropes & Gray LLP)のミナル・キャロン弁護士(Minal Caron、写真出典)は、好意的に、次のように述べた。
「研究公正局は私たちの懸念に耳を傾けてくれました。何か月も前から、研究公正局はこれらの問題に対処し、最終規則は多数の大学が納得する規則になると述べていました。そして、その通りになりました」。
一方、研究不正行為の告発者代理人を務めるユージェニー・ライヒ弁護士(Eugenie Reich、写真出典)は、反対に、「最終規則は草案時の優れた条項のいくつかがひっくり返されていました」と批判した。
研究公正局は研究界の要求に屈服した、と評価し、「これは、研究公正局が学術界の軍門に下ったさらなる証拠です。この最終規則は近視眼的です」と批判した。
研究公正の専門家でイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(University of Illinois Urbana-Champaign)のシーケー・ガンセイラス(C.K. Gunsalus、写真出典)は、修正前の草案を支持していたが、最終規則を強く批判した。
ガンセイラスは、最終規則は透明性を高める点で、大きく後退したと批判した。
「国民の信頼を維持し、大学のネカト調査の質を向上させるために、大学のネカト調査報告書を公開する必要があると、私は、信じています。研究公正局と政府が透明性を高める活動を始めることを期待しています」と、述べた。
大学のネカト調査報告書は連邦プライバシー法(federal privacy laws、Privacy laws of the United States – Wikipedia)によって保護されているため、研究公正局の権限では、大学のネカト調査報告書を公開できない、と研究公正局は判断した。
しかし、研究公正局のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity)は、声明の中で、最終規則は、大学が選択すれば調査結果を公表できることを明確にしたと、述べている(白楽の印象:弁解?)。
★改善点
ミナル・キャロン弁護士によると、新しいルールにより、研究公正局はより積極的に研究記録を訂正(論文撤回)するようになると評価した。
「大学のネカト調査報告書に基づいたその後の調査結果を公表することに加えて、研究公正局は今後、学術誌に論文を撤回するよう勧告する権限を持つことになる」と指摘した。
また、最終規則では、旧所属大学が元研究者をネカトで有罪とした場合、研究公正局は現大学にその研究者のネカト有罪を通知できる。以前の規則では、ネカトで有罪の元研究者がそれを隠して別の大学の研究職に応募できたが、新しい規則では、研究公正局が過去のネカト有罪を通知出来るので、それを防ぐことができる。
連邦政府の研究政策を監視する政府関係評議会(Council on Governmental Relations、数百の研究大学を代表する組織)のクリス・ウェスト(Kris West、Kristin West、写真出典)は、大学管理者が「見当違い」「面倒」と見なしたいくつかの条項が最終規則では、削除または修正されていると、称賛している。
例えば、原案では、不正行為の疑いが通報されてから30日以内に予備調査(inquiry)を始めるよう、大学に要求していたが、初期の対処にかかる日数を軽視していたと彼女は指摘した。
また、不正行為を告発したとき、告発者の話を聴取する部屋に証人面談を文書化する記録係がいるのは、多くの内部告発者に深刻な萎縮効果をもたらす。
「多くの場合、指導教官が関わったネカト疑惑を、院生は、内々に相談に来るのです。部屋に他の誰かがいたら、彼らはパニックになるかもしれません」。
★おわりに
新しい規則は2025年1月1日に発効する。
各大学は、2026年1月までに、それらを大学のネカト対処規則に組み込み、適用を開始する。
ネカト調査報告書に記載すべき文書、大学がネカト調査をどこまで追求するかなど、いくつかの未解決の問題について、研究公正局は、追加のガイダンスを発行する予定である。
研究公正局は、大学が新しい規則の導入に、初期設定に1,100万ドル(約11億円)かかり、5年間で1億500万ドル(約105億円)かかると見積もった。
最終規則は、研究不正の対処プロセスを効率化し、調査の質を向上する。これらの利点がこれらの約百数十億円の費用を正当化できるとしている。
データによると、昨年(2023年)、大学は230件の告発を受け、121件の本調査を実施した。
●4.【エルメスらの「2024年10月のBloomberg Law」論文】
★読んだ論文
- 論文名:HHS Federal Rule Change Clarifies Research Misconduct Proceedings
日本語訳:健康福祉省・連邦規則の変更により、研究不正行為の手続きが明確化 - 著者:Clint Hermes, Zoë Hammatt, & David Wright
- 掲載誌・巻・ページ:Bloomberg Law
- 発行年月日:2024年10月1日
- ウェブサイト:https://news.bloomberglaw.com/us-law-week/hhs-federal-rule-change-clarifies-research-misconduct-proceedings
- 著者の紹介(出典同・含写真):
①クリント・エルメス(Clint Hermes)は、ベース・ベリー&シムズ社(Bass, Berry & Sims PLC)の臨床研究部門の責任者。②ゾーイ・ハマット(Zoë Hammatt)は、研究公正局・公正教育部(Division of Education & Integrity)の元・部長で、現在は、ハワイ大学・医科大学院(University of Hawaii School of Medicine)の非常勤準教授。
③デイヴィッド・ライト(David Wright)は研究公正局の元・局長で、現在は、Research Integrity Consultantsの社長
●【論文内容】
★新しい規則(最終規則)の「規則と手順のサンプル(sample policies and procedures)」
2024年9月12日、米国の健康福祉省の研究公正局は、最終規則(final rule)を発表し、約20年ぶりに研究不正行為に関する規則を大幅に改訂した。 → 2024年9月12日:HHS Finalizes Rule on Research Misconduct to Foster Research Integrity | HHS.gov
公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))に研究資金を申請・受領した大学は、研究不正の対処で大幅な変更が課された。
研究界は、この最終規則を、現行の連邦規則42巻93条(42 CFR part 93)とその変更原
しかし、重要な規則の制定ではいつもあることだが、曖昧さや未解決の問題も残っている。
研究公正局は、現在の連邦規則42巻93条に対しては、告発を受けた時、各大学が具体的にどのように対処すべきかの「規則と手順のサンプル(sample policies and procedures)」をウェブに掲載している。 → Sample Policy & Procedures for Responding to Research Misconduct Allegations | ORI – The Office of Research Integrity
新しい最終規則(final rule)に対応した「規則と手順のサンプル(sample policies and procedures)」を研究公正局が示すまで、大学は次の点にどのように対処するかを検討する必要がある。
★「無謀さ(recklessness)」の定義
連邦規則42巻93条は、研究不正行為の発見には、不正行為が意図的(intentionally)、承知の上で(knowingly)、または無謀に(recklessly)に行なわれる必要があるとした。
最終規則では、次の定義を導入した。
[白楽注:英語の「intentionally, knowingly, recklessly」のニュアンスを日本語で正確に表すのは難しい。上記の日本語、下記の説明を当てはめたが、読者は想像を加えて把握してください]
- 「意図的(intentionally)」は、その行為を目的として実行すること
- 「承知の上で(knowingly)」は、その行為を知っていて行動すること。
- 「無謀に(recklessly)」は、ねつ造、改ざん、または盗用という既知のリスクに無関心で、研究を提案、実施、またはレビュー、または研究結果を報告すること。
研究不正でよくあるシナリオは、指導教授や上級共著者が研究室員に対して効果的な監督と適切なトレーニングをしていないことが原因で、若手研究者がネカトをしたというケースだ。
大学は、監督者である指導教授や上級研究者が、必要な教育と監督をしなかったために、ネカト疑惑が生じた場合、これを、「無謀に(recklessly)」に当てはめるのかどうか、つまり、既知の不正行為のリスクに無関心だったとするかどうか検討する必要がある。
共著者、特に上級著者は、提出前の投稿論文と助成金申請書にネカトがないかチェックし確認する義務をどのようにするのか? 大学の規則はこの義務を明確に記載すべきです。
★証人面談の文書化(Interview transcripts)
研究不正の対処は、告発者(complainant)から告発(allegation)を受けて、告発判断(assessment)、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)の3つの段階に分けられ、各段階の目的に応じて手続き上の要件が明確になる。
第93条は、本調査段階で証人面談(witness interviews)を文書に書き起こすことを要求していた。
最終規則は、被告発者(respondent)にその写しを提供することが新たに課されている。
これは被告発者にとってはありがたいが、このことで、多くの若手研究者は目上の共同研究者に対して、ネカト証言をしなくなるだろう。
研究公正局は、最終規則の前文で、証人の身元を保護するために大学が証人面談記録を編集できると示唆した。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct
証人の身元を保護するには、場合によっては、要約だけを示す、または大幅な編集が必要になる。
しかし、この編集によって、被告発者(respondent)の弁護士と大学との間に、将来、紛争が生じる可能性がある。
大学は、告発者と証人の保護を確実にすることをできるだけ明確に、規則で示す必要がある。
★事後使用の例外(Subsequent use exception)
第93条は、2つの例外を除き、大学が研究不正の告発を受けた日から6年以内に発生した研究不正行為にのみに適用するという時効があった。
例外の1つは、「事後使用の例外(subsequent use exception)」である。
被告発者(respondent)が不正行為の申し立ての対象となる研究材料(論文やデータ)を引用、再発表、使用をするたびに、この期間を更新するという例外である。
最終規則は、この例外を狭めて、「ねつ造、改ざん、盗用と告発された研究記録の部分」を被告発者(respondent)が使用または引用した場合のみに適用するとした。
しかし、実際は、論文、助成金申請書、研究進捗報告書では研究記録の特定の部分が引用されることはほとんどない。
となると、大学はネカト調査が難しくなる可能性がある。
★研究記録の提出
ネカト調査過程で、被告発者が研究記録(実験ノートなど)を提出しなかった場合、そのことをもって、ネカト行為の証拠と見なすことができる。
大学は、被告発者が「意図的(intentionally)、承知の上で(knowingly)、または無謀に(recklessly)に」研究記録を保管しなかった、またはタイムリーに記録を作成しなかったと判定した。
最終規則はこれを大きく変更した。
「被告発者が問題の研究記録を提出しないのは、被告発者が研究記録を持っていると主張しながらも提出しない、そのこと自体を研究不正行為の証拠である」とした。
一方、被告発者が研究者としてのデータ管理責任を回避することを許している。
大学は、研究記録の保持を研究者に課し、それを守らない研究者を処分する自由がある。
しかし、最終規則が示した状況を除く場面では、大学は、研究記録を保持していないことをネカト行為の証拠と見なす自由はない。
大学は、研究不正行為の告発を処理する際、さまざまな課題に直面している。
研究不正行為は増大する問題である。
また、有力大学の学長や著名な研究病院の幹部が関与するネカト疑惑が全国的な注目を浴び、研究への信頼が揺らぎ、悪化している。
2023年のピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)のアンケート調査では、研究者に対する国民の信頼が低下していることは明らかである。 → 2023年11月14日のピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)のアンケート調査:Americans’ Trust in Scientists and Views of Science Decline in 2023 | Pew Research Center
ところが、ネカトと告発された被告発者のほとんどは、研究不正行為の責任を問われていない。
一方、パブピア(PubPeer)などの台頭で、ネカト調査しなければならない不正疑惑の量は劇的に増加している。
第93条に係らない部分を含め、これらの問題は、大学が優れた規則を制定し実行することで改善できる。
例えば、研究成果を論文として発表または研究費など申請書に使う前に潜在的な不正行為を見つけること、研究不正問題をトレーニングし十分に監督すること、研究再現性を実施した院生にも博士号を授与するなどの制度を設けること。
これらのことで、研究不正行為を減らすと同時に、研究システムと研究者の信頼性を高め維持できるだろう。
●5.【他の論文:リストだけ、解説なし】
他にも論文はある(網羅的ではない)。つまり、研究公正局の規則改訂は、米国では、かなり注目を集めた。
また、複数の法律事務所が解説している。この意味は、研究不正を告発されると、研究者や大学が法律事務所に対処を依頼しているということだ。
研究不正事件は、法律事務所のカモになっているいいお得意さんなんですね。
研究公正局の記事
- 2024年9月12日:ORI Final Rule | ORI – The Office of Research Integrity
- 2024年9月17日:ORI is Updating its Policies on Research Integrity to Meet the Demands of the Modern Research Environment | ORI – The Office of Research Integrity
他のメディアの記事(網羅的ではない)
- 2024年9月13日:ORI Issues Final Changes to Research Misconduct Regulations: Key Reforms and Lingering Complexities | Insights | Ropes & Gray LLP
- 2024年9月20日:New guidelines on research misconduct draw mixed response
- 2024年9月23日:New Federal Rules Give Harvard More Freedom in Research Misconduct Cases | News | The Harvard Crimson
- 2024年9月24日:Office of Research Integrity Issues Final Rule on Misconduct
- 2024年9月24日:Research Misconduct: ORI Issues Final Rule with Modernized and Streamlined Regulations | Foley & Lardner LLP
- 2024年9月26日:Long-Awaited Changes to Research Misconduct Rules Have Arrived | HUB | K&L Gates
- 2024年10月10日:HHS ORI Final Rule on Research Misconduct | Crowell & Moring LLP
- 2024年10月15日: New HHS Research Misconduct Rules Bring Seismic Changes – Law360 Healthcare Authority
- 2024年10月22日: Health and Human Services updates regulations for research misconduct
●7.【白楽の感想】
《1》日米の違い
「●5.【他の論文:リストだけ、解説なし】」で示したように、米国で研究不正の規則改訂を多数の法律事務所が解説している。
この意味は、研究不正の処置に多数の法律事務所が関与しているということだ。
関与として、告発された研究者が弁護士に相談することがあるだろう。しかし、それだけではそれほどの商売にならない。
ネカト処理のために大学が法律事務所に対処を依頼しているということだ。
つまり、研究不正の告発絡みで、研究者と大学は弁護士のいいお得意さんだ(カモになっている?)。
研究不正対処の法的ビジネスで動く米国のお金はどれくらいあるのか、軽く調べたが見つからなかった。どこかにデータはないだろうか?
かなり巨額だと思う。
一方、日本は、米国と大きく異なり、研究不正を専門に担当する弁護士はいない(と思う)し、扱うと宣伝している法律事務所もない(と思う)。
ネカト事件で大学が調査委員会を立ち上げる時、外部委員として弁護士を入れる。その担当の弁護士名を、数年に渡り、【日本の研究者のネカト・クログレイ事件一覧】に記載した。
しかし、この弁護士名をみると、複数回登場する弁護士は滅多にいない。つまり、これらの弁護士は、ネカトを専門としていない、ネカト素人の弁護士と思われる。となると、このような弁護士は必要なのだろうか?
米国追従の日本なので、ネカト専門の弁護士が登場・活躍するのは時間の問題かもしれないが、現状では、そのような弁護士はいない(と思う)。
《2》ガッカリ
米国で研究不正の規則改訂で、はっきりしてきたのは、以下の顕著な対立である。
- 研究不正を減らそうと考える人達・・・規制の強化を望む
- 研究者と大学上層部・・・規制を緩めるよう主張している
白楽が、「不思議だなあ」と思うのは、研究者と大学上層部は研究不正を減らす規則の強化に反対していることだ。
「不思議だなあ」と思うと書いたけど、実は、今は、「不思議だなあ」とは思わない。
というのは、研究者と大学上層部は、本気で研究不正を減らす気はない。むしろ、そのような活動を阻害している、と理解しているからだ。
- 白楽の卓見・浅見9.日本の大学教授は研究不正をただす気があるのだろうか?
- 白楽の卓見・浅見6.大学の隠蔽体質を変えないと日本の研究者倫理事件は減らない
草案段階の変更案を支持していたユージェニー・ライヒ弁護士(Eugenie Reich)やシーケー・ガンセイラス(C.K. Gunsalus)は、研究不正を減らそうと考える人達で規制の強化を望んでいた。その人たちは最終規則に大きく失望した。
研究者と大学の主張に妥協して、最終規則は草案よりかなり甘くなったからだ。
草案段階では、劇的に減らそうという意図で規則を改訂しようとしたと思えるのだが、研究公正局は、大幅に後退した。これで、今後、米国の研究不正行為が劇的に減るとはとても思えない。
劇的でなくても、減ればベターだが、どうだろう、むしろ増えるのではないだろうか?
となると、ネカトを犯罪とみなすことで、研究不正行為を劇的に減らす意見に白楽は賛成なのだが、これは、異次元の発想なんですね。 → 7-157 ネカトを犯罪とする
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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