エリック・スマート(Eric J. Smart)(米)

【概略】
141117 pic-eric-smart[1]エリック・スマート(Eric J. Smart)は、米国・ケンタッキー大学・小児病研究所・準教授の生理学者で、栄養・肥満と心臓血管疾患・炎症の関係の生化学・分子生物学を研究していた。写真出典

2010年、内部の公益通報で不正研究が発覚した。

2012年、調査の結果、1998~2008年の11年間の10論文にデータねつ造・改ざんがみつかった。論文以外にも、1つの論文原稿と8つの研究費書類にデータねつ造・改ざんがみつかった。これらの論文・文書中の45個の図がねつ造・改ざんされていたのである。遺伝子改変マウスも存在していなかった。

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 博士号取得:ケンタッキー大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。以下、1970年1月1日生まれと想定。
  • 現在の年齢:47 歳?
  • 分野:生化学
  • 最初の不正論文発表:1998年(28歳?)
  • 発覚年:2010年(40歳?)
  • 発覚時地位:ケンタッキー大学・小児病研究所・準教授
  • 発覚:研究室員の内部公益通報
  • 調査:①ケンタッキー大学。2009年4月~2012年3月。調査期間は3年間。②研究公正局。2009年8月~2012年10月。調査期間は3年3か月間
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:10報撤回。7研究費書類
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:大学辞職。高校教師に転職

141117 eric-smart3[1]写真出典

★主要情報源:
① ◎2012 年11月20日のイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「リトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)」記事:ORI sanctions former University of Kentucky nutrition researcher for faking dozens of images in 10 papers at Retraction Watch
② ◎2012年12月9日のリンダ・ブラックフォード(Linda B. Blackford)の「Kentucky.com」記事:Whistle-blower in UK research-fraud case: ‘The system is badly broken’
③ 2011年11月21日のEugenie Samuel Reichの「Nature News」記事:Nutrition researcher censured over serial misconduct : Nature News Blog
A Decade of Misconduct | The Scientist Magazine®

141117 kch_walkway[1]ケンタッキー大学小児病院 写真出典

【経歴】

  • 19xx年x月x日:米国で生まれる。以下、1970年1月1日生まれと想定。
  • 19xx年(歳):米国のxx大学を卒業
  • 1996年(26歳?):米国・ケンタッキー大学・医学部生理学・大学院 入学
  • 19xx年(歳):米国・ケンタッキー大学・小児病研究所・準教授
  • 2000年(30歳?):最初のNIH研究費(100万ドル:約1億円)助成される
  • 2003年(33歳?):バーンステーブル=ブラウン糖尿病研究教授(Barnstable-Brown Chair in Diabetes)の格を得る
  • 2009年(39歳?):セクシュアル・ハラスメントで謹慎処分受ける
  • 2010年(40歳?):不正研究が発覚する
  • 2010年(40歳?)8月:ケンタッキー大学から停職にさせられる
  • 2011年(41歳?)8月:バーボン・カウンティー高校の化学教師に就職
  • 2012年(42歳?)3月:ケンタッキー大学の調査で、不正研究が確定する
  • 2012年(42歳?)5月:ケンタッキー大学を辞職

【研究内容】
141117 201211221315286011[1]長年に渡って肥満だと、マクロファージは炎症過程に関与し始める。長期的に活性化したマクロファージは膵臓細胞を殺し、大動脈にプラークを生じさせ、心臓発作の危険を増大させる。肥満にとって、マクロファージは重要と考え、栄養・肥満と心臓血管疾患・炎症の関係の生化学・分子生物学を研究していた。写真出典

【不正発覚の経緯】
経緯の主な出典は「主要情報源」である。

141117 Eric-J-Smart[1]2009年2月 研究室のほとんどの女性にセクシュアル・ハラスメントをしたことで、エリック・スマートに1年間の謹慎が課された。セクシュアル・ハラスメントの内容は、「実験室で、からかう、押す、叩く、くすぐる、触る、イタズラする。さらに、床の上でレスリングしたり、もう一人の人に乗っかったりする(性行為の別表現?)」ということだ。写真出典(© Linda Blackford)

2009年4月 エリック・スマート研究室の研究員・ウィリアム・エバーソン(William Everson)は、エリック・スマートの2005年の研究費報告書を読んでいた。すると、そこに、2007年頃まで研究室には存在しなかったハズの遺伝子改変マウスが報告されていた。ウィリアム・エバーソンはデータねつ造ではないかと悩んだ末、ケンタッキー大学・医学部・学部長のジェイ・パーマン(Jay Perman)に公益通報した。

2009年4月 公益通報を受け、ケンタッキー大学・医学部は、1回目の内部調査を開始した。

2010年8月 ケンタッキー大学・医学部は、内部調査の結果、エリック・スマートを停職にした。2回目の内部調査を開始し、同時に連邦政府にも通知した。

2011年8月 エリック・スマートはバーボン・カウンティー高校の化学教師に雇用された。

2012年3月5日 ケンタッキー大学・研究担当副学長のジム・トレーシー(Jim Tracy)は、内部調査の結果、「1998年~2008年の14論文(含・原稿)および4つのNIH7研究費書類に広範囲なねつ造・改ざんがあった。それらの責任はエリック・スマート1人にある」と米国・研究公正局に通知した。

2012年5月 エリック・スマートはケンタッキー大学を辞職した。

エリック・スマートは、ケンタッキー大学から164,000ドル(約1640万円)の年収を得ていた。辞職まで、政府から総額8百万ドル(約8億円)の研究費を得ていた。

2012年10月 研究公正局は調査の結果、エリック・スマートに広範囲のデータ改ざんがあったと結論した。報告書は2012年12月10日付け(NOT-OD-13-014: Findings of Research Misconduct)。

【不正の内容】

10論文・1原稿・8研究費の図が45個もねつ造・改ざんされていたのだが、具体的にどのレベルのねつ造・改ざんかを見てみよう。

下の写真は撤回されたエリック・スマートの論文「J. Biol. Chem. 277(7):4925-31, 2002」の図7である。

タンパク質試料をサイクロフィリン40(Cyp40)、アネキシンⅡ(annexin II) カベオリン(caveolin)、サイクロフィリンA (CypA)の各抗体で染色したウェスタン・ブロット像である(出典)。

141117 F7.large[1]

一見問題ないように見える。

しかし、調査委員は、とても優秀で、また、熱心に精査したのだろう。問題のあるバンドを指摘した。

皆さん、おわかりになります?

 

 

どう?

 

 

降参?

 

 

下図の赤丸部分が同一像なので、バンドがねつ造・改ざんされたと結論した(出典)。

141117 Picture41[1]

スゴイ!

 

驚嘆!

 

良くこんな部分の同一性を見つけたものだ。スゴイというか、なんというか、スゴイ。

【撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、エリック・スマート (Eric J. Smart)を「Smart EJ[Author]」として検索すると、1991年~2012年の22年間の75論文がヒットした。

2014年11月14日現在。1998~2008年の11年間の10論文が撤回されている(NOT-OD-13-014: Findings of Research Misconduct)。

•J. Biol. Chem. 277(7):4925-31, 2002
•Am J. Physiol. Cell Physiol. 291(6):C1271-8, 2006
•Am J. Physiol. Cell Physiol. 294(1):C295-305, 2008
•J. Lipid Res. 42:1444-1449, 2001
•J. Biol. Chem. 275:25595, 2000
•J. Biol. Chem. 277(26):23525-33, 2002
•Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101(10):3450-5, 2004
•J. Biol. Chem. 280(33):29543-50, 2005
•J. Biol. Chem. 273:6525-6532, 1998
•Am J. Physiol. Cell Physiol. 282:C935-46, 2002

研究公正局の報告書では、以下の投稿原稿にも不正があったと結論している。
•”Effects of HIV protease and nucleoside reverse transcriptase inhibitors on macrophage cholesterol accumulation in humans,” submitted August 6, 2008

研究公正局の報告書では、以下の8研究費書類に不正があったと結論している。
•R01 HL078976-01
•R01 HL078979-01A1
•R01 DK063025-01A2
•R01 HL088150-01
•U54 CA116853-01
•R01 HL093155-01
•R01 HL068509-01A1
•Progress reports HL078976-02, -03, and -04.

【事件の深堀】

「リトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)」記事のコメントに、スマートのセクハラ事件が暴露されていて、それが研究ネカトの公益通報に至ったと憶測されてる。

2009年2月20日 機会均等副学長・補佐・パティ・ベンダーが、ティモシー・ブリッカー医学部小児科長にマル秘の手紙をしたためた。そこに、スマートは、セクハラ行為や怒りを抑えられない性格であると記載されている(以下手紙の一部 出典)。

141117 手紙

公式見解では、スマートのセクハラ行為がキッカケで、不正研究が公益通報されたという憶測は間違っていることになっている。

2009年4月 エリック・スマート研究室の研究員・ウィリアム・エバーソン(William Everson)が、2005年にはいなかったハズの遺伝子改変マウスが研究費書類に記載されていることから、データねつ造の公益通報をしたことになっている。

しかし、ケンタッキー大学の内部調査は、上記のセクハラ行為のマル秘手紙の2か月後に開始していた。当時、エリック・スマート研究室には11人の研究室員がいたが、多分、ボスのセクハラや怒りを抑えられない性格、脅迫行為で、研究室は荒廃し、人間関係はスサんでいただろう。

研究者の事件のほとんどは、そういう、人間関係が破たんした研究室で発覚する。白楽は、エリック・スマートの常習的セクハラ行為に研究室員が嫌気がさして、人間関係が破たんし、エリック・スマートの不正研究が発覚していったのだと深読みする。

教授も大学院生も人間だから完全ではない。でも、研究室の人間関係が良好なら、公益通報する前に、話し合い、過ちが修正され、不正行為があったとしても、事件にならないことが多い、と白楽は思っている。

大学の内部調査でも、研究公正局の調査でも、こういう研究室の裏事情は公表されない。それが、研究室の人間関係悪化が、事件発覚の本当の理由であれ、そういう裏事情は、よほどのことがないとわからない。エリック・スマートのセクハラ行為を記した手紙は「マル秘」である。今回は入手できたが、通常は、まず入手できない。

【白楽の感想】

《1》 上司が不正者の推薦状を書く

2010年8月 スマートの不正が発覚した。

2010年9月7日 事件が発覚して1か月もたたないし、1年前にはセクハラ行為もあった。それなのに、上司のティモシー・ブリッカー医学部小児科長は、当地の教育委員会(Education Professional Standards Board)あてに、大学の便せんを使用して、7枚に及ぶエリック・スマート推薦状を書いている。「エリック・スマート氏は、すべてのレベルの生徒に対し、内容と教育スタイルの両方の観点からみて、素晴らしい教師である」と(After UK researcher’s suspension, his boss wrote him a recommendation letter)。

2011年8月 ティモシー・ブリッカー医学部小児科長の推薦状に威力があったのか、スマートはバーボン・カウンティー高校の化学教師に就職した。2014年11月現在もその職にある。

日本の推薦状はなんでも褒めると世界で非難されるが、それでも、事件に何も触れないで、事件を起こした人の推薦状を書く日本人はマレだろう。ティモシー・ブリッカー医学部小児科長は、事件に何も触れないで、事件を起こした人の推薦状を書いた。ブリッカーを非難すべきなのか、それとも褒めるべきなのか?

もちろん、高校側も推薦状だけで、エリック・スマートを採用することはないだろう。面接し、「良い」と思ったから採用したのだろうが、性的事件は病的で再犯率が高いという話もある。性的事件を起こしたまだ若い男性を、教師として採用するには、反対や非難もあったに違いない。

エリック・スマートはまだ若いし、高校の化学教師として前向きな人生を送れることを願う。女子高生や女子教職員にセクハラしないことも願う。