2024年9月30日掲載
白楽の意図:英国人のブルック・モリスウッド(Brooke Morriswood)は、欧米の大学アカデミアで20年以上不安定な地位で研究者として過ごし、1年前に民間企業に移籍し正社員になった。モリスウッドが大学アカデミアと製薬企業の研究環境を比較した「2024年6月のTotal Internal Reflection」論文を読んだ。本論文は研究者倫理と直接の関係はないが、研究者の置かれた状況がわかり興味深い。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.モリスウッドの「2024年6月のTotal Internal Reflection」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●2.【モリスウッドの「2024年6月のTotal Internal Reflection」論文】
★読んだ論文
- 論文名:Follow the money
日本語訳:お金の流れを追う - 著者:Brooke Morriswood
- 掲載誌・巻・ページ:Total Internal Reflection
- 発行年月日:2024年6月16日
- ウェブサイト:https://totalinternalreflectionblog.com/2024/06/16/follow-the-money/
- 著者の紹介:ブルック・モリスウッド(Brooke Morriswood、写真の出典)。
- 学歴・職歴:1998~2002年、英国のケンブリッジ大学で生化学を学び、2002~2006年、英国ケンブリッジの分子生物学研究所で博士号を取得した。グラハム・ウォーレン研究室のポスドク (2007~2014年)として、米国のイェール大学(2007~2008年)、オーストリアのウィーンのマックス・ペルーツ研究所(当時の名称) (2008~2014年)で過ごした。2015~2023年、ドイツのヴュルツブルク大学でグループリーダーを務めた。2023年9月、大学アカデミアを去り、民間のMedComms社に就職。経歴出典
- 分野:細胞生物学
- 論文出版時の所属・地位:民間のMedComms 社の研究員
●【論文内容】
★大学アカデミアと民間企業:正規職員
私(ブルック・モリスウッド)は、民間企業で新しい科学者としてのキャリアをスタートさせて1年も経っていません。
自分が体験した民間企業と大学アカデミアとの大きな違い説明しましょう。
民間企業は、大学アカデミアで20年以上提供してくれなかったパーマネント・ポジションを、わずか6か月で与えてくれました。
仕事のオファーが来て、試用期間を経て、最後に正社員のポジションに就けるのは、当たり前だと思うのですが、大学アカデミアではそうなっていません。 → Apotheosis (a riff on permanent positions in science) | Total Internal Reflection
★大学アカデミアと民間企業:研究費
ご想像のとおり、給与の面では民間企業と大学アカデミアに大きな差はありません。
でも、研究開発費の金額が大きく異なります。
どのくらい大きく異なるか?
以下の図の左側から、2023年の米国・NIHの予算額、2つ飛ばして、製薬企業の研究開発費(R&D)の上位5 社の合計額、10社の合計額です。 → Top 10 pharma R&D budgets in 2023
5 社の製薬企業の研究開発費(R&D)の合計は約200億ドル(約2兆円)(右から2番目)で、NIHの予算額(最左)を上回ります。上位10社の合計額(最右)は、NIHの予算の2倍以上になります。
2022年のデータでも、同じです。 → Top 10 pharma R&D budgets in 2022
製薬企業1社でも、英国最大の研究助成機関であるウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の予算(Wellcome Trust funding: 2022, 2023)、ドイツで最大の研究助成機関であるマックス・プランク協会(Max Planck society)の予算(Max Planck society funding: 2022, 2023)、の2つを合わせた額よりも多くの研究開発費を毎年使っています。
そして、この額は製薬業界全体の上位10社にすぎません。
これが、製薬業界の強大な研究開発力の源泉です。
★大学アカデミアと民間企業:心理的
心理的には、大学アカデミアと製薬業界の差はもっとずっと大きいです。
大学アカデミアにはかなりの額の公的資金が投入されていますが、多くの研究者は研究費が足りません。
それで、大学アカデミアの多くの研究者は、単に研究を続けるためだけに、研究費獲得に常にパニック状態です。
大学アカデミア自体、所属する研究者の労働力を過小評価し、膨大な量の未払いをし、過剰労働を強いています。それでも研究者は熱心に研究しています。そして、皮肉なことに、大学アカデミア自体は、その研究者の熱意を搾取することで、自分たちを支えているのです。
これで、長年の予算不足を補っているというのが、真実です。
その結果、大学アカデミアに追加予算を配分しても、十分とはほど遠い状況です。
その結果、大学アカデミアには、不安感が蔓延し、欠乏感が蔓延し、常勤職が足りません。
私(ブルック・モリスウッド)は、米国のイェール大学(Yale University)でポスドクを始めた時、その権威ある特権的な場所で、私が抱いた圧倒的な感情は恐怖だったことを今でも覚えています。
助成金が更新されないかもという恐怖、研究がうまくいかないかもという恐怖、失敗するかもという恐怖、恐怖、恐怖、でした。
民間企業と大学アカデミアの資金格差が示唆しているのは、民間企業では、人々が自分の労働時間に見合った適切な報酬を受け取っているということです。
賢く、高度な訓練を受けた、専門的な労働者が欲しいなら、それに見合ったお金を彼らに払う。彼らが働いた時間に対してお金を払う必要があります。しかし、それには多額の費用がかかります。
私が以前に述べたように、大学アカデミアは素晴らしい研究の場になり得ます。In and out of love (with academia) | Total Internal Reflection
大学アカデミアは、あらゆるキャリアの中で最高です。
ただし、ごく一部の人にとっては、です。
彼らの研究は楽しく、エキサイティングで、高く評価されており、研究費獲得が保証され、彼らの教えは次世代を担う院生・ポスドクを鼓舞し、高いレベルの専門的評価を享受しています。それは知識人の夢で、実際の研究生活のすべてです。
あなたが、安定的な職位、安定した研究費、刺激的な研究、熱心な院生、そして合理的な管理上の負担に恵まれているなら、あなたは研究者として、夢の中で生きています。
しかし、多くの人にとって、そして私が思うに、そうではない多くの人々にとって、学問研究の生活は、生き残るために、ひどい苦痛を強いられ、研究で得られる喜びは少なく、生き続けることに安堵するだけになっています。
そのような状況でも、私たち研究者は自虐的で、どんなに追い詰められても学問研究の世界にとどまるという不動の姿勢を賞賛する傾向があります。
しかし、それでいいのでしょうか?
そのような状況に陥った皆さんは、自分の苦境を慎重に評価し、「お金を追う(Follow the money)」ことを考えていただきたいと思います。
●7.【白楽の感想】
《1》深層心理
読みながら途中で、研究者倫理と直接の関係はないと感じたけど、白楽ブログの記事にした。
ナゼ、と自問した。
欧米では、製薬企業のネカト事件数は、大学アカデミアに比べ、圧倒的に少ない。
ネカト事件数はネカト行為数とは異なるけれど、製薬企業の研究文化にネカトをしない理由があるかもしれない、ネカト行為を防止するヒントがあるかもしれないと、白楽は思っている。
それは、悪く言えば、強い隠蔽システム、強い告発ハラスメントのためにネカト行為を表面化しない・できないのかもしれない。逆に、良く言えば、ガバナンスが優れているので研究者はネカトをしないのかもしれない。
白楽は製薬企業の実態をほとんど知らない。
それで、読み進めた。
モリスウッドの「2024年6月のTotal Internal Reflection」論文を読んで、結局、給料の多い少ないは関係なく、正規雇用(安定した職)と研究費がすべてなのかもしれない、と思った。
でも、正規雇用で研究費が潤沢なら、研究者な、なぜネカトをしないのだろう?
する必要も動機もないから、と結論して正解なのか?
《2》欧米は悲惨、日本はもっと悲惨
モリスウッドの「2024年6月のTotal Internal Reflection」論文が指摘したように、欧米の大学アカデミアは相当悲惨な状態ですね。
しかし、欧米の悲惨どころではなく、日本はもっと悲惨な気がする。
ここ20~30年で、日本の科学技術の成果はどんどん転落していった。
読売新聞の記事では、成果が下げ止まったとあるが、ということは、底辺のままで、上昇しないということだ。 → 2024年9月3日記事:日本「質の高い」論文数はイランに次ぐ世界13位、過去最低でも文科省研究所「下げ止まりの傾向」…自然科学分野 : 読売新聞
中国は研究費が潤沢という話なので、中国の科学技術は栄えるわけだ。
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が発行する『科学技術指標2022』によれば、被引用でトップ層に入る科学論文数(トップ10%補正論文数)の指標において、2000年ごろに世界13位であった中国は、18年から20年の期間平均で米国を抜いて世界1位となった。(2022年10月11日記事:科学技術大国 中国が抱える深刻なジレンマ :日経ビジネス電子版)
日本の凋落の責任は、国の「科学技術軽視」政策にあるのは明らかだ。
《3》大学アカデミア
日本でも、製薬企業と大学アカデミアの差がどのようにあるのか?
欧米と似たような状態なのか?
白楽は日本の製薬企業の実態をほとんど知らない。
欧米でも日本でも、大学学部を卒業後5年間の博士課程を経て博士号を取得しても、ポスドクという非正規・臨時職にしか付けない研究者のキャリアって、狂っている。相当おかしい。
基本的な原因は、大学アカデミアの研究職の数に比べ、博士号取得者が異常に多いからだ。
国と大学が、博士号取得者を多すぎるほど養成した上、将来の進路は大学アカデミアの研究職が最良だ、と思わせているためだというアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の解釈が正しいと思う。 → 7-155 オランスキーに聞いた研究不正問題 | 白楽の研究者倫理
白楽もある意味、だまされて大学院、その後、大学教員になってしまったけど、白楽が大学教員になった約40年前は、大学教員という職は、まだましだった気がする。
当時でも博士号取得者に研究職がないと問題視されていた。それで、外国の研究職に就くと頭脳流出と騒いで問題視されていた。ただ、米国で研究者になった院生時代の友人は、頭脳流出と呼ばれるような状況ではなく、日本から捨てられる研究者棄民だと言っていた。
それで、その頃の国立大学の教員は「教官」と呼ばれ、国家公務員で、もちろん常勤職だった。企業の定年が55歳だったのに、国立大学は60~65歳と大学院の5年分を足してあった。
1995年に、文部省(現・文部科学省)の在外研究員として米国とオーストラリアに滞在した時、国家公務員だから、公用旅券を希望するかと問われた。申請しなかったけど、今思うに、記念に申請しておくべきだった。
今現在、高校生だったら、白楽は、将来、何を目指すだろうか?
大学アカデミアの研究職を目指さないのはほぼ確実だ。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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