ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)(カナダ)


【概略】
150222ロジャー・ポアソン(Roger Poisson、写真出典)は、カナダの著名な乳がん外科の医師である。

モントリオール大学・教授(外科)、モントリオールのサン=リュク病院(St. Luc Hospital in Montreal)・がん研究部長だった。サン=リュク病院はモントリオール大学医学生の教育研究病院である。

1990年(57(+1)歳)、ポアソンの臨床試験にねつ造・改ざんがあるのではないかと疑念がもたれた。

ポアソンは、米国・NIH・国立がん研究所から研究助成金を受領していたので、米国・研究公正局の調査が入った。

1993年4月(60(+1)歳)、米国・研究公正局は、ポアソンの臨床試験にねつ造・改ざんがあったと公表した。

150222 Fisher_bernard乳がん患者は多く、しかも、著名な医師のスキャンダルだったので、米国とカナダで大騒動に発展した。

ポアソン事件に関連して、米国・ピッツバーグ大学・教授のバーナード・フィッシャー(Bernard Fisher、写真出典)も研究ネカトの疑念がもたれた。別の記事にする(予定)。

なお、2012年1月12日付け「タイム」誌は、ポアソン事件を「科学ネカトの6大事件」の1つとしている(Great Science Frauds| Full List | TIME.com)。

「タイム」誌の「科学ネカトの6大事件」は、以下の通りである。
ディパク・ダス(Dipak K. Das)(米)
アンドリュー・ウェイクフィールド(Andrew Wakefield)(英)
③ウソク・ファン(Woo Suk Hwang)(韓国)
ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)(カナダ)
⑤デビッド・ボルティモア(David Baltimore)(米)
⑥チャールズ・ドーソン(Charles Dawson)(英)

  • 国:カナダ
  • 成長国:
  • 研究博士号(PhD)取得:
  • 男女:男性
  • 生年月日:1932年生まれ。仮に、1932年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:85(+1)歳
  • 分野:乳がん外科
  • 最初の不正:1977年(44(+1)歳)
  • 発覚年:1990年(57(+1)歳)
  • 発覚時地位:モントリオール大学・教授(外科)、サン=リュク病院・がん研究部長
  • 発覚:「米国外科補助乳がん結腸直腸がんプロジェクト(The National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project:NSABP)」のデータ管理担当者の公益通報
  • 調査:①米国・研究公正局。期間:1990年x月~1993年4月
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正期間:1977~1990年の14年間
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:サン=リュク病院・がん研究部長・辞職

150222 cmaj00054-0119-a ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)。写真出典

【経歴と経過】
不明点多い

  • 生年月日:1932年生まれ。仮に、1932年1月1日生まれとする
  • xxxx年(xx歳):xx大学を卒業。医師免許取得
  • 1977年(44(+1)歳):モントリオール大学・教授(外科)、モントリオールのサン=リュク病院(St. Luc Hospital in Montreal)・がん研究部長
  • 1990年(57(+1)歳):不正研究が発覚する
  • 1993年4月(60(+1)歳):米国・研究公正局に、ねつ造・改ざんがあったと公表された

【乳がんの治療法】

乳がんは、欧米先進国では、女性のがんの約25%を占めるほど多く、「3大がん」の1つである。2012年に世界で168万人が罹患し、52万人が亡くなっている。

5年生存率は80~90%と高い。適切に診断・治療をすれば完治の可能性は高い。

但し、乳がんの治療は原則的に以下の外科的切除である。外科的切除を基本にし、抗がん剤や抗エストロゲン剤など化学療法と放射線療法が併用される。

★外科的切除

乳がんの外科的切除は以下の2通りある。

  1. 乳房温存療法(lumpectomy 乳房の部分切除、脇の下のリンパ節を摘出)
  2. 乳房切除療法(mastectomy 乳房を大きく切除、あるいは完全切除)

切除部分を単純に比較すると、以下のピンクの部分を切除する手術である。左は大きく切除する乳房切除術(mastectomy)、右は部分だけを切除する乳房温存術(lumpectomy)である。図出典
150222 st_mastectomy_lumpectomy

もう少し細かく見ると乳房切除術に3段階ある。

下図の左上は乳房温存術(lumpectomy)、右上は部分的乳房切除術(partial mastectomy)、左下は全乳房切除術(total mastectomy)、右下は胸筋温存乳房切除術(modified radical mastectomy:MRM)である。
150222 AZ_d0073-3

日本では、大きく切除する乳房切除が乳がん手術の主流だったが、2003年、乳房温存が主流になった。2015年現在、乳がん手術全体の1/3が乳房切除術で、2/3が乳房温存術である。

例えば、東京女子医科大学・東医療センター外科では2005年頃から乳房温存療法に取り組み、2015年現在では全乳がんの78%に乳房温存療法が行われている(乳がんの治療法)。

以下、歴史的な経過を、渡辺医院院長・渡辺亨の講演から修正引用する(【あけぼの会】講演会報告)。

1852年に生まれたウイリアム・ハルステッドという米国の外科医は、乳房切除術など多くの手術方法を確立した。

乳がんの術式のうち、この先生の名前をとったハルステッド手術と呼ばれる乳房切除術は、かつてはスタンダードな手術法でした。それは乳房と大胸筋、小胸筋、脇の下の軟部組織をまとめて全部一塊にして切除する方法で、20世紀前半の標準的な術式と考えられていました。

ハルステッドがこのような手術を考えた理由は、乳がんはまず局所皮膚からリンパ節に転移し、次に遠隔臓器に転移していく。つまり原発巣(最初に出来た部分)、局所(脇の下のリンパ節)、領域(そのもう少し上)、そしてさらに遠隔というように、ホップ・ステップ・ジャンプと、丁度水面に水の輪が広がって行くようにだんだん広がっていくと考えられていました。

だんだん広がっていくから、がんが小さい範囲のように見えても、なるべく広い範囲を取っておく必要があるということで、昔は筋肉も合わせてまとめて取るようなことをしていました。

ところが広い範囲の切除をしても、しなくてもあまり変わらないということが1970年代以降に分かってきました。

バーナード・フィッシャーという米国の外科医が、NSABPという臨床試験グループで、臨床試験を行ないながら数々のデータを出してきました。たとえば先程のハルステッド手術(乳房切除術)をやっても乳房温存術をやっても、ランダム化比較試験をしたら成績が変わらなかった。だから広い範囲を取る必要は無いということが分かってきました。

さらに、乳房切除療法と乳房温存療法を比較したところ、生命予後、つまり、5年・10年経った生存率、が変わらないということが分かってきたので、広く取っても意味が無いということになり、乳がんというのは、今まで考えられていたハルステッド理論ではなく、別の理論で考えないと駄目だろうということになってきました。

さらに、このバーナード・フィッシャーらのグループは、手術だけ行なった場合と、手術の後に抗がん剤治療をやった場合、抗がん剤をやったほうが再発率が低いし、生存期間も長く生存率も高い、つまり治癒率が高くなるということが分かってきました。

★臨床試験:「米国外科補助乳がん結腸直腸がんプロジェクト(The National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project:NSABP)

「米国外科補助乳がん結腸直腸がんプロジェクト(The National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project:NSABP)」は、米国・NIH・国立がん研究所からの研究助成を受け、国を越えて、大規模に乳がん・結腸直腸がんの臨床試験を行ない、どのような治療法が優れているかのコンセンサスを、がん治療医師の間で構築している組織である。

発足は、1958年で、既に、50年以上の歴史がある。治験(臨床試験)に参加した女性患者は11万人に及び、米国、カナダ、その後、プエルトリコ、オーストラリア、アイルランドの1,000に及ぶ大学病院、がんセンター、大規模病院が参加している。

治験結果を治療方針に反映させ、目覚ましい効果をあげてきた。例えば、乳がんの化学療法の薬・タモキシフェン(tamoxifen)とラロキシフェン(raloxifene)の効果の科学的証明である(がんナビ)。

1967年、ピッツバーグ大学・教授のバーナード・フィッシャー(Bernard Fisher)が会長に就任し、ペンシルヴァニア州のピッツバーグに本拠を移転した。

「米国外科補助乳がん結腸直腸がんプロジェクト(The National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project:NSABP)」は名称が長いので、以下、「乳がん治療組合(NSABP)」と呼ぶ。

【不正発覚・調査の経緯】

★発端

1990年(57(+1)歳)、「乳がん治療組合(NSABP)」会長でピッツバーグ大学・教授のバーナード・フィッシャー(Bernard Fisher)研究室のデータ管理担当者が、モントリオールのサン=リュク病院の乳ガン患者の臨床試験報告書に異常を見つけた。

モントリオールのサン=リュク病院、14年前の1977年から「乳がん治療組合(NSABP)」に参加していた。サン=リュク病院の乳がん外科医のポアソンが、サン=リュク病院のまとめ役であり、カナダ側全体の研究代表者だった。

臨床試験報告書の異常は、同一2つの臨床試験が報告されているのにもかかわらず、治療の日付だけが異なっていた。1つの治療記録には、臨床試験の資格が得られる日付が書いてあり、もう1つ治療記録では、治療日から長い期間経っているので、臨床試験の資格が得られない患者だった。

というのは、「乳がん治療組合(NSABP)」には22か条の治療規則がある。その1つは、臨床試験患者に登録できるのは、患者が乳ガンと診断されてから28日以内という規則である(後に、28日の日数は56日に変更された)。

モントリオールのサン=リュク病院から治療記録を取り寄せると、他の6患者にも同様のことが見つかった。

「乳がん治療組合(NSABP)」は、サン=リュク病院の臨床試験を中断させ、サン=リュク病院の不審な状況をNIH・国立がん研究所に報告した。NIH・国立がん研究所は研究公正局にこの状況を伝えた。

Roger Poisson1

★研究公正局

研究公正局が調査に入った。

モントリオールのサン=リュク病院は、ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)を研究代表者に、1977年から「乳がん治療組合(NSABP)」に参加しており、1990年までの14年間に、1,504人の臨床試験患者を登録していた。

研究公正局の調査官と外部の2人の専門家は、サン=リュク病院と1,504人の患者の治療記録を精査した。さらに、研究代表者、乳がん治療プロジェクトに関係した医師、、データ管理者、研究看護師に治療記録について質問した。

そして、ポアソンが犯人だと特定した。

別の記事では、「乳がん治療組合(NSABP)」の係員が、モントリオールのサン=リュク病院のポアソンに臨床試験報告書の異常を問い合わせると、驚いたことに、ポアソンが「臨床試験の資格がない患者を臨床試験にお願いしていたので、何年もの間、データを改ざんしていました」と答えた、という記載もある。

研究公正局の調査結果によると、1977年から1990年までの14年間の14回の「乳がん治療組合(NSABP)」プロジェクトで、111回のデータ改ざん、または、登録した99人の臨床試験患者に関係するデータねつ造があった。

具体例として、以前にがんにかかった女性患者をがん罹患歴なしと記載したケース、乳がんの進行段階を意図的に格下げしたケース、治療日を改ざんしたケース、適切なインフォームド・コンセントしていないケースがあった。

なぜ治療日を改ざんしたかというと、先に述べたように、「乳がん治療組合(NSABP)」には22か条の治療規則がある。その1つは、臨床試験患者に登録できるのは、患者が乳ガンと診断されてから28日以内であるという規則があった。ポアソンはこの条件に適合するように、適合しない54患者の診断日付を改ざんしたのである。

サン=リュク病院のデータ管理担当者は、これらのねつ造・改ざんは、ポアソンの指示により行なったとのべた。そして結局、ポアソン自身もねつ造・改ざんを認めた。

「乳がん治療組合(NSABP)」は、「乳がん治療組合(NSABP)」として推奨した乳がん治療指針が、ポアソンのデータねつ造・改ざんが発覚したことでどれほど改訂が必要か、検討し結果を発表することにもなった。

1993年4月(60(+1)歳)、研究公正局はニュースレターで、上記の調査結果を公表した。

Roger Poisson2

★ポアソンの評価

研究公正局の調査員の1人は次のようにポアソンを評価した。

ポアソンのデータ改ざんは、研究結果を特定の方向に捻じ曲げるつもりはなく、単に、できる限り多くの患者を登録しようとした改ざんである。つまり、ポアソンのデータ改ざんの動機は、「ミエ、虚栄」である。

ポアソンは、自分が優秀で、NIH・国立がん研究所から100万ドル(約1億円)も研究助成されている「乳がん治療組合(NSABP)」に、自分が大きく貢献していると組合会長のフィッシャーに思われたかったのだ。それに、自分が優秀であると認めてもらい、フィッシャーの論文の共著者になりたかったのだ。

上記以外、そして、マスメディアからもいろいろ言われ、ポアソンは、憤慨して、次のコメントをした。

これは米国とカナダの医学界の政治抗争である。米国の乳がん治療では、乳房切除療法(mastectomy)よりも、外観を損なわない乳房温存療法(lumpectomy)を推奨している。ところが、カナダは乳房温存療法(lumpectomy)の手術をあまり導入してこなかった。だから、米国医学界はカナダの乳がん治療をイマイマしく思っていた。その標的が私で、私が代表して、米国医学界を敵に回した格好になったのだ。米国医学界は私をスケープゴートとしたのだ。つまり「カナダの医師にショックを与えろ」ということでしょう。

米国・国立がん研究所はポアソンに100万ドル(約1億円)の研究助成している機関だが、国立がん研究所の癌治療・副ディレクターのドワイト・カウフマン(Dwight Kaufman)は、ポアソンのコメントを「茶番だ」と酷評した。

さらに、「ポアソンは、科学的方法が何たるかをわかっていないか、科学研究というものへの敬意がない。データを改ざんすることが世界中の女性の健康をそこなうのを、ポアソンは、全く、わかっていない」と指摘した。

ポアソンは、「研究報告に小さなデータの不一致があったことで、自分の乳がん治療への貢献度を判断しないで欲しい。私は、患者の幸福にとても大きく貢献してきているのです」と抗弁している。

この事件のケジメとして、ポアソンは、米国政府の医学研究助成金を受領できなくなった。さらに、カナダのサン=リュク病院のがん研究部長を降格させられた。しかし、カナダ当局はそれ以上、ポアソンにペナルティを科していない。

Roger Poisson3

【論文数と撤回論文】

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)の論文を「Poisson R[Author]」で検索すると、1947年~2014年の68年間の68論文がヒットした。この記事のポアソン以外の人の論文が入っていると思われる。

2015年2月18日現在、撤回論文はゼロである。

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【防ぐ方法】

《1》医者の特別扱い禁止

著名な医師は、自分が、別格だと思ってしまう。

米国の医学コンサルタントのホッホハウザーは治験審査委員会(IRB)の委員を務めた経験をもとに,臨床医学研究者が不正を犯す根っこに医師特殊観があると指摘している。

外科教授となると、医局の数十人の医師が恭順し、専門分野に関しては世界の権威で、全知全能のようにふるまえる。手術室では患者の生命を掌握する神のような存在である。英語では“God complex”と呼ばれる(“神格化”)。臨床医として有名で高い地位になればなるほど、規則・規範を軽視・無視し、自分に都合のよいように解釈する性向が強くなる。

つまり、臨床医学研究者の「自己中心」、「全知」、「全能」、「処罰されない」という4つの間違った特殊観が形成されると指摘している。

日本では、大学医学部に入学した時点で特別扱いが始まる。チョッとした勉強会に参加すると、ランチやクッキーが用意されている。小物のギフトがある。以後、これらの特別扱いにどっぷりと浸って中年になると、一部の医師は、金・権力・名声などの欲望が先行し、患者を実験動物のように扱う(写真出典)。
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《2》規則を遵守させる

規則を明確にすることが第一である。

そして、「《1》医者の特別扱い禁止 」と同視点だが、著名な医師・科学者でも特別扱いせずに、規則を遵守させる。

規則違反する著名な医師・科学者には、マスメディアまたは官憲が乗り出す。

【白楽の感想】

《1》掛札 堅(かけふだ つよし)先生

1995年6月、白楽は米国・NIHの国立がん研究所に5か月滞在した。研究所に到着後、大先輩のNIH・がん研究者・掛札 堅先生(『アメリカNIHの生命科学戦略』の著者)の研究室に表敬訪問した。

その時、掛札先生は、「アメリカは、今、カナダの乳がん研究者の事件で大騒ぎだよ」とおっしゃった。日本では、その事件は全く報道されていなかったので、白楽はなんの話しか分からず「ポカン」としてしまった。20年も経った今、その時のことを突然思い出した。それが、このポアソン事件だった。

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故・掛札 堅(かけふだ つよし)。(写真。1997年7月白楽撮影、NIHの掛札先生の研究室)。1929年生まれ、1951年東大医学部卒、1960年渡米、City of Hope医学センターを経て、NIHの国立がん研究所(National Cancer Institute:NCI)で研究し、2006年、アメリカで没。

掛札先生、いろいろお世話になりました。感謝しています。

【主要情報源】
① 1993年4月号の研究公正局ニュースレター:ORI Newsletter Volume 1, No 2, APRIL 1993.
② ◎最初の記事。1994年3月13日のジョン・クルードソン(John Crewdson)の「Chicago Tribune」記事:Breast cancer researcher gave false data for decade – Baltimore Sun
③1994年4月1日、クライド・ファーンズワース(Clyde H. Farnsworth,)の「ニューヨーク・タイムズ」の記事:Doctor Says He Falsified Cancer Data to Help Patients – NYTimes.com
④ 1994年5月19日、バーナード・フィッシャー(Bernard Fisher, M.D.)とキャロル・レドモンド(Carol K. Redmond, Sc.D.,)の「N Engl J Med 1994; 330:1458-1462」の記事:Fraud in Breast-Cancer Trials — NEJM
⑤ 1994年9月15日、F Lowry 「Dr. Roger Poisson: “I have learned my lesson the hard way”」、CMAJ. 1994 Sep 15; 151(6): 835–837. PMCID: PMC1337145:Dr. Roger Poisson: “I have learned my lesson the hard way”.
150222 212-4813-Product_LargeToMediumImage⑥ 2010年の著書(一部無料閲覧可)。リサ・ケレネン(Lisa Keränen)の『Scientific Characters』。248 pp.、978-0-8173-1704-1、$44.95。2章が「ロジャー・ポアソン」で、3章が「バーナード・フィッシャー」。
⑦ ウィキペディア英語版:Bernard Fisher (scientist) – Wikipedia, the free encyclopediaの「Poisson case」の部分
⑧ 新聞記事の切り抜き:テッド・コルトン(Ted Colton)のパワーポイント「Fraud in Medical Research: Emphasis on Statistical Aspects」。サイト:www.pitt.edu/~super7/30011-31001/30521.ppt