マイケル・ブリッグス(Michael H. Briggs)(豪)


【概略】
150119 2マイケル・ブリッグス(Michael H. Briggs、写真出典)は、英国に生まれ、米国で博士号を取得し、オーストラリア・ディーキン大学(Deakin University)の看板教授(生化学者)として、妻・マキシーン(Maxine)と2人3脚で経口避妊薬の研究をしていた。

経口避妊薬の効果についての世界的権威で、世界保健機関(World Health Organisation)の特別顧問を務め、ディーキン大学の目玉教授だった。製薬企業から、約100万ドル(約1億円)の研究資金を得ていた。

1983年11月(48歳)、ディーキン大学・人間生物学部・教授の時、データねつ造が発覚した。オーストラリアでは大事件となった。

150119 geelong-campusディーキン大学・ジーロングキャンパス 写真出典

  • 国:豪
  • 成長国:英国
  • 研究博士号取得:米国・コーネル大学(Cornell University)
  • 男女:男性
  • 生年月日:1935年8月20日
  • 没年:1986年12月。享年51歳
  • 分野:生化学者
  • 最初の不正論文発表:1979年(43歳)
  • 発覚年:1983年(48歳)
  • 発覚時地位:豪・ディーキン大学(Deakin University)・人間生物学部・教授
  • 発覚:内部公益通報
  • 調査:ディーキン大学倫理委員会委員長のジム・ロシター(Jim Rossiter)
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:2報。撤回論文なし。調査は不充分。ほぼ全部の論文が研究ネカトと思われる
  • 時期:研究キャリアの中期に発覚だが、初期からと思われる
  • 結末:辞職

【経歴と経過】
経歴出典

  • 1935年8月20日:英国で生まれる
  • 1956年(21歳):英国・リバプール大学(Liverpool University)・卒業
  • 1956-1959年(21-24歳):米国・コーネル大学(Cornell University)で研究博士号(PhD)取得
  • 1959-1962年(24-27歳):ニュージーランド・ヴィクトリア大学(Victoria University)・講師。博士号(DSc) 取得
  • 1962-1966年(27-31歳):米国・カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)のシニア・フェロー
  • 1966- 1970年(31-35歳):英国・シェリング化学(Schering Chemicals)社・研究員
  • 1970年(35歳):ザンビア大学(University of Zambia)・教授(生化学)
  • 1973年(38歳):豪・メルボルンのアルフレッド病院(Alfred Hospital)生化学部長
  • 1975年(40歳):豪・ゴードン工科大学(Gordon Institute of Technology)・応用科学部長(Head of the School of Applied Sciences)
  • 1976年(41歳):ゴードン工科大学が発展的解消し豪・ディーキン大学(Deakin University)になるのに伴い、ディーキン大学・人間生物学部・教授、科学計画学部長
  • 1983年11月(48歳):データねつ造が発覚
  • 1985年9月(50歳):ディーキン大学辞職
  • 1986年12月(51歳):スペインにて、病気で死亡。妻・マキシーン(Maxine)(旧姓Staniford)と、最初の結婚でもうけた2人の子供をのこして

【研究内容】

経口避妊薬の摂取にはリスクがある。リスクがある医薬品は、リスクと利益のバランスで判断する。そして、1960‐70年代、製薬企業、政府、医師が、これらの問題で最も信頼したのが、ブリッグスの研究結果だった。

一般社団法人 日本家族計画協会 によると、「ピルの副作用」は以下の通りだ。

ピルの服用開始時期にみられる症状の多くは、妊娠初期に起こるものと似ています。低用量ピルでは、副作用はきわめて少ないとはいえ、気持ちが悪くなる、吐く、めまい、乳房が張る、体重が増える、頭痛、性器からの出血、消退出血、ゆううつ感などが指摘されています。これら症状の多くは、二、三周期で消失しますが、症状が続く場合には、他のピルに変更することが必要です。

ホルモン用量の高いピルの時代には、心筋梗塞、静脈血栓塞栓症、脳血栓、高血圧など心循環器系疾患、肝機能障害、乳房や子宮頸部、肝臓のガンなどの発生率を高めることが話題になっていました。低用量ピルを服用しての副作用については、現在大々的な疫学調査がWHOによって実施され、徐々に明らかにされつつあります。

ブリッグスに多額の研究資金を提供し、彼らの研究結果に依存して、経口避妊薬の安全を主張してきた会社は、ドイツのシェーリングAG社(Schering AG、現・バイエル社(Bayer AG))、米国のワイス社(Wyeth、現・ファイザー社(Pfizer Inc.))である。

1986年の記事(主要情報源③)によると、経口避妊薬は、英国ではロギノン(Logynon)とトリノーディアル(Trinordial)、米国ではトリレブレン(TriLevlen)とトリフェージル(Triphasil)などの製品名で市販されていた。ブリッグスの研究結果だけに基づいたわけではないが、10年以上前から、両政府は医薬品として認可していた。

【不正発覚の経緯】

1978年(43歳)、ディーキン大学・栄養学科長に新たに任命されたマーク・ウェルキヴィスト教授(Mark Wahlqvist)は上司のブリッグス学部長の研究結果はねつ造ではないかと疑念を抱いた。

1981年(45歳)、ウェルキヴィストは、マックス・チャールズワース代理学長(Max Charlesworth)に相談した。

1982年(46歳)、ビクトリア州の著名な医学研究者であるブライアン・ハドソン(Bryan Hudson)、ヘンリー・バーガー(Henry Burger)も、ブリッグスの研究結果はねつ造ではないかと、ディーキン大学・学長のフレデリック・ジェボンズ(Frederic Jevons)に問いただした。

ジェボンズ学長はブリッグスに説明を求め、ブリッグスの説明にジェボンズ学長は納得し、不正はないと返答した。

1982年(46歳)、ディーキン大学・倫理委員会・委員長のジム・ロシター(Jim Rossiter)も、ブリッグスが研究ネカトをしているとの公益通報を受けていた。研究ネカト疑惑の理由は以下のようだ。

  • ディーキン大学は、ブリッグスが論文に記載している研究ができる設備を持っていない。それらを遂行する研究費を支給していない。
  • 論文に記載しているホルモン・ディソジェストレル(desogestrel)は、オーストラリアでは認可されていない。どこで入手したのか? していないのか?
  • 表と本文が矛盾している。
  • ヒトで測定した方法は、羊での測定法だ。
  • 論文ではビーグル犬で実験したとあるが、ディーキン大学にはビーグル犬はいない。

1983年11月(48歳)、ロシターは、ブリッグスに説明を求める手紙を出した。1979年と1980年の経口避妊薬の効果に関する論文に関して、女性治験者の募集やデータ分析に疑念があると書いた。

ロシターは、ブリッグスから満足する返事が得られなかった。それで、ディーキン大学・学長のフレデリック・ジェボンズ(Frederic Jevons)に状況を伝えた。

ジェボンズ学長は、今度は、調査のための予備審査委員会を設置しようとした。しかし、ブリッグスが反対した。

ブリッグスはさらに意表を突く行動にでた。ヴィクトリア州最高裁判所に予備審査委員会設置の差し止め命令を申請したのである。

ジェボンズは、後に、「この事件で起こったことだが、裁判所が科学研究の調査を止めさせたのは、歴史上初めてだと思う。また、それまで私はブリッグスを擁護しようと思っていたが、これが分岐点だった」と述べている。

異常事態に陥ったディーキン大学は、事態を保留し、大学行政に絶対的な権力をもつ視学官(The Visitor)の来訪を要請した。視学官制度は、英連邦の大学群の通常の制度である。

1984年9月(49歳)、視学官として、提督・ブライアン・マレイ卿(Admiral Sir Brian Murray)が来学した。

1985年2月(49歳)、ブライアン・マレイ卿は、マイケル・ブリッグスを支持した。ジェボンズ学長の運営の不手際を指摘し、彼の裁量で予備審査委員会を設置できなかったと批判した。

ジェボンズ学長は視学官の見解を否定したが、視学官が一度決定したことを覆す方法はない。

ディーキン大学の調査は、ここで頓挫したかに思えた。

倫理委員会委員長のロシターは別の手段に訴えた。

1985年6月(49歳)、ビクトリア州の著名な医学研究者であるブライアン・ハドソン(Bryan Hudson)、ヘンリー・バーガー(Henry Burger)とともに、ジム・ロシター(Jim Rossiter)は、ブリッグスの不正研究の疑念を医学ジャーナル誌・「Contraception」に発表した。

これで事態は表沙汰になった。マスメディアも群がり、オーストラリア学術界の大事件となった。

1985年10月(50歳)、ブリッグスはディーキン大学を辞任し、オーストラリアを去り、スペイン南部に移住した。

1986年9月(51歳)、ブリッグスは、ジャーナリストのブライアン・ディア(Brian Deer)記者に以下の内容の不正研究を白状した。

  • 経口避妊薬の効果を大規模に治験したとしたが、実際は治験しなかった。治験は別人(誰か明言なし)のデータを流用した。
  • 動物実験をしたことになっているが、動物実験は一度もしていない。
  • 論文では生化学データを混用している。元データをどこで得たのか、どの国で実験した時に得たのかさえもわからない。

記事は、1986年9月28日、「サンデー・タイムズ」紙に発表された(下記の紙面)。Michael Briggs and a pharmaceutical fraud, by Brian Deer
150119 michael-briggs[1]

1986年12月(51歳):新聞は、マイケル・ブリッグスがスペインで病気で死亡したと報道した。妻・マキシーン(Maxine)(旧姓Staniford)と、最初の結婚でもうけた2人の子供をのこして

1987年(没後)、ブリッグスが亡くなる直前、ディーキン大学は調査委員会を設立していた。ブリッグスの共同研究者の不正を調査することと、ディーキン大学の悪評を回復するためだった。調査委員会は、ブリッグスの論文に少なくともある程度のねつ造があったこと、共同研究者に不正がなかったことを結論した。

【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、マイケル・ブリッグス(Michael H. Briggs)の論文を「Briggs MH[Author]」で検索すると、1960年~1999年の40年間の113論文がヒットした。1986に死亡しているので、他人の論文が入っている。

2015年1月14日現在、撤回論文はゼロである。

1979年に3報あるので、問題の論文は、この内の1つだろう。全部、妻だけが共著の論文である。

1981年は1報なので、これが問題の論文だろう。「Free PMC Article」なので無料で閲覧できる。

なお、ブリッグスは査読付き論文として研究成果を発表したのではなく、世界のシンポジウムで発表し、製薬企業がそれを配布用パンフレットとして使用した。だから、問題論文は上記ではないかもしれない。

ブリッグスは1979‐83年に以下の3つの重要な発表した。これらは上記に重複しない。これらが問題の発表なのかもしれない。

  • 1979年、Recent Biological Studies in Relation to Low Dose Hormonal Contraceptives
  • 1980年、Progestogens and Mammary Tumours in the Beagle Bitch
  • 1983年、Comparative Metabolic Effects of Oral Contraceptives Containing levonorgestrel or Desogestrel

【白楽の感想】

《1》 外国の大事件

オーストラリアでウィリアム・マクブライドと並ぶ大事件だったそうだ。しかし、日本では全く知られていない。

いいんだろうか?

《2》 調査記録が秀逸

主要情報源②に調査記録が整理されている。今まで調べた「研究上の不正行為」の中で、この記録の整理と保持はトップクラスである。

ただ、写真が少ししか見つからない。

《3》 医薬品の事件

ヒトが医薬品を摂取する。助成金バイアスがかかり研究ネカトをした論文の医薬品は、必ず、ヒトの健康を損なう実害がある。健康被害の調査を十分にしないが、補償額が巨額になるからだろう。泣き寝入り被害者は、一般大衆である。

不正研究者にもっと強いペナルティを課さないと、ズル研究者が後を絶たない。「研究を損ねないでズル研究者をたたく」。なんとかしないと。

【防ぐ方法】

《1》 大学院・研究初期

大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。

ブリッグスの場合、英国・リバプール大学(Liverpool University)か、研究博士号(PhD)を取得した米国・コーネル大学(Cornell University)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。

《2》 不正の初期

「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。

ブリッグスの場合、ディーキン大学で研究ネカトが発覚しているが、多分、それ以前から不正をしていたと思われる。その不正を初期段階で見つけて処分しておけば、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、不正者はあまり出世しないので不正行為の影響が少ない。のどちらかになった公算が高い。

「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、不正行為の影響が大きくなる。

《3》 不正を100%見つける仕組みにする

人間はどうして飲酒運転をするか? 警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。

犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。

「研究上の不正行為」も同じである。悪いこと、研究人生を破滅させるかもしれないと知っているのに不正をする。だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。

すぐに必ず見つかれば、しない。だから、現在の研究制度を変えて、「研究上の不正行為」はすぐ、100%(約98%でも可)見つかる仕組みにする。

【主要情報源】
① ◎1989年秋のブライアン・マーチン(Brian Martin)の論文「Thought and Action (The NEA Higher Education Journal), Vol. 5, No. 2, Fall 1989, pp. 95-102」:Fraud and Australian academics
② ◎The University of Melbourne eScholarship Research Centre:Guide to the Records of Dr Jan Sapp Regarding the Briggs Affair
③ ◎1986年9月28日、ブライアン・ディア(Brian Deer)の「サンデー・タイムズ」の記事:Michael Briggs and a pharmaceutical fraud, by Brian Deer
④ 1992年8月26日のキャンベラタイムズ(The Canberra Times)の記事「THE TRIALS OF A WHISTLEBLOWER
⑤ 1986年10月3日のジオフ・マスレン(Geoff Maslen)とフィリップ・マッキントシュ( Philip McIntosh)の「The Age」記事:The Age – Google News Archive Search