ロルフ=ヘルマン・リンゲルト(Rolf-Hermann Ringert)(ドイツ)


2016年9月15日掲載。

ワンポイント:「2000年のNature Medicine」論文を、大学の調査委員会はリンゲルト研究室の室員の不正と判定したが、DFG-ドイツ研究振興協会は、8年間の締め出し処分をリンゲルト教授に科した。大学教授を解任されなかったが、論文は、「被引用度の高い撤回論文」ランキングの第10位になっている。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】

ringertロルフ=ヘルマン・リンゲルト(Rolf-Hermann Ringert、写真出典)は、ドイツのゲッティンゲン大学(ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン、Georg-August-Universität Göttingen)・教授・医師で、専門は泌尿器学だった。

2002年11月(56歳)、発覚の経緯は不明だが、ゲッティンゲン大学・調査委員会は「2000年のNature Medicine」論文に研究公正違反があったと発表した。

「2000年のNature Medicine」論文は2003年に撤回されたが、2016年9月14日現在、「被引用度の高い撤回論文」ランキングの第10位である。

なお、ゲッティンゲン大学は、卒業生・教員などに50人のノーベル賞受賞者がいて、「Times Higher Education」の大学ランキングでドイツ第9位、世界第99位の大学である。

umg_frontゲッティンゲン大学(Georg-August-Universität Göttingen)・医学部。写真出典

  • 国:ドイツ
  • 成長国:ドイツ
  • 研究博士号(PhD)取得:マンハイム病院
  • 男女:男性
  • 生年月日:1945年9月22日
  • 分野:泌尿器学
  • 最初の不正論文発表:2000年(54歳)
  • 発覚年:2000年(54歳)
  • 発覚時地位:ゲッティンゲン大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)のゲッティンゲン大学への公益通報
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ゲッティンゲン大学・調査委員会。②学術誌「Nature」出版局。③DFG-ドイツ研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft)・調査委員会(Committee of Inquiry on Allegations of Scientific Misconduct)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報撤回
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 結末:辞職なし。8年間の締め出し処分

●2.【経歴と経過】

  • 1945年9月22日:ドイツに生まれる
  • 1972年(26歳):ドイツのマンハイム病院で研究博士号(PhD)取得。研究テーマはエンドトキシン
  • 1976年(30歳):小児外科の研修医になる
  • 1980年(34歳):泌尿器科の研修医になる
  • 1983年(37歳):デュースブルク=エッセン大学(University of Duisburg-Essen)で教授資格を得る。論文タイトル「Nicht seminomatöse Hodentumoren – Grundlagen und Ergebnisse neuer Therapiekonzepte und experimentelle Untersuchungen zur Kinetik von Antitumorsubstanzen in der Interstitialflüssigkeit」
  • 1985年(39歳):デュースブルク=エッセン大学・教授
  • 1988年(42歳):ゲッティンゲン大学・泌尿器・主任教授
  • 2000年(54歳):後に問題視される「2000年のNature Medicine」論文を出版した
  • 2002年11月(56歳):ゲッティンゲン大学・調査委員会は「2000年のNature Medicine」論文に研究公正違反があったと発表した
  • 2012年(66歳):ゲッティンゲン大学を退職(定年退職?)

●5.【不正発覚の経緯と内容】

2000年3月(54歳)、リンゲルト教授は後に問題視される「2000年のNature Medicine」論文を出版した。第1著者はアレキサンダー・クグラー(Alexander Kugler)で、著者は全部で15人、リンゲルト教授は最後著者だった。研究はドイツの医薬品企業・フレゼニウス社(Fresenius)の助成で行なわれた。

この「2000年のNature Medicine」論文は腎臓がんの治療では画期的な方法を報告している。2000年2月29日、CBSテレビがニュースとして取り上げた。
→ Cancer Vaccine Encouraging – CBS News

身体のあちこちに転移した腎臓がんをワクチンで治癒できたという、信じられないほど素晴らしい成果である。方法を少し詳しく見てみよう。

患者には6週間の間をあけて、ワクチンを2回注射する。その後、3か月に1度注射する。これで身体のあちこちに転移した腎臓がんが消失したというものだ。深刻な副作用はない。癌が消失した4人の患者のうちの3人は、最初の12週間で癌が消失した。ただ、患者数17人の結果なので、もっとたくさんの症例が必要だ。

ところが、ゲッティンゲン大学は、「2000年のNature Medicine」論文のデータにネカトがあるとの指摘を受けた。大学は、調査委員会を発足させた。なお、公益通報者の詳細は不明である。

dr__alexander_kugler2002年11月(56歳)、ゲッティンゲン大学・調査委員会は「2000年のNature Medicine」論文に研究公正違反があったと発表した。第1著者のアレキサンダー・クグラー(Alexander Kugler、写真出典)に責任があり。リンゲルト教授を含め、他の14人の共著者に責任はないとした。

アレキサンダー・クグラーは泌尿器科の医師・研究員で、患者の入退院係(senior registrar)を担当していた。仕事がいい加減で、17人の患者から治験者を選ぶ時もいい加減に選んだ。

クグラーは、「2000年のNature Medicine」論文以前に論文を12報も書いていて、内6報は第1著者だから、泌尿器科では有能な研究者と見なされていた(推定)。なお、ゲッティンゲン大学の調査が始まった、ゲッティンゲン大学を辞めて、ドイツ・バイエルン州のフィヒテル山地病院(Klinikum Fichtelgebirge、以下の写真)に、臨床医として移籍してしまった。2016年9月14日現在も、そこに勤務している。151102-header-klinikum-fichtelgebirge

リンゲルト教授は、「論文の発表の際に間違い(元データの間違い、治験登録書の改ざん)があったが、ワクチンは有効なので、論文の訂正で済ませたい」と述べた。

2003年9月、学術誌「Nature」出版局は、しかし、「2000年のNature Medicine」論文を撤回した。ゲッティンゲン大学・調査委員会が調査結果を発表してから10か月も経っていて、その遅い対応が非難された。

DFG-ドイツ研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft)は、ゲッティンゲン大学・調査委員会の報告を受け、調査委員会(Committee of Inquiry on Allegations of Scientific Misconduct)を設置し、調査を始めた。

2005年7月5日(59歳)、DFG-ドイツ研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft)は、「2000年のNature Medicine」論文のデータに深刻なネカトがあったと結論した。リンゲルト教授が論文の責任著者、臨床試験の責任者、泌尿器科主任教授なので、研究公正違反の責任はリンゲルト教授にあるとし、以下の懲戒処分を科した。

8年間、DFG研究助成を申請できない、研究費審査委員になれない(1995 ~ 2003年は審査委員だった)、DFG委員被選挙権がないの3点だった。8年間は、リンゲルト教授が定年退職する年数より1年多かった。つまり、懲戒処分を定年退職まで有効にさせた。

●6.【論文数と撤回論文】

2016年9月14日現在、パブメド(PubMed)で、ロルフ=ヘルマン・リンゲルト(Rolf-Hermann Ringert)の論文を「Rolf-Hermann Ringert [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2012年の13年間の17論文がヒットした。

「Ringert RH[Author]」で検索すると、1971~2013年の43年間の143論文がヒットした。

2016年9月14日現在、1論文が撤回されている。本記事で問題にした「2000年のNature Medicine」論文が2003年9月に撤回された。

●7.【白楽の感想】

《1》組織責任と個人責任

ゲッティンゲン大学・調査委員会は、リンゲルト教授に不正はなく、「2000年のNature Medicine」論文の第1著者のアレキサンダー・クグラー(Alexander Kugler)がクロと、調査結果を発表した。

それなのに、DFG-ドイツ研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft)は、リンゲルト教授が論文の責任著者、臨床試験の責任者、泌尿器科主任教授なので、研究公正違反の責任をリンゲルト教授に科し、懲戒処分した。

アレキサンダー・クグラーは泌尿器科の医師・研究員で、調査が始まるとゲッティンゲン大学を辞めてしまい、以後、臨床医として病院に勤務し、研究活動をしていない。それで、ゲッティンゲン大学もDFG-ドイツ研究振興協会もクグラーを処分できなかった。

しかし、その代わりにリンゲルト教授が処分されるのは変だ。

こういう組織責任論を日本でもしばしば見受けるが、これは、米国の研究ネカト事件ではありえない。やったら、確実に裁判になり、まず、負ける(推定)。

研究ネカトの処分では、個人責任論と組織責任論はどちらがまともだろうか?

今回のように組織責任者を処分すると、では、リンゲルト教授の所属している学部長の指導責任はどうなのか、さらには学長の管理責任は? と上部上部の責任が追及される。そして、挙句の果てに、不正行為の本当の責任があいまいになる。とどのつまり、研究ネカト・システムの改善点を見失う。

組織責任論は進歩がない。やめた方がいい。

ただ、院生は別だ。院生は研究者として1人前ではないから教育され訓練を受けている。教育訓練の項目の1つに研究規範もある。だから、院生は研究規範の習得が十分ではない。

院生が研究ネカトをした場合、それまでの教授の教育・指導が適切であったなら、教授に責任はないが、そうでない場合、教授にも責任がある。というより、教授の方に大きな責任があり、処分も大きくすべきだろう。

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア独語版:Rolf-Hermann Ringert – Wikipedia
② 2003年9月4日の「Guardian」記事:Kidney cancer paper retracted | Science | The Guardian保存版
③ 2005年7月11日の「Science」記事:Joint committee of the DFG reprimands Professor Rolf-Hermann Ringert | EurekAlert! Science News保存版
④ 2002年11月23日のアネッテ・タフス(Annette Tuffs)の「BMJ」記事:Cancer specialist found guilty of misconduct
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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