/2016年6月25日以前に掲載、2026年9月29日(火)更新/
シゼンは、トルコの中東工科大学の学部・修士を卒業後、2000年(23歳?)、米国のコロンビア大学(Columbia Unive rsity)・化学科の大学院生になった。院生の時にネカトをしたが、2005年(28歳?)にコロンビア大学の博士号を取得し、ネカト調査が始まる前に、ドイツのハイデルベルク大学の大学院生になり、2009年(32歳?)ハイデルベルク大学で分子生物学の博士号を取得した。取得の2年前の2007年(30歳?)、コロンビア大学・調査委員会はシゼンをクロと認定した。2010年(33歳?)、米国の研究公正局もクロと認定し5年間の処分を科した。コロンビア大学は2011 年3月(34歳?)にシゼンの博士号を取り消した。しかし、シゼンは、2026年現在、「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)」と名前を変え、母国トルコのゲブゼ工科大学・準教授として研究者を続けている。シゼンは、姓名を「洗浄」、学歴を「洗浄」、研究分野を「洗浄」、と不正の経歴「洗浄」も巧妙だった。米国での分野は化学だが研究公正局が扱ったので生命科学枠に書いた。
〈AI使用:記事はClaudeを使用し、白楽が画像添付と校閲(加筆・訂正)をした。ただ、Claudeの記述に間違いがあり、全部を訂正できていない気もしている〉
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目次(赤字をクリックすると内部リンク先に飛びます)
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1.【概略】
ベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)、トルコ出身、推定1977年頃生まれ、写真出典)は、米国コロンビア大学(Columbia University)化学科の大学院生として、ダリボア・サメス(Dalibor Sames)準教授(当時)のもとで、炭素-水素結合(C-H結合)を選択的に活性化・官能基化するという、有機合成化学の分野できわめて注目度の高い手法を開発したと主張した。
この成果は2002年から2005年にかけて『Journal of the American Chemical Society(JACS)』や『Organic Letters』など一流誌に相次いで発表され、シゼンは2005年10月、優等(with distinction)でコロンビア大学の研究博士号(PhD)を取得した。
しかし実際には、この輝かしい研究成果のほとんどがねつ造・改ざん・盗用による虚構であった。
シゼンは核磁気共鳴(NMR)スペクトルを切り貼りして合成し、白色修正液(ホワイト)でピークを消し、存在しない元素分析結果を捏造していた。
また、コロンビア大学のネカト調査に対して、非協力的な態度を取り続け、実在しない支持者・組織まで作り上げて自己弁護を試みた。
2010年(33歳?)、コロンビア大学・調査委員会の調査報告書に基づき、米国の研究公正局(Office of Research Integrity, ORI)は、少なくとも3本の論文と学位論文において、合計21件の研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)を認定し、5年間の連邦研究資金からの排除(debarment)などの行政処分を科した。
2011年3月(34歳?)、コロンビア大学はシゼンに授与した博士号を正式に取り消した。
研究公正局の案件になったので、本ブログでは「生命科学」枠で扱ったが、分野は化学なので、「研究者の事件一覧(世界:自然科学・工学)」の一覧表にもリストした。
シゼン事件で注目すべきは、このスキャンダルが表面化する前に、シゼンは、米国のコロンビア大学を去り、ドイツのハイデルベルク大学(University of Heidelberg)で分子生物学の第二の博士号を2009年(32歳?)に取得していた点である。
さらに、その後トルコに帰国し、現在は「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)」という姓(結婚後の姓とみられる)へと姓名を「洗浄」し、ゲブゼ工科大学(Gebze Technical University、トルコ)・生物工学科の準教授(Doç. Dr.)として研究・教育活動を継続していることである。
同大学の教員紹介ページでは、学歴として中東工科大学(METU/ODTÜ)での学士(1999年)・修士(2000年)、ハイデルベルク大学での博士(2009年)のみが記載され、コロンビア大学での博士号取得歴(および、その取り消し)については一切触れない学歴の「洗浄」をしている。
本件は、研究不正を犯した研究者が、不正を犯した研究分野(化学)を離れて隣接分野(生物工学)に移行する研究分野の「洗浄」し、学術界に復帰し得ることを示す典型例としても注目される。
この事件は、2012年2月27日発表の「★4.「OnlineUniversities.com」の「大学の10大研究不正」ランキング」の第6位になった(全期間ネカト世界ランキング(1) | 白楽の研究者倫理)。
2.【発覚・調査の経緯】
《1》研究人生

ベング・シゼン(Bengü Sezen)は、トルコに生まれ育ち、高校の頃から化学に秀で、トルコの名門大学である中東工科大学(METU/ODTÜ)で学士号・修士号を取得した。
その後、2000年8月(推定23歳)に米国コロンビア大学の化学科博士課程に入学した。
同年12月、当時助教授(assistant professor)だったダリボア・サメス(Dalibor Sames、チェコ出身、写真出典)の研究室に配属され、2003年にサメスがコロンビア大学で終身在職権(テニュア)を得るまでの間、その中心的な博士課程学生として研究に従事した。
シゼンが取り組んだテーマは、パラジウム触媒などを用いてC-H結合(炭素-水素結合)を選択的に活性化・官能基化するという手法の開発であり、これは医薬品合成をはじめとする有機合成化学全般に応用可能な、当時きわめて注目度の高い研究領域であった。
シゼンは2002年から2005年にかけて、この分野の研究成果をJACSやOrganic Lettersに相次いで発表し、筆頭著者として少なくとも6本の論文を執筆した。指導教員サメスの研究資金は、NIH傘下の国立総合医科学研究所(NIGMS)からの研究費(グラント番号R01 GM60326)であり、2001年から2006年(延長分を含む)にかけて総額でおよそ125万米ドル(約1億2,500万円)が交付されていたことが、後の情報公開によって明らかになっている(RePORT ⟩ Dalibor Sames)。
2005年7月1日、シゼンは博士論文の口頭試問に合格し、同年10月19日、優等(with distinction)でコロンビア大学より研究博士(PhD)の学位を授与された。
しかし、この学位授与の直前・直後の時期に、研究室内部では既にシゼンの実験結果の再現性をめぐる深刻な疑念が生じていた。
学位取得後、シゼンはコロンビア大学を離れ、ドイツのハイデルベルク大学に移り、分子生物学者エルマー・シーベル(Elmar Schiebelm、写真出典)の研究室で、今度は分子生物学分野の博士課程に進んだ。
つまり、コロンビア大学がシゼンの化学分野での不正調査に本格的に着手した時点(2006年以降)では、シゼンは既に米国を離れ、ドイツで新たな博士号取得を目指していたことになる。
研究不正が発覚した当時のシゼンの所属・地位は「コロンビア大学化学科・元大学院生(博士号取得済み)」であり、調査が本格化した時点では既に「ドイツ・ハイデルベルク大学・博士課程学生」という異なる身分に移行していた。
なお、コロンビア大学在籍中、シゼンは米国スタンフォード大学のチャイタン・コースラ(Chaitan Khosla、写真出典)研究室に博士研究員として採用が内定していたが、コロンビア大学の調査を理由に、その着任は無期限に延期されたと報じられている。
シゼンは、スキャンダルが表面化する前に、米国のコロンビア大学を去り、ドイツのハイデルベルク大学(University of Heidelberg)で分子生物学の第二の博士号を2009年に取得した。
その後トルコに帰国し、2026年現在は「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden、写真出典)」という姓(結婚後の姓とみられる)で、ゲブゼ工科大学(Gebze Technical University、トルコ)・生物工学科の準教授(Doç. Dr.)として研究・教育活動を継続している。 → Gebze Teknik Üniversitesi
2023年にゲブゼ工科大学・生物工学科を紹介している動画があった。この時、学科長だったようだ。 → https://www.youtube.com/watch?v=tzYdsnMXzWA(トルコ語)。
《2》研究不正発覚と調査

上の図・写真出典
★不正疑惑
ベング・シゼン(Bengü Sezen)がサメス研究室に加わってわずか2年後の2002年(推定25歳)頃、既に研究室の内外で、シゼンの研究不正疑惑が話題になっていた。
特に、シゼンが不在のとき、研究室の他のメンバーが同じ手順で実験を行なっても、彼女が報告したような反応がまったく進行しないという指摘が繰り返しなされていた。
決定的な証拠が得られたのは2005年7月のことである。疑念を強めたある研究室メンバーが、自分の実験フード内で秘密裏に「おとり実験」を計画した。
通常の出発物質(イミダゾール)を用いた反応と、それに近縁だが異なる誘導体(N-メチルイミダゾール)を用いた反応を並行して仕込み、双方からシゼンの手法どおりの生成物が得られるかどうかを検証したのである。その結果、両方の反応から同一の生成物(フェニルイミダゾール)が検出された。
これは、素材となる元の試薬が違えば、「同じ生成物」が得られることはない。つまり、何者か(シゼン)が反応液に人為的に同じ生成物を添加していた可能性を強く示唆するものであった。
翌日、別の研究室メンバー立ち会いのもとで同じ実験を正しい試薬のみで再現したところ、今度は生成物がまったく検出されず、シゼンの不正疑惑はほぼ確定的なものとなった。
★調査
2005年11月7日(推定28歳)、コロンビア大学は2004年発表のJACS論文に含まれるデータのねつ造を指摘する内部文書を作成し、3名からなる「予備調査委員会(Inquiry Committee)」を設置した。
2006年2月16日(推定29歳)、同委員会は大学院長(Graduate School of Arts & Sciences学部長)に対し、シゼンの不正行為を裏付ける明確な証拠があると報告した。
2006年3月(推定29歳)、これを受けて、指導教員サメスはシゼンとの共著JACS論文2本とその他1本の一部を撤回し、同年6月にはさらに4本(JACSおよびOrganic Letters掲載分)を撤回した。
2007年1月には、シゼンが著者に含まれない別の論文についても、彼女の撤回済み手法を参照していた記述が訂正され、これが通算8件目の(部分)撤回となった。
2006年8月から2007年2月にかけて、コロンビア大学が任命した調査委員会による正式な本調査(formal investigation)が行なわれた。
シゼンは、半年間に及ぶ調査に対して、精巧な駆け引きをした。当初、彼女は調査委員会に協力的だった。初期に彼女は非常に実験に熟練していると主張したが、委員会にそうではないと思われてから、彼女は態度を変えてきた。
彼女のデータねつ造・改ざんの証拠が集まりはじめると、シゼンは、ますます釈明を重ね、ますます怪しい行動をとるようになった。
調査が進むにつて、電子メールや電話に応答せず、理由をつけて直接の会合を避け、指示されても、コロンビア大学が欧州側の大学法律顧問に送付した文書の確認を拒んだ。
さらには実在しない支持者や代理人を名乗る人物からの連絡(後にハイデルベルク大学のコンピューターや彼女自身のパソコンから発信されたものと判明)を調査委員会に対して提示するなど、シゼンは一貫して非協力的な態度を取り、調査を回避・妨害する行動を重ねた。
最終的に、コロンビア大学の調査委員会はシゼンに直接連絡を取ることができないまま、2007年前半(一部報道では2007年5月)、シゼンの不正行為を認定する調査結果をまとめた。
コロンビア大学は、調査報告書を自主的に公開しなかった。その内容が明らかになったのは、C&EN(Chemical & Engineering News)誌などが情報公開法(FOIA)に基づき開示請求を行なった結果である。
以下は、C&EN誌が情報公開法で得た文書の冒頭部分(出典:同)(白楽未読)。全文(167ページ)は → https://web.archive.org/web/20140528090240/http://pubs.acs.org/cen/news/pdf/r_Bracher_11_107Responsive_Redacted.pdf

その結果、研究公正局は、シゼンに21件のネカトがあったと結論した。
ORI(米国研究公正局)も、コロンビア大学の調査結果に基づく独自のオーバーサイト分析を行い、2010年11月、連邦官報(Federal Register)上で最終的な認定結果を公表した。この発表は、なんと、コロビンア大学・調査委員会の報告から3年9か月も遅れていた。 → 2010年12月1日、研究公正局の報告:NOT-OD-11-024: Findings of Misconduct in Science
それによれば、シゼンは少なくとも3本の論文と博士論文において、意図的にデータをねつ造・改ざんし、また1件について盗用を行なったとして、合計21件の研究不正が認定された。
この認定に基づき、ORIは2010年11月4日を起算日として、5年間にわたり、(1)米国政府機関との契約・補助金等(covered transactions)への関与資格の停止、(2)米国公衆衛生局(PHS)の諮問委員会等への関与の禁止、という行政処分を科した。
コロンビア大学は、2011年3月、理事会の決定として正式にシゼンの研究博士号(PhD)を取り消した(学位はく奪)。
さらに同年7月、ORIは前述のFOIA開示請求に応じる形で、コロンビア大学の調査報告書とORI自身のオーバーサイト分析報告書の墨消し(redacted)版を公開し、これによって不正の詳細な手口が広く知られるところとなった。前述と同じ文書(167ページ)は → https://web.archive.org/web/20140528090240/http://pubs.acs.org/cen/news/pdf/r_Bracher_11_107Responsive_Redacted.pdf
なお、これらの報告書は独立した専用ウェブサイト等での恒常的な一般公開はされておらず、C&EN誌など報道機関の記事を通じて内容の要約・引用が閲覧可能な状態にとどまっている。
本件を主に報じたのはC&EN誌(American Chemical Societyの発行するニュース誌)で、Nature誌やScience誌(AAAS)も関連記事を掲載した。
事件を報じたニュース動画は確認されていない。
《3》研究不正の具体的内容
ORIおよびコロンビア大学の調査委員会が特定した、主な不正の手口は以下のとおりである。
- NMRスペクトルのねつ造・改ざん:
複数の別々のスペクトルの断片を切り貼りして1枚の「合成スペクトル」を作成していた。
白色修正液(ホワイト)を用いて不要なピークを物理的に消去するなど、極めて手の込んだ手法でNMRデータを捏造していた。ある例では、4枚のリン-31(31P)NMRスペクトルを合成した複合図が用いられ、一部のピークが修正液のような手段で除去されていたことが確認されている。以下の図が該当図だと思うが、白楽はどこが不正工作した箇所かわかりません(図の出典:A Puzzle Named Bengü Sezen | Science & Technology | Chemical & Engineering News)。
- NMR測定記録の偽装:
コロンビア大学のNMR測定施設を利用するには、講習を受けた学生ごとに個別のアカウントとパスワードが発行される規則になっていた。調査の結果、シゼン本人には一度もアカウントが発行されていなかったことが判明した。
彼女は、既に研究室を離れた元メンバーを含む、他の研究室メンバーのアカウント名とパスワードを流用し、様々なメンバーの記録データの中に、自らの捏造論文に使用したスペクトルを紛れ込ませていた。 - 元素分析(燃焼分析)データのねつ造:
学位論文および複数の論文に、外部の分析会社に依頼したとする元素分析結果を報告していた。しかし、調査の結果、該当する分析会社からコロンビア大学への請求実績が一切ないことが判明した。
シゼンは後に「無償で分析してくれた別の業者を見つけた」と釈明したが、彼女が名指しした業者はこれを否定し、シゼンとの接触記録も一切残っていなかった。 - スペクトルの盗用:
一部のNMRデータについては、同僚の研究データや、測定機器付属ソフトウェアのデフォルト(初期設定)スペクトルをそのまま流用していたことも確認された。
ある事例では、シゼンが「400MHzの機器で測定した」と主張したスペクトルが、実際には別の既発表論文に掲載された「300MHzの機器で測定した」スペクトルと一致していた。両者の周波数条件では本来まったく異なる形状になるはずであることから、盗用が強く疑われた。 - 実験記録(ノートブック)の実質的な欠如:
調査委員会は、学位論文および6本の筆頭著者論文に記載された実験の相当数について、それを裏付けるだけの実験記録が研究ノートに存在しないと結論づけた。
委員会の報告書は、シゼンが管理していた「研究記録」は科学研究コミュニティの標準的な水準を満たしておらず、公表された手順・結果を十分に裏付けるものではなかったと明確に指摘している。 - 「シゼンが実験室にいるときにしか再現できない」という証言:
研究室の複数のメンバーが、シゼンが報告した反応は、彼女自身が実験室にいて実験の実施を把握しているときにのみ再現でき、彼女が不在のときには同じ手順を踏んでも再現できなかったと証言している。これは、彼女が実験結果を人為的に操作していたことを強く示唆する。 - 架空の第三者・組織の創作:
調査が進む中で、シゼンの研究結果の再現性を「保証する」とする、実在しない研究者や組織からの連絡が調査委員会に寄せられた。
これらの通信はすべてハイデルベルク大学のコンピューターまたはシゼン自身のパソコンから発信されたものであることが技術的に特定された。
具体的に撤回が確認されている論文(書誌情報)は以下のとおりである。
- Sezen, B. & Sames, D. “Oxidative C-arylation of free (NH)-heterocycles via direct (sp3) C-H bond functionalization.” Journal of the American Chemical Society, 2004, 126, 13244-13246.(2006年、同誌128巻3102頁にて撤回)
- Sezen, B. & Sames, D. “Selective and catalytic arylation of N-phenylpyrrolidine: sp3 C-H bond functionalization in the absence of a directing group.” Journal of the American Chemical Society, 2005, 127, 5284-5285.(2006年、同誌128巻3102頁にて撤回)
- 上記2本に加え、シゼン自身が2006年当時のC&EN誌への抗議メールの中で言及した、同誌127巻3648頁掲載論文の一部も同時期に撤回されている。
- 2006年6月には、上記とは別に、JACSおよびOrganic Lettersに掲載されたシゼンとの共著論文がさらに4本撤回された(撤回通知の詳細な書誌情報は、ジャーナル側の公表方法が非定型であったため、当時の化学系ブログ等でも「追跡が困難」と指摘されている)。
- 2007年1月には、シゼンが著者に含まれない、元研究室メンバーによる論文(筆頭著者ベンジャミン・レーン)についても、シゼンの撤回済み手法を参照していた記述が訂正され、通算8件目の(部分)撤回となった。
なお、コロンビア大学の調査委員会は、これらの撤回論文および学位論文以外にも、シゼンが関与した研究成果全体について、実験記録の裏付けを欠く「相当数の実験が実際には報告どおりに実施されていない」との強い疑いを示した。
研究公正局による正式な「21件の不正認定」は、あくまで米国連邦研究資金(NIH助成金)が関わった範囲、すなわち3本の論文と学位論文を対象としたものである。
それ以外の共著論文(Organic Letters掲載分等)については、著者であるサメスの判断により「再現不能」を理由に撤回されたものの、研究公正局による正式な不正認定の対象とはなっていない点に留意が必要である。
3.【本件から学ぶ研究不正】
- 指導教員(PI)による生データの一次確認の徹底
本件では、2002年という早い段階から研究室内外でシゼンの実験結果を再現できないと指摘されていたにもかかわらず、指導教員のサメスはシゼン本人の報告を鵜呑みにし続け、NMRの生データや実験ノートを自ら検証することがなかった。
特に、研究テーマが学術的インパクトの大きい「画期的な成果」である場合ほど、その裏付けとなる一次データ(機器のログイン記録、生スペクトル、ノートブック)をPI自身が定期的に確認する仕組みが不可欠である。
この教訓は、C-H結合活性化という当時最先端かつ競争の激しい分野であったからこそ、なおさら重い意味を持つ。 - 大学院生・若手研究者が安心して疑義を申し立てられる仕組みの整備
コロンビア大学の調査報告書自体が認めているとおり、シゼンの結果を再現できずに疑問を呈した少なくとも3名の大学院生が、研究室を去ることになったり、指導上不利益な扱いを受けたりした。
研究不正の告発者・疑義提起者が報復や不利益を恐れることなく声を上げられる正式な相談・通報窓口と、その利用者を保護する制度を、研究室単位ではなく大学レベルで整備しておくことが、不正の早期発見にとって決定的に重要である。 - 誰が、何をどうすべきだったか?
まず第一に、指導教員であったダリボア・サメスは、2002年に研究室内外から最初の再現性への疑義が上がった時点で、シゼンに対する生データの直接検証(NMRアカウントの実在確認、原本スペクトルと発表データの照合、外部分析会社への発注記録の確認等)を自ら行なうべきであった。それを怠ったことが、その後3年以上にわたって不正が継続する土壁を作った。
第二に、コロンビア大学・化学科および大学院当局は、2002年時点で複数の学生から非公式に上がっていた懸念を組織的に吸い上げる仕組みを持つべきだった。実際に懸念を示した学生たちが研究室を去るに至った際、その背景を精査していれば、正式調査の開始は2005年よりもはるかに早い時期に可能であったと考えられる。
第三に、JACSをはじめとする関係学術誌の編集部は、シゼン論文の急速な撤回・部分撤回が繰り返された2006年から2007年にかけて、撤回通知を通常のASAP速報・RSS配信の枠外で処理するなど、透明性を欠く対応を取ったことが当時から指摘されている。学術誌側が撤回情報を迅速かつ明確な形で読者コミュニティに周知していれば、他の研究者による追検証や警戒がより早く働いた可能性がある。
最後に、シゼンが第二の博士号を取得したハイデルベルク大学、および現在の所属先であるゲブゼ工科大学が、採用・学位授与に際して過去の学術不正歴を確認する仕組みを持っていたかどうかも問われるべき論点である。少なくとも現時点で確認できる同大学教員紹介ページには、コロンビア大学での経歴(および学位取り消し歴)についての記載が一切なく、研究不正歴の開示・共有の仕組みが国際的にも機関横断的にも十分に機能していない実態を、本件は如実に示している。
4.【白楽の感想】
〈ここはAIではなく、白楽が書いた〉
《1》日本の学術界は研究不正に関心がなさすぎる
シゼン事件は米国とトルコでは多くの注目を集めた。たくさんの調査資料が公表されている。
しかし、日本では、ほとんど知られていない。日本の化学界(科学界)にまともに伝えられたのだろうか? ウェブで検索しても、それなりに解説しているのは、本記事で引用した「村井君のブログ(岐阜大学工学部応用化学科に勤務)」だけである(2000年8月: 村井君のブログ)。
情報が伝えられなくて、日本は大丈夫なのだろうか?
2026年8月、英国・ケンブリッジ大学のジェイソン・アーデイ教授の研究不正事件を外国のメディアが数百回も報じた。それを日本のメディアが報じている。 → 2026年8月15日: 論文盗作疑惑のケンブリッジ大学元教授が死去 研究不正の調査中に – 日本経済新聞
小保方晴子事件と同じで、アーデイ事件の報道は、研究不正を口実に、有名人のスキャンダル、ゴシップという娯楽になってしまった。つまり、これらの報道は一般社会向けの報道で学術界向けの報道ではない。
一般社会向けの報道として、研究不正の問題と大学の対処の問題は娯楽にならないので、その方向の議論にはあまり進まない。
一般社会向けの報道を担う日本の大手メディアには、それでも、研究不正報道に関する国民の民度を地道に地味に高めていただきたい。地道に地味に報道し続けていただきたい。
一方、学術界向けには、研究不正事件をもっと適切に報道していただきたい。そこでは、研究不正の問題と大学の対処の議論や検討を積み重ねていただきたい。ただ、学術界向けの日本のメディアが貧弱で、報道や議論する場がそもそも見つからない(育っていない)。
《2》若い美女
シゼンには「根っからの嘘つき」、「偽装の達人(Master of fraud)」など、最大級の侮蔑語がかぶせられている。
トルコでは高校の時から化学に秀で、天才と扱われ、米国にきてからも超優秀とみなされた。しかも、若い美女とあれば、研究者養成のまともな訓練を受けず、どこでもチヤホヤとお嬢様に扱われたのだろう。
それでも、期待に応えようとしたが、いかんせん研究の実力がない。それで、データねつ造・改ざんに走ったのだろう。調査報告書に、彼女の実験技術は低いとある。美しさで周囲をダマせても、研究はダマせない。
《3》なぜ?
研究不正事件もそうだけど、多くの不正や犯罪で、不正者はかなりの才能があり、不正に対し多大な努力している。まじめに働けば、不正や犯罪で得た成果と同じくらい、あるいはもっと多くの成果が得られたと思える。
上記《2》で「研究の実力がない」と書いたが、シゼン事件を調査した人々によれば、シゼンの研究不正工作は、シゼンが化学の原理についてかなり深く理解していたことを示しているそうだ。シゼンが詐欺行為を行ない、その痕跡を隠すために費やした才能と努力は、真面目に博士号を取得するために必要な努力に匹敵するほどだとのことだ。 → 2011 年 8 月 8 日のウィリアム・シュルツ記者(William G. Schulz)の記事:A Puzzle Named Bengü Sezen | Science & Technology | Chemical & Engineering News
となると、どこかで、選ぶ道を間違えたんですね。
《4》研究指導者の責任
シゼン事件は院生のデータねつ造・改ざん事件である。それに盗用もあった。
この場合、研究指導者であったダリボア・サメス(Dalibor Sames)に大きな責任がある、と白楽は考える。
院生と研究指導者は対等の関係ではない。院生は、研究の進め方・スキル・考え方が未熟だから指導を受けるのだ。だから、院生のネカトは指導者の責任が大きい。シゼンの全論文にダリボア・サメス(Dalibor Sames)が最後著者になっている。サメスに論文内容を精査する義務があったのは明白だろう。
しかし、研究指導者だったサメスは責任を問われていない。この点、米国でも問題視されているが、白楽も問題だと思う。サメスはシゼン不正騒動中に正教授に昇進した。2026年現在、コロビンア大学・化学科の教授になっている(写真出典:Dalibor Sames | Chemistry)。
《5》研究ネカトでクロの研究者が研究職を続けられた少ないケース
シゼンは研究ネカトでクロと判定されたのち、母国・トルコで研究職を続けている。外国で研究不正者と認定された人が母国で研究者として活動している例は日本以外では少数である。日本では多数いる。
研究界は研究ネカト者を追放すべきだと白楽は考える。研究ネカト者の研究に信頼おけるだろうか? 研究ネカトをした大学教授の講義に学生が信頼を寄せられるだろうか? もちろん、研究ネカト者も幸せに生きて欲しいとは思うが別の世界でのことだ。
罪を償えば復職できる職種はあるが、復職が認められない職種もある。性犯罪で有罪になったら裁判官は罷免され、復職できない。研究ネカトでクロと認定された研究者は、国内だろうが国外だろうが、復職を認めるべきではないだろう。
しかし、研究ネカトでクロと判定後にも研究職を続けている例はある。まとめた → 研究ネカト者が研究職を続けた
ただ、シゼンは、姓名を「洗浄」、学歴を「洗浄」、研究分野を「洗浄」、過去の研究不正の隠蔽工作が徹底している。そういう意味では、研究不正者の中では突出している。
ただ、白楽がシゼン事件を記事にしたように、この程度の「洗浄」では、それなりの人が探せば、ネカト者だったことはわかる。でも、わからない人も結構いると思う。
《6》ネカト被災者
不正者が生き残り、告発者が死に絶える。
シゼン事件では、シゼンの再現不可能な研究結果について疑問を呈したために、サメス研究室から少なくとも3 人の院生が離籍した。
コロンビア大学・調査報告書に次のように箇所がある。
2 人の大学院生、黒塗りと黒塗りは、大学院 3 年生になった頃、黒塗りによってその研究グループを離れるよう求められた。また、黒塗りという大学院生は、2 年生の試験に合格した後、黒塗りの研究グループを離れることにした。これらの大学院生たちは、シゼンの研究成果を再現し、発展させようと何度も試みたが、成功しませんでした。
そして、なぜこれらの大学院生たちはサメス研究室を離れるよう求められたのかは明らかにされていない。
しかし、「無駄になった時間や労力、そして研究成果を再現できなかったのは、共同で研究していた大学院生の人生に大きな悪影響を与えた」のは事実だろう。
3人の大学院生以外、当時、サメス研究室にいたすべての室員はシゼン事件で何らかの損害を被ったネカト被災者だと思う。
まともな研究室だったら、一流の大学教授になっていた可能性のある院生だったろうに。まあ、見方を変えて、「人間万事塞翁が馬」としておこう。
《7》大学も国も隠蔽体質
シゼン事件では、かつてサメス研究室で働いていた人々がその後どうなっているのかは不明だが、コロンビア大学は、シゼンと一緒に研究していた人々が被った被害について、一切口を閉ざしている。
コロンビア大学は、サメスや他の職員が、シゼン事件について、公に発言することさえ、明確に禁止している。
コロンビア大学が作成した調査報告書およびそれに付随する研究公正局の分析結果を受け取った後、 「Chemical & Engineering」誌 の記者は同大学に対して、この事件に関する詳細な質問リストを提出した。しかし、コロンビア大学は再び、これらの質問に答えることを拒否した。研究公正局も同様に、これ以上のコメントを拒否した。
何なんでしょう? この隠蔽体質。これじゃいけませんね。問題が解明できない。改善策を検討できない。
5.【補助記述】
《1》事件早見表
- 国:米国
- 成長国:トルコ
- 研究博士号(PhD)取得:1つ目、米国・コロンビア大学大学院・化学。2つ目、ドイツのハイデルベルク大学・分子生物学
- 男女:女性
- 生年月日:1977年らしい。仮に1977年1月1日とする
- 現在の年齢:49歳?
- 分野:化学・微生物学
- 不正文書発表:2002~2005年(25~28歳?)の4年間
- 不正文書発表時の地位:コロンビア大学大学院・院生
- 発覚年:2005年(28歳?)
- 発覚時地位:コロンビア大学大学院・院生
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ研究室の3人の院生
- ステップ2(メディア):「Chemical & Engineering News 」「撤回監視(Retraction Watch)」「Science」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①コロンビア大学・調査委員会。2006年8月~2007年2月②研究公正局。~2010年11月19日
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
- 不正:捏造・改ざん・盗用
- 不正論文数:撤回論文は5報、博士論文1本
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に移籍し研究職を続けた(◒)
- 処分:NIHから 5年間の締め出し処分
- 対処問題:①大学は教員採用・学位授与に際して過去の学術不正歴を確認できていない。②トルコの大学が研究不正者を教員に採用した
- 特徴:姓名を「洗浄」、学歴を「洗浄」、研究分野を「洗浄」、という経歴を「洗浄」をしている
- ランキング:2012年2月27日発表の「★4.「OnlineUniversities.com」の「大学の10大研究不正」ランキング」の第6位になった(全期間ネカト世界ランキング(1) | 白楽の研究者倫理)
- 日本人の弟子・友人:不明
《2》学歴・職歴・研究不正歴
※シゼン(現エルギュデン)の正確な生年月日は公表されていない。以下の年齢は、1999年に学士号(22歳前後で取得するのが一般的)を取得したと仮定し、1977年頃の生まれと推定して算出した、あくまで目安の年齢である。
- 1977年頃(推定0歳):トルコで出生(推定)。
- 1999年(推定22歳):トルコの中東工科大学(Orta Doğu Teknik Üniversitesi, METU/ODTÜ)で学士号取得。
- 2000年(推定23歳):同大学で修士号取得。
- 2000年8月(推定23歳):米国コロンビア大学化学科の博士課程に入学。
- 2000年12月(推定23歳):ダリボア・サメス準教授(当時は助教授)の研究室に配属。
- 2002年(推定25歳):JACSに最初の(後に不正と認定される)論文を発表。同年、サメス研究室内外から実験結果の再現性を疑う声が上がり始める。
- 2004年(推定27歳):JACSに単著筆頭著者論文を発表(後に撤回)。
- 2005年(推定28歳):JACSに複数の論文を発表(後に撤回)。
- 2005年7月1日(推定28歳):博士論文の口頭試問(ディフェンス)に合格
- 2005年7月(推定28歳):研究室内の同僚が不正を確認するための「おとり実験」を計画・実施し、シゼンによる人為的な操作の初めての直接証拠を得る。
- 2005年10月19日(推定28歳):優等(with distinction)でコロンビア大学・研究博士号(PhD)を取得。
- 2005年11月7日(推定28歳):コロンビア大学は、2004年のJACS論文におけるデータねつ造を指摘する内部文書を作成し、3名からなる「予備調査委員会(Inquiry Committee)」を設置。
- 2006年2月16日(推定29歳):予備調査委員会が、シゼンの不正・ねつ造の明確な証拠があるとの報告を大学院長に提出。
- 2006年3月(推定29歳):サメスが、シゼンとの共著JACS論文2本と、別の1本の一部を撤回。
- 2006年6月(推定29歳):サメスが、JACSおよびOrganic Lettersに掲載されたシゼンとの共著論文をさらに4本撤回。
- 2006年8月~2007年2月(推定29~30歳):コロンビア大学が任命した調査委員会による本格的な本調査(investigation)が実施される。この間、シゼンはドイツで、電子メールや電話に応答しない、対面での面談を避ける、実在しない支持者や代理人を使うなど、調査を回避する行動を取り続けた。
- 2007年1月(推定30歳):シゼンが著者に含まれない論文についても、彼女の撤回済み手法を引用していた部分が訂正され、通算8件目の(部分)撤回となる。
- 2007年頃(推定30歳):コロンビア大学・本調査完了。この時、シゼンは、ドイツのハイデルベルク大学、エルマー・シーベル(Elmar Schiebel)研究室で分子生物学の博士課程に在籍していたことが判明。
- 2009年8月18日(推定32歳):ハイデルベルク大学より分子生物学の博士号(第二の博士号)を取得。
- 20xx年(xx歳):トルコのイェディテペ大学(Yeditepe University)の研究員に就職
- 2010年11月4日(推定33歳):米国の研究公正局(ORI)が、21件の研究不正(ねつ造・改ざんと1件の盗用)の認定を発表。5年間の連邦資金利用資格停止(debarment)等の行政処分を科す。
- 2011年3月(推定34歳):コロンビア大学理事会が、シゼンの研究博士号(PhD)を正式に取り消す(rescind)決定を行なう。
- 2011年7月(推定34歳):ORIが情報公開請求(FOIA)に応じ、コロンビア大学の調査報告書と自らのオーバーサイト分析報告書の墨消し版を公開。C&ENなど複数のメディアがその内容を詳細に報道。
- 2012年1月頃(推定35歳):シゼンは、トルコのゲブゼ工科大学(当時ゲブゼ高等技術大学、Gebze Yüksek Teknoloji Enstitüsü)・工学部・生物工学科の助教(yardımcı doçent)に着任した(トルコ語圏の掲示板情報による)。
- 2020年代(推定40代半ば):「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)」名義で、ゲブゼ工科大学・生物工学科の準教授として活動。抗菌・抗真菌化合物やナノ粒子に関する論文を国際誌(Archives of Microbiology、ChemistrySelect、Journal of Nanomaterials等)に継続的に発表している。
- 2023年(推定46歳):同学科の大学院プログラム(修士・博士)のコーディネーターの一人を務めていることが大学公式サイトで確認できる。
- 2024年(推定47歳):複数の共著論文を発表(Journal of Nanomaterials誌、Archives of Microbiology誌等)。研究者としての活動を継続中。
- 2026年9月(推定49歳):ゲブゼ工科大学・生物工学科の準教授に在職: Gebze Teknik Üniversitesi
《3》出版論文数・h指数・評価・撤回論文数・疑惑論文数
〈ここはAIではなく、白楽が書いた〉
データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★ScholarGPS
ScholarGPS ではベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden))は、3つの姓名それぞれのデータがある。
米国で事件騒動となる2007年前のデータでは、30報出版、Predicted citations(予測被引用数)は1,267回、Predicted h-index(予測h指数)は16、だった。Bengü Sezen | Scholar Profiles and Rankings | ScholarGPS
2017年以降、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)として、ゲブゼ工科大学(Gebze Technical University)所属でのデータは提示をは省略する。 → Bengü Ergüden | Scholar Profiles and Rankings | ScholarGPS
★パブメド(PubMed)
2026年10月12日現在、パブメド(PubMed)で、ベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden))の論文を「Bengü Sezen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2015年の14年間の12論文がヒットした。
2026年10月12日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2002~2005年の5論文が撤回されていた。
「Bengü Ergüden[Author]」で検索すると、2019~2026年の8年間の10論文がヒットした。「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2026年10月12日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden))を「Sezen, Bengü」で検索すると、 2002~2005年出版の6論文が2006年に撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2026年10月12日現在、「パブピア(PubPeer)」で、ベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden))の論文のコメントを「authors:”Bengü Sezen” OR authors:”Bengü Ergüden”」で検索すると、5論文にコメントがあった。
《4》日本語の記事
〈ここはAIではなく、白楽が書いた〉
引用は長いけど、日本語の関連記事を記録・再掲する意図です。
★村井君のブログ(岐阜大学工学部応用化学科に勤務)
2011年8月24日記事
2000年8月、彼女(Bengü Sezen)はコロビンア大学大学院化学コースに入った[1]。12月にはSames研に所属、その二年後、JACS誌に論文が掲載された。同じ年、その結果に対して、大学内と学外からも再現性について疑問を呈された。
2005年7月にはPh.D.論文の審査会が行われた。
同じ頃、そのグループではSezenの実験の再現性の検証を試み、そこでは実験について間違いがあるという最初の検証結果が示された。
2005年10月SezenにはPh.D.(化学)が授与された。
11月、彼女の論文の中には捏造があることが指摘され、3名による調査委員会が設立された。
2006年2月16日調査委員会は、彼女の不正と詐欺を研究科長に報告した。
同年3月Sames教授はSezenが主たる実験者であった論文にSezenが協力して公表されたあわせて三つの論文をJACS誌から取り下げた。
同年6月Sezenが関わったさらに四つの論文(JACS三報、OL一報)が取り下げられた。2006年8月から2007年2月にかけて、今回の実験データの捏造に関して、大学が設置した委員会の調査が行われた。
2010年10月コロンビア大学は、Sezenに対して21の不正行為があることを示し、2011年3月大学はSezenのPh.D.を剥奪した。同年7月Sezenに関する調査結果を公表した。
[1] Chemical & Engineering News, 2011, August 8, p. 40参照
2011年8月25日記事
少なくとも三名の部下(大学院生)がSames研を去るか、あるいはやめさせられた[1]。Sezenの実験結果が疑わしいあるいはさらに踏み込んだために。これらの学生は、Sezenの結果の再現をとるために長い間、うまくいかない実験を担当していた。」とコロンビアの調査委員会の報告にはある。
ただし委員会は「なぜ大学院生が研究グループを変わる様に言われたかを明らかにはできていない」けど、担当した学生の履歴には、すでに報告された実験の結果を再現できない状況と、その事実が持つ負のイメージによって相当ネガティブな印象を植え付けられたことになる。
再現性について疑いを持った学生が、それを確認するために、自分自身のドラフトで同じ実験を二つ仕込んだ。またこれを別の学生一人にだけ打ち明けた。ただし彼は、一つのフラスコにはイミダゾール、もう一つのフラスコではN-メチルイミダゾールを原料に用いた。結果どちらのフラスコからもN-フェニルイミダゾールが得られた。
[1]村井君のブログ11.8.24参考、以降は Chemical & Engineering News, 2011, August, 8, p. 41, 43の一部のほとんど直訳です。
2011年8月26日記事
そのころ研究室での緊張感は頂点に達していたに違いない[1]。Sames研のメンバーはSezenの成果を再現しようとし、それに対して前向きで彼自身の研究の目標達成に協力的なメンバーに対して彼は好意的であったようである。
しかしSezenのデータがねつ造であったことが確定的である今、それは衝撃的な打撃である。コロンビアはSezenの初期の実験についての調査を開始し、その結果から全体像が明らかになり始めるであろう。
一方でSames自身が、Sezenの偽りのデータを見抜けなかったことに対してどう考えているのかはわからない。
ただ彼の現在のホームページには、現在所属する多くの活気溢れるメンバーが写し出され、「代謝や神経伝達に対する新しい分子イメージング剤を開発していること、それは新しい結合形成の方法論によるもので、自分たちは触媒的C-H結合の官能基化に興味を持っている」とあるらしい。
今も「Bengü Sezen」をGoogle検索すれば彼女の写真を見ることもできる。この破壊的な詐欺事件の謎は、かなり前から今後も、私たちに立ちはだかっていることには変わりない。
[1]村井君のブログ、11.8.24、8.25の続き
Chemicals & Engineering News, 2011, August 8, p. 43半ば以降の
要約
記事では、元素分析やNMRをどの様にねつ造したか、学位取得後、B. Sezenはドイツで生化学の学位も取得したこと、調査が開始された当初は協力的であったけど、その態度も変化し、現在は、所在不明であることも記されている。
《5》主要情報源
- 2010年11月29日, Office of Research Integrity(Federal Register掲載), “Findings of Misconduct in Science“
- 2010年12月1日, Retraction Watch, “ORI comes down (hard) on Bengu Sezen, Columbia chemist accused of fraud“
- 2010年11月30日, Chemical & Engineering News (William G. Schulz), “Bengu Sezen Cited For Research Misconduct“
- 2011年7月11日, Chemical & Engineering News, “Reports Detail A Massive Case Of Fraud“
- 2011年8月, Chemical & Engineering News (William G. Schulz), “A Puzzle Named Bengü Sezen“(詳細な事件タイムラインを含む)
- 2011年10月30日, Chemical & Engineering News, “Sezen, Sames, and Columbia“
- 2006年3月, Chemical & Engineering News, “Researcher Responds To Retraction Of Papers“
- 2007年1月24日, ChemBark (Paul Bracher), “An Eighth Retraction By Sames; Sezen Not A Co-author“
- 2011年, Science/AAASブログ, “The Sames / Sezen Fraud Case: Holy Cow“
- 2006年, Science/AAAS, “Columbia Lab Issues Four Additional Retractions“
- 2011年, Scientific American(ブログ), “What about Dalibor Sames? The Bengü Sezen fraud and the responsibilities of the PI in the training of new scientists“
- ゲブゼ工科大学(Gebze Teknik Üniversitesi)教員紹介ページ, “Assoc. Prof. Dr. Bengü ERGÜDEN(Bioengineering)“(本人の現職・現在の学歴表記を確認できる一次資料)
- ハイデルベルク大学 ZMBH(Schiebel研究室)同窓生ページ, “Alumni of the Schiebel ab“(ハイデルベルク大学での博士号取得日等を確認できる一次資料)
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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