ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin)(米)

2021年9月13日掲載 

ワンポイント:2021年8月16日、研究公正局は、マウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)・準教授だったヴァイラヴース・イン(47歳)の、3報の発表論文、2本の投稿原稿に、データねつ造・改ざんがあったと発表した。2021年8月2日から2年間の締め出し処分を科した。なお、ヴァイラヴース・インはカンボジアで生まれ、6歳で米国に移民した研究者である。2014年に共同設立したノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)の職は維持している。記事執筆時点では、撤回論文はゼロだが、3報撤回予定。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。なお、本件は研究公正局が2021年に発表した2件目のネカト事件で、きわめて少ない。異常事態が発生しているようだ。

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白楽の研究者倫理
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin、Viravuth P. Yin、Voot Yin、ORCID iD:、写真出典)は、カンボジアで生まれ育ち、6歳で渡米し、マウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)・準教授になった。専門は再生生物学である。

ネカト発覚の経緯は不明であるが、投稿した原稿のネカトが指摘されているので、同じ研究室の室員が見つけ通報したと思われる。発覚時期も不明だが、2019年6月(45歳)としておこう。

マウントデザート島生物学研究所がネカト調査を終え、クロと判定し、研究公正局に報告した。

2021年8月16日(47歳)、研究公正局は、マウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)・準教授だったヴァイラヴース・インの3報の発表論文、2本の投稿原稿に、データねつ造・改ざんがあったと発表した。

2021年8月2日(47歳)から2年間の締め出し処分を科した。2年間の締め出し処分は少し軽い処分である。

研究公正局の発表では前・準教授とあるので、ヴァイラヴース・インは、マウントデザート島生物学研究所を辞職した(させられた)、と思われる。

ヴァイラヴース・インは、公的な学術研究者として再起せず、2014年に共同設立したノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)の経営者、あるいは企業内研究者として生きていくだろう。 

マウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ユタ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1974年1月1日生まれとする。1980年に6歳だったという記事から
  • 現在の年齢:50歳
  • 分野:再生生物学
  • 不正論文発表:2015-2019年(41-45歳)の5年間
  • 発覚年:2019年6月(45歳)
  • 発覚時地位:マウントデザート島生物学研究所・準教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
  • ステップ2(メディア):研究公正局が発表してから「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マウントデザート島生物学研究所・調査委員会。②研究公正局
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 研究所の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数: 3報の発表論文、2本の投稿原稿。2021年9月12日現在、撤回論文はない。いずれ、3報撤回予定
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分: NIHから 2年間の締め出し処分
  • 日本人の弟子・友人:日本人がどうか不明だが、日本人名の Toshiki Yamadaが共著者になっている

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:①:Senior Management – Novo Biosciences

  • 生年月日:不明。仮に1974年1月1日生まれとする。1980年に6歳だったという記事から
  • 1980年(6歳):カンボジアから米国に移民
  • xxxx年(xx歳):ベイツ大学(Bates College)で学士号を取得:生物学
  • xxxx年(xx歳):ユタ大学(University of Utah)で研究博士号(PhD)を取得
  • xxxx年(xx歳):デューク大学医科大学院(Duke University School of Medicine)・ポスドク
  • xxxx年(xx歳):マウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)・準教授
  • 2014年(40歳):ノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)を設立
  • 2019年6月(45歳)?:不正研究が発覚(推定)
  • 20xx年(xx歳):マウントデザート島生物学研究所を辞職(解雇?)
  • 2021年8月16日(47歳):研究公正局がネカトと発表

●4.【日本語の解説】

★2019年4月30日:日経メディカル:古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野教授):「サメの尾びれから見つかった心臓再生物質」

出典 → ココ、(保存版) 

米国メイン州には、ウッズホールなどの有名な生物学的研究所が数多くあります。夏休みを利用したトレーニングコースが研究者や学生に公開されており、生物学研究を志す若者の憧れの地となっています。自分も留学中に何度も応募したのですが、残念ながらトレーニングコースに参加することはできませんでした。

その1つにMDI Biological Laboratory (MDIBL)と呼ばれる研究所があります。そこで、サメの尾びれから心臓を再生する物質が見つかりました。これに関する論文が2017年と2019年4月に続けて発表されています。

★2019年8月号:日経サイエンス:K. ストレンジ、V. イン:「再生能力を引き出す薬」

出典 → ココ、(保存版) 

肥満や糖尿病の治療薬として開発が進められていた薬剤化合物MSI-1436に,損傷した器官の再生を促す能力があることが動物実験で示された。MSI-1436は体に生まれつき備わっている細胞再生能に対するブレーキを解除するようだ。この化合物はすでにヒトでの安全性試験をパスしており,薬剤開発において有利なスタートを切ることができる。

★2021年?:著者(訳者?)不記載:「いつ私たちの体が手足を押し戻すことができたら?」

大学名などに間違いがあるけど(白楽)。

出典 → ココ、(保存版
元論文 → 2019年4月1日のKevin Strange, Viravuth Yin著の「A Drug Shows an Astonishing Ability to Regenerate Damaged Hearts and Other Body Parts – Scientific American

長い間、生物学者は、哺乳動物を含む多くの他の動物が、ただの切り株でしか触れられない間に、完全な四肢を再構築するために、いくつかの動物のこの神秘的な能力を探求してきた。 しかし、一部の科学者は、この機能がすべての脊椎動物に存在していても、何らかの形で不活性化されている可能性があると考えています。

これは、メジャー大学(米国)のBenjamin KingとViravuth Yinの元の考えであり、同じ種の遺伝機構が異なる種のこの能力の起源であるべきであると仮定している。 彼らは、約4億2千万年の進化によって3つ、2つの魚類と両生類(ゼブラフィッシュ、セネガルのポリペプターとアキソロット)を選びました。 Plos One 誌に掲載された記事で説明されています .10の microRNA(遺伝子の調節に関与するsmall RNA)と4つのRNA(遺伝子を読むためのtransfer RNA)に基づいた遺伝子システムが実際に見つかりました。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★有望な中堅研究者

ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin、写真出典)はカンボジアで生まれ、6歳の時、渡米し、ユタ大学(University of Utah)で研究博士号(PhD)を取得した。そして、その後、米国のマウントデザート島生物学研究所(Mount Desert Island Biological Laboratory)の準教授になった。

日本語の解説が3報もあることからも、有望な研究者として期待されていたことがうかがえる。別の見方をすると、宣伝がとても上手い、ということだ。

もちろん英語でも研究が紹介されている。2例示す。 → ①:MDI Biological Laboratory scientists publish | EurekAlert! 、②:A Scientist’s Exploration of Regeneration – Biomedical Beat Blog – National Institute of General Medical Sciences 

2014年(40歳)、ノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)を共同設立したので、起業家としても有能だ。

2020年、ノボ・バイオサイエンス社は、民間資金400万ドル(約4億円)とNIHからの中小企業革新研究(SBIR)助成金250万ドル(約2億5千万円)を得ていた。 → 2020年7月27日記事:Novo Biosciences raises $4M as it pursues clinical trials – Maine Startups Insider

また、NIHグラントを2011年に1件、その後、2017~2020年の4年間に5件獲得していた:Grantome: Search

★ネカト

ネカト発覚の経緯は不明だが、2018年に投稿した原稿、及び、2019年5月31日に出版された論文のネカトが指摘されている。投稿原稿でのネカトなので、同じ研究室の室員がネカトを見つけたと思われる。

「2019年5月31日の」論文著者は最後著者のヴァイラヴース・インを除くと3人で、投稿原稿の共著者では2人である。

第一著者は研究助手のアシュリー・スミス(Ashley Smith、写真出典)で、第二著者は、クリスティーナ・ダイクマン(Christina A.Dykeman)である。ダイクマンは研究室のサイトで見つからない。スミスがネカトを見つけたのかもしれない。

発覚時期は、論文出版した2019年5月31日(45歳)以降と推定される。ここでは、2019年6月(45歳)としておこう。

まず、マウントデザート島生物学研究所がネカトを調査した。ネカト調査を終え、クロと判定し、研究公正局に報告した。

2021年8月16日(47歳)、研究公正局はヴァイラヴース・インが3報の発表論文、2本の投稿原稿のデータをねつ造・改ざんしていたと発表した。

2021年8月2日(47歳)から2年間の締め出し処分を科した。2年間の締め出し処分は少し軽い処分である。

3報の発表論文は以下の通り。2015年(41歳)の1報と2019年(45歳)の2報(と言っても同じ論文の原著と訂正版)である。

  1. Smith AM, Dykeman CA, King BL, Yin VP. Modulation of TNFα Activity by the microRNA Let-7 Coordinates Heart Regeneration. iScience 2019;15:1-15; doi: 10.1016/j.isci.2019.04.009 (hereafter referred to as “iScience 2019”).
  2. Smith AM, Dykeman CA, King BL, Yin VP. Modulation of TNFα Activity by the microRNA Let-7 Coordinates Heart Regeneration. iScience 2019;17:225-29; doi: 10.1016/j.isci.2019.06.017 (hereafter referred to as “iScience Correction”).
  3. Beauchemin M, Smith A, Yin VP. Dynamic microRNA-101a and Fosab expression controls zebrafish heart regeneration. Development 2015;142:4026-37; doi: 10.1242/dev.126649 (hereafter referred to as “Development 2015”).

2本の投稿原稿は以下の通り。2018年に投稿した原稿である。2原稿と言ってもタイトルが酷似しているので、基本的には同じ原稿だろう。

  1. Smith AM, Dykeman CA, Yin VP. Modulation of epicardial TNFα Activity by the microRNA Let-7 Coordinates the Zebrafish Heart Regeneration. Manuscript submitted to iScience in 2018 (hereafter referred to as “iScience 2018 draft”).
  2. Smith AM, Dykeman CA, Yin VP. Modulation of epicardial TNFα Activity by the microRNA let-7 coordinates the zebrafish heart regeneration. Manuscript submitted to PNAS in 2018 (hereafter referred to as “PNAS 2018 draft”).

なお、研究公正局のデータねつ造・改ざんの指摘に、ヴァイラヴース・インは肯定も否定もしていない。

★処分

2021年8月17日の研究公正局の発表では前・準教授とあるので、ヴァイラヴース・インは、マウントデザート島生物学研究所を辞職した(させられた)と思われる。

ノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)の共同設立者のケビン・ストレンジ(Kevin Strange、写真出典)は、「研究公正局がネカトと指摘した論文は、ノボ・バイオサイエンス社が開発中の医薬品とは無関係である。ヴァイラヴース・インは、今後もチームの重要なメンバーである」と、「撤回監視(Retraction Watch)」にコメントした。

ヴァイラヴース・インは、公的な学術研究者として再起せず、2014年に共同設立したノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)の経営者、あるいは企業内研究者として生きるだろう。

しかし、マウントデザート島生物学研究所のヴァイラヴース・イン研究室で今まで研究していた7人の院生たちは、路頭に迷う(迷った)だろう(写真出典)。

【ねつ造・改ざんの具体例】

2021年8月16日の研究公正局の発表で、論文のネカト部分を指摘している。

しかし、言葉で説明されてもわかりにく。仕方がないので、1論文を適当に選んで研究公正局の指摘箇所を以下に詳しく見よう。

★「2019年5月のiScience」論文

「2019年5月のiScience」論文の書誌情報を以下に示す。2021年9月12日現在、撤回されていない。

研究公正局の指摘箇所を以下に詳しく見よう。

以下の実験結果で、データを再利用し、ラベルを付け替えて発表した。

図2BのRT-qPCRデータ(図の出典は原著)。白楽は、どこが不正かわからない。

図2Cの組織染色データ(図の出典は原著)。白楽は、これも、どこが不正かわからない。

図2D。白楽は、これも、どこが不正かわからない。
というか、もっと説明してくれないと、どの部分がどのようにねつ造・改ざんされたのか、白楽だけでなく、第三者には判別できない。

図3A。白楽は、これも、どこが不正かわからない。まだまだ、他にも不正データが指摘されているけど、ここでやめておく。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年9月12日現在、パブメド(PubMed)で、ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin)の論文を「Viravuth Yin [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2020年の15年間の22論文がヒットした。

2021年9月12日現在、「Retracted Publication」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2021年9月12日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin)を「Viravuth Yin」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2021年9月12日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin)の論文のコメントを「Viravuth Yin」で検索すると、3論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》見つけにくいネカト 

ヴァイラヴース・イン(Viravuth Yin)は研究費も得られ、院生やポスドクも集まり、ベンチャー企業も順調に思えた。研究界での注目度も高かった。

となると、どうして、ネカトしたんだろう? ネカトした状況が見えてこない。

データの改ざんや、実験していないデータをねつ造するのは、第三者には見つけにくいネカトである。

ということは、他の論文でもネカトが満載なんだろうか?

この手のねつ造・改ざんは、ノボ・バイオサイエンス社(Novo Biosciences)で開発している医薬品の信用を大きく下げる。会社、倒産するかも。

写真出典https://archive.ph/MJO9g

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】

①  研究公正局の報告:(1)2021年8月16日:Viravuth Yin(2023年8月にリンク切れる)、(保存版)。(2)2021年8月19日の連邦官報:2021-17777.pdf。(3)2021年8月19日の連邦官報:Federal Register :: Findings of Research Misconduct。(4):NOT-OD-: Findings of Research Misconduct
② 2021年8月17日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Biotech co-founder faked data in NIH-funded research, says federal watchdog – Retraction Watch
③ 2021年8月18日のザカリー・ブレナン(Zachary Brennan)記者の「Endpoints News」記事:Biotech co-founder settles major research misconduct allegations with HHS – Endpoints News

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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