2021年1月7日掲載
ワンポイント:ビリティはピッツバーグ大学公衆衛生大学院(University of Pittsburgh Graduate School of Public Health)・助教授で、2020年10月(38歳?)、翡翠(ひすい)のお守りを身につければコロナウイルス(COVID-19)の感染を防げるというトンデモない「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文を出版した。2人の査読者も論文の掲載を認めていた。研究者から批判を浴び論文は撤回された。この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「6」、「2」の「8」に挙げられた。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
【追記】
・2023年11月20日記事:Professor who sued employer for discrimination refiles after judge dismissed his suit – Retraction Watch
・2023年8月11日記事:Author of paper on COVID-19 and jade amulets sues employer for ‘mental anguish,’ discrimination – Retraction Watch
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
モーゼス・ビリティ(Moses Bility、Moses Turkle Bility、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のピッツバーグ大学公衆衛生大学院(University of Pittsburgh Graduate School of Public Health)・助教授で医師ではない。専門は感染症学である。
2020年10月(38歳?)、翡翠(ひすい)のお守りを身につければ、磁気の影響で、コロナウイルス(COVID-19)の感染を防げるというトンデモない「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文を出版した。
唖然とするような科学論文であるが、査読論文だった。
もちろん、研究者から批判を浴び、論文は速やかに撤回された。
2021年1月6日(39歳?)現在、大学はビリティを処分していない。
この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「6」、「2」の「8」に挙げられた。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
ピッツバーグ大学公衆衛生大学院(University of Pittsburgh Graduate School of Public Health)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ペンシルバニア州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日生まれとする。2000年に大学に入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:42 歳?
- 分野:感染症学
- 最初の問題論文発表:2020年(38歳?)
- 問題論文発表:2020年(38歳?)
- 発覚年:2020年(38歳?)
- 発覚時地位:ピッツバーグ大学・助教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は複数。「パブピア(PubPeer)」などで指摘
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「Scientist」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 問題:ズサン
- 問題論文数:1報撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:処分なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日生まれとする。2000年に大学に入学した時を18歳とした
- 2000-2004年(18-22歳?):ペンシルバニア州立大学(Pennsylvania State University)で学士号取得:理学
- 2004-2008年(22-26歳?):同大学で研究博士号(PhD)を取得
- 2009-2012年(27-30歳?):ノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)・ポスドク
- 2015年(33歳?):ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)・助教授
- 2020年10月(38歳?):問題の「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文を出版
- 2020年11月(38歳?):問題の「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文が撤回
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
「モーゼス・ビリティ」と自己紹介。
声だけのインタビュー:「Cutting Edge Mouse Models Help Fight HIV: Moses T. Bility Discusses His Research – YouTube」(英語)32分33秒。
Finding Genius Podcastが2020/05/28に公開
●5.【問題発覚の経緯と内容】
★問題の論文
2020年10月8日(38歳?)、モーゼス・ビリティ(Moses Bility)が第一著者(責任著者)の「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文が出版された。「J.Sci Total Environ」は査読ありのまともな学術誌である。
- Can Traditional Chinese Medicine provide insights into controlling the COVID-19 pandemic: Serpentinization-induced lithospheric long-wavelength magnetic anomalies in Proterozoic bedrocks in a weakened geomagnetic field mediate the aberrant transformation of biogenic molecules in COVID-19 via magnetic catalysis.
Bility MT, Agarwal Y, Ho S, Castronova I, Beatty C, Biradar S, Narala V, Periyapatna N, Chen Y, Nachega
J.Sci Total Environ. 2020 Oct 8:142830. doi: 10.1016/j.scitotenv.2020.142830. Online ahead of print.
上記論文は、翡翠(ひすい)のお守り(写真は論文で使用した翡翠ではない、写真出典)を身につけることでCOVID-19を防ぐことができると主張した。
ビリティは、コロナウイルス(COVID-19)はもともとヒトゲノムの中に既にある内在性ウイルスで、地磁気の変化に対応した体内の化学反応により活性化され、病気を引き起こした、と考えた。
だから、カルシウム-フェロマグネシアケイ酸塩(calcium-ferromagnesian silicate)であるネフライト(翡翠)のお守り身につければ磁気の変化を防げ、コロナウイルスを予防できるとした。
ところが、実際に被験者が翡翠のお守りを身につけ、コロナウイルス(COVID-19)の感染を防げた、というデータを示していない。この点は、地磁気の状態が現在と似ていた時期の中国の昔の人々の慣行記録(翡翠のお守りで病気を防いだ話)に基づいている、と述べている。
以下は論文中の図。磁気の影響を示した難しそうな図だ。
しかし、COVID-19配列がヒトゲノム中に見つかったのかと問われて、「私はゲノムの専門家ではありません。私はそれを見つけたかったのですが、まだ、見つけていません」と答えている。
イヤ~、そこポイントじゃないですか。
★問題の指摘
論文出版から3週間後の2020年10月29日頃から、上記論文は、お守りでCOVID-19を防げる主張したトンデモない論文だと、社交メディアのTwitterで大騒動になった。
WTF?
Is this real? One major conclusion: “Nephrite-Jade amulets, a calcium-ferromagnesian silicate, may prevent COVID-19.”
Correlates magnetic fields to COVID? NIH funded? Peer reviewed? cc @ivanoransky @MicrobiomDigest @RetractionWatch @GidMK @ElsevierConnect https://t.co/buG66qO4LB
— Timothy Caulfield (@CaulfieldTim) October 29, 2020
jade amulet covid – Twitter検索 / Twitter
2020年11月5日(38歳?)、論文出版から1か月後、「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文は撤回された。
→ 2020年の撤回公告:WITHDRAWN: Can Traditional Chinese Medicine provide insights into controlling the COVID-19 pandemic: Serpentinization-induced lithospheric long-wavelength magnetic anomalies in Proterozoic bedrocks in a weakened geomagnetic field mediate the aberrant transformation of biogenic molecules in COVID-19 via magnetic catalysis – ScienceDirect
カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)の地球生物学者であるジョセフ・カーシュビンク教授(Joe Kirschvink、Joseph Kirschvink – Wikipedia、写真出典)は、「このような論文が査読あり学術誌に掲載されるから、地球生物学とは馬鹿な研究分野だと思われるのです。そもそも、常磁性鉱物の磁気は非常に弱く、人体に作用しうる強さの1万分の1程度しかありません。従って、翡翠の磁力は人体内の化学反応に何も作用もしないことが証明されています」と強く批判している。
★人種差別?
モーゼス・ビリティ(Moses Bility)は「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせに人種差別問題で応えている。それに、とても高圧的である。なんかおかしい。
以下はビリティの「撤回監視(Retraction Watch)」への回答の冒頭部分(出典:同)。全文(2ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2020/10/Gmail-STOTEN-paper.pdf
かいつまんで、以下に要点を書いてみよう。
「知的ではないとみなされる黒人が支配的なパラダイムに挑戦するのを阻止し、嘲笑しようと一貫して試みてきた科学の歴史についての学ぶことを、「撤回監視(Retraction Watch)」のあなたにお勧めします。私の論文がそのような人々からの怒りを引き出したことに私は驚きません。黒人の科学者がパラダイムシフトをもたらす学説を立てたことで、明らかに、多くの個人は怒らせることになります。しかし、率直に言えば、私の肌の色は私の知性とは関係ありません。
論文についての正当な懸念に対しては、私が対処します。しかし、私は人種差別を容認しません。
私が推測するところ、あなたは量子物理学もスピン化学も理解していません。あなたは生物科学を支配する古典的な理論に基づいて判断しています。また、あなたは白人男性であり、支配的なパラダイムに挑戦するアイデアを誰が提案できるかを決定する権利があると考える特権的立場の人です。しかし、有色人種や先住民族の文化は原始的ではありませんし、知的に劣ってはいません。
あなたが、この論文について性急に結論を下す前に、量子物理学とスピン化学、そしてそれらが古典理論とどのように異なるかを理解してから、私の論文を読むことをお勧めします」。
★学術誌
カーシュビンク教授は、「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文は査読の失敗だとしている。
「J.Sci Total Environ」のダミア・バルセロ編集長(Damià Barceló、写真出典)によると、論文は通常の査読を経て掲載された、と説明している。
査読は、水文地質学者と疫学/毒物学者の2人に査読を依頼し、著者との数回の原稿改訂を行なった。
問い合わせを受けた時点では、論文を撤回する方向で作業しているが、著者、査読者とのやり取りがあるため、エルゼビア社のシステムに表示されるまでに数時間または数日かかると思われる、とのことだ。
●【問題の具体例】
上記したので省略。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年1月6日現在、パブメド( PubMed )で、モーゼス・ビリティ(Moses Bility)の論文を「Moses Bility [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2020年の17年間の22論文がヒットした。
2021年1月6日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2021年1月6日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでモーゼス・ビリティ(Moses Bility)を「Bility」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、本記事で問題にした「2020年10月のJ.Sci Total Environ」・ 1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年1月6日現在、「パブピア(PubPeer)」では、モーゼス・ビリティ(Moses Bility)の論文のコメントを「Moses Bility」で検索すると、本記事で問題にした「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文・1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》怪しげ
翡翠(ヒスイ)のお守り、う~ん、「鰯の頭も信心から」。
人間の気持の問題なら信じれば効くかもしれない。しかし、コロナウイルス(COVID-19)は人間の気持とは全く別次元なので、ウイルスの感染・増殖に適していれば、単純に感染・増殖し、適していなければ、感染・増殖しないだけだ。
翡翠(ヒスイ)とかでてくると、怪しげな宗教の領域ですね。高価な壺とかも効くんでしょうか?
とオチョクッテしまったが、「2020年10月のJ.Sci Total Environ」論文は磁気の影響を論じたもので、基本姿勢は科学的で怪しげではない。モーゼス・ビリティ(Moses Bility、写真出典)本人は大真面目である。しかし、結論が結論だから、怪しげなのだ。
こういう研究者が力をもつと、怪しげなニセ科学へと発展していきそうだ。
それにしても、無病息災を祈願する茅の輪くぐり、土地の四隅に青竹を立てて行なう地鎮祭などなど、日本には非科学的な風習がたくさんある。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① ◎2020年10月29日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Amulets may prevent COVID-19, says a paper in Elsevier journal. (They don’t.) – Retraction Watch
② ◎2020年11月4日のショーナ・ウィリアムズ(Shawna Williams)記者の「Scientist」記事:Paper Proposing COVID-19, Magnetism Link to Be Retracted | The Scientist Magazine®
③ 2020年11月29日のマーク・ヘイ(Mark Hay)記者の「Dailybeast」記事:Moses Bility at University of Pittsburgh Said Jade Amulets May Block Coronavirus and Became Science Pariah
④ 2020年12月1日のヘブン・オレッキオ=エグレシッツ(Haven Orecchio-Egresitz)記者の「Insider」記事:Researcher said jade might protect against COVID-19 – Insider
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