7-49 教授のアカハラに対する院生の反応

2020年4月6日掲載 

白楽の意図:アカハラ行為というのは加害者と被害者がいて成り立つ。どのような行為がアカハラに該当するか? 指導教授からアカハラを受けたときの院生の感覚・感情・受け止め方を分析したスザンヌ・モリス(Suzanne E. Morris)の「2011年9月のPertanika J. Soc. Sci. & Hum」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

本論文のデータは、インターネットのグーグル(Google)で、「大学院生、アカハラ、指導教授(doctoral bullying supervisor)」というキーワードでヒットしたブログを情報源とし、自分自身または友人の院生のアカハラされた個人的な反応を分析した。8件のブログを分析し、教授のアカハラに対する院生の反応を分析し、6つのテーマに分類した。6つは、①混乱、②非現実的な作業要求、③批判、④怒り、⑤不適切な興味(性不正)、⑥権力濫用、である。この論文は、教授のアカハラに対する院生の反応をを具体的に分析した最初の論文である。各大学には、本論文を参考に、教授のアカハラを防止するよう要請したい。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

クイーンズランド大学(University of Queensland)。写真出典

●3.【日本語の予備解説】

題名から推察つくので、なし

●4.【論文内容】

《1》序論 

職場でのイジメ行動は通常、以下の5つのカテゴリーに分類できる(Rayner & Hoel,1997, p. 183)。

(1)職業・地位を攻撃(例:職業・地位の侮辱、能力不足の非難)
(2)個人を攻撃(例:悪口、屈辱、脅迫)
(3)孤立(例:機会を与えない、物理的または社会的に孤立、情報を与えない)
(4)過労(例:過度の圧力、不可能な締め切り設定)
(5)不安定化(例:成功しても褒めない、意味のない仕事をさせる、責任のない仕事に変える、失敗を繰り返し責める、失敗するようお膳立てする)

ルイス(Lewis 2004)は、大学の研究・教育での一般的なイジメ行為を4種類に分類した。被害者を(に)、①執拗に侮辱し批判する、②無視する、③意味のない作業・研究を与え、④実現不能な作業・研究を要求する、とした。

《2》方法 

本研究では定性的な方法論を採用した。

インターネットのグーグル(Google)で、「大学院生、アカハラ、指導教授(doctoral bullying supervisor)」というキーワードでヒットしたブログを情報源とした。ブログで自分自身または友人の院生のアカハラ被害経験について書いた個人的な経験を分析した。

ブロガーの身元は不明である。また、本論文ではブロガー個人を特定できないように、識別機能(国、分野、ブログのURLなど)は削除した。ブログは、始めて1年未満から4年まであった。

ブログのうち2つ(Blogger 5とBlogger 6)は、Blogger 4の投稿に対する返信だった。

この研究の限界は、資料のほとんどが被害者の自己報告とその報告に対する傍観者の投稿という個人的な点である。なお、被害者が伝えるイジメ被害行為は一般的なイジメ行為とほぼ一致していている、と他論文が報告している(例:Rayner&Hoel、1997)。

《3》結果.全体 

8件のブログを分析し、院生のアカハラ経験には6つの感覚・感情・受け止め方(テーマ)があった。「感覚・感情・受け止め方」は長いので、ここでは「反応」と記載する。

6つの反応は、①混乱、②非現実的な作業要求、③批判、④怒り、⑤不適切な興味(性不正)、⑥権力濫用、だった。

《3-1》結果1.混乱 

複数の院生が経験した感覚は「混乱」だった。「混乱」そのものは、イジメ行為ではないが、実際に彼らが経験したイジメの根底に「混乱」という感覚があったということだ。

Blogger 1は、誰に、どこにアドバイスを求めるべきなのか「混乱」したと書いている。

Blogger 3は、院生1年生で、院生と指導教員の関係はどうあるべきかで「混乱」したと述べている。

私は2年間の修士課程の1年生です。指導教員との関係についてどのように考えればよいのか複雑です。初めての院生生活なので、私が経験していることは院生として当然のことなのか、もしそうでないなら、どの部分をどのくらい心配する必要があるのか理解するのが困難です。 (Blogger 3)

Blogger 3は指導教員との「混乱」の感覚を説明し、戦場という言葉を使って状況を強調した。

自分の研究室が毒ラボだったということも、また、自分が大学院生活に期待していたことが全く的外れだったということも、私は知りませんでした。入学前、大学院は文化の香り高く、私の知性・人生を豊かにしてくれる所だと期待していました。ところが、最近は、研究室は戦場だと思っています。私の指導教員(女性)は、友人や師ではなく、敵で、なるべく遭遇しないよう避ける相手だと思っています。私は指導教員に人間性を感じません。というわけで、この戦場では、アカハラで飛んでくる矢をかわす対処術を学び、少しかすめても耐えられるように心臓を強くし、指導教員と距離をとるべきなのでしょう。(Blogger 3)

《3-2》結果2.非現実的な作業要求 

いくつかのブロガーは、指導教員が非現実的な作業を要求したと書いている。Blogger 1は研究者になりたいなら、週日の長時間労働と週末の労働が必要だと言われた。そしてBlogger 7の指導教員は、院生(Blogger 7、留学生)が結婚したいのに、国に帰らせてくれなかった。

私は博士院生ですが、指導教員は週日も長時間、そして週末もラボで働きなさいと言います。私のルームメイト(博士院生ではない)は、それはイジメ発言で、オカシイという。私は長時間働くべきなのだろうか? 私の研究室に名前を知られたくないので、匿名で書いています。(Blogger 1)

留学生ですが、院生として、大学で経験していることがポジティブに思えません。私の人生で最悪の経験です。私が大学を去ったのは、個人的な理由でした。私は、2002年1月に婚約しました。2番目の指導教員は4月までに論文の草稿を提出すれば、結婚で国に帰ってよいと言ったのです。しかし、その後、3番目の指導教員は私に帰国休暇を与えることを拒否しました。その決定は「あなたの利益のため」だと言われました。 (Blogger 7)

《3-3》結果3.批判 

指導教員は院生に対し、独裁的に振る舞い、人を見下した態度で話し、院生の間違いを批判した。

指導教員(女性)への私の全体的な印象は、自分の目的を達成するための手段として院生を見ているということです。彼女は当初は友好的でしたが、すぐに、より命令的でより独裁的な態度に変わりました。 彼女は私の考えを否定し、他の人の前で、私を見下した態度で話します。私が軽い間違いをすると、声を張り上げながら拳で机を叩いて、私を批判します。一方、私がまともな研究成果を出した時は、最小限にしか誉めません。研究室セミナーで私は、ボクシングのサンドバッグのようにたたかれます。(Blogger 3)

《3-4》結果4.怒り 

上記したように、Blogger 3は、指導教員が「声を張り上げながら拳で机を叩いて」院生を批判した。つまり、指導教員は、Blogger 3に「怒り」を感じさせた。Blogger 2はこの行動に2年半耐えた。

私の院生生活は地獄でした。大学院に入学し、A研究室に入りました。最初の指導教員Aと1年半働いた時、指導教員Aの研究費が削減されました。それで、その後、別の学科の新しい指導教員(女性)Bの下で、研究をやり直しました。

新しい指導教員Bの指導は、私が想像できるアカハラのすべてよりも悪いものでした。彼女はすべてのスタッフと院生に怒り、そして、怒鳴る、という恐ろしいイジメっ子でした。彼女は「あなたの頭を壁にぶつける」とも脅しました。

私は2年半を完全な恐怖状態の中で過ごしました。数人がアカハラ被害を大学に申し立てたそうです。実際、大学は指導教員Bのアカハラを調査していました。しかし、大学は指導教員Bを処分しませんでしたし、アカハラ問題を解決しませんでした。

指導教員Bの下で2年半働きましたが、限界でした。それで、研究室を去りました。私が去ったとき、彼女は私のデータの法的所有権を主張しました。

私は、自分の研究データを確保するために裁判所で戦わなければなりませんでした。結局、私の最初の年の研究成果は、裁判所の差し押さえの形で、彼女の所有データになってしまいました(論文は別の人の名前で出版される予定だそうです)。

現在、3番目の指導教員Cの下で院生生活を送っています(Blogger 2)

《3-5》結果5.不適切な興味(性不正) 

Blogger 4は、男性の指導教員が院生(女性)の研究遂行ではなく院生個人に興味を持っているという不穏な状況に困惑している。 院生(女性)は指導教員(男性)からの不適切な興味(口説き)の状況を述べ、他の人に解決法を相談している。

私は博士課程2年目の女性院生です。私の指導教員は男性で、指導教員の言動が不安でなりません。

指導教員との研究上の関係は、対等ではありませんが、激しい議論があっても、研究はやりがいがあります。しかし、最近、物事が奇妙な方向に展開しつつあります。

彼は研究を議論している時、物理的に、とてもそばまで私に近づいてきます。それで、先日は、私は立ち上がって椅子を後ろに動かしました。彼は、「私は伝染する病原菌をもっていませんよ!」と冗談を言った後、すぐに、私の近くに自分の椅子を動かしました。

彼は「あなたの研究は素晴らしい」と褒めます。「私のそばにいれば、あなたの研究がますます良くなります」と言い、言葉と態度で、「協力してあげるから、あなたも私に協力しなさい」という意味の言動をします。

彼の指導のおかげで、プロジェクト開発の仕事をいくつか与えられました。

それで、彼は研究に関係する小さなことで私に電話をかけてくるようになりました。そして、彼は、「あなたが優れた成果を挙げているのを祝って、バレンタインデーの夜に高級レストランで一緒に食事をしたい」と言ってきました。

この状況に対し、女性院生の私は、どのような行動をすべきかというガイドラインがありません。院生組合に相談しても無意味だと思います。脱出方法が必要です。どなたかアドバイスしてください。(Blogger 4)

Blogger 4のジレンマに応えて、Blogger5は、友人が指導教員から性的な興味をもたれた別の事件について説明している。

私の友人の院生も同様な経験をしました。

しかし、彼女は、彼女の指導教員(男性)の口説きを拒否しました。その結果、指導教員は彼女の人生を地獄にしました。つまり、指導教員のせいで、彼女は博士号の取得に失敗しました。彼女は、オールド・ボーイズ・ネットワーク(Old Boys’ Network)は閉鎖的なので、他の教員に相談できないと思ったそうです。 (Blogger 5)

《3-6》結果6.権力濫用 

ブログで提起された最後の感覚(テーマ)は、権力濫用です。ブロガーは、肉体的、感情的、学力の濫用を含む、いくつかの形態の権力濫用について議論しています。Blogger8は、自分の経験ではありませんが、別の院生のイジメ経験にコメントしています。

女性院生は彼女の指導教員に激しいイジメを受けていました。研究科長はイジメ行為を知っていましたが、指導教員を変えるなどの処置をしませんでした。院生は指導教員の意地悪なコメントに耐えて自分の問題を「解決」しなければなりませんでした(Blogger 8)

ブロガー6は、指導教員の権力濫用でイジメられた院生は「大学を当惑させる」力があるという点を指摘した。

私は、隣の研究室の院生が何年も指導教員のイジメられているの目撃しました。その院生は、イジメられている状況に耐えることを選択し、イジメられていることを大学に訴えずに、沈黙し、苦しみました。

しかし、今はメディアの時代です。あなたには社交メディア(SNS)や産業メディア(新聞、テレビ)を使って「大学を当惑させる」力があることを認識しなさい。(Blogger 6)

●5.【関連情報】

【動画1】
フロリダ州立大学(Florida State University)のデイヴィッド・マスラック準教授(David Maslach)の説明動画:「院生の指導教員のいじめ問題への対処方法(How To Deal With PhD Supervisor Problems, PhD Supervisor Bullying, & Grad Advisor Relationships) – YouTube」(英語)26分32秒。
R3ciprocity Team が2019/04/19に公開

●6.【白楽の感想】

《1》ユニーク 

白楽は、ネカト、クログレイ、性不正と同様に、アカハラ問題には微妙で難しい問題があると感じている。しかし、調べ、考えないと、進まない。正面から調べようと思い始めた。

教員間でのアカハラ問題と指導教員が院生にするアカハラは別の視点が必要だ。

本論文はブログを資料に、指導教員のアカハラを院生がどう受け止めているのかを分析した論文だ。ブログを資料にしている点は、客観性、正確さなど、学術的な問題はあるだろう。著者もその限界を認識している。しかし、一般的に、アカハラ被害者の「感覚・感情・受け止め方」は十分分析されていない。

例えば、有名なアカハラで、研究所を辞任したナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)(英)の事件でも、アカハラ被害者の「感覚・感情・受け止め方」は十分分析されていない。

アカハラ被害者の「感覚・感情・受け止め方」をどう探るかは単純ではない。調査委員がアカハラ被害者と面談し聞き取る場合、どこまで本音で話すか、わからない。

アカハラ被害者は主観と感情をまじえて、加害者を過剰に攻撃するだろう。それを差し引いてアカハラ調査報告書は“客観的”事実をまとめる。報告書は“客観的”事実を志向するので、アカハラ被害者の「感覚・感情・受け止め方」を伝えにくい。

本論文では、「生の声」の有力な情報源としてブログを資料とした。ブログを資料に、院生の受けた「感覚・感情・受け止め方」を分析したのはユニークだ。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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