シルヴィア・アサ(Sylvia Asa)、シェリーン・エザット(Shereen Ezzat)(カナダ)

ワンポイント:カナダ最大の研究室を持つ乳癌研究教授夫妻がデータねつ造

【追記】
・2016年1月26日。裁判結果(未読):①Court overturns University Health Network researchers’ punishment | Toronto Star、②Ontario court quashes part of misconduct finding for prominent pair – Retraction Watch at Retraction Watch
・2018年7月8日。調査報告書:https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2018/06/Ezzat-and-Asa-Final-InternalInvestigationReport-2014-10-15.pdf

【概略】
Ezzat-Shereen_DSC4596シルヴィア・アサ(Sylvia Asa、妻)とシェリーン・エザット(Shereen Ezzat、夫)は、夫婦である(写真出典)。

妻・アサは、カナダ・トロント大学(University of Toronto)・教授(医学と病理生物学)・医師で、「大学健康ネットワーク(UHN)」のマーガレット王妃癌センター(Princess Margaret Cancer Centre)・部長(乳癌)を兼任し、専門は乳癌の遺伝学だった。

夫・エザットも、カナダ・トロント大学・教授(医学と癌)・医師で、「大学健康ネットワーク(UHN)」.のトロント総合病院(Toronto General Hospital)・部長(内分泌癌)・医師を兼任し、専門は乳癌の内分泌学だった。

アサとエザットは過去16年間で、3,200万カナダ・ドル(約32億円)の政府研究費を得ていて、アサはカナダで最大の研究室を持っていた。2014年の「大学健康ネットワーク(UHN)」からのアサの年俸は43万カナダ・ドル(約4,300万円)だった。

なお、「大学健康ネットワーク」(University Health Network :UHN)は、マーガレット王妃癌センター、トロント総合病院を含め、トロント大学医学部の教育研究病院を4つ持つカナダの医療機関である。カナダ政府の研究費を最も多額に受領している機関でもある。

また、トロント大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングでカナダ第1位の大学である(World University Rankings 2014-15: North America – Times Higher Education)。

2013年、パブピアが、夫妻が著者である論文のデータねつ造・改ざんを指摘した。その後、疑念論文は複数に及んだ。

2015年、「大学健康ネットワーク」・調査委員会は、アサとエザットがデータねつ造と改ざんをしたと結論した。「大学健康ネットワーク」はアサを上級研究員へと降格処分し、エザットも処分したが、解雇していない。

アサとエザットは、調査と処分が不当だと、裁判所に訴えた。2015年9月19日現在、法廷闘争中である。

800px-University_of_Toronto_FitzGerald_Building_and_Donnelly_Centreトロント大学・医学部。”University of Toronto FitzGerald Building and Donnelly Centre” by Ibagli – Own work. Licensed under Public Domain via Commons

★シルヴィア・アサ(Sylvia Asa)

  • getpic国:カナダ
  • 成長国:カナダ
  • 研究博士号(PhD)取得:トロント大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に、1953年1月1日とする
  • 現在の年齢:71歳?
  • 分野:乳癌遺伝学
  • 最初の不正論文発表:2002年(49歳?)
  • 発覚年:2013年(60歳?)
  • 発覚時地位:トロント大学・教授、「大学健康ネットワーク」病院・部長
  • 発覚:パブピアの指摘
  • 調査:①「大学健康ネットワーク」・調査委員会。②裁判所。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:3報が撤回、1報が懸念表明。疑念論文は全部で約24報
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 結末:降格。停職。研究制限

★シェリーン・エザット(Shereen Ezzat)

  • getpic国:カナダ
  • 成長国:カナダ
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に、1951年1月1日とする
  • 現在の年齢:73歳?
  • 分野:乳癌内分泌学
  • 最初の不正論文発表:2002年(51歳?)
  • 発覚年:2013年(62歳?)
  • 発覚時地位:トロント大学・教授、「大学健康ネットワーク」病院・部長
  • 発覚:パブピアの指摘
  • 調査:①「大学健康ネットワーク」・調査委員会。②裁判所。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:3報が撤回、1報が懸念表明。疑念論文は全部で約24報
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 結末:降格。停職。研究制限

【経歴と経過】

★シルヴィア・アサ(Sylvia Asa)
主な出典

  • 19xx年:米国・ニューヨークで生まれる。生年月日は不明だが、仮に、1953年1月1日とする。
  • 19xx年:4歳の時、家族がカナダ・オンタリオ州のウィンザー に移住した
  • 1971-1973年(18-20歳?):カナダのトロント大学(University of Toronto)・文理学部を卒業
  • 1973-1977年(20-24歳?):トロント大学・医学部卒。医師免許取得
  • 1977-1981年6月(24-28歳?):トロント大学、研修医
  • 1982-1984年(29-31歳?):トロント大学・大学院
  • 1981年8月-1984年6月(28-31歳?):トロント大学、研究員
  • 1984年7月(31歳?):トロント大学・病理・助教授
  • 1990年(37歳?):研究博士号(PhD)取得。トロント大学
  • 1991年4月(38歳?):トロント大学・病理・準教授
  • 1992年(39歳?):現在の夫・シェリーン・エザットと結婚し一緒に研究する。その後、子供4人もうける
  • 1998年4月(45歳?):トロント大学・実験医学/病理・教授
  • 2000年(47歳?):「大学健康ネットワーク(UHN)」.のトロント総合病院(Toronto General Hospital)部長(内分泌癌)を兼任
  • 2006年5月(53歳?):トロント大学・内分泌・教授
  • 2011年(58歳?):病理学のF.k. Mostofi Distinguished Service Award受賞
  • 2013年(60歳?):パブピアでデータねつ造・改ざんが指摘された
  • 2015年(62歳?):研究機関が研究ネカトと判定した
  • 2015年(62歳?):裁判で係争中

San%20Antonio%202011%20165%20-%20Sylvia%20Asa%20receives%20the%20F_k_%20Mostofi%20Distinguished%20Service%20Award2011年(58歳?):アサは、病理学のF.k. Mostofi Distinguished Service Award受賞。写真出典

★シェリーン・エザット(Shereen Ezzat)
不明点多い。生年月日は不明だが、妻・シルヴィア・アサの2歳年上とし、仮に、1951年1月1日とする。

  • xxxx年(xx歳):カナダのマニトバ大学(University of Manitoba)・医学部卒。医師免許取得
  • xxxx年(xx歳):トロント大学(University of Toronto)・マウントサイナイ病院(Mount Sinai Hospital)研修医
  • xxxx年(xx歳):米国・UCLA(Cedars-Sinai-UCLA School of Medicine)ポスドク
  • 1992年(41歳?):現在の妻・シェリーン・エザットと結婚し一緒に研究する。その後、子供4人もうける
  • xxxx年(xx歳):トロント大学・内分泌・教授
  • 2013年(62歳?):パブピアでデータねつ造・改ざんが指摘された
  • 2015年(64歳?):研究機関が研究ネカトと判定した
  • 2015年(64歳?):裁判で係争中

【研究内容】

【動画】
講演:「医学診断法が転換している(Transforming medical diagnostics: Dr. Sylvia L. Asa at TEDxDistilleryDistrictWomen – YouTube)」(英語)17分54秒。
TEDx Talks が2014/02/07 に公開

【日本語の解説】

★世界変動展望

世界変動展望が2015年7月26日の記事で少し述べている( トロント大学の大規模臨床研究室のトップが研究不正の調査中に辞職)。以下に修正引用する。

Sylvia L. Asa写し)はトロント大学、University Health Network(UHN)のLaboratory Medicine ProgramのProgram Medical Directorで、The American Journal of Pathology誌に掲載された2編の論文にデータ改ざんが指摘され、調査中にProgram Medical Directorを辞めた。事実上研究不正を認めた。改ざんが指摘された論文2編は既に撤回されている。撤回公告1撤回公告2。どちらも夫であるShereen Ezzat写し)が責任著者で、Xuegong Zhuが筆頭著者。どちらもPubPeerで疑義が指摘された。これがオリジナルの指摘か。指摘1指摘2

【不正発覚の経緯と内容】

夫妻1写真出典

★発端:ねつ造例1

パブピアで画像がねつ造ではないかと指摘された最初の論文は「Am. J. Pathol., 163の2003年論文」で、2013年7月19日である(PubPeer – Ikaros isoforms in human pituitary tumors: distinct localization, histone acetylation, and activation of the 5′ fibroblast growth factor receptor-4 promoter)。

2013年7月19日の指摘には画像が貼ってなかったが、2014年10月25日の指摘には以下の画像が貼ってあった(出典:http://i.imgur.com/BMeGvFl.png)。

BMeGvFl画像を見てわかるように、バンドの背景を分析すると、「Am. J. Pathol., 163の2003年論文」の図2a(上記の最下段)は「JCI 2002年論文」の図1c(上記の中段)と同じだった。画像を流用した、つまり、ねつ造したということだ。

「Am. J. Pathol., 163の2003年論文」は、2015年9月19日現在、撤回されていないが、「懸念表明」されている。

★ねつ造例2

パブピアで画像がねつ造ではないかと指摘された2番目の論文は「Am. J. Pathol., 177の2010年論文」で、2013年9月16日である(PubPeer – Loss of Heterozygosity and DNA Methylation Affect Germline Fibroblast Growth Factor Receptor 4 Polymorphism to Direct Allelic Selection in Breast Cancer)。

この時の指摘には画像が貼ってなかったが、2014年10月25日の指摘には以下の画像が貼ってあった(出典:http://i.imgur.com/CYbTlS8.png)。

CYbTlS8

ねつ造例1と同じで、図1の#1と#2で、本来異なるハズの電気泳動バンドが同一である。緑色の指摘部分が、まったく同一のバンドであることを示している。明らかな流用、つまり、ねつ造である。

★「大学健康ネットワーク」・調査委員会

2014年(推定)、カナダの巨大な医療機関「大学健康ネットワーク」(University Health Network)が内部調査を開始した。

2015年(推定)、病院の内部調査委員会は、「大学健康ネットワーク」の病理学主任であるアサ、内分泌学者で研究所部長のエザットがデータねつ造・改ざんをしたと結論した。

Peter Pisters2015年3月、アサとエザットは、病院長のピーター・ピスターズ(Peter Pisters、写真出典)に訴えたが、ピスターズは調査委員会の結論を支持した。

2015年5月、アサとエザットは、多くの制裁を受けた。

★裁判:2015年7月30日

2015年7月30日の【主要情報源】④によると、

アサとエザットは、「大学健康ネットワーク」の決定を取り消し、新たに調査するよう、オンタリオ裁判所(Ontario’s Divisional Court)に訴えた。

法廷文書に詳細が記述されている。

  • 問題視された論文は約24報だった。
  • 病院の初期の調査では、問題視された論文のうち、7論文に焦点を合わせた(病院のスポークスマンは、9論文だと述べた)。
  • 病院が雇用した不正画像の分析者は、89画像を詳細に調べた。
  • 法廷文書によると、調査委員会は、8つの画像に「大きな変更(radical alterations)」があったと結論した。

法廷文書には、元研究室員のシュオゴン・ジュウ(Xuogong Zhu、男性)が論文の2つの画像をフォトショップ(Photoshop)で改ざんしたと、調査委員会で述べたとある。ジュウは2015年夏現在、米国・シンシナティ大学(University of Cincinnati)のポスドクで、記者は真偽を問い合わせたが、返事をくれなかった。

研究室員のミャオ・グオ(Miao Guo、女性)は、ジュウがフォトショップ(Photoshop)で画像を改ざんしたのを見て、同じように画像を操作したと、研究室員のウェイ・(Wei Liu、男性)に話した。リューはそのことを調査委員会で述べた。

法廷文書には、リューはグオが画像操作したことをエザットに話したと述べた。しかし、エザットは、そういう会話があったことを否定した。後で、リューは、話したのはアサだったと変えた。

「大学健康ネットワーク」のアサとエザットの2人への制裁は次のようだ。動物実験は研究担当の病院副院長の事前承認が必要になった。ヒト対象の研究が禁止された。研究費申請が禁止された。実習生(学部生・院生・ポスドク)と研究室員の採用が制限された。

ただし、病院は調査報告書を公表していない。ピーター・ピスターズ病院長の決定文書も公表していない。

次回の予備審査は2015年8月27日である。

★裁判:2015年8月27日

実質的な裁定はなにもなかった。数か月以内に全委員を集めた再審理を行なうと決定した。

【論文数と撤回論文】

2015年9月17日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、シルヴィア・アサ(Sylvia Asa)の論文を「Sylvia Asa[Author]」で検索した。1995年-2015年までの21年間の222論文がヒットした。

222論文のうち、95論文がシェリーン・エザット(Shereen Ezzat)と共著だった。共著論文の最古は1995年である。

2015年9月17日現在、パブメドでは撤回論文はゼロである。

しかし、個々にあたると、2002年-2010年の3論文が撤回され、1論文が懸念表明されていた。すべて夫妻が著者に入っている。

以下の論文は2015年8月3日に撤回された(JCI -撤回)。

以下の論文は2015年8月に撤回された( Am J Pathol.1 -撤回)。

以下の論文は2015年8月に撤回された( Am J Pathol. 2. -撤回)。

以下の論文は2015年8月に懸念表明がされた(Note of Concern – The American Journal of Pathology

【事件の深堀】

★昇進前後で、苦し紛れ?

nl-asa-sylvia-20090608アサは、不正発覚直前は、カナダ医学界の重鎮である。その重鎮が研究ネカトをする理由はないと思えるが、最古の撤回論文は13年前の2002年に出版された論文だ。

2002年頃の状況はどうだったのだろう。アサは、トロント大学の教授に1998年に就任し、「大学健康ネットワーク(UHN)」の部長に2000年に就任している。エザットの昇進年は不明だが、このような昇進前後で、苦し紛れに、研究ネカトを開始したのだろうか?

「大学健康ネットワーク(UHN)」の調査報告書では、アサとエザットがデータねつ造・改ざんをしたと結論した。

一方、法廷文書を参考にした新聞記事(【主要情報源】④)は、中国人名の研究室員が画像を改変したと記載している。どっちが正しいのだろうか?

アサとエザットは、自分では積極的にねつ造・改ざんしていないが、昇進前後の多忙な時期のため、研究室員(ポスドク?)が研究ネカトをしたのを見落としたのだろうか? あるいは、2003年ごろだと研究ネカトの関心が低く、それを甘く見たのだろうか?

【白楽の感想】

《1》夫婦の事件

IP_82夫妻で共著の場合、夫と妻の生活上の関係が共同研究の立ち位置も支配するだろう。例えば、夫が研究ネカトをしたとき、夫が生活上で支配的なら、妻は研究ネカトを糾弾しにくいだろう。

逆も同様だ。

アサとエザットの場合、社会的にはアサの方が有名で偉かった。すると、エザットは妻・アサが研究ネカトしても、糾弾しにくかっただろう。

夫婦ともに研究者で、共著の論文が多数ある場合、片方の研究ネカトを別の片方が防止する力はないのだろうか? 悪事の場合、悪いことをするパートナーに引き込まれることが多いのか、パートナーを矯正する方が多いのだろうか? もし、前者だと、夫婦研究者の場合、何らかの注意が必要だろう。

ドイツのフリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)とマリオン・ブラッハ(Marion Brach)の例がある。前者(夫)はシロとされ、後者(内縁の妻)がクロとされた。しかし、白楽の印象では、前者のシロは政治的配慮の結果で、2人ともクロだと思われる。片方が片方の抑止力にはならなかった。

シルビア・ブルフォーネ=パウス(Silvia Bulfone-Paus)(ドイツ)は夫との共著論文もそれなりにあるが、全面的な共同研究者ではなかったためか、シルビアはクロで、夫はシロになった。

2015年、北海道大学・農学研究院の有賀早苗教授(57歳)と薬学研究院の有賀寛芳特任教授(64歳)は、研究費不正で(研究ネカトではない)、ともに停職10カ月の懲戒処分を受けている。新聞記事では、夫妻で「共謀」したとある。

《2》乳癌研究

カナダで乳癌研究者のスキャンダルとなると、1990年に発覚した「ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)(カナダ)」事件が大きい。カナダには乳癌研究のスキャンダルが起こる素地があるのだろうか?

Frame grab of a video of Sylivia Asa.
Frame grab of a video of Sylivia Asa.

【主要情報源】
①  「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Sylvia Asa – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2015年7月27日のマイケル・ロビンソン(Michael Robinson)の「Toronto Star」記事:Top University Health Network doctor steps down amid falsified data investigation | Toronto Star
③ 2015年7月28日の「The Canadian Press」記事:Top Toronto doctors alleged to have falsified research data – Health – CBC News
④ 2015年7月31日のヘレン・ブランズウェル(Helen Branswell)の「The Canadian Press」記事:Staff of top Toronto scientists altered images: documents – Health – CBC News
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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