外交政策学:「経歴詐称」:エリザベス・オバギー(Elizabeth O’Bagy)(米)

2016年8月13日掲載。

ワンポイント:人気の政治コメンテーターで26歳という若い女性だが、経歴詐称が発覚し、解雇された。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】

Elizabeth_OBagy1 エリザベス・オバギー(Elizabeth O’Bagy、写真出典)は、米国の外交政策シンクタンクである戦争研究所(Institute for the Study of War (ISW))・上級分析官だった。専門は外交政策学(シリア情勢)で、テレビ番組に頻繁に登場する人気の政治コメンテーターだった。

2013年(26歳)、発覚経緯は不明だが、研究博士号(PhD)取得の経歴詐称が発覚し、戦争研究所を解雇された。

この事件の日本語解説は2つあった。「ベン・パー」の文章を本文に引用した。

なお、戦争研究所(ISW)は、2007年にキンバーリー・ケイガン(Kimberly Kagan)がワシントンDCに設立した非営利の外交政策シンクタンクで、タカ派的な分析で知られている。政府助成金でアフガ二スタン、イラク、シリアなどの中東情勢を分析している。皮肉なことに、エリザベス・オバギー事件で有名になった。

1280px-Georgetown_Riverview米国・ジョージタウン大学(Georgetown University)。By Patrickneil投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2436776。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:米国・ジョージタウン大学 → 後に、詐称とバレる
  • 男女:女性
  • 生年月日:1987年。仮に、1月1日とする
  • 現在の年齢:37 歳?
  • 分野:外交政策学(シリア情勢)
  • 最初の経歴詐称:2013年(26歳)
  • 発覚年:2013年(26歳)
  • 発覚時地位:戦争研究所・上級分析官
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明で通報先も不明
  • ステップ2(メディア): 多数のテレビ。新聞、ウェブ(推定)
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ウォールストリート・ジャーナル、②戦争研究所
  • 不正:ねつ造、経歴詐称
  • 不正数: 1回
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:解雇
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戦争研究所(Institute for the Study of War (ISW))。写真出典

●2.【経歴と経過】

  • 1987年:米国で生まれる。仮に、1月1日とする
  • 2005年(18歳):オリンパス高校(Olympus High School)を卒業
  • 2009年(22歳):米国・ジョージタウン大学(Georgetown University)・卒業。学士号:アラブ研究
  • 2013年5月?(26歳):米国・ジョージタウン大学(Georgetown University)・現代アラブ研究センター(Center for Contemporary Arab Studies)・修士号:アラブ研究
  • 2013年9月(26歳):経歴詐称が発覚する
  • 2013年9月11日(26歳):戦争研究所(ISW)から解雇

●3.【動画】

【動画1】
博士号取得の学歴詐称がバレたことを報じるCNNニュース。
「Wag the dog: The tale of Elizabeth O’Bagy – YouTube」(英語)2分17秒。
CNNが2013/09/11 に公開

【動画2】
博士号取得の学歴詐称がバレたことを報じるAMTVニュース。
「INVESTIGATED: Woman Behind Case for Syria Strike Fired for Lying」(英語)11分56秒。
AMTVが2013/09/13 に公開

●4.【日本語の解説】

★2016年3月23日:ベン・パー (著)、小林弘人、依田卓巳、依田光江、茂木靖枝 (翻訳)、「超人気政治コメンテーターの学歴詐称」

出典 → ヤフーCEOがクビ! 学歴詐称は日本だけじゃない|アテンション――「注目」で人を動かす7つの新戦略|ベン・パー|cakes(ケイクス) (保存版

エリザベス・オバジといえばワシントンの政界で人気急上昇中の人物だった。26歳の若さでウォールストリート・ジャーナル紙やアトランティック紙といった一流紙の論説を執筆。大物上院議員ジョン・マケインがシリア内戦にかんする彼女の論説を引用しさえした。

9.11の直後に高校の同級生がアラブ人少年をいじめているのを目にして以来、オバジは中東問題に強い関心を持つようになった。米ジョージタウン大学ではアラビア語を専攻。卒業後、数年をエジプトのカイロですごし、同大学に戻ってアラブ研究の修士と博士の両学位の取得をめざすかたわら、戦争研究所(ISW)のインターン生として働いた。翌年、彼女はISWのアナリストになった。

オバジにはもうひとつ仕事があった。インターンとして働く以外に、シリアのアサド大統領に反対する穏健派を擁護する非営利団体、シリア緊急タスクフォース(SETF)で働いていた。それでシリアへの行き来が可能となり、オバジはその道の専門家と見なされるほど頻繁にシリアを訪れた。

その専門知識でオバジは、政治サークルやメディアの寵児となった。テレビ番組にレギュラー出演し、シリアの地上作戦に関して、あっという間にワシントン第一級の専門家になった。2013年、彼女は博士論文の最終審査を首尾よく終えたと言っていた。

ただ、ひとつだけ問題があった——オバジはジョージタウン大学アラブ研究科博士課程の学生ではなかったのだ。入学を許可されてもいなかった。

オバジの信頼性の一端は、ジョージタウン大学と連携した調査と、取得見込みの博士号にあった。しかし、どちらも真実ではなかった。ウォールストリート・ジャーナルに掲載された2013年8月のオバジの論説は大評判となり、マケインやジョン・ケリーら大物議員が引き合いに出すほどだったが、それからメディアやISWがオバジの学歴詐称を突き止めるのに長くはかからなかった。数日後、オバジはISWを解雇された。彼女の調査結果の信頼性は煙のように消え失せた。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

2011年末(24歳)、学歴詐称が発覚する20か月前、エリザベス・オバギーは米国・ジョージタウン大学(Georgetown University)・現代アラブ研究センター(Center for Contemporary Arab Studies)にインターンとして入り、シリア情勢の研究を始めた。

頻繁にシリアを訪問し、シリアでの組織のリーダーに1,000人以上も会った。シリア情勢を知る欧米人として、当然ながら、第一人者になった。

2013年夏(26歳)、シリア情勢の分析でメキメキを頭角を現した。シリア専門家の政治コメンテーターとして、主要なテレビ局(Fox News, CNN, MSNBC, PBS, NPRなど)で引っ張りだこになった。

わずか26歳で、ワシントンのシリア専門家の大黒柱になっていた。

「レポーターが頻繁に誘拐されるシリアで、若い女性がどうして取材できるのか?」としばしば質問された。オバギーは「タイム」誌の独占インタビューで次のように答えている(【主要情報源】④)。

「私は、女性だからより簡単だったと思います。ヒジャブ(Hijab)やニカーブ(Niqab)を着ることができ、外観からは外国人だとわからないのです。そして、男性に『私を助けてください』と言うと、彼らは助けてくれました」

ニカブ伝統的イスラム女性のヒジャブ(Hijab)、チャドル(Chador)、ニカーブ(Niqab)、ブルカ(Burka)。写真出典

1062629-egypt-1457585590-876-640x480ニカーブ(Niqab)を着る女性たち。見えるのは目だけ。PHOTO: AFP。写真出典

2013年8月30日(26歳)、エリザベス・オバギーは、ウォールストリート・ジャーナル紙にシリア情勢の論説を発表した。
→ Elizabeth O’Bagy: On the Front Lines of Syria’s Civil War – WSJ(閲覧は冒頭だけ無料、残りは有料)

「2013年のウォールストリート・ジャーナル紙」論文はすぐに大きな反響を呼び、米国の主要な政治家が、エリザベス・オバギー博士の重要な論文(”important op-ed by Dr. Elizabeth O’Bagy”)として引用した。

また、米国・国務長官のジョン・ケリー(写真右)が、議会公聴会で次のように述べた。

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写真出典

「戦争研究所の分析官のエリザベス・オバギー博士という女性が、記事を書いたばかりだ。彼女はアラビア語に精通し、膨大な時間を使ってシリア情勢を研究している。彼女が先日発表したこの論文は非常に興味深い記事だ。読むことをお勧めする」

ジョン・ケリーだけでなく、共和党の重鎮議員であるジョン・マケイン(上の写真左)もエリザベス・オバギーの「2013年のウォールストリート・ジャーナル紙」論文を引き合いに出していた。

ところが問題が2つ勃発した。

1つ目は、オバギーは、シリアのアサド大統領に反対する非営利団体であるシリア緊急タスクフォース(SETF)で働いていたことをウォールストリート・ジャーナル紙に伝えていなかった。つまり、特定の団体から金をもらっていれば、シリア情勢の分析が中立ではないと受け取られかねない。利益相反になる。記事を掲載するウォールストリート・ジャーナル紙はそのことを承知していなかった。

2つ目は、「Dr. Elizabeth O’Bagy」と称していたが、実は、修士号しか取得していないかったのだ。研究博士号(PhD)を取得したとするのは学歴詐称であると指摘された。

OBagy戦争研究所の所員紹介ページ。エリザベス・オバギーは上級研究分析官。紹介文の最初に「Dr.」Elizabeth O’Bagyとある。写真出典

オバギーの説明では、オバギーは、米国・ジョージタウン大学・大学院の修士・博士共同プログラムに在籍していた。修士号は既に取得しており、博士論文も提出し、審査も済、博士号証書の受け取りを待っているだけだった。実質は博士号取得者と同じである。

オバギーの「博士論文も提出し、審査も済、博士号証書の受け取りを待っているだけ」という説明を、しかし、米国・ジョージタウン大学の入試部長であるダニエル・ネクソン行政学教授(Daniel Nexon)は否定した。

オバギーは修士号は取得したが、博士課程の院生リストに入っていない。オバギーが博士論文を提出していれば、専門から考えて、ネクソン教授がアドバイザーになるハズだが、オバギーのことを聞いたことがないそうだ。
→ The Inside Story Of How A Fake PhD Hijacked The Syria Debate | ThinkProgress保存版

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1つ目も2つ目も、最初に誰がどのように指摘したのか、第一次追及者は不明である。

テレビに頻繁に露出し、急速に有名になったので、多くの人がオバギーに興味を持ち、経歴を調べ、疑念をウェブにアップしたのだろう。

2013年9月10日(26歳)、戦争研究所のキンバーリー・ケイガンは、学歴詐称の理由でオバギーを解雇した。

2013年9月16日(26歳)、オバギーはシリア緊急タスクフォース(SETF)を辞めた。

2013年9月27日(26歳)、ジョン・マケイン議員がオバギーを立法助手(legislative assistant)として採用した。捨てる神あれば拾う神あり。
→ Failing Upward: Elizabeth O’Bagy’s New Gig with McCain | The National Interest Blog保存版

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写真出典

●6.【論文数と撤回論文】

2016年8月12日現在、グーグル・スカラー(http://scholar.google.co.jp/schhp?hl=ja)で、エリザベス・オバギー(Elizabeth O’Bagy)の論文を「” Elizabeth O’Bagy”」で検索すると、104論文がヒットした。最初の4論文だけがエリザベス・オバギーが著者のようだ。

撤回論文を「(retraction OR retracted)” Elizabeth O’Bagy”」で検索すると、5論文がヒットした。ただし、エリザベス・オバギーが著者の論文ではなかった。

●7.【白楽の感想】

《1》能力と学歴

26歳で一流新聞に論説を書き、その論説が、米国の主要な政治家に引用された。ということは、エリザベス・オバギーの取材力や分析力に超一流の実力があることは確かだ。

しかし、修士号しか取得していないのに「Dr. Elizabeth O’Bagy」と称した。つまり、学歴詐称した。

それで、戦争研究所のキンバーリー・ケイガンは、オバギーを解雇した。しかし、「オバギーの研究はしっかりしている。今回の件は悲劇だったが、オバギーは非常に有能で、将来の成長する可能性もとても大きかった」と述べている。

勿論、学歴は能力を保証しない。特に、優れた能力とは無縁である。学歴が保証するのは最低ラインである。

シリア分析では世界一優秀だったのだろう。オシイ。

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写真出典

《2》米国は動きが早い

エリザベス・オバギーは、シリア情勢の分析で主要なテレビに出演し人気の政治コメンテーターになっていた。

2013年8月30日に、エリザベス・オバギーは、ウォールストリート・ジャーナル紙に論文を発表した。米国の主要な政治家がその論文を引用した。

有名・超有名になると、人々はその人の経歴・好み・生活・人生のすべてに興味を持つ。監視の目が強化される。研究ネカト飲酒運転説で述べるように研究ネカト対策には「必見」が重要である。

学歴詐称がバレて、2週間もたたないうちに、戦争研究所は、エリザベス・オバギーを解雇した。動きが早い。

その2週間後、ジョン・マケイン議員がオバギーを自分の事務所に雇用した。この動きも早い。

米国の動きの早さは素晴らしい。

研究ネカトも経歴詐称も対処の鉄則は、すぐに暴いて、すぐに処分することだ。

韓国では学歴詐称が多いが、これまた、学歴詐称してから30年後に発覚(告白)では、社会システムがおかしくなる。日本も研究ネカトに関して、速攻で「必見」し、速攻で「必罰」処分すべきだ。

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写真出典

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Elizabeth O’Bagy – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2014年8月22日、「NAVER まとめ」記事群:米国の政治的意思決定にも影響を及ぼす「シリア情勢専門家」が、どうやら信頼できる人ではなさそうな件 – NAVER まとめ保存版
③ 2013年9月11日、ジェイク・タッパー(Jake Tapper)の「CNN」記事:Wagging the dog: The tale of Elizabeth O’Bagy – The Lead with Jake Tapper – CNN.com Blogs保存版
④ 2013年9月17日、ジェイ・ニュートン=スモール(Jay Newton-Small)の「TIME」記事:The Rise and Fall of Elizabeth O’Bagy | TIME.com保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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