テグク・キム、金泰国(Tae Kook Kim)(韓国)

2016年7月26日掲載。

ワンポイント:韓国の若きスター教授が研究室ポスドクのねつ造(本人も関与?)で停職(解雇?)、米国に逃亡

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.研究内容
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】

55661-1テグク・キム、金泰国(Tae Kook Kim、写真出典)は、韓国先端科学技術院(KAIST)(Korea Advanced Institute of Science and Technology)・教授で、専門は生物工学だった。

2005年(40歳?)、後に不正とされる「2005年7月のScience」論文を発表した。

2007年(42歳?)、研究室のポスドクが論文結果を再現できないことからねつ造が発覚した。研究室の別のポスドクで論文の第一著者が、調査委員会にねつ造を告白した。告白以前に、テグク・キムは米国に逃亡した。

この事件の日本語解説はたくさん(3つ以上)ある。「AFPBB News」「神無・久」の文章を本文に引用した。

なお、韓国先端科学技術院は、国立大学で、「Times Higher Education」の大学ランキング(2015-2016年)で韓国第3位の大学である(World University Rankings 2016 | Times Higher Education (THE))。

5-12_kaist_1韓国先端科学技術院(KAIST)(Korea Advanced Institute of Science and Technology)。写真出典

  • 国:韓国
  • 成長国:韓国
  • 研究博士号(PhD)取得:米国・ロックフェラー大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1965年1月1日生まれとする。1987年ソウル大学卒とあったので
  • 現在の年齢:59 歳?
  • 分野:生物工学
  • 最初の不正論文発表:2005年(40歳?)
  • 発覚年:2007年(42歳?)
  • 発覚時地位:韓国先端科学技術院(KAIST)・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は、テグク・キム研究室のポスドクのヨンヤン・イエ(Yong-Weon Yi)で、イエが「Nat Chem Biol.」編集局に通報した
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①「Nat Chem Biol.」編集局。②韓国先端科学技術院・調査委員会。
  • 不正:ねつ造。研究室のポスドクが不正をしたと告白している。テグク・キムの不正への関与は不明
  • 不正論文数:撤回論文は2報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 結末:停職(その後、解雇?)。米国に逃亡

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1965年1月1日生まれとする。1987年ソウル大学卒とあったので
  • 1987年(22歳?):ソウル大学(Seoul National University)を卒業。学士号(理学)
  • 1989年(24歳?):ソウル大学(Seoul National University)・修士号
  • 091303thumb_11078844741994年(29歳?):米国・ロックフェラー大学(Rockefeller University)・研究博士号(PhD)取得。ロバート・ローダー(Robert Roeder、写真出典)研究室
  • 1994 - 1997年(29 -32歳?):米国でポスドク。コールド・スプリング・ハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)のデイビット・ビーチ(David Beach)研究室。ハーバード大学(Harvard University)のトム・マニアティス (Tom Maniatis)研究室
  • 2003年(38歳?)以前?:韓国先端科学技術院(KAIST)・教授
  • 2005年(40歳?):後に不正とされる「2005年7月のScience」論文を発表した
  • 2007年(42歳?):不正研究が発覚する
  • 2008年2月29日(43歳?):韓国先端科学技術院(KAIST)から停職処分
  • 2008年3月初旬(43歳?):国外逃亡。多分、米国へ
  • 2016年7月26日現在(51歳?):米国在住でコンサルタント業(推定)

●4.【日本語の解説】

★AFPBB News「韓国でまた論文捏造疑惑、科学技術院が調査を開始」:2008年03月04日

出典 → 韓国でまた論文捏造疑惑、科学技術院が調査を開始 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News (保存版

【3月4日 AFP】韓国科学技術院(KAIST)は4日、2件の論文捏造(ねつぞう)の疑いで、金泰国(キム・テグク、Kim Tae Kook)教授に対する調査を開始したことを明らかにした。

2つの論文は「A Magnetic Nanoprobe Technology for Detecting Molecular Interactions in Live Cells(生細胞における分子間相互作用を検出する磁気ナノプローブ技術)」 、「Small Molecule-Based Reversible Reprogramming of Cellular Lifespan(小分子を用いた細胞寿命の可逆的リプログラミング)」 と題され、それぞれ2005年7月にサイエンス誌(Science)、2006年7月にネイチャー・ケミカルバイオロジー誌(Nature Chemicalbiology)に掲載された。

これらの研究には、正常な細胞に損傷を与えることなく癌(がん)細胞を発見・破壊する方法を見いだし、細胞の老化を防止して寿命を延ばす物質の開発につながるものとして、期待が寄せられていた。

KAISTは2月29日から2日間にわたり、金教授の論文捏造疑惑について、真相解明に向けた会議を開催。今後の調査次第で同教授に対する処分を決定するとしている。

両論文の捏造疑惑を受け、すでにKAISTは前週、金教授を停職処分にしている。(c)AFP.

★神無・久(かんな・きゅう)「論文取り下げだけじゃ済まされない」:2009年05月04日

出典 → 論文取り下げだけじゃ済まされない – サイエンスあれこれ (保存版

なんとも陰鬱な事件が起こってしまいました。Science4月24日号の「今週のニュース」によれば、韓国のKAIST (Korea Advanced Institute of Science and Technology)に所属していたTae Kook Kim氏らのグループが、2005年にScienceに発表した論文を正式に取り下げたようです。ただ異例なのは、取り下げに、(Science誌では)通常なら必要な、共著者全員の同意を得られなかったという点です。ともかく全員が、音信不通か、自分は悪くないと言い張っているのですから。そこに、利権をめぐる法廷闘争も加わり、まさに泥沼の状況です。

事のあらましは、こういうことのようです。論文の責任著者であるKim氏は、MAGIC (MAGnetism-based Interaction Capture)技術なるものを開発し、その技術を商業化するためにCGK社という会社を立ち上げました。2004年の7月のことです。その技術を使えば、細胞内で特定のタンパク質と相互作用する低分子化合物を見つけ出すことができるというのが、彼らの売りでした。いわゆるドラッグスクリーニング(薬剤探索)の技術です。

CGK社は、KAISTから、その技術特許を買い取りました。2005年には、その技術の詳細を、今回取り下げられたScienceの論文として発表し、翌2006年7月には、実際その技術を使って、老化防止に効果が期待される化合物CGK733を発見したと、Nature Chemical Biology誌上にて発表しました(2008年7月撤回済み)。その結果、CGK社は、ベンチャーキャピタルから250万ドルもの出資を受けることができたのです。

しかし、同時にMAGIC技術がうまく動かないというトラブルも出始めました。これを受けて、CGK社は、KAISTに対して調査を依頼、KAISTは、内部調査を開始しました。

2008年2月12日のことです。KAISTは、調査開始の半月後には、Science誌に対し、未だ調査半ばであると断りながらも、Kim氏らによる2本の論文は真実ではなかったと報告し、2008年3月14日号のScience誌上にて取上げられました。その10日後には、共著者全員が、論文捏造に関わっていたか、それを知っていた疑いがあると正式に記者発表されたのです。

では、そこから現在に至るまで、なぜScienceは、論文の取り下げに1年以上も費やさざるを得なかったのか。論文撤回には共著者全員の同意が必要と明言しているにもかかわらず、行方不明者やら自分は何も知らなかったとダダをこねる共著者たちのおかげで、全員の同意を得られなかったScienceは、KAISTの最終報告書が出るのを待つことにしたのです。

しかし、その最終報告書の提出が、MAGIC特許の所有権をめぐる裁判を有利に進めようとするKAIST側の策略で、遅れに遅れたということのようです。(KAIST自体は、それを否定しているようですが)でも、何故KAISTは、信憑性のなくなったMAGIC特許の所有権をGSK社から取り戻そうとしたのか?そこのところは、不明です。

では、この一件で、一体誰が得をしたのでしょうか?責任著者のKim氏は、KAISTを解雇され、CGK社からは詐欺罪で告訴されています。筆頭著者のWon氏は、カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校に得た職を失い、現在音信不通だそうです。ベンチャーキャピタルからの出資を受けるためだけに、挑んだ賭けだったとすれば、その代償はあまりに大きかったと言わざるを得ません。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

ウソク・ファンの研究ネカト事件が2005年12月に発覚するが、それ以前、テグク・キムは、ウソク・ファンのような偉大な研究者になりたいと述べていた。皮肉なことに、ウソク・ファンと同じように、有名な研究ネカト者になった。

韓国先端科学技術院(KAIST)・教授のテグク・キムは、「2005年7月のScience」論文と「2006年2月のNat Chem Biol.」を発表した。

テグク・キムは、これらの論文で、MAGIC (MAGnetism-based Interaction Capture)技術を開発し、画期的な合成分子・CGK733を発見した。

CGK733はDNA損傷修復に関与するATM/ATRリン酸化酵素を阻害する。そのことで、CGK733は、動物細胞の細胞分裂を約20回延長することができ、寿命を約25%伸ばすことができる。論文は培養細胞での成功だが、ヒトに適用できれば、病気の治療だけでなく、長寿も期待できる。

2004年7月(39歳?)、論文発表前だが、テグク・キムは、CGK733の将来の価値を予感し、ビジネスにしようと、ベンチャー企業のCGK社を設立した。韓国先端科学技術院の仲間や自分の研究室員を移籍させていた。

2007年頃(42歳?)、論文発表後、論文共著者の1人で、テグク・キム研究室のポスドクでCGK社に移籍したヨンヤン・イエ(Yong-Weon Yi)が、論文の結果を再現しようとしたが、再現できなかった。

2007年12月、それで、ヨンヤン・イエは、「Nat Chem Biol.」編集局に再現できないという懸念を伝えた。

2008年2月12日(43歳?)、CGK社・社長は、韓国先端科学技術院(KAIST)にテグク・キムの論文結果が再現できないと伝えた。

gimage2008年2月13日、韓国先端科学技術院(KAIST)は生物学部長のチャイヨンミン・リー(Gyun-Min Lee、写真出典)を委員長とする調査委員会を発足させた。

調査委員会は直ちにテグク・キムに連絡したが、キムは実験ノートや生データを提供しなかった。そして、数日後、韓国から国外逃亡した。行先は米国だと推定された。

調査委員会は、仕方なしに、キム研究室の他の室員に面談した。また、両論文の第一著者チェージュン・ワン(Jaejoon Won)とも2回会った。

調査委員会は、2回目の会合の数日後、ワンから「重大な不正を両論文で行ないました」という書面を受け取った。

2008年2月28日、調査委員会は予備調査の結果を韓国先端科学技術院長に報告した。

2008年2月28日(43歳?)、韓国先端科学技術院長はテグク・キムの停職処分を発表し、両学術誌編集局に研究ネカトがあったことを伝えた。

上記の流れは「予備」調査で、調査委員会は「本」調査が終了するまで調査の詳細を公表しない。というのは、論文が間違っているのは明白だが、誰が研究ネカトの実行者なのか特定する必要があったからだと述べている(言い訳している)。なお、「本」調査がいつ終わったのか、白楽は把握できていない。

2008年2月29日(43歳?)、韓国先端科学技術院は上記の「予備」調査の結果を公表したが、学術誌編集局には公表内容を事前に知らせなかった。そことで、情報の正確さが欠く恐れがあると、「Nat Chem Biol.」編集局は論文で叱責している(【主要情報源】⑤)。

2008年3月5日(43歳?)時点では、テグク・キムは連絡不能で、多分、米国に滞在していると思われる。

2016年7月25日(51歳?)現在、テグク・キムは 韓国に戻っているのか、米国で逃亡生活を続けているのか不明だが、米国・ネバダ州リノに本部があるLifeboat FoundationのAdvisory Boardに、韓国先端科学技術院(KAIST)・教授の身分で名を連ねている。Lifeboat Foundation – Wikipedia, the free encyclopedia

●6.【論文数と撤回論文】

2016年7月25日現在、パブメド(PubMed)で、テグク・キム(Tae Kook Kim)の論文を「Tae Kook Kim [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2006年の5年間の12論文がヒットした。

「Kim TK[Author]」で検索すると、1963年~2016年の839論文がヒットした。ここで議論しているテグク・キム以外の論文が多数を占めると思われる。

2016年7月25日現在、ここで問題にした2論文が撤回されている。2007年12月に不正が発覚しているのに、「2005年7月のScience」論文は2009年4月に撤回と、とても遅い。一方、「2006年2月のNat Chem Biol.」は2008年7月に撤回と、そこそこ遅い。

【事件後の人生】

●7.【白楽の感想】

《1》韓国研究文化

韓国は2005年末にウソク・ファンの研究ネカト事件で大騒動をおこした。今回のテグク・キム事件は、そのほとぼりが冷めないうちの事件である。

「韓国はどうなっているのだ!」、と思いたいが、日本も欧米でも研究ネカト事件が連続して起こっている。だから、同じ国で連続して起こることは、普通である。韓国の特徴ではない。

しかし、あれだけの事件を起こしたウソク・ファンは、2011年頃から実験に復帰し、クローン動物を作り始めている。韓国は建前上は研究界から追放したとしているが、なんか、おかしい。

「韓国の学会では論文の盗用やねつ造は珍しくない。最近でも、有名な学者が論文を盗用した事件が相次いでいます。しかし、数年したら何もなかったかのように現場復帰するはずです。よくいえば生命力が強いし、悪く言えば無責任と言いますか……。韓国には権力のある人間がスキャンダルを起こしても、生き残れる社会構造がある。財閥の人間が捕まっても恩赦で許されるのと同じ構造です」(韓国大手紙記者)(出典:2015年1月2日の中川武司の記事:2004年にES細胞をねつ造した韓国の教授 現在も医学会に健在 – ライブドアニュース

韓国の研究ネカトを調べると、韓国の研究文化は国際的な研究ネカト規範と異質な印象だ。

2012年の米国の新聞に、「韓国は盗用天国(”plagiarizers’ paradise”)」だと書かれている。 →  Another plagiarist on IOC? – Chicago Tribune

韓国の研究ネカト腐敗は大きく深い。早急に何とかすべきだ。

《2》国外逃亡

調査委員と会談した数日後、テグク・キムは韓国から米国(推定)に逃亡した。米国に留学していたから米国在住の友人もいるだろう。お金も不自由しないだろう。高い知的能力があるし、犯罪者ではないので、雇用する人もいるだろう。

研究ネカトは犯罪でないので、調査結果が出る前でも後でも、出国できる。しかし、今まで数百件の研究者の事件を調べてきたが、調査開始直後に国外逃亡した被疑者は珍しい。

所属機関から解雇されるだろうが、調査委員会は研究ネカトを公正に調査できず、結局、事実に基づく正確な結論を出せない(推定)。

日本で被疑者が国外逃亡したらどうなるのだろうか?

追記:2016年7月30日】
「世界変動展望」さんが、「日本で被疑者が国外逃亡」例を詳しく述べてくれた。ありがとうございます。 → 研究不正の調査後に国外逃亡した例 – 世界変動展望

《3》改善点の指摘

「Nat Chem Biol.」編集局は論文で、事件の対処について、韓国先端科学技術院(KAIST)に改善点を指摘している(【主要情報源】⑤)。

韓国先端科学技術院(KAIST)及び韓国の学術界は傾聴した方がいい。

  1. 調査委員会の最終報告を速やかに行なう
    学術誌編集局はできるだけ早く論文を処置(撤回、訂正、懸念表明)したい。読者が知らずに正しいと思って論文を読むと、科学的な悪影響を与える。ところが、韓国先端科学技術院は数か月も経過するのにグズグズして最終報告書を公表しない。
  2.  世間への公表前に、報告内容を関係部局(学術誌編集局)と事前に調整する
    2008年2月29日、韓国先端科学技術院は予備調査の結果をマスメディアに公表した。しかし、学術誌編集局には事前に知らせなかった。そことで、公表内容に正確さを欠く恐れがあると、「Nat Chem Biol.」編集局は論文で叱責している。
  3. 透明性を高める
    研究ネカトでは、①大学・研究機関の調査過程、②何が悪かったか、③著者、の3点の透明性をもっと高めるべきである。
  4. 事件の全容を学術誌編集局に提供する
    韓国先端科学技術院・調査委員会が審議を終えたら、学術誌編集局は事件のあらましを世界に広く英語で伝えるので、韓国先端科学技術院は事件の全容を学術誌編集局に提供すべきだ。

日本も学びましょうね。

大学は、文部科学省だけに報告するのではなく、関連する学術誌編集局及びマスメディアにも詳細に伝えて下さいね。

くれぐれも、研究ネカト者を匿名としないでくださいね。まるで、大学が、悪い人をカバっている、秘匿している(極端に書くと、研究ネカト者を擁護している)ように受け取れます。

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:CGK733 fraud – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2008年3月3日のエリー・ドルジン(Elie Dolgin)の「Scientist」記事:Korean researcher fired for fraud | The Scientist Magazine®保存版
③ 2008年2月29日のCho Jin-seoの「Korea Times」記事:KAIST Suspends Star Bio-Scientist保存版
④ 2008年3月5日の「Science」記事:South Korean Researcher Suspended Over Charges of Scientific Misconduct | Science | AAAS保存版
⑤ 「Nature Chemical Biology 4, 381 (2008) doi:10.1038/nchembio0708-381」記事:Correcting the scientific record : Article : Nature Chemical Biology2016年7月25日、リンクが切れ、無料閲覧できなくなった)(保存版
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