/2016年3月16日掲載、2026年9月15日(火)更新/
チャーチルが先月(2026年8月11日)に亡くなった(享年78歳)。先週、米国同時多発テロの911だった。これらのことから、この機会に改訂版を書いた。なお、妻のナツ・サイトウ(Natsu Saito)は日系三世である。チャーチルはコロラド大学ボルダー校・教授だったが、2001年の911テロの翌日のエッセイで、米国の対外政策を評論した。このエッセイが4年後の2005年に問題視された。この政治的発言を非難する別の “イジメ” として、チャーチルのネカトの有無が根ほり葉ほり探索された。エッセイ発表の5年後の2006年5月(58歳)、コロラド大学はチャーチルをネカトでクロと認定し、2007年(59歳)に解雇した。全米大学教授協会(AAUP)はチャーチル教授の解雇は学問の自由の観点から正当化できないと批判した。チャーチルは、解雇が不当だと裁判に訴えたが敗訴した。上訴したが、2013年(65歳)、米国・最高裁はチャーチルの上訴を棄却した。チャーチルは、2007年の解雇以降、米国内の他大学に正規のポストを得ることはなかった。事件当時(約20年前)、日本はチャーチル事件に関心を寄せたが、2026年9月現在、その後の経緯も訃報に関する報道や日本語記事はゼロである。
〈AI使用:記事はClaudeを使用し、白楽が画像添付と校閲(加筆・訂正)をした。ただ、Claudeの記述に複数の間違いがあり訂正しました。白楽も人間です。まだ、間違いはあるかもしれません〉
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目次(赤字をクリックすると内部リンク先に飛びます)
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1.【概略】
ワード・チャーチル(Ward Churchill、1947年10月2日-2026年8月11日、写真公有出典)は、米国のコロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)・教授だった。専門は民族学(先住民から見た米国史)で、20冊を超える著書を執筆した。先住民(インディアン)から見た米国史が専門なので、米国の先住民政策・対外政策の批判が多くなった。- 妻はジョージア州立大学・法学部教授(国際法・人権)で日系三世のナツ・サイトウ(Natsu Taylor Saito)である。
- 2001年9月12日(53歳)、米国同時多発テロ(9・11)の翌日に発表したエッセイ「Some People Push Back: On the Justice of Roosting Chickens(人々は抵抗する:鶏がねぐらに戻る正義について)」の中で、世界貿易センタービルで死亡した金融関係者らを、ホロコーストの実務責任者アドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann)になぞらえ「小さなアイヒマンたち」と表現した。
- このエッセイは発表当初はほとんど注目されなかったが、2005年1月(56歳)、チャーチル教授がニューヨーク州のハミルトン大学に招かれたことをきっかけに全国的な政治問題に発展した。
- コロラド大学は、当初「発言そのものを理由に教授を解雇することはできない」との立場を取ったが、同時並行して、チャーチル教授の著作における研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)疑惑と、先住民の血統詐称疑惑の調査を開始した。
- 2006年5月(58歳)、大学の調査委員会は、チャーチル教授の7件の著作について、ねつ造・改ざん・盗用を含む「深刻な研究不正」があったと認定した。
- 2007年7月24日(59歳)、コロラド大学理事会は8対1でチャーチル教授の解雇を決定した。
- チャーチル教授は不当解雇だとして大学を提訴し、2009年4月(61歳)の陪審評決では「政治的発言が解雇の動機の一つだった」として名目的な1ドルの賠償を得たが、裁判官は復職や実質的な金銭賠償を認めず、以後の上訴もすべて退けられた。2013年4月1日(65歳)、米国連邦最高裁判所が上告を棄却して法廷闘争は終結した。研究不正の認定そのものは、どの審級でも覆らなかった。
- その後チャーチル教授はジョージア州アトランタに拠点を移し、著述・講演・先住民運動を続けたが、2026年8月11日、脳卒中のため78歳で死去した。複数の米国メディアが訃報を報じた。
コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)。写真出典
2.【経歴と経過】
■生い立ちとベトナム帰還兵から大学教員へ
ワード・ルロイ・チャーチル(Ward LeRoy Churchill、写真公有出典)は1947年10月2日、米国イリノイ州アーバナで生まれた。
1965年に高校を卒業後、1966年(18歳)に米陸軍に入隊し、ベトナム戦争に従軍した。
1974年(26歳)、除隊後、サンガモン州立大学(Sangamon State University、現イリノイ大学スプリングフィールド校〔University of Illinois Springfield〕)でコミュニケーション学の学士号を、1975年(27歳)に同大学で修士号を取得した。博士号は取得していない。
1978年頃(30歳)、コロラド大学ボルダー校にアファーマティブ・アクション(affirmative action)「アメリカ先住民機会均等プログラム」で助教授(?)に雇用された。1980年(32歳)からはアメリカ原住民の講義も受け持った。
1990年(42歳)、通常の昇進審査を経ないまま、助教授から民族学部の準教授に昇進した(準教授になるには、通常は博士号が必要だが、もっていなかった)。
1991年(43歳)、テニュア取得には、通常は準教授に在職して6年必要のところ1年でテニュア(終身在職権)が直接付与されるという異例の人事を受けた。この「テニュアの飛び級付与」は、2005年の騒動後にあらためて批判の対象となった。
1997年(49歳)に正教授に昇進し、民族学科長も務めた。
■「小さなアイヒマンたち」――2001年のエッセイ
2001年9月12日(53歳)、ニューヨークの911テロの翌日、チャーチル教授は自身のウェブサイトに「Some People Push Back: On the Justice of Roosting Chickens(人々は抵抗する:鶏がねぐらに戻る正義について)」と題する短いエッセイを発表した。
そこでは、9・11同時多発テロは米国の対外政策(特に対イラク経済制裁など)に対する「因果応報」であると主張し、世界貿易センターで働いていた金融関係者らを「利益の流れを支えることで軍事技術官僚機構を回転させ続けていた、ハイテク版の『小さなアイヒマンたち』」と表現した。
このエッセイは発表当初、ごく一部でしか読まれておらず、大きな反響はなかった。2003年に、このエッセイを敷衍した同名の書籍が出版された。
■発端は招待講演――2005年1月の炎上
2005年1月(57歳)、ニューヨーク州のハミルトン大学(Hamilton College)がチャーチル教授を2月3日の講演に招いたことが報じられると、4年前のエッセイが一気に掘り起こされ、全国ニュースとなった。
コロラド州知事のビル・オーウェンズ(Bill Owens、写真公有右出典)をはじめとする保守派の政治家やメディアが猛反発し、チャーチル教授の解雇を求める声が高まった。ハミルトン大学は安全上の懸念を理由に、講演会そのものを中止した。
コロラド大学のエリザベス・ホフマン学長(Elizabeth Hoffman、写真左出典)は当初、「発言の内容だけを理由に教授を解雇することは、憲法修正第1条(表現の自由)に照らして許されない」との見解を示した。
しかし同時に、チャーチル教授の著作や経歴について、かねて一部の研究者から指摘されていた疑義――先住民の血統詐称疑惑と、著作における研究不正疑惑――を正式に調査する方針を打ち出した。
全米大学教授協会(AAUP)の報告書は、この経緯について「大学は当初、発言のみを理由に解雇できないことに気づき、別の理由を探した」と評しており、政治的発言と研究不正調査が同時に始まった点は、この事件を理解するうえで重要である。
以下は全米大学教授協会(AAUP)の報告書(2011年11月1日)の冒頭部分(出典:同)。全文(136ページ)は → https://www.aaup.org/JAF3/report-termination-ward-churchill
■先住民の血統をめぐる疑惑
チャーチル教授は長年、自らを「先住民(父方はマスコギー・クリーク族、母方はチェロキー族)の血を引く」と説明してきた。ただ、その説明は時期によって食い違っていた。1992年には「1/8がクリーク族、1/16がチェロキー族」、1993年には「1/16がクリーク族・チェロキー族」、2005年2月には「3/16がチェロキー族」と、血統の割合が変遷していた。
チェロキーインディアン連合である「統一キートゥーワ・バンド(United Keetoowah Band)」は2005年5月(57歳)、チャーチル教授について「名誉準会員の資格を与えたことはあるが、チェロキーの血統を示す証拠の提出はなかった」との声明を出した。
2005年6月(57歳)、地元紙ロッキー・マウンテン・ニュースが系図調査を行ない、142人の直系祖先を特定したが、その中に先住民の祖先を示す証拠は一件も見つからなかったと報じた。
一方、チャーチル教授自身は、血統証明書(CDIB)の取得を「米国政府による『先住民資格の審査』を受け入れることになる」として一貫して拒否した。
アメリカインディアン運動(American Indian Movement、AIM)の内部でも評価は割れた。AIM指導者の一人バーノン・ベルコート(Vernon Bellecourt)は、チャーチル教授について「インディアンだとかたっている」「保持しているのは名誉会員証にすぎず、いかなる部族の正式な構成員資格の証明はない」と厳しく批判した。
一方、AIM共同創設者のラッセル・ミーンズ(Russell Means)はチャーチル教授の先住民アイデンティティを擁護した。
この血統詐称疑惑は、大学の正式な研究不正認定の直接の対象ではなかったが、事件全体の背景として繰り返し取り上げられている。
■2005年3月、正式調査開始
2005年3月(57歳)、コロラド大学は正式にチャーチル教授の著作に関する研究不正調査を開始した。
当初9件の申し立てが挙がったが、大学の管轄外と判断された2件を除く7件について、法学教授ミミ・ウェッソン(Mimi Wesson、Marianne Wesson、写真出典)を委員長とする調査委員会が詳細な検証を行なった。
■2006年5月、調査委員会報告――7件すべてで不正認定
2006年5月(58歳)、調査委員会は最終報告書を提出した。委員会は7件の申し立てすべてについて研究不正(ねつ造・改ざん・盗用のいずれか、または複数の組み合わせ)を認定した。
ただし、科すべき処分については委員の間で意見が一致せず、5人の委員のうち3人が一部の重大な不正について解雇を、2人はより軽い処分(2年間の無給停職)を勧告するという分裂した結論になった(詳細は「3.【研究不正発覚の経緯と内容】」を参照)。
■2007年7月24日、解雇
2007年7月24日(59歳)、コロラド大学理事会は7対2で調査委員会の不正認定を支持したうえで、8対1でチャーチル教授の解雇を決定した。
チャーチル教授はその翌日、大学を相手取り不当解雇訴訟を提起した。
■2009年4月、陪審評決「不当解雇」も賠償金は1ドル
2009年3月(61歳)に始まった裁判で、デンバー地方裁判所の陪審は同年4月1日、チャーチル教授の政治的発言が「解雇の実質的、あるいは動機となった要因の一つであった」とし、大学は研究不正のみを理由に彼を解雇したとは証明できなかったと判断した。
陪審はチャーチル教授の解雇を「不当」と認定したが、賠償額は象徴的な1ドルにとどまった。
チャーチル教授は当時、「陪審の評決はある程度の正当化にはなる。私が求めていたのは金ではなく正義だった」と述べている。それで、賠償額を1ドルとしたのだ。
しかし同年7月7日、担当裁判官ラリー・ネイブス(Larry Naves)は、大学理事会の人事決定には「準司法的免責特権」が及ぶとして、陪審が示唆した復職や追加の金銭的救済を認めない決定を下した。
結果として、チャーチル教授が最終的に手にしたのは1ドルの名目的賠償のみだった。
■2010~2013年、上訴の顛末
チャーチル教授側はこの判決を不服として上訴を重ねたが、2010年11月24日(63歳)にコロラド州控訴裁判所が、2012年9月10日(64歳)にコロラド州最高裁判所がいずれも原審を支持した。
2013年4月1日(65歳)、米国連邦最高裁判所が上告を棄却したことで、8年に及んだ法廷闘争は最終的に終結した。全審級を通じて、研究不正の認定そのものが覆ることはなかった。 → 2013年4月1日記事。Supreme Court refuses to hear Ward Churchill’s appeal, CU declares ‘matter is now over’ – Boulder Daily Camera(保存版)。
■全米大学教授協会(AAUP)による批判――手続きへの疑義と、不正認定への評価は別問題
コロラド大学の対応をめぐっては、全米大学教授協会(AAUP)のコロラド支部および本部が独自に報告書を公表し(『Journal of Academic Freedom』第3巻、2012年)、チャーチル教授の解雇は学問の自由の観点から正当化できないと結論づけた。
ただしこれは、大学が政治的発言を契機に調査を開始した経緯や、処分の重さが手続き上妥当だったかという点を問題視したものだった。調査委員会が個別に認定したねつ造・改ざん・盗用の事実そのものを覆す趣旨ではなかった。この点は、「学問の自由をめぐる論争」と「研究不正の有無」という2つの異なる論点を混同しないために重要である。
■2017年4月、10年ぶりのボルダー校再訪
解雇から10年後の2017年4月29日、チャーチル教授はコロラド大学ボルダー校に招かれ、全米大学教授協会(AAUP)コロラド支部主催の学問の自由シンポジウムで講演した。
この場でも彼は自らの主張を変えず、「米国における学問の自由はすでに死んでいる。私は教授になる前からこのアイデンティティを持っていたし、教授であった間も、その後も変わらない」といった趣旨の発言をしたと報じられている。
■晩年――アトランタでの著述・講演活動

解雇後、チャーチル教授は法学者である4番目の妻ナツ・テイラー・サイトウ(Natsu Taylor Saito、写真出典、ジョージア州立大学〔Georgia State University〕法科大学院教授)の勤務地に合わせてジョージア州アトランタ周辺に移り住んだ。
以後も執筆や講演を継続し、生涯で20冊を超える著書・共著を残した。
コロラド州のアメリカインディアン運動(AIM)指導委員会の長年のメンバーでもあり、2024年にも先住民の経済問題をテーマにした講演をおこなうなど、亡くなる直前まで活動を続けていた。
私生活では生涯に4度結婚した。2番目の妻マリー・アネット・ジェームズ(Marie Annette James)とは1995年に離婚、3番目の妻リア・ケリー(Leah Kelly)は2000年に交通事故で25歳で死去、4番目の妻が前述のナツ・テイラー・サイトウである。
なお、ナツ・サイトウの「お父上は、英文毎日の記者として、またFM大阪の英語ディスクジョッキーとして活躍した日系二世のモース・サイトウ氏である。若い頃一所懸命英語を勉強した日本人の中で、サイトウ氏のことを記憶している人は多いのではあるまいか」(出典:山倉 明弘の文章)。モース・サイトウ(啓明女学院院長・パルモア学院院長・パルモア学院理事長だった)の写真出典。
■2026年8月、死去
2026年8月11日、ワード・チャーチルは脳卒中のため死去した。78歳だった。米国内の複数の報道機関が2026年8月12日から14日にかけて相次いで報じた。
デイヴィッド・レーン弁護士は死去にあたり、チャーチル教授を「抑圧された人々のために正義を求めた戦士」であり、「アメリカ先住民コミュニティに対する米国政府の不正義を追究した優れた学者」だったと評した。
批評誌カウンターパンチ(CounterPunch)は追悼記事「In Memoriam: Ward Churchill, 1947-2026」を掲載し、代表作『A Little Matter of Genocide』(1997年)などの意義を称えた。
一方、保守系オピニオンサイトPJメディアは、死去翌日に掲載した論評で「大学のテニュア制度が、いかにねつ造まみれの学問を長年にわたり免責し得るかを体現する人物だった」と厳しく批判し、彼の先住民血統詐称疑惑を、後年の米国上院議員エリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)の血統詐称騒動になぞらえた。
研究不正と血統詐称という2つの疑惑をめぐる評価は、死してなお鋭く対立したままになった。
3.【研究不正発覚の経緯と内容】
2006年5月(57歳)、コロラド大学の調査委員会(委員長:法学教授ミミ・ウェッソン)は、1年2か月の調査の後、チャーチル教授の著作に関する7件の申し立て(A~G)について最終報告書をまとめた。
以下はコロラド大学が公開した調査報告書(2006年5月9日付け)の冒頭部分(出典:同)。全文(125ページ)は → https://web.archive.org/web/20160316040546/http://www.colorado.edu/philosophy/vstenger/Briefs/Churchill%20Report.pdf
コロラド大学の調査委員会はそのすべてで研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)を認定した。主な内容は以下の通りである。
このねつ造・改ざん・盗用の認定は、チャーチル教授の911テロ発言に対する世間と政治家(州知事など)の圧力に負けて、コロラド大学が、重箱の隅をつついて、チャーチル教授を “イジメた” 結果とも受け取れる。しかし、明白な研究ネカトであることも、事実である。
- 申し立てA:1887年ドーズ法(一般土地割当法)に関する改ざん・ねつ造
著書『Struggle for the Land』所収の論文「Perversions of Justice」で、チャーチル教授は同法が「先住民について血量(血統の割合)要件を初めて課した」と記述した。しかし同法にそのような規定は含まれていない。さらに委員会は、チャーチル教授が自著を匿名または別人名義で執筆し、それをあたかも独立した第三者の典拠であるかのように自著の中で引用していた例も発見した。 - 申し立てB:1990年インディアン工芸品法に関する改ざん
著書『Indians Are Us?』所収の論文「Nobody’s Pet Poodle」で、同法にも存在しない「血量」要件を同法の内容として記述した。実際の同法は部族への正式な登録を要件としているにすぎない。 - 申し立てC:ジョン・スミス船長(Captain John Smith)による1614~1618年の天然痘に関する改ざん
複数の著作において、17世紀初頭のニューイングランドでの天然痘流行に関する歴史的経緯を、史料の裏付けなく誇張・改変して記述した。 - 申し立てD:1837~1840年フォート・クラークにおける天然痘流行に関する改ざん・ねつ造
米陸軍が天然痘に感染した毛布を意図的に先住民に配布し、感染を拡大させたとする主張について、委員会は史料上の根拠がない、あるいは史料を歪めて引用したものと認定した。 - 申し立てE:環境保護団体「Dam the Dams」のパンフレットからの盗用
第三者の団体が作成したパンフレットの記述を、適切な引用表示なしに自著に取り込んだ。調査報告書の84~85頁に記載されている。赤色部分が同じ単語である。左が被盗用箇所で右がチャーチル教授の盗用箇所(1989年)。
こうやって、並べられると、確かに盗用である。被盗用(左)文章は、パンフレットであって学術論文ではない。こういう場合の引用は微妙である。 - 申し立てF:レベッカ・ロビンズ(Rebecca Robbins)教授の著作からの盗用
ロビンズ教授の論考の複数の段落を、適切な出典表示なく自著に転用した。 - 申し立てG:フェイ・コーエン(Fay Cohen)教授の著作からの盗用
同じく、コーエン教授の論考の段落を適切な出典表示なく転用した。
調査委員会は総括として「複数の申し立てにおいて研究不正が立証された」とした。
チャーチル教授が「意図的に出典を誤って」表示し(「意図的に誤って」は微妙な表現で、誤る時、意図的に誤るか?)、自らが匿名で執筆した文章をあたかも独立した第三者の典拠であるかのように扱っていた。このことは、単純な引用ミスではなく、意図的な学術的欺瞞であると結論づけた。
処分については前述の通り委員間で意見が分かれ、最終的な解雇の可否は大学理事会の判断に委ねられた。繰り返すが、報告書全文はこちら(PDF、125ページ)で読むことができる。
4.【考察少し】
- チャーチル教授の場合、対象となったのは学術誌論文というより、単著・共著の書籍やその中の論考が中心である。
米国の研究公正局(ORI)は、連邦政府(保健福祉省)の資金による生物医学・行動科学研究の不正のみを管轄しており、人文・社会科学分野の著作は原則としてその対象外である。科学庁(NSF)は扱うはずだが、チャーチル事件は、コロラド大学内部の調査委員会のみによって審理された。
この点は、日本で研究ネカト事件を考える際にも示唆的である。すなわち、人文・社会科学系の不正は、自然科学分野に比べて外部監視の仕組みが手薄になりやすい。 - 書籍は、出版社による正式な「撤回(retraction)」の手続きが取られた形跡はない。問題視された著作は今日でも書籍として流通し、大学の講義でも引用され続けている。チャーチル教授に科された制裁は、あくまで大学教員としての地位(テニュア・雇用)の剥奪であり、研究業績自体の抹消ではなかった。
- 2007年の解雇以降、チャーチル教授は米国内の他大学に正規のポストを得ることはなかった。
5.【白楽の感想】
《1》学問の不自由
ワード・チャーチル(Ward Churchill)のチャーチル事件は「9・11をめぐる過激発言を理由に大学教授が解雇された」という学問の自由の物語として語られがちである。
実際、2009年の陪審評決や米国大学教授協会 (AAUP)の報告書は、政治的発言が解雇の動機の一つだったことを認めている。
しかし、それとは独立に、大学の調査委員会は7件の著作すべてについて研究ネカト(ねつ造・改ざん・盗用)を認定しており、この認定は米国のどの裁判所でも覆されていない。
「政治的に狙い撃ちされた」ことと「研究ネカトを行なっていた」ことは、まったく別の命題である。この2つを混同すると、事件の本質を見誤る。
以上のように判定するのが理性だと思うが、人間は感情の動物でもある。
裁判官も人間である。裁判所の判定は当時の米国社会を忖度していたと思っても不思議ではない。
米国はイスラム社会や中国の人権問題を非難するが、白楽の知識と経験から、米国社会の日常に人権問題は溢れていると思う。1950年代のマッカーシズムは明白だが、米国に実際に滞在し、仕事し、生活した経験から、人種差別、男女差別など法律上は禁止されていても、人々の感情・価値観にはしっかり根付いていると感じる。建前では非難されるから、むしろ、深く潜行し、表面的にはわかりにくくなる。
人種差別は日常茶飯事なのに、人種差別がないとしている「言論の不自由」な社会になっている。
そして、ニューヨークの911テロの後、米国の狂気が表面化した。
もちろん、日本でも「言論の不自由」は同じである。正義・正論を無防備に主張できる人間社会はどの国にも存在ないし、今後も存在しないだろう。だから、実際は、注意深く語るしかない。
日本国憲法に「第23条 学問の自由は、これを保障する。」がある。白楽は、これも、単純には信じていない。「バイオ政治学」を提唱して以来、「学問の自由は保障されていない」と何度も感じさせられた。
《2》研究ネカトの認定は最後まで維持された
ワード・チャーチルの夫人が日系人ということもあり、「《3》日本語の記事」を読むと、心情的にチャーチル教授を応援したくなる。
しかし、研究ネカトは研究ネカトである。研究ネカトなら、文句なしに、研究者失格である。
2009年の陪審評決は「不当解雇」であり「賠償金1ドル」という、一見チャーチル教授の全面勝訴のように報じられることが多い。
しかし、実際に陪審が認定したのは「政治的発言が解雇理由の一つだった」ことのみであり、研究ネカトの有無そのものを再審理したわけではない。
しかも裁判官はその後、復職も実質的賠償も認めなかった。2013年に連邦最高裁は上告を棄却したが、研究ネカトの認定は一度も否定されていない。
チャーチル事件から学ぶことは、高潔な学者にも研究ネカトの過去があった、ということだ。つまり、研究ネカトは学術研究の基本的スキルであって、学問的業績や人格や高潔さとは別ものである。
とはいえ、人間は完ぺきではない、長く曲がりくねった道。重箱の隅をつつかれたり、叩かれればほこりは出てくる。
それでも、学術界で重要な研究をすればする人ほど、社会で重要な発言すればする人ほど、研究ネカトのスキルをしっかり身につけないと、一瞬にして地獄に落ちる。
残酷である。
《3》テニュア
チャーチル教授は1991年、異例の形でテニュアを直接付与されていた。
テニュアは本来、政治的圧力や時の政権の意向から研究者の言論と研究の独立性を守るための制度である。
テニュアは米国大学教員協会 (AAUP) によると、基本的には「審査期間を成功裡に満了後は、教員は正当なる理由又は特別の環境が存在し、かつ教員委員会での聴聞後でないと解雇できないという取決め」のことである。(テニュア – Wikipedia)
しかし本件は、テニュアを得た教授であっても、著作における具体的なねつ造・改ざん・盗用の事実が認定されれば、最終的には教職を追われ得ることを示した。
テニュアは「学問上の主張」を理由とする解雇からは研究者を守るが、「研究上の不正行為」を理由とする解雇まで防ぐものではない、という当然だが重要な区別を、本件はあらためて浮き彫りにした。
《4》先住民の血統詐称という、もう一つの誠実性の問題
チャーチル教授の先住民としてのアイデンティティ主張は、年を追うごとに内容が変遷し、チェロキー族の当事者団体からも「証拠なし」と指摘された。
これは大学の研究ネカト認定の直接の対象ではなかったが、研究者としての誠実性という観点からは、研究データの改ざんと同根の問題である。
自らの立場や属性を偽って発言・研究の権威付けに用いる行為は、学術的欺瞞の一形態として、データのねつ造と並べて評価されるべきだろう。
《5》死してなお評価が分かれる――歴史的評価の難しさ
2026年8月の死去に際しても、チャーチル教授への評価は称賛と批判に鋭く分かれた。
政治的発言をめぐる言論弾圧の犠牲者として彼を悼む声がある一方、研究ネカトと血統詐称という2つの誠実性の欠如を理由に厳しく断罪する声も根強い。
研究ネカト事件の当事者が世を去った後も、その業績と行為をどう評価するかという課題は残り続ける。
研究者の政治的立場への好悪と、研究ネカトの有無という事実認定とを切り分けて記録し続けることこそが、白楽がこのブログで一貫して目指してきた作業である。
6.【主要情報源】
- ① ウィキペディア英語版:Ward Churchill – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2005年3月24日のコロラド大学・調査委員会、DiStephano, Philip; Gleeson, Todd; Getches, David :Report on Conclusion of Preliminary Review in the Matter of Professor Ward Churchill. University of Colorado Boulder. http://archived.wardchurchill.net/12-PreliminaryReview_3_24_05.pdf
③ ワード・チャーチル(Ward Churchill)に関する「New York Times」記事群:Ward L. Churchill – The New York Times(保存版)
④ 2007年7月25日のバーニー・モーソン(Berny Morson)の「Rocky Mountain News」記事:CU regents fire Ward Churchill : Local News : The Rocky Mountain News(保存版)
⑤ 2006年5月9日のコロラド大学・調査委員会のチャーチルの研究ネカト調査報告書:Report of the Investigative Committee of the Standing Committee on Research Misconduct at the University of Colorado at Boulder concerning Allegations of Academic Misconduct against Professor Ward Churchill
http://www.colorado.edu/philosophy/vstenger/Briefs/Churchill%20Report.pdf
⑥ 2013年4月2日の「Daily Caller」記事:Ward Churchill is finally all out of aces | The Daily Caller(保存版) - 2006年5月15日:Report on Professor Ward Churchill to Be Presented to Media(コロラド大学公式発表)
- 2012年:Report on the Termination of Ward Churchill(全米大学教授協会 AAUP、Journal of Academic Freedom 第3巻)
- 2017年4月27日:Ward Churchill’s Return to CU Boulder(Denver Westword)
- 2026年8月12日:Ward Churchill, Professional Provocateur, Finally Runs Out of Outrage to Sell(PJ Media)
- 2026年8月12日:Ward Churchill, controversial former University of Colorado professor, dies at 78(CBS Colorado)
- 2026年8月12日:Ward Churchill, controversial former CU professor and activist, dies at 78(Denver7)
- 2026年8月14日:Ward Churchill, professor who challenged his dismissal over 9/11 essay, has died at 78(The Philadelphia Inquirer/AP通信)
- 2026年8月14日:Former CU ethnic studies professor Ward Churchill died this week at the age of 78(KGNU)
- 2026年8月17日:In Memoriam: Ward Churchill, 1947-2026(CounterPunch)
- 2026年8月(推定):R.I.P Ward Churchill(The Paul Street Report)
- 閲覧日2026年8月22日:University of Colorado Fires Professor for Plagiarism and Research Falsification(EBSCO Research Starters)
7.【補助記述】
《1》事件早見表
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1947年10月2日
- 死亡:2026年8月11日(享年78歳)
- 分野:民族学
- 不正文書発表:1998年~(40歳~)
- 不正文書発表時の地位:コロラド大学ボルダー校・教員
- 発覚年:2005年(57歳)
- 発覚時地位:コロラド大学ボルダー校・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
- ステップ2(メディア):「New York Times」「Rocky Mountain News」など多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①コロラド大学ボルダー校・調査委員会。②裁判所
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。Report of the Investigative Committee of the Standing Committee on Research Misconduct at the University of Colorado at Boulder concerning Allegations of Academic Misconduct against Professor Ward Churchill
- 大学の透明性:(〇)
- 不正:捏造・改ざん・盗用
- 不正論文数:7著作物
- 時期:研究キャリアの中期・後期
- 職:研究職を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:解雇
- 対処問題:①大学はチャーチルの教員採用・昇進に際して適正な手順を踏んでいなかった。②全米大学教授協会(AAUP)がチャーチル教授の解雇は学問の自由の観点から正当化できないと批判したほど大学の対処は異常だった
- 特徴:チャーチルの政治的発言を非難する別の手段として、“イジメ”るようにチャーチルの研究不正を糾弾したふしがある。
- ランキング:①2013年1月10日発表の「★7.「高等教育界を震撼させた著名人の10大盗用スキャンダル」」の第3位、② 2012年6月3日発表の「★5.「Online College Courses」の「学術史上の10大研究スキャンダル」ランキング」の第5位(全期間ネカト世界ランキング(1) | 白楽の研究者倫理)
- 日本人の弟子・友人:不明。妻のナツ・サイトウ(Natsu Saito)が日系三世
《2》【動画】
【動画1:ドキュメンタリー】
「When They Came After Ward Churchill part 1 – YouTube」(英語)9分30秒。
ワード・チャーチルの911テロ発言論争のドキュメンタリー。シリーズ4本のうちのシリーズ1.
postciv が2009/03/02 にアップロード
【動画2:ドキュメンタリー】
「Megyn Kelly Takes On Ward Churchill: How Can You Compare 9/11 Victims to Nazis? – YouTube」(英語)18分19秒。
FOXニュースの人気ニュースキャスター・メジン・ケリー(Megyn Kelly)がワード・チャーチルの911テロ発言を悪者的にあおった。シリーズ2本のうちのシリーズ1.
One Postが2014/09/09 に公開。
リンク切れ:https://www.youtube.com/watch?v=A-AEWzPAtdY
代わりに以下の画像をクリック → 文章を少し進めると動画がある。 → https://www.mediaite.com/media/tv/megyn-kelly-takes-on-ward-churchill-how-can-you-compare-911-victims-to-nazis/
【動画3】
チャーチル教授本人が9・11エッセイの真意を語った討論動画。 2007/09/10。Ward Churchill and the Little Eichmanns – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=4viDfA-Rmng
【動画4】
2026年8月、死去を伝えた米国テレビニュースの報道映像。2026/08/12。Controversial CU professor known as lightning rod for free speech issues Ward Churchill dies – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=-F1toAlPCCo
【動画5】
2026年8月、死去を伝えた米国テレビニュースの報道映像。2026/08/12。 Latest headlines | Ward Churchill, CU professor known for championing free speech issues, dies – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=_BwGBLroO6g
《3》【日本語の記事】
〈記事を保存する意図を込めて、長めに引用した〉
チャーチルが先月(2026年8月11日)に亡くなった。それ以降に書かれた日本語の記事はない。
★2006年12月17日、田城 明(中国新聞の記者):Luna’s “Tomorrow is another day”:ヒロシマ記者 超大国を歩く5:「終身教授 テロ評論で解雇の危機」
コロラド州ボールダー市中心部から東へ十キロ。ワード・チャーチルさん(59)と妻のナツ・サイトウさん(51)は、自宅書斎で講演や講義の準備に追われていた。窓からかなたに望む雄大なロッキー山脈。二人は仕事の手を休め、大学教授のチャーチルさんが受けている政治的圧力について説明を始めた。
「二〇〇一年の9・11テロ事件翌日に電子メディア誌に掲載された私のエッセーが、三年以上もたった〇五年一月に、突然攻撃の対象になってね。今は憲法でうたわれた表現の自由も、大学独自で定めた学問の自由もかなぐり捨てて、私を解雇しようとやっきになっている」。チャーチルさんは肩まで伸びた髪をかき上げながら言った。
続きは、原典をお読みください。
★2001年1月15日発行、山倉 明弘(天理大学国際学部教授):天理大学アメリカス学会ニューズレター No.37:「Conference- 米国社会学会に参加して -リビジョニズムの試み-」
ワード・チャーチルの夫人である日系三世のナツ・サイトウ(Natsu Taylor Saito)と父親モース・サイトウのことを書いている。
2)ペルー日系人米国抑留問題
日本人・日系人米国抑留事件の中でも、ペルー日系人米国抑留はもっとも研究が進んでいないもののひとつである。1981年に米国の学者が米国政府公文書と生存者の聞き書きをもとにパイオニア的研究書を発表しているが、事実を発掘するのが精一杯で充分な歴史解釈が提示されたとは言いがたい。その後、この問題を正面から取りあげた研究は日本では、私がアメリカス学会の『アメリカス研究』に2本、米国では法制史家と法学者がそれぞれ1本ずつ発表しているに過ぎない。今回のセッションではこのうちの1本を発表している法制史家、ジョージア州立大学のナツ・テイラー・サイトウ準教授に国際法の視点から発表してもらうことにした。(ちなみに、サイトウ準教授のお父上は、英文毎日の記者として、またFM大阪の英語ディスクジョッキーとして活躍した日系二世のモース・サイトウ氏である。若い頃一所懸命英語を勉強した日本人の中で、サイトウ氏のことを記憶している人は多いのではあるまいか。)
続きは、原典をお読みください。

ワード・チャーチルの夫人である日系三世のナツ・サイトウ(Natsu Taylor Saito)。マーク・レフィングウェル(Mark Leffingwell)撮影。写真出典は2009年3月25日の「Churchill’s wife testifies in his civil suit – The Denver Post」。掲載許可を取っていないけど、記録としてここに残させてください。
★2005年3月28日:賀茂川耕助(ペンネーム。実名はビル・トッテン(Bill Totten)、株式会社アシスト代表取締役会長):発言の自由奪う米の詭弁
出典 →No.674 発言の自由奪う米の詭弁 | 耕助のブログ(保存版)
アメリカ先住民の血をひくコロラド大学教授のワード・チャーチル氏は、先住民問題で著名な活動家で著書も数多くある。
問題となったのは、氏が9月11日の攻撃は米国の外交政策によって引き起こされたというテーマで書いた論文で、ある大学は講演会をキャンセルし、講義するコロラド大学は教授の懲戒免職の可能性について審議しているという。
チャーチル氏は主張を撤回するつもりはないとし、私も論文を読んだがなぜそれほど批判されるのか理解できなかった。
自分と同じ意見の人の文章ばかりを読むことがよいとはいえないし、一般に言われていることがほんとうに正しいかどうか自分で疑問を投げかけてみることは大切だ。全てを知る人などいないのだから、特に大学はさまざまな意見が交換される場所であるべきだ。
チャーチル氏の論文は、世界貿易センターで犠牲になった人々をナチの戦争犯罪人に例えたことが批判の的となっている。米国が誇る国際金融帝国の象徴でもある場所で働いていた人々は、米国が行った湾岸戦争や経済制裁の報いを受けたのだ、というのが彼の考えだ。
そして9月11日の事件は「人は自分が相手にしたことを、相手から受け取ることになるのであり、それが現実のものとなった」にすぎないのだという。
私を含めて、アフガニスタンやイラクへの攻撃を反対する人はチャーチル氏が学生に危険思想を教えているとは感じないだろう。基本的に彼が言っているのは、剣に生きる者は剣に死ぬ、ということだ。
チャーチルはこうも言った。「長いことそこにいたからと言って、おけの中の犬がおけの権利を持つということに同意できないし、その権利を認めない。だから、たとえばアメリカ先住民やオーストラリアのアボリジニに悪行がなされたとは思っていない。彼らは、より強い、より上位の人種、より賢い人種(白人)に住む場所をとって代わられたというのが事実なのだ」。
これは同じチャーチルでもウインストン・チャーチルの言葉だ。チャーチルはまた「私は未開人種に毒ガスを使うことに賛成だ」と言い、1920年代、イギリスは毒ガス兵器を中東で使用したのである。同名であったために思い出したのだが、このような思想の持ち主であったウインストン・チャーチルは、今でももっとも偉大なイギリス人の一人として見なされている。
★CNN:2009年4月3日
出典 → CNN.co.jp:9・11犠牲者をナチ呼ばわりした元教授に賠償金1ドル(保存版)
9・11犠牲者をナチ呼ばわりした元教授に賠償金1ドル
コロラド州デンバー(CNN) 2001年9月11日の米同時多発テロで亡くなった犠牲者を、ナチス・ドイツのホロコーストを実行したアドルフ・アイヒマンと呼んだ米国の元教授が、不当解雇させられたと訴えていた裁判で、コロラド州地方裁判所の陪審は2日、不当解雇を認めて賠償金1ドルの支払いを求める判断を下した。
コロラド大学ボールダー校の民族学教授だったワード・チャーチル氏は2002年、米国の外交政策を批判する論文中で、9・11の被害者を「小さなアイヒマンたち」と例え、米国による世界金融帝国の中枢にいる高級技術官僚軍団だと表現していた。
この論文自体には大きな関心が集まらなかったが、2005年にニューヨーク市内にある大学が、先住米国民に関係する講演会にチャーチル氏を招待した際に注目を浴び、当時のパタキNY州知事らが強く批判した。
その後、2007年にチャーチル氏はコロラド大学を解雇された。
この解雇についてチャーチル氏は、少数派だが憲法では守られている政治的な意見を述べたことが理由だと主張。一方、大学側は、政治的な観点ではなく、チャーチル氏の業績内容がずさんだったためと反論していた。
陪審が下した判断について、コロラド大学ボールダー校は、落胆しているとの声明を発表した。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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