7-196 学術出版が直面する3つの課題

/2026年9月5日(土)掲載/

今回は、2026年7月5日の「Fundamental & Clinical Pharmacology」論文。この学術誌の編集長のリュック・ジマー(Luc Zimmer)と前編集長のパスカル・ブスケ(Pascal Bousquet)が、学術出版が直面する三つの課題を論じた。第一に投稿論文数の急増と査読者不足、第二にインパクトファクター偏重の評価制度の限界、第三に論文工場(ペーパーミル)による組織的な研究不正の脅威を取り上げ、人工知能(AI)活用の可能性と限界、撤回という「最終兵器」の是非を含め、編集長としての具体的な対応策と懸念を示した。

〈AI使用:記事はAnthropic Claude Sonnet 5を使用し、白楽が画像添付と校閲(加筆・訂正)をした。ただ、Claudeの記述に間違いがあり、白楽にも間違いがあり、訂正したが、まだ、間違いはある(多分)〉

目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)

1.論文の内容
 1-1.はじめに
 1-2.課題1:投稿論文数の急増と査読者不足
 1-3.AIによる査読代替の可能性と限界
 1-4.課題2:インパクトファクター(IF)の限界
 1-5.IFに代わる評価指標の模索
 1-6.課題3:研究不正と論文工場(ペーパーミル)の脅威
 1-7.論文工場への対策とAI検出ツール
 1-8.撤回という「最終兵器」とその代償
 1-9.結論:学術出版の未来
2.白楽の感想

1.論文の内容

1-1.はじめに

この論文は、臨床薬理学の学術誌「Fundamental & Clinical Pharmacology(FCP)」の現編集長リュック・ジマー教授(Luc Zimmer、写真左出典)と、前編集長パスカル・ブスケ(Pascal Bousquet、写真右出典)が共著の2026年7月5日の論文である。

ジマー教授は、フランスのリヨン第一大学(Université Claude Bernard Lyon 1)・神経科学研究センター所属で、ブスケはフランスのストラスブール大学医学部(Faculté de Médecine, Université de Strasbourg)所属である。

  • The Challenges of Scientific Publishing: An Editor-In-Chief’s Perspective (邦訳、学術出版の課題:編集長の視点)
    Zimmer L, Bousquet P.
    Fundamental & Clinical Pharmacology. 2026;40:e70105. https://doi.org/10.1111/fcp.70105

連絡著者(corresponding author)はジマー教授である。両著者は、学術出版が「危機」とも「好機」ともみなされる深い変容の途上にあるとの問題意識のもと、学術誌の編集を担ってきた当事者の立場から、次の三つの課題を論じている。

  1. 第一に、世界的に投稿論文数が増え続けるなかで、いかにすべての論文を公平・厳密に評価するか。
  2. 第二に、学術誌のランキングに用いられてきたインパクトファクター(IF)という不完全かつ不適切に定量的な指標から、いかに脱却するか。
  3. 第三に、学術出版の信頼性を脅かす研究不正、とりわけ論文工場(ペーパーミル、paper mill)にどう対抗するか。

1-2.課題1:投稿論文数の急増と査読者不足

学術出版における研究公正の原則は、ロバート・マートン(Robert K. Merton)が1942年に発表した古典的論文で示した「組織化された懐疑主義(organized skepticism)」に根ざしており、査読によって厳密に評価されることで担保されてきた(R. K. Merton, “A Note on Science and Democracy,” Journal of Legal and Political Sociology, 1942)。

しかし近年、学術出版は複数の点で急速に変化している。

第一の変化は論文数そのものの増加である。Web of ScienceとScopusの2大データベースには年間280万本超の論文が索引付けされ、2016年から2024年の8年間で50%増加した(Hanson et al., “The Strain on Scientific Publishing,” Quantitative Science Studies, 2024)。

学術文献を横断的に収集するDimensionsのプラットフォームには、全言語・全分野でだが、1日あたり2万本、年間600万本もの論文が掲載されている(Dimensions)。

臨床薬理学の学術誌であるFCP誌もこの傾向を裏づける。2010~2012年は投稿数が年間約120本と比較的安定していた。しかし、2020年以降大きく増加し、2022年以降は年間500本を超えている。

この投稿数増加の地理的な分布も示唆に富んでいる。中国とインドは研究者数・研究投資政策を進めてきた国の代表格で、中国の年間論文数はすでに米国を上回っている。

これは生物医学分野への関心の高まりを表す一方で、研究が急成長している一部の国では、質より量が優先される傾向がある。

同時に、エルゼビア(Elsevier)、シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)、ワイリー・ブラックウェル(Wiley-Blackwell)、テイラー・アンド・フランシス(Taylor & Francis)といった大手出版社は、この20年で発行する学術誌の数を10倍に増やした。それで、ますます査読者を確保しにくくなっている。

とりわけMDPIのように、多数の学術誌で年間数百もの特集号(special issue)を組む出版社の存在が問題視されている。

編集委員会はこの投稿の奔流を管理しなければならないが、従来のやり方では限界を露呈しつつある。

査読の担い手を見つけること自体も年々難しくなっている。多くの学術誌(FCPを含む)では査読は無償のボランティアであり、時間を要する作業であるため無限に拡張できない。利益相反のない有能な独立の専門家を見つけるのは極めて難しく、満足な査読(最低2名)を確保するために30~40人の候補者に依頼することも珍しくない。

2024年、FCPは2000人以上の専門家に査読候補として依頼した。投稿論文全体としては87%を却下し、残り13%は改訂を経て受理した。

査読制度が論文産出量と原稿数の重みに耐えきれず崩壊するのではないかという懸念があり、その主な帰結は出版までの査読プロセスの長期化である一方、学術誌側は却下・査読開始までの最初の応答の早さ(多くの場合数日程度)を強調するようになっている。

査読者を維持するための工夫として、論文はいくつかの方策を挙げている。Web of Scienceの著者プロフィールへの査読活動の記録、Crossrefを通じた「Peer review」欄への査読データのエクスポート、査読者向けの評価証明書の発行、ORCID識別子によるWoS Reviewer Recognition Serviceでの記録、年末に査読者リストをDOI付きで公表する例がある。

さらにはFrontiers、eLife Sciences、PeerJのように査読者名や署名入りの査読内容(著者からの応答を含む)を論文とともに公表する例まである。これらは通常は評価されにくい査読者の労力を可視化し、価値あるものとする利点がある。

査読への金銭的報酬の是非はより論争的である。学術出版は収益性が高く、時間と労力に対して査読者が報酬を得ることは不合理とは言えない。Critical Care MedicineとBiology Openの2誌は、質を落とさず迅速に査読を終えた場合に最大250ドル(約2万5千円)を支払う実験を行なった。

2 誌の実験の結果は完全には一致しないが、総じて有償査読は無償査読より早く終わる傾向があり、質に差はなかった。

1-3.AIによる査読代替の可能性と限界

つい最近まで、人工知能(AI)が人間の査読者に取って代わるという発想は突飛に思われていたが、急速な技術進歩によって現実味を帯びてきた。臨床症例の評価を人間の専門家とAIとで比較した予備的研究では、印象的な結果が示されている。

NEJM AI誌の編集長は、質の高い査読者確保の困難を補うためにAIの活用がやがて不可避になると確信しており、自誌が7日以内に採否を判断できるようになると公言している。そのために、副編集委員(associate editor)、ChatGPT5、Gemini 2.5という三者の意見を検討する体制を編集委員会が構想しているという。現段階では、人間の専門家が自らの判断とAIの判断を比較する形にとどまっている。

一方で、質の低い捕食学術誌(predatory journal)ではすでに水準の低いAIが利用されている可能性が高く、出版社向けにAI搭載の査読支援ツールを開発する企業も増えている。

もはや「AIが査読者に取って代わるかどうか」ではなく「いつ取って代わるか」が問われる段階にあると著者らは述べている。これは、マートンが1942年に示した科学倫理の柱の一つである同僚性(collegiality:同じ組織や職場の同僚どうしが、互いを対等な仲間として尊重・協力し合う姿勢や関係)と科学的信頼を損ないかねず、懸念すべき事態である。[白楽の感想:「同僚性と科学的信頼を損ないかねず、懸念すべき事態」を白楽は理解できない

AIには利点も確かにある。盗用の検出、統計的な矛盾の指摘、書式的な要件の確認などにより人間の査読者の負担を軽減できる。

しかし、生成AIは「ハルシネーション(幻覚)」を起こしやすく、もっともらしいが誤った評価――存在しない文献の引用や根拠のない方法論的批判を含む――を生み出すことがある。判断に至った根拠となるアルゴリズムの透明性が欠如しており、下された判断を科学的に監査することが難しい。

さらにAIは、多く引用される論文や支配的な潮流を過大評価するなど、出版システムに既に存在する偏りを再生産・増幅する傾向があり、これは否定的な結果や引用の少ない研究にとって不利に働きかねない。

AIシステムはすでに学習したデータに基づいて処理するよう設計されているため、真に革新的な発見や画期的成果を識別できない可能性がある。

AIにとって「進歩」とは何を意味するのか。AIは専門家の見解にもとづく大量のデータとアイデアを選び組み合わせるにすぎない。したがってAIが科学者の真の進歩を後押しする可能性はあるものの、論文を深く読み込んで評価するという認知的プロセスは、少なくとも現状のAIの手には負えない。

結論として、AIは自律的な仲裁者としてではなく、人間の編集判断を補助する道具として位置づけられるべきである、と著者らは述べている。[白楽の感想:AIの未熟さは単に発展段階だからであって、今後、改善されていくと思われる

1-4.課題2:インパクトファクター(IF)の限界

学術界は長らく、研究者や研究機関を評価するための共通指標を追い求めてきた。

インパクトファクター(IF)は、その考案者によって1975年に「ある学術誌に過去2年間に掲載された論文が、当年に引用された平均回数」――すなわちある年xのIF=[年x年における引用数]/[年x-1年および年x-2年の掲載論文数]――と定義された。

もともとは学術誌の影響力を測る指標として考案されたもので、分野・性質・専門化の程度によって大きく変動するため、その妥当性はかねてより議論の的であった。

それにもかかわらず、研究者や研究室、研究機関の評価の代理指標として、多様な目的に転用されてきた。研究者が高IF誌に発表した論文数が、その研究者の実力を示すという見方が一般化している。

しかし、IFは単に論文の被引用数を示しているだけで、方法論的な質、科学的な意義、独創性といった論文本来の価値と同じものではない。

また、IFは研究分野によって大きく異なる。FCPが属する薬理学および薬科学の分野は、他分野に比べて引用率が「振るわない」傾向があり、異なる学術分野間でIFを比較すること自体、意味をなさない。

学術誌のIFは、少数の高被引用論文による「インフレ効果」によって押し上げられる一方、他の多くの論文はほとんど引用されないこともある。

さらにIFは直近2年間の引用数のみから算出されるため、当初はニッチな話題が幅広い読者の関心を集めるようになって初めて引用され始めるような、独創的で先駆的な論文を正しく評価できないという欠陥もある。

1-5.IFに代わる評価指標の模索

学術界では長年、IFを補完ないし置き換える指標が議論されてきた。

サンフランシスコ研究評価宣言(San Francisco Declaration on Research Assessment、DORA)は2012年に、個々の研究者の質を測る指標としてIFを用いるべきではないと訴えた(DORA宣言全文)。その後、ライデン声明(Leiden Manifesto、2015年)と香港原則(Hong Kong Principles、2020年)が相次いで発表された(Hicks et al., “Bibliometrics: The Leiden Manifesto for Research Metrics,” Nature, 2015Moher et al., “The Hong Kong Principles for Assessing Researchers,” PLoS Biology, 2020)。

2025年までにDORA宣言への署名は世界159か国、約2万2300の団体・個人に達した。

一部の大学はすでに具体的な行動に出ている。ベルギーのゲント大学(University of Ghent)とオランダのユトレヒト大学(Utrecht University)は、個人評価の指標としてIFを用いることをやめた。スイス国立科学財団(Swiss National Science Foundation)は、生物学・医学分野の研究者に対し、掲載誌のIFにかかわらず、履歴書(CV)に自身の最も重要な業績を4件のみ記載するよう求めている。

代替指標としては、Google Scholar MetricsのH5指数(h5-index)や、Scopusのサイテスコア(CiteScore)が、2年ではなく5年ないし3年の期間で学術誌を評価する。スキマゴ・ジャーナル・ランク(Scimago Journal Rank)は引用数に基づきつつ、より評価の高い学術誌からの引用により大きな重みをつける。Web of ScienceのEigenfactorスコアは、自己引用を除いたうえで、引用がなされた学術誌の影響力に応じて重みをつける。

これらの代替指標が目指すのは、引用の質を重視すること、引用を測定する期間を広げること、そしてAltmetricsのように論文が社会的にどれだけ話題になったか(メディア影響)を統合することの3点である。

IFが段階的に廃止されるのを待ちながら、編集長たちはAltmetricsを過大評価することなく注視しており、投稿を集めるためだけに指標を喧伝することもなくなってきている。

1-6.課題3:研究不正と論文工場(ペーパーミル)の脅威

不正(misconduct)と誤り(error)はどう違うのか?

研究「不正」は「研究提案、研究の実施、研究の評価、研究結果の報告の中で行なわれるねつ造・改ざん・盗用」行為と定義される。これに対し「誤り」は科学的手法に本来内在する誠実な行為で、当の研究者または他の研究者がその科学的「誤り」を後に訂正する。

[白楽は、ズサン=「不注意による間違い」と「能力不足による間違い」で、白楽が定義する「誠実な間違い」(学説、解釈、方法論が後に間違っていたとされるケース)と区別している。ここでの「誤り」は基本的に「誠実な間違い」を指している]

不正は研究者間の基本的な信頼を蝕み、知識の伝達そのものを妨げる。

FCPのようなバイオメディカル分野の学術誌の編集長は、投稿論文を受け取る際、幅広い研究不正への対策の最前線に立たされている。そこには、実験データのねつ造や統計検定の操作、元の出版物を適切に引用しない盗用がある。

また、同一データを重複する複数の論文で公表する「二重投稿」や自己盗用、さらには同一論文を複数の学術誌に同時投稿する行為も頻発する不正の一形態である。これらは不誠実な個々の研究者によって散発的に行なわれることもあれば、産業規模で組織的に行なわれることもある。

もう一つの問題は、著者・査読者、場合によっては副編集委員(associate editor)との間で、研究公正に反する関係が生じうることであり、とりわけ多くの学術誌が採用する「特集号(special issue)」という形式でこれが起こりやすい。

クラリベイト(Clarivate)は、特集号において不正な論文や論文工場由来の論文が相当数出版されており、編集長がそれに気づいていない、あるいは黙認していたケースがあることを明らかにした。

また学術誌が投稿時に著者へ査読候補者のリストを求めることも慣例となっており、著者にとっては自身に好意的な知人を候補として挙げたくなる誘惑が生じる。

さらに驚くべきことに、一部の著者は架空の査読者プロフィールを捏造し、自らの論文を自分自身で査読するという事例まで発生している。

編集長たちはこうした手口を今や監視し、対抗策を講じている。AIが多用されやすい論文として「編集者への手紙(Letters to the Editor)」がある。さらに、AIツールに適切なプロンプトを与えて作成されたとみられる「読者からの意見・短報(correspondence)」論文が最近顕著に増えた。それで、複数の学術誌がこの種の投稿の受付を最近停止した。

論文工場(paper mill、ペーパーミル)は、不正な論文を大量生産する捕食的・営利的な企業である。

彼らは、経歴上の論文数を水増ししたい不誠実な研究者に「学術論文」を売りつける。論文共著者の座を金銭で買うことは学術出版において残念ながら珍しくない。最も価値が高く高額なのは筆頭著者や最後著者の座である。すでに学術誌に受理された論文に共著者として加わる場合、費用はさらに高くなる。

かつては論文工場に雇われた博士号取得者がこうした論文を作成していたが、今では単純にAIによって書かれることも多い。

皮肉なことに、透明性と再現性のために不可欠であるはずのオープンデータやオープンサイエンスの普及が、論文工場に悪用される新たな脆弱性を生んでいる。データセット、プロトコル、メタデータが広く公開されていることが、大規模な悪用を助長するのである。

論文工場はこうした公開資源を利用し、合成・操作されたデータを含む論文をゼロから捏造するが、飽和状態の編集プロセスの中でこれを見抜くのは難しい。

「もっともらしい」データセットを生成できるAIの登場は、この危険をさらに悪化させている。

公開リポジトリで学習したAIは、統計的な基準は満たすが実験の実態とは対応しないデータを作り出してしまう。

これはオープンサイエンスの中心的な柱である「共有データへの信頼」を揺るがすものであり、不正がますます巧妙化する状況下で、データの認証・追跡可能性・検証の仕組みを根本から見直す必要性を生じさせている。

こうした企業の台頭は、「発表しなければ生き残れない(publish or perish)」という圧力が強まる学術界の風潮、とりわけ特定の国々で顕著な圧力を背景に生じた。

論文工場由来の論文は、現在出版されている全論文のおよそ2%、年間約6万本にのぼると推計されている。

論文工場の多くは秘密裏に活動するが、一部の企業はより公然と、学術誌の編集者を直接買収しようとする。本論文の著者の一人は、アジア圏の企業から一連の出版と引き換えに多額の金銭を提示されたことが複数回ある。さらに一部の企業は、自らの息のかかった副編集委員や査読者を編集委員会に送り込もうとする。

この後者の手口は、近年出現したさらに巧妙な捕食の形態を象徴している。すなわち「査読工場(review mill)」であり、低品質な査読を専門とし、多くの場合、その査読に対して料金を払った研究者の論文を著者に引用させる「引用強要(引用強制)」となる。これは引用指標や学術的評価を高めることを狙ったものである。

加えて、「引用強要(引用強制)」から「引用カルテル」と常態化し、「引用工場(citation mill)」も出現しておいる。引用を売買し、論文工場や査読工場を経由して出版流通に組み込むことで、特定の研究者のIFを人為的に高めることを目的としている。

1-7.論文工場への対策とAI検出ツール

論文工場由来の論文の急増は、研究機関、出版社、研究者に対抗策を促してきた。

大手出版社はそれぞれ独自の研究公正部門を設置し、International Society for Technical and Medical Publishers(STM)のIntegrity Hubを通じて連携している。

FCP誌を発行するワイリー(Wiley)は、この部門だけでほぼ30人の専門スタッフを抱えている。

ワイリー、エルゼビア(Elsevier)、フロンティアーズ(Frontiers)、シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)は、投稿論文をスクリーニングするソフトウェアをすでに導入している。

これらのインターフェースは、不審な兆候を検出する高度化した自動AI技術を基盤としている。大手出版社が自社開発する場合と、Cactus、Clear Skiesなどスタートアップ企業が開発する場合とがあり、その数は急速に増えている。

これらのツールがどのような仕組みで機能しているかの詳細は、論文工場側が既知の検出手法を巧妙にかいくぐろうとするため、意図的に秘匿されている。新しい機能が絶えず追加され、不正者側の進化に対抗している。

代表的な検出手法には、盗用検出および画像操作検出があり、ChatGPTやGoogle Geminiなどの従来型AIによって文章が書かれたことを示す兆候を捉えるものや、SpinBotのようなオンラインの自動言い換え(パラフレーズ)ツールで書き換えられた盗用文を検出するものがある。

さらに、著者の信頼性についても、これまでの出版歴、撤回歴、所属機関の一貫性、学術用メールアドレスの真正性などが厳密に精査されている。

1-8.撤回という「最終兵器」とその代償

技術的な支援があっても、人間による判断は依然として不可欠である。

編集長は不正対策ソフトウェアだけに頼ることはできない。ソフトウェアは論文が「論文工場由来である可能性が高い」と警告することはできるが、検出システムの中身が不透明なため、編集者にはその警告を吟味・比較検討するための十分な情報がない。

最終的に却下・訂正・撤回のいずれとするかの決定は、編集委員会に委ねられる。判断の目安は、他の編集者たちの経験と知見に照らして適用される。

著者ら自身の経験によれば、FCPに投稿された論文の10~15%が、他の評価に先立って「倫理的懸念」を理由に却下している。この数字は、他の編集者からの報告とも一致する(https://link.springer.com/article/10.1007/s00210-021-02056-8?utm_source=getftr&utm_medium=getftr&utm_campaign=getftr_pilot&getft_integrator=wiley)。

複数学術誌への同時投稿を検出することは、難しいが決定的に重要である。重複投稿の50%は論文工場由来と推計されており、彼らは道徳的な歯止めを持たないため、クライアントの成功確率を最大化しようと単純に行動する。

同じ出版社に属する学術誌同士であれば、共有データベースから情報が得られるため検出は容易だが、投稿先が別々の出版社にまたがる場合は発見が難しく、しばしば同じ論文を別の学術誌でも査読していた査読者が警鐘を鳴らすことになる。

できる限り早期に、すなわち投稿の段階で論文を却下するのが望ましい。しかし論文が査読をすり抜け、編集委員によって一度承認されてしまった場合には、最後の手段として「撤回(retraction)」が残されている。

疑わしい論文は、告発者(whistleblower)によって編集長にしばしば報告される。科学コミュニティは、コミュニティメンバーからの報告や、AIの使用を示唆する「奇妙な」文章の検出など、さまざまな手段で問題のある論文を特定することに取り組んでおり、Problematic Paper Screenerをはじめとする一連のデジタルツールが開発されてきた。

しかし、不正を特定し告発しただけでは終わらない。研究者による訂正あるいは撤回の要求はしばしば時間がかかり、必ずしも成功しない。PubPeerに報告された1万7000件超の論文を分析した2023年の研究では、訂正に至ったのはわずか21.5%にとどまった(https://www.nature.com/articles/d41586-023-03974-8)。

とはいえ、学術出版社は近年になってようやく行動を取り始めている。撤回された論文の数はかつてなく多く、2023年には1万件を超える撤回があり、これは2020年の2倍である。

名だたる大手出版社であっても例外ではない。2023年には、ワイリー傘下のヒンダウィ(Hindawi)が8000本を超える論文工場由来の論文を撤回し、大きな衝撃を与えた。

さらに2025年4月には、セージ(Sage)が発行する単一の学術誌で700本近い論文が一挙に撤回されるという、もう一つの衝撃的な出来事が起きた。

一つの学術誌が数百本規模で論文を撤回すれば、その評判は必然的に傷つく。さらに悪いことに、指標そのものが根本から揺らぐ。

Journal Citation Reports(JCR)を保有するクラリベイトは、2023年に82誌、2025年に128誌をWeb of Scienceのデータベースから除外した。その結果、これらの学術誌はIFを持たなくなり、一部は数か月後、投稿する著者が集まらなくなって廃刊に至った。

こうした「二重の処罰」にさらされる学術誌が、問題のある論文を積極的に撤回する方針を今後ためらうようになるのではないかと懸念する観察者もいる。

しかし著者らは、これは賢明な戦術ではないと述べる。なぜなら、クラリベイトによれば、実際にIFが低下する学術誌は100誌中わずか1誌であり、それも低下幅は関連する学術誌の半数で3%未満とごくわずかだからである。

もう一つの困難は、訂正や撤回を将来の読者・著者に対して可視化することである。理論上は出版社がWeb of ScienceやScopusといったデータベースに情報を送るが、その更新は必ずしも即座に行なわれるわけではない。これは、読者がこれらのデータベースを利用しながら、ある論文が撤回されたことを知らされないという問題を生む。

Learned Publishing誌に掲載された最近の研究では、撤回の事実を考慮せずに「問題のある」論文を引用している論文が現在92万本を超えることが明らかになった。さらにChatGPTは、撤回された論文をまるで撤回されていないかのように引用し、利用者の判断を歪めているという(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/leap.2018)。

最後に、出版後査読(postpublication peer review)は、科学倫理を強化する興味深い手段である。これは当初の学術誌の審査を超えて批判的な検討を広げ、誤り・偏り・不正の可能性を継続的に是正することを可能にする。

関与する専門家の数と利用可能な時間の両面で制約のある従来の査読とは異なり、このモデルはより広いコミュニティに議論を開き、透明性を促進すると同時に矛盾の迅速な発見を助ける。複数の研究により、この種の査読が科学的議論の質を高め、当初の査読で見落とされた問題を特定する助けになることが示されている。

1-9.結論:学術出版の未来

学術出版は、科学的知識の検証と普及にとって中心的な柱であり続けている。

発見の加速や社交メディア(social media/SNS:Facebook、ツイッターなど)を通じた新たなコミュニケーション様式の広がりを前にして、単なる意見と証明された事実とを区別するための確固たる基準がいっそう必要とされている。

限界はあるものの、査読モデルは方法論的な質と堅固な理論的裏づけを保証し、報告された結果の再現性を担保している。プレプリントや科学系の社交メディアの台頭に直面するなかで、情報のノイズの中で科学的シグナルが希釈されるのを防ぐためには、厳格な編集の枠組みを維持することが不可欠である。

しかし、一部の民間研究組織は、学術的な枠組みの外で研究成果を発信しようとする誘惑にかられている。

その一例として、イーロン・マスク(Elon Musk)のニューラリンク(Neuralink)社が、社交メディア上の簡単な発表を通じて、「脳を読み取る」デバイスを初めてヒトに埋め込んだと明らかにしたことが挙げられる。

このブレイン・コンピューター・インターフェースの実験は、米国NIH(National Institutes of Health)が管理するオンラインの治験登録データベースであるClinicalTrials.govへの登録なしに実施された。

さらに、独立した科学者による審査を経た学術論文を伴わないまま、初のヒト試験の実施が発表された。

科学的な手続きを意図的に回避し、未検証あるいは「代替的」な科学データを提示するこうした動きは憂慮すべきだと著者らは指摘しておきたい。

全米科学・工学・医学アカデミー(National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine)は、科学データの是正に関する合意形成のための検討を進めている。この委員会はさまざまな国における実践を検討し、改善と透明性向上のための提言を行なう予定であり、それらは理想的には学術出版に関わるすべての関係者に適用されうる。 → Corrections and Retractions: Upgrading the Scientific Record

この提言は特に、すべての学術誌が厳格な再現性ポリシーを導入することを奨励しており、研究プロトコルやデータの共有に関する具体的な編集方針や要件、そして研究の事前登録(preregistration)も含む見込みである。

著者らは、この米国の委員会が科学的・知的な自律性を維持できることを望むと述べる。

学術出版は科学的根拠を伝えるための紛れもない黄金基準(gold standard)であり続けているが、生き残るためには進歩する必要がある、というのが本論文の結びである。

2.白楽の感想

《1》率直な感想

白楽の率直な感想は「凡庸」「退屈」。切り口に新鮮味も、著者の本気度も感じられない。ここまで読んでいただいて申し訳ないけど。

でも何でそう感じたか?

一歩踏み込んで考えると、白楽のように研究公正・研究倫理の論文・事件にビッチョリ浸っている病的(?)人間だと、「普通に良くまとまった」論文を「凡庸」「退屈」と感じるんです。

多くの人の真っ当な意見をまとめた論文は「凡庸」「退屈」なんです。「普通に良くまとまった」論文なんですけど、・・・。

「凡庸」「退屈」と感じた読者のあなたも、ビッチョリ浸り過ぎ? 病的初期? 重症?

《2》ワイリー社内の「利益相反」に自覚がない

本論文は、ワイリー(Wiley)が研究公正部門に約30人を配置し、論文工場対策に力を入れていると誇らしげに紹介している。しかし、2023年に8000本超の論文を一挙に撤回して大きな衝撃を与えたヒンダウィ(Hindawi)は、まさにそのワイリー傘下の学術誌のブランドである。

本論文の著者らはワイリー傘下の学術誌・ FCP誌の編集長・前編集長という立場である。それなのに、自らが属する出版社ワイリー・グループの過去の失敗を、対岸の火事のように「撤回2万件」の一例として淡々と記すにとどめている。

編集長という当事者が書いた論文だからこそ、なぜヒンダウィで組織的な論文工場汚染が長期間見過ごされたきたのか、同じ出版社の傘下にあるFCP誌は他人事と言えるのか、という自己点検にもう一歩踏み込んでほしかった。

《3》AIを「使う側」の視点に偏っている

論文はAIによる査読支援・不正検出の可能性と限界を丁寧に論じている。しかし論じられているのはもっぱら「編集者・出版社がAIをどう使うか」という視点であり、論文工場の側がAIをどう使い、検出側とどのようないたちごっこ(軍拡競争)を続けているかについての分析はない。

「捕食学術誌ではすでに低品質なAIが使われている」という一文はあるが、具体的にどの程度の規模で、どのような技術で対抗しているのかは示されていない。査読の側だけでなく、論文製造の側の技術動向も合わせて論じなければ、対策は後手に回り続けるだろう。

それに、「生成AIは「ハルシネーション(幻覚)」を起こしやすく」など、AIの未熟さを前提にしているが、今後、AIは改善されていくと思われる。そういう視点も欠けている。

《4》撤回の「二重処罰」構造への言及は貴重だが、制度改善案がない

学術誌が問題論文を撤回するとIFが下がり、さらにクラリベイトのJCRからも除外されうるという「二重処罰」構造を指摘した。実際にIFが下がる学術誌は100誌中1誌にすぎないというデータを示し、「撤回をためらう理由にはならない」と論じている。

しかし、では具体的にどう制度を変えるべきかは論じていない。たとえば撤回された論文をIF算定から除外する、撤回対応の速さや透明性そのものを学術誌の評価指標に組み込む、といった提案には至っていない。

問題の所在を指摘するだけで終わっており、編集長としての実務経験を踏まえた処方箋がもっと聞きたかった。

《5》日本の研究公正への示唆

本論文が描く投稿論文数の急増、査読者不足、論文工場の跳梁は、日本の学術誌にとっても他人事ではない。日本の学協会誌の多くは査読体制が小規模で、International Society for Technical and Medical Publishers(STM)のIntegrity HubProblematic Paper Screenerのような組織的な検出インフラを持たない学術誌が大半である。

本論文が示す「投稿の10~15%を倫理的懸念のみで直接却下している」という数字は、日本の学協会が自誌の投稿にどれだけ論文工場由来の疑いのある論文が紛れ込んでいるかを点検する際の一つの目安になるだろう。

日本の学術誌編集委員会にも、本論文が紹介するような撤回・訂正の可視化や、査読者の功績を可視化する仕組み(ORCID登録、査読証明書など)の導入を検討すべきである。

《6》学術出版社自身の営利構造への批判が欠けている

結論部でイーロン・マスク(Elon Musk)のニューラリンク(Neuralink)社が学術論文の査読を経ずに人体実験結果を発表した例を批判している。

しかし、その一方で、エルゼビア(Elsevier)やワイリー(Wiley)など大手商業出版社自身が、購読料やオープンアクセス論文掲載料(APC)の高騰によって莫大な利益を上げ、その営利構造こそが「発表しなければ生き残れない(publish or perish)」の圧力や論文工場の温床を生み出す一因になっている、という視点への言及がない。

学術出版の商業化そのものへの批判なしに、査読者不足やIF偏重、論文工場の問題を語るのは片手落ちではないか、というのが白楽の率直な感想の2つ目である。

《7》査読への報酬支払いの是非を論じ切れていない

Critical Care MedicineとBiology Openによる有償査読の実験結果を紹介し、「質を落とさず迅速化する」効果があると述べつつも、著者らは最終的な評価を留保している。

しかし、査読に報酬を支払う制度が定着すれば、潤沢な資金を持つ大手商業出版社の高IF誌に優秀な査読者が集中し、資金力に乏しい学協会誌や新興学術誌がますます査読者を確保しにくくなる、という学術出版全体の格差拡大につながりかねない懸念がある。この論点への言及がない点は、本論文の物足りなさの一つである。「凡庸」である。