7-197 米国・科学庁はネカト調査をしない

/2026年9月12日(土)掲載/

研究行政データの標準化を進める国際コンソーシアムであるカスライ(CASRAI)の2026年7月30日の記事を解説する。米国の科学庁・監査総監室(NSF OIG)は2025年1月以降、定員の24%(約22ポスト)を失い、ネカトを調べる科学捜査官が総退職した。その結果、直接のネカト調査をやめ、疑惑を資金配分先の大学等に差し戻す運用に転換した。ネカト調査の法的権限は残るが、実務上のネカト監督体制は大きく揺らいでいる。

〈AI使用:記事はAnthropic Claude Sonnet 5を使用し、白楽が画像添付と校閲(加筆・訂正)をした。ただ、Claudeの記述に間違いがあり、白楽にも間違いがあり、訂正しても、まだ、間違いはある(多分)〉

目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)

1.論文の内容
 1-1.はじめに
 1-2.何が起きたか:監査総監室の人員削減とトップ交代
 1-3.監査総監室とは何か:他機関と異なる独自の調査権限
 1-4.現在の運用:疑惑は資金配分先の機関へ「差し戻し」に
 1-5.なぜ重要か:研究公正監督体制への影響
 1-6.情報の限界とカスライの留保
 1-7.関連する動き:研究公正局(ORI)でも進む人員流出
2.白楽の感想

1.論文の内容

1-1.はじめに

本稿が解説するのは、学術論文ではなく、研究行政情報の標準化に取り組む国際コンソーシアムであるカスライ(CASRAI)の解説記事「NSF OIG Can No Longer Investigate Misconduct」(科学庁・監査総監室はもはや不正を調査できない)である。2026年7月30日に公表され、CC-BY 4.0ライセンスの下で公開されている。

出典:CASRAI Editorial Board. “NSF OIG Can No Longer Investigate Misconduct.” CASRAI, 2026年7月30日. https://casrai.org/news/nsf-oig-research-misconduct-capacity-2026

著者名は個人名ではなく「CASRAI Editorial Board(CASRAI編集部)」となっている。

なお、カスライ(CASRAI: Consortia Advancing Standards in Research Administration Information)は2006年にカナダで設立された非営利コンソーシアムである。研究者・研究機関・助成機関・出版社が人員・成果・プロジェクト・助成金に関するデータをやり取りする際に使う共通語彙や定義の整備を使命としている。

代表的な成果に、論文著者の貢献を14種の役割で機械可読で示す貢献者役割分類法(CRediT:Contributor Roles Taxonomy)(ANSI/NISO Z39.104-2022として標準化)や、24領域・1610語からなるCASRAI Dictionaryがある。

2020年には米国情報標準化機構(National Information Standards Organization、NISO)、ユーロクリス(euroCRIS)、コーデータ(CODATA)との間で分散型のガバナンス枠組みを結び、2026年には連携型の標準体として活動を再活性化させた(CASRAI, “About CASRAI”)。参考:Consortia Advancing Standards in Research Administration Information – Wikipedia

本記事は、そのカスライが自らの用語集ガイド「NSF OIG Explained: Structure & Role」(https://casrai.org/guides/nsf-oig)の更新情報として、米国の科学庁・監査総監室(NSF OIG)の人員削減と、その結果としての研究における不正行為(ねつ造・改ざん・盗用)調査体制の実質的な機能不全を報じたものである。

白楽は研究不正の「ねつ造・改ざん・盗用」をその頭文字から「ネカト」と呼んでいる。以下、本稿でも「ネカト」と表記する。

記事の問題意識は明快である。米国の科学庁・監査総監室は、ネカト疑惑をみずから直接調査する権限を持つ組織で、米国連邦政府の研究公正監督機関の中でも数少ない権限を持つ組織として知られてきた。

ところが、科学庁自身がまとめた2027会計年度(FY2027)の議会向け予算要求資料(Congressional Budget Justification)は、監査総監室が2025年1月以降に定員の約24%にあたる22ポストを削減したことを認めている。

この人員削減が具体的に何を意味するのか? が本記事のねらいである。

カスライは記事末尾で、本記事の内容は二次情報源の報道に基づくものであり独自の裏取りはしていないと明記している。この点は1-6節で改めて紹介する。

1-2.何が起きたか:監査総監室の人員削減とトップ交代

科学庁のFY2027予算要求資料(National Science Foundation, “FY 2027 Budget Request to Congress,” April 3, 2026)によれば、監査総監室は2025年1月以降、定員の約22ポスト(全体の24%)を削減した。

この削減の引き金の一つは、トップ人事の交代である。

2010年から科学庁・監査総監(Inspector General)を務めてきたアリソン・ラーナー(Allison Lerner、写真出典)は、2025年3月1日付で退職した。

退職は、連邦政府職員に早期退職を促す「早期退職プログラム(Deferred Resignation Program)」で「フォーク・イン・ザ・ロード(A fork in the road「人生の岐路」)」だったと、監査総監室の広報担当者がメディアの取材に答えている(記者キャスリン・ワトソン(Kathryn Watson)による監査総監室広報担当者への取材、2025年3月)。

副監査総監(Deputy Inspector General)のケン・チェイソン(Ken Chason)も同時期に退職し、それまで調査担当次席監査総監(Assistant Inspector General for Investigations)であったメーガン・ウォレス(Megan Wallace)が代理監査総監(Acting Inspector General)に就任した。科学庁・法務部から監査総監室に出向していたキャサリン・デルプリート(Catherine DelPrete)が代理副監査総監(Acting Deputy Inspector General)を務めることになった。

2026年6月2日のScience誌の記事と、2025年2月27日の撤回監視(Retraction Watch)の記事によれば、この人事交代と並行して、監査総監室調査部(Office of Investigations)に所属していたネカト調査を担う「科学捜査官(investigative scientist)」がほぼ全員退職した。

研究公正と行政調査課(Research Integrity and Administrative Investigations)次席部長であったアライザ・サックノヴィッツ(Aliza Sacknovitz)は2025年2月28日付での退職を表明し、科学捜査官のドウェイン・メドウズ(Dwayne Meadows)も早期退職プログラムによる買収(バイアウト)を受け入れて退職した(Retraction Watch, “Exclusive: U.S. federal research integrity teams take hits with departures,” 2025年2月27日)。

なお科学庁全体でも、2025年2月中旬に約168人(全職員の約10%)が解雇されており、監査総監室の人員削減はこの科学庁全体での連邦職員削減の流れの一部として起きている。

2026年6月には撤回監視(Retraction Watch)が改めてこの状況を取り上げ、科学庁の「監視役の部署が空っぽになっている(NSF watchdog unit empty)」と評した上で、Science誌の独自報道「Exclusive: NSF watchdog unit is no longer investigating research misconduct」を紹介している(Retraction Watch, 2026年6月6日、元記事:Science, “Exclusive: NSF watchdog unit is no longer investigating research misconduct”)。

1-3.監査総監室とは何か:他機関と異なる独自の調査権限

科学庁・監査総監室が今回の人員削減で失った機能の重大さを理解するには、その組織の位置づけを知る必要がある。

監査総監室は1978年の監査総監法(Inspector General Act of 1978)に基づき1989年に設立された。内部は大きく二部門に分かれ、監査部(Office of Audit)が科学庁助成金の財務・実績監査を、調査部(Office of Investigations)が詐欺・浪費・濫用、そしてネカトの調査を担ってきた。

1‐5‐4 米国・科学庁・監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)

監査総監室は科学庁長官の指揮下にはなく、組織的に科学庁から独立し、全米科学審議会(National Science Board)と連邦議会に直接報告する体制を取っている。この独立性により、科学庁自身の内部業務についても監査対象とすることができる。

監査総監室の最大の特徴は、調査部が45 CFR 689(連邦規則集、ネカトに関する規定)に基づき、ネカト疑惑をみずから直接調査する権限を持つ点にある。

これは、米国保健福祉省(HHS)傘下の研究公正局(ORI)が採るモデルとは異なる。

研究公正局モデルでは、公衆衛生局(PHS)関連機関の資金による研究の不正疑惑は、まず資金を受けた研究機関(大学など)自身が調査し、研究公正局はその監督・確認を行なう立場にとどまる。

これに対し監査総監室は、連邦政府の研究助成機関の監査総監室としては珍しく、独立の科学捜査官を自前で抱え、疑惑の初期段階からみずから調査に乗り出せる体制を築いてきた(CASRAI, “NSF OIG Explained: Structure & Role”)。今回の人員削減で失われたのは、まさにこの「みずから調査する」実務能力である。

1-4.現在の運用:疑惑は資金配分先の機関へ「差し戻し」に

科学捜査官を実質的に失った科学庁・監査総監室は、現在、ネカト疑惑の直接調査を行なっていない。

かわりに、疑惑は助成金を受けた大学・研究機関(grantee institution)に差し戻され、各機関が自機関の規程に基づいて調査することになっている。機関側が出した調査結果は科学庁に送られ、監査総監室による監督を経ることなく、科学庁本体が処分・裁定(adjudication)を行なう運用に変わったという。

ここで強調しておくべきは、45 CFR 689に基づく監査総監室の法的な調査権限そのものは、制度上は失われていないという点である。

カスライの記事は、これは「能力の問題であって、権限の法的な剥奪ではない(a capacity problem, not legal revocation)」と整理している。すなわち、条文上は監査総監室が引き続きネカトを直接調査できることになっているが、それを実行する専門スタッフがいないため、事実上機能していないという状態である。

しかし、科学庁は、現在調査が進行中の案件をどう扱うのか、また今回の「機関への差し戻し」がいつまで続く暫定的な措置なのかについて、正式な手続きや期限を公表していない。

1-5.なぜ重要か:研究公正監督体制への影響

この変化がもたらす最大の影響は、研究機関側の負担の増大である。これまで科学庁・監査総監室が担ってきたネカト疑惑の調査という役割を、今後は各大学・研究機関の研究公正室(research-integrity office)が実質的な一次調査機関として引き受けることになる。

独立した連邦機関による調査という選択肢が事実上なくなったことで、告発された研究者にとっても告発者にとっても、調査の公平性を担保する外部の目が一つ減ったことになる。

一方で、監査総監室のすべての機能が失われたわけではない。助成金詐欺(grant fraud)の調査、科学庁助成事業の監査、および監査総監室の年次作業計画(OIG Work Plan)に基づく活動は、引き続き別個に運用されている。

今回の変化は、ネカト疑惑の調査という特定の機能に限定されたものである。カスライは、この移行期間がいつまで続くのか、恒久的な制度変更となるのか一時的な措置にとどまるのかは依然として不透明であるとしている。

1-6.情報の限界とカスライの留保

カスライは記事の末尾で、自らが用いた情報源について明確に留保を付けている。

すなわち、本記事の内容は科学庁のFY2027予算要求資料、Science誌の独自取材報道、撤回監視の報道という二次情報源に基づくものであり、カスライ自身はこれらの報道が示す数字を独自に検証していないと明記している。

そして、現在進行中のネカト案件を抱える関係者に対しては、この記事だけに依拠せず、監査総監室に直接、現在の運用方針を確認するよう勧めている。

1-7.関連する動き:研究公正局(ORI)でも進む人員流出

ネカト調査を担う米国連邦機関の人員流出は、科学庁・監査総監室に限った現象ではない。撤回監視の2025年2月の報道によれば、保健福祉省(HHS)傘下の研究公正局(ORI)でも同時期に同様の動きが起きている。

2024年10月から調査監督部門(Division of Investigative Oversight)の代理部長を務めていたニン・ドゥ(Ning Du)はスタッフ一覧から名前が消え、広報・渉外担当部長のジョヤ・パテル(Joya Patel)も2025年2月中旬の連邦職員解雇の対象となった。調査監督部門の科学捜査官は、機関全体でかつて約24人在籍していたのが6人にまで減少したという。

局長顧問(Senior Adviser to the Director)として2025年1月に復帰したスーザン・ガーフィンケル(Susan Garfinkel、写真出典)でさえ、「この先どうなるかは現時点ではわからない」と述べたと報じられている(Retraction Watch, 2025年2月27日)。

専門家は、こうした人員流出が、NIHや疾病対策センター(CDC)を含む米国の保健福祉省傘下機関全体におけるネカト・連邦資金の説明責任の監督機能を損ないかねないと警鐘を鳴らしている。

2.白楽の感想

《1》「科学の新たな黄金時代」?

昨日(2026年9月10日)付けの米国・科学庁の発表記事は、「科学の新たな黄金時代における科学庁のリーダーシップ(NSF leadership in a new golden age of science)」という勇ましい見出しである。 → 2026年9月10日:https://www.nsf.gov/news/nsf-leadership-new-golden-age-science

だけど、内実は、本記事で示したように、米国・科学庁の資金・人材が削減されている。

研究者の皆さんは反発するだろうが、米国だけでなく、世界的に科学技術はもう衰退期に入っている気がする。同時に大学の価値や学問の価値も低下している気がする。つまり、現代は「科学の新たな黄金時代」ではないと思う。

「20世紀は科学技術の時代」だったが、21世紀の4分の1が過ぎて思うに、「科学技術の時代」ではない。

21世紀をどう表現するか難しいけど、取り合えず、「21世紀は人間性社会とAIの時代」はどうでしょう。人間性社会は地球温暖化や資源枯渇などの環境問題への対応や人口減少・人種差別・人間の生き方などの人間性の問題に人類全体が直面している時代という意味です。

その状況下で研究規範や研究者倫理をどう高め維持するか? 

《2》「法的権限は残る」という強調の危うさ

カスライの記事は、監査総監室の45 CFR 689に基づく調査権限が「法的には剥奪されていない」ことを繰り返し強調し、これは「能力の問題であって権限の問題ではない」と整理している。しかし、ネカト疑惑を抱えて告発する側や、調査を待つ研究機関の立場からすれば、条文上の権限が残っていようといまいと、実際に調査を行なう科学捜査官が存在しない以上、結果は同じである。

「権限は生きている」という表現は、事態を実態より穏やかに見せる効果を持ちかねず、白楽としてはこの種の当局側の説明をそのまま額面通り受け取るべきではないと感じる。

《3》大学が「自分たちの不正」を自分たちで調べる利益相反構造

科学庁・監査総監室の最大の存在意義は、資金配分先である大学・研究機関から独立した立場でネカトを直接調査できる点にあった。

これは、資金を受けた機関がまず自ら調査する保健福祉省・研究公正局(ORI)モデルとは一線を画す、米国の連邦研究公正監督における一つの強みだったはずである。

その独自の調査能力が失われ、疑惑が機関自身への「差し戻し」で処理されるようになったということは、告発された研究者を雇用し、当該研究の予算と評判にも利害関係を持つ大学が、自分自身の問題を自分自身で調べる構図に逆戻りしたことを意味する。

これは研究公正の国際的な議論で繰り返し指摘されてきた典型的な利益相反であり、この点への突っ込んだ言及が記事に乏しいのは物足りない。

《4》人員削減の政治的背景への踏み込みが浅い

科学庁全体で約168人(全職員の10%)が2025年2月中旬に解雇され、監査総監室の人員削減もこの流れの一部として生じている。

早期退職プログラム(Deferred Resignation Program)は、2025年1月に発足した第2次トランプ政権による連邦政府職員数の大幅な削減方針と連動した動きであることがうかがえる。カスライの記事はこの点に深入りせず、あくまで「予算要求資料が示す数字」という淡々とした記述にとどめている。

事実関係を慎重に扱う姿勢自体は評価できるが、研究公正監督機関の弱体化がなぜ、どのような政策判断のもとで生じたのかという背景まで踏み込んで論じてこそ、読者は今後の見通しを立てやすくなるはずである。

《5》研究公正局(ORI)も同時に空洞化:一機関の問題ではなく米国全体の構造問題

本記事は米国の科学庁・監査総監室に焦点を当てているが、1-7節で紹介したとおり、同時期に保健福祉省・研究公正局(ORI)でも科学捜査官が24人から6人へと激減している。

科学庁と保健福祉省という、米国の研究公正監督を支える二つの柱がほぼ同時に人員を大幅に失っているという事実は、これが個別機関の運営上の偶然ではなく、米国の研究公正監督インフラ全体にかかわる構造的な問題であることを示している。

カスライの記事は研究公正局の状況を関連情報として脇に触れる程度にとどめているが、白楽としては、この二つの動きを一体のものとして分析する記事こそ読みたかった。

《6》カスライ自身の情報限界の明示は評価できるが、当事者の声が欠けている

カスライが記事末尾で「二次情報源の報道内容を独自に検証していない」と明記し、現在進行中の案件については読者に科学庁・監査総監室への直接確認を促している姿勢は、情報の出所と限界を誠実に示す好ましい実践であり、素直に評価したい。

とはいえ、記事全体を通じて、科学庁や監査総監室自身の公式コメント、あるいは代理監査総監メーガン・ウォレス(Megan Wallace)本人の発言が一切引用されていない点は惜しまれる。当事者機関への取材や問い合わせの記録があれば、記事の説得力はさらに増しただろう。

《7》日本への示唆:独立した第三者調査機関の不在という、より深刻な弱点

日本には、ネカト疑惑を国が直接調査する連邦機関に相当する組織は存在せず、文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」のもとで、疑惑の調査は一貫して大学・研究機関自身に委ねられてきた。

今回の監査総監室の機能不全は、米国がまさにこれまで持っていた「独立機関による直接調査」という選択肢を失う過程を映し出している。裏を返せば、日本は最初からその選択肢を持たない状態が続いていることになる。

米国の後退を対岸の火事として眺めるのではなく、日本の学術界・文部科学省こそ、独立性を備えた第三者的な調査・監督の仕組みを新たに整備する好機として、この事例を受け止めるべきではないか。