/2026年11月3日(火)掲載/
サルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo)は、米国のデューク大学(Duke University)医科大学院・病理学科の元殊勲教授(Distinguished Professor)で、1991~2014年の23年間、病理学科長(Chair)を務めた大御所である。同僚の名誉教授ウマ・カント・ミスラ(Uma Kant Misra)と共著した前立腺がん関連論文に画像の重複・使い回しがパブピア(PubPeer)で多数指摘され、2025年6~7月(81歳?)に8論文、2026年8月(82歳?)にさらに3論文、計11論文が撤回された。ピッツォは「私は一度もデータを捏造していない」と不正を否定している。デューク大学は調査結果を公表しないまま、2026年7月(82歳?)、ピッツォを「殊勲名誉教員(Distinguished Emeriti Faculty)」として顕彰した。
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【付記】サルヴァトーレ・ピッツォの正確な生年月日は公表されていない。2024年9月の「より良い科学のために(For Better Science)」の記事が「80歳」と記している(3)ので、本稿では便宜上、1944年1月1日生まれと仮定し、この仮定にもとづいて西暦年ごとの年齢を算出した。算出した年齢には末尾に「?」を付し、あくまで目安の推定値であることを示す。
【注意】2026年11月2日現在、デューク大学や米国の研究公正局(ORI)が、ピッツォまたはミスラの研究不正を「認定」したという公式発表は確認できていない。撤回理由は出版社・学術誌による「画像の重複・類似」「結果の信頼性への疑義」であり、本稿では「研究不正疑惑」として扱う。
●1.【概略】

本件は、米国ノースカロライナ州ダーラム(Durham)にあるデューク大学医科大学院・病理学科の元殊勲教授サルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、左写真出典)と、同学科の名誉教授ウマ・カント・ミスラ(Uma Kant Misra、右写真出典)の共著論文をめぐる、画像改ざん(画像の重複・使い回し)疑惑事件である。
ピッツォは、デューク大学で研究博士号(Ph.D.、1972年)と医師資格(M.D.、1973年)を取得し、その後50年以上デューク大学一筋で過ごした。1991~2014年(47~70歳?)の23年間は病理学科長を務め、医科学者養成プログラム(Medical Scientist Training Program)のディレクターも務めた、デューク大学医科大学院の大御所である(4, 5, 6)。
ピッツォとミスラは1993~2015年の間に70論文を共著し、うち26論文は2人だけの共著だった。主に、α2マクログロブリン(α2-macroglobulin)とその受容体である細胞表面GRP78のシグナル伝達、前立腺がん細胞の増殖機構を研究していた(1)。
2人の論文の画像について、パブピア(PubPeer)上で、仮名の告発者クレア・フランシス(Clare Francis)や、ショルト・デイヴィッド(Sholto David)らが、ウエスタンブロットや顕微鏡写真の重複・使い回しを多数指摘していた(3)。
2024年9月(80歳?)、研究不正を追及するウェブサイト「より良い科学のために(For Better Science)」が、ピッツォの35論文以上に問題があると報じた(3)。
その後、2025年6月(81歳?)に学術誌『PLOS One』が3論文、同年7月15~16日に学術誌『Journal of Cellular Biochemistry』(ワイリー(Wiley)刊)が5論文を撤回した。2025年9月29日、撤回監視(Retraction Watch)がこの8論文の撤回を報じた(1)。
さらに2026年8月(82歳?)、学術誌『Cellular Signalling』(エルゼビア(Elsevier)刊)が3論文を撤回し、撤回論文は計11論文になった(7)。
ピッツォは「私は一度もデータを捏造していない」と否定している(3)。
ミスラは撤回監視の記事掲載の11日前、2025年9月18日に死去した(1)。
デューク大学は撤回監視の5週間にわたる問い合わせに一切回答しなかった(1)。それどころか2026年7月(82歳?)、ピッツォを「殊勲名誉教員(Distinguished Emeriti Faculty)」の1人として顕彰した(6)。
本件は、① 元学科長という権威ある老大家の論文が10年以上にわたって画像の重複を含んでいた疑い、② 第一著者の共同研究者が高齢で死去し、責任の所在があいまいになった点、③ デューク大学が調査結果を公表しないまま当事者を顕彰した点で、研究公正上、示唆に富む事例である。
●2.【発覚・調査の経緯】
《1》研究人生
サルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、Salvatore Vincent Pizzo、写真出典)は、1972年(28歳?)にデューク大学で研究博士号(Ph.D.)、1973年(29歳?)に同大学で医師資格(M.D.)を取得した。学部教育の出身大学は確認できなかった(4, 5)。
1973~1976年(29~32歳?)、デューク大学病理学科で研修医(レジデント)となり、1976年(32歳?)に助教授、1980年(36歳?)に準教授、1985年(41歳?)に正教授に昇進した(5)。
1991年(47歳?)、病理学科長に就任し、2014年(70歳?)まで23年間務めた。デューク大学病理学科の沿革ページは、ピッツォが学科長として「研究室と研究活動の精力的な再編を主導し、診断検査部門を単一の臨床検査部門に統合した」と記している(4)。
2000年(56歳?)、米国科学振興協会(AAAS)フェローに選出され、2004年(60歳?)にはデューク大学医科大学院の指導者賞(Dean’s Award for Excellence in Mentoring)を受賞した。2007~2016年(63~72歳?)は殊勲教授(Distinguished Professor)の称号を得た(5, 8)。
研究分野は、プロテアーゼ生物学、線溶系(fibrinolysis)、α2マクログロブリンとGRP78のシグナル伝達、がん生物学である。デューク大学は、ピッツォを「国際的に認められた研究の先駆者」と称え、発見を特許や治療法に結びつけたと評価している(6)。
獲得研究費の総額について、公表された正確な累計額は確認できなかったが、NIHから1985~2012年の28年間に83件、計30,743,968ドル(約30億7千万円)の研究費を獲得していた(以下の図は2012年の分)(18)。 [白楽の感想:巨額ですね~]
共著者のウマ・カント・ミスラ(Uma Kant Misra、写真出典)は、1959年に米国のカンザス州立大学(Kansas State University)で研究博士号(Ph.D.)を取得した研究者で、デューク大学病理学科に所属し、2014年から名誉教授だった(9)。ミスラは、ピッツォが研究代表者を務めたとみられるNIHの研究費「Cell Receptors In Coagulation And Atherogenesis」(1979~2008年、NIHのデータベースでは1985~2006年)の共同研究者だった(9, 19)。
ミスラの年齢は情報源により食い違う。「より良い科学のために」は2005年時点でミスラを80歳としている(3)。一方、ピッツォは2024年に「ウマは優に100歳を超えているだろう」と述べている(3)。1959年に博士号を取得した経歴から見ると、1925~1933年頃の生まれと推定されるが、白楽は確認できていない。いずれにせよ、撤回された論文の多くは、ミスラが70~80歳代のときに出版されたことになる。
なお、研究不正とは別件だが、2000年、デューク大学病理学科の女性医師レスリー・ドッド(Leslie G. Dodd、写真出典)が、ピッツォとデューク大学を性差別・ハラスメント・告発報復で提訴した(Dodd v. Pizzo、ノースカロライナ州中部地区連邦地方裁判所、1:00CV1265)(20)。
2002年(58歳?)、裁判所は敵対的職場環境・性差別・告発報復に関する公民権法第7編(Title VII)の請求を認める一方、対価型セクシュアル・ハラスメントの請求は退けた、とウィキペディアは記している(3, 8)。この判断が中間段階のものか最終判決かを、白楽は一次資料で確認できていない。
《2》研究不正疑惑の発覚と調査
ピッツォとミスラの論文の画像問題は、パブピア上で、複数の告発者により時間をかけて指摘されてきた。「より良い科学のために」によれば、クレア・フランシスが2005年の論文の問題を、ショルト・デイヴィッドがピッツォの別の共著論文の問題を指摘し、画像重複検出ソフト「イメージツイン(ImageTwin)」による自動検出結果も投稿された。パブピアで問題を指摘されたピッツォの論文は35論文を超えた(3)。
2024年9月25日(80歳?)、「より良い科学のために」は記事「Cancer at Duke? Better call Sal!」を掲載した。執筆者はアネウルス・インコンスタンス(Aneurus Inconstans、筆名)で、ピッツォが「20年間、偽のがん研究を量産してきた」と批判した(3)。
同記事によると、「より良い科学のために」を主宰するレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の問い合わせに対して、ピッツォは次のようにメールで回答した(3)。
「私は一度もデータを捏造したことはない(I have NEVER faked data)。あなたが復讐(vendetta)のようなことを続けたいのなら、あなたの弁護士の名前を教えてほしい。私の弁護士から連絡させる」
さらに、ピッツォは「ウマ(ミスラ)を探したが連絡がつかない。ウマは優に100歳を超えているだろうし、亡くなったと思う。論文で示したデータは、特に断りのない限り、常に単一のゲルからのものだった」とも述べた(3)。
その後、デューク大学病理学科・眼科学科のアラン・プロイア(Alan D. Proia)教授が仲介し、シュナイダーに「ピッツォ博士の依頼で、研究に関与していない私が問題の画像を独自に検討した。指摘された画像は、論文中で異なるラベルを付けて重複使用されているように見えることに同意する」と回答した(3)。
プロイアはまた、「ピッツォ博士は、自分が知らなかった間違い(研究不正?)があったかもしれないことに、非常に心配し動揺している」と伝えた。ピッツォは、デューク大学の研究公正室に調査を依頼し、「元データの実験ノートはまだ保管されている」と述べたという(3)。
デューク大学の研究公正担当官(Research Integrity Officer)ドナ・ケスラー(Donna Kessler、写真出典)は、当初、「より良い科学のために」の問い合わせに回答しなかった(3)。
学術誌側の対応が始まったのは2025年である。
2025年6月5日(81歳?)、『PLOS One』は、ミスラとピッツォの2人だけが著者の3論文(2012年、2013年、2014年出版)を撤回した(1, 10, 12, 13)。撤回公告によると、著者は生のブロットデータを提出したが、「懸念を解消するには不十分で、データのラベル付け、保管、信頼性についてさらなる懸念を生じさせた」(10, 12)。
『PLOS One』のシニア編集者マリア・ザルム(Maria Zalm)は撤回監視に対し、ピッツォは当初は連絡に応じたが撤回決定には返答せず、ミスラはすべての連絡に応じなかった、と説明した(1)。
2025年7月15~16日(81歳?)、ワイリー社の『Journal of Cellular Biochemistry』は、2004~2012年に出版された5論文を撤回した(1, 7, 14, 15, 16)。ワイリー社は「データ上の問題を認識しており、第三者から多数の二次的な懸念も受けている」と述べ、撤回公告のうち3つは「異なる実験条件なのに同じ画像が使われていた」と記した(1)。
2025年9月29日(81歳?)、撤回監視のデイヴィッド・コーン(David Kohn)記者が、8論文の撤回を報じた(1)。撤回監視は5週間にわたりデューク大学に複数回問い合わせたが、大学は回答しなかった。ピッツォも繰り返しの問い合わせに応じなかった(1)。
2025年、ピッツォは名誉教授(Professor Emeritus)になった(5)。
2026年7月13日(82歳?)、デューク大学医科大学院は、ピッツォを含む20人を「殊勲名誉教員(Distinguished Emeriti Faculty)」として顕彰したと発表した。紹介文は、ピッツォを「卓越した医師科学者・組織の指導者」と称え、研究不正疑惑や撤回には一切触れていない(6)。
2026年8月(82歳?)、エルゼビア社の『Cellular Signalling』は、2003年、2004年、2008年に出版されたミスラとピッツォの3論文を撤回した(7, 17)。これで撤回論文は計11論文となった。
2026年11月2日現在、デューク大学が研究不正調査を実施したのか、実施したならどのような結論を出したのかは公表されていない。米国研究公正局(ORI)の処分も確認できていない。
《3》研究不正疑惑の具体的内容
撤回された11論文は、すべてミスラが第一著者、ピッツォが最後著者である。本稿で確認した2論文(2012年の『PLOS One』論文、2005年の『J Leukoc Biol』論文)では、ピッツォが連絡著者だった。撤回理由は、論文内・論文間でのウエスタンブロットなどの画像の重複・使い回しである(1, 7, 10)。
「より良い科学のために」は、具体的な問題を次のように指摘している(3)。
- 同じブロット画像が、異なるタンパク質・異なる細胞条件のデータとして再利用されている
- 同じローディング・コントロール(アクチン、GAPDH)が、異なる処理・異なる細胞種のデータとして使われている
- 顕微鏡写真が、回転・拡大縮小されて複数の論文で重複使用されている
- ウエスタンブロットのバンドがコピー&ペーストされ、背景が不自然に滑らかになっている
- 2005年の『Journal of Leukocyte Biology』論文では、論文内で6つのブロットが再利用され、さらに10のブロットが他の8論文と共有されている
以下、2論文を取り上げ、問題箇所を具体的に示す。
★「2012年のPLOS One」論文
「2012年のPLOS One」論文の書誌情報を以下に示す。この論文は2025年6月5日に撤回された。 → 撤回公告
- Receptor-recognized α₂-macroglobulin binds to cell surface-associated GRP78 and activates mTORC1 and mTORC2 signaling in prostate cancer cells.
Misra UK, Pizzo SV.
PLoS One. 2012;7(12):e51735. doi: 10.1371/journal.pone.0051735. Epub 2012 Dec 14.
Retraction in: PLoS One. 2025 Jun 5;20(6):e0325675. doi: 10.1371/journal.pone.0325675.
PMID: 23272152
2024年8月、パブピアの仮名の告発者ストレプタンサス・グランデュロサス(Streptanthus glandulosus)がイメージツインの分析で、同じバンド群を加工し、複数のパネルで別の試料のバンドとして使っていると指摘した。図出典:パブピア
まず、緑色枠で囲った図2BのGβLが、著者自身の「2009年のMol Cancer Ther」論文(PMID: 19417154)で提示したactinバンド群と同じではないかと指摘した。『PLOS One』の撤回公告も、この2つ(2012年論文の図2BのRaptorとGβL、2009年論文の図5AのDU145のactin)が類似していると明記している(10)。

次いで、図2の別のバンド群にも画像重複があると指摘した。

さらに、図3にも重複画像があると指摘した。

画像を省略するが、他にも多数の画像が問題視された。
撤回公告は、図2~4、図6、図8~10に懸念があるとし、論文内の重複5組、他の論文(2005~2014年の10論文)との重複11組、スプライス線(切り貼りの境界)の不一致2組を列挙した(10)。
著者が提出した生データでは懸念の大半を解消できず、論文は2025年6月5日に撤回された。撤回公告は、ピッツォは最終的な編集判断に返答せず、ミスラは返答しなかったか連絡がつかなかった、と記している(10)。
★「2005年のJ Leukoc Biol」論文
「2005年のJ Leukoc Biol」論文の書誌情報を以下に示す。パブピアと「より良い科学のために」がこの論文の問題点を指摘した。
- Up-regulation of GRP78 and antiapoptotic signaling in murine peritoneal macrophages exposed to insulin.
Misra UK, Pizzo SV.
J Leukoc Biol. 2005 Jul;78(1):187-94. doi: 10.1189/jlb.1104685. Epub 2005 Apr 21.
PMID: 15845644
2024年8月、パブピアの仮名の告発者ストレプトマイセス・シオヤエンシス(Streptomyces sioyaensis)がイメージツインの分析で、同じバンド群を加工し、複数のパネルで別の試料のバンドとして使っていると指摘した。図出典:パブピア
まず、黄色枠で囲った図1Eと図1Iが類似していると指摘した。

さらに、以下のバンドは異なる試料のように加工されているが、類似していると指摘した。

以下に示すように、他のバンドも類似していると指摘した。

なお、上記の「2012年のPLOS One」論文の撤回公告は、この2005年論文の図2A(p-PERK)、図2C(p-eIF2α)、図2D(eIF2α)のパネルが、2012年論文の図4Bのパネルと類似していると指摘している(10)。
これほど重複画像が指摘されても、2026年11月2日現在、この論文は訂正も撤回もされていない。
★撤回論文リスト
撤回された11論文の書誌情報を、パブメド(PubMed)の検索結果(7)をもとに以下にまとめておく。
(a)『PLOS One』(2025年6月撤回、3論文)
- Misra UK, Pizzo SV. “Receptor-recognized α2-macroglobulin binds to cell surface-associated GRP78 and activates mTORC1 and mTORC2 signaling in prostate cancer cells.” PLoS One. 2012;7(12):e51735.
- Misra UK, Pizzo SV. “Evidence for a pro-proliferative feedback loop in prostate cancer: the role of Epac1 and COX-2-dependent pathways.” PLoS One. 2013;8(4):e63150.
- Misra UK, Pizzo SV. “Activated α2-macroglobulin binding to cell surface GRP78 induces T-loop phosphorylation of Akt1 by PDK1 in association with raptor.” PLoS One. 2014;9(2):e88373.
(b)『Journal of Cellular Biochemistry』(2025年7月撤回、5論文)
- Misra UK, Pizzo SV. “Activation of Akt/PDK signaling in macrophages upon binding of receptor-recognized forms of α2-macroglobulin to its cellular receptor: effect of silencing the CREB gene.” J Cell Biochem. 2004;93(5):1020-32.
- Misra UK, Wang F, Pizzo SV. “Transcription factor TFII-I causes transcriptional upregulation of GRP78 synthesis in prostate cancer cells.” J Cell Biochem. 2009;106(3):381-9.
- Misra UK, Pizzo SV. “Epac1-induced cellular proliferation in prostate cancer cells is mediated by B-Raf/ERK and mTOR signaling cascades.” J Cell Biochem. 2009;108(4):998-1011.
- Misra UK, Mowery YM, Gawdi G, Pizzo SV. “Loss of cell surface TFII-I promotes apoptosis in prostate cancer cells.” J Cell Biochem. 2011;112(6):1685-95.
- Misra UK, Pizzo SV. “Upregulation of mTORC2 activation by the selective agonist of EPAC, 8-CPT-2Me-cAMP, in prostate cancer cells: assembly of a multiprotein signaling complex.” J Cell Biochem. 2012;113(5):1488-500.
(c)『Cellular Signalling』(2026年8月撤回、3論文)
- Misra UK, Gawdi G, Pizzo SV. “Induction of mitogenic signalling in the 1LN prostate cell line on exposure to submicromolar concentrations of cadmium.” Cell Signal. 2003;15(11):1059-70.
- Misra UK, Gonzalez-Gronow M, Gawdi G, Wang F, Pizzo SV. “A novel receptor function for the heat shock protein Grp78: silencing of Grp78 gene expression attenuates α2M*-induced signalling.” Cell Signal. 2004;16(8):929-38.
- Misra UK, Kaczowka S, Pizzo SV. “The cAMP-activated GTP exchange factor, Epac1 upregulates plasma membrane and nuclear Akt kinase activities in 8-CPT-2-O-Me-cAMP-stimulated macrophages.” Cell Signal. 2008;20(8):1459-70.
撤回監視によれば、最初の8論文の被引用数はそれぞれ13~60件だった(1)。
なお、画像を重複させた「実行者」がミスラなのかピッツォなのか、あるいは研究室の別の人物なのかは、公表された資料からはわからない。ミスラは死去し、ピッツォはアラン・プロイア(Alan D. Proia)教授を通じて「自分が知らなかった」と伝えている(3)。
●3.【本件から学ぶ研究不正】
《1》画像の重複
画像の重複は、古い論文でも発覚し糾弾される。撤回された論文は2003~2014年の出版で、撤回は10~20年以上後だった。現在、パブピアの告発者や画像重複検出ソフトの普及で、過去の論文の画像も網羅的に点検されるようになった。
研究者は「昔の論文だから大丈夫」と甘く見ることはできない。研究室は、生データ(元のゲル・ブロット画像)を論文ごとに確実に保管・紐付けしておく必要がある。
本件では、提出された生データが「ラベル付け、保管、信頼性について、さらなる懸念を生じさせた」(10, 12)。
《2》少数高齢者の長期研究
少数の高齢研究者による長期の共同研究は、相互チェックが働きにくい。ピッツォとミスラは70論文を共著し、26論文は2人だけの共著だった(1)。
院生やポスドクが少なく、2人の高齢研究者だけでデータ作成から論文執筆まで完結する体制では、第三者の目が入らない。共著者の一人が死去すると、事実関係の解明もほぼ不可能になる。
このようなペアの論文は要注意である。
《3》誰が、何をどうすべきだったか?
第一に、連絡著者(研究室主宰者)のピッツォは、第一著者ミスラが作成した画像を、論文投稿前に生データと照合すべきだった。研究室主宰者は、論文全体のデータの正確性に責任を負う。「自分が知らなかった」は免責の理由にならない。
第二に、デューク大学は、2024年9月の報道の時点で調査を開始し、その結果(シロでもクロでも)を公表すべきだった。そして少なくとも、調査結果が出るまでは、当事者を「殊勲名誉教員」として顕彰すべきではなかった。
第三に、学術誌は、パブピアで指摘された時点で迅速に対応すべきだった。指摘から撤回まで長期間かかったため、ミスラは撤回の経緯を説明しないまま死去した。
●4.【白楽の感想】
《1》大学は「臭いものに蓋」
デューク大学の対応は理解に苦しむ。撤回監視の5週間にわたる問い合わせに一切回答しなかったうえ、撤回監視の記事からわずか9か月後の2026年7月、ピッツォを「殊勲名誉教員」として顕彰した(1, 6)。しかも、その翌月にはさらに3論文が撤回された(7)。
デューク大学は、アニル・ポッティ(Anil Potti)の臨床試験データ捏造事件、エリン・ポッツ=カント(Erin Potts-Kant)の事件に関連した内部告発訴訟の1億1,250万ドル(約112億円)の和解など、過去に深刻な研究不正事件を経験している(1, 2, 3)。
→ 白楽の記事:アニル・ポッティ(Anil Potti)事件
→ 白楽の記事:エリン・ポッツ=カント(Erin Potts-Kant)事件
それなのに、元学科長という身内の大御所に対しては、調査結果を公表せず、顕彰までする。研究公正よりも組織の体面を優先していると見られても仕方がない。
「たまたま」ではなく、大学の構造的あるいは文化的な問題がベースにあるのだろう。今回のピッツォ事件への対処を見ると、研究公正を大改革した動きがない。今後も大きな研究不正事件が起こるだろう。
《2》「老大家」の研究不正疑惑は、責任追及が難しい
ピッツォは80歳を超え、共著者ミスラは死去した。大学は、もう研究費も得ていない名誉教授を調査しても、得るものはないと考えたのかもしれない。
しかし、撤回された論文はそれぞれ13~60件引用されており(1)、研究記録の訂正は、後続の研究者のために必要である。大学は、当事者が引退・死去していても、論文の正確性について調査し公表する責任がある。
《3》日本への示唆
日本でも、退職した名誉教授や物故した研究者の論文に、パブピアで画像の重複が指摘されるケースがある。大学は「すでに退職しているので調査対象外」としがちだが、研究記録の健全性という観点から、退職後でも調査・公表する仕組みを整えるべきだ。
ーーーーーー
元学科長という大御所の論文が11論文も撤回されたのに、大学は沈黙しただけでなく、顕彰した。研究公正は、研究者個人の倫理と、大学という組織の姿勢で決まる。デューク大学の対応は、反面教師として記憶されるべきである。
ーーーーーー
●5.【補助記述】
《1》事件早見表
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:デューク大学、1973年(29歳?)
- 研究博士号(PhD)取得:デューク大学、1972年(28歳?)
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1944年1月1日とする(2024年9月時点で80歳との報道(3)から推定)
- 現在の年齢:82歳?
- 分野:病理学・細胞生物学(α2マクログロブリン、GRP78、前立腺がん)
- 不正疑惑論文発表:2003~2014年(59~70歳?)の12年間(撤回論文の出版年)
- 不正疑惑論文発表時の地位:デューク大学病理学科長・教授
- 発覚年:時期不詳(パブピアで以前から指摘)。広く報じられたのは2024年9月(80歳?)
- 発覚時地位:デューク大学教授(元殊勲教授)・元病理学科長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はパブピアの告発者(クレア・フランシス、ショルト・デイヴィッドら)
- ステップ2(メディア):「より良い科学のために」、撤回監視(Retraction Watch)
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌『PLOS One』『Journal of Cellular Biochemistry』『Cellular Signalling』が撤回。②デューク大学の調査は実施の有無・結果とも不明
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学は撤回監視の問い合わせに回答せず(✖)
- 不正:改ざん(画像の重複・使い回し)の疑い
- 不正論文数:撤回11論文(2026年11月2日現在)
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:2025年に名誉教授
- 処分:なし(確認できる範囲で)。むしろ2026年7月に大学が「殊勲名誉教員」として顕彰
- 対処問題:大学が調査結果を公表しない
- 特徴:第一著者の共同研究者ミスラが高齢で、撤回監視の記事の11日前に死去
- ランキング:撤回監視の撤回数ランキングには入っていない(2026年11月2日現在)
- 日本人の弟子・友人:不明
《2》学歴・職歴・研究不正歴
※年齢は1944年1月1日生まれと仮定した推定値である。
- 1944年(0歳?):誕生(仮定)。出生地は不明
- 1972年(28歳?):デューク大学で研究博士号(Ph.D.)取得
- 1973年(29歳?):デューク大学で医師資格(M.D.)取得。同大学病理学科の研修医(~1976年)
- 1976年(32歳?):デューク大学・助教授
- 1980年(36歳?):同・準教授
- 1985年(41歳?):同・正教授
- 1991年(47歳?):同・病理学科長に就任(~2014年)
- 1993年(49歳?):ミスラとの共著論文の発表開始(~2015年、計70論文)
- 2000年(56歳?):米国科学振興協会(AAAS)フェロー。同年、レスリー・ドッドに性差別・ハラスメント訴訟(Dodd v. Pizzo)を起こされる
- 2002年(58歳?):同訴訟で裁判所の判断
- 2003年(59歳?):後に撤回される論文のうち最も古い論文を出版(『Cellular Signalling』)
- 2004年(60歳?):デューク大学医科大学院の指導者賞受賞
- 2007年(63歳?):殊勲教授(Distinguished Professor)の称号(~2016年)
- 2014年(70歳?):病理学科長を退任。後に撤回される論文のうち最も新しい論文を出版(『PLOS One』)
- 時期不詳:パブピアで画像の重複が多数指摘される
- 2024年9月25日(80歳?):「より良い科学のために」が記事「Cancer at Duke? Better call Sal!」を掲載
- 2025年(81歳?):デューク大学名誉教授
- 2025年6月5日(81歳?):『PLOS One』が3論文を撤回
- 2025年7月15~16日(81歳?):『Journal of Cellular Biochemistry』が5論文を撤回
- 2025年9月18日(81歳?):共著者ミスラが死去
- 2025年9月29日(81歳?):撤回監視が8論文の撤回を報道
- 2026年7月13日(82歳?):デューク大学医科大学院がピッツォを「殊勲名誉教員」として顕彰
- 2026年8月(82歳?):『Cellular Signalling』が3論文を撤回(計11論文)
《3》出版論文数・h指数・評価・撤回論文数・疑惑論文数
データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★ScholarGPS
ScholarGPSではサルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、Salvatore Vincent Pizzo)のデータは、出版論文数は611論文、Predicted citations(予測被引用数)は28,851回、Predicted h-index(予測h指数)は91、だった。Salvatore V. Pizzo | Scholar Profiles and Rankings | ScholarGPS
ScholarGPSでは、各研究分野の上位0.05%に入る卓越した研究者を「Highly Ranked Scholar」、また0.5%に入る卓越した研究者を「Top Scholar」としている。2026年10月初旬のデータでは、ピッツォは「上位ランク学者(Highly Ranked Scholar)」で、2026年の「細胞膜(Cell membrane)」では世界24位だったが、約1か月後の2026年11月2日現在、そのデータは削除されていた。研究不正疑惑を受けて、ScholarGPSが対処したと思われる。
年次別の出版数と被引用数は以下の通り。 
★パブメド(PubMed)
2026年11月2日現在、パブメド(PubMed)で、サルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、Salvatore Vincent Pizzo)の論文を「Salvatore Pizzo[Author]」で検索した。この検索方法では2002年以降の論文しかヒットしない。2002~2026年の25年間で129論文がヒットした。
「Pizzo SV[Author]」で検索すると、1971~2026年の56年間の431論文がヒットした。
2026年11月2日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの「Pizzo SV[Author]」論文の撤回リストを検索すると、2003~2014年の11論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
白楽注:「撤回監視(Retraction Watch)」へのリンクが作動しないことがある。その時は、https://retractiondatabase.org/をクリックし、検索語を入れてください。
2026年11月2日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでサルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、Salvatore Vincent Pizzo)は、「Pizzo, S V」で1論文、「Salvatore V Pizzo」で3論文、「Pizzo, Salvatore Vincent」で3論文、と分散しているが、計7論文が撤回されていた。
なお、2025年7月15日の撤回を最後に、その後の撤回論文はデータベースに入っていない。つまり、2026年8月の「Cell Signal」論文の撤回情報が入っていない。この頃、このデータベースはこのような未記入が目に付く。2023年にクロスレフ(Crossref)が取得後、記入の不完全さが気になる。
★パブピア(PubPeer)
2026年11月2日現在、「パブピア(PubPeer)」で、サルヴァトーレ・ピッツォ(Salvatore Pizzo、Salvatore Vincent Pizzo)の論文のコメントを「authors:”Salvatore Vincent Pizzo” OR authors:”Salvatore V Pizzo”」で検索すると、29論文にコメントがあった。
アネウルス・インコンスタンス(Aneurus Inconstans)の検索法である「”salvatore v pizzo” OR “salvatore pizzo” OR “salvatore vincent pizzo” OR “s v pizzo” OR “s pizzo”」では、40論文のコメントが見つかった。
《4》日本語の記事
2026年11月2日現在、本事件を扱った日本語記事は確認できていない。
《5》主要情報源
(1) 2025年9月29日のデイヴィッド・コーン(David Kohn)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Duke scientists lose eight papers for alleged image manipulation – Retraction Watch
(2) 「撤回監視(Retraction Watch)」のデューク大学関連記事の一覧:duke retractions – Retraction Watch
(3) 2024年9月25日のアネウルス・インコンスタンス(Aneurus Inconstans)の「より良い科学のために(For Better Science)」記事:Cancer at Duke? Better call Sal! – For Better Science
(4) デューク大学病理学科の沿革ページ:History – Duke Department of Pathology
(5) デューク大学「Scholars@Duke」のピッツォの職歴ページ:Salvatore Vincent Pizzo – Academic Experience – Scholars@Duke
(6) 2026年7月13日のデューク大学医科大学院のニュース:Duke School of Medicine honors Distinguished Emeriti Faculty – Duke University School of Medicine
(7) 2026年11月2日に白楽が確認したパブメド(PubMed)の検索結果(著者:Pizzo SV、文献種別:Retracted Publication):Pizzo SV[Author] – Retracted Publication – PubMed
(8) 英語版ウィキペディア:Salvatore Pizzo – Wikipedia
(9) デューク大学「Scholars@Duke」のミスラのプロフィールページ:Uma Kant Misra – Scholars@Duke
(10) 2025年6月5日の『PLOS One』編集部の撤回公告(2012年論文):Retraction: Receptor-Recognized α2-Macroglobulin Binds to Cell Surface-Associated GRP78 and Activates mTORC1 and mTORC2 Signaling in Prostate Cancer Cells – PLOS One
(11) 2025年のL・ハロルド・プール葬儀社(L. Harold Poole Funeral Service)の訃報:Dr. Uma Kant Misra Ph.D. Obituary (2025) – Knightdale, NC – Legacy.com
(12) 2025年6月5日の『PLOS One』編集部の撤回公告(2013年論文):Retraction: Evidence for a Pro-proliferative Feedback Loop in Prostate Cancer: The role of Epac1 and COX-2-dependent Pathways – PMC
(13) 2025年6月5日の『PLOS One』編集部の撤回公告(2014年論文):Retraction: Activated α2-macroglobulin binding to cell surface GRP78 induces T-loop phosphorylation of Akt1 by PDK1 in association with raptor – PLOS One
(14) 2025年7月の『Journal of Cellular Biochemistry』の撤回公告(2004年論文):RETRACTION: Activation of Akt/PDK Signaling in Macrophages Upon Binding of Receptor-Recognized Forms of α2-Macroglobulin to Its Cellular Receptor: Effect of Silencing the CREB Gene – Wiley Online Library
(15) 2025年7月の『Journal of Cellular Biochemistry』の撤回公告(2009年論文):RETRACTION: Epac1-Induced Cellular Proliferation in Prostate Cancer Cells Is Mediated by B-Raf/ERK and mTOR Signaling Cascades – Wiley Online Library
(16) 2025年7月の『Journal of Cellular Biochemistry』の撤回公告(2012年論文):RETRACTION: Upregulation of mTORC2 Activation by the Selective Agonist of EPAC, 8-CPT-2Me-cAMP, in Prostate Cancer Cells: Assembly of a Multiprotein Signaling Complex – Wiley Online Library
(17) 2026年8月の『Cellular Signalling』の撤回公告(2003年論文):Retraction notice to “Induction of mitogenic signalling in the 1LN prostate cell line on exposure to submicromolar concentrations of cadmium” [Cellular Signalling 15 (2003) 1059-1070] – PubMed
(18) NIHの研究費データベース「RePORTER」のピッツォの研究費(グラフ):RePORT ⟩ RePORTER – Salvatore Pizzo
(19) NIHの研究費データベース「RePORTER」の研究費「Cell Receptors In Coagulation And Atherogenesis」:RePORT ⟩ RePORTER – Cell Receptors In Coagulation And Atherogenesis
(20) 2002年のノースカロライナ州中部地区連邦地方裁判所の判決(CaseMine):Dodd v. Pizzo, 1:00CV1265 (M.D.N.C. 2002) – CaseMine
★記事中の画像は出典を記載していない場合も「より良い科学のために」、パブピア、デューク大学のウェブサイトなどからの転載です。