2025年9月10日掲載
ワンポイント:文部科学省は「不正行為の態様を学ぶ」「抑止」「対応に活かす」目的で研究不正事例をウェブ公表している。また、大学に研究不正事例の公表を義務付けているが、実名の公表か隠蔽かは大学に委ねている。文部科学省は建前では実名の公表を推奨しているが、建前とは裏腹に、現実は、文部科学省自身を含め政府機関(日本学術振興会を除く)は実名を隠蔽している。そして、大学は実名公表と隠蔽が混在しているが、隠蔽が幾分多い。メディアは大学の発表を記事にするので大学と同じで、隠蔽が幾分多い。普通に考えて、研究不正の「抑止」には研究不正事例の十分な情報が必須である。その情報(つまり事実)に基づく分析と政策が必要で、実名は重要な情報の1つである。国は実名(所属機関、不正内容を含む)の公表を義務化した規則を制定すべきである。メディアはこの現状を国民に伝えてほしい。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.白楽の方針
2.名前
3.日本の実例と白楽の希望
4.米国(主)と他国
5.メモ:日本の法律など
6.白楽の提言
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●1.白楽の方針
本ブログでは、大学・研究所などすべての研究機関を「大学」で代用した。
★白楽の方針
白楽ブログの主旨は、日本の学術界・研究界の(広義の)「研究上の不正行為」を減らすことである。
そのために、研究者がした不正行為の詳細を分析する必要がある。
誰がどこでいつどのような状況で、どうして、研究不正をしたのか? そこに共通する特性はなにか? 例えば、ネカト者(研究不正者)の性別・学歴・指導教授・研究分野・所属大学など、また、不正行為をした時の職位・年齢・共同研究者などの特性はあるのか?
それらを的確につかみ、問題点を改善することで、ネカト行為を減らすことができると考えている。
本当は、研究者の生い立ち、性格、研究公正意識、倫理観などが、不正行為をするか・しないかに関連していると思う。
個々人の倫理観は、「鉄は熱いうちに打て」で、10代までにほとんど確立していると思うが、白楽がネカト者(研究不正者)の倫理観を調べるのは難しい。
でも、もし「10代までに確立している」のが正しいなら、「冷めた鉄」になっている20代以降の大学院生や教員・研究者に倫理教育をしても、十分な効果は期待できないだろう。
また、ネカト行為に対して国、大学、学術界、メディア、国民はどう対応しているのか?
対応が的を外していれば、規範は緩み・歪み、研究不正は増え、日本は下降する。
ネカト行為とその対処法を徹底的に把握するため、白楽は、長年、「外国のネカト事例」と「外国のネカト論文」を解析し、ブログに公表してきた。
研究不正問題を的確につかむには、飛行機事故での事故調査委員会のように得られる情報のすべてを集め、分析することが重要である。
ところが、全体的傾向として、外国もおおむねそうではあるが、日本は研究不正事例を隠蔽している。その典型例として実名公表・隠蔽を取り上げ、この卓見・浅見26で問題を整理した。
日本は研究不正事例を公表する時、文部科学省自身を含め政府機関(日本学術振興会を除く)は「不正者の実名」を隠蔽している。そして、大学は実名公表と隠蔽が混在しているが、隠蔽が幾分多い。メディアは大学の発表を記事にするので大学と同じで、隠蔽が幾分多い。
「不正者の実名隠蔽」は、「不正行為の態様を学ぶことによる不正行為への抑止や不正行為が発覚した場合の対応にいかすこと」(出典:文部科学省)の大きな障害になる。
ネカト者が匿名だと、その人の属性が全く分からない。学部生なのか著名教授なのか、再犯者なのか初犯者なのか、わからない。
国、大学、学術界は、ネカト者を匿名発表することで、研究不正行為の詳細を分析できないことを承知しているはずだ。
というか、実は、日本の国、大学、学術界は「本気」で研究不正行為を減らす意思はないので、意図的に、匿名発表し続けているのではないか、と疑ってしまう。
文部科学省は研究不正行為の「態様を学ぶ」「抑止」「対応に活かす」ために研究不正事例を公表しているとあるが、そのためには詳細な情報が必須であり、事実に基づく分析と政策が必要である。
国は実名(所属機関、不正内容含む)の公表を統一基準とした規則を制定すべきである。その上、大学が公表した内容をチェックするシステムを設けるべきである。
メディアはこの現実を国民に伝えてほしい。
★私的制裁の禁止
「不正者の実名」を公表することを「実名をさらす」と表現する人がいて、私的制裁を扇動しているような印象を受ける。
日本は私的制裁(私刑、リンチ)を認めていない。個人が制裁するのは違法であるし、法治国家として、法律・規則に従った処罰しか許されない。
近代国家が刑罰権を独占すると、国家的制裁制度としての刑罰制度が確立し、国家のみが、厳格な要件を満たし、法的な手続に従って、公的な制裁としての刑罰を加えることが許されるようになった。近代刑罰制度のもとでは、私刑(私的制裁)は、違法であり、犯罪とみなされる。(私刑 – Wikipedia)
研究不正者の実名を公表するのを「報道刑」という処罰の1つとして比喩的に表現することはあるが、個人や集団に実際に制裁を煽る意図での「報道刑」は異常である。白楽はその意図で実名・匿名を論じる気はない。
ここでの議論は、日本の法律・規則内で、学術界・研究界の(広義の)「研究上の不正行為」を減らすにはどうすると良いか、である。
●2.名前
★名前の種類
名前(氏名、姓名)を最初に2大別する。
- 個人を特定できる・・・実名、本名(戸籍名)、仮名(anonymous)、ニックネーム(愛称・通称・通名)、ペンネーム、ハンドルネーム、論文ネーム(結婚などでの改姓に影響されない一貫した論文著者名):但し、一定期間、同じ個人が同じ名前を使用し続ける場合
- 個人を特定できない・・・匿名、偽名(pseudonym)(含・なりすまし)、使い捨て仮名 → 特定の小集団内では人物を特定できる場合もある
以下、本記事では、前者を「実名」、後者を「匿名」と呼ぶ。
★匿名の長所・短所
日本では研究不正をした人の姓名を匿名で発表することが多い。その時の長所・短所は何か?
長所・短所は立場により異なる。ここでは、研究不正を是正したい白楽の立場からの長所・短所である。
以下、過去の白楽記事を修正引用する(2015年2月23日:匿名ケー・イー(K.E.)(米) | 研究倫理(研究ネカト))
【匿名の長所】
- メディアによる「報道刑」が科されないので、本人への不当な攻撃が少ない。
- 社会の過剰反応がない。
【匿名の短所】
- 不正者を特定できないので、事件の検証ができない。状況が把握できない。信憑性が疑われる
- 不正事件の統計が取りにくいので、不正防止策の策定が困難になる
- 事件の現実感が乏しい
- 新聞記者・雑誌記者は不正者を特定できず取材しにくい。詳細な記事にならない。
- 社会的制裁が加えられず、報道による予防効果が少ない
- 不正者は別の研究機関に移籍しやすく、過去を清算しやすい
- 不正者と知らない省庁・組織の研究費を得たり、各賞の受賞ができる
- 不正者は同じ大学に在職しても、不正者と知られない。①再犯し被害者が増える。②大学院生・ポスドクが不正者と知らずに研究室に入ってしまう。③教授や副学長に昇進した時、不正調査や学内規則を歪める可能性が高くなる
【匿名の短所】の最後の項目の②について、以下に少し詳しく書いてみよう。
学部生・院生は研究不正をした大学教授から、学問・研究をまともに学べるだろうか?
学問・研究は単なる知識・思考ではない。高等教育で学生が師から学ぶ知識・思考は、どう生きるかの人生哲学、どう社会・自然を見るかの哲学が根底にある。研究室での教育・研究はその鍛錬の場で、師に対する尊敬・信頼が必須だと白楽は思うが、皆さんは、どう思うだろう?
大学が、不正者を匿名発表(つまり隠蔽)した場合、学部生・院生・ポスドク希望者は、研究室を選ぶとき、選んだ研究室の教授が研究不正で懲戒処分を受けたかどうか、わからない。
そして、研究室を選ぶときは知らなかったとしても、研究を続けているうちに、自分の指導教授が過去に研究不正をしていたことを知る。でも、もう、研究人生をやり直せない。
大学は、学部生・院生・ポスドクの人生キャリアに大きな影響を与える事項を隠し、彼らの人生を意図的に歪めている。これは許されないことだと白楽は思う。
★学術活動での名前
学術界の活動、つまり、研究発表、論文発表、著書なども社会活動の1つだが、基本的に、ほとんど実名が使われ、一部、旧姓が使われる。また、論文ネーム(結婚などでの改姓に影響されない一貫した論文著者名)も使われる。
それで、研究不正者を特定する場合、一般的には、実名で特定することになる。
ただ、研究不正事件を調べていくと、同姓同名の人が多い中国などでは、研究者にも同姓同名が多く、実名でも、不正者個人を特定するのが難しい場合に何度も出くわす。
どのように個人を特定できるのか?
原則として、ORCID(オーキッド、Open Researcher and Contributor ID)という研究者個人を番号で特定する仕組みがある。同姓同名でも番号は異なるので、個々人を特定できる。→ 研究者を識別する「ORCID(オーキッド)ID」とは?調べ方と登録方法 | SOUBUN.COM
例えば、白楽のORCID番号は「0000-0002-6999-773X」である。昔登録したが、情報を加えていない。「https://orcid.org/0000-0002-6999-773X」でヒットする。
しかし、研究者全員がORCID番号を持っているわけでも、持つのが義務でもない。それで、研究不正者を特定する場合、まだまだ、実名で特定する。
なお、最近、実在しない人(含・故人)を論文著者にする架空著者事件がいくつも見つかっている。 → 7-125 架空著者:ドラガン・ロドリゲス(Dragan Rodriguez) | 白楽の研究者倫理
この場合、研究不正者を特定できない。
2022年、英国の科学学術誌「British Journal of Research」に、英国の有名な小説家シャーロット・ブロンテ(1816年4月21日~1855年3月31日)と同姓同名の著者が科学論文が出版した。 → 7-117 有名な文学者名の科学論文 | 白楽の研究者倫理
この場合も、どう考えても、シャーロット・ブロンテは偽名で、研究不正者を特定できない。
●3.日本の実例と白楽の希望
★基本方針
基本は、過去に研究不正をした人が研究活動を続けることを、日本の研究界・高等教育界および社会が許容するのか・しないのか、である。
研究不正者の実名(と所属機関、不正行為の内容)を発表するかどうかは、この方針と大きく関わる。
専門性の高い特定の職業では、過去に起こした不祥事(欠格事由)で、その職に就けない。
例えば、以下の例がある。
- 弁護士::禁錮以上の刑に処せられた者は弁護士名簿への登録が取り消され、弁護士としての活動ができない(弁護士法7条1項と17条1号)
- 検察官:禁錮以上の刑に処せられた者は検察官に任命されない(検察庁法20条1号)
- 裁判官:禁錮以上の刑に処せられた者は裁判官に任命されない(裁判所法46条1号)
弁護士、 検察官、裁判官にとって禁錮以上の刑は職業に密接に絡む欠格事由である。
研究者・大学教授にとって、研究不正は職業に密接に絡む不正行為である。
そして、研究者・大学教授は弁護士、 検察官、裁判官と同等かそれ以上に専門性が高い職業である。
で、研究者・大学教授が、研究不正をした時、彼らが研究教育職を維持するのを許容するのか・しないのか?
日本は許容している。
米国は許容していない。正確には、規則で定めていないが、米国の研究公正局の精神は許容していない。
研究不正は研究者・大学教授の欠格事由だと、白楽は思う。
米国の研究公正局の精神が真っ当で、日本は「ごまかし」「臭い物には蓋」「事なかれ主義」「偉い人無処罰文化」だと思う。
最初に書いたのを繰り返すが、基本は、過去に研究不正をした人が研究活動を続けることを、日本の研究界・高等教育界および社会が許容するのか・しないのか、である。
★文部科学省
文部科学省の資金が絡んだ研究で、研究不正が認定された場合、2015年以降、文部科学省はウェブサイトで研究不正事例を公開している。 → 不正行為事案(一覧):文部科学省
公開する目的は、「不正行為の態様を学ぶことによる不正行為への抑止や不正行為が発覚した場合の対応にいかすこと」(出典:文部科学省)(太字白楽)である(以下、赤下線白楽)。
ところが、「公開する目的に鑑みて」、不正者の姓名を隠蔽している(以下)。→ 不正事案の公開について:文部科学省
【白楽の疑問】
不正者の姓名を隠蔽することが、どうして、「不正行為の態様を学ぶ」「不正行為への抑止」「不正行為が発覚した場合の対応にいかす」という目的に合致するのか、スミマセン、全く理解できません。
普通に考えれば、これらの目的のためには、むしろ、文部科学省の方針とは真逆で、不正者の姓名を公開することだと思う。
補足的に書くと、文部科学省は不正事案を公開した3年後、それまで公開していた大学名も削除している。
この削除も、どうして、「不正行為の態様を学ぶ」「不正行為への抑止」「不正行為が発覚した場合の対応にいかす」という目的に合致するのか、全く理解できない。
隠したい理由があるように思う。
★日本学術振興会など
日本学術振興会は文部科学省系列の研究助成機関である。日本学術振興会から研究助成を受けた研究で不正をすると、研究不正と認定した者の姓名・所属大学・職位を公表している。 → 研究公正|日本学術振興会
他方、科学技術振興機構も文部科学省系列の研究助成機関だが、姓名どころか、研究不正認定事案を公表していない。 → 研究不正事案│科学技術振興機構
厚生労働省系列の研究助成機関である日本医療研究開発機構(AMED)は日本版NIHと言われている。米国NIHの研究不正は研究公正局が担当している。その研究公正局は不正者の姓名を公表している。日本版NIHの日本医療研究開発機構(AMED)は、米国NIHとは真逆で、姓名どころか、研究不正認定事案を公表していない。 → 日本医療研究開発機構(AMED)
【白楽の希望】
研究不正者の姓名公表に関して日本政府はバラバラである。これを、米国の研究公正局のように、不正者の実名・所属機関、不正行為の内容を公表するという統一基準にするよう希望する。
文部科学省の、「不正行為の態様を学ぶことによる不正行為への抑止や不正行為が発覚した場合の対応にいかす」という目的は優れているので、この目的に合わせる。
★大学
文部科学省ガイドラインでは、研究不正の被疑者が所属する(した)大学が研究不正疑惑の調査をする。
大学はクロと認定した場合、調査結果を公表するが、シロと認定した場合は原則として公表しない。但し、調査事案が外部に漏えいしていた場合と論文に誤りがあった場合は、調査結果を公表する。 → 研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン(平成26年8月26日文部科学大臣決定)のp19
公表する場合、不正者の実名を公表するかどうかを文部科学省は大学に任せている。
但し、案として、「管理・監査のガイドライン」に示していると述べている。 → 「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に係る質問と回答(FAQ):文部科学省のA3-29
調査結果についてどこまで公表すべきかという点は各調査機関で判断すべき事項として整理しております。ただし、「管理・監査のガイドライン」で示されている事項については、合理的事由がなければ、本ガイドラインに基づき公表すべき事項の一案であると考えます。
その「管理・監査のガイドライン」は研究費の不正使用に関するガイドラインである。
「管理・監査のガイドライン」の「実施上の留意事項」に、「公表する内容は、少なくとも不正に関与した者の氏名・所属、不正の内容、機関が公表時までに行った措置の内容、調査委員の氏名・所属、調査の方法・手順等」とある(以下)。→ 研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)(令和3年2月1日改正)のp15
従って、研究不正で推奨していると思われる基準は実名公表である。
しかし、実際は匿名発表が多い(推定)。具体的に、文部科学省が2023~2025年度にリストした直近10件の研究不正を調べてみた。→ 令和6年度(2024年度):文部科学省
10件のうち5件が実名発表、5件が匿名発表だった(以下)。
2023-11 早稲田大学 匿名
2023-12 産業技術総合研究所 実名
2023-13 駒澤大学 実名
2024-01自治医科大学 匿名
2024-02アジア経済研究所 実名
2024-03広島修道大学 匿名
2024-04大阪歯科大学 実名…大学の発表前に被疑者名が公表されていた
2024-05大阪大学 実名…大学の発表前に白楽が被疑者を実名で公開告発していた
2024-06東京理科大学 匿名
2025-01山口大学 匿名
ただ、5件の実名発表のうち2件は、既に被疑者の実名がウェブ上で公表されていた。それで、大学も実名発表せざるを得なかったと思われる。
つまり、大学は、10件のうち5~7件(5~7割)を匿名で発表した(含・したかったと推定した事例)。
「実名公表が推奨基準」と考えると、大学は文部科学省の指示以上に匿名発表が多い。
実際の研究不正事案では被疑者の実名だけでなく、もっといろいろ隠蔽しているケースもある(以下4例示した)。それに対して、文部科学省がどう対処したのかは公表されていない。白楽の印象としては、放置(結果として黙認)していると思われる。
- 和歌山県立医科大学は研究不正の1種・「二重投稿」を認定したのに公表しなかった → 2025年6月11日メール回答:中森幹人 (Mikihito Nakamori)、加藤紘隆(Hirotaka Kato)、山上裕機(Hiroki Yamaue)たち(和歌山県立医科大学) | 白楽の研究者倫理
- 筑波大学は研究不正で懲戒解雇処分とした教員の氏名・所属を隠蔽した。 → 2023年7月1日記事:筑波大教員の懲戒処分 公表基準なぜ非公開? 説明二転三転「何か隠したいのか」学内から疑問:東京新聞 TOKYO Web
- 東京大学の著しい隠蔽。理由を示さず、過程をも示さず、メディアにも隠蔽して教授を懲戒解雇した。研究不正かどうか不明。 → 2024年12月3日記事:東大が教授を懲戒解雇 「刑法犯に該当する行為」も詳細明かさず:朝日新聞
- 日本大学の著しい隠蔽。盗用した教員の氏名を隠蔽し、盗用論文、調査内容も公表せず。 → 2024年3月29日:本学教員による論文の盗用について
【白楽の希望】
研究不正者の実名公表に関して各大学に特有の事情があるとは思えない。不正者の実名を公表するかどうかを大学に任せるのはナンセンスである。平等精神に欠け、ガバナンスが混乱する。この現状を改め、「公表を原則」とし、文部科学省が全大学に統一基準・統一様式の公表を課すことを希望する。
ただ、文部科学省が示した基準に従わない大学も出てくる(現在も出ている)。大学の調査結果の公表およびその内容を精査する組織を設けチェック・指摘することを希望する。不適切な場合は行政指導・処罰を科す。
★退職・退学者
日本の大学は、研究不正者と認定しても、退職・退学している場合、ほとんどの場合、不正者を処分しない。
例えば、2025年2月14日に公表した熊本大学の盗用事件では、盗用なのに、実名を隠蔽し、かつ、無処分にした。
無処分の理由は、「被認定者はすでに本学を退学していることから、処分等は行わない」とある。 → 2025年2月14日:熊本大学元大学院生による研究活動上の不正行為(盗用)の認定について(1)、(2)(保存版)
退学すると、どうして処分しないのか、白楽は理解できない。「法的に処分の権限がない、あるいは、実質的に処分できない」ことはないはずだ。
話がズレるが、半年後の2025年8月20日、外部から上記熊本大学の元サイトを閲覧できなかった。閲覧に「熊本大学IDとパスワード」を要求し、学内からアクセスした人のチェックまでしている。何という、隠蔽体質・検閲体質なんだろう。
【白楽の希望】
以下は、「論文売買:機械工学、フィリッポ・ベルト(Filippo Berto)(ノルウェー)」の修正引用である。
退職・退学者を無処分にするのは、かなりマズイ。
つまり、不正者は、不正が発覚したら、調査の進行状況を見て、いよいよ、処分が検討されそうな頃、退職・退学する。そうすれば処分されない。これなら、「やり得・逃げ得」である。場合によれば、退職・退学と同時に他大学に移籍してもよい。
極端なケースでは、処分する側の大学が処分される不正者とグルになって、不正者が退職してから、不正事案を発表したと思えるケースもある。
退職・退学者に処罰を科せないというのは大学の単眼的な言い訳で、調査の結果を発表する時に、「不正者の実名を発表する」ことである程度の処罰を科せる。
実名を発表することで、①二次被害を防ぐ(不正者の不正を知らず、雇用・昇進・授賞、論文引用、共同研究など)、②事件の事実解明が進む、③学術界全般に対し研究不正防止効果がある。
つまり、文部科学省が公開目的とした「不正行為の態様を学ぶことによる不正行為への抑止や不正行為が発覚した場合の対応にいかすこと」に合致する。
退職・退学者を処分する。少なくとも実名を公表する。他にも、授与した学位・称号・賞を剥奪する可能性を検討する。不正行為の内容を詳細に公表する。
「逃げ得を許さない」、退職・退学しても不正行為の責任は取ってもらう、ことを希望する。
★メディア
一般論としては、報道機関は実名報道を原則としているが、実名・匿名は個々のケースで各機関が判断している。
白楽が把握している現実は、大学が発表した範囲内で各報道機関が報道していることだ。
従って、大学が研究不正者を実名で発表すれば実名、匿名で発表すれば匿名、で報道している。
大学が匿名で発表したのに、報道機関が自分で調査し、実名で発表したケースを白楽は知らない。
ただ、毎日新聞は別格で、鳥井真平記者のように記者が研究不正を独自に調査・取材し記事にすることがある。
毎日新聞は、旧石器発掘ねつ造事件(記事切り抜き出典)を2000年11月5日にスクープした優れた伝統があるためだと思うが、研究不正に対して敏感である。
なお、報道機関3例だけだが、毎日新聞、朝日新聞、NHKが実名報道を原則としていると述べたサイトを以下に示す。
①毎日新聞:実名原則、その都度議論 毎日新聞の立場 | 毎日新聞
②朝日新聞:朝日新聞記者行動基準
③NHK:NHK放送ガイドライン2020改訂版
【白楽の希望】
実名報道を原則としている報道機関だが、実際は、大学の発表をそのまま報道している。
国民は大学の発表をインターネットで直接知ることができるので、「大学の発表をそのまま報道」の報道は今後ますます不要になる。
スペインの「EL PAÍS」紙のマヌエル・アンセデ記者(Manuel Ansede)のように、大学が発表していない研究不正を、自力で調査し、不正者の実名・所属機関、不正行為の内容を記事にし、対策や展望も加える記事を希望する。
少なくとも、米国の報道機関のように、「大学の発表」を越える内容、国民を導く先見性など、読み応えのある記事を希望する。
●4.米国(主)と他国
★米国政府機関
米国の生命科学系の研究不正者のうち、連邦政府の健康福祉省(DHHS)傘下の研究公正局(ORI、ロゴ出典)は生物医学分野を扱う。
研究公正局は、クロと認定した不正者の実名・所属機関、さらに、不正行為の内容を発表する。研究公正局のウェブサイト(Case Summaries | ORI )とPHS Administrative Action Reportに掲題するが、処罰期間が過ぎると削除される。
ただ、研究公正局の発表後まもなく、実名・所属機関・不正行為の内容は、米国の連邦官報(Federal Register)にも掲載される。こちらは、処罰期間が過ぎても削除されず、「永遠に」掲載される。
連邦官報の掲載例を1つ挙げる。2001年、チューレン大学(Tulane University)・助教授の「スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)」の研究不正記録は、24年前の記録だが、現在も、①連邦官報:Federal Register :: Findings of Scientific Misconduct、②連邦官報PDF版:01-25608.pdfに掲載されている(以下は②、赤枠は白楽)。
ところが、米国の科学庁・監査総監室(OIG)は研究公正局とは真逆で、ネカト者の実名・所属大学・不正論文などネカト者を特定できる情報を完全に隠蔽する(表1)。 → 7-109 米国・科学庁(NSF)の盗用調査と盗用防止策 | 白楽の研究者倫理(表1の出典)
科学庁(NSF、国立科学財団)は、工学、自然科学(含・基礎的生命科学)、人文社会学の研究助成を行なうので、その研究で研究不正をすると、科学庁・監査総監室(OIG)が調査する。 → ①1‐5‐4 米国・科学庁・監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General) | 白楽の研究者倫理、②7-61 米国・科学庁(NSF)のネカト制裁の拙劣さ | 白楽の研究者倫理
研究公正局と同じ健康福祉省(DHHS)傘下の連邦政府機関である食品医薬品局(FDA)は匿名どころか事件そのものを公表しないで隠蔽する。 → ①2013年論文:FDA Let Drugs Approved on Fraudulent Research Stay on the Market – ProPublica、②2015年論文:食品医薬品局が特定した研究不正行為| JAMA Internal Medicine 、③7-60 食品医薬品局(FDA)が臨床試験のネカトを隠蔽 | 白楽の研究者倫理。
農学は農務省(USDA)の管轄だが、農務省(USDA)が研究助成(USDA Science Policies | USDA)した研究に研究不正が見つかっても、発表しない。ウェブサイトで「Research Misconduct」を検索しても、事件にヒットしないかった。 → 農務省(USDA):Search | Home
軍がらみの新技術開発はアメリカ国防総省が研究助成(ダーパ、DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)している。その研究助成で行なわれた研究に研究不正が見つかっても、発表しない(と思う)。 → アメリカ国防総省:Search results | DARPA
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このように、米国・連邦政府の各省庁は、統一基準がなく、バラバラである。白楽は長いこと異常だと思っていた。
そしたら、つい最近、全米科学アカデミーは、研究規制の簡素化に向け53件の勧告を発表した。 → 2025年9月6日記事: National Academies Report Proposes 53 Recommendations to Simplify Research Regulations – GeneOnline News
その41~47ページは「研究不正」を扱っている。 → Simplifying Research Regulations and Policies
「各省庁は、単一で柔軟な連邦規則に従うべし」と、米国・連邦政府の各省庁は、研究不正の対処・懲罰がバラバラなのを統一すべきとしている(以下はp43)。 → Options to Optimize the Research Enterprise | Simplifying Research Regulations and Policies: Optimizing American Science | The National Academies Press
全米科学アカデミーの勧告がいつ効力をもつのか、それとも効力ナシなのか、白楽は把握できていない。
【白楽の感想】
研究不正者の姓名公表に関して、米国・連邦政府は各省庁を統一する基準がなく、バラバラである。白楽は長いこと異常だと思っている。
★米国の学生(学部生・院生)
前節で、研究公正局は、研究不正者の実名を発表すると書いた。研究不正者が院生であっても実名を発表してきた。今まで例外はない。
ただ、院生が原告の研究不正関係の裁判で、裁判所は院生を仮名にした例がある。 → 「博士号剥奪」:仮名ケーイー(K.E.)(米) | 白楽の研究者倫理
裁判で仮名が使われた根拠は以下の法律である。
米国・教育省には「家族の教育上の権利及びプライバシー法」(FERPA)がある。(①Family Educational Rights and Privacy Act (FERPA) | Protecting Student Privacy、②Family Educational Rights and Privacy Act – Wikipedia
子供の情報を保護するために部外者がそれらの記録にアクセスすることを制限している。FERPAが対象としているのは、教育機関に保有されるすべての教育上の記録である。多くの教育委員会は生徒の「名前、住所、電話番号、出生日、出生地等」が含まれるディレクトリ情報を保有している。学校関係者が在籍中の生徒のこれらの情報を開示する際には、事前に開示される記録の種類を親に告知し、資料の開示の諾否について親が判断する適切な時間を与えなければならない。(出典:内閣府、2009年10月23日、www8.cao.go.jpshougaisuishintyosah20kokusaipdfall2-1usa-2 の85ページの脚注)2-1usa-2.pdf
「家族の教育上の権利及びプライバシー法」では、18歳以上の学生の情報は書面による本人の承諾が必要である。
従って、研究不正疑惑者が学部生・院生だった場合、教育省から助成金を受領している大学は、学部生・院生本人の承諾なしに教育上の記録を外部に提供できない。
★他国の例
米国以外は十分調べていない。以下は不十分な情報である。
【ドイツ】
以下は、「シモーネ・フルダ(Simone Fulda)、クラウス=ミヒャエル・デバティン(Klaus-Michael Debatin)(ドイツ) | 白楽の研究者倫理」からの流用。
レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は、以下のように説明している。
ドイツの名誉毀損法(German defamation law)は、プライバシーと評判の保護を中心としている。裁判所は大学教員や研究者を公人と認めていない。
それで、事実であっても、大学教員や研究者のネカトを公表することは法的にかなり難しい。というわけで、ドイツのメディアは研究不正者の名前を公表しない・できない。場合によると、研究不正者の所属機関さえ公表しない。
名前を挙げることができるのは政治家と著名人だけである。
だが、政治家と著名人に対しても、裁判所は彼らの側の判決を下すことが多いと、シュナイダーは述べている。
なお、「ドイツの名誉毀損法」は丸山雅夫の2018 年論文・「名誉侵害罪としての侮辱罪」の「Ⅰ ドイツ刑法における名誉侵害罪」が参考になる。
【スウェーデン】
スウェーデンでは、事件報道において一般市民は原則匿名で、政治家・上級公務員・警察幹部・大企業経営者・労働組合幹部など社会的に大きな影響力のある「公人」が事件に関与したとされる場合に限って、実名で報道される。スウェーデン以外の国でも、たとえば、「**警察の*警部が話したところによると」と発表した者の実名・階級・役職を詳細に報道することが多い。(匿名 – Wikipedia)。
研究者は「公人」扱い?
●5.メモ:日本の法律など
関連する法律のリンク先などのメモ(網羅的ではない)。解説を少し加えた場合もある。
- 報道界でタブーがいくつかあるが、研究不正報道はタブーではない。 → 「報道におけるタブー – Wikipedia」
- 実名報道についての解説 → 実名報道 – Wikipedia
- 実名報道されるかどうかは事件の重大性や被疑者・被害者のニュースバリューなど総合的に判断されます。(2024年8月15日記事:実名報道される基準を元記者が解説!名前が出る人と出ない人の違いは?)
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日本国憲法第21条
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
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(基本理念)
第三条 個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることに鑑み、その適正な取扱いが図られなければならない。
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刑法第230条(名誉毀損)(下線白楽)
1. 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。
第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)
1. 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2. 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3. 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
刑法第231条(侮辱)・・・親告罪
1. 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
白楽のブログは、研究不正行為を詳細に記載しているので、事実の記載だが、その人の名誉を棄損している。しかし、目的は「専ら公益を図ること」なので、「第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)」の範囲内で行なっている。
2017年(平成29年)1月31日、日本の最高裁判所は、過去の不正行為に関するウェブ情報の削除を求めた裁判で、削除を認めない側を、つまり、プライバシー保護と公益性の問題で、公益性を支持した。 → 2017年2月1日記事:検索結果削除、高いハードル示す グーグル訴訟:朝日新聞デジタル
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●6.白楽の提言
研究不正行為の「態様を学ぶ」「抑止」「対応に活かす」(出典:文部科学省)ためには研究不正事例の詳細な情報が必須であり、事実に基づく分析と政策が必要である。国は実名(所属機関、不正内容を含む)の公表を統一基準とした規則を制定すべきである。また、大学が公表した内容をチェックするシステムを設けるべきである。メディアはこの現実を国民に伝えてほしい。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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