2‐3‐2.学術誌2:『Anesthesia & Analgesia(麻酔と無痛覚)』と『Cell(セル)』『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』

「1‐2‐4 盗用の定義と説明(欧米)」の学術誌の第2回目である。今回は「盗用」問題に熱心な編集長がいる学術誌『Anesthesia & Analgesia(麻酔と無痛覚)』と、超一流学術誌『Cell(セル)』『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』の対比である。

【『Anesthesia & Analgesia(麻酔と無痛覚)』】

★スティーブン・シェーファー(Steven Shafer – Wikipedia, the free encyclopedia)は、学術誌『Anesthesia & Analgesia(麻酔と無痛覚)』の編集長で、米国・スタンフォード大学・麻酔学教授である。

『Anesthesia & Analgesia』は非ブランドの学術誌で、無料で閲覧可能である。非営利団体・国際麻酔学研究協会(International Anesthesia Research Society)の委託を受けて、企業が出版している。麻酔学で29誌ある学術誌のランキング6位である(Anesthesia & Analgesia – Wikipedia, the free encyclopedia)。

『Anesthesia & Analgesia』は、学術出版規範委員会「COPE」の会員であるが、「著者への情報(Information for Authors)」サイトに「COPE」会員との明示はない。「盗用」の英語「Plagiarism」で検索してもヒットせず、「盗用の定義と説明」は記述していない。

ただ、シェーファーは、編集長として、「盗用」にかなり悩まされたようで、関心は高い。2014年1月号では「盗用」の論説記事を3報も掲載した。また、米国・コロンビア大学・麻酔学教授だった2011年、『Anesthesia & Analgesia』誌の論説に「盗用の定義」を書いている(You Will Be Caught : Anesthesia & Analgesia、March 2011 – Volume 112 – Issue 3 – p 491‐493、doi: 10.1213/ANE.0b013e3182095c73)。

その論説で「盗用」を4分類している。以下、取捨選択して“流用”する。

1. 「知的窃盗」(intellectual theft):他人が出版した論文の文章とアイデアを、引用しないで、自分のものとして発表すること。具体的に3点示している。①洞察力に富んだ分析(copying an insightful analysis from another paper)、②独特で優れた比喩的表現(using an unusual and clever metaphor developed by another author)、③文章の大きなカタマリ(copying large blocks of text)、を“流用”する行為。処置は論文取下げ。頻度は少ない。

 2. 「知的怠惰」(intellectual sloth):自分で新たに書く手間を惜しんで、引用なしで、他人の文章を“流用”する行為である。ウィキペディアの文章を論文にコピペして使うケースは驚くほど多い。ウィキペディアの文章は著作権がない。誰でもどこにでも使える文章なので、著作権の侵害には該当せず、「知的窃盗」には当たらない。ただ、自分のことばで書くのが面倒、つまり、単に怠惰な人だと感じる。
「知的怠惰」と分類したが、「知的窃盗」と「知的怠惰」の境界は明白ではない。審査中の論文に「知的怠惰」を見つければ、単純にリジェクトする、あるいは、著者に盗用部分を書き直させる。出版後に「知的怠惰」とわかったら、論文取下げ、訂正、著者の陳謝のどれかを処置する。

 3. 「科学英語盗用」(Plagiarism for scientific English):学術誌『Anesthesia & Analgesia』(麻酔と無痛覚)の投稿論文の中で最も多いタイプの盗用である。科学英語に不自由な著者は、自分の書きたいことを英語論文でどう書かれているのか、インターネットで論文中の英文を探し、コピペする。1つの文献から一部コピペし、別の論文から別の部分をコピペし、さらに別の論文と、たくさんの論文を参照し、継ぎ足して、自分の論文にする。つまり、「パッチワーク盗用」「モザイク盗用」「コラージュ英文」である。「パッチワーク盗用」は非英語圏からの投稿論文では、かなり頻繁に遭遇する。例えば、中国では投稿論文の31%が盗用である(Zhang Y. Chinese journal finds 31% of submissions plagiarized. Nature 2010;467:153)。
私(シェーファー)は、以上のことを「科学英語盗用」としたが、実は、これは「盗用」とは思っていない。ただ、そういうコラージュ英文は事実を正確に伝えられないのではないかと心配している。

 4. 「技術的盗用」(Technical plagiarism):技術的盗用は字句の流用ではなく、原著者を適切にクレジットしない行為である。著者は原典を引用しているので、原著者のアイデアや概念を盗むつもりはなかったと思われる。しかし、文章で原著者にクレジットを与えていないので、結果として、技術的に盗用していることになる。
例示しよう。先行研究のAlkire教授の洞察をAlkire教授の論文(1)を引用して書いた論文がある。「意識下の経験は、真っ暗闇の経験であっても、とても有益な情報になる(1)」。著者はAlkire教授の先行研究を論文「(1)」と引用しているので、盗むつもりはなかっただろう。しかし、この文章では、「技術的盗用」に該当する。というのは、この文章では、言葉でAlkire教授にクレジットを与えていない。本来は、「Alkire教授が指摘したように、意識下の経験は、真っ暗闇の経験であっても、とても有益な情報になる(1)」と書くべきなのだ。
審査中の論文に「技術的盗用」を見つければ、間違いとし、訂正させる。出版後に「技術的盗用」とわかった場合は、著者の陳謝を要求する。

★スティーブン・シェーファーの主張は、白楽には過剰な要求だと感じる。共感できるのは「1.「知的窃盗」(intellectual theft)」の③だけである。

1.「知的窃盗」(intellectual theft)」の①、②は、言葉上は「なるほど」と感じる面はあるが、定量的でなく、現実の線引きはできない。「①洞察力に富んだ分析」と「②独特で優れた比喩的表現」は、誰がどういう根拠でそのように判定するのか? シェーファー(編集長)が、そう判定すればそうなのか? フェアーには思えない。

2. 「知的怠惰」(intellectual sloth)」は、論文の「序論」「材料と方法」「考察」部分での“流用”行為と想定しているが、「自分のことばで書くのが面倒」でもいいじゃないかと思う。「盗用」というのは盗まれた人に損害を与えるからマズイのであって、この場合、損害はない。「怠惰」とか「面倒」という否定的な言葉を使用しているが、逆に言えば、伝えたい文章を無駄な時間や能力を使わないで効率よく書くのは、むしろ、賢い方法ではないのか。「怠惰」と表現しても結構だが、他人の文章を調べるのは「怠惰」ではできない。肯定的にみれば、他人の文章を読み、使う部分を考えるので、洞察は深くなるだろう。

3. 「科学英語盗用」(Plagiarism for scientific English)」を、「盗用」の項目に書くのは賛成できない。シェーファーも「盗用」とは思っていないと書いているが、彼の主張は、英語圏の人のおごりに思える。学術論文に芸術的表現とか文芸的創造性などの芸術性を求めるのは間違いだ。学術論文に重要なのは、発見・発明・記録の重要性である。文章は事実を正確に伝える道具だ。他人の文章をゴッソリ借りたのでなければ(その場合、引用するでしょう)、あちこちからチョコチョコ借りたパッチワーク論文でもモザイク論文でもコラージュ英文でもいいではないか。特に、英語ネイティブでない研究者は、そうやって、科学英語を習得する。それを非難・否定されたら、どうやって、科学英語を習得するのでしょう?

4. 「技術的盗用」(Technical plagiarism)」は盗用だろうか? 問題視された例文で、クレジットを与えていると思う。

【『Cell(セル)』『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』】

『Cell(セル)』は学術出版規範委員会「COPE」の会員だが、『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』は会員ではない。独自に「盗用の定義と説明」する必要がある。

★『Cell(セル (雑誌) – Wikipedia)』
Cell』 :白楽評価「1(最悪)
「盗用の定義と説明」をどこにも記述していない。学術出版規範委員会「COPE」の会員であることも明記していない。

★『Nature(ネイチャー – Wikipedia)』
「盗用の定義」は以下の一行だけで、白楽評価「2(即刻改善)」である。なお、盗用検出ソフト「CrossCheck」を使用していると書いてある。

盗用は、他人の研究成果を自分のものとすることである。(Plagiarism is when an author attempts to pass off someone else’s work as his or her own.)(Plagiarism and fabrication : authors & referees @ npg

★『Science (サイエンス – Wikipedia)』
Science』:白楽評価「1(最悪)
著者への情報(General Information for Authors)」サイトに「盗用」の英語「Plagiarism」で検索してもヒットしない。「盗用の定義と説明」をどこにも記述していない。

但し、記事では「盗用」の英語「Plagiarism」で検索すると、402件ヒットした(2014年5月23日閲覧)。しかし、無料で閲覧できない。つまり、無料で閲覧できる文書に「盗用」の方針が示されていない。「盗用」についての研究論文ではなく、この学術誌の「盗用の定義と説明」・規範・方針を知りたいのに提示していない。なんてコッタ。

【白楽の感想】
米国の生命科学系・学術誌は、「編集方針」や「著者への情報(Information for Authors)」に、「盗用の定義と説明」をほとんど記述していない。

超一流学術誌である『Cell(セル)』『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』(CNS学術誌)でさえも、盗用に無関心である。超一流学術誌なのに、とんでもないいい加減さである。

と思う面と、「なるほど」と納得する面がある。

どうして納得するのか?

1つは、「盗用の定義と説明」は、欧米の学術界では、既知の一般的な研究規範であって、特定の学術誌に特有のルールでなない。だから、各学術誌は、「編集方針」や「著者への情報(Information for Authors)」でいちいち特定の「盗用の定義と説明」をする必要も意味もないので、記述しない。

それに(2つ目)、CNS学術誌は超一流学術誌である。超一流学術誌というのは、世界で最も画期的で重要な論文を掲載している、という評判がある。そのブランドの価値をより高くキープしたい。華々しい研究成果だけ、ハデな画期的な論文だけを掲載したい。「白い猫も黒い猫も、スバラシイ研究成果を発表すれば、いい猫」だから、研究規範などのつまらない制約はどうでもいい。テレビ番組作りは、放送倫理ギリギリでもいいから、高視聴率を狙いたい。超一流学術誌は、研究規範はギリギリでも、激しく話題性の高い研究論文を集めたい。「1にハデ、2にハデ、3、4、がなくて、5にルール」という方針です(オーバー気味に白楽が推察)。

だから、2013年にノーベル生理学・医学賞を受賞したランディ・シェックマン(Randy Schekman)が、2013年12月9日(米国時間)、上記3つのCNS学術誌を批判した。

「商業主義的な体質で科学研究の現場をゆがめている」「科学研究を奨励するよりも、ブランド力を高めて販売部数を増やすことに必死だ」「人目を引いたり、物議を醸したりする論文を載せる傾向がある」(「3科学誌は商業主義…ノーベル受賞者が「絶縁」」 2013年12月13日、読売新聞、Wayback Machine 2014年5月23日閲覧)

ランディ・シェックマンの批判を、もう少し知りたい人は、このサイト(セル、ネイチャー、サイエンスには出しません | 日本の科学と技術)がある。

白楽は、商売で成り立っている学術誌を認める限り、シェックマンの批判はヘンだと思う。CNS学術誌は商売なので(Sは非営利団体だけど状況は同じ)、「儲けが最優先」が規範である。企業に「商業主義的な体質」だと批判するのは、批判自体がヘンである。

学術誌は「盗用」論文を掲載したとしても、著者が悪いと著者の責任にする。学術誌側は、問題論文を取り下げて、オワリである。実質的な損害はごくわずかである。だから、「商業主義的な体質」のCNS学術誌は「盗用」にさほど注意を払わない。

しかし、ここはおかしい。

偽装食品を提供したレストランが、その料理を取り下げて、別の料理に替えればOKかというと、そう甘くはない。レストランは非難され、対象品は回収され、場合によると営業停止などのペナルティが課される(ことは・・・ないかな?)。で、CNS学術誌が「商業主義的な体質」なら、むしろ、「盗用」論文を掲載したら、その出版社にペナルティを課せばいい。少なくとも、「盗用」論文を掲載した号の料金を、購読者に返金させる運動を起こせば、CNS学術誌も「盗用」に注意深くなるだろう

なお、商業的学術誌とは別に、日本や欧米では、国が出版している学術誌(有料)がある。学会が学会員の会費で出版している学術誌(有料)がある。大学や研究所が出版している学術誌(おおむね無料)がある。問題は、それらのほとんどが、パッとしない。一流という評判の学術誌もあるが、わずかだし、その一流誌でも、CNS学術誌に完全に負けている。「商業主義的な体質」ではないことが負ける主な理由だ。大半の学術誌は、CNS学術誌が行なっているような営業努力や体質改善努力をしていない。

科学研究が商業に振り回されることは、本当は、マズイのだが、金儲けにつながらないと、現代人は切磋琢磨しない。本来、商業的学術誌はいらないのだが、商業的学術誌の質が良いものが多く、非商業的学術誌は質が悪いものが多い。質が良くなければ、商業的学術誌は廃刊になるが、非商業的学術誌は廃刊にならない。ズルズルと税金を投入し、誰も読まない質が悪い論文を掲載し続けている。

2000年頃、欧米で「オープンアクセス」運動が起こった。世界中の誰もがインターネットで学術誌を無料で読めるようにする運動だ。CNS学術誌は、このオープンアクセス運動を乗り越え、生き残った。その後、2005年、米国政府は、政府の研究費で研究した研究成果は「PMC (アーカイブ)」で誰でも無料で読めるとした。CNS学術誌は、それも乗り越え、生き残った。なお、『Cell(セル)』は妥協し、1年後に無料で閲覧可能にしたが(Archive: Cell)、『Nature(ネイチャー)』『Science(サイエンス)』は強く賢く、依然、有料である。

研究規範の「盗用」問題から、学術誌の問題にそれてきた。

シメの一言で終わりにしよう。

研究者は、「オープンアクセス」ではない学術誌に投稿するな! つまり、金を払っている国民に研究成果を無料で提供しない学術誌に投稿するな! 誰の金で研究できていると思っているんだ。