3‐4.「改ざん」の具体例1

《改ざん》の定義を再掲する
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《改ざん》

  • 文部科学省:
    研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
  • 米国政府:
    研究記録の記載とは正確には合わない形で、研究資料・機器・過程を操作すること、あるいは、データや研究結果を変更、あるいは除外すること。
    Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record.

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定義だけではわかりにくいので、「改ざん」の具体例を述べよう。

【米国・マイアミ大学の具体例】

米国・マイアミ大学が示す「改ざん」の具体例
Research Integrity – Regulatory & Compliance Services – Office of Research, University of Miami

「改ざん」は研究記録の記載とは正確には合わない形で、研究資料・機器・過程を操作すること、あるいは、データや研究結果を変更、あるいは除外すること。「改ざん」は、また、科学的正当性や統計的正当性なく、矛盾するデータを選択的に省略/削除/抑制することも含まれる。

  • データの分散を修正するためにデータを変更する
  • 研究ノート中の日付および実験手法を後から改変する
  • 統計分析から得られた結果と異なる記述・発表をする
  • 実験遂行に使うモデル(例えば細胞系)のような実験方法の偽記述・発表
  • 原稿あるいは出版論文に偽記述をするか誤解を招きやすい表現をする。例えば統計のサンプル数「n」の偽記述・発表
  • 同じ研究結果を複数の論文に発表し研究業績を変造する (自己再発表)
  • 米国・公衆健康局(PHS)の継続研究費申請でのデータ改ざん
  • 出版論文での研究材料や方法の偽記述・発表
  • 専門学会や研究会の口頭発表やアブストラクトで、研究内容に関する虚偽の発表・記述
  • 新しい母親および赤ん坊の危険要因を決定するための連邦政府資金によるアンケート調査研究などで、架空の電話アンケート調査を記述する

さらに、研究公正局のサイトを引用して、臨床研究で「改ざん」の具体例を示している。

【米国・研究公正局の具体例】
臨床研究で「改ざん」の具体例((23) Assessing Research Misconduct Allegations Involving Clinical Research| ORI – The Office of Research Integrity

  • ある患者の記録を別の患者の記録に置き換える
  • 被験者を処置する資格を持つ臨床試験スタッフが処置しなかったのだが、彼らがしたとデータ調整センターに偽の報告をする
  • 患者の訪問日や結果の変更
  • 患者のスクリーニングの日付の変更、または同じ記録を日付を変えて提出する
  • 患者の状況を更新せず、前回のを最新として記述
  • 病気または再発を示すように血液サンプルの測定結果を変更する
  • 研究プロトコルに決められた時間枠におさまるようにフォローアップ・インタビューの日付を後から改変する
  • 患者から血液サンプルを採取した日時を改変する

【米国・NIHの具体例】

米国・NIHが示す「ねつ造」の具体例(Research Misconduct

米国・NIHが示す3つの「改ざん」の具体例の内、2つは、他の記事を参照とある。「ねつ造」の具体例の時も同じだった。仕方ないので、指示された2つの記事の事件を探ることにした。

★ マーク・ハウザー事件
140925 マーク・ハウザーマーク・ハウザー(Marc Hauser)は、1998年に38歳でハーバード大学・教授になった米国の進化生物学者で、ハーバード大学でも有名な学者だった。人間や類人猿に特有と思われていた認識能力がサルにもあることを発見し、この分野のカリスマ的学者だったが、2010年、論文における不正が発覚し、2011年、ハーバード大学を辞職した(写真の出典:後述するボストン・グローブ紙の記事)。

日本語版ウィキペディアに「マーク・ハウザー」の記事があるが、不正研究については一行しか書いていない。日本語の他の解説で網羅的なのはない。

日本語版「マーク・ハウザー」の記事に不正研究について加筆する予定である。近々アップし、このブログでもお知らせする。詳しくはそちらを参照してください。

ボストン・グローブ紙の2012年9月5日の記事 と2014年5月30日の記事 、研究公正局の2012年9月10日の通達 を中心に、「マーク・ハウザー事件」からポイントを拾う(直訳ではありません)(Carolyn Y. Johnson:Harvard professor who resigned fabricated, manipulated data, US says – White Coat Notes – Boston.com、September 5, 2012)。

1960年代、米国・チューレン大学(Tulane University)のゴードン・ギャラップ(Gordon G. Gallup)は、鏡に映った自分を自分と認識できる能力で動物の知能を測る方法を考案した。これは「鏡像認知」「自己鏡映像認知能力」(Mirror test)と呼ばれている。

1970年、ギャラップは、チンパンジーに鏡像認知能力があるが、サルにはないと報告した。

その後、2014年10月の現在まで、チンパンジーなどの類人猿のほか、イルカ、ゾウ、カササギなども鏡像認知能力があるとされている。しかし、類人猿以外の動物での結果は、追試実験が不十分と考えられ、専門家の間では論争になっている。

サルではどうだろうか?

1995年、ハウザーは、サルの1種であるワタボウシタマリンに鏡像認知能力があると発表した。ニューヨーク州立大学オールバニ校の心理学教授に移籍していたゴードン・ギャラップは、ハウザーの発見に疑問を抱き、ハウザーが実験で撮影したビデオ録画を調査した。「私がハウザーの実験ビデオを観ても、そこには、科学的であろうとなかろうと、とにかく、鏡に映ったタマリンがタマリン自身を認識しているという彼の結論に納得できる映像は、どのタマリンにも見出せなかった」と述べている。

ギャラップが残りのビデオ録画見せて下さいとハウザーに依頼すると、ハウザーの返事は、「ビデオは盗まれてしまった」だった。

1997年、ギャラップは、アンダーソン(Anderson)と共著で、ハウザー論文に批判的な論文を書いた。その論文には、「ハウザーの論文では、“鏡像認知”の基準が不十分である。自分たちの評価では、チンパンジーや他の大型類人猿が、鏡像認知を示すときに見られるようには、タマリンは、鏡像認知を示す行動をしていない」と述べた 。

1997年、ハウザーはギャラップに反論している。

2001年、しかし、ハウザーは、その後、自分たちの実験が追試できないと認め、以前の結論の証拠が得られないと報告した。

2007年、ハーバード大学はハウザーを科学における不正行為の嫌疑で内部調査をしていると発表した。

2010年8月20日、ハーバード大学のマイケル・スミス(Michael Smith)人文科学部長は、3年間の調査の結果、8件の不正研究を見つけ、ハウザーに単独責任があると発表した。3件は出版論文、5件は未発表の研究だった。

2011年7月、ハウザーはハーバード大学を2011年8月1日付けで辞職すると発表した。

2012年9月、米国政府機関の研究公正局は独自の調査により、「ハウザーの研究には不正があり、1つの研究でねつ造、複数の実験で改ざんが見つかりました。それらの研究は、以下の政府研究費の援助を受けていました」、と発表した。

「改ざん」の具体例を以下に示す。

2007年の論文「Hauser, M.D., Glynn, D., Wood, J. “Rhesus monkeys correctly read the goal-relevant gestures of a human agent.’ Proceedings of the Royal Society B 274:1913-1918, 2007」は、アカゲザルが人間のジェスチャーを理解できるかどうかの実験を行なったが、7つの実験のうちの1つの「実験方法」と「結果」で改ざんをした。

人間がエサ箱(エサは入っていない)を指でさすと、サルが近づくかどうかの実験である。

「結果」の改ざんは、43匹の内、31匹が近づいたと書いたが、実験記録には27匹しか近づいていない。

「実験方法」の改ざんは、全部、ビデオ撮影したとあるが、実際には、30匹分しか撮影していなかった。

改ざんしなくても、統計的有意性はあった(調査員の判断)のにデータをよりきれいにしたかったのだろう。

事件の大きさに比べ、改ざんの中身は単純だった。数値を変えただけである。「ハーバード大学の著名教授がこんな小さなことを変えなくても」と思うような改ざんである。改ざんしなくても、統計的有意性はあったのだから、結論は同じなのに、改ざんしたのである。バカじゃないのか。イヤ、ハーバードの著名教授だ。バカであるわけがない。

深読みする。

研究テーマからして国際政治とは無関係だろうが、一般論として思いつくのは、ハーバードの学内抗争に巻き込まれた可能性である。

で、経歴を見る。1959年11月25日生まれである。1992年(32歳)でハーバード大学の助教授、1995年(35歳)に準教授、1998年に38歳で教授に昇格した。この経歴から、将来、ハーバード大学を背負って立つ可能性の高い教授である。

2007年にハーバード大学が不正調査に入ったと公表したときは、教授就任9年後の47歳だった。ある意味、油の乗り切った研究盛りの年齢であり、政治活動盛りの年齢でもある。

問題視された論文は、2002年、2005年、2007年の論文だから、教授に就任してからの論文である。もうすでに教授になっているので、無理をする必要はない。どうしてこんな危険なことをしたのか。教授の地位を保つという圧力だけなら不正をしなくても良いように思える。

ハーバードの学内抗争に巻き込まれた可能性が本当にあるのか、現実的がどうかは、かなり調べないとわからない。本題から外れるので、このまま放置。ゴメン。

もう1つ、ハーバードの学内抗争でないとしたら、どんなことがあり得るだろうか?

教授に就任してから不正研究に手を染めたのだろうか?

白楽はそう思わない。1995年(35歳)準教授の時のハウザーの論文に、別の研究者・ギャラップが疑惑を公然と表明している。多分、すでにこの時、ハウザーは不正研究をしていたのだろう。35歳にジャーナルに印刷公表された論文だから、実際の研究は遅くともその1~2年前頃に実施していたハズだ。

つまり、33~34歳頃には不正研究を織り交ぜながら研究成果を出すのがハウザーの研究スタイルだったのだろう。多分、大学院生、ポスドクを通して研究の最初から、ハウザーは不正研究を織り交ぜる研究スタイルを身につけてしまったのだろう。

2012年のウルフガング・ストレーベ(Wolfgang Stroebe)らの論文(「ねつ造・改ざん」事件:総論で解説予定)によると、「ねつ造・改ざん」をした研究者は2種類に分類できる。①研究キャリアの最初からする人と、②途中からする人である。ダーシー、シェーン、スペクターは①の研究者で、研究キャリアの最初から不正をするから昇進が早く、若い時から有名である。

ハウザーも38歳でハーバードの教授に昇格し、カリスマ的学者だったので、①の最初から不正の研究者だったのだろう。早くから秀才の誉れ高く、優位に学位・就職・昇進してきた典型的な人のように思える。とてもズル賢い、世渡りの優れた人なのだろう。

最初から不正の人は、大学院生時代の指導教員がズル賢しさを見ぬき、まともに躾けるか、躾けることが無理なら、学術界から排除すべきだったのだ。学内抗争もあっただろうが、最初から不正の人だったと考える方が事実に近いだろう。

★ Nature.com の記事「細胞生物学での画像操作」

米国・NIHが示す3つの「改ざん」の具体例の内、3つ目は、「Nature.com の記事「細胞生物学での画像操作」を参照のこと。URL=http://www.nature.com/nature/journal/v434/n7036/full/434952a.html」である。

このNature.com 記事は無料では閲覧できない。白楽のこのブログは、現役の生命科学者だけが読むわけではない。一般人も読む。一般人が無料でアクセスできない資料を、基本的には、利用しないことにしている。それで、3つ目は代案を探す。

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記事が長くなるので、いったんここで中断し、次回に続けよう。