3‐2.「ねつ造」「改ざん」の定義:日米比較

【日米の定義比較】

日本人学者としてまことに残念ながら、研究規範(倫理)の研究・理解に関して、日本はかなり貧困である。国がこの分野の研究費・人材育成をおろそかにしていたツケが回って、成熟した学者も若い研究者も充分には育っていない。その貧困を反映し、研究規範(倫理)の制度が貧困であり、研究者の間でも一般社会でも研究規範(倫理)に対する理解が貧困である。事件も頻発している。

文部科学省を取り上げて悪いけど、文部科学省の研究規範(倫理)委員の力量不足は否めない。文部科学省は現在の日本政府の研究規範(倫理)の本丸なので、日本の貧困の責任は、恨みはないけど、文部科学省にある。

だから、「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(2006年制定、2014年2月改訂)を一歩踏み込むと、「ねつ造」「改ざん」の定義からして、「甘い」。

甘さを強く指摘することは主旨ではないので控えるが、指摘しないと理解しないようだ。一部記述しよう。

文部科学省の定義は、米国の定義を“盗用”したのは明白だから、原文と比較しよう。米国は、2000年12月6日、大統領府科学技術政策局(OSTP: Office of Science and Technology Policy) が連邦政府規律(Federal Research Misconduct Policy)を発表した。この規律が米国の基本で、米国のすべての政府機関はこの連邦政府規律に従う。もちろん、米国・研究公正局もこの連邦政府規律に従う。

「盗用」の定義を除いて、「ねつ造」「改ざん」の定義を、文部科学省の文章と米国政府の連邦政府の規律(Definition of Research Misconduct | ORI – The Office of Research Integrity、白楽の意訳)と併記した。文部科学省の定義での重要な欠落を米国政府の規律に青字で示した。

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《前文》

  •  文部科学省:
    不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である。
  • 米国政府:
    不正研究は、研究の申請、遂行、審査、あるいは、研究結果を発表・報告する時の「ねつ造」「改ざん」「盗用」である。
    Research misconduct means fabrication, falsification, or plagiarism in proposing, performing, or reviewing research, or in reporting research results.

問題点:
前文からして、貧困さが露呈されている。文部科学省は「研究の申請審査」をどうして省いてしまったのだろうか? 「発表された」という文言で「発表」しか頭にない。「申請審査」の理解ができていないのに違いない。論文しか頭にないから、「発表された研究成果」だけになったのではないだろうか。学位申請や研究費申請書を含めた研究に関連した各種の「申請」書と、それらの「審査」報告書も不正研究の対象でしょう。

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《ねつ造》

  •  文部科学省:
    存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
  • 米国政府:
    データや研究結果をでっちあげ、記録または発表・報告すること。
    Fabrication is making up data or results and recording or reporting them.

問題点:
文部科学省が不正と定義している「存在しないデータ、研究結果等を作成すること」その行為自体は、どう考えても、不正ではない。それを「発表・報告」するから不正になるのである。

文部科学省のこの定義文は前文と合わせて理解すれば間違いではないけれど、この定義文に前文も必須なら、米国政府の定義文のように一緒に記述すべきだ。定義文はそれだけでアチコチに引用されるので、独立完結していないのは欠陥文である。全員に前文と合わせて理解することを要求するのは不親切で、定義を読む多くの人は間違える可能性が高い。

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《改ざん》

  • 文部科学省:
    研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
  • 米国政府:
    研究記録の記載とは正確には合わない形で、研究資料・機器・過程を操作すること、あるいは、データや研究結果を変更、あるいは除外すること。
    Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record.

問題点:
文部科学省の「真正でないものに加工」の具体的証明はとても困難である。米国政府の「研究記録の記載とは正確には合わない」のは具体的に証明できる。この場合、ねつ造も改ざんもされていない研究記録が残っていることが前提ではある。

そういうわけで、米国では、研究記録がないのは重要な不正だと思うのだが、米国の「不正研究(research misconduct)」の規定に、「記録なし」を重要な不正研究にしてしていない(研究クログレイである)。実は、米国の生物医学研究者の数割はチャンとした研究記録を取っていない(3割くらい? 出典不明)。そのために規定に盛り込めなかったのだろう。

理研の小保方さん(生物医学)の研究記録が非常にお粗末だったが、研究記録をチャンと取らない生物医学研究者は日本にも相当いる(半数以上いると白楽は推定している)。文系ではもっと多いだろう。研究記録をつける必要があることさえ知らなかった文系の研究者に、何人も遭遇した。

それで、日本と世界に提案である。

《記録なし》
同じ分野の他人が見てわかるように研究の実際の過程を記録し、それを保存する。保存は30年以上とするが、研究をリタイアあるいは死去した場合はこの限りではない。これを守らない場合、不正研究とみなす。

という規則を最初に設定すべきだ。

つまり、「不正研究(research misconduct)」は、《記録なし》を最初に加えた「記録なし」「ねつ造」「改ざん」「盗用」の4つとし、研究ネカトではなく、研究キネカトとすることを提案したい。

保存期間は30年以上と長いけど、10年以上に変えても良い。現実には、10年保存すれば、リタイアするまで保存するだろう。研究記録は電子情報を想定している。電子情報なら、保存に場所も経費もさほどかからない。一方、研究ネカトの発覚は10年前、20年前の研究についても起こっている。

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《備考》

  •  文部科学省:
    ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。
  • 米国政府:
    ただし、誠実な間違い意見の違いは不正研究には当たらない。
    Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.

問題点:
文部科学省の「故意によるものではない」の具体的証明はとても困難である。米国政府の「誠実な間違い」も具体的証明はとても困難なので、ここは同レベルだ。しかし、米国政府の「意見の違い」を文部科学省は考慮していない。「意見の違い」は明らかに「故意によるもの」なので、「意見の違い」は、日本では不正研究になってしまう。「意見の違い」を不正研究とするのはマズイでしょう。

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もちろんと言っては悪いけど、「盗用」でも、文部科学省の定義に重要な欠陥があるが、ここでは触れない。

日本は、米国の連邦政府規律(Federal Research Misconduct Policy)の定義を参考に翻訳 しているのに、どうしてこんな重要なミスをするのだろうか? これは、定義を作成した委員と官僚(と請け負ったシンクタンク)に、研究現場の研究規範に関するのセンスとその状況を理解する能力が不足しているとしか言いようがない。

定義は根幹だから、定義に欠陥があると、すべてに問題が生じる。もちろん、運用もおかしくなる。2014年2月改訂でも定義は改訂されなかったのには驚いた。白楽が指摘したことを勉強していないのだ。

【「ねつ造」と「改ざん」の区別は曖昧】

先に、研究規範(倫理)の研究・理解に関して、学者だけでなく一般社会でも研究規範(倫理)に対する理解が日本は貧困だと書いた。

このことと一致して、日本語の専門用語としての定着度が不安定である。まず、メディア記者が混乱している。不正研究に関心のある一般社会人も、いい加減に使用する人がいる。これは、【捏造】や【改竄】という小難しい漢字をいまだに使用している日本語事情が背景にあるのだろう。

実は、英語圏でも概念が曖昧である。
「ねつ造」は英語の専門用語でfabricationである。
「改ざん」は英語の専門用語でfalsificationである。

「ねつ造」の英語「fabrication」には、
【名-1】製作、製造、
【名-2】うそを作り出すこと、でっち上げ、
【名-3】うそ、作り事、
【名-4】模造、偽造
という意味がある。

だから、英語の「fabrication method」は「ねつ造方法」ではなく「製造方法」で、悪いことをする意味はない。

「fabrication」の一般的な類語は、distortion、exaggeration、fabrication、misstatement、untruthなどである。

「改ざん」の英語「falsification」はあまりポピュラーではない。一般的な類語は、deceit、falsehood、fiction、forgery、myth、untruthなどである。

さらに「偽造」の形容詞で類語を探すと、deceitful、dishonest、erroneous、false、fake、faulty、fictitious、fraudulent、improper、inaccurate、incorrect、misleading、untrue、untruthfulなどたくさんある。たくさんの言葉があるということは、人間社会の中でこのような行為がたくさんあったということなのだろう。そして、専門用語の定義が曖昧だと、一般的な意味と混用してしまう。

なお、英語版ウィキペディアに「ねつ造」の項目(Fabrication (science) )があるが「改ざん」の項目がない。そのことは、英語の専門用語が確立していないことを暗示している。

100歩譲って、それはいいとしても、英語版ウィキペディアの「ねつ造」には「改ざん」が含まれていて、区別ができていない(2014年9月11日閲覧)。何ということだ。英語圏でも「ねつ造」と「改ざん」の区別は自明ではなかったということだ。

実際は、「ねつ造」と「改ざん」の区別がハッキリできなくても、合わせて扱えば、さほど困らない。白楽も状況に応じて区別を曖昧なまま扱う。