2‐3‐1.学術誌1:出版規範委員会「COPE」

欧米の「盗用の定義」は、学術誌編集者の議論が優れている。ある意味、当然である。出版業界にとって「盗用」は致命的である。レストランでお客さんに提供した料理が偽装食品だったようなものだ。看板に偽りがあり、お客さんが払う料金に見合うサービスができていない。しっかり対処しないと、レストランの評判は落ち、お客さんは来なくなり、閉店に追い込まれる。

盗用論文を平然と掲載していたら、学術誌の評判が落ち、誰もそんな学術誌を読まなくなり、廃刊になる。廃刊になる前に、編集長(編集者)の評判は落ち、クビになる。だから、まともな編集長(編集者)は自分の仕事・責任として、「盗用」を深刻に受け止める。「盗用の定義」を定め、盗用を判定し、排除しなければならない。そして、可能なら、学術界から「盗用」を閉めだしたいと考えているに違いない。

それで、最初に、学術誌を取り上げる。

【文章の盗用基準】
★「1‐2‐2.盗用の定義と説明(日本)」で示したように、文部科学省(2006年8月8日)は「他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること」と「盗用」を定義し、「盗用」は「絶対に許されない」としている。日本の政府各府省は文部科学省の文言と同じである。独立行政法人や国立大学も基本的には同じである。

白楽は、これでは、「盗用の定義と説明」になっていないと、以前から指摘してきたが、対処されなかった。文部科学省は、2014年2月3日の「見直し・運用改善」でも、見直していない。どうしてなんだろう?

文部科学省の「盗用の定義」そのものがツッコミどころが多いのだが、全体と詳細は拙著・『科学研究者の事件と倫理』(2011)に譲る。

ここでは、ツッコミどころの1つ、「文章」(つまり、字の羅列、語群)の“流用”を取り上げよう。盗用の対象として最もポピュラーで、事件数も多く、証拠も明白なので、わかりやすいと大多数の人が思っているに違いない。

しかし、白楽は、「わかりやすい」とは思っていない。日本では誰も議論を深めないことに、コマっている。

★では、質問する。

「文章」を「どのように」「どこまで」“流用”すると盗用になるのか?

なお、簡単のため、ここでは、自己再発表(self-plagiarism)、つまり自分の出版物を自分で“流用”し、再発表に使用するケースは除く(別項で論じる)。

定量的に話を進めよう。他人の学術論文中(日本語、生命科学としよう)の10行(1行40字、20単語としよう。全部で、400字、200単語)の文章を、引用なしで、「どのように」「どこまで」“流用”し、自分の著作物として発表したら盗用なのだろうか?

簡単のため、“流用”先の自分の著作物の長さは、幅広く、20行・800字(半頁)~32万字(あるいは200頁)で、狭く限定しないとする。

以下は、盗用だろうか?

  1. 全部一字一句変えずに“流用”した。
  2. 英語で言うところの「paraphrase」(パラフレイズ、言い換え)はどの程度OKだろうか。「言い換え」程度は、専門的な「単語」の30%を別の単語に「言い換え」、合わせて助詞(てにおは)を読みやすく変えた。
  3. 専門的な「単語」の60%を別の単語に「言い換え」、合わせて助詞(てにおは)を読みやすく変えた。
  4. 専門的な「単語」の90%を別の単語に「言い換え」、合わせて助詞(てにおは)を読みやすく変えた。
  5. 専門的な「単語」の100%を別の単語に「言い換え」ているが、「伝えたい中身」(つまり、アイデアや主張)は全く同じだった。
  6. 上記「1~5」それぞれ、日本語を英語にして英文学術誌に発表した。
  7. 上記「1~6」では、10行の“流用”としたが、1行(40字、20単語)の“流用”でも同じ盗用基準だろうか?

現状の曖昧な規定・ガイドラインでも、多分、上記「1」は「盗用」と断定されるだろう。

文部科学省のガイドライン(2006年8月8日制定、2014年2月3日改定)に「故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない」とある。引用し忘れたと本人が主張したとき、盗用が故意かどうか、どう判断するのだろうか? 「根拠」とは、具体的にどういうことを指しているのだろう?

具体的に議論すると、上記「1」で、本人が「故意ではなく、間違えて、引用し忘れた」と主張した時、「盗用」と断定されるのだろうか? 「盗用」と断定するなら、どう「故意」だと判断するのだろうか?

なお、「1」にしても、“流用”した量が200頁の著作物の中のたった10行で半頁に満たない文章(全体の0.1%)でも盗用だろうか? 全体の中の割合ではなく、“流用”した量の問題だけだろうか? では、1行の“流用”(ケース7)ではどうだろう?

また、“流用”した10行は先行論文の「文献」部分だった。「文献」部分の10行を“流用”しても「盗用」だろうか? 「盗用」だと判断するなら1行の“流用”(ケース7)でも「盗用」だろうか? 「文献」部分はオリジナリティがほとんどない。そして、同じようなテーマの学術論文なら大半の文献は重複する。1行が同一であることは頻繁にある。「文献」部分は適用外でいいだろうか? 良いとしていいですね。

では、同様に、「方法」部分の10行の“流用”はどうだろう。同じような研究なら「方法」部分も大半は同じ内容になる。そして、オリジナリティはない。「方法」部分での10行の“流用”を「盗用」だと判断するなら、1行の“流用”(ケース7)でも「盗用」だろうか?

対象にしているのは生命科学の学術論文であって(一般的な学術論文全部でもよい)、文芸作品ではない。だから「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という1行の文章でも、単に事実を伝えるだけで、芸術的表現だとか、文芸的創造性などの芸術性は無縁とする。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という文章そのものを、「方法」として書くことはないが、仮に書いたとしよう。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」を、「国境の長いトンネルを通過すると雪国った」と「言い換え」てみた。これで、20字中16字、つまり80%“流用”している。「方法」中の文言はこれと似たり寄ったりだが、単に事実を伝えるだけも“流用”の割合が多ければ、盗用だろうか?

文部科学省をはじめ、日本の諸機関の「盗用の定義と説明」はこのような質問には答えてくれない。「盗用」の具体的(定量的)な定義と説明をしてくれない。それで、よく、「盗用」は「絶対に許されない」なんて言えるなあ、と感嘆する。

そもそも、どうやって「盗用」と判定するのだろう。「一字一句変えずに論文まるまる全部“流用”した」という大幅盗用なら盗用と判定できるが、量に関する線引きはどこでするのか? 「ここまで」なら盗用ではない、などの盗用の基準は誰がどういう根拠でどう判断するのだろう? 「盗用の定義」をどこかで制定し、どこかに公表しているのだろうか?

白楽の知るところ、日本では、「1‐2‐2.盗用の定義と説明(日本)」で示した以上のことを、制定も公表もしていない。さらにマズイことに、日本の現役の「研究規範」研究者はごくわずかだし、国は「研究規範」研究を支援してこなかった(白楽は何度か申請したが、研究費は支援されなかった)。当然、日本の「盗用」実体は不明だし、研究成果は少ないし、「盗用の定義と説明」のあり方に必要な議論がされていない。

【出版規範委員会「COPE」】
1997年、英国の少数の医学系学術誌が出版規範の問題を検討する出版規範委員会「COPE」(Committee on Publication Ethics) を立ち上げた。大発展し、17年後の現在、全学術分野の世界中の9,000以上の学術誌が会員になり、学術出版規範の議論を深めている(2014年5月21日閲覧)。設立経緯から英語圏の生命科学系が強い。日本分子生物学会の英文学術雑誌「Genes to Cells」も会員である。

COPEの「盗用の定義」を調べると、「盗用とは何か?」が単純ではないことがわかってくる。

白楽が知りたいのは「盗用の定義」である。

「COPE 議論論文 (COPE discussion paper)」として、エリザベス・ウェイジャー(Elizabeth Wager)の 「編集者は盗用をどう取り扱うべきか? (How should editors respond to plagiarism?)」(2011年4月26日)が「盗用」を議論している。

内容は深い。以下、かいつまんで“流用”する。

★文章の5つの要素で「盗用」深刻度を「軽微」「中程度」「重大」の3ランクに分類している(「1.量」は5ランク、「5.意図」は2ランク)。以下の左端は要素で、右は、「①軽微」 → 「②中程度」 → 「③重大」の「盗用」深刻度の3ランクである

1. 量:①数語 → 数センテンス → ②1段落 → 数段落 → ③論文全部
2. 独創性:①広範に使用されたフレーズ・アイデア → ②少数に使用されたフレーズ・アイデア → ③他人未使用のフレーズ・アイデア
3. 場所:①標準的な方法の記述→ ②他人の発見の記述 → ③データ・発見の記述
4. 引用:①十分な引用 → ②部分引用・不正確引用 → ③引用なし
5. 意図:①盗む意図なし → → ③盗む意図あり

1.量」のコメント・・・(1)他人の論文の「正確な要約」と「複製(つまり、盗用)」の間の線引きは難しい。また、(2)研究者は、文献を引用していれば、同じ語群を使用しても問題ないと思う。それに、(3)原著者が明確で簡潔に要約していれば、他の研究者がそれをパラフレーズ(言い換え)する意味はないという人と、“流用”するなら引用符をつけなければ「盗用」だという人がいる。

5.意図」のコメント・・・(1)ルールとしての「盗用」の判定は、「盗む意図」があったかどうかである。つまり、不正研究の「盗用」と不正研究ではない「不注意」「誠実な間違い」を区別することになっている。しかし、通常、「盗む意図」があったかどうかは、本人以外、わからない。だから、このルールは現実的には効力がない。

(2)論文全部を複製して別の論文として投稿するような極端な場合は、本人の証言がなくても、「盗む意図」があったと判定される。それは、まあ妥当だろう。

(3)では、それほど極端ではない場合はどうなるか? 編集長は、著者からの弁明を聞き、それをどうとらえるか、自分なりの判断が必要になる。

超一流大学の米国・スタンフォード大学医学部長が著名な教科書の一部を自分の著書に“流用”した。医学部長は、「文章をコピペしたとき、同時に出典を文献ノートに書いたのだが、出版する時に文献ノートを添付し忘れた」と弁明した。とはいえ、「学問上の重大な過失」(grossly negligent scholarship)ということで、医学部長を辞任した(Norman C. Melmon resigns Stanford chairmanship. Science. 1984;224:1324)。

(4)厄介なことは、「盗む意図」があったと認めた者でも、往々にして、「自分の国ではこの程度は許容範囲であって、盗用ではない。そういう規律(discipline)を教育されてきたし、そういう学術文化(culture)の中で研究してきた」と主張する。おまけに、「“流用”することは、ある意味、原著者への敬意の表明である。引用符をつけなくても、専門家はみんな“流用”部分の文章を読めば、誰が原著者かを知っている」と言う。

★上記のように、いろいろ考察した。しかし、出版規範委員会「COPE」は、ガイドラインとしての「盗用の定義」を作成できていない(2011年4月26日時点)。線引きが難しく、コンセンサスが得られない。それで、ガイドライン作成前の議論のための「仮の、1例として、こんなのどう」という叩き台の「盗用の定義」と言う前置きで、「盗用」を定量的に記述している。

まず、「盗用」を、明白な「大盗用(major plagiarism)」と微妙な「小盗用(minor plagiarism)」の2つに分けている。

「文章」に限定して議論をすすめよう。

大盗用(major plagiarism)

  • 同じ言語が別の言語かを問わず、1つの論文の全文を別の著者名で再投稿する。
  • 一字一句同じ文章を100単語以上、引用なしで、あるいは出典を明示しないで“流用”する。

小盗用(minor plagiarism)

  • 100単語未満のオリジナル文章を、引用符なしで、一字一句同じに“流用”する。この場合、出典記載のありなしは問わない。但し、広く使用されている標準的方法の記述は除く。
  • 100単語以上のオリジナル文章を、一字一句同じではないように少し変え “流用”する。この場合、出典の引用ありなしは問わない。

議論の叩き台ではあるが、かなり具体的で定量的である。こういう、議論に基づいて「盗用」を定義することが必要だ。しかし、現在(2014年5月21日)も、出版規範委員会COPEは、「盗用の定義」を完成できていない。ムズカシいんですね。

では、日本で、日本語を配慮しつつ国際的に通用する「盗用の定義と説明」を作り、世界で利用してもらいましょう。どうです、文部科学省とか、日本学術会議あたりでは・・・。