1‐2‐4.なぜいけないのか? 研究クログレイ


序論

研究倫理(規範)に違反してなぜいけないのか?

ヒトとしての道にハズれ、不道徳だから。

イヤイヤ、研究倫理の「倫理」は、英語の「モラル(moral)」の意味の「道徳」「善悪」「良心」ではない。研究倫理の「倫理」は、英語の「エシッス(ethics)」で、「エシッス(ethics)」は特定の組織の規範という意味だから、研究倫理は、研究という職業をこなすにあたっての考え方・規則・対処法だ。

そういう研究規範に違反すると、どういう「コマったこと」が生じるのだろう。「コマったこと」が生じるために「いけない」だが、このあたりをしっかり考えている人は、不思議なことに、とても少ない。

多くの人は、「当然、いけない」と決めつけ、正面から理由を考えない。「不正」だから「いけない」というおかしな記述も多い。日本人の好きな(統治者に都合の良い)、「規則は守らなくていはいけない」論理である。

実のところ、「なぜいけないのか?」をしっかり考えないために、「何がいけないか?」「何をどうすべきか?」の具体策が的ハズレになっている。

「なぜいけないのか?」「何がいけないか?」「何をどうすべきか?」は3点セットなのである。

★「どのくらいの悪影響があるのか?」の大枠を再掲する

  1. 悪い奴(個人・組織)ほど偉くなる、悪い奴ほど得をする
  2. 研究文書・発表の信頼性を下げる
  3. 研究者がお互いの信頼性を下げる
  4. 国・企業・国民が研究・研究者を信頼しなくなる
  5. カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる
  6. 社会や個人に有害となる
  7. 特定の国だけでなく、悪影響は世界全体が平均的にこうむる

以下、因果関係を追いながら、詰めていこう。

研究クログレイ行為のリストと判定

研究クログレイ行為(QRP,Questionable research practice)は統一的に決められていない。ここでは、以前の章の各機関・研究者のリストに、①「なぜいけないのか?」、②「どんな悪影響があるのか?」の《判定》を付記しよう。②の悪影響は上記7項目に限定する。

★米国科学アカデミー(NAS)の「研究クログレイ」の7項目。
《判定》 ①「なぜいけないのか?」、②「どんな悪影響があるのか?」

1.研究データを適正な期間保存しない
《判定》 ①「ねつ造・改ざん」をした(していない)の証拠として、研究データを適正な期間保存しなさいと機関が規則化している。これに違反するからいけない。通常は保存しているかどうかの検査はない。罰則なし。
②悪影響はない。

2.研究記録の不備。極端な場合、発表結果のベースとなるデータ・研究記録をつけていない
《判定》 ①研究記録は、本来、自分の研究を再現するため、研究発表(含・論文書き)の忘備録のため、共同研究者に研究作業を理解してもらうために記録する。これらは重要で、研究記録をつけることは、研究作業の基本スキルとされている。研究記録をつけた方がズット良いと思うが、データを「ねつ造・改ざん」をした(していない)の証拠として研究記録をつけるのは、本来目的ではない。やり方によっては、発表時に研究記録も「ねつ造・改ざん」できるので、重要な証拠にはなりにくい。
悪影響はない

3.論文の研究成果に重要な貢献をしていないのに、著者にする、または著者に加えることを要求する
《判定》 ① カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。社会や個人に有害となる。
②悪い奴(個人)ほど偉くなる、悪い奴ほど得をする。

4.発表論文の根拠となる研究資料・データへの同業研究者のアクセス・開示を、妥当な理由なしに拒否する
《判定》 ① 研究成果の検討がしにくくなるからいけない。
②研究文書・発表の信頼性を下げる。

5.研究成果を際立たせるために、不適切な統計処理や不適切な測定方法をする
《判定》 ①いけない理由は、「不適切」な程度による。「改ざん」でないなら、許容範囲だと思う。
②「改ざん」でないなら、悪影響はでない。。

6.部下の不適切な監督・指導・搾取
《判定》 ①いけない理由は、「不適切」な程度による。誰が不適切と判断するのか、という問題もある。
②カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。

7.発表した研究結果の正当性を判断できる、または、追試できる充分なデータを同業研究者に示さずに、憶測結果を、事実または準備中の研究成果としてマスメディアに発表する
《判定》 ① カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。社会や個人に有害となる。
②悪い奴(個人、組織)ほど偉くなる、悪い奴ほど得をする。

【結論】
米国科学アカデミー(NAS)は、研究クログレイ行為の基準がバラついている。「1」「2」「4」「5」は「ねつ造・改ざん」の補佐的規範である。「3」はオーサーシップ、「6」は研究環境、「7」は不当利益の問題だ。

★米国・ニコラス・ステネック(NH. Steneck)の3項目《判定》①「なぜいけないのか?」、②「どんな悪影響があるのか?」
140730 nsteneck[1]

1.発表不正
▲著者の順序を変える。▲未採択論文を印刷中論文にリストにいれる。▲出版していない論文を出版論文リストに入れる。
《判定》 ① カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。社会や個人に有害となる。
②悪い奴(個人)ほど偉くなる、悪い奴ほど得をする。+①と同じ。

2.不正確
▲ 文献引用の間違い。▲ 文章引用の間違い。
《判定》 ① 「改ざん・ねつ造」でなくても、不正確(間違い)は結果的に「改ざん・ねつ造」と同じ効果をもたらす。再現できないし、数値を信じると危険である。
②研究文書・発表の信頼性を下げる。カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。社会や個人に有害となる。

3.偏向(バイアス)
《判定》 ① 「改ざん・ねつ造」でなくても、偏向(バイアス)は結果的に「改ざん・ねつ造」と同じ効果をもたらす。
②研究文書・発表の信頼性を下げる。国・企業・国民が研究・研究者を信頼しなくなる。カネ、モノ、ヒトの無駄が生じる。社会や個人に有害となる。

【結論】
ニコラス・ステネックは、研究クログレイ行為を悪影響があるかどうかで判断していて、とても賛同できる。「2.不正確」、「3.偏向(バイアス)」はユニークだ。

一般的に研究規範ルールでは、「間違え」は不正ではないとされている。例えば、文部科学省の研究不正ガイドラインには、「故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない」とある。

ところが、ニコラス・ステネックは、「間違え」であろうがなかあろうが、「不正確」な記述や「偏向(バイアス)」した記述は、結果的に「改ざん・ねつ造」と同じで、再現できないし、数値は危険である。だから、「故意」であろうがなかろうが、いけません。100%同意できる。

例えば、「間違え」てなら医薬品の服薬量を100倍多く記載しても、「故意」ではないなら許されるのか? 運転を「間違え」て人を殺しても許されないのと同じで、研究者も研究内容を「間違え」て発表するのは「故意」であろうがなかろうが、許されない。事実を探究し発表する研究は特に、「間違え」を言いわけにできない。

★米国・デイビッド・レスニック(David Resnik)の29項目
140726  resnik_david[1]
29項目もあるので、1つ1つ 《判定》を付記するのはわずらわしい。どうしよう? 説明をやめて、②悪影響度を「大」「小」「ほぼなし」の3段階で示すだけにした。

  1. 編集者に告知しないで同じ論文を別の研究誌に出版する → 「小」
  2. 編集者に告知しないで同じ原稿を別の研究誌に投稿する → 「小」
  3. 共同開発者に通知しないで単独発明者として特許申請する → 「
  4. 論文に重要な貢献をしていないのに著者に加える → 「小」
  5. 査読中論文のマル秘データを同僚と議論する → 「小」
  6. 理由を述べずに「外れ測定値」を論文から除く 「ほぼなし」(改ざんではないとして)
  7. 自分の研究結果の重要性を高めるための不適切な統計手法の使用 「ほぼなし」(改ざんではないとして)
  8. ピアレビュを受けていないのに、そのことを知らせずに記者会見で研究成果を発表する → 「小」
  9. 他の研究者の先行研究での貢献を記載しないで解説する → 「小」
  10. 申請研究がその分野で大きな貢献をすると確信させるために研究費申請書に事実の拡大解釈を記載する 「ほぼなし」(改ざんではないとして)
  11. 職への応募書類または履歴書で事実の拡大解釈を記載する 「ほぼなし」(改ざんではないとして)
  12. どちらが早く達成するかチェックするために同じ研究プロジェクトを2人の大学院生に与える 「ほぼなし」
  13. 大学院生やポスドクの過重労働、無視、搾取 → 「小」
  14. 研究記録をチャント取らない 「ほぼなし」
  15. 研究データを適切な期間、保存しない 「ほぼなし」
  16. 論文査読で投稿者に軽蔑的なコメントや個人攻撃をする → 「小」
  17. 良い成績をつける約束で学生と性的な関係を持つ 「ほぼなし」
  18. 研究室で人種差別的形容語の使用 「ほぼなし」
  19. 当該委員会に無断で、所属研究機関の動物実験委員会、ヒト材料研究治験審査委員会が認定した手法と大幅に異なる手法を使用する 「大」
  20. ヒトを用いる研究で有害事象を報告しない 「大」
  21. 実験動物の虐待 → 「小」
  22. 所属研究機関の安全性指針に違反し学生やスタッフを生物学的危険にさらす 「大」
  23. 投稿論文を読まないで出版の不採択(リジェクト)をする → 「小」
  24. 他人の研究を妨害・破壊する → 「小」
  25. 消耗品、図書、データを盗む → 「小」
  26. どういう結果になるか知りつつ実験を不正操作する 「大」
  27. データ、論文、コンピュータプログラムを許可されていないのにコピーする → 「小」
  28. 自分の研究を支援する会社の株を1万ドル以上所有しているのにその事実を公開しない 「大」
  29. 経済的利益を得るために、新薬の臨床的重要性を意図的に過大評価する 「大」

「ほぼなし」としたのは、「して良い」という意味ではない。最初にあげた「どのくらいの悪影響があるのか?」の7項目で、悪影響は「ほぼない」という判定である。

【結論】
デイビッド・レスニックの29項目には、研究ネカトを明白に入れてはいないが、研究ネカトも少し入っているし、「モラル」的要素も入っている。「モラル」的要素が入ると、国・民族の宗教・文化への依存が高くなるので、国際的統一基準が作りにくい。

悪影響の度合にかかわらず、米国で生命科学研究を遂行する上で望ましくない行為のすべてを、研究クログレイ行為にリストしたようだ。研究「規範」に限定せずに、研究環境の「モラル」向上という意図なのだろう。

★米国・マーチンソン(BC Martinson)らの16項目
140726 dev_055864[1]
16項目もあるので、説明をやめて、②悪影響度を「大」「小」「ほぼなし」の3段階で示すだけにした。

  1. 改ざんまたはデータの“クッキング”
    「大」。研究クログレイ行為の中に「改ざん」がでてくるのはおかしいが、「改ざん」とあるので、悪影響度は大きい。
  2. ヒト材料実験の主要規制の無視
    「大」。無視した規制の中身に悪影響度は依存する。
  3. 自分の研究に基づいた製品の会社に関与していることを適切に開示しない
    → 「小」。開示しないだけの問題は「小」だが、開示しない理由は、「ねつ造・改ざん」「偏向」があるためだろう。そうなると悪影響度は「大」になる。
  4. 学生、研究対象者、患者と問題視される関係を持つ
    → 「小」。「問題視される関係」の中身だが、違法な関係なら影響度は「大」である。研究クログレイ行為の枠内で考えているので、違法でない関係を想定している。例えば、性的関係など私的なことなら問題は「小」である。ただ、その結果、「ねつ造・改ざん」「偏向」があると悪影響度は「大」になる。
  5. 許可やクレジットなしに他人のアイデアを使用する
    「大」。研究クログレイ行為の中に「盗用」がでてくるのはおかしいが、「盗用」なので、悪影響度は大きい。
  6. 自分の研究に関連した極秘情報を権限がないのに使用する
    「大」。研究クログレイ行為の中に「盗用」がでてくるのはおかしいが、「盗用」なので、悪影響度は大きい。
  7. 自分の過去の研究結果と矛盾したデータを発表しない
    → 「小」
  8. ヒト材料実験の細かい規制を守らない
    → 「小」
  9. 他の研究者が偽データや問題データを使用しているのを見て見ぬふりをする
    → 「小」
  10. 研究費助成源の圧力に応じて研究デザイン、方法、結果を変える
    「大」
  11. 同じデータや結果を2つ以上の論文に出版する
    → 「小」
  12. オーサーシップの不適切な割りあて
    → 「小」
  13. 論文や申請書に方法や結果の詳細を書かない
    → 「小」
  14. 不適切な研究デザイン
    → 「小」。ただし「不適切」な内容に依存する
  15. 勘で測定点を省く
    「ほぼなし」(改ざんではないとして)
  16. 不適切な研究記録
    「ほぼなし」

【結論】
マーチンソンの16項目は、もともと、研究ネカトと研究クログレイ行為を明確に区分していない。「研究に伴う不正行為」全体をリストしているのを、白楽が便宜上分けた。

★心理学:米国・レスリー・ジョン(Leslie K. John)らの9項目
《判定》①「なぜいけないのか?」、②「どんな悪影響があるのか?」

140726 Leslie K. John
心理学分野の「研究クログレイ」行為を、生命科学者の白楽が生命科学の立場で判定するとどうなるのか?

1.論文:研究の従属測定のすべてを記載しない
《判定》 ①「いけない」理由がない。②悪影響は「ない」

2.既に集めた結果が重要かどうかでさらにデータを集めるかどうかを決める
《判定》 ①「いけない」理由がない。②悪影響は「ない」

3.論文:研究条件のすべてを記載しない
《判定》 ①「いけない」理由がない。主要なことが記載されていればよい。②悪影響は「ない」

4.期待したデータが得られたので、最初に計画したデータ収集を途中でやめる
《判定》 ①「いけない」理由がない。②悪影響は「ない」

5.論文:p値の“端数切捨て”(例:0.54を0.5以下)をする
《判定》 ①「いけない」理由がない。②悪影響は「ない」

6.論文:“うまく働いた”研究だけを選んで記載する
《判定》 ①「いけない」理由はない。②悪影響は「ない」

7.結果へのインパクトを考慮してデータを除外するかどうか決める
《判定》 ①「いけない」理由はない。②悪影響は「ない」

8.論文:予想外の発見なのに、最初から予想していたと記載する
《判定》 ①「いけない」理由はない。②悪影響は「ない」

9.論文:実際は確かめていないのに人口統計学上の変数(例:性別)に影響されないと主張する
《判定》 ①「ねつ造」である。②悪影響は「大」研究文書・発表の信頼性を下げる。

【結論】
心理学分野の「研究に伴う望ましくない行為」は、生命科学分野とは大違いである。9行為のうち8項目は悪影響はない。悪影響がるのは1項目だけである。「研究に伴う望ましくない行為」は、学問分野によって異なるに違いない。

【白楽の感想】

《1》研究では悪影響「ほぼなし」なら自由にさせる

研究クログレイ行為は、悪影響の度合はいろいろだが、「ほぼなし」がかなりある。悪影響は「ほぼない」のに、研究者として「こうあるべき」という道徳観でリストされていると思える。管理者側が管理しやすいからだ。

では、研究機関が研究規範を設定する時、「こうあるべき」という行為も入れるべきなのだろうか?

悪影響が「ほぼなし」なら、研究者の裁量に任せるべきだ。規制が多いと、人間は委縮しがちである。研究という場では、「自由な雰囲気」と「異常と思えるヤル気」は必須である。できれば、破天荒な精神活動も許容したい。マンガやコスプレのように、かつて禁止されていたり、卑下されていた文化が、新しい価値観を生み出す。つまり、規格外の行動、病的な思考傾向・振る舞いが、新しい価値観を生み出すこともある。研究でも同じだ。

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