2‐2‐1.政府


「研究活動にかかわる不正行為について法令上の定義はない」(平田容章[1])。によって定義されていないので、各機関が「盗用」を定義している。また、によって禁じられていないので、各機関が指針を策定している。

【2005年が政府系「研究倫理(研究規範)」元年】
日本学術会議の活動が日本政府系の最初の動きだったと思う。2003年 – 2006年の学術会議会長・黒川清は内科医で米国の大学教授だったこともあり、日本の「研究規範」の取り組みに危機感を持っていた。当時、「研究規範」のことで、白楽に電話してきたこともある。

2005年、日本学術会議の「科学におけるミスコンダクト防止分科会」(委員長:御園生誠、工学者、応用化学)が「科学におけるミスコンダクトの現状と対策 科学コミュニティの自律に向けて」(2005年7月21日)をまとめた。

第3期科学技術基本計画(2006年3月閣議決定)は、「実験データの捏造等の研究者の倫理問題についても、科学技術の社会的信頼を獲得するために、国等は、ルールを作成し、科学技術を担う者がこうしたルールに則って活動していくよう促していくとした。

第3期科学技術基本計画の閣議決定前から内閣府主導で「競争的資金に関する関係府省連絡会」が活動し、2005年9月9日に「競争的資金の適正な執行に関する指針」(2005年9月9日制定。2006年、2007年、2009年、2012年改正)をまとめた。その中で、関係府省に「研究上の不正行為」への対応を指示している。

そして、内閣府・総合科学技術会議が「研究上の不正に関する適切な対応について」をまとめた(2006年2月28日)

総合科学技術会議としては、研究上の不正の問題に関する速やかな対応が必要であるとの認識から、研究に関わる者の自律を基本としつつ、日本学術会議をはじめとする研究者コミュニティ、関係府省、大学及び研究機関等が、それぞれの立場において、倫理指針や研究上の不正に関する規定を策定するなどの対応を行うよう求める

内閣府・総合科学技術会議が策定した「公的研究費の不正使用等の防止に関する取組について(共通的な指針)」(2006年8月)が一部細かく指示した。

これらの指針に基づき、関係府省が指針を作成していった。最初の指針は文部科学省が2006年8月8日にまとめた「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」である。その後、他省は、全く同じ(~大体同じ)文言の指針を策定した。

「盗用」の定義や指針が府省で異なる意味なないので、全く同じでよい。

このように振り返ると、2005年が日本の政府系「研究規範」元年で、2006年に指針がまとめられたことになる。

【文部科学省】
内閣府・総合科学技術会議の指示で、2006年、「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(2006年8月8日)をまとめた。
2013年11月から上記を見直し、2014年2月「公正な研究活動の推進に向けた「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」の見直し・運用改善について(審議のまとめ)」(2014年2月3日)を発表した。ただし、定義に関して変更はない。

本ガイドラインの対象とする研究活動は、文部科学省及び研究費を配分する文部科学省所管の独立行政法人の競争的資金を活用した研究活動であり、本ガイドラインの対象とする不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である。ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。

「盗用」は不正行為の1つで、「絶対に許されない」とした。

不正行為は、研究活動とその成果発表の本質に反するものであるという意味において、科学そのものに対する背信行為であり、また、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げるものであることから、研究費の多寡や出所の如何を問わず絶対に許されない。

そして、肝心の「盗用の定義」に至る。

他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。

【厚生労働省】
研究活動の不正行為への対応に関する指針について」(2007年4月19日制定)

前文は文部科学省の前文と少し異なる。

本指針の対象となる研究活動は、厚生労働省が所管する競争的資金並びに国立高度専門医療センターが所管する委託費及び助成金を活用した研究活動であり、本指針の対象となる不正行為は、論文作成及び結果報告におけるデータ、情報、調査結果等の捏造、改ざん及び盗用に限られる。なお、根拠が示されて故意によるものではないと明らかにされたものは不正行為には当たらない。

盗用の定義は文部科学省の定義と一字一句同じである。

他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。

 ●【他府省】
農林水産省:「農林水産省所管の研究資金に係る研究活動の不正行為への対応ガイドライン」(2006年12月15日制定、2013年1月31日改正)

経済産業省:「研究活動の不正行為への対応に関する指針」(2007年12月26日制定、2013年1月22日改正)

両省とも、盗用の定義は文部科学省の定義と一字一句同じである。

他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。

つまり、全府省、盗用の定義は一字一句同じである。

【日本学術会議】
日本学術会議ウェブ最上段に「日本学術会議は、わが国の人文・社会科学、自然科学全分野の科学者の意見をまとめ、国内外に対して発信する日本の代表機関です」とある。

本来、米国の科学アカデミー(National Academy of Sciences、NAS)の日本版なのだが、残念ながら、活動は見劣りする。政府が冷遇してきたからだという噂である。とは言え、2005年7月21日の日本学術会議の「科学におけるミスコンダクトの現状と対策 科学コミュニティの自律に向けて」が日本の政府系の研究者倫理の先頭だった。

そして、その後も「声明」などで、研究不正をしないように忠告している。

しかし、中心的な「声明文」の日本学術会議「声明 科学者の行動規範」(2006年10月3日) とその改訂版「声明 科学者の行動規範-改定版-」(2013年1月15日改定) のどちらにも、「盗用」の定義を記述していない。単に、「盗用などの不正行為を為さず、また加担しない」とあるだけだ。

さらに、日本学術会議「提言 研究活動における不正の防止策と事後措置-科学の健全性の向上のために―」(2013年12月26日) にも「盗用」の定義を記述していない。

「盗用」は「どういう行為を指すのか」を定義する必要がないほど明白と考えているのだろうか? 白楽には、不思議に思えてならない。全府省、盗用の定義は一字一句同じだから、再掲しなくて良いと考えたのだろうか。

【白楽の視点】

 【政府は「モラル(moral)」から脱却できない】
白楽は、研究倫理(研究規範)の「1‐1‐1.全体像」で述べたように、研究倫理の「倫理」は「モラル(moral)」ではなく「エシッス(ethics)」であると説明している。しかし、政府委員・官僚にはその概念が浸透しておらず、研究者の不正行為を「モラル」「道徳」で色づけしている。

例えば、内閣府総合科学技術会議の「公的研究費の不正使用等の防止に関する取組について(共通的な指針)」(2006年8月)では、「研究者のモラルの向上を求めるとともに」という文言が堂々と使用されている。

この基本姿勢が、研究倫理問題の解決策のアチコチに影を落としている。例えば、システムの欠陥を改善するよりも、個人の人間性・道徳を向上させようとする傾向を強めてしまう。

【定義の未熟さ】
白楽は、文部科学省の盗用の定義はおかしいと、指摘してきた[2]。政府のすべての府省は文部科学省の定義と同じだから、政府全体の「盗用」の定義がおかしいことになる。しかし、2014年2月3日の文部科学省の「見直し・運用改善」でも改正されなかった。

定義の未熟さのために、「盗用」の現実の線引きは曖昧で、妥当性の判断・判定は揺れ、「盗用」と断定するのが至難になる。拙著[2]に詳述したが、1例だけあげると、「文章をどれだけ使用したら盗用なのか? 具体的数値が示されていない」。

一部、ウィキペディアの指摘を以下に引用する。

文部科学省の盗用の対象は、「アイディア」、「分析・解析方法」、「データ」、「研究結果」、「論文」、「用語」だが、米国の文言を直訳して使用している。とても分かりにくい。例えば、「論文」の盗用を定義に入れたら整合性や具体性に欠く。「論文」のなかの「アイディア」、「データ」などを盗用することではないのか? また、「用語」の盗用とはいったいどういう行為だろう。「用語」ではなく「文章」または「語群」ではないのだろうか?・・・・・・「盗用 – Wikipedia

【文献】

  1. 平田容章:「研究活動にかかわる不正行為」、立法と調査、10 No.261、112-121(2006)
  2. 白楽ロックビル(2011):『科学研究者の事件と倫理』、講談社、東京: ISBN 9784061531413

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