1‐4‐1.研究規範を扱う人たち


【仕事で研究規範を扱う人たち】

研究規範に対処する組織・個人として、政府機関から私的告発サイトまでを概観しよう。主な組織・個人は後で項目を立てて詳述する。

これらの組織・個人の対象者は、
①基本的には、現役の学術研究者である大学教員、研究員である。
②一部の国では、現役の政治家・官僚・有名人が、かつて大学で取得した博士論文・上級博士論文、出版した著書を問題視されている。
③学部生・大学院生の教育に伴う規範は、各大学が対処している。

政府機関として、米国では米国・研究公正局ORI)が専門に対処している。日本にも類似の政府機関を作るべきだと思うが、日本にはない。

日本の研究助成機関である日本学術振興会には研究倫理推進室、科学技術振興機構には研究倫理室がある。また、独立行政法人(旧・国立研究所)の理化学研究所には本部に監査・コンプライアンス室がある。とはいえ、多くの研究助成機関や研究所では、専門に対処する常設部署はない。

大学では、早稲田大学に研究倫理オフィスがある。専門の常設部署を持つ大学は、日本では、多分、早稲田大学だけである。その他の大学は、事務局員が業務の一部として対処している。大学は、所属教員・研究者だけでなく、所属の学部生・大学院生の研究規範にも対処している。

上記はいわばオーソライズされた組織であり、しかるべき権限が認められ、職員は仕事として、報酬を得て行なっている。

上記とは少し性格が異なるが、大学教員や研究所研究員のごく少数は、研究規範を自分の研究テーマとし、教育・研究している。この場合、業務の一環であり、報酬を得、研究費の支援を受けて、研究規範の研究・教育をしている。ただし、これらの場合、研究規範に疑義のある人の調査・処分に関して、なんら特別の権限はない。単に、教育・研究しているだけである。

研究規範を自分の研究テーマとしている米国の大学教員を数人あげるのは容易だ。

米国・ヴァージニア工科大学・教授のハロルド・”スキップ”・ガーナ― (Harold “Skip” Garner)(ゲノム生物情報学者)。盗用論文「データベース:デジャヴュ(Deja vu)」を作成した。米国政府から研究費の支援を受けて行なった。

米国・ミシガン大学名誉教授のステネック(Nicholas H. Steneck)(研究規範学者)。研究規範ではパイオニアであり重鎮である。

米国・テキサス大学教授のグリンネル(Frederick Grinnell)(細胞生物学者)。生命科学の研究者、バイオ政治学者。

ミゲル・ローチ(Miguel Roig)(1956年生まれ、米国・セント・ジョーンズ大学 、心理学教授)は「盗用」問題の専門家。

一方、日本で専門的に研究・出版活動してきた大学教員は、2人しかいない。

不肖・白楽(理学部生物学科、細胞生物学者、生化学者、バイオ政治学者)と愛知淑徳大学・人間情報学部・教授の山崎茂明(1947年生まれ、科学情報メディア学者)の2人である。2人とも研究規範の分野で10年以上、研究、出版、講演してきた。

なお、最近、埼玉学園大学・兼任講師の菊地重秋(56歳)も研究を行なっている。科学技術振興機構の研究倫理・監査室の松澤孝明も2013年・2014年に優れた論文を書いている。

ただ、日本は後継者がいない。不肖・白楽は定年退職したし、山崎茂明教授も60代後半である。生命科学領域で事件が起こるケースが多いので、生命科学の素養があり、研究規範を教育・研究・発言していく大学教員が、これからの日本に本当に、切実に、必要である。しかし、30代・40代で研究規範を専門にする日本の大学教員はいない。このような人材を育てる環境と組織が日本にはない。

「研究規範に対処する組織・個人」全体像に戻す。

学術誌の出版社で研究規範を担当している人は、仕事として、報酬を得て行なっている。日本の出版社には、このような人はほぼいないが、欧米の出版社にはいる。

研究規範の法的問題を扱う弁護士も、仕事で研究規範を担当している。例えば、「研究論文を他人に盗用され雑誌に掲載された!」を書いている京都第一法律事務所の飯田昭・弁護士がそうだろう。また、理化学研究所の「研究論文の疑義に関する調査委員会」委員の渡部惇弁護士 (渡部法律事務所) 、理化学研究所の「研究不正再発防止のための改革委員会」委員の竹岡八重子弁護士(光和総合法律事務所) がそうだろう。

ここまでは、金銭的報酬を得る仕事として活動している人たちである。

【半分仕事で研究規範を扱う人たち】

外国も日本も、学術団体(学会)に研究規範を担当する委員がいる。営利団体ではないが、経費の実費は支払われるので、半分仕事で研究規範を扱っている。

1997年、英国の少数の医学系学術誌が出版規範の問題を検討する学術出版規範委員会「COPE」(Committee on Publication Ethics)を立ち上げた。大発展し、17年後の現在、全学術分野の世界中の9,000以上の学術誌が会員になり、学術出版規範の議論を深めている(2014年6月13日閲覧)。この団体は慈善団体だが、委員の旅費や活動費は支払われている。

2006年、英国に非政府機関の英国研究公正室UKRIO  http://www.ukrio.org/)が設立された。この団体も慈善団体だが、英国全土の大学・研究機関に研究公正性の助力をし、規範教育、手引きの配布をしている。

【仕事ではないのに研究規範を扱う人たち】

一方、なにも権限はなく、報酬もなく、研究規範活動している人たちがいる。上記のような立場とは異なり、個人や団体が、有志・慈善で、より良い「研究のあり方」を模索・調査・研究し、ウェブで活動・発表している。

現在の白楽は、成り行き、現役時代のアフターケア、社会的責任という気持ちで活動・発表しているが、他人から見れば、この部類に属している。

この場合、経費は自費か寄付である。

★研究規範関連サイト(告発サイトは別記)

欧米では、出版された論文に感想などを述べる活動の総称である「出版後論文議論(post publication peer-review)」がここ数年活発である。出版された論文に対して議論・感想・質問などを述べる活動である。

英語サイトの「パブピア(PubPeer)」は、そのような活動をするサイトの1つだが、論文に対する議論が「不正研究」「研究疑念行為」の指摘につながり、小保方晴子さんのSTAP論文の疑惑を最初に指摘した。

  • ドイツ 「コピー・シェーク・ペースト(Copy, Shake, and Paste)」。運営者:デボラ・ウェーバー‐ウルフ(Debora Weber-Wulff、1957年生まれ、女性、HTWベルリン大学・教授、専門:メディアとコンピュータ)。盗用が中心。後述する。
  • 米国 「リトラクション・ウオッチ(論文撤回監視、Retraction Watch)」。運営者:イヴァン・オランスキー(Ivan Oransky、ロイター・ヘルス編集主幹) とアダム・マーカス(Adam Marcus、医学誌の編集長)。論文撤回と関連問題。匿名投稿可。後述する。
  • 英語国 「パブピア(英語:PubPeer)」。運営者:匿名(若手科学者)。匿名投稿可。後述する。

★告発サイト

「盗用」の告発で外国の有名な団体は、ドイツの「ヴロニプラーク・ウィキ(独語:VroniPlag Wiki)」とロシアの「ディザーネット(露語:Dissernet)」である。彼らは、顕名(ほぼ顕名)で活動している。

日本のサイトは、研究規範全体に対して違反者・疑念者を、「匿名」で告発している。活動行為とその方法に対して、賛否両論がある。新聞記事を引用する。

山中伸弥教授会見 論文検証サイトの功罪」(2014.4.28 MSN産経ニュース)(記事のリンクが切れたら → ココ

日本語による匿名の不正疑惑告発ブログ。論文の画像を中心に著名な大学の疑惑を取り上げ、降圧剤「ディオバン」の臨床研究データ改竄(かいざん)事件も追及してきた。ネットでは有名なサイトだ。
こうしたサイトは不正摘発に貢献してきた面がある一方で、指摘内容の妥当性や根拠が不十分だったり、匿名での運用に伴う問題点などが指摘されている。
ネットに詳しい神戸大の森井昌克教授(情報通信工学)は「重箱の隅をつつくような間違い探しは意味がない。山中氏以外の他の著名な研究者も、ありもしない疑義をかけられるかもしれない。本質以外で騒がれることは科学界にとってマイナスだ」と指摘する。
広島大の難波紘二名誉教授(血液病理学)は「ネットでの疑惑検証には功罪がある。情報の信用度を確かめる手段がなく、破壊的な方向に議論が進む恐れがある。山中氏が早期に会見したのは妥当だ」と話す。

日本の告発サイト

外国の告発サイト

【白楽の感想】

《1》 無関心という問題

日本の研究規範(研究倫理)の体制上の問題は、米国のような研究公正局が日本にないことが大きい。さらに言うと、日本に研究公正局を作る機運がなかった状況はもっと深刻である。米国と同じように(多分もっと多く)研究規範に違反する事件は起こっているのだが、学術界、政治家・官僚、メディア、国民は無関心だった。それで、欧米に比べ対処組織は全体的にはとても貧弱である。白楽がいくら指摘しても、それを、問題とも感じていない。

《2》 学者、実務者の過少

研究規範を扱う人たち(学者、実務者)の集団・学会が日本にないのも問題である。そのために、情報収集・考え方・スキルを高めることがしにくい。一方、欧米では、研究公正局が研修会・研究会を開催している。学術出版規範委員会「COPE」(Committee on Publication Ethics) がある。国際組織「ICAI」(International Center for Academic Integrity)があり、国際公正盗用学会(International Integrity & Plagiarism Conference)もある。欧米では顕名で活動し議論しやすい。研究規範の知識・考え方・スキルの財産は、社会で共有でき、引き継ぐことが可能である。

一方、匿名で活動すると、情報収集・考え方・スキルを高めることがしにくく、その財産を社会で共有することも、引き継ぐことも困難である。