ステネック(Nicholas H. Steneck)の研究公正の古典的論文:2006年1月


【ワンポイント】:「研究ネカト」・「研究クログレイ」のステネック(Nicholas H. Steneck)の基本概念

【注意】:「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介ですし、白楽の色に染め直してあります。

【概要】

この論文は、2005年6月3日~4日にポーランドのワルシャワで開催された第6回国際生命倫理学会の「基礎・臨床医学研究での責任ある研究行為(The Responsible Conduct of Basic and Clinical Research)」会議で講演した内容である。

【書誌情報】

★著者

nsteneck

  • 第一著者:ニコラス・ステネック(Nicholas H. Steneck
  • 国:米国
  • 学歴:
  • 分野:研究倫理学
  • 所属・地位・経歴:ミシガン大学(University of Michigan)・歴史学科の名誉教授で、専門は研究倫理学である。1980年中頃から研究倫理を研究し、1991~1993年にアメリカ健康福祉省の研究倫理委員会の座長をつとめ、2004年に著書『ORI Introduction to the Responsible Conduct of Research』を上梓している。アメリカ健康福祉省の研究公正局ORI(Office of Research Integrity)のコンサルタントもしている。

【イントロダクション】

研究者は「責任ある研究」を遂行すべきだが、 残念ながら、一部の研究者はできていない。過去25年間、科学政策者および「研究規範」研究者は、科学研究者の研究行為を調査・研究し、次の3つに分類した。

1) 「研究ネカト=ねつ造、改ざん、盗用」(FFP)
fabrication, falsification, and plagiarism
2) 「研究クログレイ=不審な研究行為」(QRP)
questionable research practices
3) 「責任ある研究遂行」(RCR)
responsible conduct of research
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  • FFP=「研究ネカト」は、してはいけない行為。
  • QRP=「研究クログレイ」は、「研究ネカト」と「責任ある研究遂行」(RCR)の中間の行為。
  • RCR=「責任ある研究遂行」は、研究機関及び科学研究者個人のまっとうな行動規範。

一般に、研究ネカトはマレであるが深刻な不正なので政府が対応する。「研究クログレイ」は深刻な不正ではないのでは政府が対応する必要がない。そして、大多数の科学研究は「責任ある研究遂行=RCR)」をしている、と考えられている。

1980年代~1990年代初頭、アメリカの科学研究者と政府は、研究不正に初めて対峙した。その時点では、科学研究者の研究行動については少ししか知見がなかった。ただ、非公式に調査すると、研究不正はかなり一般的かもしれないとか、発覚した不正は氷山の一角かもしれないなど、研究不正は広範だという見方もされた。

一方、科学研究者自身は、ピアレビュー(同僚評価)があるし自己管理をしているので、研究不正は広範ではないと反論した。

例えば、楽観的な意見として、「サイエンス」編集長のダニエル・コシュランド(Daniel Koshland)の意見がある。コシュランドは、カリフォルニア大学・バークレー校・分子細胞生物学科教授(専門は酵素生化学)で、編集長在任は1985年~1994年の10年間だった。

コシュランドは次のように述べている。[Koshland, D. E. J. (1987). Fraud in science. Science 235: 141]。

データを集めにくい先端分野の科学研究でさえ、論文内容の99.9999%は正確で真実だ。研究不正が僅かにあるからといっても、優れた科学成果を生み出す現在のシステムの基本を変える必要は何もない。

現在、その後の25年間の「研究規範」研究で、少しずつだが重要な知見が得られてきた。

「科学研究者の行動についての研究」は科学的に行われ、実際の行為だけではなく、研究者の動機や姿勢に関する問題にまで視点が拡大されている。その多くは、研究発表の内容、要旨、文献引用、統計処理が正確かどうかを分析している。その結果、コシュランドのような楽観的な意見は間違っていたこと、研究行為のコントルール方法を変える必要があることがわかってきた。

【結果1.基本用語とその定義(Basic terms and definition)】

連邦政府と多くの研究機関に「責任ある研究行動(RCR)」基準がある。これらは政策者が決める基準だが、科学研究者は政策者とは異なる用語を使っている。

通常、ひっくるめて「研究倫理」という用語で議論し、研究を倫理的に行なうべきだということは一致している。ただ、研究倫理とその関連語が定義されずに使用されていることが多く、共通の定義がないと、研究行為の評価、対応、改善に必要なフレームワークが確立しにくい。

科学研究は科学者という専門職の活動で、科学者は研究を遂行するために特別に訓練されている。研究を遂行する専門職人だから、彼らの雇用者(大学、企業、または研究所)と政府の指針、方針、規則、さらには、専門職の価値基準、コード、指針に合致する方法で仕事をすると期待されている。これらが「責任ある研究行動(RCR)」の定義の元だ。

「責任ある研究行動(RCR)」は、科学研究者が研究上の責任を達成するためのものだから、基本的には、科学者コニュニティや研究機関が定義する。副次的には、関連する政府機関や市民組織も定義する。

まず「研究公正(research integrity)」という用語からいこう。

「研究公正(research integrity)」は研究行為の特性の1つで、研究行為の評価でもある。「integrity=公正」は「wholeness やcompleteness=全体や完全性」の意味をもつラテン語「integrita」に由来している。研究に適用したとき、「全体や完全性」の「道徳的信条」を持つ研究行為となる。つまり、「真実およびフェアーさに関して高潔、正直、誠実で、破綻のない美徳」を持つ研究行為である。

「公正」が研究者の行動と直結するときは、「高い道徳的信条と専門職規範を所有する人」と定義することができる。

ただ、「公正」を道徳的信条および専門職規範の両方同時に定義することには問題が多い。道徳的信条と専門職規範には異なった役割があるからだ。研究機関の要求や専門職規範では「綴じたノートに日付と署名を書き、データを正確に記録し、報告する」ことが「真実である」責任を果たすことだが、人々が日常生活する時の道徳が示す「真実である」こととは異なる。

道徳的信条にはその理由や倫理がある。異なる道徳的信条がある場合、道徳的信条そのものが議論の対象になる。もちろん、道徳的信条は、「研究者がすべき行為の問題を提示」することになるのだが、専門職規範は、多かれ少なかれ、「研究者がすべき行為の明確なガイダンス」になるのだ。

科学研究では、道徳的信条と専門職規範は異なった役割のため、研究行為を2つのサブフィールド、「道徳的信条」と「専門職規範」に分ける。
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  • 「道徳的信条」は「研究倫理 (research ethics:RE)」で、研究遂行中に生じる道徳的問題の研究と定義する。
  • 「専門職規範」は「研究公正(research integrity:RI)」で、専門職規範の所有と順守であると定義する。

2001年、研究公正局 ORI は、医学委員会(Institute of Medicine (IOM) Committee) に研究不正問題を諮問した。医学委員会 (IOM)は、倫理的な(道徳的な)見通しから、「公正は、規則を厳密に順守(adherence)することでは得られない。科学研究をするときに正直、正確、公正であろうとする気質(disposition)によるのだ」と結論した。

この結論を採用し、そこで提唱した「順守(adherence)」よりも「気質(disposition)」を測定しようとしたため、実りのない結果になり、「研究環境の公正性を評価する確立された方法がない」と結論するはめになった。しかし、上記のように「責任ある研究行動(RCR)」を2つのサブフィールドに分ければ、医学委員会 (IOM)が陥った落とし穴を避けることができる。

【結果2.無責任研究行為の発生頻度.(Levels of occurrence of irresponsible behavior in research)】

初期は、無責任研究行為の頻度は過小にも過大にも見積もられた。

過小見積りは、研究者数に比べ、研究不正の事件数がとても少ないために生じた。米国科学庁(NSF)と健康省(HHS)の2機関の合計で、研究不正の頻度は年間20~30件である。ところが、米国には約250万人の科学研究者がいる。だから、発生率は0.001%、つまり100,000人の科学研究者当たり1人以下である。

但し、1989年にグリック(Glick) が指摘したように、報告された事件数は、実際の数を反映していない。さらに、多くの科学研究者は、研究不正を報告しない[Glick, J. L. (1989). On the potential cost effectiveness of scientific audits. Accountability in Research 1 (1): 77-83]。

従って、研究不正が「マレ」という証拠はない。

また一方、過大見積りがあるが、過大見積りは、アンケートの杜撰さによる。同じ1つの事件を複数の科学研究者が複数回報告した。また、何が無責任研究かという理解が不十分なままアンケート調査をしたため、本来は無責任研究の範疇に入らないケースもカウントした。何人かの「研究規範」研究者はこれらの問題点を指摘している。

1993年にスウェイジー(Swaze)らは、「特定の学科の教員や大学院生の何パーセントが研究不正を行ったかは推定できない」と述べている[Swazey, J. P., Anderson, M. S., et al. (1993). Ethical problems in academic research. American Scientist 81 (November/December): 542-53]。

「氷山の一角」も「マレ」もどれも算定の根拠がうすい。

2a. 深刻な研究不正(Serious misconduct)

初期のアンケートは欠陥があったが、他の証拠と合わせると、研究不正は、一部論争される程には「マレ」ではないと思えた。優良大学でさえ、大学院生の50%以上が研究不正をしていたことはよく知られていたからだ。

1992年のKalichmanの論文では、大学院生・ポスドクは次のように答えた。

  • 36%は、ある種の研究不正を見た。
  • 15%は、グラントの獲得、論文出版に役立つなら、データねつ造や改ざんをする。

同じような数値は、1998年にBrownも報告し、2001年にGeggie も報告した。Geggieの報告では、科学研究者の5.7%が研究不正をしたことがあると認めた。

最近の5年間の多くの証拠が示すところ、深刻な研究不正の発生頻度は1%である。

1つ目の研究。

臨床生物統計学国際学会の会員の422人の回答を分析した [Ranstam, J., Buyse, M., et al. (2000). Fraud in medical research: an international survey of biostatisticians. ISCB Subcommittee on Fraud. Controlled Clinical Trials 21 (5): 415-27]。 ?

  • 51%の会員は、過去10年に少なくとも1回、重大な研究不正を身近で見たという。
  • 31%の会員は、研究不正が起こるか、または起こりそうな研究プロジェクトに従事した。
  • 13%の会員は、研究不正を依頼された。

2つ目の研究。

過去10年間の薬剤臨床試験の論文の著者330人にアンケート調査した結果、同じような研究不正の発生頻度が得られた[Gardner, W., Lidz, C. W., et al. (2005). Authors’ reports about research integrity problems in clinical trials. Contemporary Clinical Trials 26 (2): 244-51 ]。

  • 2人の著者(0.6%)は、標的薬品について研究不正をした。
  • 15人の著者(2.7%)は、「ねつ造、または改ざんデータ」、「容認されない方法でデータ削除」、「意図が当てにならない、紛らわしい記述」、「データが当てにならない、紛らわしい記述」、および「間違って結果を導く記述」をした。

3つ目の研究。

細胞生物学の著名ジャーナル(The Journal of Cell Biology)への投稿論文800のうち8論文(1%)が不適当に操作されたデジタル画像を含んでいた [Rossner, M. (2004). Digital images and the journal editor. 2004 ORI Research Conference on Research Integrity, San Diego, CA, November 12-14.]。

マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文でも、NIH助成科学研究での研究不正の発生頻度は1%という数値がでている [Martinson, B. C., Anderson, M. S., et al. (2005). Scientists behaving badly. Nature 435 (7043):737-8]。

マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文は、以前の「研究規範」論文と2点異なる。

  • 数値が、研究者本人の行為でしかも比較的短期間、つまり過去3年間。
  • 科学研究者自身が問題視している研究行為を対象に選んだ。

マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文で約3,300人の科学研究者が回答し、 ?

  • 0.5%は、データ改ざんまたは加工した。
  • 1%は、許可を得ないで、または引用せずに、他人のアイデアを使用した。
  • 5.3%は、以前の自分のデータに矛盾するデータを隠した。
  • 12.8%は、他人の不正データや問題のある解釈を黙認した。

この場合の自己申告では、数字を多く答える意図も動機もないから、インフレの数値ではないだろう。

マーチンソン(Martinson)らが報告した研究行為の多くは、連邦政府が定義する狭義の研究不正(研究ネカトのこと)ではないが、研究者自身が問題視する研究行為は以前考えていた数よりも多いことが分かった。

2b. 研究クログレイ(Questionable Research Practices (QRP)

1992年のナショナルアカデミーの委員会レポートでは、「研究クログレイ(QRP)」を「研究者コミュニティの従来の価値に違反する研究行為。あるいは、研究プロセスにとって有害な行為と定義した」。「研究クログレイ(QRP)」は「研究公正を直接損なわない」ので、研究ネカトより深刻さは少ないとされた。

予想されるように、マーチンソン(Martinson)らのNIH助成科学研究で、「研究クログレイ」は研究ネカトより高い頻度で発生した。 ?

  • 4.7%は、2つ以上の出版物に同じデータや結果を発表した。
  • 10.0%は、著者を不適当に割り当てた。
  • 27.5%は、研究記録の保存が不適切だった。

★「研究クログレイ」 1.発表不正(Misrepresentation)

科学研究者は、正直にそして正確に彼らの研究成果を出版すべきだが、調査の結果、かなりの数の科学研究者はそうしていない。奨学金申請書の業績リストをチェックすると、10人の医学生に付き平均1人以上、次のような方法で、自分の役割を過大に記載している。

  • 著者の順序を変える。
  • 未採択論文を印刷中論文にリストする。
  • 出版してもいない偽の出版論文を書く。

同じような不正率は大学教員の業績リストでも見られるという報告がある。

一般に受け入れられている医学ジャーナル編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors)の「生物医学ジャーナル原稿の統一基準(Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals)」で判断すると、かなりの研究者は、論文著者の記載が不適切である。

  • 9%~60%は、名誉著者がいる…研究に十分に寄与しないが地位が高いので著者になる。
  • 9%~11%は、ゴースト著者がいる…研究に参加したのに著者にならない。

研究者は、同じ内容だということを読者に知らせずに複数回発表する重複出版もする。頻度は、研究分野と重複出版の規準にもよるが、数パーセントから20%以上といわれている。

いわゆるサラミ出版(論文数を増やすために、1つの実験結果をいくつかに分けて出版する)は、多分もっと頻繁に行われているが、まだ調査されていない。

★「研究クログレイ」 2.不正確(Inaccuracy)

研究不正では、一般に「正直な間違い」と「不注意な間違い」は不正ではないとして除外している。しかし、科学研究に間違いは珍しくないし、間違いは重大な悪影響がある。時として、本当に潔白(つまり意図的ではない)かどうかも疑わしい。

研究費を確実に得る圧力や、論文出版する圧力が強い場合、科学研究者は、間違える。 通常、

  • 引用文献の間違い(citational errors)は、30%~50%またはそれ以上である。
  • 引用文章の間違い(quotational errors)は、10%~30%である。

引用文献の間違いは単に時間の無駄だ。引用文章の間違いは間違った結論をもたらす場合があるので、より深刻だ。

例えば、エイズ臨床試験の論文に、「一般開業医(プライマリ・ケアの医師)に診察してもらうことで死亡率が低下する」と記述してあったが、引用した元の文献には、「専門医に診察してもらうことで死亡率が低下する」とあった。

科学研究者が引用する論文の信頼度を確認し損うと、事態はさらに悪化する。例えば、論文が撤回されたあとでも、撤回論文に記載された間違った内容が引用されつづける。

また、他人の研究内容を自分の論文の「序論」「方法」「考察」に記述するときにも誤りが生じる。かなりの数の研究者は、他人の研究の発見や結論を不適切または不十分に要約する。

研究者はまた、他の研究者が追試や評価できるような「方法」の記述をしないことがある。無作為に抽出した「放射線治療」の56論文で、記述された方法と実際の方法を比較すると、ほとんどの論文(75%以上)では適正だったが、20%は不適切だった。

いくつかの論文では適切な統計処理ができていない。不正確さは不注意または単に訓練不足のためということもある。

★「研究クログレイ」 3.バイアス(Bias)

研究結果には客観性が重要である。実験に基づいたデータを解析するとき、個人的で主観的な観点を切り離すべきだ。 これがどの程度可能か、または好ましいかは、議論のあるテーマだが、それにもかかわらず、ある種のバイアス、特に金銭的理由に基づくバイアスは不適当である。

今日では、少なくとも公表すべき、または完全に避けるべきだということが、広く認められている。

研究のいかなる過程でも、科学あるいは学術以外の理由で何らかの決定や発表をすることがバイアスである。

バイアスは、論文出版、出身国、所属機関、研究方向、著者対読者にある。また研究企画、データの解釈、データの提示方法にもある。

バイアスの頻度はわからない。ではどうやって測定するかというと、適切な統計分析で「統計的に重大な差異」があれば、バイアスだと認識される。

「研究規範」研究者は、科学研究の研究費が複雑になり、企業のお金が科学研究に流れ、お金が大きな力を持ち始めていることに注目している。

最近の「研究規範」論文は、科学研究論文の内容と資金の出所に重要な相関関係があると指摘している。簡単にいえば、資金を得ている会社の医薬品や治療法に都合のいい報告をしている。オッズ比は大体2.5~4.0である。このバイアスは、一般的には、金銭的利害関係(financial conflicts of interest)の違反である。

【結果3.無責任研究行為の悪影響度 (The Impact of Irresponsible Behavior)】

無責任研究の出現程度を測定しても、悪影響の大きさはわからない。無責任行動は少なくとも4つの悪影響がある。

  1. 研究記録の信頼性を下げる
  2. 研究者のお互いの信頼を下げ、国民が研究者に抱く信頼を下げる
  3. 研究資金を無駄にする
  4. 社会や個人に有害となる決定をもたらす

これらの悪影響があることは明らかなのに、皮肉にも、現実の悪影響の大きさについてはほとんど知られていない。

3a. ねつ造、改ざん、盗用(Fabrication, Falsification and Plagiarism)

研究ネカト(ねつ造、改ざん、盗用)の3つ内、どれが最も深刻、つまり、研究記録や社会に悪影響を及ぼすか?

盗用(Plagiarism)は、研究記録の信頼性に悪影響はない。

誰が発見の利益を得ようが、結果は結果である。ただ、論文を審査し出版する資金を無駄にしている。その地位や昇進に値しない人に払うお金を無駄にしている。アイデアを不当に使用される恐れが同僚の信頼をそこなう。専門家じゃないのにアドバイスの文章を盗用すれば、国民に害を与える。こうみると、盗用は他の研究不正に比べ悪影響は小さい。

ねつ造・改ざん(Fabrication, Falsification)は、研究記録に明らかに重大な悪影響がある。研究記録の信頼性を損ない、研究記録に基づいた決定や相関を損なう。

但し、ねつ造・改ざんが確認された例の多くは、研究記録が出版される前、実験室の外にでる前に対処されている。過去3年間、研究公正局ORIが調査した25件の内、2つだけが5報以上に関与していた。15件は研究機関内、グラント申請書、未発表原稿の中の生データだけだった(表1)。
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ねつ造・改ざんの大半は印刷物になる前に発覚すれば、悪影響は少ない。しかし、印刷物になった場合でも、悪影響の度合いを査定するのは難しい。

アメリカのベル研究所のヤン・ヘンドリック・シェーン(Jan Hendrik Schon)は、データのねつ造・改ざんを重ね、同僚を誤解させ、研究者の時間を無駄にしたが、彼はまた新しい研究領域に知的刺激も与えた。

ローレンスバークレー国立研究所のビクター・ニノブ(Victor Ninov)が新元素を発見したというねつ造は、研究者の時間を無断にし、物理学研究への政府からの研究費は削減されたが、論文はすぐに訂正され、学問的な後遺症は長くなかった。

1980年代後期の2つの重大事件、イマニシ=カリ(Imanishi-Kari)およびギャロ(Gallo)の事件は、深刻な研究不正であり、公的なコストも大きかった。

上記の4大事件は、おおいに社会と国民の関心を引き付けたが、悪影響の度合いを容易には測定できない。

最近、研究公正局によって調査完了したエリック・ポールマン(Eric Poehlman)事件でも、ねつ造・改ざんの悪影響の実際の度合いはよくわからない。

エリック・ポールマン(Eric Poehlman)は、アメリカ・ヴァーモント大学の研究者だったが、約10年間、少なくとも10報の出版物および複数のグラント申請にねつ造・改ざんのデータを使用した。

ところが、彼の論文は、いまだに引用され、その内容も使われている。そのことによる悪影響の度合いは全然わからない。彼の論文が、他の研究者を間違った研究方向に導いた証拠はない。彼の論文は、女性の健康およびホルモン補充療法に重要な知見を示しているが、それによって不適切な健康政策が決定された証拠はない。

彼のねつ造・改ざんの解明に10年かかったことは、科学研究の信頼性を損なったけれども、ヴァーモント大学が決定的な処置を一度とったという事実は、国民の科学コミュニティへの信用を高めてもいる。

実際は、少なくとも数百万ドル(数億円)の研究費を無駄にし、ポールマン(Poehlman)と一緒に研究した人のキャリアを台なしにしたけれど、彼の重大な不正は、結局、彼の研究分野に深刻な悪影響を与えていない。過大に見積もっても、深刻な悪影響を与えているかどうか不明である。

3b. 「研究クログレイ」(Questionable Research Practices)

研究ネカトと同じことが、「研究クログレイ」には当てはまらない。

二重投稿(duplicate publication)とサラミ論文(salami slicing publication)は、本来必要な論文ではないので、無駄に論文数を多くすることになる。

ある分野では二重投稿の頻度は10~20%と計算されたが、サラミ論文の頻度を測定した研究がない。サラミ論文と二重投稿の頻度の両者を合せ、低い見積もりで、10%を採用しよう。

アメリカ国立医学図書館NLMの論文データベースは、毎年500,000報の文献情報を追加している。この半数を研究論文とみなし、その10%が不要な論文だとすると、25,000報が無駄な論文になる。この無駄な論文にかかる編集、審査、ジャーナル購読の費用は、毎年数百万ドル(約数億円)になるだろう。

「研究クログレイ」の国民への悪影響は、無駄にされた費用よりはるかに深刻である。被験者が死亡したのだ。

最近、ペンシルヴァニア大学のJessie Gelsinger、およびジョンズ・ホプキンス大学のEllen Rocheが亡くなった。彼ら2人の死は、先行研究を細心に検討すれば防げたと言われている。Gelsingerの例は利害関係問題(conflict of interest)も浮上している。

先行文献調査の不適切、利害関係開示の不適切、は連邦政府や研究機関が定義する研究不正にはリストされていない。しかし、公的および個人に与える害の大きさでは、アンケートのデータを改ざんするより害は大きい。

「研究クログレイ」の悪影響が大きいのは、研究結果に基づいて健康政策が決定される時である。間違えれば患者が死ぬ。つまり、新しい薬剤、新しい医療機器、新しい方法、新しい治療法などの導入の決定で間違えると害は大きい。

医薬品企業の評論家マルシア・エンジェル(Marcia Angell) は、専門家とはいえない研究バイアス行為が、米国のヘルスケアの数億ドル(約数百億円)を無駄にし、公衆衛生に悪影響を与えているという[Angell, M. (2004). The truth about the drug companies: How they deceive us and what to do about it, Random House, Inc., New York]。

エンジェルが指摘する不適切な行為は、研究でのコントロールが不適切、治療期間が不適切、被験者の選択が不適切、競合治療と比較する時の投与の不適切、結論にあわせたデータを恣意的に発表するなどである。

エンジェルは、「バイアスのかかった発表」と「不適切な研究デザイン」を特に問題にしている。そして、医学研究では、客観的な科学研究よりもむしろ、「バイアスと誇大宣伝」が横行していると指摘している。

マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文では、データの改ざんや操作だけでなく、次のような行為も深刻だとある。

  • 自分の研究に基づいた製品を売る会社が、研究に関与していることを開示しない
  • 自分の前の研究と矛盾するデータを示さない
  • 資金源からの圧力に応じて、研究の設計、方法、結果を変える
  • 論文の中の方法または結果の細部を記載しない
  • 不十分か不適当な設計で研究する

過去3年間にこれらの不審行為をした研究者の割合は、0.3%(会社が研究に関与の非開示)~13.5% (不十分か不適当な研究設計)である。

同じような結果は、臨床研究についてのデルファイ調査でも得られている。この調査に基づいて、アル=マルゾウキ(Al-Marzouki)らは、著名な40人の臨床研究者の50%以上が研究結果に悪影響を与えると思う60行為をリストした。60行為のうち3行為だけが、連邦政府の定義する不正行為(研究ネカト)だった。

【4.結論と提言 (Conclusions and recommendations)】

アメリカ医科大学協会(AAMC)のヨルダン・コーエンJordan Cohenは、マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文に対し、次のように書いている[Cohen, J. (2005). Research integrity is job one. AAMC Reporter (September 2005)]。

研究者が責任ある研究をするよう、どう保障できるのか? 研究不正の定義を拡張すれば、検討項目が増える。そうなれば、見落とす項目はさらに増え、この方向は、正解ではない。
ねつ造、改ざん、盗用はよく理解された言葉になっていて、明瞭でわかりやすい文書がつくれ、厳格な処罰ができる。
マーチンソン(Martinson)らのネイチャー論文が示す研究行為は、厳密ではなく、政府や研究機関が規定をつくり処罰するのは難しい。これらは専門職の自己規範であって、政府や研究機関が規定し処罰すべきものではない。

1992年、ナショナルアカデミーの委員会は「研究クログレイ(questionable research practices)」という言葉を使い、同じ立場を表明した。しかし、その後の13年間、研究者コミュニティは、研究不正について、問題点の所在、戦略、改善策の検討を怠ってきた。政府や国民から科学研究への投資と信頼が必要とされるのに、その努力をする検討を怠ってきたのだ。

歴史的な経緯をみると、最初の大きな研究不正事件は1970年代に起こった。その時、政府は公的に助成された科学研究から研究不正を完全に除こうと考えた。その後、いろいろあった。

【提言】

最近の「研究規範」研究は、経費の無駄と危険な健康政策が最も大きい害で、それらは、研究ネカト(ねつ造、改ざん、盗用)ではなく「研究クログレイ」(無責任研究)から生じることを強く示している。ヨルダン(Jordan)らはこの状態がかなり深刻だと受け止めている。

科学研究者、研究機関、学会は研究公正を改善するための教育訓練をしているが、「研究クログレイ」(無責任研究)がどういうものか明確に理解していない。明確に理解しなければ、改善の努力が実るとは思えない。

研究公正を高めるための次の4つを提案する。

★提言の第1点
科学研究者が倫理的な責任を果たすことに大きな意義がある。「科学研究では、誠実、正確、フェアーさを望む傾向」はとても大きい。「研究規範」研究が科学研究に関連する道徳的問題を論議することもまた重要である。科学研究者の研究行為を「公共の経費」と「国民の安全」という観点で見直し、研究の設計、遂行、出版の過程で生じる問題を改善する。ここを研究公正の改善の出発点にすべきである。

★提言の第2点
研究機関、科学者コニュニティ、政府は、「責任ある研究」の専門職規範を明確にし、流布し、教育し、モニターすべきである。注意の喚起や規則の順守は今に始ったことではない。1992年のNASレポートでも、「上司、実験室長、部長は彼らの研究機関の価値基準を明確にし、説明、例証、そして要求する責任がある」などと提言している。しかし、この面の進みは遅い。

★提言の第3点
研究機関が研究公正に取り組むべきだ。2002年の医学委員会(Institute of Medicine (IOM) )のレポートはこの問題を認識し、「責任ある行為を促進する環境の作成(Creating an environment that promotes responsible conduct)」と副題がついていた。

  • 研究機関は、自己評価および外部評価で、研究公正を評価すべきだ。
  • 研究公正を、研究機関評価項目の1つにすべきだ。

★提言の第4点
研究公正担当の政府職員を増員し、国民の投資、国民の健康福祉に悪影響を与える無責任研究行為に対処させるべきだ。研究公正の促進活動が、この20年間に行われたが、それは連邦政府の政策に呼応したものである。例えば、研究不正の定義、対策、「責任ある研究遂行」(RCR)の教育プログラムはそうやって確立された。もちろん、他の組織も大きく寄与したが、連邦政府が決定的に重要な役割を果たしてきた。政府職員の増員にはいつも注意が必要だが、研究公正の改善を続けるために、研究者コミュニティと一緒に働く連邦政府職員を増員すべきである。

【白楽の感想】

  • 2006年の論文だが、とても優れた論文だ。日本のバイオ研究者、臨床医学者、政府官僚には、特に読んでもらいたい。
  • それにしても、日本は研究倫理問題に関心が低く、このままでいいのだろうか? という、不安を感じる。もっとも、日米ともに大半の科学研究者は社会意識が低い。研究倫理を構っていては重要な研究成果がでない。ノーベル賞は狙えない。まあ、そうですよね。では、5%ルールはどうだろう? 科学研究にさく時間、金、能力の5%をバイオ政治学、イエイエ、社会のためにさく。それを義務化する。
  • 日本は「偉い科学者+官僚」システムという鉄のカーテンが、問題の根本的解決を阻害している。「偉い科学者+官僚」は、悪意はないのかもしれないが、権力に胡坐をかき、結果として、生命科学研究体制の改善を軽視し、国民の目をあざむいている。