ミカル・オパス(Michal Opas)(カナダ)

ワンポイント:覆面告発者・クレア・フランシス(Clare Francis)のヒット

【概略】
220px-MichalOpasミカル・オパス(Michal Opas、写真出典)は、カナダのトロント大学(University of Toronto)・医学部・実験医学/病理生物学科・教授。専門は細胞運動、細胞接着、細胞骨格の細胞生物学。

なお、「Times Higher Education」の大学ランキングでは、トロント大学はカナダ第1位の大学である(World University Rankings 2014-15: North America – Times Higher Education)。

2015年(66歳?)、研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部がオパスの2008年の「J Cell Biol.」論文のねつ造・改ざんを指摘し、オパスの了承を得て論文を撤回した。

  • 国:カナダ
  • 成長国:ポーランド
  • 研究博士号(PhD)取得:ポーランド科学アカデミー(Polish Academy of Sciences)
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に、1949年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:68歳?
  • 分野:細胞生物学
  • 最初の不正論文発表:2008年(59歳?)
  • 発覚年:2015年(66歳?)
  • 発覚時地位:トロント大学(University of Toronto)医学部・実験医学/病理生物学科・教授
  • 発覚:クレア・フランシス(Clare Francis)の公益通報
  • 調査:①研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 結末:辞職なし

【経歴と経過】

  • 19xx年x月x日:ポーランドで生まれる。仮に、1949年1月1日生まれとする
  • 1973年(24歳?):ポーランドのワルシャワ大学(Warsaw University)で、細胞生物学の修士号取得
  • 1977年(28歳?):ネンキ実験生物学研究所(Nencki Institute of Experimental Biology)で研究し、ポーランド科学アカデミー(Polish Academy of Sciences)から研究博士号(PhD)を取得。専攻は細胞生物学
  • 1981年(32歳?):カナダのトロント大学のポスドク
  • xxxx年(xx歳):トロント大学(University of Toronto)・医学部・実験医学/病理生物学科・教授
  • 2015年(66歳?):不正研究が発覚する

IMG_3577 SummerResearch2012_11
2枚ともトロント大学(University of Toronto)医学部・医学/病理の「2012年度ポスターデイ」の入賞者と会場。オパス(左)。写真出典

【研究内容】

オパスは、初期には、アメーバ―を材料に、干渉反射顕微鏡、ホログラフィック顕微鏡、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡など各種光学顕微鏡を使用し、細胞運動の細胞生物学を研究していた。

その後、培養細胞を材料に、細胞接着、細胞運動に関連するタンパク質・カルレティキュリン(calreticulin)の生化学・細胞生物学を研究している。

カルレティキュリンは小胞体(しょうほうたい、endoplasmic reticulum)に局在するタンパク質である。

小胞体は、細胞内の板状あるいは網状の生体膜で、タンパク質の合成やプロセシング、輸送という機能が主としてあげられる。

小胞体は、また、カルシウムの貯蔵や放出をすることで、細胞内のカルシウム濃度を調節している。

小胞体のカルシウムの貯蔵や放出は、小胞体にあるカルシウム結合タンパク質・カルレティキュリン(calreticulin)が担っている(カルシウムホメオスタシス制御)。

カルレティキュリン(calreticulin)は分子量46 kDaのタンパク質で、1974年に骨格筋で発見されたが、非筋細胞にもあり、真核生物に広範に存在している。1989年にcDNAクローニングがなされ一次構造(アミノ酸配列)が解明され、同年、Smith & Kochがカルレティキュリン(calreticulin)と命名した。

f1_mendlovic_ksmカルレティキュリンのドメイン構造と機能(出典:Calreticulin | Learn Science at Scitable)。

【不正発覚・調査の経緯】

2015年1月12日(66歳?)、研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部が、オパスの2008年の「J Cell Biol.」論文にねつ造・改ざんがあることを指摘し、オパスの了承を得て論文を撤回した。トロント大学も論文撤回を了承している。

7年前の論文の研究ネカトを研究ジャーナル編集部が、“突然“、指摘するのはヘンである。

研究ジャーナル編集部はノーコメントだが、実は、2013年2月15日、覆面告発者・クレア・フランシス(Clare Francis)が研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部に、オパスの2008年の「J Cell Biol.」論文にねつ造・改ざんがあることを電子メールで指摘していた。

その公益通報を基に、研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部が調査し、オパスに問い合わせると、論文の4つの図(1 C、3 C、 7 A, 7 E)に間違いがあったことをオパスが認めた。図4 D 、図7 Fにも問題があったと答えている(Calreticulin inhibits commitment to adipocyte differentiation)。

EvaSzabo[1]論文には著者が5人いるが、これら図の間違いの責任は第一著者のエヴァ・サボ(Eva Szabo)、あるいは最終著者である自分(オパス)にあり、他の3人にはないとオパスは答えた。

オパスは、学術界を混乱させて申しわけないと謝罪している。

白楽の印象としては、実行者はエヴァ・サボ(Eva Szabo)だろう。しかし、オパスは、サボだけに罪をなすりつけず、研究室主宰者の自分にも監督責任があったしたのだろう。

なお、エヴァ・サボ(Eva Szabo、写真出典)は、2015年現在、カナダのマックマスター大学McMaster University)の助教授である。

20150520_eva_szabo

★具体的な不正データ

撤回した2008年の論文は、胚性幹細胞と前脂肪細胞3T3-L1のカルレティキュリン欠損細胞を作り、カルレティキュリンを欠損していない正常細胞と比較した論文である。欠損細胞と正常細胞を比較し、カルレティキュリンが脂質合成を制御していることを示した。

研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部が指摘した不正データの一部を以下に示す。オパスも不適切だったことを認めている。

以下は、図1 Cである。

Fig 1C

上図(図1 C)の不正点:上から3段目・4段目のPPARγ2パネルとGAPDHパネルは、左の2レーンが右の2レーンと別の実験なのに、同一の実験のように切り貼りして提示した。そういわれれば、バンドの端がカットされているかなあと思う程度だ。最初に発見した人は、とても優れた鑑識眼の持ち主だ。

以下は、図3 Cである。

Fig 3C

上図(図3 C)の不正点:GAPDHパネルの「Untreated」の 1列目と2列目のバンドは、 3列目と4列目のバンドと同じ。そういわれても・・・、白楽には同じに見えないけど・・・。ただ、他のパネルではバンド間に切れ目がないけど、上から3段目のC/EBPαと上から4段目のGAPDHパネルには切れ目がある。だから、当然、切り貼りして提示した。同一実験とは思えない。

opas,%20michalミカル・オパス(Michal Opas) 写真出典

【論文数と撤回論文】

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ミカル・オパス(Michal Opas)の論文を「Michal Opas[Author]」で検索すると、2002年~2015年の14年間の36論文がヒットした。また、「Opas M[Author]」で検索すると、1975年~2015年の41年間の120論文がヒットした。

2015年4月21日現在、ここで問題にしている2008年の1論文が撤回されている。

【事件の深堀】

★クレア・フランシス(Clare Francis)の指摘

研究ジャーナル「J Cell Biol.」編集部はノーコメントだが、2013年2月15日、クレア・フランシス(Clare Francis)が研究ジャーナル編集部に2008年論文のねつ造・改ざんを電子メールで指摘していた。

少し長いけどクレア・フランシスの電子メール文を英語のママ、全文引用しよう(出典:【主要情報源】①)。

なお、英文を読み解く必要はありません、全体を眺めてください。クレア・フランシスの指摘の詳細さを伝えるのが主眼です。

———-引用開始———-
From: clare francis
Date: Fri, Feb 15, 2013 at 1:53 AM
Subject: concerns image confusion J Cell Biol. 2008 Jul 14;182(1):103-16.
To: Liz Williams
Cc: redacted@rockefeller.edu

concerns J Cell Biol. 2008 Jul 14;182(1):103-16. doi: 10.1083/jcb.200712078. Epub 2008 Jul 7.
Calreticulin inhibits commitment to adipocyte differentiation.
Szabo E, Qiu Y, Baksh S, Michalak M, Opas M.

Source

Department of Laboratory Medicine and Pathobiology, Institute of Medical Sciences, University of Toronto, Toronto, Ontario M5S 1A8, Canada.

Figure 1.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=2447897_jcb1820103f01.jpg

Figure 1C. PPARgamma2 panel. Light, vertical streak between the bands in the middle lanes.

L32 panel. Splicing between the middle lanes.

No splicing in the aP2 panel.

Figure 1E. CRT panel. The band in the left lane looks like it is one its own rectangle of background. 

Figure 3.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=2447897_jcb1820103f03.jpg

Figure 3C. Left-most PPARgamma2 panel. Suspect that the band in the right-most lane has been spliced in. The band has a vertical, straight left edge.

I think that the 3rd and 4th GAPDH panels in the left set of indiviual GAPDH panels are vertically compressed versions of the bands in the middle GAPDH panel above and to the right of them.

Left L32 Panel. Splicing between the 1st and 2nd lanes. Vertical dark streak. Possible splicing between 3rd and 4th lanes.

I think that the band in the L7crt-/- lane of the +BAPTA-AM L32 panel is very likely the same as the band in the L7 lane of the Untreated L32 panel. Note the dark area just above the left ends of the bands.

Figure 4.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=2447897_jcb1820103f04.jpg

 Figure 7D. I suspect that the bands in the right C/EBPalpha panel are vertically compressed versions of the bands in the right PPARgamma2 panel. I am aware that bands of proteins about the same molecular weight may be similar, but not the same. The distribution of signal with the C/EBPalpha and PPARgamma 2 bands is very similar.

The GAPDH panels that accompany the C/EBPalpha and the PPARgamma2 panels contain quite different bands so it is odd that the bands in the PPARgamma2 and E/CBPalpha panels should be similar even.

Figure 7E. 

The left-most (Untreated) figure 7E L32 panel is highly reminiscent (likely the same) as the left (Untreated) L32 panel in figure 3E, yet the genotypes are different. Note the dark area just above the left ends of in the bands in the left lanes of both panels and the general distribution of light areas with the other bands.

I think that the band in the G45-/- lane of the KN-62 treated figure 7E L32 panel is the same as the band in the L7 lane of the +BAPTA-AM L32 panel in figure 3E. Note the white squiggle, almost like a signature above and just to the right of the middle of the bands.

L7+/- lane 7E is same as L7crt-/- lane 3E.

L7-/- lane 7E is same as WT lane 3E.

Within figure 7E L32 panels.
KN-62 treated L7+/- lane is same as Untreated CGR8+/+ lane.
KN-62 treated CGR8+/+ lane is same as Untreated G45-/- lane.

I think that the images are at the point where they do not make sense.
———-引用終了———-

★クレア・フランシス(Clare Francis)とは、何者?

さて、クレア・フランシス(Clare Francis)とは、何者なのか?

実は、クレア・フランシス(Clare Francis)は、覆面告発者である。人物は特定されていない。

clare%20francis%20full%20body2010年以降、クレア・フランシス(Clare Francis、写真出典:What to Do About “Clare Francis” | The Scientist Magazine)という名前で公益通報をする覆面人物である。男性なのか女性なのか、個人か団体かは不明である。なお、告発サイトのパブピア(PubPeer)も同様に匿名人物によって運営されている。

クレア・フランシス(Clare Francis)は既に数百通の電子メールをいろいろな研究ジャーナルの編集部に送付している。研究ネカトの指摘を間違えたこともあるが、正しいことが多い。彼女の公益通報を元に調査をはじめ、今まで、数百報の論文が撤回・訂正されている。

クレア・フランシスなど匿名の公益通報者の指摘にどう対応するかは、編集部の判断で、無視を決め込む編集部もある。というのは、研究ネカトの調査にはかなりの時間・エネルギーがかかるし、高い調査能力も必要である。

クレア・フランシス(Clare Francis)関連の出典:①What to Do About “Clare Francis” | The Scientist Magazine®、②Clare Francis (science critic) – Wikipedia, the free encyclopedia、③It’s not that Clare Francis is a pseudonym; it’s that the pseudonym is Clare Francis | Elsevier Connect、④Research ethics: 3 ways to blow the whistle : Nature News & Comment

【白楽の感想】

《1》 「J Cell Biol.」は厳格

研究ジャーナルの「J Cell Biol.」は研究ネカトに対して先駆的で模範的なジャーナルである。2004年に、ウェスタンブロットや細胞画像のねつ造・改ざんの基準を具体的に示し、無料公開している(1‐3‐2‐5.「改ざん」の具体例2:画像操作 | 白楽ロックビルのバイオ政治学)。

mike_rossner当時の編集部長だったマイク・ロスナー(Mike Rossner、写真出典)の見識の高さが大きく貢献している。彼が研究ネカトをしっかり取り締まったので、その後、「J Cell Biol.」誌は、図やデータが公正、厳格で優れているという評判がある。

しかし、研究ネカトや研究クログレイへの対処にいい加減な研究ジャーナルはたくさんある。

研究ジャーナルにこの格差があるのは望ましくない。

研究分野・手法・内容など研究哲学・内容に研究ジャーナルの特徴があってもよいが、研究ネカトや研究クログレイに対して、全部の研究ジャーナルは統一的な基準で運営することが望ましい。

そうなると、研究ネカトや研究クログレイへの対処を各研究ジャーナル編集部に任せるのではなく、もっと上位組織、あるいは研究ジャーナル組合などが、統一的な基準を設けるべきだろう。

《2》 クレア・フランシス(Clare Francis)は興味深い

クレア・フランシス(Clare Francis)は、ユニークだ。日本は、「論文捏造&研究不正 (JuuichiJigen)」など、匿名サイトが多く、白楽は匿名での公益通報活動に問題点を感じるているが、現実には匿名も1つの方法であることは認める。

研究ネカトや研究クログレイの公益通報のあり方を、もう一度しっかり考えねばならない。

【主要情報源】
① 2015年1月16日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:Fat cell paper earns unusually detailed retraction – Retraction Watch at Retraction Watch
② ウィキペディア英語版:Michal Opas – Wikipedia, the free encyclopedia