政治学:マイケル・ラクーア(Michael LaCour)(米)

ワンポイント:2014年の最も注目を浴びた政治学論文(同性婚立法に影響)がデータねつ造

【概略】
MichaelLacourマイケル・ラクーア(Michael LaCour、写真出典)は、米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA。以下UCLAと呼ぶ)・政治学専攻の大学院生で、問題となった論文は心理学分野である。

2014年12月(27歳?)、「サイエンス」誌に「20分で同性婚に対する考えが変わる」という論文を発表した(Science 346:1366-9, 2014)。

米国社会で同性婚の法的是非が議論されていたので、米国の主要な新聞メディアであるThe New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が論文に対する記事を掲載した。つまり米国のメディアは大々的に取り上げたのである。

2015年5月(28歳?)、上記論文のデータねつ造が発覚し、論文が撤回された。

image192012年7月9日。米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA)正門前の筆者(白楽)。出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:米国・UCLA
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1987年1月1日とする
  • 現在の年齢:30 (+1)歳
  • 分野:政治学
  • 最初の不正論文発表:2014年12月(27歳?)
  • 発覚年:2015年(28歳?)
  • 発覚時地位:米国・UCLA・院生
  • 発覚:同分野の研究者
  • 調査:①同分野の研究者3人
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:助教授採用内定の取り消し

【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1987年1月1日とする
  • 2009年(22歳?):米国のテキサス大学(The University of Texas at Austin)を卒業
  • 2012年(25歳?):米国・UCLAの修士号取得。政治学専攻
  • 2014年12月(27歳?):後に問題視された論文を「サイエンス」誌に発表
  • 2015年冬(28歳?):米国・UCLAの修士号取得。統計学専攻、修士論文「Testing The Two-Step Flow of Political Communications: A Networked Field Experiment on Opinion Leaders and Social Transmission」
  • 2015年春(28歳?):米国・UCLAの研究博士号(PhD)取得。政治学専攻、博士論文「When Persuasion Works, Lasts and Spreads: Evidence From Three Longitudinal Field Experiments on Gay Equality and Abortion 」
  • 2015年5月(28歳?):不正研究が発覚する

【研究内容と不正内容】

【動画】
▶ラクーア事件のニュース。「Embattled Gay Marriage Study Retracted As Author Objects – YouTube」(英語)。
Newsy Scienceが2015/05/28 に公開

問題の論文は、以下の「2014年のサイエンス論文」で、マイケル・ラクーア(Michael LaCour)とコロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green)の共著である。2014年12月に出版され、2015年6月に撤回された。

Donald-Green-and-Michael-LaCour-660x350-1433223493 左はコロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green)、右はマイケル・ラクーア(Michael LaCour)。写真出典

★「2014年のサイエンス論文」のプレスリリース

Science 2014年12月12日号ハイライト「20分の会話で同性婚に対する考えは変えられる」 Twenty-Minute Talk Can Shift Attitudes on Same-Sex Marriage

Michael LaCourとDonald Greenの新しい実験によると、同性愛者の選挙運動員による戸別訪問で同性婚について20分間会話しただけで、同性婚を支持する気持ちが高まったという。この効果は9ヶ月後まで持続し、この考えの変化はその有権者家族の他のメンバーにまでも広がるという有力な証拠もある。

長期的に見てこの変化の大きさは、マサチューセッツ州とジョージア州の同性婚に対する考え方の違いに相当するとLaCourとGreenは述べている。

彼らは長期の個人的な付き合いにより異なったグループに属する人々の間での敵対心や偏見は軽減されるという考えで実験をデザインしたが、短時間の活発な会話に同等の効果があるかという点には疑問を持っていた。

LaCourとGreenは南カリフォルニアの登録有権者を対象に戸別訪問の前後に同性婚に対する考えを他の問題も含めて質問し、調査を実施した。この無作為実験では同性愛者と非同性愛者の選挙運動員を戸別訪問に送り込み、同性婚かリサイクルのどちらかについて話をさせた。

同性愛者および非同性愛者の選挙運動員との同性婚についての会話は両者ともにその政策への支持を高めたが、同性愛者の運動員との会話のみが持続的で他者にも影響する考えの変化を引き起こした。ゲイの男性とレズビアンに関する有権者の一般的な見方も戸別訪問によって向上した。(http://www.eurekalert.org/pub_releases/translations/sci121214jp.pdf

★最高裁が同性婚を認めるか認めないか?

折しも、米国では同性婚を法的に認めるか認めないかを議論している最中だった。

2015年6月26日、合衆国最高裁判所は「法の下の平等」を定めた「アメリカ合衆国憲法修正第14条」を根拠にアメリカ合衆国のすべての州での同性結婚を認める判決をだした(9人の裁判官のうち5人が同性婚を支持、4人が反対)。これによりアメリカ合衆国において同性婚のカップルは異性婚のカップルと平等の権利を享受することになった(CNN.co.jp : 米最高裁、全米で同性婚認める – (1/2))。出典:同性結婚 – Wikipedia

news9-2-546x560同性結婚認可(赤)の州別地図。出典:アメリカ同性婚、2015年中に全州の可能性【週刊LGBT】 | LEZ CATCH

20100603_gay_332015年6月16日、同性結婚の反対・賛成。写真出典:Intelligence Squared debate on gay marriage | Minnesota Public Radio News

02-same-sex-reaction-0626-exlarge-1692015年6月27日、最高裁が同性婚を認める判決を下し、同性婚支持者が喜びにわいた=米国・ワシントン。出典:CNN.co.jp : 米最高裁、全米で同性婚認める – (1/2)

それで、「20分で同性婚に対する考えが変わる」ラクーアの論文を、米国の主要メディアである The New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が紹介した。

つまり米国のメディアは大々的に取り上げた。例えば、2014年12月12日付けのニューヨーク・タイムズ紙 → Gay Advocates Can Shift Same-Sex Marriage Views – The New York Times

そのためか、プレスリリース以外に、日本語の解説記事が数点ある。これを以下に引用する。なお、「社会心理学:イェンス・フェルスター(Jens Förster)(オランダ)」でもそうだったが、こういう心理学的研究は日本人は大好きなようだ。

★みやきち (id:miyakichi)さんのブログ「石壁に百合の花咲く」

2012年10月13日の記事「直接会って話すだけ。ゲイと話すならなおよし。アンチゲイな人の意見は変わる(米研究)(追記2件あり) – 」から修正引用する。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校政治学博士課程在籍のMichael J. LaCour氏と、コロンビア大学政治学教授のDonald P. Green氏は、カリフォルニア州ロサンゼルス郡在住の有権者で、同州の同性婚禁止法案に賛成していた9507人について、2ヶ月半にわたって調査したとのこと。
調査方法は以下の通り。

  • 少なくとも2人の有権者がいる世帯を、ランダムに5つのグループに分ける。
  • グループごとに、以下の操作をおこなう。
  1. 第1グループ:同性愛者の選挙運動員が、同性婚に関する話をする。
  2. 第2グループ:異性愛者の選挙運動員が、同性婚に関する話をする。
  3. 第3グループ:同性愛者の選挙運動員(ただし、性的指向は明かさない)が、リサイクルに関する話をする。
  4. 第4グループ:異性愛者の選挙運動員が、リサイクルに関する話をする。
  5. 第5グループ:何もしない(対照群)

なお選挙運動員は1世帯につきひとりの有権者だけと話し、話す内容は事前に決められた脚本通りにするよう義務づけられていたとのこと。

結果として、同性愛者と名乗る人から同性婚に関する話を聞いたグループがもっとも同性婚に賛成するようになり、しかもその変化が長続きしたのだそうです。興味深いのは、その効果は、同じ世帯に住んでいて選挙運動員から直接話を聞かなかった人にまで及んでいたということ。

2015年5月22日追記・・・ 2015年5月19日、スタンフォード大のDavid Broockman助教授、カリフォルニア大バークリー校の大学院生Joshua Kalla氏、そしてイェール大のPeter Aronow助教授が、この研究は論文の主張通りに集めたデータセットを使っていない不正なものであるとする指摘を発表しました

2015年6月1日追記・・・ 2015年5月26日、Michael LaCour氏はBuzzFeed等に送った文書で、研究のデータを操作したことと、研究費について偽りの表記をしたことを認めたとのこと。いまやLaCour氏のみならず彼の指導者の責任も問われる事態となっており

★ザ・ニュー・スタンダード「同性愛に横行する疑わしい科学研究」

2015年6月30日にベニー・フアン(Benny Huang)が書いた記事の要約「同性愛に横行する疑わしい科学研究」から修正引用する。

(編集部サマリー)

  •  「2014年最大の政治学研究」として歓迎され、米サイエンス誌に掲載された「交流が人の心を変える時」と題された研究の著者は、学術界での名声を得られるところだった。ところが、そのデータがでっち上げだったことが分かったのだ。
  • この研究は、保守層の有権者が戸別訪問をしたところ、同性婚についての態度が長期的に変わったというものだった。つまり、同性婚に反対するのは、よく知らないからなのだ、と説明できるということである。
  • しかし、UCLAバークレイ校の大学院生がこの研究の再現を試みた所、成功しなかった。研究論文の共著者の一人であるコロンビア大学のドナルド・グリーン教授は、データ集めをした博士課程の学生を疑い始めた。そしてその後、調査を行った会社にデータが残っておらず、研究自体がインチキであることがわかった。

【不正発覚の経緯と内容】

photo

上記の日本語解説でほぼ全体像が把握できる。上記と重複部分がでてくる面もあるが、もう一度、経緯を記述しよう。

★同じ研究分野のブルックマン助教授とカラ院生の詮索

2014年12月、ラクーアとグリーン教授の「2014年のサイエンス論文」が出版された。

profile-3812015年1月-4月、スタンフォード大学・助教授のデイヴィット・ブルックマン(David Broockman、写真出典)とカリフォルニア大学バークリー校・院生のジュシュア・カラ(Joshua Kalla)は、「2014年のサイエンス論文」に感服し、その論文を発展させた研究を計画した。それで、いくつかのデータを詳細に検討したのだが、自分たちが予想したよりデータが綺麗すぎる。研究ネカトではないかと疑念をいだいた。しかし、ただ不正だと主張しても誤魔化されるので、自分たちで論文を発展させた研究をして状況を検証しようとした(We discovered one of social science’s biggest frauds. Here’s what we learned. – Vox)。

2015年5月6日、ブルックマンとカラは、論文を発展させた研究を開始した。

2015年5月15日、ブルックマンとカラは、「ラクーアの2014年サイエンス論文」が示すのに比べ、自分たちのアンケート調査での回答率が低すぎる。それで、「ラクーアの2014年サイエンス論文」が示すアンケート会社に何かコツがあるのか問いあわせた。すると、アンケート会社はラクーアの研究プロジェクトを知らないだけでなく、作業したとされた名前の社員はいませんと答えてきた。

ブルックマンとカラは、「ラクーアの2014年サイエンス論文」のデータを再検討し、自分たちがおかしいと考えている点を整理し、グリーン教授に伝えた。グリーン教授は懸念を述べ、いくつかのサジェスチョンをしてくれた。

2015年5月16日(土)、ブルックマンとカラは、データ分析をさらに確実にするため、イェール大学・助教授のピーター・アロナウ(Peter Aronow)に協力を求めた。アロナウ助教授はこの分野の統計の専門家でかつてラクーアと共に研究したことがある。

ブルックマンとカラとアロナウの3人の共著で、「ラクーアの2014年サイエンス論文の異常(Irregularities in LaCour (2014))」 の文章を完成し、グリーン教授に示した。

2015年5月16日(土)、その日のうちに、グリーン教授は3人の疑念に同意し、ラクーアが対抗できる証拠(つまり生データ)を提示しなければ論文を撤回すると伝えてきた。

2015年5月19日(火)、グリーン教授がラクーアに問いあわせると、ラクーアは言葉を濁してはっきりしなかった。そして、ラクーアは生データを紛失してしまったようだと弁解した。それで、グリーン教授は今晩までに明確な証拠データを提示しなければ、「サイエンス」誌に論文撤回の手紙を書こうと心に決めた。

それで、グリーン教授は、「その夜、「サイエンス」誌に論文撤回の手紙を送り、就寝した。翌朝5:30に起きると、たくさんのメールが来ていた」。また、ブルックマンら3人の論文「ラクーアの2014年サイエンス論文の異常」が丁度同じころウェブサイトにアップされたことを知った。

★スキャンダルの爆発

2015年5月20日(水)午前3:30頃、サイエンス誌の「Science News」編集長代理のリラ・ガターマン(Lila Guterman)はたまたまブルックマンらの論文「ラクーアの2014年サイエンス論文の異常」を見た。すぐに、論文撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)のイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)に伝えた。

2015年5月20日(水)午前7時ころ、オランスキーは「ありがとう。これ本物だよね!」とガターマン編集長代理に返信した。

2015年5月20日(水)午前7:07、オランスキーは、「ラクーアの2014年サイエンス論文」に欠陥があると確信した、とガターマン編集長代理に送信した。

2015年5月20日(水)午前7:09、オランスキーは、「著者は論文を撤回する」という記事を論文撤回監視にアップした。 → Author retracts study of changing minds on same-sex marriage after colleague admits data were faked – Retraction Watch at Retraction Watch

2015年5月20日(水)、サイエンス誌は「2014年のサイエンス論文」について、以下の「編集部の懸念表明」を掲載した(Editorial expression of concern)。

ラクーアが生データを提示しなかったこと、および、ブルックマンらの「ラクーアの2014年サイエンス論文の異常」が公表されたことで、2015年5月19日、共著者のグリーンから論文撤回を依頼された。サイエンス誌は公正と思われる作業が進行しているが、その間、「編集部の懸念表明」として、ラクーアとグリーンの「2014年のサイエンス論文」の発見の妥当性について重大な疑念が生じていることを、読者に至急警告します。

2015年5月29日、ラクーアは9ページの反論を書いてサイトにアップした。「Response to Irregularities in LaCour and Green (2014)

2015年6月1日、しかし、Neuroskepticは、ラクーアの反論は正当性を欠いていると評価した(The Problem With Michael LaCour’s Rebuttal – Neuroskeptic)。

2015年6月5、サイエンス誌は編集部の判断で「2014年のサイエンス論文」を撤回した(Editorial retraction)。なお、ラクーアは論文撤回を認めていない。

★ ねつ造データ

以下の図がねつ造だと言われている。

白楽には、チンプンカンプンでよくわかりません。それで、解説なしです。

CCAP_LaCour

lacour_green1

 

SSM_Direct16_1

★ 履歴書のねつ造

ラクーアの履歴書に、主任研究者(Principal Investigator)として、1件1万ドルから16万ドル(約100万円から1,600万円)の研究費を9件も獲得しているとある。以下にあげる。

  1. The Jay & Rose Phillips Family Foundation, 2014 – Principal Investigator. $160,000
  2. William and Flora Hewlett Foundation, 2014. Principal Investigator. $50,000
  3. Grove Foundation, 2014. Principal Investigator. $25,000
  4. Evelyn and Walter Haas, Jr. Fund, 2013-2014. Principal Investigator. $92,000
  5. Rockefeller Family Fund, 2013. Principal Investigator. $80,000
  6. Andrew and Corey Morris-Singer Foundation, 2013. Principal Investigator. $58,000
  7. Leigh Hough Jomini; 2013. Principal Investigator. $43,000
  8. Ernest Lieblich Foundation, 2013. Principal Investigator. $15,000
  9. Stoli Group USA, 2013. Principal Investigator. $10,000

上記の獲得研究費のうち、少なくとも以下の2件(上記の2と4)は、ねつ造だった。ラクーアも認めている(Editorial retraction)。つまり、経歴詐称です。研究関連なので研究ネカトの「ねつ造」に該当する。

  •  William and Flora Hewlett Foundation, 2014. Principal Investigator. $50,000
  • Evelyn and Walter Haas, Jr. Fund, 2013-2014. Principal Investigator. $92,000

【論文数と撤回論文】

2015年9月13日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、マイケル・ラクーア(Michael LaCour)の論文を「Michael LaCour [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002年から2015年までの14年間の12論文がヒットした。この記事の人以外の論文も含まれていると思われる。

また、ラクーアの分野は心理学や政治学なので、パブメドでは一部しかカバーしていないと思われる。

2015年9月13日現在、問題視された「2014年のサイエンス論文」1論文が撤回されている。

【白楽の感想】

《1》院生の指導者はダレ?

donald-p-greenマイケル・ラクーアは米国・UCLAの大学院生である。その院生がどうして、自分の指導教授と共著ではなく、コロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green、写真出典)と共著なのだろう?

政治学という学問分野では院生はあたかも独立した研究者のように研究するということか?

マイケル・ラクーアの履歴書には、主任研究者(Principal Investigator)として、1件1万ドルから16万ドル(約100万円から1,600万円)までの研究費を7件も獲得している(ラクーアがねつ造だと認めた2件は除いた)。

  1. The Jay & Rose Phillips Family Foundation, 2014 – Principal Investigator. $160,000
  2. Grove Foundation, 2014. Principal Investigator. $25,000
  3. Rockefeller Family Fund, 2013. Principal Investigator. $80,000
  4. Andrew and Corey Morris-Singer Foundation, 2013. Principal Investigator. $58,000
  5. Leigh Hough Jomini; 2013. Principal Investigator. $43,000
  6. Ernest Lieblich Foundation, 2013. Principal Investigator. $15,000
  7. Stoli Group USA, 2013. Principal Investigator. $10,000

主任研究者(Principal Investigator)としてこれほど研究費を獲得していれば、院生というより立派に独立した研究者だ。

生命科学系の院生としてはありえない。

ラクーアは例外的な院生なのか、それとも、政治学の院生としては普通なのか? いずれにせよ、この場合、ラクーアの大学院・指導教授はどういう立場・役目なのだろうか?

そして、この場合、論文の書き方や研究規範に関する知識・スキルは誰から学ぶのか?

《2》共著者が生データをチェックしない?

ラクーアの大学院・指導教授の立場・役目はつかめないが、「2014年のサイエンス論文」は、UCLA大学院生のラクーアとコロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green)の共著である。

となれば、論文の生データをチェックできるのはグリーン教授しかいない。グリーン教授は、他校の院生であれ、相手が院生なのだから、論文の書き方を直接指導する立場という考え方もある。また、他校の院生なら指導する義務も権利もないという考え方もある。

共著論文が、研究ネカト論文とわかってから、グリーン教授は「上位研究者が若い研究者の生データを見ようとするのはとてもデリケートで難しい(“It’s a very delicate situation when a senior scientist makes a move to look at a junior scientist’s data set.”)」と述べている(2015年5月25日のニューヨークタイムズ紙記事:Doubts About Study of Gay Canvassers Rattle the Field – The New York Times)。

そんなバカな。「他校の院生を指導する義務」があってもなくても、共著者が生データをチェックしなければ、誰がするというのだ。共著者は、疑念に感じたすべてのことを検討する義務(と権利)がある。

22cf53cJAMA誌の前代理編集長でイリノイ大学の国立専門・研究倫理センター所長(National Center for Professional and Research Ethics)のガンザラス教授(C. K. Gunsalus、写真出典)は、「無礼と思って共著者のデータをチェックしないなら、アナタは科学研究をしていない」と述べている(“If you think it’s rude to ask to look at your co-authors’ data, you’re not doing science”: Guest post – Retraction Watch at Retraction Watch)。

白楽は、ガンザラス教授に激しく賛成する。

なお、この事件を受けて、サイエンス誌は「研究グループの上位研究者は、グループが得た研究結果の生データをチェックすることが必要です(The senior author from each group is required to have examined the raw data their group has produced.)」と加えたそうだ。

《3》心理学分野の研究ネカトの多発

心理学分野の研究ネカト者は多い。どうしてなんだろう? それもオランダと米国に多い。どうしてなんだろう? 姓のABC順。

さらに、再現性も低い。 → 2015年8月28日、発信地:マイアミ/米国:心理学の研究結果、6割以上が再現不可能:AFPBB News

《4》日本のメディアの科学記事の足腰

「2014年のサイエンス論文」は研究ネカト論文事件になってしまったが、論文が出版されたときは2014年の最も注目を浴びた政治学論文だと評判だった。同時に、米国の主要な新聞メディアであるThe New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が論文内容を紹介した。つまり米国のメディアは大々的に取り上げた。

この影響だと思われるが、日本語で解説するブログ記事が生まれたり、翻訳文も作られた。しかし、論文が出版されたとき、日本の主力メディアは記事にしていない。どうして記事にしなかったのだろう? 記者が自力では米国の取材できない? 米国在住の特派員に取材してもらう? イヤイヤ、その必要はないでしょう。

ここで示したように、「日本語」のプレスリリースが日本の主力メディアに配布されていた。ということは、The New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が記事にしても、自社では記事にしなくて良いと判断したということだ。

イヤイヤ、自力で積極的に「記事にしなくて良いと判断」する実力は持っていないだろう。むしろ、米国の主力メディアが記事にするかどうかを知るアンテナがないということが問題だ。

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【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:You searched for Michael LaCour – Retraction Watch at Retraction Watch
② ウィキペディア英語版:When contact changes minds – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2015年5月21日、ナオミ・シャヴィン(Naomi Shavin)の「The New Republic」記事: Door-to-Door Deception | The New Republic
★ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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