マリオ・サード(Mario Saad)(ブラジル)

ワンポイント:告発された研究者が裁判に訴えた

【概略】
saadマリオ・サード(Mario Saad、写真出典)は、ブラジル・サンパウロのカンピーナス州立大学(State University of Campinas)・内科教授・医師である。専門は糖尿病で、公称では237報の論文を出版し、著名な研究者である。家庭には、妻と2人の娘がいる。

「Times Higher Education」の大学ランキングでは、カンピーナス州立大学はブラジル第2位の大学である(World University Rankings 2014-15: South America – Times Higher Education)。

2014年3月(57歳)、ねつ造・改ざんが発覚した。事件後も研究者を続けた少数例。

2015年2月5日(58歳)、サードは、彼の「Diabetes」論文を研究ジャーナル「Diabetes」編集部が撤回するのをやめるようにと、米国連邦地裁に訴えた。

  • 国:ブラジル
  • 成長国:ブラジル
  • 研究博士号(PhD)取得:ブラジルのリベイラン・プレート大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1956年9月8日
  • 現在の年齢:60 歳
  • 分野:糖尿病
  • 最初の不正論文発表:1997年(40歳)
  • 発覚年:2014年(57歳)
  • 発覚時地位:カンピーナス州立大学(State University of Campinas:UNICAMP)・内科教授
  • 発覚:
  • 調査:①米国の研究ジャーナル「Diabetes」誌。②カンピーナス州立大学・調査委員会。③裁判所:米国のマサチューセッツ地区連邦裁判所
  • 不正:ねつ造・改ざん、盗用
  • 不正論文数:1報が盗用で撤回。4報がねつ造・改ざんの疑惑があるが、論文撤回に抵抗している
  • 時期:研究キャリアの初期から?
  • 結末:辞職なし。米国の裁判所に訴えた

★動画「Prof. Mario Saad fala sobre avaliação docente」、(ポルトガル語)3分46秒。マリオ・サード(Mario Saad)が研究のことを説明している(多分)。unicampcaminhocertoが2013/02/01 に公開。

【経歴と経過】

  • 1956年9月8日:ブラジルのサン・パウロのイガラパヴァ(Igarapava)で生まれる
  • 1979年(23歳):ブラジルのトリアングロ・ミネイロ医科大学(Faculdade de Medicina do Triângulo Mineiro:UFTM)を卒業。医師免許。
  • 1980-1982年(24-26歳):研修医
  • 1983-1985年(27-29歳):ブラジルのリベイラン・プレート大学(Universidade de Ribeirão Preto)医学部、修士号取得
  • 1985-1988年(29-32歳):同、博士号取得
  • 1990-1992年(34-36歳):米国・ハーバード大学医学部のジョスリン糖尿病センターでポスドク
  • 2003年(47歳):imgju418_11cブラジルのカンピーナス州立大学(State University of Campinas:UNICAMP)・内科教授(写真出典
  • 2014年3月(57歳):不正研究が発覚する

【不正発覚・調査の経緯】

★盗用
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2013年12月、サードの申し立てで、2009年の「Arq Bras Endocrinol Metabol」誌の論文が撤回された。 理由は、盗用である。

白楽には、盗用が発覚した経緯はわからないが、時期から推察して、次のねつ造・改ざん疑惑と関連しているように思える。つまり、ねつ造・改ざんが指摘されたので、弁解できない盗用を、まず自己申告したのではないだろうか。

この論文の第一著は日本人の姓「ツクモ」の「TSUKUMO, Daniela M」である。ファーストネームはダニエルなので、日系移民の子孫かもしれない。

★ねつ造・改ざん疑惑

研究ジャーナル「Diabetes」誌は、米国糖尿病学会(American Diabetes Association)の看板ジャーナルである。

サードの論文にねつ造・改ざんがあるとの疑惑を、最初に公益通報した人物は不明だが、多分、2013年後半に、研究ジャーナル「Diabetes」誌に通報したと想定される。

2014年3月、米国糖尿病学会(American Diabetes Association)は、サードの2007年と2011年の「Diabetes」誌の論文にねつ造・改ざんの疑念があるとサードに伝えた。

サードは、米国糖尿病学会の問い合わせに、「ねつ造・改ざんはありません」と電子メールで回答したが、ねつ造・改ざん疑惑を払しょくするデータを示さなかった。

mario-saad「Diabetes」誌の依頼に応じ、カンピーナス州立大学は調査を実施した。

2014年6月、カンピーナス州立大学・調査委員会は、「サードの2007年と2011年の「Diabetes」誌の論文は基本的に正しい。但し、画像の処理と保存に誤り(mistakes)があった」と調査結果を公表した(saad-unicamp-investigation-report)。

しかし、研究ジャーナル「Diabetes」は、カンピーナス州立大学・調査委員会が「基本的に正しい」とした結論に納得しなかった。調査そのものに疑念を表明し、カンピーナス州立大学に再調査するよう要請した。と同時に、追加要請として、サードの1997年と2006年の論文にも疑念があるので、合わせて調査するよう要請した。

この時、米国糖尿病学会は、「適切な調査がされない限り、「Diabetes」誌だけでなく、米国糖尿病学会が関連するすべての研究ジャーナルは、カンピーナス州立大学所属の研究者からの原稿を一切受理しません」と伝えた。

★裁判

上記したように、米国糖尿病学会は、サードが「Diabetes」誌に発表した4報の論文を研究ネカトと判断し、サードの論文を撤回する方向で検討していた。

2015年2月5日(58歳)、サードは、研究ジャーナル「Diabetes」誌が彼の論文を撤回するのをやめるようにと、マサチューセッツ地区連邦裁判所(United States District Court for the District of Massachusetts)に訴状(saad-lawsuit)を提出した。

原告:マリオ・サード(Mario Saad)
被告:米国糖尿病学会(American Diabetes Association)

米国糖尿病学会の本部は米国・ヴァージニア州にあるが、ボストンでも活動しているので、訴訟はボストンのマサチューセッツ地区連邦裁判所で起こされた。

一時的差止命令を要請したサードの訴状のポイントは以下の3点である。

  1. Diabetes」誌のウェブサイトに掲載したサードの「Diabetes」誌の4論文に関する懸念(Diabetes-2015-Expression of Concern-1068-70)を削除すること。
  2. サードの「Diabetes」誌の4論文に関する懸念を「Diabetes」誌の3月号に印刷しないこと。
  3. サードの「Diabetes」誌の4論文を撤回しないこと。

Timothy-Hillman-170x170_170_170_902015年2月23日(58歳)、ティモシー・ヒルマン裁判長は(Timothy Hillman、写真出典)、一時的差止の請求を却下した。

サードの敗訴である。

★2015年4月現在も攻防中

研究ジャーナル「Diabetes」誌は、裁判で勝訴した。しかし、サードとの攻防戦は続いている。

2015年2月24日(58歳)、研究ジャーナル「Diabetes」誌は、2015年3月号を出版し、その中で、サードの「Diabetes」の4論文に関する懸念を詳細に記述し、公表した(Diabetes-2015-Expression of Concern-1068-70)。これは、4論文が撤回されないまま、読者に間違った研究情報を伝え続けるのは公正性に違反すると判断したためである。

2015年3月15日、サードの「PLOS ONE」論文は、撤回ではなく、12個の図が訂正された(The PLOS ONE Staff (2015) Correction: Atorvastatin Improves Survival in Septic Rats: Effect on Tissue Inflammatory Pathway and on Insulin Signaling. PLoS ONE 10(3): e0118383. doi:10.1371/journal.pone.0118383)。

しかし、パブピア(PubPeer commenters)は、「訂正は十分ではない。さらに7個の図の訂正が必要」とコメントしている。

その後、主戦場である「Diabetes」誌とサードとの戦は進展していない。カンピーナス州立大学・調査委員会は、無能でいい加減な調査をしたのだろう。

今後、どうなるのでしょう?

【論文数と撤回論文】

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、マリオ・サード(Mario J.A. Saad)の論文を「Mario Saad[Author]」で検索すると、2002年~2015年の42年間の148論文がヒットした。「Saad MJ[Author] 」で検索すると、1989年~2015年の27年間の242論文がヒットした。サードはとても多作である。

2015年4月23日現在、1論文が撤回されている。記事に書いた「盗用」論文である。紛糾しているねつ造・改ざん論文ではない。また、この記事で問題視している4論文は訂正・撤回されていない。

【事件の深堀】

★研究ネカトを裁判に持ち込む

研究ネカトを裁判で争うケースが増えてきた。

しかし、どうなんでしょう?

裁判所は言動が法律に適合しているかどうかを判断をする場所であって、研究規範のあるべき姿を議論する場所ではないと思う。正義の判定を下す場所でもない。そして、研究規範事件では、研究規範に関する法律が米国でもほとんど整備されていない。

研究ジャーナルと研究者がガチンコで抗争する場合、誰がどういう権限で裁定し、交通整理できるのだろう?

研究や科学技術の体制や内容を扱うことに特化した裁判所(の部局)を設け、そこで最終決着をつけるのはどうだろう?

【白楽の感想】

《1》 研究者の処分

無題2研究ジャーナルが研究ネカトを犯した研究者に科せるペナルティは、論文撤回と原稿受理の拒否しかない。これは、研究者によっては打撃は少ない。

学会は、学会員の除名処分しかない。これは、研究者には打撃がほとんどない。

研究助成機関は研究費を支給しない。これは、多くの研究者にとっては死活問題だが、特定の研究者には打撃は小さい。もともと支給されていない研究者の方が多いのだから、今さら、支給しないと言っても痛くない。

研究者にとって大きな打撃は、メディアで報道され、報道刑が科されることだ。不正という疑念段階でも、記事で「疑わしい」と書かれるだけで、メンツがつぶれ、信用が失われる。

そして、研究者にとって実質的に大きな打撃は、所属組織(大学・研究機関)からの解雇である。これは、大変である。

3さらに、医師の場合、医師免許の取り消しをすれば、打撃はさらに有効性である。

最終的には、裁判で実刑判決が出ることだ。これが究極な罰で、実刑なら犯罪者となる。

今回のように、研究ジャーナルがクロと判定し、所属大学がシロと判定すると、大きく混乱する。学術界のルールと秩序は成り立たない。しかも、研究ジャーナルは米国で、所属大学はブラジルと、国をまたぐとさらにヤヤコシイ。

一般に、研究ジャーナルは調査能力が高く、公正性も高い。対して、大学は研究ネカトの調査能力が低く、公正性は低い。

日本にはないのだが、国家的な研究公正組織が必要である。そして、さらに、事件が国をまたぐので、国際的な研究公正組織も必要である。
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【主要情報源】
① 2014年1月15日以降のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事群:mario saad Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② ◎2015年2月6日、ジェシカ・バートレット(Jessica Bartlett)の「ボストン・ビジネス・ジャーナル」記事:Scientist sues American Diabetes Association over research dispute – Boston Business Journal