1‐4‐2.世界の国家研究公正システム


【ハルレポート】

「日本の国としてのどのような研究公正システムが良いのか?」

考え方は2つある。

1つは、日本の国状を踏まえた理想的な国家研究公正システムを考えて、その目標に向けて考え行動する。もう1つは、理想的なシステムを想定せずに、現システムの悪い部分をとにかく改善する。

白楽は、前者である(日本版・研究公正局の設置:白楽の提言)。研究規範は日本にとって新しい概念・価値観である。従って、日本が現在までに対処してきた研究公正システムは、構想を練って作ったシステムではない。事件が起こるので仕方なしに対応をしてきたその場しのぎのものだ。

雨露をしのぐための掘立小屋で、計画、理念、構想という概念は希薄だ。日本は現在、世界トップクラスの国家である。世界トップクラスの国家にふさわしい立派な新しい「研究公正」ビルを建てようではないか。

カナダは、カナダ研究公正委員会(Canadian Research Integrity Committee)の要請を受け、2009年、カナダの民間シンクタンク(Hickling Arthurs Low Corporation:HAL)が、世界の「国家研究公正システム」を調査した。目的は、「カナダの研究公正にベストな方法を提示する」と素晴らしい。調査結果は、シンクタンク名称をつけたハルレポート(H A L Report)と呼ばれている(文献1)。

白楽は、「カナダの研究公正にベストな方法を提示」という姿勢に共感する。日本もこういう姿勢で「日本の研究公正にベストな方法」を立案・構想・施策して欲しい。

ハルレポートは、最終的に3案提示している。

A案 – 「現システムの発展」:カナダの現システムは、政府系の研究費助成機関として、健康研究機構(CIHR)、理工学研究評議会(NSERC)、社会人文科学研究評議会(SSHRC)の3評議会(トリ・カウンシル、Tri-Councils)が各分野の研究助成し、研究公正に対応している。これを発展させる。カネを握る機関は、各大学・研究機関の研究公正性をチャンとさせる強制力がある。

B 案 – 「行政監察(オンブズパーソン)室の創設」:研究公正性に関して、研究者・大学・研究機関に高い基準でアドバイスし、ガイドラインを提示する行政監察(オンブズパーソン)室を創設する。告発調査機関というより信頼された仲介機関という役割を担う。ドイツ方式なら経費も少なくて済む。3評議会(トリ・カウンシル、Tri-Councils)の傘下に置くなら、3評議会(トリ・カウンシル、Tri-Councils)から招聘する人材は1人だけにし、期間限定にする。

C 案 – 「カナダ研究公正局の創設」:B案の行政監察(オンブズパーソン)室の機能に、研究公正性の教育、訓練、不正調査する大学・研究機関へのアドバイス、不正研究の収集・統計、告発のあり方などの機能も守備範囲に加えたカナダ研究公正局を創設する。英国研究公正室を模範にするなら、政府と政府系研究費助成機関の支援のもと、カナダ大学協会に運営をまかせる。

そして、どれも一長一短あるとしている。

ここで、違和感を感じる。調査研究した結果なのに3案提示し、どうして1つの案に絞って提言しないのだろうか?

また、ハルレポート(H A L Report)は、C 案をさらに踏み込んだ米国・研究公正局のような政府機関をどうして提案しないのだろうか? 依頼主である「カナダ研究公正委員会(Canadian Research Integrity Committee)」への配慮が働いているだろうか? それは、当然働くだろうが、配慮はどの部分なのか?

2009年のハルレポート(H A L Report)の後、以下の記事がある。

2010年5月、ハンナ・ホアグ(Hannah Hoag)は、カナダは不正研究に迅速に対処せよと記事にしている。(参考:Canada urged to tackle research misconduct : Nature News

2011年3月、ペンニ・スチュアート(Penni Stewart)は、カナダに研究公正性の統一基準が必要だと述べている。(参考:National Standards Needed for Research Integrity 、ANADA’S VOICE FOR ACADEMICS Vol 58 | No 3 | March 2011)。

そして、2012年7月、A案に沿った形の3評議会合同(トリ・カウンシル、Tri-Councils)の研究公正ガイドライン(Tri-Council Policy Statement on Integrity in Research and Scholarship (TCPS-IRS))が作られた。

【松澤孝明の調査研究】

松澤孝明とは?

最初にハルレポートの説明から入ったのは、日本の松澤孝明の論文を紹介したいからだ。松澤孝明は、科学技術振興機構の研究倫理・監査室の参事役で(写真出典)、世界の「国家研究公正システム」を詳細に調査し、2014年に調査結果を発表している(文献2~5)。白楽は松澤さんにお会いしたことがあるが、ここでは、松澤孝明と書く。

松澤孝明は、ハルレポート(H A L Report)を世界の国家研究公正システムを考える上でハルレポートを重要な調査ととらえ、ハルレポートを分析・整理している。それで、白楽も、最初にハルレポートの説明から入った。

彼の経歴をインターネットで見ると、1989年 科学技術庁入庁。文部科学省・研究振興局・振興企画課・課長補佐、高等教育局・専門教育課・企画官、2005年4月より、文部科学省・科学技術政策研究所・第3調査研究グループ・総括上席研究官を経て、2014年現在は、科学技術振興機構の研究倫理・監査室・参事役である。この間、英国マンチェスター大学大学院工学・科学技術政策研プログラム(PREST)修士課程修了(技術革新・産業戦略)している。
140722 松澤孝明2 0604-02_fig_5[1]

経歴からわかるように官僚である。ここでは、松澤孝明の調査結果を中心述べるが、白楽は少し違和感を抱く。違和感を一言で言うと、「座学で科学研究を学んだ官僚」という印象である。説得力があるので、この違和感を保ち続けないと、「つい、だまされてしまう」危険を感じる(悪い意味ではありません)。

なお、民主党・衆議院議員・近藤洋介は、国会質疑で、松澤孝明のデータを使用している。松澤孝明は彼のブレーンかもしれない。

国家研究公正システムの3タイプ

ハルレポートは、55か国・地域の国家研究公正システムを,研究公正当局の法的な調査権限に基づき以下の3つのタイプに分類した。松澤孝明が以下のようにまとめている。(出典:文献3、表3も)

  1. タイプ1:「調査権限を有する,国として立法化された集権システム」(言い換えれば,法的な調査権限(強制力)を有する研究公正当局が国レベルで存在するシステム)
  2. タイプ2:「研究費配分機関や個々の機関とは異なる,監督のための法律によらない組織」からなるシステム(言い換えれば法的権限(強制力) は有さないが,独立性の高い研究公正当局やコンプライアンスシステムが国レベルで存在するシステム)
  3. タイプ3:「独立した研究公正監督組織やコンプライアンス機能がないシステム」(言い換えれば,国レベルでの独立性の高い研究公正当局やコンプライアンスシステムが存在しないシステム)

140722 松澤孝明3

表3を見ると、不明の国・地域が「10」もあり、違和感がある。国際連合加盟国は193か国ある。55を引いた残りの138か国・地域はどうしたのだろう? 地域としての中米や中東を加えないのも、違和感がある。さらに、10か国・地域の「不明」の内容も気になる。記載対象にしていない138か国・地域とどのような違いがあるのだろう。

国家研究公正システムの3タイプ

《タイプ1》

米国、デンマーク、ノルウェー、クロアチア、中国の5か国・地域と少ない。特徴は、「法的な調査権限(強制力)を有する研究公正当局」である。

設置形態からさらに3分類している。

(1)内部部局型米国・研究公正局は、連邦政府・健康福祉省(保健福祉省:HHS)の内部部局の1つなので「内部部局型」。この場合、生物医学分野でありかつ健康福祉省からの研究費関連の不正研究のみ扱う。
(2)独立委員会型:欧州諸国(デンマーク,ノルウェー, クロアチア)は,専門家による「独立委員会」なので「独立委員会型」。すべての分野の研究不正を取り扱う。
(3)中間型:中国は両者の中間なので「中間型」。

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《タイプ2》

フィンランド、ポーランド、オーストリア、ドイツ、英国、カナダなどの14か国・地域が該当する。特徴は、「法的権限(強制力)は有さないが,研究資金配分機関(Funding Agency: FA)などとは異なる独立性の高い研究公正当局やコンプライアンスシステム」である。

設置形態からさらに5分類している。

(1)省庁やアカデミーの諮問委員会(Advisory Body)(フィンランドのTENK,ポーランドの科学・高等研究省「科学倫理委員会」など)
(2)研究公正のために設置された独立機関(オーストリアのO e AW I,オランダのLOWIなど)
(3)研究資金配分機関のもとに設立された独立組織(ドイツの研究オンブズマンなど)
(4)非営利法人(英国のU K R I O)など
(5)独立した研究公正当局は設置されていないが国全体の統合的なコンプライアンス・メカニズムが機能している国(カナダの「トリ・カウンシル(Tri-Council)システム」

――――
《タイプ3》

日本、フランス、アイルランド、インド、ベルギーなどの26か国・地域と3分類中では最も多い。特徴は、「独立した研究公正監督組織やコンプライアンス機能がないシステム」である。

「国家研究公正システムの3タイプ」と言いながら、「組織や機能がない」のを1つのタイプに分類するのは、ヘンな気がするが、「国レベルの独立性の高い組織や機能」はないけど、「独立性が低い組織」や「各大学・研究機関にはある」ということだ。

タイプ3は、さらに3分類されている。

(1)研究公正システムが未発達な(あるいは部分的な)国(例えば途上国)
(2)研究機関や研究資金配分機関が研究公正システムの中核を担う国(例えばフランス,アイルランドなど)
(3)国レベルの研究公正監督機能を民間機関や地方機関が代替している国(例えばインド,ベルギーなど)

(1)は、本当に「組織や機能がない」。(2)や(3)は、「組織や機能がない」といいながら、「あるじゃない」と感じる。「ある」けど、タイプ2に比べ、「国レベルの独立性の高い組織や機能」でみると、貧弱ということなのだろう。
――――
松澤孝明の結論

松澤孝明の結論を示す。2014年3月6日の千葉大学で行なった講演の最後のまとめである(32枚目。33枚目は文献)(文献2)。
140722 松澤孝明1

最後のまとめに、「5.なお、どのシステムも、「一長一短」があることが過去の研究等から知られており、研究不正をめぐる自国の「実態」や、研究推進システム等の「特性」等を考慮した研究公正システムを検討することが必要であると考えられる。」とある。「過去の研究」は主にハルレポートを指していると思われる。

つまり、いろいろ調査研究したが、結論は「研究公正システムを検討する」ことだという。チョッとマテ、「こうした方が良い」案を見つけるために調査研究したのに、「検討することが必要」と結論されると、イヤイヤ、「検討」はしたのでしょう。「検討」の結果を聞きたいのですけど、と感じてしまう。サッカーに例えるなら、「ボールをキープする方法はいいから、シュートしてよ」という違和感である。提言は斬新でなくてもいいから、調査研究の結果から導き出された実施案を示してほしかった。

【欧州の研究公正組織】

欧州研究公正ネットワーク(ENRIO:European Network of Research Integrity Offices)

2007年9月にポルトガルのリスボンで第一回世界研究公正会議(World Conference on Research Integrity)が開催された。この会議の欧州各国の参加者が、英国研究公正室のリーダーシップのもとに2008年3月にロンドンに集まった。この集会で、欧州各国の研究公正組織のネットワークである「欧州研究公正ネットワーク(ENRIO:European Network of Research Integrity Offices)」が発足した。

現在21か国が加盟している。オーストリアの研究公正機関のニコール・フェジャー(Nicole Foeger)の資料をお借りしよう(文献6)。

  • オレンジ色は「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局(national commission with legal mandate)」:デンマーク、ノルウェー、ポーランドの3か国。
  • 肌色は「強制調査権はない国レベルの審議助言機関(national advisory commission)」:英国、ドイツ、オランダ、オーストリアなどの7か国
  • 灰色は「国レベルの機関なし(local commission(s))」:ベルギー、フランス、アイルランド、イタリアなどの11か国である。

140722 ENRIO

松澤孝明も欧州研究公正ネットワーク(ENRIO)の3分類をハルレポートの3タイプと対比している。スライドをお借りしよう(文献2)。
140722 松澤孝明2

同じオーストリアの研究公正機関が作成したスライドで、松澤孝明のは2012年に17か国で、ニコール・フェジャー(Nicole Foeger)のは2014年に21か国で、この2年間に4か国も増えている(文献6)。増えたタイプを見ると、タイプ3の「国レベルの機関なし」は11か国と変わらないが、タイプ1の「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」は1か国から3か国に増え、タイプ2の「強制調査権はない国レベルの審議助言機関」は5か国から7か国に増えている。

つまり、欧州は、強制調査権を持つ・持たないは別にして、国レベルの研究公正組織が急速に整備されているということだ。

英国研究公正室はタイプ2の「強制調査権はない国レベルの審議助言機関」だが、米国・研究公正局と同じような政府機関(タイプ1の「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」)が必要だと、英国政府は考えている。(Josh Howgego 2011年7月29日「UK research needs an independent integrity body」)。

【白楽の感想】

《1》 「日本の国としてのどのような研究公正システムが良いのか?」

国際連合加盟国は193か国の大半は、先端的な科学技術研究を十分発達できていない。だから、大半の国は、国家研究公正システムが未発達、あるいは必要としない。世界の国家研究公正システムを考える時、松澤孝明が分類した「3タイプ」に入る45か国・地域が検討の対象になる。

ただし、「3タイプ」は並列ではなく、国の発展度合いと政治家・官僚の研究公正性意識に高低に対応している。タイプ3の「国レベルの機関なし」 が最も初期形態で  →  タイプ2の「強制調査権はない国レベルの審議助言機関」に進むか、 研究公正性意識が高ければ、タイプ1の「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」へと発展させる。

日本は、現在、タイプ3の「国レベルの機関なし」である。屈辱的である。

日本が早急にすべき選択肢は、タイプ2の「強制調査権はない国レベルの審議助言機関」創設か、タイプ1の「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」創設である。

日本は世界トップクラスの国家である。特に科学技術では他の先進国を凌駕する面も多々ある。その世界トップクラスの国家にふさわしい国家研究公正システムとなれば、ここは、タイプ1の「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」創設だろう。

白楽は、長いこと「強制調査権を持つ国レベルの研究公正局」つまり、日本版・研究公正局を創設すべきだと思っている。(日本版・研究公正局の設置:白楽の提言)。

なお、科学政策に詳しい病理医・博士(医学)の榎木英介がまとめたサイトに、いろいろな意見を見られる。 → 理研の中間発表、批判強まる~日本版研究公正局は必要? – 科学政策ニュースクリップ

【文献】

  1. Hickling Arthurs Low Corporation (HAL)(2009):「The State of Research Integrity and Misconduct Policies in Canada」、(2014年7月4日閲覧)
  2. 松澤孝明(2014):「わが国の研究不正の特徴と国際比較」、千葉大学テニュアトラック・セミナー講演資料
  3. 松澤孝明(2014):「諸外国における国家研究公正システム(1) 基本構造モデルと類型化の考え方」、情報管理、vol. 56, no. 10, p. 697-711
  4. 松澤孝明(2014):「諸外国における国家研究公正システム(2)特徴的な国家研究公正システムモデルの比較分析」、情報管理、vol. 56, no. 11, p. 766-781
  5. 松澤孝明(2014):「諸外国における国家研究公正システム(3) 各国における研究不正の特徴と国家研究公正システム構築の論点」、情報管理、vol. 56, no. 12, p. 852-870
  6. Nicole Foeger(2014):「Research integrity knows no geographical boundaries