ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)(米)

ワンポイント:データねつ造・改ざん疑惑は無罪(調査は疑問)だが院生への対応に非難

●【概略】
Homme350ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga、写真出典)は、米国・デューク大学医科大学院(Duke University School of Medicine)・教授で、医師ではない。専門は生化学で酵素デザインの研究では著名である。

2007年(48歳)、「2004年のサイエンス論文」の結果にデータねつ造・改ざんの疑念が生じた。

2009年(50歳)、デューク大学医科大学院、および、研究公正局はヘリンガ教授をシロと判定した。

20020245なお、ヘリンガの妻・ロレーナ・ビーセ(Lorena S. Beese)も、デューク大学医科大学院・生化学・教授で米国科学アカデミー会員である。専門はDNA複製で、ヘリンガと共著の論文が多数ある。但し、データねつ造・改ざんの疑念を受けた論文での共著者ではない。

デューク大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングで世界第20位の大学である(World University Rankings 2015-2016 | Times Higher Education)。

P0000405%20copyデューク大学生化学科(Department of Biochemistry at Duke University)、写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:英国
  • 研究博士号(PhD)取得:英国・ケンブリッジ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1959年頃。仮に、1959年1月1日とする
  • 現在の年齢:58歳?
  • 分野:生化学
  • 最初の不正疑惑論文発表:2004年(45歳)
  • 発覚年:2007年(48歳)
  • 発覚時地位:デューク大学医科大学院・教授
  • 発覚:同じ分野の研究者
  • 調査:①デューク大学医科大学院・調査委員会。②研究公正局。③ダーパ(DARPA、国防高等研究計画局)
  • 不正:ねつ造・改ざんはシロ
  • 疑惑論文数:数論文。1論文撤回。
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 結末:処分なし

【経歴と経過】

  • 生年月日:1959年頃。仮に、1959年1月1日とする
  • 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
  • 1986年(27歳):英国・ケンブリッジ大学(University of Cambridge)で研究博士号(PhD)を取得した
  • 19xx年(xx歳):米国・イェール大学のポスドク。フレデリック・リチャーズ研究室
  • 19xx年(xx歳):米国・デューク大学医科大学院(Duke University School of Medicine)・教授
  • 2004年(45歳):後で問題になる「サイエンスの2014年論文」を出版する
  • 2007年7月(48歳):「サイエンスの2014年論文」にデータねつ造・改ざんの疑念が表明される
  • 2009年(50歳):デューク大学医科大学院はヘリンガ教授をシロと判定した

★研究費獲得リスト
出典:https://www.biochem.duke.edu/homme-wytzes-hellinga-primary
英語のままでスミマセン。英語の方がわかりいいかも。

【不正発覚の経緯と内容:エリカ・ヘイデンの解説】
2008 年5月9日のエリカ・ヘイデン(Erika Check Hayden)の「Nature」記事(【主要情報源】①)は秀逸である。この記事を主体にポイントを整理した。カッコ内の年齢はヘリンガの年齢である。

★大学院生のマリー・ドワイヤー

マリー・ドワイヤーは、9年前のことを思い出した。(記事の2008 年5月時点)

無題1999年(40歳)、デューク大学医科大学院の院生・マリー・ドワイヤー(Mary Dwyer、写真出典)は、実験室ローテーション(院生が研究室配属を決める前に数研究室を実体験する)が終わって研究室配属を決めるとき、たんぱく質の構造と機能を独特の視点で研究しているヘリンガの研究室を選ぼうと思った。

ただ、ヘリンガ研究室の院生に相談すると、「この研究室はかなりキツイ。他にも良い研究室があるよ」と助言してくれた。別の院生は、ドワイヤーの脇によってきて、「ヘリンガは気難しいので選ばない方がいい」とスバッと言った。確かに、ヘリンガ研究室では博士号を取得しないで研究室を辞めた院生が多かった。

ドワイヤー自身は、実験室ローテションでヘリンガの研究室にキツイ印象がなかったし、他の院生が指摘するようなことは自分はなんとか対処できると感じて、マリー・ドワイヤーは、へリンガの研究室を選んだ。

story3Pic3マリー・ドワイヤーは、ヘリンガの指導の下で「Nature」や「Science」を含めた学術誌に複数の論文を発表でき、そういう意味では、マリー・ドワイヤーの選択は大成功だった。また、これらの論文は既に著名だったヘリンガの研究業績をさらに高める貢献もした。

2004年(45歳)、マリー・ドワイヤーは博士号を取得し、2005年、ポスドクとして別の研究室で修業するため、ヘリンガ研究室を去った。

★ヘリンガの野心的な研究

時間軸を少し戻して、ヘリンガ自身の経歴を話そう。

ヘリンガは大胆な科学者である。

453275a-1ヘリンガの学問的興味は、「アミノ酸の配列はたんぱく質の機能をどうコードしているか?」だ。この謎が解ければ、特定の機能を持つオーダーメイドのたんぱく質(酵素)を簡単に作ることができる。つまり、酵素の設計・施工である(酵素デザイン)。

1987年(28歳)、ヘリンガは、英国・ケンブリッジ大学(University of Cambridge)で研究博士号(PhD)を取得した翌年に出版した論文に、すでに、酵素デザインの萌芽を抱いていた[Hellinga, H. W. & Evans, P. R. Nature 327, 437–439 (1987)]。

Fred_Richards_photo1991年(32歳)、ヘリンガは、米国・イェール大学の著名な化学者・フレデリック・リチャーズ(Frederic Richards、写真出典:”Fred Richards photo” by Sarah Richards – Sarah Richards (daughter of Fred Richards). Licensed under CC0 via Commons)のポスドクをしていた。この時、オーダーメイド酵素たんぱく質を設計するコンピュータ・プログラム(デジマーDezymerと命名)を完成し、出版した[Hellinga, H. W. & Richards, F. M. J. Mol. Biol. 222, 763–785 (1991)]。

このコンピュータ・プログラムはオーダーメイド酵素たんぱく質のアミノ酸配列を予測するプログラムだった。

ヘリンガは、非常な自信家で、こういう大胆な発想の研究テーマは彼にピッタリだった。ヘリンガの友人の話だと、ヘリンガは昔、「君は、ある日、ダーウィンよりボクの方が有名になっていると思う?」と聞いたそうだ。

酵素デザインの研究を進めるとき、ヘリンガは、「君は尊大だと噂れているが、自分でもそう思うかい?」と聞かれた。

ヘリンガは、「ボクは、そうは思わないけど、個人的には尊大であってもいいと思っている。超難しい大実験をしようとしている時、研究者は絶対的な自信を持つ必要がある。そして、そう、今がその時で、ボクはテクニックとアイデアを持っている。だから、超難しい大実験をしようとしているんだ」と答えたそうだ。

★ヘリンガの難しい挑戦

2002年(43歳)頃、ヘリンガは、当時、最も難しい挑戦に乗り出すところだった。トリオースリン酸塩イソメラーゼ(TIM:ティム)という平凡は機能の酵素たんぱく質のアミノ酸を変え、非常に活性の高い酵素に作り直す実験である。

この酵素は、ほとんどの生物が持つ解糖系代謝経路の1つの反応を担う酵素である。ヘリンガのゴールは大胆だった。最高の反応効率を持つ、いわば、「完全な酵素(perfect enzyme)」を作ろうと計画したのだ。以下にトリオースリン酸塩イソメラーゼ(TIM:ティム)の活性部分を図で示すが、英語の説明はゴメン、日本語に訳していません(日本語解説 → トリオースリン酸イソメラーゼ – Wikipedia)。

453275a-5-lg反応式出典: SCIENCE

ヘリンガは、2人の院生、前出のマリー・ドワイヤー(Mary Dwyer)とローレン・ルーガー(Loren Looger)をこのプロジェクトにあたらせた。

ドワイヤーとルーガーの2人は、酵素活性を全然持たない大腸菌のリボース結合たんぱく質をTIMに変える大胆な研究プロジェクトに取り掛かったのである。

2人は、まず、リボース結合たんぱく質をTIMに変えるコンピュータプログラムを書きあげた。次いで、ドワイヤーはそのプログラムを使って、リボース結合たんぱく質のアミノ酸を変え、新しいTIM(「NovoTIMs」(ノボティム)と命名した)を作り、TIMの活性があるかどうかを測定した。

自分のことを「かなり保守的」な性格と評するドワイヤーは、研究プロジェクトが成功するかどうか不安であり、懐疑的でもあった。約6か月で25種類のNovoTIMsをデザインし、その活性を測定すると、2~3種類のNovoTIMsたんぱく質に活性が見つかった。

しかし、彼女は実験にいくつもの問題を感じていた。例えば、設計での予想に反して、大腸菌は菌本来のたんぱく質をずっとたくさん作り、NovoTIMはかなり少量しか作らなかった。そして、NovoTIMsの活性は非常に不安定だった。ドワイヤーは、自分の実験結果にいつも疑問を抱いていた。

彼女がNovoTIMs酵素活性を測定すると、測定値はバラついた。研究室の別のメンバーと一緒に実験しても酵素活性はバラついた。「私達はその原因を全く理解できなかった」。これらの問題のため、ドワイヤーの実験結果は、NovoTIMの活性に関して紛らわしいデータになった。

ところが、ヘリンガ教授は院生とは別次元のプランがあった。ドワイヤーの測定した酵素活性は、予想した値より高くはないが、論文をまとめ始めた。

2004年3月29日(45歳)、ヘリンガ教授は、NovoTIMsを、サイエンス誌の投稿し、原稿は1か月半後の5月6日に受理された。

論文では、ドワイヤーの最良のデータだけを使った。そして、論文の最後に「酵素デザイン」実験成功の勝利宣言をした。

「私達は、コンピュータによる酵素活性デザイン・テクニックを使って、触媒作用のないたんぱく質をトリオースリン酸塩イソメラーゼに見事に変換できた」と述べている。

しかし、ドワイヤーは、論文が酵素活性値のバラつきについて言及していないことに違和感を抱いた。

2004年(45歳)、共著の院生だったローレン・ルーガー(Loren Looger)は、ヴァージニアにある別の研究室に移り、デューク大学を去った。

論文では勝利宣言をしていたが、ドワイヤーは、サイエンス誌論文に研究の達成感がなかった。「それは奇妙な感覚でした。ほかにも何となく違和感があるデータもあったので、私は酵素活性値のバラつき問題を含めて、もっと研究したかったのです」。

「私は、私達はまだ勝利宣言ができる状況ではないと感じていました」。

それで、ドワイヤーは、自分の懸念をヘリンガ教授に伝えた。しかし、ヘリンガ教授は、ドワイヤーにもルーガーにも、未完成の研究成果を論文として出版するようにプレシャーかけたとは思っていなかった。「研究成果と論文出版は、関係者の間では十分注意深く話し合いました」と、ヘリンガ教授は、後に述べている。

その年(2004年)の9月(45歳)、NIHは、5年間で250万米ドル(約2億5千万円)の研究費を支給する「パイオニア賞(Director’s Pioneer Awards)」という名称の研究費枠を発足させた。ヘリンガ教授は、その9人の受賞者の1人に選ばれた。

2004年10月、ヘリンガ教授は、パイオニア賞とは別に「先見ナノテクノロジー研究所(oresight Nanotech Institute)」から賞金10,000ドル(約100万円)のファインマン賞を受賞した。

この頃、イェール大学を含めた複数の大学・研究所がヘリンガ教授とヘリンガの妻・ロレーナ・ビーセ(構造生化学者)にヘッドハンティングの打診をしていた。

2005年4月、ヘリンガ教授は、しかし、デューク大学からの「ジェームズB.デューク生化学教授」職を受諾し、妻・ロレーナ・ビーセは翌年々同じ名誉を受け取ることで、デューク大学に残留した。デューク大学は、2人のために新しい研究所「生物学構造とデザイン研究所(Institute for Biological Structure and Design)」も設立した。

★急上昇から停滞へ

453275a-32004年12月(45歳)、ニューヨーク州立大学バッファロー校(State University of New York in Buffalo)のジョン・リチャード教授(John Richard、写真出典は【主要情報源】①)は、ヘリンガの「サイエンスの2014年論文」に大変興味を持ち、ヘリンガ教授に共同研究の手紙を書いた。

リチャードは、酵素研究では実績のある研究者で、TIMの反応を分析する方法を開発していた。それで、彼の研究室で、NovoTIMs と普通のTIMsの活性を比較したかったのだ。しかし、手紙の返事はもらえなかった。

2006年7月(47歳)、リチャードは、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)・名誉教授のジャック・カーシュ(Jack Kirsch)と話しているとき、ヘリンガ教授の「サイエンスの2014年論文」の話題に触れた。カーシュはバークレー校で8月9日にヘリンガ教授にセミナーしてもらうことになっていた。セミナーがすんで、カーシュは、リチャードが共同研究を申し込んだが返事がないとヘリンガ教授に伝えた。それでようやく、ヘリンガ教授は対応した。

2006年10月20日(47歳)、ヘリンガ教授はリチャードにNovoTIMsの試料を送った。

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Tina Amyes(左)、Astrid Koudelka(右)。著作権者:N. J. PARISI

リチャードの研究室では、テクニシャンのアストリッド・コウデルカ(Astrid Koudelka、写真右、出典は【主要情報源】①、著作権者:N. J. PARISI)がヘリンガ教授の指示通りNovoTIMsを精製しようと実験したが、うまく精製できなかった。

リチャードの妻で化学者のティナ・エイミース(Tina Amyes、写真左、出典は【主要情報源】①、著作権者:N. J. PARISI)は、酵素活性の指標であるミカエリス定数(Michaelis constant)をNovoTIMsで測定すると、「サイエンスの2014年論文」の数値とは異なり、普通のTIMsの数値を示した。2007年の前半に何度も実験したが、すべての数値はNovoTIMsのミカエリス定数ではなく、普通のTIMsのミカエリス定数を示した。

テクニシャンのアストリッド・コウデルカは、ヘリンガ教授の指示の精製法で精製できなかったので、別の強力な精製法を使い、ようやくNovoTIMsの精製に成功した。ところが、なんと、精製したNovoTIMsには活性がなかったのである。

2007年7月下旬(48歳)、リチャードの研究室は、「サイエンスの2014年論文」はヘンだという結論に達していた。「サイエンスの2014年論文」のNovoTIMsの活性は不純物として混入した普通のTIMsの活性を測定したとしか考えられなかった。

リチャードは「かなりの研究費と時間、人材も使ったのに、他人の論文を訂正するだけでは、不公平だ」と感じた。それに、「サイエンスの2014年論文」は追試できないのだから、間違いかデータねつ造がある。その事実を知っているのはリチャードだけだ。

2007年7月26日(48歳)、リチャードは、「サイエンスの2014年論文」が追試できなかったという研究室のデータをまとめて、ヘリンガ教授に長文のメール送った。また、サイエンス誌編集部、JMB誌編集部と他の2人の科学者に状況を説明し適切な対処をしてほしいと伝えた。

★ヘリンガ教授非難とゴタゴタ

その後、詳細を省くが、ヘリンガ教授はかつての院生で「サイエンスの2014年論文」の第一著者のマリー・ドワイヤーがデータをねつ造したと非難した。この非難、つまり、かつての院生を犯人扱いしたことが学術界に知れ渡り、ヘリンガ教授にブーイングが起こった。

同分野のウィスコンシン大学のペリー・フライ教授(Perry Frey)は、「ヘリンガは、教授として恥ずかしくないのか。院生を指導するのが教授の役目だ。データとその解釈では、そこにどんな問題があるのかを院生が見つけられるようにガイドする、そして、何が落とし穴かを示すのが教授の役目でしょう」とヘリンガ教授を非難している。

2007年(48歳)、デューク大学医科大学院はヘリンガの調査を始めた。

2008年2月1日(49歳)、ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)は以下の「2004年のサイエンス論文」を撤回した(Retraction)。.

2008年2月4日(49歳)、2007年、デューク大学医科大学院の副学部長・ウェスリー・バイアリー(Wesley Byerly)は、マリー・ドワイヤーのねつ造・改ざん嫌疑が晴れたことをマリー・ドワイヤーに伝えた。

2008年6月、デューク大学医科大学院・生化学の大学院生は、デューク大学に「院生のマリー・ドワイヤーに関してヘリンガ教授を調査するよう」嘆願書を提出した。

嘆願書が主張した調査のポイントは2点あった。

  1. ヘリンガ教授は、マリー・ドワイヤーが反対しているのもかかわらず、ドワイヤーのデータを論文として発表したのか?
  2. ヘリンガ教授は、ドワイヤーに研究ネカトの罪を「いいかげんで、悪意に満ち、無謀にも」なすりつけたのか?

ところが、2009年(50歳)、デューク大学医科大学院は、調査報告書は公表しないまま、ヘリンガ教授をシロと発表した。

【不正発覚の経緯と内容:その後】

2009年(50歳)、研究公正局広報官のアン・ブラッドリー(Ann M. Bradley)は、研究公正局もヘリンガ教授をシロと判定したと述べている。

2009年12月10日(50歳)、ヘリンガ教授の研究助成したダーパ(DARPA、国防高等研究計画局)の広報官・エリック・マッザコーン(Eric T. Mazzacone)は、デューク大学にこれ以上の調査は不要と通知した。つまり、ダーパもヘリンガ教授をシロと判定した。

1b5faadデューク大学生化学の大学院生で嘆願書代表者のルイス・メッガー(Louis Metzger、写真出典)は、その後、別の研究機関に就職したが、デューク大学がヘリンガ教授の調査結報告書を秘密にしたままヘリンガ教授をシロと判定したことに、「事件を隠ぺいした」と怒った。

【論文数と撤回論文】

2015年11月12日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)の論文を「Homme W. Hellinga [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2014年までの13年間の40論文がヒットした。40論文のうち12論文が妻・ロレーナ・ビーセ(Lorena S. Beese)と共著である。

「Hellinga HW[Author]」で検索すると、1985年~2014年の73論文がヒットした。

2015年11月12日現在、1論文が撤回されている。本記事で問題にしている「2004年のサイエンス論文」が2008年2月に撤回されている。

【白楽の感想】

《1》教授、院生、大学の役割

ヘリンガ教授とマリー・ドワイヤー院生の抗争は、ヘリンガ教授に分が悪い。それは、ヘリンガ教授の性格がもともと傲慢だからでもあるが、そういう感情論は別にして、 それぞれの役割と責任をどう果たしたのか、冷静に、明確にしてほしいと感じた。

今回のような研究ネカトでしばしば感じるのは、教授、院生(あるいは、テクニシャン)、大学・研究機関の3者の各役割と責任が曖昧だということだ。

ウィスコンシン大学のペリー・フライ教授(Perry Frey)は、教授の役目は、データとその解釈にどんな問題があるのかを院生が見つけられるようにガイドする。そして、何が落とし穴かを示す、と説いている。至極まともな教授論だが、しかし、これが米国の共通認識とは思えない。

院生(あるいは、テクニシャン)が研究ネカトをすると、自分の研究室で注意も教育もしないで、即、大学に不正だと訴えている印象がある。だから、米国では、院生(あるいは、テクニシャン)の研究ネカト事件が多い。

《2》誰が犯人か?

冷静に考えて、「サイエンスの2014年論文」が追試できない理由は、データねつ造・改ざんしか考えられない(大きな間違いはねつ造・改ざんの範疇)。すると、ヘリンガ教授かマリー・ドワイヤー院生のどちらかが犯人である。

マリー・ドワイヤー院生が、実はクロということはないのだろうか?

あるいは、ヘリンガ教授がクロなのだろうか? 大学は、ヘリンガ教授をシロと判定したが、調査も人間の行為だ。調査が間違い(不正?)ではないのか?

いずれにせよ、研究ネカトでは、大学・公的機関の調査報告書は、公表を義務とすべきでしょう。

《3》欧米科学メディアが秀逸

「Nature」のエリカ・ヘイデンの記事には感動した。息遣いを感じるほど肉薄した取材は素晴らしい。写真も適切で、論旨、主張も素晴らしい。

ウェブ情報だけで、2004年論文での疑惑、つまり、10年以上前の研究ネカト疑惑について理解できる米国の科学メディアには本当に頭が下がる。

他の「研究者の事件」でも、同じような豊かな資料・分析に遭遇することが欧米の科学メディアでは何度もある。読み物としても素晴らしい。こういう記事を通して院生・研究者は研究者のあり方や研究規範を学ぶ。

しかし、日本の「研究者の事件」の新聞記事は貧相で、科学メディアはすたれている。何とかならないだろうか? 一方、小保方事件を芸能スキャンダルのように仕立てあげ、低次元で狂ったように報道する。これでは、まともな研究倫理観、そして、科学のあり方を考えるための知識・思想は育ちにくいだろう。もっと冷静な調査や議論が必要だ。

Prize-Winners-All_13482004年10月 ファインマン賞の受賞者たち。ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)は左から2人目。写真出典

【主要情報源】
① 2008 年5月9日のエリカ・ヘイデン(Erika Check Hayden)の「Nature」記事:Chemistry: Designer debacle : Nature News
② 2009年10月13日の「Medical Writing, Editing & Grantsmanship」記事:Hellinga Controversy Expands | Medical Writing, Editing & Grantsmanship
③ 2010年1月1日のブレンダン・ボレル(Brendan Borrell)の「The Scientist」記事:A pioneer’s perils | The Scientist Magazine®
④ 2010年12月14日のカーメン・ドラール(Carmen Drahl)の「Chemical & Engineering News」記事:Duke University Wraps Up Misconduct Inquiry | December 14, 2010 Issue – Vol. 88 Issue 51 | Chemical & Engineering News
⑤ 2009年10月12日のエリカ・ヘイデン(Erika Check Hayden)の「Nature」記事:Protein-design papers challenged : Nature News
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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