3‐3.「ねつ造」の具体例


《ねつ造》の定義を再掲する
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《ねつ造》

  • 文部科学省:
    存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
  • 米国政府:
    データや研究結果をでっちあげ、記録または発表・報告すること。
    Fabrication is making up data or results and recording or reporting them.

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定義だけではわかりにくいので、「ねつ造」の具体例を述べよう。

【米国・マイアミ大学の具体例】

米国・マイアミ大学が示す「ねつ造」の具体例
Research Integrity – Regulatory & Compliance Services – Office of Research, University of Miami

  • 実際はインタビューしていない架空の人のアンケート回答を作る・・・(心理学などで散見する「ねつ造」例)
  • 実際には遂行していない実験データを作成する
  • 実際の実験で集めたデータの統計的な妥当性を高めるために架空データを加える
  • 臨床研究で、法令順守に必要だった経過記録(clinical note、progress note)を記入せず、事後に、研究記録に挿入する。

【米国・NIHの具体例】

米国・NIHが示す「ねつ造」の具体例(Research Misconduct

  • 参加者を集めなければならないという期待と圧力に負けて、研究コーディネーターが架空の人物名と参加者情報を記入して医薬品の治験参加書を作成した。
  • バーモント州の生物医学研究者・エリック・ポールマン(Eric Poehlman)が実在しない患者のデータをでっちあげた。 ニューヨーク・タイムス紙の記事「エリック・ポールマン事件」を参照のこと。
  • 2012年6月の『科学者』誌(The Scientist)の記事「パーキンソン病研究者・モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)事件」を参照のこと。

米国・NIHが示す3つの「ねつ造」の具体例の内、2つは、他の記事を参照とある。仕方ないので、指示された2つの記事の事件を探ることにした。

★ エリック・ポールマン事件
140912 エリック・ポールマン1111143407_3630[1]米国・バーモント大学が詳細に調査し、バーモント地方裁判所も調査・裁決したが、米国・研究公正局も調査し、2008年に結論を記録した事件である(Case Summary: Poehlman, Eric T. | ORI – The Office of Research Integrity)。(写真:Boston.com / News / Nation / Researcher admits fraud in grant data )。

日本語の解説がないので、ウィキペディアに記事「エリック・ポールマン (生物医学研究者)」を書く予定。書きました近々アップし、このブログでもお知らせする。詳しくはそちらを参照してください。

ニューヨーク・タイムス紙の記事「エリック・ポールマン事件」からポイントを拾う(直訳ではありません) (Jeneen Interlandi:「An Unwelcome Discovery」, New York Times, October 22, 2006)。

エリック・ポールマン(Eric Poehlman、1956年 – )は、米国・バーモント大学医学部・教授の生物医学研究者で、ヒトの肥満と老化の内分泌学に関する研究では200報以上の論文を発表し、著名な研究者だった。

ポールマンは、患者の加齢とともに、脂質の1種である低比重リポタンパク(LDL)が血液中に増加すると予想した。低比重リポタンパク(LDL)は動脈にコレステロールを沈着させる作用がある。同時に、加齢とともに、今度は逆に、血液中の高比重リポタンパク(HDL)が減少すると予想した。高比重リポタンパク(HDL)は肝臓にコレステロールを運び、コレステロールは肝臓で分解される。それまでの数十年間の情況証拠は、加齢とともに脂質レベルが悪化することを支持していたので、ポールマンの仮説は生物医学研究界にすんなり受け入れられた。ポールマンは、患者の血液中の脂質を測定することで、この仮説を実証しようと考えた。

1998年、ポールマンを師と仰ぐ22歳の若い男性・ウォルター・デニーノ(Walter DeNino)がポールマン研究室のテクニシャンとして採用された。

2000年の10月、決定的なことが起こった。

デニーノは、共同研究として行なっている患者の血液中の脂質データを論文にするよう、ポールマンに命じられた。デニーノは早速、脂質データの統計分析したが、データはポールマンの仮説と合わなかった。ポールマンにデータを見せると、ポールマンは患者の元データが自宅にあるから検討すると、データの電子ファイル(エクセル)を自宅に持ち帰った。翌週、デニーノは、ポールマンからは電子ファイルを返してもらったが、その時、「いくつかの間違いがあったので、それを修正しておいた。もう一度、統計分析をしてくれ」とポールマンに依頼された。それで、デニーノは、電子ファイルを開けて、データの統計分析をし直した。すると、先週まではバラバラだったデータが、今度は全く整然としていて、仮説通りに、加齢と伴にHDL値は減少し、LDL値は増加していた。

デニーノは不思議に思い、元のデータ一覧表とポールマンが彼に渡してくれたデータ一覧表を比較した。1回目の血液検査と2回目の血液検査を比較すると、元のデータ一覧表では、多くの患者のHDL値は特定の傾向を示していなかった。あえて言えば、増加の傾向にあった。しかし、ポールマンが改訂したデータ一覧表では、患者のHDLはどれも減少していた。

デニーノは、患者の元データと比較したいので見せてほしいとポールマンに頼んだ。ポールマンの返事は、元データは見せられないということだった。この時、デニーノは、患者の元データはポールマンの自宅にはなく、なにかおかしなことをしているのではないかと疑った。

それで、再度、データ一覧表をよく調べた。すると、ポールマンに変更された数値は、ポールマンの仮説に合わなかった数値だけで、変更されなかった数値は、ポールマンの仮説に合った数値だけだった。デニーノは驚いて、何度も、データ一覧表を見直した。

デニーノは大学に告発し、またバーモント地方裁判所に訴えた。

結局、ポールマンは、2001年、データねつ造・改ざんが発覚し、2001年9月、バーモント大学を退職した。2006年、バーモント地方裁判所により、17件の研究費申請書と10報の論文のデータねつ造・改ざんを犯した罪で1年1日、刑務所に収監された。不正研究で刑務所暮らしをした最初の米国研究者である。

ウン、待てよ。この行為だと、ポールマンはデータを変えたので、白楽には「ねつ造」ではなく「改ざん」と思える。米国・NIHが「ねつ造」の具体例として挙げるのは、ヘンである。

そう思ってもう一度見直した。ゴメン、ありました。

「1995年11月発表の論文「Annals of Internal Medicine 123(9):673-675, November 1, 1995」で35人の女性患者の存在しない測定値を捏造した」とあった。

これは、「ねつ造」ですね。ただ、ニューヨーク・タイムス紙の記事は、デニーノが告発し事件が発覚する部分を中心に物語風に書いてあるので「改ざん」の印象を受けてしまったのだ。ゴメン。

★ モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)事件

日本語の解説がない。書いた。ウィキペディアに記事を書く予定はない。

2012年6月の『科学者』誌(The Scientist)の記事から以下にポイントだけ書いた。(Hayley Dunning:「Parkinson’s Researcher Fabricated Data」、2012年6月29日)

2003年、モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)はニュージャージー医科歯科大学(University of Medicine and Dentistry, New Jersey:UMDNJ) の助教授に着任した。その数年後、大学の研究公正局は、彼女が不正研究をしているという最初の告発を受けている。

2012年6月29日、モナ・ティルチェルヴァンは、2005年にEnvironmental Health Perspectiveと Journal of Biological Chemistryに出版した2つの論文でのデータねつ造を認め、論文を撤回した。

2つの論文とも、パーキンソン病(PD)患者の神経細胞への殺虫剤の影響に関する研究で、研究データである細胞数をねつ造した。研究は、マウスとラットの脳の中の黒質線条体の神経細胞数を数えたことになっている。しかし、ニュージャージー医科歯科大学(UMDNJ)の調査の結果、神経細胞は一度も数えられていなかったことが判明した。

他にも記事がある(Thiruchelvam – Parkinson’s Disease – Researcher Guilty Of Faking Data On Pesticides – 2012 06 29 – Pesticide Truths)。

【白楽の感想】

《1》 「ねつ造」の発覚は難しいだろう
ポールマンは、35人女性患者の存在しない測定値を「ねつ造」した。ティルチェルヴァンは、数えていない細胞数の数値を「ねつ造」した。

ティルチェルヴァン事件では、ティルチェルヴァン自身は細胞数を測定する設備を持っていない。共同研究者は、以前、細胞数の測定を依頼され、測定した。それが、今度は測定を依頼されなかったのに細胞数のデータがあった。誰が測定したのだろうという疑念から「ねつ造」に気付いて、告発した。

ポールマン事件は、共同研究者が「改ざん」で告発した。調査を進めるうちに別件で「ねつ造」が発覚した。

他の事件も合わせて、共同研究者が告発しない場合、別件での不正研究疑惑での調査が入らない場合、ねつ造の発覚はかなり難しいだろう。

《2》 日本での報道
ポールマン事件もティルチェルヴァン事件も、日本の大衆メディアは報道していない(白楽の知る限り)。一般大衆が興味を持つ事件ではないので「よし」としよう。

しかし、科学メディアも伝えていないと思う。だから、大多数の日本の科学研究者も知らないだろう。科学研究者は明らかに知っておくべき事件だと思う。

こういう事件を伝えるメディアが日本に必要な気がするのだが・・・。