3‐1.「ねつ造」「改ざん」の文部科学省の定義と現実の事件


【文部科学省の定義】
文部科学省は、2006年、「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(2006年8月8日)をまとめた。

2013年11月から上記を見直し、2014年2月「公正な研究活動の推進に向けた「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」の見直し・運用改善について(審議のまとめ)」(2014年2月3日)を発表した。ただし、定義や指針に関して変更はない。

本ガイドラインの対象とする研究活動は、文部科学省及び研究費を配分する文部科学省所管の独立行政法人の競争的資金を活用した研究活動であり、本ガイドラインの対象とする不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である。ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。

(1)捏造
存在しないデータ、研究結果等を作成すること。

(2)改ざん
研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。

文部科学省の定義を一言で言い替えると、《ないデータを作るのが「ねつ造」で、あるデータを改変するのが「改ざん」》である。

【定義を現実の事件に適用するのは困難】

「ねつ造」と「改ざん」は言葉の定義上では明確だが、現実は、区別が難しい。

例えば「改ざん」の定義にある「真正でないものに加工すること」に関して、「真正な元データがある」かどうか、第三者にはわからない場合が多い。真正な元データがあれば「改ざん」かどうか証明できる。しかし、元データが提示されない場合、それが多いのだが、第三者には「ねつ造」か「改ざん」かわからない。

実行者が元データを提示しない場合、元々「ない」ので提示できないのか、「あった」けど破棄して今は「ない」のか、「ある」けど忘れているのか、提示したくないから提示しないのか、どこかで嘘をついているのか、第三者にはわからない。

実行者が元データを提示した場合でも、それが「真正な」元データなのか、元々(あるいは問題視されてから)改ざんした“元データ”なのか、新たにねつ造した“元データ”なのか、どこかで嘘をついているのか、第三者には簡単には(あるいは全く)わからない。「ねつ造」や「改ざん」した“元データ”は、第三者には絶対わからないように「ねつ造」や「改ざん」をするから、簡単には(あるいは全く)わからないのが当然である。

また、改ざんは「真正でないものに加工する」とあるが、この意味が、本質的に不明である。何をもって「真正」と定義し、何をもって「加工」と定義し、判定するのか? イヤ、定義はできても判定はできないでしょう。例えば、ねつ造事件の代表格に扱われている旧石器捏造事件を取り上げよう。

★ 藤村新一の旧石器ねつ造事件

140910 藤村伸一mainichi_fujimura[1]アマチュア考古学研究家の藤村新一が、1970年代から2000年11月5日に不正が発覚するまでの4半世紀に行なった不正研究である。藤村新一は、旧石器時代の地層からそれまで誰も見つけなかった石器を次々に発掘した。この“発見”で、日本史が書き換えられ、その影響は中学・高校の歴史教科書まで及んだ。しかし、この“発見”は、藤村自身が採取した縄文時代の石器を旧石器時代の地層に埋め込んでおいて、自分で“発見する、あるいは他人に“発見”させた「ねつ造」行為だったのである。(写真:藤村新一;旧石器捏造2、ねつ造石器:埼玉県立埋蔵文化財センター・ねつ造事件)。
140910 藤村伸一saitama_maibun17[1]

少し別の視点で書いてみる。この場合、ねつ造の定義である「存在しないデータを作成」に該当するだろうか? 「縄文時代の石器」というデータが既にあった。縄文時代の石器を旧石器時代の石器と変えた行為、つまり、「変更する操作を行い、データを真正でないもの」にしたのではないか? それならねつ造ではなく、改ざんである。

通常の解釈は次のようだろう。元々、旧石器時代の石器ではないものを意図的に旧石器時代の地層に置いて、旧石器時代の石器だとした。つまり、ごまかす意図で、「ない」データを作ったのだから、「ねつ造」である。質的な違いがあると。

しかし、《あるデータを改変する》「改ざん」だって、データを変えて、元々「ない」データに作り変えるのだから、同じことだと思う。

もう1つ、「ねつ造」が明確と思われているサマリン事件を考えよう。なお、米国では、サマーリンではなくサマリンと読むので、サマリンとした。

★ サマリンのねつ造事件
140910 サマーリンsci_FRAUD_pic_06[1]

サマリン事件とは、1974年、ニューヨークのスローン・ケタリング記念癌研究所で勤務するウィリアム・サマリン(William Summerlin、博士)が、自分が行っている皮膚移植の実験がうまくいっていないにもかかわらず、白いネズミの体の一部を黒色のマーカーペンで塗り、あたかも黒い皮膚の移植がされ、それが成功したかのように見せかけたこと、およびそれが発覚し事件となったこと。(サマリン事件 – Wikipedia

140910 The_Patchwork_Mouse_2_by_MouseSneezes[1]「ねつ造が明確と思われている」事件と書いたが、サマリン事件のねつ造は「明確」で、決して改ざんではないか? サマリン事件も少し別の視点で書いてみる。。(写真:サマリン The New York TimesKodėl mokslininkai sukčiauja? – DELFI Gyvenimas。白色マウスの黒色はサマリンのマウスそのものではない、The Patchwork Mouse 2 by MouseSneezes on deviantART

実際は、白いマウスに黒いマウスの皮膚を移植した実験をしていたに違いない。しかし、移植した黒い皮膚が剥げ落ち(現在の知識ならそうなる)、変色していたのだろう。つまり、移植手術した治りかけの皮膚の色は白色ではなくて、肌色あたりの色だったのだろう。その肌色部分の皮膚と毛をマーカーペンで黒く塗ったのに違いない(ここらは白楽の推定)。となると、これは、改ざんと解釈してもよい。イヤイヤ、明らかに改ざんだろう

イヤ、通常、そういう解釈はしない。通常の解釈は次のようだろう。白いマウスに移植した黒いマウスの皮膚は剥げ落ちていて移植できなかったと感じていた。それなのに、ごまかす意図で、マーカーペンで黒く塗った。つまり、「ない」データを作ったのだから、「ねつ造」である。質的な違いがあると。

しかし、もう一度書くが、《あるデータを改変する》「改ざん」だって、データを変えて、元々「ない」データに作り変えるのだから、同じだと思うのだが、どうだろう。

白楽は、このように、「ねつ造」と「改ざん」の区別は現実には明確ではない場合があると考える。「ねつ造」と「改ざん」が区別しやすい場合もあるだろうが、しにくい場合もある。区別する必要はないので、区別しにくい場合は深く考えないで白楽は混用する。このことを、お断りしておく。