★最初に白楽評価を示す。「5(スバラシイ)」。
★特徴
- 無料
- 言語:ロシア語
- 主催者:顕名の専門家集団と不特定多数の共同プロジェクト(ククラウドソーシング)
- 対象:ロシア国内の博士論文、著書の盗用告発
- 盗用判定:文章の類似率
- 対象者:政治家、官僚、学者、有名人
- 発覚数:約460人(2014年6月8日閲覧)
- 作業期間:2013年3月~現在(2014年6月8日閲覧)
★活動内容
「ディザーネット(Dissernet、ロシア語:Диссернет)」(Вольное сетевое сообщество «Диссернет» | Вольное сетевое сообщество «Диссернет»)は、ロシアのサイトで、ロシア国内の大学に提出した博士論文、著書の盗用を告発している。ロシア語で書かれている。右はディザーネット(Dissernet)のロゴ(出典)
★ロシアの博士号と日米英の博士号の相違
2013年10月15日のMichael B. Sauter and Thomas C. Frohlichの記事(The Most Educated Countries in the World – 24/7 Wall St.)によると、ロシアは世界1の高学歴社会である。ちなみに日本は世界3位。
そして、ロシアは博士号の位置づけが日本とは異なる。 日本は米英と似ていて、ロシアはドイツと似ている。ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)で説明したが、ロシアやドイツには、博士号の上に、日本や米英にはない上級博士号(教授資格 Habilitationsschriften)がある。そして、博士号や上級博士号は学者に必要な資格だけではなく、政治家・官僚・有名人がさらに偉くなるのに必要なのだ。ドイツのメルケル首相も博士号を持ち、ロシアのプーチン大統領も博士号を持っている。
2011年の『エコノミスト』誌によると、メルケル首相を含めドイツ連邦下院議員の20%、114人が博士号を持っている。米国議会は3%の18人しか、英国議会・庶民院は650議員の3.2%の21人しか博士号を持っていない。(文献3)
●【ディザーネット(Dissernet)の盗用告発例】
ディザーネット(Dissernet)の活動は2013年3月に開始と、まだ1年余りしか経過していないが、既に約460人(2014年6月8日閲覧)の有力な政治家、著名な学者の博士論文や著書の盗用を告発している。スピードがとても早い。 18日前の以下の告発例で全体像を掴もう。
★ウラジーミル・メジンスキー(Vladimir Medinsky)事件(日本で報道されていない)
- 男性。1970年7月10日生まれ。ウクライナ人。
- ロシアの政治家、教授、作家
- モスクワ国際関係大学・教授
- ロシア文化大臣(2012年5月~)(41歳~)
- 1997年(27歳) 政治学の博士号取得
- 1999年(29歳) 政治学の上級博士号取得
- 2011年6月(40歳) ロシア・ステート社会大学で歴史学の上級博士号取得
- 2014年5月23日(43歳) 「ディザーネット(Dissernet)」告発。1997年論文では120ページの内87ページがメジンスキーの科学アドバイザーS.A.Proskurinから借用。 1999年論文では21ページが盗用。「ディザーネット(Dissernet)」の告発以前に、2011年論文が盗用だと新聞報道されていた。
写真:出典 ウラジーミル・メジンスキー – Wikipedia
日本では、メジンスキー文化相の盗用問題はメディアで報道されていない。どうしてなんだろう? 日本のメディアは、米国のワシントン・ポストやニューヨーク・タイムスが報道しないと報道しないという噂だ。
日本のメディアは、メジンスキー文化相が、昨年(2013年)7月、国立ボリショイ劇場のアナトリー・イクサノフ総支配人を解任したのを報道している。調べると、ナルホド、ニューヨーク・タイムスも報道している(Latest Twist at Bolshoi – Director Is Pushed Out – NYTimes.com)。しかし、ここで挙げた盗用問題の方がスキャンダルとして報道価値が大きいと思うけど。ロシア文化相を辞任するかもしれないし。
★ウラジーミル・メジンスキーの1997年論文の解析例
- 論文:世界の発展とロシアの外交政策の形成の問題の現段階
- 学位:政治学の博士号を取得
- 年月日: 1997年11月13日
論文の解析が終わると、以下のような表が提示される。各ページ番号が小さな正方形の中の数字で示されている。灰色は、論文のタイトルページ、目次、参考文献、イラスト、表、図、アプリケーションで解析対象としていない。文章の類似(盗用?)があるページは黄色である。
メジンスキーの盗用例も同様な表にまとめられている。リンクを残したままコピーしたら、黄色が赤色になったが、以下の赤色数字はメジンスキーの盗用を実際に解析したページにリンクしている。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | |||
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | |||
41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | |||
61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 67 | 68 | 68 | 69 | 70 | 71 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 |
81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | ||
101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | |||
121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 |
黄色(ここでは赤色)の数字は解析終了しているので、クリックすると、別窓で、2つのテキストの合成画像が開く。 例として、上図の114をクリックすると、下図のように、別窓で、2つのテキストの合成画像が開く。
画面をクリックすると拡大する。左がメジンスキーの114ページの文章で、右が参照論文の文章である。一致部分(盗用?)がピンク色で示されている。参照論文の文章を盗用したと、多くの人は思うだろう。
解析の細かい記述もリンクしている。ロシア語なので、詳細を省くが、慎重に比較検討している印象だ。
●【ディザーネット(Dissernet)の組織・運用】
★ディザーネット宣言
以下は「Вольное сетевое сообщество «Диссернет» | Вольное сетевое сообщество «Диссернет»」と文献2の流用である。
「ディザーネット宣言」は、2013年6月~7月に検討・採択された基本宣言である。
「ディザーネット」の活動と任務は、詐欺師、偽造者、嘘つきを暴露する専門家、研究者、リポーターのネットワークである。メンバーは、コンピュータ技術を使い、各作業をネットワークでつなぎ、ロシアの科学研究と高等教育、特に、学位論文の不正行為、陰謀、改ざんを問題視する。
- 正当な根拠がないのにあるように主張する科学者と専門家
- 博士号や上級博士号を得ることで社会的に良い評判、同胞からのさらなる支援や尊敬を得ようとする政治家と有名人
- 「ディザーネット」メンバーは、自由意思に基づいて、自分のイニシアチブで、外圧なしに活動する。
- 「ディザーネット」の調査、研究、出版はロシア連邦の法律を順守し、著作権や他の権利を犯さない。
- 「ディザーネット」は、連邦政府、州政府、役所、政治組織、企業、営利団体の下部組織ではなく、それらから義務も制約もない。
- 「ディザーネット」メンバーは、政治的立場、企業との関係など、いかなる視点と関係なく、「ディザーネット」で活動する。商業目的を追求しない。製品・商標の広告・促進をしない。「ディザーネット宣言」以外の目標を設定しない。
- 「ディザーネット」の経費は、使命に共鳴し、価値を共有する人々の寄付金によって賄われる。
★創設者の4人
ミハイル・ゲルファント(Михаил Сергеевич Гельфа́нд、英語:M. S. Ghelfand)1963年10月25日生まれ。生物情報学。ロシア科学アカデミー・情報伝達問題研究所・副所長。
アンドリュー・ザヤキン(英語名:A. V. Zayakin)。1981年2月23日、ヤクーツク生まれ。物理学者。
セルゲイ・パルホーメンコ(Серге́й Бори́сович Пархо́менко、英語:S. B. Parkhomenko)1964年3月13日、モスクワ生まれ。ジャーナリスト、出版人。(写真:出典)
アンドレイ・ロストフツェフ(Андрей Африканович Ростовцев、英語:A. A. Rostovtsev)1960年3月21日、モスクワ生まれ。物理学者、数学者。理論実験物理学研究所(ITEP)・素粒子実験室長。(写真:出典).
★《動画》言語なし ディザーネットの創設者4人「DISSERNET – YouTube」 2014/05/29にSveta Mishinaがアップロード(2014年6月9日閲覧)
★《動画》ロシア語 ディザーネットの受賞式。創設者4人(1人は代理?)が登壇している「dissernet narodnaya premia – YouTube」 2014/05/29にNatalia Deminaがアップロード(2014年6月10日閲覧)
★受賞
「ディザーネット(Dissernet)」は、ロシア社会に彗星の如く登場し、メディアで絶賛され、国民の認知度はとても高い。
2014年2月28日、ロシアジャーナリスト協会は、「ディザーネット(Dissernet)」活動に対して、セルゲイ・パルホーメンコ(Sergey Parkhomenko)に「2013年ロシアの金のペン」賞を授与した。
2014年4月24日、著名な団体・「政治教育(PolitProsvet)」(Премия “ПолитПросвет”.)は、2014年の特別名誉賞に「ディザーネット(Dissernet)」を挙げた。
★盗用分析
ツールは以下のようだ。白楽は実際に利用していないので、実態は未解読。 論文の文章の類似性を対象にしている。文章の類似性をソフトで調べ、類似性の高い論文を手作業で、さらに調査している。 ソフトは「クリッカーマン(英語:Clickermann)」(Autoclicker Clickermann ::ダウンロードクリッカー)である。
●【白楽の感想】
1.ディザーネット宣言に感動した。
2.活動が1年余りなのに、既に、約460人(2014年6月8日閲覧)も告発していて、調査・告発のスピードがとても早い。
3.ロシアを独裁的で強権的な国家運営だと思い込んでいたが、盗用告発では、どうしてどうして、活動がスゴイ。ドイツのヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)と似た活動だが、主要メンバーが顕名で活動している。権力者から弾圧・攻撃されないのだろうか? 活動が1年余りなのに、ロシア社会で有名で、既に、賞を2回も受賞している。
一方、民主的で自由な米国は、「盗用」研究では世界一だと思っていた。しかし、米国の生命科学系の盗用ブログ「Science Fraud」は受賞するどころか、274疑惑論文の内の著者6人から名誉棄損で訴えると脅され、2014年4月、サイトを閉鎖した。なんてコッタ。
4.盗用の基準をどう設定しているのだろう? 書いてあるのかもしれないが、白楽は解読できなかった。
【文献】
1.ロシアのディザーネット(Dissernet):Вольное сетевое сообщество «Диссернет» | Вольное сетевое сообщество «Диссернет»(2014年6月7日閲覧)
2.Dissernet – Wikipedia, Dissernet – Wikipedia, the free encyclopedia(2014年6月7日閲覧)
3.Bill Bowring (2014年5月23日). Putin’s dissertation and the revenge of RuNet | openDemocracy(2014年6月7日閲覧)
4.メジンスキー事件:Vladimir Medinsky: Russia’s Culture Minister Is a Putin Toady | New Republic(2014年6月7日閲覧)
5.メジンスキー事件:Dissernet’s Experts found plagiarism(2014年6月7日閲覧)
6.ロシアの盗用事件Plagiarism-gate(2014年6月9日閲覧)
7.Masha Lipman (2013年3月9日). “Russia’s dissertation-fraud muckrakers“. The New Yorker. (2014年6月9日閲覧)