7-7.生命科学者の書いた研究ネカト総説:デヴィット・ボー(David L. Vaux):2016年、印刷中

【注意】 「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

【概要】
本論文は、2016年出版予定の本『学術公正ハンドブック(Handbook of Academic Integrity)』の1つの章である。正当的な研究ネカトの総説で、浅く広く研究ネカトをカバーしている。全体の概略を理解する総説として優良で、そういう目的で引用する総説に適している。

【書誌情報】

  • 論文名:Scientific misconduct: falsification, fabrication, and misappropriation of credit (研究ネカト:改ざん、ねつ造、不適切な功績)
  • 著者:David L. Vaux
  • 掲載誌・巻・ページ: Tracey Bretag (editor), Handbook of Academic Integrity (Springer, 2016, in press) (『学術公正ハンドブック』)
  • 発行年月日:2016年 印刷中
  • ウェブ:http://www.bmartin.cc/pubs/16hai/Vaux.html
  • 保存用ウェブ:https://archive.is/keoyE

★著者

David-Vaux-pp

  • 著者:デヴィット・ボー(David L. Vaux) 写真:http://www.wehi.edu.au/people/david-vaux
  • 国:オーストラリア
  • 学歴:サイト
    1984年 豪・メルボルン大学医学部卒
    1989年 豪・ウォルター&エリザ・ホール研究所で研究博士号(PhD)取得、癌遺伝子。
  • 分野:細胞生物学(細胞死の分子機構)
  • 所属・地位:教授、ウォルター&エリザ・ホール研究所(The Walter and Eliza Hall Institute)。メルボルン大学関連の生命科学研究所で、約1,100人のスタッフが癌や感染症を対象に研究している
  • 【追記:2016年2月17日】
    デヴィット・ボー自身の不正が報道された(2016年2月17日、Research ethics campaigner David Vaux slams fudging claims

WEHI-sideウォルター&エリザ・ホール研究所。出典:Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research – Wikipedia, the free encyclopedia

【1.序論:問題点】

パブメドには毎年約100万報の新しい論文がリストされる。しかし、論文の約90%は再現できない[Begley & Ellis, 2012; Prinz, Schlange, & Asadullah, 2011]。再現性は科学研究の根幹である。再現できないのはとても非効率で、研究者の時間と資源を浪費し、製薬会社の財務上の損失をもたらす。

例えば、2008年、米国・ベイラー医科大学の研究者が、抗ヒスタミン剤のラトレピルディン(latrepirdine)がアルツハイマー病の症状を改善できると報告した[Doody et al., 2008]。ファイザー製薬は、この薬の開発に7億2500万ドル(約725億円)を費やした。600人の患者の臨床試験も実施した。しかし、その結果、得られたことは、結局、薬に効果がないと気付いただけだった。

ジョン・ヨアニディス(John Ioannidis)が述べているように[Ioannidis, 2005]、再現不能の多くは、出版バイアスおよび不適切な統計処理のためかもしれない。しかし、杜撰も大きな原因だろう。

後にデータねつ造だと判明した物理学者のシェーンは、2001年に40報もの論文を出版しする高い論文生産性だった。同様に、心臓学者のジョン・ダーシー(John Darsee)も信じがたいほど高い論文生産性だった。ハーバード大学に着任した最初の15か月で、5つの論文を投稿した。

ダーシーの論文が研究ネカトとバレたとき、ハーバード大学在籍中に出版した30論文とそれ以前に在籍したエモリー大学での50論文が撤回されたのである[Knox, 1983]。しかし、これら論文撤回の数でさえ、ヨハヒム・ボルトの90論文撤回、さらには、ヨシタカ・フジイの183論文撤回には及ばない[http://retractionwatch.com/category/yoshitaka-fujii/http://retractionwatch.com/2014/01/16/another-retraction-for-former-record-holder-joachim-boldt/]。

研究ネカトかどうかは別にして、1つの撤回論文あたり約40万ドル(約4,000万円)の政府資金が無駄になっている[Stern, Casadevall, Steen, & Fang, 2014]。

研究ネカトは学術研究機関に限らない。2005年、製薬企業メルクは鎮痛剤バイオックス(Vioxx)の臨床試験で3人の患者の心臓発作に言及しないでニューイングランド医学ジャーナル(New England Medical Journal)誌に論文を発表した[Curfman, Morrissey, & Drazen, 2005]。

食品医薬品局(FDA)は、米国・上院議会で、55,000人が死亡する可能性があったと証言した。

2004年、メルクは鎮痛剤バイオックス(Vioxx)を回収し、48億ドル(約4,800億円)を支払うことになった[Horton, 2004] <http://www.officialvioxxsettlement.com/>。

★研究公正の2つの面

白楽の注:最初に用語を説明する。本記事では、英語の「errors」は「誤り」と表記し、英語の「misiteke」を「間違い」と表記する。つまり、「間違い」は「誰でもウッカリ間違える」のような「意図的ではない」意味で使うが、「誤り」はそのようなケースも含むが、意図的なケースも含むとして使う。

  1.  研究の公正。
    データねつ造・改ざんをすると、論文内容に誤りが生じ、それが学術界に蓄積される。
  2.  研究者の公正。
    研究者は、研究遂行と研究発表の両方に誠実さが求められる。例えば、盗作は引用しないで他人の文章を自分の文章として発表することなので、論文内容に誤りを蓄積することはないが、知的所有権を侵害し、研究ネカトである。同様に再発表(self-plagiarism)も論文内容に誤りを蓄積することはないが、論文生産性を高めてアンフェアな功績を得る行為で研究ネカトである。研究者は、研究費申請書の審査や投稿論文の審査でも誠実に対応しなければならない。

★撤回論文数の増加

撤回論文数が増加している[Retraction Watch <http://retractionwatch.com/>、Nature (Van Noorden, 2011) ]。増加の理由は、撤回すべき論文数が増加しているためか、検出法が発達したためかわからないが、撤回理由の大半(67%)は研究ネカトである[Fang, Steen, & Casadevall, 2012]。

撤回論文の増加は、①問題のある原稿を出版する出版社の品質コントロールムの貧困、②研究ネカト検出法の発達(特に盗用)、③学術誌が撤回に熱心になったこと、が原因だと分析されている[Steen, Casadevall, & Fang, 2013]

★「お粗末」研究と「不正」研究の違い

論文の誤りや再現不能は3つの理由がある。

1つ目は、少数だが、単なる間違えである。間違えたために誤りが生じる。→ 「お粗末」

2つ目は、杜撰な研究(sloppy research)である。例えば、20研究室が同じ実験をしたとしよう。1つの研究室だけが特異な結果を得て論文を出版したが、他の19研究室はそのような結果が得られなかったので論文を出版しなかった。この場合、論文を出版した研究室の実験はほぼ杜撰な実験遂行、対照実験の不備、試薬の不適切などの理由で特異な結果が得られたのだと思われる。 → 「お粗末」

3つ目は、データねつ造や改ざんに由来する。データねつ造や改ざんと盗用の3つを不正とし、研究ネカト(research misconduct)としている。 → 「不正」

★シンガポール声明(Singapore Statement)

2010年に第2回研究公正世界会議(the second World Conference on Research Integrity)がシンガポールで開催された。その会議でシンガポール声明(The Singapore Statement)<http://www.singaporestatement.org/>が採択された。研究公正を保つための14項目がリストされている。

WEHI Public Lecture Series, Lecture No 12: Arthritis – a joint approach Master of Ceremonies: Professor David Vaux, assistant director; head, Cell Signalling and Cell Death division, Walter and Eliza Hall Institute
WEHI Public Lecture Series, Lecture No 12: Arthritis – a joint approach
Master of Ceremonies:
Professor David Vaux, assistant director; head, Cell Signalling and Cell Death division, Walter and Eliza Hall Institute

【2.動機】

研究ネカトをする主要な動機は、金銭で得をするため、または良い評判を得る(メンツを保つ)ためである。

研究職階の上に行けばいくほどポジションが少なくなり、自分の給料と研究室の経費を賄うグラント(grants、外部研究費)の獲得競争が激しくなる。研究者は、論文を出版し続けなければクビになることを知っている。もし、グラント審査が論文の中身ではなく、論文数で決まるなら、この事態はますます悪くなる。

同じように、院生やポスドクも研究が失敗し論文を出版できないと、次がないことを知っている。外国から来た留学生やポスドクは著名な学術誌に論文を出版できれば、その国に住み続けられ、市民権が得られ、そして、大学教員になれるかもしれないと思う、しかし、研究が失敗すれば、母国に帰国しなければならない。だから研究ネカトに強い誘惑を感じる。研究ネカトをする主要な動機は、究極は金銭的な得だが、大儲けできることはマレで、通常は研究職を保持できるという程度である(Kornfeld 2012)。

安定した地位にある多くの上級研究者は、定期的に優れた論文を出版し、学術界での高い評判(メンツ)を保持したいという強い動機がある。高い評判を保持し、国際会議の基調講演に招待されたい、科学アカデミー会員に選出されたい、学術賞を受賞したいのである。

それらのプレッシャーが研究者の耳元で研究ネカトをするように囁き、編集者をだまして自分の論文を自分で査読する査読偽装に駆り立てるのである(Ferguson, Marcus & Oransky, 2014)。

★ねつ造・改ざん

研究ネカトの悪質度に幅があることに気がつくことは重要である。競争相手の論文を引用しない行為や自分の論文を必要以上に引用する行為は軽度な研究ネカトである。ウェスタンブロットで染まっているバンドを切り取るとか、背景の閾値を変えて薄く見えるバンドを消してしまうなどは、元データを変えることになるのでしてなならないが、同じように、軽度な研究ネカトである。

上記に対して、数値をねつ造する、他の画像を加工し偽造画像を作り別のラベルを貼る行為は悪質度が高い。

ねつ造・改ざんの悪質度、場合によると、ねつ造・改ざんかどうかの判定そのものは、加工する意図の強弱に依存する。ただ、この強弱の判定は簡単ではない。

論文中の図は顕微鏡写真、ゲルやブロット写真、パッチクランプ増幅器の結果のトレース、フローサイトメトリー図などなど色々あるが、どの図も部分部分はよく似ている。従って、どの画像も別のラベルを貼って別のデータとして使うことが簡単である。

一方、1つの論文に同じ図の複写が多く見つかり、さらに、画像の回転、トリミング、反転像などもあり、同じ著者の他の論文にも同様な加工があれば、これは、故意に画像をねつ造・改ざんしたことは明白である。

論文出版のプレッシャーが増大し、画像処理ソフトウェアが入手可能になったため、ズルして、要求された成果を人工的作る誘惑は以前よりも大きい[Rossner & Yamada, 2004]。

画像のねつ造・改ざんの例は、出版後論文議論のサイトであるパブピア(PubPeer)<https://pubpeer.com/>に、数百例も示されている。これらのサイトは論文内容の問題点に注意するよう読者にうながし、ねつ造・改ざんの強い証拠を提示している。しかし、ねつ造・改ざんの意図の度合いを証拠として示すことはできないし、複数著者のうち誰が不正の実行者なのかも示すことはできない。このために、著者自身が調査するか、所属大学・研究機関が調査する必要である。

1最近の約10年間、多くの学術誌は、容認できる画像操作と容認できない画像操作を著者に明示的に示してきた。例えば、細胞生物学誌である「Journal of Cell Biology (JCB)」は、この活動で、先導的である<http://jcb.rupress.org/site/misc/ifora.xhtml>。しかし、現在、明白なガイドラインを設けている学術誌でも、ルール順守にかなりの差がある。

【3~7.省略】

3. 功績を盗む(Stealing credit)
4. 疑念をどう感知するか(What to look for (red flags) )
5. 査読と学術誌の責任(Peer review and the responsibilities of journals)
6. 大学・研究機関の責任(Responsibilities of institutions)
7. 公益通報者の役割と責任(Roles and responsibilities of whistle-blowers/individuals)

【8.どう改善すればよいか?】

撤回論文数の増大は研究公正問題が増大していることを示している。

ウェブでは、匿名で出版後論文議論(post-publication peer review)することをパブピア(PubPeer)が可能にしている。

個々の研究者のスキャンダルは、多くの国で研究公正を促進し、研究公正機関(ORIs)や研究公正オンブズマンの開設を引き起こしてきた。

★ウェブの台頭

近年、研究公正が低下しているとの警告を受け、対処しようとする活動がいくつもなされてきた。

インターネットの発達のおかげで、ブロガーが匿名で論文内容についての懸念を表明することが可能になった。例えば、ウソク・ファン(Woo Suk Hwang)の幹細胞論文では、最初にブログで懸念が表明され、次いで、マスメディアが取り上げ、最終的に論文撤回となった[Kennedy, 2006]。

このようなブログサイトとして、異常科学ブログ(Abnormal Science blog )<http://ktwop.com/tag/abnormal-science/>)、11jigenのブログ<http://katolab-imagefraud.blogspot.com.au/>、ポール・ブルック(Paul Brooke)の科学詐欺ブログ(訴えると脅され閉鎖した)などがある(あった)。

しかし、これらのサイトは、今や、より組織化されたされた出版後論文議論のサイトであるパブピア(PubPeer)<https://pubpeer.com/>に取って代わられた。

パブピアは、出版されたすべての論文を対象に、誰でも匿名で懸念を表明することが可能である。懸念は、同時に著者にも自動的に伝えられ、懸念に対して著者が反応するのを歓迎している。パブピア自身も、匿名の投稿者の名前を公表する訴訟が起こされたが、米国では他国に比べ、発言の自由を守る法律が強く、勝訴し、匿名が守られている。

★研究公正世界会議と国家研究公正機関

研究公正世界会議が今まで3回開催された。第4回目が2015年にブラジルのリオデジャネイロで開催されることが計画されている <http://www.researchintegrity.org/>(白楽注。第4回目は終わり、第5回目がオランダのアムステルダムで2017年5月28日‐31日と計画されている)。

研究公正世界会議は、研究者、管理者、編集者、出版社に、問題点を開示するだけでなく、可能な解決策も開示している。また、研究公正に関する最新の研究を議論する機会も提供する。シンガポールで開催された第2回研究公正世界会議では、研究者が守るべき14か条の責任を簡潔に示したシンガポール声明(Singapore Statement)<http://www.singaporestatement.org/>を採択した。

いくつかの国は研究公正に対処する国家研究公正機関または研究公正オンブズマンを設立している。

米国・研究公正局(ORI)<http://ori.hhs.gov/>は、NIHが助成した過去5年間でのすべての研究ネカトを監査している。米国・科学庁(NSF)も、同様な機関を持っている<http://www.nsf.gov/oig/hotline.jsp>。

ドイツには、DFG-ドイツ研究振興協会(German Research Foundation)が研究公正オンブズマンを持っている<http://www.ombudsman-fuer-die-wissenschaft.de/>。デンマークは不誠実科学委員会(Committee on Scientific Dishonesty)<http://ufm.dk/en/research-and-innovation/councils-and-commissions/the-danish-committees-on-scientific-dishonesty>を持っている。

国家研究公正機関を持っていない国では、研究ネカトの疑念が生じた研究者の所属する大学・研究機関が、研究ネカトの疑念について秘密裏に調査を行う。

★出版での改善

「二重盲式査読(DBR:Double blind peer review)」は出版バイアスを提言する1つの方法である。二重盲式査読では、論文の採否決定権を持つ編集者あるいは査読者に論文の著者名と著者の所属名を知らせないで査読してもらうという方法である。

著者の著名度ではなく、論文に記載された研究内容についてのみ査読者としての意見を述べさせることになる。この方式は、臨床研究での二重盲式臨床試験(double-blind clinical trial)と同じように、バイアスを減らし科学的客観性を高める方法である[Vaux, 2011]。

出版後論文議論(post-publication peer review)は、パブピア(PubPeer)、パブメドコモンズ(PubMed Commons)<http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedcommons/>、出版社が主催しているサイトなどのことだが、これらは、論文の公正さを改善している。そして、論文出版だけが研究キャリアで最も大切だという価値観を過剰に重視させないようにしている。

【白楽の感想】

《1》全体把握に良い

総説なので、浅く広く研究ネカトをカバーしている。そういう視点では、全体像がつかみやすいという利点がある。そういう意味では引用する論文に適している。

ただ、細胞生物学が本務の教授が、研究ネカトに興味を持ち、それなりに調べている程度の典型的な総説である。

批判的にみると、特別に新しい視点や切り口があるわけではないので、研究ネカトの専門家には毒にも薬にもならない。情報も若干古い。
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【関連情報】
① 2013年7月19日、Ivan Oranskyが「論文撤回監視(Retraction Watch)」でデヴィット・ボーを記事にしている:Why I retracted my Nature paper: A guest post from David Vaux about correcting the scientific record – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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